時間の浪費か自己啓発の糧か Wasting Time or Sustaining Personal

予稿集原稿
研究発表:日本研究/ポピュラーカルチャー
1200805
時間の浪費か自己啓発の糧か
―マレーシアにおける日本のポピュラーカルチャーイベント参加者についての予備研究―
Wasting Time or Sustaining Personal Development?
Preliminary Study of Japanese Popular Cultural Event Participants in Malaysia
大和えり子(マレーシアプトラ大学)
要旨
本稿では年少時からアニメや漫画を消費してきた 20 代のマレーシアの若者の日本のポピ
ュラーカルチャーイベントに関連する、半構造化インタビューにより得た経験描写を分析し
た結果を報告する。この予備研究では、アニメのファンであるという自覚を土台に、自分自
身に対する価値観を見出し、独自の能力と社会的能力を伸ばしてきたことがうかがえた。
キーワード:ポピュラーカルチャー;
ACG イベント;
自己啓発;
社会的能力
本研究はマレーシア教育省の助成を得て行われている。
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はじめに
1.
今から 10 年前の 2002 年、アメリカのジャーナリスト、ダグラス・マクグレイが GNP
(国民総生産)をもじった GNC(Gross National Cool)という略語を使って日本のポピュラ
ーカルチャーの存在を日本の国力として賞賛した。マクグレイが指摘した日本のスーパーパ
ワーはアニメ、ビデオゲーム、漫画、音楽といった文化産業として、長引く不況にもかかわ
らず海外への輸出を伸ばし続けていた。2004 年、経済産業省、商務情報政策局のメディア
コンテンツ課の課長補佐であった青崎はこうしたコンテンツビジネスこそが、日本の産業の
中で最も将来性があると論じており、日本政府がポピュラーカルチャーを含めたコンテンツ
政策を本格的に展開し始めたのはこの時期にあたる。それまでは、日本国内で販売されてい
るオリジナルのコンテンツは日本国内で消費されることを前提としたテレビ番組、書籍、ビ
デオなどが主流であった。しかし、インターネットを始めとするデジタル技術の発達に伴い、
これらのコンテンツの流通は国境を越えて急速に広がっていた。
2004 年以前は、日本政府はいわゆる伝統的な文化といわれる文化ジャンルを積極的に日
本国外で推進してきたといわれている(岩渕 2001)。アニメなどのコンテンツが国策とし
て推進されるようになったのは、幾つかの作品が国際舞台で正式に認められたり(宮崎駿の
映画など)、海外からの賞賛の声が日本政府に届くようになってからである。しかし、森川
(2007)が指摘しているように、日本のポピュラーカルチャーのコンテンツのすべてが手
放しで推進されているとは言いがたい。これには日本で生産されているコンテンツの根源が
これまで日本政府が奨励してきた伝統文化とは相容れない側面を備えているからであるとも
いえよう。2010 年の終わりには、東京都が性的描写を含むコンテンツの販売を制限する政
令を採択した。暴力、児童ポルノ、同性愛などを描いた作品や、それらの描写を含む作品群
など、日本のコンテンツには様々なジャンルが混在している。実際、どれを推進しどれを推
進しないかといった明確な基準を設けることは難しいし、アニメの製作過程をたどれば、ア
ニメを日本生粋の文化の一つとして推進することは無理な側面も報告されている (Mōri,
2011)。
一方、日本国外では日本のコンテンツ作品の消費だけでなく、消費活動から発展したイ
ベントの開催などが世界各地で報告されるようになってきている。(例:靳 2008; ペッリッ
テリ 2008; Napier, 2007; 山田, 2009)これらの報告によれば、日本のコンテンツが好んで消
費されるだけでなく、日本のコンテンツに関連した活動が現地の若者文化として広がってい
ることが伝えられている。また、メディアを通してのコンテンツの流通を分析した研究
(Nakano, 2002; Leonard, 2005)によれば、こうしたコンテンツは日本の企業側の働きかけ
というよりは、ある程度日本国外のファンの違法行為によって正規の流通網が築き上げられ
てきたと報告されている 。
2.
