金融論A 資料 5 金利と資産価格

金融論A 資料 5
担当:楠美 将彦 e-mail:[email protected]
http://www.takachiho.ac.jp/ ˜mkusumi/index.html
5
金利と資産価格
キーワード
5.1
5.1.1
イールド ・カーブ
インターバンク市場
応募者利回り
オープン市場
株価収益率
株価の決定
逆イールド
金利の期間別構造
最終利回り
質への逃避
ジャパンプレミアム
収益還元モデル
順イールド
スポット ・レート
デリバティブ取引
フィッシャー仮説
フィッシャー効果
保有期間利回り
リスク・プレミアム
利回り曲線
利子率とリスク・プレミアム
利子率とは
利子( 利息)
将来時点で返済される資金と現時点で貸し 出される資金の額は一致しない。この二つの資金の差額
は、貸し 手の資金供給に対する報酬である
利子率( 金利)
• 現時点で提供される資金( 元本)に対する利子の割合
• 現在の購買力と将来の購買力を交換する「 価格」の働きをし ている
現在価値 (present value)
PV
単利方式
A
A
=
(1 + i)n
(1 + 年利)年数
(1)
元本に対してのみ利子が支払われる
Ss
複利方式
=
= A(1 + n × i) = 元金 × (1 + 貸借期間( 年)× 金利(%)
)
(2)
元本のみならず、期間中の利子に対しても利子がつけられる
Sp
=
A(1 + i)n = 元金 × (1 + 金利(% )
)貸借期間( 年)
59
(3)
5.1.2
名目金利と実質金利
物価が上昇する(例.ある商品 1 個の値段が 100 円から 120 円になる )と、貸し 手と借り手の間に
実質的な購買力の移転が生じ る( 100 円では商品 1 個を買えない )
貸し 手 実質的な購買力( 貨幣価値)の減少によって損失を被る
借り手 実質的な返済負担の減少によって利益を得る
名目利子率( 貨幣利子率、名目金利)貨幣額で示されるもの
実質的な利子率( 実質利子率ないし 実質金利)実質的な購買力で示されるもの
企業の設備投資など の実質的支出は 、名目利子率よりも実質利子率に依存する
A 元本
i 名目利子率
r 実質利子率
π 予想物価上昇率
A(1 + i)
1+π
元本 × (1 + 名目利子率)
1 + 予想物価上昇率
=
A(1 + r)
=
元本 × (1 + 実質利子率)
※ 貸し 手の借り手の予想物価上昇率を同一と仮定
i
=
r+π
名目利子率
=
実質利子率 + 予想物価上昇率
(4)
1. 予想物価上昇率がゼロの場合 名目利子率 = 実質利子率
2. 予想物価上昇率がプラスの場合 名目利子率 > 実質利子率
3. 予想物価上昇率がマイナスの場合 名目利子率 < 実質利子率
名目利子率が一定であるとすると
• 予想物価上昇率の上昇( 下落)は実質利子率を下落( 上昇)させる
• 実質利子率の下落( 上昇)は貸し 手に有利(不利)に働く
• 実質利子率の下落( 上昇)は借り手に不利(有利)に働く
フィッシャー仮説
「 完全予見」を前提にすると、実質金利は不変にとど まり、名目金利は正確に物価上昇率を織り込
んで決定され 、(4) 式が成立する
フィッシャー効果
人々の予想物価上昇率( インフレ 期待)は早晩、名目金利に織り込まれるという効果
60
5.1.3
リスク・プレ ミアム
債務不履行のリスク (default risk)
支払いの約束にすぎない将来の購買力について不確実性が伴う
いま同一の満期 (maturity) を持つ二つの金融資産を考える
• 信用度が高く、貸し 倒れリスクのない金融資産( 安全資産)
• 信用度が低く、貸し 倒れリスクの大きい金融資産( 危険資産)
仮定
• 人々の期待インフレ 率が変化しない
• 投資家は二つの金融資産の質について正確な情報をもち、安全資産と危険資産を区別
することができる
• 借り手の望ましい資金需要はそれぞれの利子率についての減少関数
• 貸し手の資金供給はその増加関数
• この資金需要関数と資金供給関数の交点で市場利子率が決定される
リスク・プレ ミアム
投資家が貸倒れのリスクの高い金融資産を保有するために借りてに要求する割増的な対価(プレミ
アム )である
その貸倒れリスクが増大したと判断
↓
• 危険資産市場での供給曲線が左側にシフト
• 貸倒れリスクの増大によって 、貸し 手は危険資産から安全資産に乗りかえようとする
• 安全資産市場でも供給曲線が右側にシフト
• 金融資産に関するリスク・プレミアムの増大( 減少)は 、他の条件が一定ならば 、その利子率の
