平成 25 年 3 月発行 信濃観月文庫 通信 麻績村 発行/信濃観月苑 長野県東筑摩郡麻績村麻 8059-2 TEL・FAX(0263)67-3933 第22号 はるせんりんにいれば しょしょにはな 春入千林処々花 あきはばんすいにしずむ かかのつき 秋沈万水家々月 私の観月苑 更級花織工房 主宰 窪田孟恒 春、県外の個展から帰ると、 麻績の観月苑へ行くのが待ち 遠しくなります。 倉科から千曲橋を渡り、武水 別 神 社 の 杜 を 抜 け、 猿 が 馬 場 峠を越え麻績の里に着きます。 美しく整備された自然の中 に静かな佇まいの観月苑に入 ると、茶室の庭に、おみなえし、 なでしこ、はぎ、すすき、ききょ う等の花が咲いている姿に出 逢 え、 当 時 歩 い て 峠 を 越 え、 盆花採取に行ったときの苦し かったこと、清水のおいしかっ た こ と、 た く さ ん の 花 が 採 取 出 来 た 嬉 し さ 等、 小 学 生 の 頃 の思い出が蘇って来ます。 ﹁あ の 頃 は、 ど う し て あ ん な に 何 事にも夢中になれたのか﹂自 省し次の創作への力を得る場 所が、観月苑なのです。 ﹁好きなあんずの花の下で仕 事がしたい﹂とあんずの里、倉 科 へ 工 房 を 作 り 絣︵ デ ザ イ ン を元に糸を染める部分と染め な い 部 分 を 作 り、 そ れ を 組 合 わせて模様を織る︶を化学染 料を使って織っていましたが、 思 う よ う に 絣 が 織 れ ず﹁ 織 り 1 ▲信濃観月苑展示風景 進 め る か、 止 め る か ﹂ の 辺 境 に あ っ た と き、 あ ん ず の 幹 の 美 し い 色 に 出 合 い ま し た。 手 間 の か か る こ と、 堅 牢 度 に 不 安 が あ る と 思 い 込 ん で、 今 ま で避けて来た植物を染めるこ と に な り ま し た。 化 学 染 料 の 幾十倍の時間がかかりますが、 染め重ねているうちに力強い 染料であることが解りました。 三十年間あんずの木の染料 ﹁一色﹂で絣を織りつづけて来 ました。これからもあの頃の、 絶望の闇とあんず色の光を常 に 対 峙 さ せ、 語 り、 測 り 合 い ながら染めつづけて行きたい と思います。 まだまだ拙い私の作品です が、 皆 さ ま に 御 高 覧 賜 り、 御 指導御鞭撻のほど御願い申し 上げます。 2 ﹁古姨捨山から長楽寺﹂を歩く 善光寺街道協議会会長 小瀬 佳彦 さ い。 筑 北 村 の 北 端 と 千 曲 市 と の 境 に あ る 冠 着 山 は、 カ ッ コ付きで姨捨山と明記されて い る は ず で す。 こ の よ う な 二 重表記は大変珍しいことです 寺街道を麻績から姨捨まで歩 場所であることを伝えておか 遠方から来られた方には、冠 着山と長楽寺はまったく別の よ。 ﹂ く 旅 は、 こ の 公 園 の 歌 碑 か ら なくてはなりません。 聖 高 原 駅 を 降 り る と、 駅 前 に 歌 碑 公 園 が あ り ま す。 善 光 始まります。 ﹁今日の歩き旅は、いにしえの 都人が和歌に詠んだ古姨捨山 更級や姨捨山の高嶺より 嵐をわけて出づる月影 山、 こ の 二 つ の 姨 捨 山 を 歩 い 級 の 里 で 詠 ん で い ま す。 麻 績 この旅でその謎を解いていき 姨捨山が二つあるとは、なか なか理解しがたいことですが、 て巡ります。 ﹂ と、 俳 諧 の 聖 地 長 楽 寺 の 姨 捨 これは藤原定家とともに鎌 倉時代初期を代表する歌人、藤 原家隆の﹃新勅撰集﹄の一首。 は 古 く は 麻 績 郷 と い い、 更 級 ます。 姨捨山から月が昇る情景を、更 郡に属していました。そして、 当時の姨捨山は冠着山でした。 善光寺街道協議会では毎年、 中山道洗馬宿︵塩尻市︶から善 る麻績において詠んだことに ら 昇 る 月 を、 そ の 西 に 位 置 す 巡礼歩き旅﹂を催しています。 