輪郭の曲率におけるアイコニックメモリの制限容量

日本心理学会第 68 回大会発表論文集 2004 p.769
輪郭の曲率におけるアイコニックメモリの制限容量
酒井 浩二
(京都光華女子大学 人間関係学部)
key words:アイコニックメモリ,制限容量,輪郭の曲率
目的
Phillips(1974)は変化検出課題を用いて,視覚性のアイコ
ニックメモリ(iconic memory; IM)の特性を調べた.その結
果,課題成績は,図形の複雑さにかかわらずほぼパーフェク
トで,100ms 程度の保持時間の増大により急速に低下した.
これらの結果から Phillips は,IM は高容量で急速な減衰特性
をもつと指摘した.しかし IM を調べる際の変化検出法の問
題点として,学習刺激とテスト刺激の仮現運動による IM 容
量の過大評価,学習刺激の IM 表現がテスト刺激の呈示で上
書きされることによる IM 容量の過小評価,などの問題点が
ありうる.また全体報告法の場合,図形の複雑さは記憶過程
の容量制限と判断過程の制限の両方に作用しうるため,異な
る複雑さの刺激図形を用いた課題成績から,記憶容量を直接
的に実証しにくい.これらの問題点を回避するため本研究で
は,単一学習刺激を用いた部分報告法により,閾レベル表現
での IM の制限容量を調べた.その際,IM の制限容量が保持
時間に依存するかを調べるため,実験 1 では学習刺激の呈示
直後の IM 容量,実験 2 では 300ms 後の IM 容量を検討した.
方法
刺激 学習刺激は,要素数 2,3,4,5,6 個の曲線で構成さ
れた.要素数 2 の条件は,必ずしも学習刺激の記憶を必要と
しない 2 曲線の曲率弁別課題を意味した.各曲線は,Wilson
& Richards(1989)と同様,上に凸の放物線部分と,それが
±45 度の方位でなめらかに接する 2 直線で構成された.学習
刺激中の標準刺激は,常に曲率が 4.70deg-1,視角が 0.80deg
×0.30deg であった.学習刺激中の標準刺激と比較刺激の位
置は,図1の 6 箇所のうちランダムであったが,標準刺激は
6 つの位置のうち等確率(1/6)で呈示された.手がかり刺激
は,緑色と赤色の線分で構成され,標準刺激と比較刺激の曲
線方向を示した.標準刺激,比較刺激のいずれが緑色,赤色
の手がかり刺激で示されるかは,各試行でランダムであった.
手続き 弁別閾は恒常法により測定された.1000ms の注視
点,500ms のブランクの後,注視点と学習刺激が 250ms 提示
された(図 1).そして,実験 1 ではその直後に,実験 2 では
その 300ms 後に,注視点と手がかり刺激が持続呈示された.
被験者の課題は,手がかり刺激により示された 2 曲線のうち,
どちらが高い曲率であるかを判断することであった.赤線分,
緑線分で示された曲線のほうが高い曲率と判断した場合,そ
れぞれ左マウス,右マウスを押すよう教示された.
被験者 実験 1,2 で同じ被験者 3 名.
結果
実験 1,2 で,要素数の増大に対して Weber 比は上昇しつ
づけた(図2).両実験で,学習刺激の要素数 3-6 の主効果
に有意差がみられた(実験 1, F(3,6)=5.29, p<.05; 実験 2,
F(3,6)=7.84, p<.05).要素数 2 から 3 の増大に対して,両実験
でそれほど大きく Weber 比は上昇しなかった.実験 1 より実
験 2 の方が,Weber 比は全体的に低かったが大きな差はみら
れず,手がかり遅延時間の主効果に有意差はみられなかった
(F(1,2)=1.83, n.s.).要素数 3-6 と Weber 比を直線回帰したと
きの傾きは,実験 1 で 0.031,実験 2 で 0.034 となり,大きな
差はなかった.手がかり遅延時間(0ms, 300ms)×要素数 3-6
の交互作用はみられなかった(F(3,6)=0.29, n.s.).
考察
実験 1,2 で,要素数の増大に対して Weber 比が上昇しつ
づけた結果より,曲率を閾レベルで表現する際,IM は容量
制限をもつことが示された.また,手がかり遅延時間は Weber
比の値や上昇率にほとんど影響しなかった結果より,少なく
とも 300ms は減衰せず,保持時間に依存せず一定の制限容量
をもつことが示された.これらの結果は,比較的大まかな視
覚表現レベルで検討した,IM は高容量で 100ms 程度のブラ
ンクで急速に減衰するという Phillips(1974)の知見と異なる.
閾レベルでの正確な表現と,比較的大まかな表現は,異なる
記憶システムで行われているかもしれない.IM の容量制限
の原因は,刺激呈示以降の記憶過程に制限があるためか,刺
激呈示中の符号化過程に制限があるためかは,本研究からは
明らかでない.しかしいずれにしろ,外界が詳細に知覚され
る理由は,1 回の注視による IM での記憶表現が高容量だか
らではないことが示され,必要とする情報領域への注意のシ
フトが非常に瞬時であるためと推測される.複数回の注視に
よる獲得情報の統合について,今後の検討が必要とされる.
0.35
注視点
(要素数2-6)
Weber比
学習刺激
実験1
実験2
0.3
1000 ms
0.25
0.2
250 ms
0.15
手がかり遅延時間
0 ms (実験1)
300 ms (実験2)
図1:学習刺激の呈示後から手がかり刺激の持続呈示までの
ブランクは,実験 1 で 0ms,実験 2 で 300ms であった.実
験では,太い線が赤色,細い線が緑色で呈示された.
0.1
2
3
4
要素数
5
6
図2:プロット値は Weber 比の平均,エラーバーは標準誤差.
実験 1,2 の手がかり遅延時間は,それぞれ 0ms,300ms.
(SAKAI Koji)