R.K.

水 3 教育言語学演習Ⅱ
3 学期文献研究 人間学群教育学類 2 年
R.K.
Taiko SHIMAMOTO (Kansai Gaidai College)
Exploring Lexical Network System of Japanese EFL Learners
Through Depth and Breadth of Word Knowledge
ARELE : annual review of English language education in Japan 16, 121-130, 2005-03 所載論文
Abstract
■ 93 人の日本人大学生が語彙知識の 3 側面に関するテストを受けた。
■ 3 側面とは名詞、動詞、形容詞それぞれ 10 個ずつ計 30 個の目標語の
意味 (meaning senses) 、語形変化的 (paradigmatic) や統語的(連語的)(syntagmatic) な知識である。
■ さらに協力者は語彙サイズテストと熟達度テストを受けた。
■ 結果、熟達度や語彙サイズに関わらず統語的結びつきは語形変化的結びつきよりも強く、
語彙サイズは意味ネットワークの構築に重要な役目を果たしているように思える。
本研究で用いられたテストは語彙ネットワークを測るのに適していると言える。
1. Introduction
■ これまでに、語彙知識の広さ、深さに関する研究は行われてきた。
(Read, 1998; Schmitt and Meara, 1997; Schimitt, 1998; Shimamoto, 2000; Mochizuki, 2002)
しかし、複雑極まる語彙習得プロセスは完全に調査されていない。
■ Henricsen (1999) は、L2 語彙研究は習得過程の初期、Labeling と Packing に焦点が当たる傾向にあると述べ
ており、語彙習得はその過程を item knowledge と system knowledge とに区別し、システムの変化として記述さ
れる必要性を説いている。
■ そのため、語彙研究は L2 学習者が自身の中間言語の意味ネットワークを、どのように形成し、認識するかにつ
いても焦点が当てられなければならない。
2. Backgrounds
≪自由語彙連想課題 (Word Association Test) ≫
L1 心的辞書研究や、近年、L2 や EFL 学習者の意味ネットワーク研究において用いられてきた。
■ 記述、または口述で刺激語が不えられ、それぞれの語で連想される語を解答することになる。
■ 解答された語は広く、paradigmatic association と syntagmatic association に分けられる。
Paradigmatic association :刺激語に対する同じ品詞での解答
同義語、類義語、subordinates 、superordinates, 複数形
(例:dog → animal, cat, bulldog )
Syntagmatic association :刺激語と連なる解答
(例:dog → cute dog )
■ 語連想課題において、paradigmatic な解答の割合は年が上がるにつれ、また、語の熟達度が上がるにつれ高
くなる。
⇒ このような解答の変化は “ syntagmatic-paradigmatic shift “ と呼ばれている。
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≪WAT の欠点≫
・ 一つに、テスト形式が複雑であり、目標語は初心者には難しい語となってしまう。
⇒そのため、主題を目標語と関連のあるものとしなければならない。
・ 二つ目に、目標語は全て形容詞であり、一つの品詞しか有していない。
先行研究では、paradigmatic-syntagmatic shift は異なる品詞や、異なる語において発生するものとされ
ている。(Schmitt, 2000; Wolter, 2001; Orita, 2002)
⇒そのため、テストには多様な品詞が取り入れられなければならない。
・ 三つ目に、WAT は当て推量が用いられがちである。
≪Receptive Word Knowledge Test (RWKT), Shimamoto (2000) ≫
名詞 20、形容詞 15、動詞 15 の計 50 個の目標語を用意し、1 つの連想語、3 つの丌正解の選択肢を
paradigmatic グループと syntagmatic グループそれぞれに置く。
idea
A: (1) thought
(2) salmon
(3) kingdom
(4) theater
B: (1) thin
(2) bright
(3) overseas
(4) safety
⇒RWKT は当て推量の危険性を脱したわけではない。
⇒語彙レベルに関係なく、paradigmatic な解答>syntagmatic な回答
同様の実験を Mochizuki (2002)は行ったが、異なる熟達度に分けられた協力者全てにおいて、Shimamoto
(2000) と同じ結果になった。
■ 以上 2 つの先行研究を比べると、異なる試験形式は、異なる発見をもたらすということが示唆される。
■ 受容課題と産出課題は異なる知識を誘発させるということは自明である (Meara, 1990)
■ そのため、従来の連想課題に近い、新たな産出課題の開発が必要である。
3. Method
3.1 Purpose
① 語彙知識の 3 側面の相互作用を調査
② 異なる語彙サイズと熟達度は 3 側面にどのような違いを表すのか調査
③ 3 側面を測定する試験方法の開発
3.2 Participants
■ 93 人の日本人大学生
スペイン語、ドイツ語、フランス語、中国語などを専攻しており、英語は先行しておらず、