行 程 で 歩 き 繋 ぐ﹁ 善 光 寺 街 道 光寺までの約八十㎞を十回の ですからこの和歌は冠着山か なります。 と、東の方向を指差します。 捨山です。 ﹂ といわれた名所中の名所です。 捨は古来﹁花の吉野、 月の姨捨﹂ 昔の旅人の足跡を辿ります。姨 善光寺街道の名所旧跡を訪ね、 ﹁皆さん、家へ帰ったら長野県 街道歩きでは回り道となりま ﹁あれが冠着山、古い時代の姨 の地図を開いて確認してくだ 3 「古姨捨山から長楽寺」を歩く 敬慕する俳諧師たちが、こぞっ ん こ と ﹂ で し た。 後 に 芭 蕉 を その目的は﹁おばすて山の月見 ︵一六八八︶の﹃更科紀行﹄です。 俳聖松尾芭蕉もこの街道 を 旅 し て い ま す。 貞 享 五 年 いりません。 す が、 こ れ を 外 す わ け に は ま 昔長楽寺には相当やり手なプ て も て は や さ れ ま し た。 そ の 一枚刷りの絵図が土産物とし 風景を﹁姨捨十三景﹂と称し、 雲 井 橋、 冠 着 山 も 含 め 十 三 の です。姨石、田毎の月、更級川、 立てた実にうまいネーミング あったかという証しでしょう。 す。冠着山がいかに特別な山で 置する稲荷山宿にも共通しま す。 こ れ は 冠 着 山 の 北 方 に 位 に美しく重なる場所がありま りと冠着山が絵に描いたよう の名残でしょうか、麻績宿の通 遠く東に連なる山並みの一つ、 姨 捨 山 の 月 で し た。 仲 秋 に は 代には姨石の上から見た月が、 姨 石︵ 岩 ︶ な の で す。 江 戸 時 寺 の 姨 捨 山 と は、 境 内 に あ る が冠着山を目指して通ってお で し た。 麻 績 郷 に は こ の 支 道 天下の大道は東山道という道 姨 捨 山 だ っ た 頃、 信 濃 の 国 の か、 話 を 続 け ま す。 冠 着 山 が 善光寺街道を歩きながら、な ぜ姨捨山が長楽寺に移ったの の里ではなくなっていました。 か ら 筑 摩 郡 へ と 変 わ り、 更 級 し ま せ ん が、 麻 績 郷 は 更 級 郡 方、 こ れ も 時 期 が は っ き り と れ て 定 か で は あ り ま せ ん。 一 町時代とも戦国時代とも言わ 街 道 ︶ で す。 開 通 の 時 期 は 室 それも何代にもわたって。 鏡台山から月が昇ります。鏡台 り、冠着山が大きな目印となっ バステチカミチ﹂なる古い枝道 歩き旅は猿ヶ馬場峠を下り、 火打石茶屋跡を通り過ぎて﹁オ 定説になっていました。 そ し て 江 戸 時 代 に は、 そ れ が たのではないかと思われます。 寺の姨捨山が盛んに宣伝され の こ と で す。 こ の 時 代 に 長 楽 ます。永正十四年︵一五一七︶ 狂言本、 ﹃木賊﹄が世に出てき と田毎の月が一緒に登場する た。これが北国西往還︵善光寺 山とはまさにこの情景から名 そ の よ う な 状 況 の 下、 姨 捨 山 善光寺街道を歩いた人や、歴史に興味 がある人におすすめのガイドマップ。 「麻 績村むらごと博物館事業」として、村と 関係団体との協働により実現した。地元 案内人による詳細な地図に解説を入れ、 見所ではスタンプを押すことができる。 初版は「古姨捨山から長楽寺」 「信濃の札 所と伊勢巡り」「麻績宿から福満寺」の 3冊と麻績村周辺の全体マップ1枚。4 月より村の関係施設にて入手可能。 問い合せ:村づくり推進課 0263(67)3001 ていたものと考えられます。そ 善光寺街道枝道歩き 麻績村通行手形 付けたのでしょう。月を鏡に見 へ や っ て 来 ま し た。 そ の 長 楽 て 姨 捨 山 の 月 を 求 め、 長 楽 寺 ロデューサーがいたわけです。 古代の道に代わり猿ヶ馬場 峠を通る新しい道が開きまし ▲稲荷山宿から冠着山を望む 4 ▲ 「古姨捨山から長楽寺」を歩く 麻績宿から冠着山を望む き る よ う に な る と、 よ う や く 通 り 抜 け、 善 光 寺 平 が 一 望 で に 逸 れ ま す。 