高齢者の性 - リプロヘルス情報センター

超高齢社会を
豊かに生き抜くために…
「高齢者の性」
リプロ・ヘルス情報センター
菅 睦雄
1
目次
はじめに .............................................................................................................. 3
1.超高齢社会の現実 ......................................................................................... 4
2.高齢者の性を考えよう................................................................................... 5
2-1.50 歳以上の人口はどうなっているのでしょう? ................................. 5
2-2.現在の平均寿命は… .............................................................................. 6
2-3.なぜ、長寿国に…?「健康管理の徹底」 .............................................. 7
2-4.50 歳以降の有配偶者の状況 ................................................................. 8
2-5.2010 年時の高齢者の有配偶状態 ........................................................ 9
3.高齢化時代で話題となった『高齢者の性』 ................................................. 10
3-1.『恍惚の人』より ................................................................................ 10
3-2.『愛すればこそ』より ......................................................................... 11
3-3.女と男の気持ち ................................................................................... 12
4.高齢者の性の生理学 .................................................................................... 14
4-1.高齢男性の性生理 ................................................................................ 15
4-2.早朝勃起の消失は末梢血管の老化の兆し ............................................ 16
4-3.女性の性生理 ....................................................................................... 17
4-4.高齢女性の性反応 ................................................................................ 18
4-5.生殖器系と廃用萎縮の関係.................................................................. 19
5.実態調査からみる「高齢者の性」 ............................................................... 19
5-1.高齢者の性機能 ................................................................................... 20
5-2.高齢女性は「性に目覚めている」 ....................................................... 20
5-3.閉経後女性のセックス・スタイルの変容 ............................................ 21
5-4.セックスには健康効果がある .............................................................. 23
5-5.サイトを賑わしている『高齢者の婚活』 ............................................ 23
6.性に対する高齢男性の捉え方を文学から学ぶ ............................................. 25
6-1.渡辺淳一の「失楽園」からみる高齢男性の捉え方 .............................. 25
6-2.老いのセクシュアリティ ..................................................................... 29
6-3.伊藤整が語る「高齢女性の性」........................................................... 30
7.最後のセックスのすすめ ............................................................................. 31
参考資料 ............................................................................................................ 31
2
高齢者の性:「超高齢社会の中で…」
はじめに
初夏の昼下がり、古い団地の中にある公園をみていると歩いているのはお年寄りが
多い。その多くは女性のお年寄りだ。なかにはステッキを持って足元が危なっかしい姿
も目につく。なにか痛々しさを感じるが、男のお年寄りだ。孫を連れて歩いている好々
爺もいるが、その動作には活き活きとした張りを感じるのは私だけだろうか。
いま、我われは少子高齢社会にいます。しかも超高齢社会とまで言われる時代とな
っています。
65 歳以上の高齢者人口が 1990 年では 10%程でしたが、
2000 年 15%
となり、2012 年では 23%程にまでにもふくらんできています。団塊の世代が高齢者
人口に入り込んできたのです。これからも高齢者人口は増え続けると云われています。
高齢者人口 2,958 万人のうち男性は 1,264 万人、女性 1,693 万人と男 3 に対し
女 4 の割合になっています。平均寿命は男性 79.6 歳、女性 86.4 歳と女性が 6.8 歳
ほど長生きをしていることになります。65 歳以上の世帯数をみますと 2,013 万世帯
で全世帯の 42%にものぼっています。そのうち夫婦のみの世帯 599 万世帯(30%)、
単独世帯 463 万世帯(23%)、三世代世帯は 18%と少なくなってきています。高齢
化社会と云われていた 1980 年では夫婦のみが 19%、単独世帯 11%、三世代世帯
50%でしたので家庭の構成と機能は大きく異なってきた超高齢社会といえます。夫婦
二人でお互いに支え合いながら余生を楽しんでいくことになり、なかには連れ合いを失
う方も増えてきています。生殖性で繋がっていた半世紀よりも、さらに長い夫婦生活を
送ることになります。そこには「連帯の性」でお互いの絆を深めあうことがこれからの
「生き甲斐」となり、それを確かめ合い余生を実りあるものにしていきたいものです。
ここでは高齢者の「性」について焦点を当て種々考えてみたいと思います。
※WHO(世界保健機構)や国連の定義によりますと、
65 歳以上人口の割合が 7%超で「高齢化社会」(日本は 1970 年)
65 歳以上人口の割合が 14%超で「高齢社会」
(日本は 1995 年)
65 歳以上人口の割合が 21%超で「超高齢社会」(日本は 2007 年)
とされています。
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1.超高齢社会の現実
少子高齢社会とは、いつ頃から懸念されていたのでしょう?合計特殊出生率が 2.0
を下回ってきた 1970 年半ばに始まります。高齢化社会とは 1970 年頃当時 65 歳以
上の人口が総人口に占める割合が、7%を超えてきた場合と考えられていました。
1970 年の 65 歳以上をみますと男性で 6.3%、女性 7.8%、合わせて 7.1%でした。
高齢化社会の到来といわれてき
たのです。1980 年に合計特殊
出生率は急速に低下し、1995
年では 1.42 となりました。この
時の「高齢社会」は国際的定義
によりますと 14~21%を占め
ると指摘されており、1995 年
には 14.5%でしたので、高齢社
会の到来となったのです。でも
更に、2007 年頃には合計特殊
出生率は 1.3 と底をつき、高齢
者人口も 21.5%を超えて「超高齢社会」と打出されてきたのです。
高齢化の現状と将来像についてみてみましょう。2005 年の総人口は約 1 億 3 千万
人で 65 歳以上の高齢者は 2 千 6 百万人と 20%でしたが、2025 年では総人口が約
1 千万減り 1 億 2 千万人となり高齢者人口は 30%を超え、2055 年になりますと総
人口は 1 億を下回り 9 千万人となり高齢者人口が 40%を占めるようになってきます。
しかも 75 歳以上のお年寄りが 4 人に1人と推定されているのです。
この推定値をみますと少子超高齢社会は、これからの次世代に何を語り継いでいけ
ば良いのか強く考えさせられます。
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2.高齢者の性を考えよう
少子超高齢社会のなかで、私たちは様々な問題を抱えています。そこで高齢
者の性について考えていきたいと思います。高齢者とは、一般的に 65 歳以上
をさしていますが、ここでは「性」の視点から考えますので 50 歳以上につい
て捉えていきたいと思います。更年期の項で述べましたように女性は 45 歳頃
より卵巣の機能低下により月経周期が乱れ、50 歳初めに閉経を迎えます。45
歳頃から 55 歳の約 10 年間を更年期と呼んで、そこで訴える不定愁訴を更年
期障害と言い多くの女性を悩ませます。また、閉経を迎えた女性は妊娠の恐れ
から開放されセックスを謳歌するということも反面指摘されています。一方、
男性は 50 歳を越えていきますと早朝勃起の消失などによる性機能の衰えを感
じ始める時でもあり、性交能力に自信が揺らぎ始める時でもあります。
団塊世代が結婚年齢に入った 1970 年代は、高齢者の性は「嫌らしいもの」
「汚らしいもの」と捉えられていました。特に、女性の間では閉経とともに「性
の終焉」と多くの方が捉えていたようです。男性の間ではやがて「枯れていく
もの」と捉えていた節があります。しかし「高齢化社会」から「超高齢社会」
へと移りゆくにつれ高齢者夫婦のみで暮らす世帯が増えてきております。「高
齢者の性」がクローズアップされてきているようです。
2-1.50 歳以上の人口はどうなっているのでしょう?