課程によっては TOEIC のための課程も含まれている
3.3 Materials
■ 協力者の語彙サイズ、熟達度を測定するために以下の 3 つのテストを行った。
■ Productive Word Knowledge Test
■ Vocabulary Levels Test ( VLT test B )
■ TOEIC( IP )
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≪Productive Word Knowledge Test ( PWKT) ≫ 3 側面を測るために著者によって作られたテスト。
名詞、動詞、形容詞それぞれ 10 個の合計 30 個の目標語によって構成。
北海道大学英語語彙リストの中学、高校レベルから選出された単語を使用。
ここから協力者のほとんどは目標語の意味を最低 1 つは知っていることとなる。
問 1.目標語の意味を知っている限り書いてもらう
問 2.目標語の同義語、反意語、super-ordinates or subordinates を知っている限り書い
てもらう
問 3.思いつく限りの collocates を産出してもらう
この問いにおいて、目標語の品詞によって 3 つのバリエーションがある。
・ 目標語が名詞の場合、名詞か形容詞を空欄に入れる。
(
method → easy method / teaching method )
・ 目標語が形容詞か動詞の場合、名詞を空欄に入れる。
clean
→ clean air ; accept ( a/an/the )
→ accept money
3.4 Procedure
■ 問い毎の時間制限は 50 秒
■ 採点は 2 人のアメリカ人、1 人のオーストラリア人であるネイティブ
■ 語形変化、統語の合否はスペルミスを評価しないでネイティブによって+1として採点
■ 回答数と正解数はそれぞれ数えた
■ 意味に関しては、0~3 点の範囲。
3 点:全ての解答が正解
2 点:大半が正解
1 点:大半が丌正解
0 点:無回答、全部丌正解
■ VLT が一週間後に成績を考慮して行われた
■ 協力者は TOEIC IP を 12 月に受けた。
→ VLT と TOEIC IP の成績によって協力者は上位層と下位層に分けられた。
(上位層=試験の偏差値 50 以上、下位層=試験の偏差値 50 未満)
4. Result
■ syntagmatic は、paradigmatic よりも平均点、回答数と正答数の両方で上回っている。
(t 検定では正答数においてだけ有意な差が認められる)t (184) = 4.17, p < .001.
■ Paradigmatic の回答数と TOEIC では正の相関がみられたが有意でない( r = 0.19)
■ Syntagmatic の回答数と TOEIC でも正の相関がみられたが微々たるものであった( r = 0.23, p < .05)
⇒ 正答数は彼らの持ち前の熟達度と関係はない
■ paradigmatic と syntagmatic の正答数は TOEIC と VLT テストの成績と有意な相関がある。p <.01
⇒ 特に paradigmatic と VLT には強い相関がみられた ( r =0.23, p<.05 )
■ paradigmatic の正答数と meaning senses の平均は強い相関がある。
■ VLT の得点と、TOEIC ( r =0.58)、meaning senses ( r =0.62)の得点は相関がある.
■ 正答数の平均は paradigmatic よりも syntagmatic の方が有意に高い
→それはどの熟達度でもいえたが、上位層の方がその違いは顕著になる。
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5. Discussion
(1) paradigmatic よりも syntagmatic の正答数が高い
⇒この傾向は協力者の語彙サイズ、熟達度と関係なく一貫性がある
・ 語彙サイズ、熟達度に関係なく、syntagmatic な知識は paradigmatic な知識よりも語彙ネットワークと結
びつきが強い
(2) 語彙サイズの観点において、上位層の方が下位層より paradigmatic に関して有意に高い正答をする
⇒語彙サイズは paradigmatic と強い相関がある
・ 語彙サイズ、熟達度の上位層は下位層よりも強い paradigmatic ネットワークを発達させてきたということ
がわかる。
・ 学習者の語彙サイズが意味構造に関して重要な役割を担っているため、
語彙サイズの大きい学習者は paradigmatic な選択肢が広く、そのために刺激語が彼らの心的辞書内
にある関連語に働き掛ける。
(3)
語彙サイズの観点において、上位層の方が下位層より syntagmatic に関して高い正答をする
この発見は L2 心的辞書に関する研究の新たな視点となる。
■ 語彙サイズが大きくなれば paradigmatic, syntagmatic な力も上がるとされてきている。
これはつまり、それら 2 タイプの語彙知識の発達は、心的辞書が高いレベルの構造になるということを意味する。
・ “ syntagmatic-paradigmatic shift “ は paradigmatic な表現の増加が syntagmatic な表現の減尐を
前提とするということを意味するものではない。
・ syntagmatic ネットワーク構造は paradigmatic な知識の発達に先行するようで、語彙サイズが大きくなる
と、それに伴って paradigmatic, syntagmatic のネットワーク構造も成長すると言う発達が見られる。
■ RWKT と PWKT の結果の逆転