マレーシアの現状と研究の目的
マレーシアでは日本のコンテンツは、中国語、マレー語、そして英語を媒介として正規、
そして、不法なルートの両方で流通してきた。海賊版の VCD や DVD、二次翻訳された漫画
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の単行本などは少なくとも 1990 年代から、シッピングセンターの専門店や道端の新聞スタ
ンドなどで販売されてきた。90 年代後半からはインターネットの普及によって、日本のテ
レビで放映されたアニメやドラマがネット上で字幕付きで流通するようになり、2000 年代
には翻訳された漫画さえもネット上で配信されるようになっていた(Yamato et al. 2011)。
インターネットを介しての消費は日本のコンテンツに限ったものではないが、マレーシアの
10 代の若者を対象にした調査では、調査に協力した若者のほとんどが 13 歳より前から、イ
ンターネットを使い始め、インターネットは学業と娯楽のための大切な道具であることが報
告されている。また、これらの若者があげたインターネットを使った娯楽活動は、ゲーム、
そして音楽やビデオのダウンロードが主なものであった(Mohammed Zin & Shanti 2011)。
マレーシアで ACG(アニメ、コミック、ゲーム)関連のイベントが始まったのは、10 年
以上前のことである。ほとんどのイベントがファン主催のもので、主なコンテンツを提供し
ている日本企業の介入は 2011 年まで皆無であったと言っても過言ではないだろう。ファン
主催の ACG イベントのなかで、Comic Fiesta というイベントが最大級のイベントで、2011
年に 10 周年を迎えた。過去 3 年間の来客数は、2009 年が 7000 人、2010 年が 9000 人、2011
年が 15000 人と着実にその規模を拡大している。2011 年までは Comic Fiesta 以外では私立大
学の学生クラブ(学生の主体の活動部)が主催するイベントが主流であったが、2012 年に
これまでシンガポールで行われてきたアニメフェスティバル(Anime Festival Asia: AFA)と
いうイベントが開催されるに至った。
フィスク(Fiske 1992)が「影の文化経済」(shadow cultural economy)として論じているよ
うに、ポピュラーカルチャーのファンは日本発の作品のファンに限らず、好きな作品をもと
に自作のテキストやアートワークを作成して、ファン共同体に提供するという活動を行うこ
とが報告されている。Harris は、ファンといわれる共同体の参加者は単なる消費者・視聴者、
アニメで例えれば、テレビで視聴するだけの人とは違い、あるコンテンツと強い関係性を築
く特別な視聴者だとも論じている(Ross & Nightingale, 2003 参照)。また、こうしたポピュ
ラーカルチャーのファンはインターネットを通じて他のファンと交流したり、二次作品を提
供したりできるようになった現在でも、イベントに集まることをやめていない。ファンとし
ての活動は若い時期の一時的なライフスタイルであると指摘する若者文化の研究もある
(Buckingham, 2008)。しかし、マレーシアの ACG イベント参加者の人数は着実に増えている。
こうしたイベントの参加者はそのイベントのもととなっている日本産の ACG の作品、ある
いは製品と特別な強い関係性をもっているかもしれない。
これまでの観察では、イベント参加者の中には ACG 作品の視聴や消費に時間を費やし、
イベント会場に足を運ぶだけではなく、イベント自体を作る者として、時間を費やしている
ものもおり、こうした活動は数年でさめてしまうものではないようである(Yamato et al.
2011)。ポピュラーカルチャー、あるいはサブカルチャーのファンの研究では、「社会規
範への抵抗」「人種、階級、ジェンダー」などの問題が論じられてきている(e.g. Glynn,
Gray & Wilson, 2011)が、本研究では Chen(2007)が台湾の ACG イベントの参加の分析を
芸術教育への示唆として行っていることも参考に、マレーシアの ACG イベント参加者の経
験をその自己啓発(Personal Development)の視点から探求していくことを目的とした。
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3.