超高齢社会といわれている今日
50 歳以上の人口はどれくらいにな
っているのでしょうか?2012 年の
厚労省の人口動態統計資料によりま
すと男性は 25.8 百万人、女性で
30.5 百万人となっています。女性の
方が約 5 百万人多いことがわかりま
す。そして女性人口の約半数近くが
50 歳以上ともいえます。
それを約 50 年前の 1960 年の人
口に比べますと男女とも 50 歳以上が 3 倍強に増え半数近くとなっていること
がわかります。まさに少子超高齢社会が構築されてきたと云えます。
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2-2.現在の平均寿命は…
平均寿命の年次推移を追って
み ま す と 、 戦 後 間 も な い 1950
年 で は 男 性 58 歳 、女 性 61.5 歳
で し た 。 以 降 、 1960 年 に 始 ま
った国民皆保険制度などによっ
て急速な医療の発展により健康
増進が図られ、寿命が延びて
2010 年 で は 女 性 が 86.4 歳 、
男 性 79.6 歳 と な り 世 界 最 長 寿
国となってきました。女性の平
均 閉 経 年 齢 が 51 歳 で す の で 、1950 年 で は 閉 経 か ら わ ず か 10 年 ほ ど
だ っ た の が 、今 で は「 生 殖 の 性 」を 閉 ざ し は す る も の の 35 年 間 も 第 二
の人生を送ることができるようになってきました。信長が好んで舞を
舞 っ た『 人 間( じ ん か ん )五 十 年 、化 天( か て ん )の う ち を 比 ぶ れ ば 、
夢幻の如くなり、一度生を享け、滅せぬもののあるべきか…』、人生
は も は や 50 年 で は な く 、 80 年 の 時 代 と な っ て き た の で す 。
人は一人ではいき難いものなのです。必ず対を為していく生き物な
のです。男と女という一つの対なのです。男と女が、そこに生き続け
る限り、「性の営み」を欠かすことはできません。妊娠を危惧するこ
とのない「性」として、お互いの絆をたかめる「連帯の性」、そして
歓びを分かちあう「快楽の性」となって対等の関係となり、お互いが
生き甲斐を持ちながら日々を過ごすのです。
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2-3.なぜ、長寿国に…?「健康管理の徹底」
1961 年 に 国 民 皆 保 険
制度が導入されてから健
康増進が推し測られるよ
うになり、若くして亡く
なるケースが減ってきた
ことは云うまでもありま
せんが、この長寿国の背
景 に は こ の 50 年 の 間 に
乳幼児死亡の激減があり
ます。それに加えて生産
者年齢層の死亡例が抑え
られてきたのです。
国民健康保険や社会保険制度の導入で徹底した国民の健康管理がな
されてきました。図では年齢階級別にみた死亡者数の構成比をみたの
で す が 、 2010 年 の グ ラ フ を み ま す と 50 歳 未 満 で 死 亡 す る 割 合 が 極
端に抑えられています。国を挙げての徹底した健康管理が行われてき
た た め と 容 易 に 想 像 が で き る と 思 い ま す 。 そ こ に は 1955 年 か ら
1973 年 の 高 度 経 済 成 長 期 と 相 俟 っ て 職 場 環 境 や 生 活 習 慣 の 著 し い 改
善、食生活、栄養の改善などによって乳幼児や青壮年の死亡例が大幅
に低下していたのです。
50 歳 を 過 ぎ る と 加 齢 に 加 え て 様 々 な 疾 患 が 健 康 を 損 な い 多 臓 器 疾
患を抱え込むようになります。老化とともに健康損失による死亡例が
増 え て き ま す 。 1960 年 時 を み ま す と 男 性 で は 70 歳 前 半 に ピ ー ク を
示 し 、 女 性 は 70 歳 後 半 と 80 歳 前 半 が 続 い て い ま す 。 60 年 時 の 65
歳 の 平 均 余 命 が 男 性 76.6 歳 、 女 性 79.1 歳 と な っ て い ま し た 。 50 年
を 経 た 2010 年 で は 男 性 が 80 歳 前 半 に ピ ー ク を 取 り 、 女 性 80 歳 後
半 に ピ ー ク を 作 っ て い ま す 。 10 歳 程 伸 び て い る の が 読 み 取 れ ま す 。
死 亡 年 齢 の ピ ー ク を み ま す と 1960 年 と 2010 年 も 同 じ よ う に 男 性
よりも女性の方が 5 歳ほど遅れています。生物学的見地からみまして
女性の方が長生きできるようになっているためです。
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2-4.50 歳以降の有配偶者の状況
私 た ち 日 本 に お い て は 65 歳 を
超えてどれほどの割合で夫婦と
し て い ら れ る の で し ょ う 。1960
年での男性は 7 割で妻の死別が
3 割弱となっていました。未婚、
離 婚 が そ れ ぞ れ 1% 程 と な っ て
い ま し た 。女 性 の 方 で み ま す と 夫
との死別が 7 割で、夫と共に暮
らしていたのが 3 割弱となって
い ま し た 。 未 婚 が 1% 、 離 婚 が 2% 程 で し た 。
50 年 後 の 2010 年 を み ま す と 、 男 性 で は 8 割 が 「 妻 と と も に 」 で
1 割の上昇を示しており、死別者は 1 割となり 2 割減少しています。
未 婚 4% 、離 婚 4% と 若 干 増 え て い ま し た が 、死 別 者 が よ り 減 っ て い ま
した。女性をみますと約 5 割が「夫とともに」と 2 割ほど増えていま
す 。 死 別 が 4 割 と 50 年 前 に 比 べ 3 割 の 減 少 で す 。 未 婚 は 4% と 離 婚
は 5% と 男 性 を 上 回 っ て い ま し た 。い ず れ に し て も 、50 年 の 間 に は 医
療技術の革新で著しい「健康増進」が認められ「超高齢社会」がもた
らされてきたといえます。
1960 年 の 高 齢 化 率( 65 歳 以 上 人 口 割 合 )が 5.7% で あ り 、高 齢 化
社 会 の 手 前 に あ っ た 時 代 で し た 。当 時 の「 性 」は 、「 閉 経 = 性 の 終 焉 」
という考えで、夫を受け入れないのが一般的社会規範となっていたよ
う で す 。男 性 の 平 均 寿 命 は 65.3 歳 、女 性 70.2 歳 で あ り 、夫 は 妻 よ り
早 逝 す る も の 、妻 の 性 は 失 わ れ る も の 、老 齢 の 性 は「 嫌 ら し い も の 」、
「 汚 ら し い も の 」と い う 考 え が 主 流 と な っ て い た の で す 。65 歳 を 過 ぎ
た男性にとって「閉ざされた性」となっていたのです。夫は生きがい
を失い、まさに「枯淡の性」とならざるを得なかったようです。
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2-5.2010 年時の高齢者の有配偶状態
こ れ を 平 成 22 年 ( 2010
年 )の 国 勢 調 査 で 、50 歳 以 上
の有配偶者の状況をみますと、
50 歳 代 女 性 の 人 口 は 約 820
万人で夫のいる有配偶率は
640 万 人 で す か ら 78% と な
ります。死別された方はわず
か 4% に し か す ぎ ま せ ん 。 60
歳 代 に な り ま す と 13% に 増
え 、 70 歳 以 上 に な り ま す と
49% と な り 有 配 偶 率 は 5 割 程 に な っ て い ま す 。 70 歳 前 半 の み で み ま
す と 27% と 3 割 を 下 回 っ て お り 、夫 を 失 う の は 70 歳 後 半 か ら と な り
ます。
男 性 の 場 合 を み ま す と 、 50 歳 代 の 総 人 口 は 810 万 人 で 妻 の い る 有
配 偶 率 は 610 万 人 の 75% と な り ま す 。 死 別 さ れ た 方 は 10 万 人 の
1.3% と な り ま す 。60 歳 代 男 性 の 死 別 者 は 3.6% 、70 歳 以 上 で 13.5%
と な っ て い ま す 。70 歳 前 半 で は 7% 程 と な っ て お り 男 性 の 平 均 寿 命 の
79.6 歳 と 符 合 し て い る こ と が わ か り ま す 。
50 歳 か ら 74 歳 ま で の 高 齢 世 帯 で は 、夫 婦 と も に 生 活 を さ れ て い る
の が 76% と な り 、し か も そ の 半 数 が 夫 婦 二 人 だ け で の 生 活 と な っ て い
た の で す 。7~ 8 割 が 70 歳 前 半 ま で 配 偶 者 と と も に 生 活 を 送 っ て い る
といえます。このように配偶者の存在は老年期における孤独を解消し、
幸福感や生き甲斐を作り上げた生活を過せるといえるのです。
で も な ぜ 、70 歳 を 過 ぎ て も 男 性 は 、妻 が 健 在 で あ れ ば 生 き 甲 斐 を 感
じ て 共 に 永 ら え る の で し ょ う か ? なぜ男性は女性より短命なのでしょう?