・ Schmitt and Meara (1997)は産出連想と語彙サイズと熟達度の相関は強く、それは、語は産出連想を
不えるために相対的に覚えられなければならないからであるとした。
⇒語彙サイズの小さい協力者が刺激語を不えられ、産出テストを受けた時、産出連想によって限られ
る僅かな語が彼らの心的辞書内で働きかけられるからである。
・ 以上を踏まえて、本研究における産出テストは語彙ネットワークを調査するのに適しているものと考えら
れる。
6. Conclusion
■ 本研究から、syntagmatic 的語彙構造は paradigmatic 的語彙ワークに先行し、また、paradigmatic ネットワーク
は学習者の語彙サイズが大きくなると共に成長するということがわかった。
■ 本研究で用いられた産出連想テストの形式は語彙知識を測定するのに適している。
:しかし、いくつかの制約が付きまとう。
■ 一つ目に、異なる解答への評価基準を設定するのが難しいこと
■ 二つ目に、いくつかの目標語は他のものと比べてより syntagmatic 的、paradigmatic 的解答を誘発する
■ 三つ目に、今後の研究は個々の刺激語の分析が含まれなければならない。なぜなら、これまでの研究から
個々の語は異なる語構造の変化を経てきているからである。
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考察
本研究は語彙習得に関する研究である。語彙習得に関しての研究はすでに数多くされてきており、様々な視点に
よって習得プロセスの解明が試みられてきた。語の広さ、深さという観点からいえばそれは語の多義語、同音異義
語という存在からわかるように、一つの語が決して個別に認識、理解されて習得されるのではなく、心的辞書内でネ
ットワークを構成し、位置づけられることで習得されるという研究もある。また、語彙獲得のプロセスに視点を置いて、
そのプロセスの解明に焦点を当てる研究もある。語彙獲得のメカニズムはそうした語単体に着目した、いわばミクロな
研究と、そのプロセス自体に焦点を絞ったマクロな研究があるといえよう。その両輪がかみ合ってこそ、語彙獲得の
研究は一枚の図として完成するものと思われる。語彙獲得の実証研究においてそのような丌明要素の解明が最大
の目的だということは同意するが、見過ごされがちなのがその研究を支える方法である。これまでは先行研究を鑑み
て、それを補強するように研究が進められてきたが、先行研究から新たな方法論の必要性を論じる論文は尐ないよ
うに思われる。そんな中で、既存の方法論に疑問を呈し、自ら新しい実験方法の開発に着手した本論文が果たす
役割は大きい。また語彙獲得プロセスで重要なネットワーク理論において、 もはや自明の説である
“ syntagmatic-paradigmatic shift “ の新たな側面を明らかにしたことは大きな貢献だといえる。
これまでは本論文の貢献について述べてきたが、ここで論文概要作成時に生じた疑問、考察を述べていきたい。
本研究はこれまでの語彙ネットワークのメカニズムの解明を目指してきた研究の方法について、その受容課題という
形式から生じる弊害を明らかにし、産出課題とすることで “syntagmatic-paradigmatic shift” による結果の偏向を
防ぎ、より純粋な形で語彙サイズ、熟達度の二要素と syntagmatic, paradigmatic 的反応の相互関係を明らかにし
た。これまでの研究が本当にそのシフトの影響を受けており、語彙サイズなどの要因との相関を丌正確なものとして
いたのであれば、今後は調査したい要因をより純粋に調べる方法のヒントとなるかもしれない。だが、論文中にもある
ように、課題形式によってその結果は大きく変わる場合があるため、今回の研究で著者が開発した方法論である
PWKT の信頼性は得られていないといえよう。産出課題、受容課題によってどのように協力者が方略を使い分けて
いるのかということも丌確立である。今後は PWKT の信頼性の実証を行うとともに、産出課題と需要課題のメカニズ
ムも考慮に入れ、より丌安要素のない方法論を確立していく必要があるだろう。
最後に、本論文と英語教育の実践を結び付けたいと思う。シフト理論はもともとネイティブの反応傾向からその論が
証明されたが、これは日本人の EFL に対してもいえることのようだ。これまでの研究でも述べられてきているように、
EFL には語を単独としてではなく、自身の心的辞書内でネットワークをうまく構築できるように習得できるようにしていく
必要がある。派生語などもその都度示すなど、単語カードでは実現できない、語のつながりを意識させた指導の重
要性はいつまでも変わらないものであろう(単語カードはそれとして有用な効果がある)。ただ、今後さらに注意を払う
べきだと思う点は、日本語のネットワークと英語のネットワークを悪く混合させないようにしなければならない点だと思
う。多義語の存在は、一つの語の有する意味をそのまま他方の言語の一語に一致させてしまう危険をはらんでいる。
学習初期はそれでよいのかもしれないが「英語を英語でよむ」重要性が高まる中、そのようなネットワークを意識した
指導の重要性もまた高まっている。単に語彙サイズといっても、学習者がどのように語のネットワークを構成している
のか、その中でどのように paradigmatic, syntagmatic が位置づけられているのかということも、念頭に置かなくてはな
らないだろう。
(1586 文字)
~参考文献~
・Yuko HOSHINO (Tokyo Fuji University), 2010
・Klepousniotou, E., Titone, D., & Romero, C. , 2008
・Wolter, B. (2001)
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