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自己啓発とは
アニメ視聴に没頭したり、勉強以外のことに時間を費やすことは、10代の若者の成長や
将来に悪影響を及ぼすと考えられ、子供を持つ親にとっては懸念の種ともなる。しかし、こ
うした若者の活動を、外側から抽象的に判断するのではなく、当人たちの立場にたって再考
することも必要なのではないだろうか。Chen(2007)は台湾におけるACGイベントの参与
観察と参加者へのインタビューにより、日本のポピュラーカルチャーが好まれている理由と
その状況、イベントに参加する理由、特にイベントの主な活動であるコスプレイと同人誌の
活動に参加する意義などを探った。そして、アニメや漫画のファン活動の場は、ファンにと
って現実の社会からの逃避の場であるとともに、現実の社会よりも人間的な居心地のよい民
主的な社会であると指摘している。そこには仲間同士で切磋琢磨する様子や、相互的なイン
ターラクションが行われている様子が報告されている。
英語のPersonal Developmentという言葉は広く使われているが、他のことば、Professional
Development、Personal Awarenessとともに同じような意味合いで使われていたり、異なるプ
ロセスについて使われていたりするので、はっきりとした定義がし難い。医療心理学の分野
でHughesとYoungson(2009)はPersonal Developmentに関する議論のなかでこれまで「自
己」ばかりに焦点があてられてきたことを指摘し、「社会の中の自己」という視点を導入し
ながら、その過程を図式化(Realm of Personal Development, p.41)している。この図によれ
ば、Personal Developmentの中核にあるのは「自己」であるが、個人は他人との関係性にお
いて、自己認識(Self-Knowledge)を高め、社会の中の自分という存在、そして自分の仕事
人としての役割を確立していくという。
Aubrey (2010) はPersonal Developmentは自己認識・アイデンティティを改善し、能力を伸
ばし、人的資本を育成し、人生の質を高めるとともに人生の目標の実現に貢献するものであ
るとまとめている。また、Berneloら(2011)は、人は他人との親密な会話・交流によって
自己認識を深め、自分の利点や弱点を見極めることで、自己を改善していけることから、
Personal Developmentには自己認識と社会的能力の二つの側面が関わっていると論じている。
本稿では、Chen(2007)で報告されていたイベント参加者の他者との交流という点に注目
し、Personal Development とは何かというこれらの最近の理論を参考に、演繹的にインタビ
ューの内容を分析し、年少時から日本のアニメや漫画を好んで消費してきた 20 代のマレー
系の若者と中国系の若者の ACG イベントとの関わりに焦点をあてて検討する。主な分析デ
ータには半構造化インタビューを用い、適宜マレーシアで行われた ACG イベントの観察記
録も参考にした。インタビューの内容の中で、Personal Development に関わっているとみら
れる共通のテーマは Developing Talents(能力の育成)、Developing Social Ability(社会的能
力の育成)であった。
4.
Developing Talents
(能力の育成)
ビルとザキ(匿名)はともに年少期からTVで放映されていたアニメ(マレー語吹替え)や
特撮(仮面ライダーやウルトラマンなど)を見て育った。ビルは90年代後半から自宅でイ
ンターネットを介してアニメをダウンロードしたり、漫画(マレー語訳)の雑誌や単行本を
購入して読んだりするようになった。ザキは2004年に大学の予備教育課程に入り、そこの
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アニメ部に入部してからアニメを中心に日本の作品にばかり消費するようになった。二人と
も、時期は異なるがアニメ部の運営という経験を持っている。ザキはアニメ部の活動に参加
し、どんな活動が可能なのかある程度経験したあとで、同大学の別のキャンパスの不活溌な
アニメ部の復興に携わった(2006-07年ごろ)。ビルは中学生のときに(1998年ごろ)イン
ターネットでアメリカの大学にアニメ部があること、またアニメのストリーを介して日本の
学校には部活というのがあるということを知り、自校でアニメ部を開設し毎週決まった放課
後の時間に特定の教室に集まってアニメ視聴をしていた。
ビルもザキも何かをするために、人を集めて動かすということをするようになったのは
アニメ部が始まりである。更にザキは、アニメ部の活動の一環で自分の専門・得意分野を生
かしてアニメ部のホームページやポスターを作り、マレーシアの他のアニメに関連した団体
とも共同で活動をしていくようになった。その中の一つがComic Fiestaという日本でいえば