性染色体がXYとヘテロの関係が影響しているのでしょうか!性的関係が持て
なくなって、性の枯渇として楽しみ、気力の消失が考えられなくもないでしょ
うか。70 歳代に入りますと「枯淡思想」として性的欲望は植物が水分を失い枯
れていくように、衰退・喪失感に浸り込んでしまうようにも思えます。
性の視点から捉えてみますと、男性は「与え入れる性」、女性は「受け入れ
る性」ともいえます。性という扉が閉ざされてしまいますと与える側の気持ち
的損失は大きいものとなりかねませんね。「高齢者の性」が鍵を握っているの
かもしれません。
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3.高齢化時代で話題となった『高齢者の性』
少子高齢化社会を迎え、1985 年に九州の一地区で話題を醸しだした「高齢
化社会」問題がありました。それは、還暦を超えての「性(セックス)」、は
たして「いやらしい性」「汚らしい性」なのでしょうか?還暦を過ぎて、再び
春が訪れるという話に転じてみましょう。
「新春の鹿児島の県北・出水平野を舞うツルの群れ。翼を伸ばしたまま、何
羽も何羽も滑空する。その下を一台ずつ自転車を押しながら、幸せそうに語り
合い、ゲートボール場に急ぐ一組の老夫婦の姿があった。出水市西出水町の無
職、胡摩ヶ野勇一(74)フジエ(71)さん夫婦は、なかなか新婚気分が向け
ない。…」で始まる南日本新聞社編の『老春の門』の冒頭の一節です。
これは 1980 年に入って高齢社会が話題となり始めた頃に、鹿児島の地方新
聞社が「老春の門」と題して老人問題を取り上げた連載物で大いに話題を呼び
ました。それをミネルヴァ書房から 1985 年に出版されたものからの抜粋です。
老人の割合が全国三位と高く、全国平均の 15 年先を歩いている鹿児島県で
取り上げた老人問題の企画連載物で昭和 59 年度の日本新聞協会賞(編集部門)
を受賞したほどで、授賞理由も「優れた視点、社会的インパクトは、事実の積
み重ねを基本とした報道姿勢とともに高く評価される」とあり、連載中も読者
の大きな反響を呼んだそうです。
3-1.『恍惚の人』より
そのなかの老人の性の問題を取り上げた記事をいくつか紹介してみることに
します。『第 4 章 女と男』の『恍惚の人』の一節に「『トヨ!トヨ!』、深
夜、鹿児島市の中心地にある病院の二階二〇五号室から切ない声がもれてきた。
明かりが消え、静まりかえった廊下に、その声が響き渡る。病室のドアには『大
山トヨ』という女性の名札がかかっている。リューマチで寝たきりのトヨさん
(82)が一人しかいないはずなのに、うめき声は明らかに男性のものだ。ドア
の隙間から見える病室で、男はベッドのトヨさんの寝間着を解き、体中をなで
さすっては『トヨ!』と声をあげている。隣のビルの屋上からさし込むネオン
の光に照らしだされた男の顔は、おだやかで、病室は幻想的な雰囲気に包まれ
ていた。…」とあります。その男性はトヨさんの夫・光信さん(83)で三キロ
離れた老人ホームに入所しているのです。
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トヨさんは 10 年も前から寝たきりになり、はじめは光信さんが毎日病院に
通い女性でもなかなかやれない面倒をみていたのですが、介護の最中に脳卒中
で倒れ、本人も恍惚の人となり老人ホームに入所されたのです。「…入所して
間もなく『トヨさんのとこへ行く』と言って、さんざん寮母の松本洋子さん(45)
を手古摺らせた光信さんだった。ある夜、松本さんは、トヨさんの入院先から
突然、電話を受けた。光信さんがトヨさんとしのび会いをしているというのだ。
光信さんを引き取りに駆けつけた松本さんは、その夜、トヨさんと体をぴった
りくっつけていた光信さんの幸せそうな顔を見た。『男と女は恍惚の人になっ
ても、どんなに年をとっても必要なんだな、とジーンときました。忘れように
も忘れられない光景でした』…」とありました。また、最後に「松本さんは『男
女の肌のふれ合いがボケの進行を食い止めたみたいですね』としみじみ語った」
と締めていました。
男性は長年の連れ合いが傍にいるだけで生き甲斐を感じ至福な思いで日々を
過ごせるようになり、病院に行くときになると身だしなみを整えるようになり、
確りとしてきたと云っています。
3-2.『愛すればこそ』より
『愛すればこそ』では歴史のある老人ホームの中を紹介しています。病弱な
体を気にしている 64 歳の国夫さんと行動的で明るい 69 歳のカズさんのこと
です。対照的な性格が、歯車のようにぴったりお互いを補い合い、二人の関係
を発展させていき、カズさんは国夫さんに愛され自信を持ってきたようで再び
女性として目覚め受け入れる心の準備をしていたのですが、国夫さんがそれに
応じることができなかったのです。国夫さんは、それを悩み寮母の佳子さん(34)
に真剣な眼差しで相談し、病院で診察を受けることになりました。病院の診断
では『糖尿病が原因』ということで、「お年寄りのセックスをタブー視するの
がよいことなのだろうか。もっとおおらかでもいいのでは」と思い、回復をめ
ざし、食餌療法を続ける国夫さんの良き応援者となっているとありました。
愛されていると確信した時、例え高齢であっても女としての性が目覚めます。
それに応えられない病弱な男の思いには図りし得ないものがあります。先に治
療だという目標を持たせ、懸命に応えようとさせる支援には大きな意義があり
ます。
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3-3.女と男の気持ち
『女の気持』には、「平均寿命の大幅な伸びにしたがって、老人の性的活動
も盛んになることは、性は生きている証なのだから、当然のことである。老人
たちの性に対する赤裸々な声に耳を傾け、その中から学ぶべきを学び、老後を
『生きがいのあるもの』にしていく方策を前向きに考えていくべきではなかろ
うか。老人の性について、まず『女の気持ち』から迫ってみた」とあり、そこ
には年齢より 10 歳は若く見える 64 歳になる野本ミサさん心打ちが取材記事
として語られていました。「夫と死別して 14 年。苦労に苦労を重ねて息子二
人と娘一人を独立させました。ほっとしたのもつかの間、独り暮らしの味気な
さ、わびしさに襲われました。趣味の生け花に打ち込んだり、未亡人同士で旅
行に行ったりしましたけど、何か満たされないのね。夜1人になると心の中に
ポッカリ穴があくの。そんな時、ああ私を理解してくれる殿方がそばにいば、
胸に顔をうずめていままでのつらさ、わびしさを泣いて訴えたい-という衝動
にかられるんです。そんな殿方の身の周りのお世話をしてあげたい、思い切り
甘えてみたい、すねてみたい、時にはケンカしてみたいという気持ちが日に日
につのります。幸せな老夫婦を歩いているのを見ると、しっとすら感じます。
…」とありました。さらに夫に先立たれて 8 年になる 67 歳の砂川民子さんは
「…女と男の関係?みんな老人は枯れた枯れたと言いますけど誤解です。いく
ら年を取っても、女の気持は持ってますよ。情が移れば、女は女。人を恋い慕
うのに、年は関係ないものです。…」と性は若いうちだけのものではないと語
っていました。いくら年を取っても「女は女、灰になるまで…」という大岡越
前の母親の言葉が思い起こされます。
『男の気持ち』では「口に言われない寂しさじゃんど。男は、女房というつ
っかい棒(支え)がとれれば、やっせもはん(だめなものです)。オナゴ(女)
がおらん家の中は地獄じゃなあ」と 3 年前に肝臓がんで愛妻を亡くした 71 歳
の田村実三さんは語っています。さらに「女の声を聞きたい、女と話したい。
男友達はしょせん『友情』どまり。女の細やかな『情愛』に触れたかなあ。自
分の気持ちをオナゴと分かち合いたい。…」と続けていました。妻を亡くして
11 年になる 67 歳の有馬芳則さんを取材した記事では、「居間にポルノ小説が
おかれ、恥ずかしながらと子供を独立させるまではガマンしてきましたが、独