鬱 蒼 と し た 林 を は こ の 岩 が 舞 台 で す し、 山 号 が 姨 捨 山 で す。 長 楽 寺 の 縁 起 ﹁今皆さんが立っているこの岩 後世に伝えることができます。 ちはより豊かな姨捨山の月を 捨 山 も 肯 定 す る こ と で、 私 た この歌から始まった﹁姨捨山の ないことが残念でなりません。 集﹄読み人知らず︶の歌碑の 山に照る月を見て﹂ ︵ ﹃古今和歌 月 ﹂ が、 街 道 歩 き と と も に さ ﹁古姨捨山から長楽寺﹂これは 姨捨山への古くて新しい旅路 年︵2008︶ が待っているのですから。 ん こ と ﹂ を、 未 来 の 芭 蕉 た ち なぜなら、 ﹁おばすて山の月見 らに進化することを望みます。 小瀬佳彦活動経歴 ﹁わが心慰めかねつ更科や姨捨 な が ら も、 姨 捨 山 初 見 の 和 歌 聖高原駅に歌碑公園を造っ た先輩方の見識に敬意を表し です。 もまた姨捨山です。 ﹂ そう言って説明を終わりま す。 旅 人 は 自 ら の 足 で 二 つ の 長 楽 寺 へ た ど り 着 き ま す。 旅 人はさっそく姨石に上り十三 景の一つ一つを確かめます。 姨捨山を体感す るのです。 二つの姨捨山 はどちらが偽物 で、 ど ち ら が 本 物というもので は あ り ま せ ん。 どちらも姨捨山 5月 善光寺街道協議会設立 参加団体 参加者 名 年︵2009︶ 57 5月 ﹁ 善 光 寺 街 道 巡 礼 歩 き 旅 ﹂ 開 始 名踏破。以後毎年開催。 19 月 熊野古道視察開始。以後年一回 継続。 31 の長い歴史を築 い て き ま し た。 さ ら に 言 え ば、 明 治 の﹃ 冠 着 山 復権運動﹄を興 した塚田雅丈の 郷 嶺 山︵ 千 曲 市 平成 年︵2006︶ 3月 シンポジウム﹁祈りの道 善光 寺西街道ルネッサンス﹂開催。 4月 ﹁ 街 道 歩 き 調 査 隊 ﹂ を 編 成 し、 善光寺街道の実地調査を行う。 年︵2007︶ 来場者200人 3月 ﹁ 善 光 寺 西 街 道 宿 場 サ ミ ッ ト ﹂ 開催 参加団体 回にわたり継続。 20 21 年︵2010︶ 12 年︵2012︶ 5月 地 元 案 内 人 の 駅 伝 に よ る 巡 礼 歩き旅始まる。 年︵2011︶ 道協議会の事務局を担う。 4月 特 定 非 営 利 活 動 法 人 善 光 寺 街 道歩き旅推進局設立。善光寺街 街道 道の文化祭﹂開催。以後 年1回継続。 3月 宿場サミットにかわり﹁善光寺 22 23 羽尾︶や、﹁姨捨﹂ の 語 源﹁ お は つ せ﹂に由来する 長谷寺の篠山︵長 野市塩崎︶も姨 18 以後 16 捨山ゆかりの地 月 冊 子﹃ 善 光 寺 街 道 の 近 代 を 歩 く﹄刊行。 月 熊野古道視察終了。 5 に加えるべきで し ょ う。 ど の 姨 3 11 24 12 19 ギ ャ ラ リ ー 展 写仏教室作品展 3月3日日 ∼ 5 月 11 日 土 出展/山口勝人 写仏教室受講者 柳沢京子切り絵展(新) 6月4日火 ∼6月9日日 出展/ 柳沢京子 藍友禅 橋詰清貫の世界展 6 月 14 日 金 ∼ 6 月 16 日 日 出展/橋詰清貫 HIJIRI 聖 ART EXHIBITION 作品展 7月1日 月 ∼ 8 月 18 日 日 出展/窪田明仁・久保田優子ほか 「あんず染絵絣の世界」展 8 月 22 日 木 ∼ 8 月 28 日 水 出展/窪田孟恒 日達れんげ切り絵展(新) 9 月1日 日 ∼ 9 月 16 日 月 出展/日達れんげ 田村しず布作品展(新) 9 月 21 日 土 ∼10 月 6 日 日 出展/田村しず 篠田弘明作陶展(新) 10 月 11 日 金 ∼11 月 6 日 水 出展/篠田弘明 工房ととか 作品展(新) 11 月 16 日 土 ∼11 月 24 日 日 出展/ 筑北村 菊地克典(木工)智子(陶芸) 法善寺所有の軸、巻物、短冊などの常設展もお楽しみください。 