上昇( 下落)を引き起こすことになる
「質への逃避」(flight to quality)
国債とA格付け社債の格差(クレジット ・スプレッド )の拡大
社債利回りの上昇( 社債価格の下落)、国債利回りの低下( 国債価格の上昇)がもたらされた
ジャパン・プレ ミアム
日本の金融機関の経営不安に対する懸念が海外で広がるようになり、リスク・プレミアムの上昇
に見合う上乗せ金利
61
5.2
利回りと債券価格
• 債券価格の上昇は債券保有の利子率の低下
• 債券価格の下落はその利子率の上昇
永久債券(コンソル債券) ある一定の額面に対して毎年一定額の利息が所有者に永久的に支払われる( 償還されることがな
い )政府発行の確定利子付債券のことである(ただし 、わが国では発行されていない )
仮に債券1枚当たり毎年1円の利息の支払いが約束されているとする
P
=
=
1
1
+···
+
1 + i (1 + i)2
1
i
i =
市場利子率
=
1
P
1
市場価格
(5)
利子率
• 投資家が債券市場で 1 枚 P 円を払って購入した債券が 1 年に 1 円の収益を生むことから 、投資
金額に対する一定の期間( 通常は 1 年)における収益の割合
• 債券など の実際の投資金額が額面価格と異なる場合は 、投資額に対する収益の割合を「 利回り
(vield) 」と呼ぶ
利付債
その債券の表面に記載された利子率( 表面利率ないし クーポンレートという)によって毎年一定
の利息( クーポンともいう)を支払い、償還日に額面価格を支払うものである
割引債
額面価格以下の金額で発行し 、償還日に額面価格を支払うものである
利付債の利回り
単利ベース
応募者利回り
62
投資家が新規に発行された債券(これを新発債と呼ぶ)ないしは既に発行された債券(これを既
発債と呼ぶ)を購入し 、それを途中で売却せずに償還期限( 満期)まで保有した場合の利回り
応募者利回り
=
=
=
額面価格 × 表面利率 + (額面価格 − 発行価格) ÷ 償還期間
発行価格
額面価格 × 表面利率
(額面価格 − 発行価格) ÷ 償還期間
+
発行価格
発行価格
(額面価格 − 発行価格) ÷ 償還期間
直利 +
発行価格
直接利回り( 直利) 毎期必ず支払われる利子( 額面価格×表面利率)をそのときの債券価格( 新発債では発行価格、
既発債では購入価格)で割る
保有期間利回り( 所有期間利回り) 債券を購入してから売却するまでの期間の利回り( 満期まで保有した場合は 、
「 最終利回り」と
いう)
保有期間利回り
=
額面価格 × 表面利率 × +(売却価格 − 購入価格) ÷ 保有期間
購入価格
複利ベース
複利ベースの利回り( 複利最終利回り) 利息を再投資すると、孫利息を生むことを考慮する
P
=
価格
=
R
R+M
R
+ ···+
+
1+r
(1 + r)2
(1 + r)n
毎期の利息
毎期の利息
毎期の利息 + 償還価格
+
+···+
1 + 利回り
(1 + 利回り)2
(1 + 利回り)期間
(6)
※ 理論的には 、この複利最終利回りが正しいが 、日本では伝統的に「 単利最終利回り」が使わ
れている
単利のメリット
単利のデ メリット
計算が容易である
異なる時点の利息を同じ 価値を持つとみなす
割引債の利回り
単利最終利回り
r
=
利回り
=
M −P
n×P
額面価格 − 市場価格
期間 × 市場価格
63
(7)
スポット ・レート (spot rate)(複利最終利回り、応募者利回り) P
=
市場価格
=
r
=
M
(1 + r)n
額面価格
(1 + 利回り)期間
1
M
( )n − 1
P
(8)
以上のように、すべての式表現で利回りと債券価格の間に逆相関の関係が成立する
5.3
金利の期間構造
金利の期間構造
市場に存在するさまざ まな債券を区別する属性(債券の発行主体の信用度や残存期間、市場の流動
性など )のうち、残存期間のみが異なり、他の質的な条件についてはまったく同一であるような債券
の利回り相互の関係を明らかにしようとするもの
期待理論 (expectation theory)
期待理論の仮定
1. 投資家は将来の短期金利を確実に予想し( 完全予見の仮定)、その予想に基づいて収益を最大に利
用するように合理的に行動する
2. 一切の取引費用( 税金、手数料など )は存在しない
3. すべての債券についてデフォルト・リスク( 債務不履行の危険)は存在しない
(9) 式の両辺の対数値をとり、線形近似する
Rn
ri
:残存 n 期間の債券利回り
:各期間の短期金利( 2 期以降は期待値)
左辺 残存期間 n 期間の債券を償還まで保有することによって得たれる元利合計