り暮らしになると『男』の煩悩をどうすることもできもはん。『老人の性はい
やらしい』とよく言われますけど、あるものはしょうがない。いい女性と知り
合い結婚したくてソシャルダンスを 65 歳の時覚えもした。…」と続き、編者
は「配偶者を亡くした健康な大部分の老人は、これまでの社会通念にとらわれ、
虚しい日々を送っているんです。異性と長く接していないから、むしろ老人は
12
若者より性に飢えています。年を取ってからの恋愛は生きがいですよ。他人に
迷惑をかけない以上、まわりに気がねする必要は何もない。好みの女性とめぐ
り会い、楽しい老後を送りたくてしょうがない。二人の声は、配偶者を失った
孤独な男たちの本音ではないか…」と括っていました。
「女房は傍にいて支えてくれるもの」という男の思いから「つっかえ棒」が
はずされると人は人でいられなくなるようです。
あとがきには、「このシリーズの期間中、『老人の性はきたない』『そっと
しておくべきだ』などの批判の声とともに、『ほんとうに 7~80 歳になっても
異性が恋しいのか』との好奇な質問が取材班に何度となく寄せられた。栄養の
改善、医学の進歩に伴う平均寿命の伸び。核家族化、性情報のはんらんの中、
老人の性的能力も飛躍的に延びているのである。性の営みを抜きにしても、独
り暮らしの老人たちは異性を求めている。そのことが孤独の解消となり、生き
がいのある余生を過ごせるカギであることを心の中では叫んでいる。しかし、
社会的常識はこうした現実を直視せず、老人の性を『はしたない』『あさまし
い』と抑圧、閉じこめてきた。行政側もタブー視し、なんら手を差し伸べよう
とはしない。老人に対しあまりにも非人間的ではないか。性のない生はない。
女と男の引きあう力を活用、生きがい対策を講じない手はない」とこの章を結
んでいました。
30 年経た今もこの言葉が生き続け、今の社会に訴えかけているようです。
南日本新聞社編:「老春の門‐輝け!高齢化社会」株式会社ミネルヴァ書房、
京都、1985 年 4 月 15 日発行より抜粋
13
4.高齢者の性の生理学
老化とは、生物学的には時間の経過とともに生物の個体に起こる変化を意味し、そ
の中でも生物が死に至るまでの間に起こる機能低下やその過程を指しています。
「男らしさ」、「女らし
さ」は、男性の精巣から分
泌される男性ホルモン(ア
ンドロゲン)、女性の卵巣
から分泌される女性ホルモ
ン(エストロゲン)から形
作られています。身も心も
共にです。加齢と伴にこれ
ら両ホルモンは低下し、男
らしさ、女らしさが失われ
ていきます。それに伴って
性機能の衰えを男女とも 45 歳くらいから感じ始めます。
このように「性成熟期」から「老年期」へ移行する間に「更年期」と呼ばれる時期
があります。ホルモンバランスが安定している「性成熟期」から精巣や卵巣の機能が低
下し、その機能低下に対し「もっと働け」という指令をだす「間脳-下垂体」からの刺
激ホルモンの分泌が増加してきます。そこで脳と精巣や卵巣の間でホルモンの不協和音
が生じてきます。自律神経系が乱れることになります。女性の場合、卵巣の機能の低下
は 45~55 歳の間に急激に襲い掛かり、更年期障害となって様々な不定愁訴を訴えま
すが、男性の場合は精巣の機能低下は緩徐に起きますので男性更年期は人様々で幅があ
るようです。この期間を更年期と呼び、以降自律神経中枢も落ち着いて老年期へと移り
変わっていくのです。
この老年期に移行して老化していくことになります。卵巣や精巣の機能低下ととも
に、加齢によって様々な臓器や組織も衰えてきます。これを一般的に「老化現象」と呼
んでいます。この老化現象に代表されるものに動脈硬化などで知られる血管の老化が挙
げられます。これには悪玉コレステロールが原因物質となって血管をしなやかに保って
いる「弾性繊維」を破壊していきます。この動脈硬化をもたらす原因には、喫煙や暴飲
暴食、運動不足、飲酒、肥満など多くの原因があり、動脈硬化によって糖尿病や高血圧
症、痛風症や胃潰瘍に至るまで様々な疾患を発症する可能性を持ちます。加齢に様々な
要因が老化というのに加速をかけて人様々となって表れてきます。
この血管壁の老化の始まりを自覚できるものに、男性では陰茎内の末梢血管に現れ
てきます。「朝立ち」といわれる早朝勃起現象の消失や勃起時の硬度の低下で自覚でき
14
ます。女性では腟粘膜が萎縮、菲薄化し潤いがなくなり、平滑で伸展性を欠くようにな
ってきます。このようになりますと帯下感や掻痒感を訴え、性交痛を訴えるようになり
ます。萎縮性腟炎といわれるものです。男女共に性交時に感じる違和感は老化の始まり
といえるのです。50 歳周辺に現れてきます。
4-1.高齢男性の性生理
老化は「ハメマラ」から始まると、昔から俗説的にいわれてきました。ハメマラと
は男性の老化の進行で、衰えが
症状としてあらわれる部位の
ことを意味しており、平安時代
からともいわれています。ちな
みに『ハ』は歯(歯槽膿漏や歯
肉炎、固いものが噛めなくなっ
てきたことを)、『メ』は目(視
力低下、細かい文字が読めなく
なってきたことを)、『マラ』
は梵語の“mara”から男性の
生殖器官(ED:勃起障害や尿
の切れの悪さ)を意味している
というものです。
.加齢とともに精巣の機能が
低下してきます。男性ホルモン
であるテストステロン分泌も
減少してきます。男らしさに翳
りをみせ始めてきます。先ず、
男性の勃起力の低下に気が付
かれることも多いでしょう。特
に顕著に表れるのが朝起きた
ときにみられる「早朝勃起」が
なくなることで自覚されるのではないでしょうか。
この早朝勃起現象の消失や勃起力(硬さ)の低下は 50 歳周辺からみられ始めるよ
うです。セックスの最中もときに途中で萎縮する中折れ現象にも遭遇することがありま
す。副性器の前立腺や精嚢腺も機能低下がみられ、産出される精液の量も減少していき
15
ます。若い時期の半分の量にまで減少していきます。また、射精時に感じていた「射精
不可避感」や「射精切迫感」を感じることなく射精してしまうこともあるでしょう。射
精時に得られるオーガスムも弱くなってきます。セックスに対する自信が持てなくなっ
てしまうこともあるでしょう。精神的なストレスを伴い、体力の低下と相俟って性欲も
少しずつ失われてきます。セックスレスなどへのネガティブの連鎖に追い込まれてしま
います。
この「性に対する情熱の消失」の他に、血管の衰えが高血圧などの心循環器系疾患、
脂質代謝異常からくるものもあります。予備軍を含めますと 2 千万人にも及ぶと云わ
れています「糖尿病」も患ってくる男性も多いようです。前立腺も加齢によって肥大し
ていきます。前立腺肥大や前立腺がんも、ときには男性に襲い掛かることもあります。
このような老いとともに様々な多臓器疾患は、性機能を著しく傷つけていきます。まさ
に枯れた老いを感じ取っていくことになります。
男性は陰茎の「勃起力」というものを通して老いを感じてくるようです。50 歳周
辺から感じるようになってきますが、個人差は大きいようです。しかし多くの男性にお
いて性欲は強く残されたままです。セックスをしていても硬度が少しずつ失われている
ことに気がつきます。他のことに気が取られてしまいますと萎えてしまうこともありえ
ます。また、オーガスムを感じる射精の時も精液量が少なくなっていますし、射精時に
起きる精液が後部尿道口に排出される現象(エミッション:極致感)と会陰筋の律動的
収縮によって尿道から体外へ射出される現象(イジャキュレーション)の二段階に分け
られますが、この差がなくなり極致感も弱く、しかも射出力も低下している関係から若
い頃に比べてオーガスムという悦びはそれほど強くはありません。
4-2.早朝勃起の消失は末梢血管の老化の兆し
勃起現象は陰茎海綿体に陰茎深動脈かららせん動脈を介して海綿体内の毛細血管網
へと血流が海綿体内に入り込み、白膜下静脈叢から海綿体外に流出する血液を膨張した
海綿体白膜が貫通静脈を強く圧迫して遮断してしまい。陰茎の硬度が増すのです。加齢