冬季間は常設展となりますが、企画展を行うこともあります。(月の里俳句小中学生入選作品短冊展示など) 00 観月苑文化講座 16 参加者募集中 00 山口勝人写仏教室 14 ︻第1土曜日︼ 30 ∼ 会費/前期・後期とも 15 000円 各5、 講師/安養寺住職山口勝人 30 御詠歌教室 13 ︻第1水曜日︼ ∼ 会費/前期・後期とも 4月から始まります 30 000円 各5、 講師/法善寺大屋明子 11 新講座 小林一茶の世界 00 ︻第3木曜日︼ 30 00 ∼ 会費/月1、 000円 15 12 ︵前期・後期とも 000円︶ 各6、 講師/﹁岳﹂同人窪田英治 30 00 やさしい着付教室 13 10 ︻第1・第3水曜日︼ 第1水/ ∼ 第3水/ ∼ 会費/月2、 600円 ︵ 回シリーズ︶ 講師/前結び美装流助教授 浅野和子 12 10 6 催し物 案 内 第 14 回曼陀羅の里 お月見俳句大会 10 月 19 日 土 第 21 回月の里俳句作品募集 募集締切 8月 31 日 土 13:00 ∼ 16:00 大人 3句一組(何組でも可) 投句料/ 1,000 円 当日句 2句(自由題) 小学3年生∼中学生 2句まで 投句料/無料 会費/ 1,500 円 選者/「信濃俳句通信」主宰・佐藤文子 (投句料・聴講料・懇親会費) 「黒姫」主宰・神田北童 選者/「信濃俳句通信」主宰・佐藤文子 「岳」編集長・小林貴子 「黒姫」主宰・神田北童 「梟」同人・水上孤城 「岳」編集長・小林貴子 「梟」同人・水上孤城 茶室清香亭月釜 第 20 回紅葉がりの茶会 10 月 27 日 日 受付/ 10:00(受付終了 14:00) 定員/ 150 名 会費/ 3,000 円 濃茶席 耕月軒 表千家流 金井宗美社中 薄茶席 観月堂 裏千家 福原宗富社中 点心席 月の館大寄せの間 松林のなかの茶室にて季節のお点前をお楽しみください。 時間 10:00 ∼ 15:00 日時は変ることがあります。 会費/ 600 円 点心&お抹茶 2,500 円(要予約。3名様以上) 4月 29 日 月 武者小路千家 亀の香り茶稽古の会(松本市) 5 月 12 日 日 裏千家 小山宗道社中(長野市) 5 月 19 日 日 裏千家 公民館茶道クラブ(麻績村) 6 月 16 日 日 石州流 芳香庵松悠(筑北村) 6 月 23 日 日 裏千家 山中宗艶社中(長野市) 7 月 28 日 日 裏千家 島津宗純社中(長野市)ゆかた茶会 8月 4日日 表千家流 鈴木康之(名古屋市) 8月 25 日 日 裏千家 東方宗満社中(長野市) 9月 8 日 日 武者小路千家 亀の香り茶稽古の会(松本市) 9月 22 日 日 表千家流 秋の楽しい音楽会 みんなで歌いましょう! (予定) 清流会(筑北村) 合唱指導とテノール独唱 遠山望・山川拓也 デュオリサイタル 10 14:00 13 日 ∼ 16:00 11 13:30 30 土 ∼ 15:30 (予定) 場所/月の館大寄せの間 場所/月の館大寄せの間 講師●テ ノ ー ル 独 唱/島津 和平 講師●サクソフォン/遠山 望 ピ ア ノ 伴 奏/関崎 千奈美 ピ 7 ア ノ/山川 拓也 【曲目】 アルトサクソフォン 協奏曲(全曲) クレストン スロヴァキアン・ ラプソディ 加藤昌則 素晴らしい サクソフォン ン と い う、 和 洋 折 衷 の 組 み 合 ド ピ ア ノ、 そ し て サ ク ソ フ ォ す。 畳 の 和 室 大 広 間 に グ ラ ン 観月苑でコンサートをさせ て 頂 く の は、 四 回 目 と な り ま ま い り ま し た が、 は、 近 年 定 着 し て でのサクソフォン クラシックの世界 おります。