コミックマーケットのような同人誌の即売をするイベントの主催への協力であった。ザキは
大学のアニメ部として、このイベントでの当日ヘルパーを提供したことをきっかけに、個人
としてもComic Fiestaの運営委員として活動するようになった。大学のアニメ部の復興活動
と同じようにComic Fiestaの運営に関してもザキは「自分のできること」をやるというスタ
ンスで関わりを深めていた。
I found the photography team, and last year, I … also recorded video, and also because in my
role as club president, I’ve been networking with a lot of people, several different parties, they
[the committee] appointed me to help out with public relations. So now I am doing PR for Comic
Fiesta, looking out for sponsors, maintaining public image, advertising and marketing…
ザキはアニメ視聴以外に写真にも興味がある。イベントのカメラマンチームを担当した次の
年は、アニメ部の運営時に築いた手腕と人脈を使って広報を担当していた。
一方、ビルはザキよりも3年早くComic Fiestaの運営に関わり始めていた。ビルは2002年
にアニメファンとしてこのイベントに参加し、アニメの主題歌(アニソン)のサビの部分を
聴いてタイトルをあてるコンテストで優勝したことで、次の年にはアニソンや他の曲をミッ
クスした音楽ビデオを提供するDJ役を務めることになった。そして2006年には運営委員会
に入り、広報役に抜擢され、2008年には運営副委員長を務めるようにもなった。ビルはこ
のイベントを通して自分が成長していったことを次のように語っている: so it’s like I grew up
the ladder ah, from music provider to [PR], … to event management, so long change, even now I still
vice president. そして、無償でイベントの企画に携わることの意義を次のように説明してい
る: probably, experience, and being able to meet all this cooperate people, educational people, to talk
to them, learn how to do things. From there, we also gain experiences how to do things as well.
Comic Fiestaの大きな目的は同人誌の即売であり、マレーシアのアーティストがビジネス
チャンスをつかむ機会を提供することである。しかし、アーティストではないザキやビルも、
ザキの言葉をかりれば、同じ日本のポップカルチャーに触発されたものとして、このイベン
トに関わることで、自らの能力を伸ばす機会を得てきたのである。更に、ビルはこのイベン
トの場で他にも自分にできることを発掘していた。ビルはインタビューに応じてもらった
2009年にはコンサルタント会社の広報を担当していたが、それ以外にアニメグッズの販売
ビジネスも手掛けていた。インターネットでの販売以外に店を構えるのはComic Fiestaを含
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めた、ACG関連の各イベントである。アニメがどう自分に影響しているかという質問に対
して、アニメの内容自体は影響していないとしながらも、ビルは次のように付け加えた:
I think in the way I do my business, because ah-, it’s not like direct influence. Anime
influences my life but more known is like anime industry is growing in KL, I make my
business to help industry grow ah. That’s how it influences me. I open the business like anime
store to sell anime goods…
ビルとザキのこれらの能力の発展の土台はアニメ視聴である。それも数シリーズの視聴では
なく、年少時から築き上げた長年の経験が土台となっている。アニメ部の活動もイベントも、
ファンが集まって楽しむためのものであることには間違いない。しかし、彼らは確実にこう
した活動を通して自分のできることを見出し、自分の能力(talent)を引き出してきている
ことがうかがえる。
5.