によりこの白膜の面積が減少して硬さが維持できにくくなってしまうのです。
早朝勃起というのは、性的興奮時に起きる勃起とは異なり、夜間のレム睡眠時に副
交感神経系が活性化され交感神経系よりも優位になります。内臓などの様々な臓器を刺
激してくれるのです。陰茎もその刺激を受け勃起が起きます。レム睡眠時ですから、夢
などをみていたり、寝言を云っていたり、寝返りをすることもあるでしょう。眠ってい
る間は気が付かないでしょうが、明け方の最後のレム睡眠時に目覚めた時に、勃起して
いることに気付くのです。
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札幌医大名誉教授で日本男性医学会理事長の熊本悦明氏は、
「レム睡眠時の勃起は、
生き物・男として非常に重要なのです。生き物・人間は、寝ているときに全機能が寝て
休んでしまえば、死んでしまうので、夜の神経である副交感神経が定期的にアクセルを
踏んで、内臓を刺激しているのです。丁度車がハイウエイを走行中に、何もしなかった
ら止まってしまうから、時々アクセルを踏み、止まらないようにするのと同様に、人間
も、睡眠中レム睡眠時に副交感神経のアクセルが踏まれており、その時に腸が動き、夢
をみたり、寝言も言うし、また寝返りもする。その時に、ペニスも内臓の一部として、
腸と一緒に反応して自然に勃起している訳です」と語っています。
早朝勃起の消失、若しくは勃起力が落ちてきたと思われたら、血管系の老化を意味
していますので心血管障害の初期症状と考え、医療相談をされることを先ずは勧めたい
ところです。
4-3.女性の性生理
45 歳周辺からの更年期
に卵巣の機能低下によりエ
ストロゲン分泌は急激に減
少します。この急激な減少
に対し、脳にある視床下部
(間脳)は卵巣に働きなさ
いと脳下垂体に指令をだし
て性腺刺激ホルモン(卵胞
刺激ホルモン:FSH)の分
泌を促します。それに卵巣
は応えることができません。
今迄は視床下部と卵巣はお
互いに反応しあって協調していたのです。視床下部の傍にある自律神経系は不協和音を
奏でるのです。それが基で様々な不定愁訴を訴えるようになるのです。のぼせや熱感、
発汗亢進、動悸などの血管運動神経系症状を呈します。これが更年期障害というもので
す。その他にも不安、不眠等の精神神経系症状、疲れや肩こり等の運動神経症状を訴え
ることもあります。これらは更年期の間にもたらされますが、その後、老年期に入って
もエストロゲン分泌は少ないままで続きます。
その他にエストロゲンの分泌低下は様々な弊害をもたらします。先ず、腟に対して
は萎縮、菲薄化をもたらします。腟の潤いがなくなってきます。充分な腟の潤いがなけ
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れば、その中でのセックスは性交痛を訴えることになります。性交痛は性反応を損ない
ますし、骨盤底筋群の老化によりオーガスムの時間も短縮し快感も減少していきます。
萎縮菲薄化した腟内は酸性度も低下しますので乳酸桿菌の減少と相俟って腟自浄作
用が低下し異常細菌叢が形成され帯下感、掻痒感、感染性腟炎を引き起こしかねません。
更に、骨盤底筋群の老化は尿失禁や頻尿、排尿時違和感等といった排尿障害を引き起こ
したり、子宮下垂や子宮脱等にも及ぶことがあります。
肌の弾力性は失われ、艶やきめ細かさも失われていきます。悪玉のコレステロール
が増えて、高脂血症等といった脂質代謝異常、さらには骨吸収も失われ、骨がスカスカ
になる骨粗鬆症にも見舞われることになります。脳内の血流の循環も悪くなっていきま
す。これらを維持していたのは女性ホルモンであるエストロゲンの為せる業だったので
す。
4-4.高齢女性の性反応
マスターズ&ジョンションによりますと、腟内の潤滑化が遅くなり、腟の拡張力も
低下し、エストロゲンの減少から、腟壁の萎縮、菲薄化に伴い襞も少なくなって、腟腔
全体が萎縮した状態となります。オーガスム期が短くなり、消退期も早くなると指摘し
ています。若い女性ではオーガスムが近付くと腟の開口部から 3 分の 1 位に膨らみが
生じてきますが、高齢になりますとそのオーガスム隆起の収縮回数も半減し、肛門括約
筋の収縮も少なくなると云われています。
性的刺激によってクリトリスは膨張し、クリトリス亀頭は小陰唇の包皮の下に後退
していきますが、大陰唇や小陰唇の脂肪組織の減退と弾力性が低下していますので、直
接的な刺激には疼痛を伴うことがありますので注意が必要だと指摘しています。
加齢とエストロゲンの低下によって女性の生殖器は退行変性していきますので、充
分に時間をかけた前戯が必要で、腟内の潤いを確認されてから受け入れるようにしなけ
ればなりません。
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4-5.生殖器系と廃用萎縮の関係
廃用萎縮、という言葉があります。廃用症候群ともいい、動かさない筋肉などが萎
縮し機能不全を引き起こすことなどを指します。生き物は使わない機能はなくしていこ
うとする働きがあります。寝たきりで長くいた場合、骨や筋肉が衰えてうまく動かせな
くなります。このことを廃用筋萎縮と呼んでいますが、廃用萎縮は健康な人にもおきる
のですが、高齢になることによって無駄なものをできるだけ排除しようとする機能です。
勃起が不十分だから、性交痛があるからと言って、セックスから遠ざかると、その
機能は益々衰えて使用不能に陥ってしまうのです。性機能低下を感じ始めたらお互いの
努力で、勃起力をたかめたり、腟内の潤滑を充分に促すような手助けをすればよいので
す。その努力がお互いの連帯感を増し歓びも大きなものとなります。お互いの絆が強く
結ばれていくのです。いつまでも若々しく保つことができるのです。
5.実態調査からみる「高齢者の性」
高齢者の性を取り上げた調
査は数少ないようです。実験的
に試みられた最初の調査は、
1973 年に大工原秀子氏の社
会学的研究と思われます。この
調査は、北海道の苫小牧市と奈
井江町、東京都板橋区、愛知県
一宮市の 4 つの地域で、老人ク
ラブの会員で 60 歳以上の在宅
老人を対象として行われたもの
です。この時期は丁度「高齢化
社会」と呼ばれ始めたときでもありました。
大工原氏は 12 年後の 1985 年に同様の調査を行っており、「高齢化社会」という
深刻な問題として取り上げられた時期でもありました。この二つの時代背景からどのよ
うな変化が起きているのかを紐解いてみたいと考えます。
二つの調査の対象者の背景をみますと、男女共に 60 歳以上の有配偶率が高くなっ
てきています。男性では 7 ポイント、女性で 13 ポイントも上昇しています。更に、
年齢区分でみますと 60 歳代が男性で 4 ポイント、女性 14 ポイント上昇しておりや
や 60 歳代が増えているということを念頭に入れておきたいところです。
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5-1.高齢者の性機能
高齢者の性機能について問い
かけています。男性の勃起能は 60
歳後半でも有ると答えているのが、
1973 年では 75%、85 年では
83%と増えています。70 歳前半
でも 76%と 8 割近くが勃起能を
維持しているのです。性的能力は十
分にあると云えます。
女性の腟の潤滑についてみま
すと 85 年では 60 歳後半で濡れると答えているのが 36%でした。70 歳前半女性も
28%が答えています。3 割弱の女性が自力で受け入れることが可能だと云えます。だ
からと言って男性を受け入れるには少々リスクがあります。
なぜなら、高齢女性の腟壁は菲薄となり伸展性も少なくなっています。腟内も潤っ
ていると云えども充分ではありません。高齢男性も勃起はしているとはいっても硬さも
充分ではありません。腟内が十分に潤うためのサポートが不可欠です。そのためには
様々な工夫が必要となります。
5-2.高齢女性は「性に目覚めている」