右辺 残存期間が 1 期間の債券を順次 n 回保有して得られる元利合計
市場が競争的で、投資家が残存期間の異なる債権の間で自由に金利裁定を行う限り、
残存期間が長期の債券を保有しても 、
残存期間が短期の債券を繰り返し保有しても、
一定期間後に得られる収益は等し くなる
64
ln(1 + Rn )n
n
(1 + Rn )
=
ln(1 + r1 ) + ln(1 + r2 ) · · · + ln(1 + rn )
=
(1 + r1 )(1 + r2 )(1 + r3 ) · · · (1 + rn )
Rn
=
r1 + r2 + r3 + · · · + rn
n
(9)
(10)
長期金利は現在から将来にわたって予想される短期金利の平均と見ることができる
長期金利( Rn )> 短期金利( r1 )ならば 次の関係が示される
r2 + r3 + · · · + rn
n−1
>
r1
(11)
• 長期金利( Rn )> 短期金利( r1 )ならば 、短期金利が先行き上昇すると予想している
• 長期金利( Rn )< 短期金利( r1 )ならば 、短期金利が先行き下落すると予想している
利回り曲線 (Yield Curve)
縦軸に利回り、横軸に残存期間をとった平面上の利回りの期間構造曲線
• 短期金利が先に行くほど 高くなると予想されるときには 、利回り曲線は単調に右上がり
• 短期金利の趨勢的な下落が予想されるときには 、それは単調に右上がり
• 短期金利が変化しないと予想されるときには 、利回り曲線はフラットになる
期待理論の結論
1. 長期金利は将来に予想される短期金利の平均である
2. 先行きの短期金利の上昇が予想されるときには 、利回りは満期までの残存期間が長いほど 高くな
り(これを順イールド という)
、逆に短期金利の下落が予想されるときには 、利回り残存期間が長
いほど 低くなる( 逆イールド という)
流動性プレ ミアム仮説
期間が長くなるほど 、金利が変動して損失を被る可能性が大きくなる。したがって、長期金利は、リ
スク分( 不確実性)だけ短期金利よりも高くなる。同時に、流動性は長期の方がないため、利便性が
その分低下し 、プレミアムが必要になる。
65
投資家が短期の債券よりも長期の債券を保有するためには 、長期金利は将来の短期金利の平均とし
て決まる水準よりもリスク・プレミアムだけ上回らなければならない
( 右上がりの利回り曲線を「 正常」であるとみなす常識的な見解に対する理論的な基礎)
市場分断仮説
現実には税金や手数料など の取引コストの存在や諸規制のための資金の自由な移動が妨げられ 、金
利裁定が完全には行われない場合も少なくない
市場がいくつかに分断されており、金利はそれぞれの市場の需要によって決まるという市場間の金
利裁定の不完全性を協調する理論
実証分析からは 、期待理論がもっとも高い妥当性を示している
5.4
5.4.1
株価の決定とバブル
株価の決定モデル
配当割引モデル (divident discount model)
株式のリスク
• 株式は債券と異なり満期が存在しないので 、確実な価格で売却できるという保証がない
• 株式を保有することによって支払われる毎期の配当は 、企業の業績を反映して変動する性格のも
のであり、この点も利子が確定している債券とは異なっている
P
=
配当
D
D
D
D
+
+··· =
+
=
2
3
1 + r (1 + r)
(1 + r)
r
市場利子率
(12)
今期の株価は、投資家が受け取る毎期の配当をその期の市場利子率で割り引いた値(割引現在価格)
の合計となる
株式は債券よりもリスクも伴うだけに 、株式の収益率は債券のそれよりも大きくなる(株式は収益
( 配当)に関する不確実性が大きい。債券は収益( 利子所得)が確定的である。)
re
=
r+δ
株式の予想収益率
=
市場利子率 + リスク・プレミアム
(13)
このことを考慮すると、株価は次のような形で示される。
( 金融資産のリスク・プレミアムを考える
ときは、市場利子率を「 安全利子率」に置き換える。)
66
P
=
配当
D
D
=
=
re
r+δ
市場利子率 + リスク・プレミアム
(14)
配当が毎期 g の割合で増大する場合
P
=
=
D
D(1 + g) D(1 + g)2
+
+
+···
1 + re
(1 + re )2
(1 + re )3
D
配当
D
=
=
re − g
r+δ−g
市場利子率 + リスク・プレミアム − 成長率
(15)
株価の決定要因
1. 1株当たりの配当(+)
2. 配当の成長率(+)