翻って、 遠山 望 わ せ で す が、 程 良 い 響 き の 空 他の例えばフルー ト、 ト ラ ン ペ ッ ト のが定説となって 間 で、 毎 回 気 持 ち よ く 演 奏 さ せて頂いております。 といった楽器に比 器発明家、アドルフ・サックス 名前なのです。ベルギー人の楽 実はこの楽器を発明した人の れ て お り ま す が、 こ の 名 称、 も含めたクラシックを原点と い き た い! と い う 思 い は、 私 の楽器の素晴らしさを伝えて ら 否 め ま せ ん。 更 に 更 に、 こ な 存 在 で あ る 事 は、 残 念 な が 第2・3 楽章も加え、全曲演奏 演 奏 い た し ま し た が、 今 回 は ン サ ー ト で、 第 1 楽 章 の み を た し ま す。 協 奏 曲 は 前 回 の コ た、 オ リ ジ ナ ル 作 品 を 演 奏 い サクソフォンのために書かれ べますと、マイナー ︵1814∼1894︶によっ しているサクソフォン奏者の、 で す。 オ リ ジ ナ ル 作 品 は、 今 サクソフォン⋮一般的には ﹁サックス﹂という名称で知ら 世紀に産声をあげまし 共通した強い思いではないか、 て、 た。ですから、 まだ歴史の浅い、 回が初披露となります。 らっしゃるかもしれませんが、 いった印象を持たれる方もい クラシックの曲というと、難 しそう、とっつきにくそう、と という気がしております。 して、サクソフォン協奏曲と、 さ て、 今 回 の コ ン サ ー ト で は、 メ イ ン プ ロ グ ラ ム と し ま 新しい楽器であります。 る よ う に な っ て か ら、 と い う リカにおいて、ジャズで使われ そのサクソフォンが、一躍世 界的に有名になったのは、アメ 19 山川 拓也プロフィール 遠山 望プロフィール 松本市出身。5歳よりピアノを始める。武蔵野音楽 大学ピアノ科卒業。 ピアノを茅野元子、小林香織各氏に師事。 大学在学中は、ピアノを宮澤晴子氏、指揮法を谷口 雄資氏、作曲法を坂幸也氏に師事。 ピアノソロだけにとらわれず、他楽器とのセッショ ン等も数多く行っている。 卒業後は、松本市内を中心に、後進の指導や演奏活 動に活躍している。 1975 年大町市出身。国立音楽大学附属音楽高校、 及び同大学器楽学科サクソフォン専攻卒業。現在、長 野県各地に於いて、演奏、レッスン、吹奏楽団・合唱 団指導を行い、近年は東京へも活動の場を広げている。 サクソフォンを石渡悠史、下地啓二、指揮法を伊藤 栄一、声楽を及川愼の各氏に師事。 女声合唱団アンサンブル・ピュア(大町市)常任指 揮者。 東京都町田市立金井中学校吹奏楽部コーチ。 8 フォンの何倍もの長い歴史の で あ り ま す。 そ こ に、 サ ク ソ ル の 曲 で も、 演 奏 で き る 楽 器 と い う 楽 器 は、 ど ん な ジ ャ ン そんな演奏の中での﹁会話﹂な 演〟や〝競演〟もいたします。 の〝共演〟であり、時には〝協 せ ん。 サ ク ソ フ ォ ン と ピ ア ノ ピ ア ノ は﹁ 伴 奏 ﹂ で は あ り ま 私 達 の コ ン サ ー ト で、 定 番 と は、 東 北 ゆ か り の 演 歌 や 歌 謡 あ る、 ピ ア ノ と い う 楽 器 を 加 ども楽しんで頂けたら、と思っ こ れ ら の 2 曲 は、 親 し み や す り ま す。 ぜ ひ こ の 機 会 に、 ク 曲等も、 演奏いたします。更に、 え た デ ュ オ︵ 2 重 奏 ︶ は 無 限 て お り ま す。 こ の よ う な 空 気 い素晴らしいメロディーの宝 ラ シ カ ル・ サ ク ソ フ ォ ン の 世 こ れ も 定 番 と な り ま し た、 サ の可能性を持っている感が、私 庫、 と い え る よ う な 作 品 で あ 界をお楽しみ頂ければ、と思っ ク ソ フ ォ ン、 ピ ア ノ そ れ ぞ れ しております 東 「 北応援ソン グ 集 」と 銘 打 っ た コ ー ナ ー で ております。 