大工原氏の調査によりますと、1973 年の調査によりますと女性の「性の営み」が
あるものは、年数回を含めましても
44%にしか過ぎませんでした。それ
が 12 年後の調査では 93%となって
います。しかも月一回以上が 56%と
半数以上にもなってきています。
性に対する意識が変わってきて
いるのです。頻度は男性と異なっては
いるものの対等となってきています。
初回の行われた調査は「高齢化
社会」を迎えた時代であり、女性の大学進学率が急上昇し、女性解放運動が盛
んに始めたときでもあり、女性の社会進出の兆しでもあったときといえましょ
う。
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また、1985 年に行われた 2 回目の調査の頃は、「女性差別撤廃条約」に基
づき「勤労婦人福祉法」は抜本的に改正され「男女雇用機会均等法」が制定さ
れたときでもあり女性の社会進出が多様化し始めていた頃でもありました。女
性の多くの意識が大きく変わってきた頃といえましょう。
「性意識」も変化してきたようです。この時代において、男性は両調査にお
いても大きな違いはみられていませんが、女性で大きな違いがみられています。
両調査では、女性の 4 人に 1 人が「性」を謳歌していましたが、性の営みは男
女対等になり始めてきたのです。
さらに、2012 年に行われ
たジェクス社の「セックス調査」
では明確に対等になってきて
いるのです。50 歳から 69 歳
までの中高年男女のセックス
を月 1 回以上ある者の割合を
2 歳階級毎にみてみました。
60 歳を過ぎても男女とも 50
~74%の割合でセックスが営
まれています。「対等な性の営
み」となってきています。
超高齢社会のなかにいる私たちは、今や「老人の性」ではなく、「高齢者の
性」として新たな展開をもたらしてきているようです。
5-3.閉経後女性のセックス・スタイルの変容
閉経周辺(更年期)のセックス・スタイルが変化してきているのです。更年
期に入りますと卵巣の機能が低下し始めエストロゲンの分泌が少なくなると前
項で説明しました。エストロゲン減少のもたらす影響として、腟壁の潤いは少
なくなってきます。腟壁もしだいに菲薄となり伸展性も乏しくなっていきます。まし
て、この時期には様々な不定愁訴に悩まれ更年期障害を抱え込んでいる女性も多くみら
れます。セックスなんて考えられるのでしょうか?
でも今では 68~69 歳の女性でも 6 割が月 1 回以上のセックスを営んでい
ます。なぜでしょう?セックスのスタイルが変わってきているのです。
21
① 1960 年は 65 歳以上の男性には 7 割も妻がいて、女性の 7 割は未亡人
であったのに対し、2010 年では 6 割の女性には夫と共に生活している
時代になってきたのです。
② 性交そのものが欲求であることの多い男性も様変わりしてきました。確か
に勃起する 50~60 歳男性はいますが、その硬さは失われていることが
多いのです。充分なまでの腟の潤いがないと挿入は難しくなっていること
が多いのです。
③ 射出される精液量も少なくなり、射精時の極致感も弱くなっています。
④ この年代の女性は二人の関係性の中で、『愛されている実感』を希求して
いるのです。「受け入れる性」そのものが大切なのです。「繋がっている
性」で満ち足りているのです。
⑤ 高齢男性も「繋がった性」で充足しているのです。
⑥ 頻度ではなく、月に一度「繋がる性」のお互いが幸せ感にあふれているの
です。
その証として「女性が感じる
オーガスム」があります。オー
ガスムをよく感じる女性の割合
を年代別にみますと図のように
なります。年齢が増すにつれ、
その割合が増えているのです。
60 歳代では 5 割弱となってい
ます。それもマスターベーショ
ン(MB)ではなくセックスに
よるものが 8 割弱となっていま
す。確かに女性の感じやすい部位として「クリトリス」が挙げられますが、高
齢になってきますと腟内でも十分に感じ取れるようになっています。
このようにして「高齢者の性」はセックススタイルも、若いときの荒々しい
セックスよりも、確りと「繋がる性」を男性も女性も求め合うようになってき
ているのです。歓びの性を得た女性は、男性と対等となり性の営みは永続して
いくと考えられます。
60 歳代では半数近くの女性が「オーガスム」を感じ取っています。オーガス
ムの項でも述べましたように、腟内の潤滑度は当然のことながら増します。骨
盤底筋群は活発な攣縮運動を繰り返します。骨盤腔の血流も盛んになります。
全身の血流も良くなっていきます。歓びを感じているのですから脳内の「オキ
シトシン」の分泌も盛んになっています。光り輝いているのです。
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5-4.セックスには健康効果がある
「荒々しい性」から「繋がる性」に変化してきたセックススタイルには高齢者にと
って様々な健康効果が表れてきます。
① お互いが裸で触れ合うことは、お互いの脳内には「オキシトシン」が駆け
巡っています。相互信頼が増す愛着行動のホルモンです。
② お互いが歓びを分かち合うことにより脳内麻薬といわれるドーパミンも
駆け巡り合います。快感・快楽の神経伝達物質です。全身に若さが漲りま
③
④
⑤
⑥
す。
適度の運動となり骨盤腔の血流が増し全身の血流も改善されてきます。心
循環器系のバランスも改善され、血圧も安定すると云われています。
事後の睡眠は深く取れるようになりストレスの解消にも繋がるでしょう。
至福の営みが朝の目覚めを爽やかにしてくれます。
オーガスムを感じる女性は膀胱括約筋や骨盤底筋群の攣縮にもつながり、
筋力の活性化がみられ尿失禁といった悩みも解消されてくるでしょう。
男性にとって射精が繰り返されるなら前立腺の肥大やがんなどといった
問題も改善されてくると云われています。
⑦ 性の営みは、お互いの絆、すなわち会話がスムーズにとれるようになって
きます。お互いのコミュニケーションがとれ生活に張りが出てきます。
信頼のホルモン「オキシトシン」の役割を大切に生かしていくことがこれか
らの生活を豊かで実りあるものにしてくれるものと考えます。
5-5.サイトを賑わしている『高齢者の婚活』
最近、注目されているものに高齢者男性の婚活があります。婚活といえば 3
0~40歳代の年齢層の女性というイメージが浮かんできますが、男性も盛ん
に婚活の場を求めようとしてきているようです。草食系男子が増えてきたとい
う話題性から、若者たちの出会いの場のイメージが強いのですが、最近では6
0~70歳代の独身男女も積極的に参加しているようです。そのようなサイト
でも楽天が運営する「オーネット」やライブドアが運営する「ユーブライド」
等では高齢者もターゲットにしているようです。
「老春の門」でもありましたように 1980 年代頃から高齢者のペアリングの
世話が盛んに行われるようになってきました。
23
そして新たな第二の人生とで
もいうのでしょうか、50 歳以
降で再婚するケースも増えてき
ています。2012 年では男性
20.7 千件と 42 年前に比べ 2.8
倍増となっています。初婚は
6.1 倍増の 2.2 千件です。女性
も同様に 5.1 倍増の 12 千件と
なり、初婚も 1.7 千件となって
いました。この数値は総婚姻件
数に占める割合は男性で 4.6%、女性 2.4%と少ないもののかなり増えてきてい
るといえます。
一方では、別れもあります。
2012 年の総婚姻件数は
553,040 件でしたが、この年
の総離婚件数は 170,738 件で
した。総婚姻に対して 30.8%の
割合でした。しかし、50 歳以
上でみますと男性 35,866 件で
1970 年に比べ 10.1 倍増、女
性 22,747 件 12.3 倍増となっ
ていたのです。熟年離婚の急増
です。しかも離婚の申し立ては圧倒的に女性からのものです。より良い伴侶を
求めて…との思いからでしょうか!