Developing Social Ability(社会的能力の育成)
アニメや漫画に没頭している人はオタクと称されて、社会的能力に欠けている人という評価
を受けることが日本社会あるいは日本のメディアでは少なくない。ザキもビルも自称オタク
であり、そのアニメや漫画に関する知識を数時間聞いただけでも、その消費にこれまでかな
りの時間を費やしてきたことがわかる。しかし、Comic Fiestaのような大きなイベントの企
画はもとより、アニメ部の活動の一環として小規模な集まりの企画も、社会的な能力の育成
に貢献していると言えるのではないだろうか。例えば、ザキが次のように自称オタクパーテ
ィーについて説明している。
Maybe about once every two or three weeks, we will go out and meet up, once a while. (Oh-,
I see, with this Anime Shrine group?) Ya, ya, in fact, ah-, Anime Shrine [online community
of anime fan] and EMiNA [name of the students’ anime club] had collaborated several event
before; year-end gathering; big dinner with everyone. We ordered like 60 boxes of pizza. We
had like 120 people. So we ate the pizza, watch anime and play games as well, … It’s really
big otaku party, so it was really fun. Ya, we do that a lot actually…
一見楽しむだけの集まりともとれるが、120あまりの人間が集まってそれぞれが気まま勝手
に好きなことをしていては収集がつかない。こうしたパーティーにも企画は伴い、それと共
にいろいろな人と交流し、人を動かし、会を上手く進行する手腕が問われる。
ビルは自分はオタクだけれども家にこもっているわけではない、I’m out otakuと断言して
いる。これには何をもってオタクと呼ぶ、呼ばれるのかという定義の問題もあるが、インタ
ビュー時に26才であったビルは、アニメキャラのスティッカーが貼ってある車に乗ってい
る自分をdoing something stupidと描写していたが、それと同時にアニメのファンであること
を自負していた。
ここでは例は少ないものの、アニメのファンであることがコスプレイをしたり同人誌を発
行したりという活動以外にも、社会との接点を提供し個人の社会的能力の育成に貢献できる
可能性があることに注目したい。筆者の研究に快く応じてくれた以外にも、ビルは日本人と
の交流の場も広げている。また、以下のビルの発言にあるように、日本発のアニメのファン
であることが日本に対する憧れのような感情だけに終始するのではなく、自分の国、マレー
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シアのことを話したいという感情につながっているという点も特記しておきたい: …more
happy to meet people like you, and other Japanese people to tell about country, … and help the
market grow. Because I sincerely believe that industry is growing [in Malaysia] and we need all the
help we can get ah.
Chen(2007)がファンのコミュニティーは現実よりもリアルな居場所を形成していると考
察していたが、ビルとザキにとってファンの集まりは小さいものから大きいものまで、現実
的な社会的能力の育成に貢献している。彼らがもともと行動的な性格ではなかったかという
面は本稿のデータからは検証できないが、ファンの集まりは自分の好きなことについて開放
的になれる場である。そうした仲間と交流を重ねていくことで、アニメファンとしての自分
を自覚し、また、自分の周り、社会で何が起こっているのか把握することで、自分が何をし
たいのか、できるのかということも明らかになっていったことがうかがえる。つまり、似た
者同士で交流することが、他の外との断絶を意味するのではなく、自己認識を強め、更に他
の人とも協調できる人間に成長することを助ける可能性をもっているのではないだろうか。
6.
まとめ
ACG イベントでの主な活動は二次創作品(同人誌を含む)の販売、コスプレやゲームトー
ナメントへの参加である。Chen が指摘した二次創作品作成やコスプレへの参加と同じよう
に、イベントの企画・運営に参加するということは、一種の社会的活動への参加であり、個
人の自覚を深め、個人特有の能力を伸ばすとともに社会的能力を養う場として機能する可能
性をもっている。日本とは違って表現の自由に制約のあるマレーシア社会では、日本のポピ
ュラーカルチャーコンテンツが手放しですべて受け入れられないことは想像に難くない。支
流とはいえない日本のポピュラーカルチャーの消費・ファン行動は一見して、信仰や学業な
どの妨げになっているようにみえる。しかし、この協力者の例では、アニメのファンである
という自覚を土台に、自分自身に対する価値観を見出し、ACG イベントが自己実現の場と
して機能していることがうかがえた。これらの若者は日本のサブカルチャー作品群を消費す
るために多くの時間を割いてきたが、それ以外にも、自己啓発の側面である何かを成しえる
能力と社会的な能力を ACG のイベントを通して育成させてきた。今後は協力者の数を増や
し、更に検証を重ねるとともに自己啓発とアイデンティティの関係や自己啓発を促すもっと
具体的な条件について、更に詳しく探求していきたい。
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