黄昏れて芒に風の遊び来る 若林雄一郎 市野瀬今朝男 特 選 秀 逸 特 選 オリサイタル﹂といたしまし 朝焼けの厳かにして不気味なり 北沢 雅子 清水三千穂 た。私達2人の演奏において、 十六夜や巻螺子堅きオルゴール 玉井 安雄 にい わら 沖縄の香焚き盆の飾りとす 土橋 俶子 科木の花や引戸の磨硝子 磯笛に寄する卯波の白さかな 向日葵や顔まんまるな村の子等 稲沢 礼子 十六夜や巻螺子堅きオルゴール 田澤 博 北沢 雅子 小伊藤美保子 新藁に埋るる仔牛ほの温し こ の よ う に、 サ ク ソ フ ォ ン コンサートです。 四阿屋山の風駆けめぐる夏座敷 曽根原幾子 二十歳の子祭囃しはラテン調 ております。 秋 の ひ と と き、 皆 様 の ご 来 場 を、 心 よ り お 待 ち 申 し 上 げ らではです。 感 を 味 わ え る の も、 生 演 奏 な 宮下志花子 し ま す。 大 変 盛 り だ く さ ん の はしております。 夕立に追いかけらるる農婦かな 清水三千穂 白秋の水ばさと搏つ鯉の鰭 種山せい子 秀 逸 今回から、コンサートのタイ トルを﹁遠山望、山川拓也デュ の ソ ロ 曲 を、 今 回 も 演 奏 い た もちろん、皆様きっとご存知 なのでは?という曲も、演奏い たします。ジャズのスタンダー ド や、 ち ょ っ と 早 い ク リ ス マ ス ソ ン グ、 そ し て 観 月 苑 で の 落し水草むらの声静まれり 第二十回 月の里俳句入選作品 秒針の疲れ知らずや昼寝覚め 吉田 長久 田中 竹子 木洩れ日の光と影に水を打つ 耳遠き夫に届けと虫時雨 這つて来しものと話して草を引く 市川 喜久 田中 公平 庭石の座椅子に似たりあたたかし 耕月軒の降りつくばい 一般の部 特 選 秀 逸 特 選 秀 逸 三輪 浅茅 稲沢 礼子 向日葵や顔まんまるな村の子等 小林貴子選 水上孤城選 佐藤文子選 神田北童選 信濃観月苑だより 広く文化活動や研修会、お茶会等にどうぞ 信濃観月苑をご利用ください お問い合わせ・ご予約 TEL/FAX 0263-67-3933 [email protected] メール ߴᩖɁᔪȈຏᮓ̲ȉ ɸʭʳʴ˂ 展示発表の場としてご利用ください。 ■利用料金/半日 5,000 円・1日 10,000 円 ■利用料金/1会 10,000 円 ࢿᩖɁᔪȈᐖఌᢃȉ ■利用料金/半日 5,000 円・1日 10,000 円 ᬩഒʥ˂ʵ コンサート、発表会などに ご利用ください。 グランドピアノ KAWAI GM-10 ■利用料金/半日 5,000 円・1日 10,000 円 ߆۾ȮɁᩖ ᜊఌڛ (2F 40 畳和室)ステージ付 お茶会、お稽古、句会、研修会、コンサート会場などに ご利用ください。 お茶会、句会、月見の宴などにご利用ください。 ■利用料金/半日 5,000 円・1日 10,000 円 ■利用料金/半日 3,000 円・1日 6,000 円 安曇野 I.C 安曇野 I.C 長野自動車道 麻績村のホームページ 信濃観月苑のホームページ http://www.vill.omi.nagano.jp http://omigoto.vill.omi.nagano.jp/kangetsu 清香亭 お 抹 茶 点 心 午前9時∼午後5時 毎週火曜日 個人 高校生以上 300 円 小人 150 円 団体 20 名以上2割引 600 円 2,000円(3名様より。要予約) 観月堂 開苑時間 休 苑 日 入 場 料 信濃観月苑 月の館 長野県東筑摩郡麻績村〒399-7701 TEL/FAX(0263)67-3933 観音堂 信濃観月苑 表紙 月に、花に、おだやかな毎日 に感謝。 3.11 から 2 度目の春、子供 たちはじめ小さな命がすこやか でありますように…
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