いずれにしましても、高齢社会のなかで重要なことは、老後を夫婦ともに、
そして生き甲斐のある生活を送ることが大切なことではないでしょうか。
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6.性に対する高齢男性の捉え方を文学から学ぶ
「高齢者の性」についてどのように捉えているのか、文学の世界から 2~3 取り上
げてみたいと考えます。老人の性を描いたものには、谷崎潤一郎の「鍵(1956)」、
「瘋癲老人日記(1962)」や川端康成の「眠れる美女(1961)」に代表されている
ようですが、渡辺淳一の「失楽園(1997)」から男性の視点で捉えてみたいと思いま
す。
6-1.渡辺淳一の「失楽園」からみる高齢男性の捉え方
渡辺淳一の「失楽園」に男性の性の捉え方の鍵が隠されています。参考に特徴的な
ところを拾い上げてみます。
ある出版社の編集の第一線から閑職の調査室配属を命じられた久木祥一郎(54 歳)
の前にカルチャーセンターで書道の講師をしている松原凛子(37 歳)という美しい人
妻が現れ、“楷書の君"と呼ばれているほど折り目正しく淑やかな女性に恋い焦がれて
いく久木との不倫関係を描いた物語です。
①受動より能動のほうに、男としての生き甲斐を見出していく
メスに比べて本質的に性の快楽自体が薄いオスは、自らの快楽に浸るより、相手が
満ちてのぼり詰めていく、その経過を確認することで満足し、納得する。とくに久木(54
歳)の年齢になると、若者のように荒々しく求める気持ちは薄れ、むしろ相手に悦びを
感じさせ、満ちて果てさせる、その受動より能動のほうに、男としての生き甲斐を見出
していく。相手だけに一方的に心地よくさせて、それで満足できるのかと、首を傾げる
女性もいそうだが、はじめからお前は能動で導く側と決められていると、それはそれな
りに腰を据えて楽しむ方法もある。
たとえば凜子(37 歳)のように、初めは慎ましやかに、楷書のようにきっかりし
た女が、さまざまな拘束から解き放たれ、悦びを知り燃えていく。そしてさらには、一
人の成熟した女として奔放に振る舞い、ついには深々と淫蕩な世界に耽溺する。それは
まさしく女体が崩れていく過程だが、同時に女体が秘めていた本然に戻る姿であり、そ
の変貌を見届けることほど、男にとって刺激的で、感動的なものはない。
その経緯をつぶさに見れば、人間が、女性が、そして女体が、どのようなもので、
そのなかになにを秘め、どのように変わるのか、その実態を軀でじかに感知することが
できる。
ポイント:若者のように荒々しく求めるのではなく、相手に悦びを感じさせ、満ちて果てさせること
が大切なことではないでしょうか。
25
② 鏡像効果(ミラーリング効果):「男もそれに煽られ、追いかけて…」
だが、観察者や傍観者として得られる悦びにも、自ずから限界がある。いかに自ら
は性の開発者で観察者だといったところで、性が軀と軀で接がり、結ばれている以上、
一方だけが受身で一方だけが能動などということはありえない。たとえ仕掛けは男が企
んだとしても、女がそれを感じて燃え上がり、走りはじめれば男もそれに煽られ、追い
かけて、気がつくと男も女も無間地獄のような性の深みにどっぷりと浸かっている。
快楽へのぼり詰める道筋は違うといっても、ともに離れがたく思っている以上、一
方だけが地獄へ堕ちるなどということはありえない。
鏡像効果とは相手の反応をみて自らも応えて昂ぶりを示し、それが相手にもつながってお互いにたか
めあっていくことを意味しています。
渡辺淳一『失楽園(上)』、株式会社講談社、1997 年 3 月 7 日、第 3 刷発行、
41~42 頁より
③ もともと性の快楽そのものが薄い男達
もともと性の快楽そのものが薄い男達は、行為そのものより、それに関わるさまざ
まな反応のほうに関心を抱く。それは愛する女性の燃えていく姿であり、声であり、表
情である。それらが万華鏡のように変化しながらゴールを目指して駆けていく。それを
知り、実感してこそ、男ははじめて軀と心と両面から満たされていく。
この求め方は、例えばさほど内容のないものに様々に付加価値をつけて、売りつけ
る商法に似ているかもしれない。単純な快楽だけでいえば、男のそれは女性には敵わな
い。いまだ性的に開発されていない女性ならいざ知らず、豊かに成熟した女性なら、男
とは比較にならぬほど強く深く強く感じていく。そのハンディキャップを埋めるために、
男達はこれらの付加価値でカバーしていくよりない。
渡辺淳一『失楽園(上)』、株式会社講談社、1997 年 3 月 7 日、第 3 刷発行、
71~72 頁より
④ 男の高ぶり自体が大脳と密接に関わり、きわめて精神的なもの
性に関わることは、ただ若ければいいということではなさそうである。もともと男
の高ぶり自体が大脳と密接に関わり、きわめて精神的なものであるだけに、怯えや不安
や、自信喪失などがあっては、ことはスムーズに運ばない。
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若いときは体力はあっても、往々にして、その種の精神的な自信に欠けることがあ
る。
それは久木自身にも経験があって、かって入社したころ、5 歳年上の女性と際き合
っていたことがあった。彼女は新劇の女優の卵で、新宿のバーで働いていたのだが、以
前は芸能界でもプレイボーイといわれたプロデューサーと関係があったらしい。もっと
も男とはすでに別れていたが、いざ彼女と結ばれる段になって、その男のことが久木の
脳裏に甦ってきた。
困ったことに、
男は面子とか意地とかいうものにとらわれ易く、女性を抱く以上は、
前の男より巧みで、よかったといわれたい。
だがそう願い、そう努めようとすればするほど焦り、萎縮してしまう。
男達がよく、「男のほうがデリケートだ」というのはそのあたりのことで、なまじ
かな若さより、女性に対する安堵感や自信をもつことのほうが、はるかに大事で有効で
ある。
久木がその女性と接したときもそうで、気ばかり焦るが肝心のものが役に立たず、
容易に行為に移れない。いわば、想像のなかのプレイボーイに、若さの肉体が負けたの
である。
もっともそのときの女性の対応は、いま振り返っても見事で、萎えて焦っている久
木に、「大丈夫よ」といいながら、自信をとり戻すまで優しくつき合ってくれた。
⑤男も女によってつくられる
それにしてももしあのとき、彼女が退屈そうな顔をしたり、冷ややかな言葉を投げ
かけたら、久木も若くして自信を失い、性的なコンプレックスに悩むことになったかも
しれない。
その点では、男も女によってつくられる。あるいは、育てられるというべきかもし
れない。
27
⑥ 十分満足させたという、リード役としての喜び
いま、久木が凜子を燃え上がらせている原動力も、元をただせば、そうした女性達
に育まれてきた結果、といえなくもない。
女性とともに果てるのもいいが、女性がのぼり詰めて先に行くのを見届け、実感す
るのも悪くはない。前者は自ら快楽に溺れる悦びだが、後者は、愛する女(ひと)を快
楽の花園へ送り届け、十分満足させたという、リード役としての喜びがある。
渡辺淳一『失楽園(上)』、株式会社講談社、1997 年 3 月 7 日、第 3 刷発行、
75~76 頁より
⑦ 女の性感は男によって触発され、開発されていく
それというのも、もともと女の性感は男によって触発され、開発されていくようで