3. 市場金利( 安全資産の金利)
(−)
4. リスク・プレミアム(−)
判断基準
( イ)配当利回り
D
P
• 企業がその収益をほぼ全額株主に配当として還元している場合には 、配当利回りは投
資家尺度とし て有効
株価に対する 1 株当たりの配当の割合である:
• 企業が収益の一部だけを配当にまわし 、それ以外の大部分を将来収益を生み出す投資
に回す場合には、配当利回りは株価の成長率を反映しなくなり、投資尺度とし ての意
味が薄れる
(ロ)株価収益率 (PER:Price Earnings Ratio)
株価が1株当たり企業収益の何倍であるかを示すもの:
P
E
株価を配当の源泉である企業収益との関係で評価した尺度
今、配当性向が 1 であるとすると以下のように考えられる。
( 収益すべてを配当に充てる。)
P ER
=
P
1
=
E
r+δ−g
=
1
市場金利 + リスク・プレミアム − 企業業績の成長率
この値が同業種の平均値に比べて低いと、割安と判断する。
株式益回り
E
株価に対する一株当たりの企業収益の比率: ( PER の逆数)
P
67
(16)
5.4.2
バブ ルとファンダ メンタル価格
バブ ル (bubble) の生成と崩壊
1980 年代後半 地価や株価など の資産価格が高騰
1990 年代前半 これらの資産価格の暴落が生じる
バブ ルの例
1. 17 世紀初頭のオランダで生じたチューリップの球根に対する投機
2. 18 世紀前半の英国で生じた南海会社の株式に対する投機(いわゆる南海泡沫事件)
3. 1929 年の米国の大恐慌の直前に生じた株式のブ ームなど
現実の株価が理論的に決まるファンダ メンタル価格を上回って推移しているのであれば 、その乖離
がバブルの部分となる
地価決定モデル( 株価決定モデルより )
P
=
地価
=
D
D(1 + g) D(1 + g)2
D
D
+
+
+··· =
=
2
3
1 + re
(1 + re )
(1 + re )
re − g
r+δ −g
土地が生み出す予想収益
市場利子率 + 土地保有のリスク・プレミアム − 地代の成長率
バブ ルの分析の困難さ
• 株価や地価のファンダ メンタル価格を把握する必要がある
そのため資産が生む将来にわたる予想収益( 配当や地代など )の流列やその資
産保有のリスク・プレミアム、安全資産の金利など を把握しなければならない
ファンダ メンタル価格を決定する要因を正確に測定することは困難をきわめる
5.5
金融市場の相互連関
各金融市場は独立して存在するのではなく、相互に関連し 、金利や価格決定に影響を与えあってい
る( 金利裁定取引も活発に行われる)
裁定取引
同一の商品が A 市場よりも B 市場で高く売られている場合、市場参加が A 市場で買って B 市場で
売るという行動をとることによって価格差が調整され 、結局、一物一価が実現すること
短期市場間の金利裁定
• インターバンク市場金利>オープン市場金利
金融機関はインターバンク市場での資金運用の増加( インターバンク市場での供給増加)
68
金融機関はオープン市場からの資金調達の増加(オープン市場での需要増加)
オープン市場金利の上昇&インターバンク市場金利の低下
短期金融市場と長期金融市場
• 金利裁定が働き、金利の期間構造の理論を支えている
※ 国債の発行価格や他の債券( 地方債、金融債など )の発行価格も流通市場の金利から
決定される( 発行市場と流通市場の相互関係)
国内金融市場と国際金融市場
• 外国為替市場を通じての円の金利とド ルの金利の裁定取引が起こる
長短金融市場と株式市場の相互依存関係
• 長短市場金利の上昇
→ 株価の下落( 企業の業績予想に変化がないとする )
→ 債券保有の選好が強まり、債券価格の上昇( 市場金利の下落)が生じ る
市場金利の為替レート への影響( 市場価格→為替レート )
• 日本の金利のみ低下
→米国債券など を購入するため、ド ルの資金調達が強まる
→円安・ド ル高になる
変化の方向性は必ずしも一方向ではなく、フィード バックがある( 為替レート→市場価格)
• 円高・ド ル安の持続が予想される
調達した円で運用するのが有利なので 、ド ル売り・円買いが強まる
円で国債を買うと、国債価格の上昇( 市場利子率の下落)が生じ る
外為市場と株式市場の関係
円高・ド ル安
マクロ的には輸出企業の収益減少→株価にマイナス作用する傾向が強い
株価の下落
株式の売り、海外運用増加 → 為替レートを円安方向に振れさせる
金融市場間の相互関係はますます強くなる
( 金融市場と実体経済活動との間にも相互関係存在する)
69