ある。いいかえると、男が近付き、刺激しなければ、女の悦びが目覚めることはほとん
どありえない。これに反して、男は生まれながらにして性感を身につけている。少年期、
なぜともなく股間のものが蠢き出し、触れるだけで心地よく、自ずと自慰をおぼえて激
しい快感とともに射精する。
その過程において女性の手助けは不要で、しかも、その快楽は、現実に女性と接し
て得る悦びとさほど変わらない。むろん同じとはいえないが、下手に、面倒な女性と接
するくらいなら、一人で楽しむのも悪くはない。精神的なものはともかく、単純に快感
だけにかぎれば、女性に導かれて目覚めるという類のものではない。
要するに、男の性が初めから一人立ちしているのに対して、女のそれは、しかるべ
き男性に開発され、啓蒙されて、ようやく一人の成熟した女性となっていく。
渡辺淳一『失楽園(上)』、株式会社講談社、1997 年 3 月 7 日、第 3 刷発行、
220~221 頁より
28
6-2.老いのセクシュアリティ
山折哲雄氏は『旧約聖書』
の列王記上第 1 章第 1 節~
第 4 節によると、「晩年の
ダビデ王は老齢のため服を
重ね着しても体が温まらな
くなったため、臣僕たちはダ
ビデに若い処女を抱かせて
体を温めようと考え、イスラ
エルの四方に美しい処女を
求めたとあります。その結果、
老王ダビデを温めるアビシャグ。
見いだされたのが、シュナミ
ペドロ・アメリコ
の美少女アビシャグを得て
(1879 年)
ダビデに侍らしてそうでしたが、王は性の交わりには至らなかったという箇所
を引用しています。
「王を暖める乙女の夜伽の話と、その美しく若い処女のからだを遂に知るこ
とがなかった王の老残の姿には、たんなる夢物語のシーンを超えるような確か
な手触りがある」と語っています。
森崎和江史は、『老いのセクシュアリティ-女にとってのいのちと性-』の中
で、次のように引用しています。「…とある年配の女性を訪問した。彼女は一
心に祈っていた。ときおりその声が高くなる。『…72 歳の女の悩み、どうか、
おききとどけを…』え!私は虚を突かれた。72 歳の女ですって?72 歳って、
女なの。そのとき私は 18 歳。以来、老女に出会う旅を始めた。30 代で亡くな
った母のトシを、私は老いた女と思っていたふしがあるのだから。…」(岩波
講座 現代社会学
第 13 巻『成熟と老いの社会学』、東京、1997 年
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6-3.伊藤整が語る「高齢女性の性」
伊藤整は、岩波書店が発行している文学誌「世界」に 1967 年 1 月より老年
の性を取り上げた『変容』を発表して話題となりました。還暦に近い日本画家
の瀧田北冥の物語ですが、女性が 60 歳を過ぎても充分に性的に活発であり、
男性は老年になってもなお、年上の女性に魅力を感じ 60 半ばの女流歌人、伏
見千子について語っています。
「その豊かな崩れかかった身体の中に、深い層をなした思い出を生かし保っ
ていた。人の姿や出来事の記憶、さまざまな機会の涙、怒り、笑い、情感が、
遠い過去の反響としてその内部に醗酵し、美酒として満ちていた。多くの老女
たちが魅力を失うのは、その精神の枯渇によるのだ。彼女らは生活を恐れて枠
にはまり、乾ききってしまう。働きのない夫にしがみついた寄生虫となり、子
どもたちの家庭のあまされものとなる恐怖や、少しばかりの財産への執着など
に縛られて萎縮するのだ。伏見千子のように、師として歌人たちに取り巻かれ、
自分の発表機関を持ち、文筆家として生活していると、その過去の総てが生き
て、豊かな人間としての魅力になる、と私は思った」と魅力ある高齢女性を語
っています。
また、65 歳の舞踏家、前山咲子について、次のように語っています。
「私は老婦人の前山咲子が踊ったときに見せた強い色気を不自然だとは思わ
なかった。彼女は私より五つ年上であるが、その白髪が銀色の艶を帯びている
ところは伏見千子を思わせた。伏見千子は、背が私ぐらいあり、胸も厚く、腰
も大きく、圧倒するような力ある裸身を開いて見せた。銀狐のように白さを点
綴したかくしげに包まれたその暗赤色の開口部は異様に猛々しかった。いま私
たちの前で踊り終えた前山咲子は、昔の印象とはちがい、もっと小柄で、その
四肢も華奢であった。しかし、その小柄な丸みを帯びた身体の動きは、蝸牛か
栄螺のような強く収斂する体質を思わせた。…舞踊のきびしい動作の中にその
肉体を鍛えあげ閉じこめたかのように別な存在に見えた」と高齢女性の魅力あ
る肉体的特徴についても語っています。
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7.最後のセックスのすすめ
1987 年 3 月 10 日付の毎日新聞の家庭欄に『“最後のセックス”のすすめ』
という見出しの記事があった。それを紹介してみよう。
「人が死に臨むさいの最後の意識は、一番身近な人に『そばにいてほしい』
欲求だという。夫婦なら、夫婦でしか触れることのできない“ぬくもり”を与
えることが大切ではないか。ひとつのふとんの中でぬくもりを感じ合うことが
『一人ではなかった。生きていてよかった』という確認ではないか-と“最後
のセックスのすすめ”を説くのは、東京・中野区立堀江老人福祉センター主査、
大工原秀子さん(54)。大工原さんの提唱による『性と死を語る会』が、この
ほど開かれた」と書かれてあった。
68 歳の中沢さんは、82 歳の夫を看病中だった。子どもがなく、最後まで自
分の力で看取りたい、として大工原さんの指導を受けていた。その指導とは、
皮膚を通しての最後の夫婦関係をなさったら、ということで、具合が悪い時は、
しっかり抱きしめてあげてくださいと。性行為じゃなくても、性器は若いころ
からのいろいろな思い出がありましょうから、夫婦でしか触れられない性器へ
のぬくもりは最後のセックスですよ、というものだった。
とても印象的な教えだったので、最後の引用文として掲げてみました。
参考資料
南日本新聞社編:「老春の門‐輝け!高齢化社会」株式会社ミネルヴァ書房、
京都、1985 年 4 月 15 日発行
渡辺淳一『失楽園(上)』、株式会社講談社、1997 年 3 月 7 日、第 3 刷発行
編集委員・井上俊他:『成熟と老いの社会学』岩波講座「現代社会学」13 巻、
株式会社岩波書店、東京、1997 年 2 月 10 日、第 1 刷発行
伊藤整:「変容」岩波文庫、96-2、株式会社岩波書店、1994 年 6 月 16
日、第 4 刷発行
大工原秀子:「老人の性」(株)ミネルヴァ書房、京都、1979 年 5 月 25 日、初
版第 2 版発行
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大工原秀子:「性ぬきに老後は語れない(続・老年期の性)」(株)ミネルヴァ書
房、京都、1991 年 1 月 10 日、初版第 1 版発行
石川弘義、齋藤茂男、我妻洋(共同通信「現代社会と性」委員会):「日本人の性」
(株)文芸春秋、東京、1984 年 6 月 1 日、第一版
総編集:武谷雄二:新女性医学体系 21 生殖・内分泌部門:担当編集:麻生武志『更
年期・老年期医学』(株)中山書店、東京、2001 年 9 月 30 日、第一版
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