ファンサブ:アニメファンの情熱を知る

ファンサブ:アニメファンの情熱を知る
J.L.(マレーシア)社会学
要旨
ファンというのは、あるものに夢中になっている者のことである。それなのに、なぜ「アニメ
ファン」は一般のファンのタイプと異なっているのだろう。そして、彼らの情熱が生み出した「フ
ァンサブ」はどういうふうに世界を変えたか。それから、「ファンサブ」には将来があるか。こ
れらを含め、
「ファンサブ」が生み出した反響を述べてみたい。
キーワード:アニメファン、情熱、ファンサブ、ファンサーバー、ファンサブグループ
1.はじめに
この21世紀において、アニメを知らない人はいないと言えないものの、知っている人はかな
り多いと言える。私も小さいとき、日本の「ドラえもん」と、アメリカの「ミッキー・マウス」
を見たことがあったが、大人になるにつれ、アニメは子供のものと思い込んで見なくなった。し
かし、日本に留学してから、大学生もアニメ好きだとわかって、その考え方を直したが、テレビ
を持っていない私は去年の冬まで見ようともしなかった。ちょうど私が帰国した冬休みのとき、
新しい発見があった。そのとき、「いいアニメを持っているから、見てみない?」と姉に言われ
て、見てみたら、姉の「いいアニメ」は日本でいま放送されている最新のアニメでありながら、
英語の字幕がついていることに気づいたのだ。不思議だと思って、彼女に聞いたら、日本のアニ
メはインターネットでダウンロードできることがわかった。
上述のように、インターネットにあるアニメは字幕つきという特徴がある。知っている人もい
ると思うが、日本テレビで放送されているアニメは日本語字幕つきのみだ。しかも、一般のテレ
ビは「字幕」という機能がついていない限り、その字幕が映されないのだ。だが、なぜインター
ネットのアニメに日本語以外の字幕がついているのだろう。誰がそれを作っているのだろう。こ
の二つの問題を抱いて私は調査を始めた。この二つのことはまた後で話したいと思っているので、
ここは紹介に留めておく。インターネット上の字幕つきアニメはファンサブ(Fansub)という
もので、それを作っている人はファンサーバー(Fansubber)と呼ばれている。
ここでこの論文の流れを決めておきたい。まず、ファンサブの背景を話したい。二番目に、フ
ァンサブの過程を紹介しながら、説明もしていきたい。そのあと、ファンサブの評価について語
りたいと思う。さらに、ファンサブの合法性についても述べなければならない。終わりには、今
まで述べてきたことをまとめながら、自分の意見も話したい。
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2.ファンサブの背景
アニメの普及は最近始まったことではなく、もう数年前に始まったことなのである。たくさん
の国、特にアジアの国々に放送されていた日本の大ヒットの「ドラえもん」、
「ドラゴンボール」
と「美少女戦士セーラームーン」などを見ると、日本のアニメが好きな人たちが多いことがわか
る。しかし、これはアジアの国々と大ヒットのアニメの関係だけに限られているので、ほかの国
とアニメはどうだろう。
少しさかのぼると、今から 10~15 年前にアジアの外で日本のアニメを手に入れることは難し
かった。しかも、言語の問題もあった。言い換えれば、手に入れても日本語がわからないから、
完全にアニメを理解できないという問題が出てきた。アニメファンたちはそれを克服するため、
つまり、日本以外で無料で最新の字幕つきのアニメを簡単にすぐに手に入れるため、ファンサブ
(Fansub)というものを誕生させた。
まず、ファンサブ(Fansub)を説明しよう。ファンサブは英語の Fan、そして Subtitle の Sub
から組み合わせた言葉で、ファンが作った字幕つきのアニメという意味を持っている。そもそも
は VHS 版でそれを出していたそうだが、この数年で、インターネットの普及と技術の発展により
ディジタル化がなされてきて、インターネットによってそれを配信する方法に切り替わった。そ
して、いうまでもなくファンサブをしている人たちは当然アニメファンである。彼らはファンサ
ーバー(Fansubber)と呼ばれ、学生や社会人でありながらボランティアでそういうファンサブ
グループ(Fansub group)を作り、協力し合っているのだ。ここまでで注意してもらいたいのは
「ファン」の単語が何回も繰り返されていることだ。アニメに対する興味や情熱がない人間は、
こういうお金の儲からない仕事をしないだろう。つまり、アニメファンの情熱が強いからこそで
きることだと言える。
3.ファンサブの過程
さて、一般の25分のエピソードのアニメのファンサブは簡単に出来上がるものだろうか。一
見簡単そうだと思い込む人もいると思うが(私も例外ではない)、調べた結果、ファンサブは長
い時間と多大な労力がかかるプロセスであることがわかった。その過程を説明するため、次のと
ころにまとめて書いた。
1.アニメの録音(Get RAW)
―放送されているアニメをパソコンに録音する。
2.翻訳(Translation/TL)
-日本語から一般に英語、イタリア語、フランス語などに訳す。
3.原稿編集1(Edit1)
―訳された言語の文章の流れ、スペルのチェック
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4.翻訳のチェック(Translation Check/TC)
―正しい翻訳と編集で翻訳の意味が守られているかどうかのチェック
5.原稿編集2(Edit2)
-TC で変更されたことと文章の流れのチェック
6.タイミング(Timing)
―エピソードで話している時間と字幕が出る時間を一致させる
7.サイン(Signs)
―エピソードの中に出ている看板の漢字に翻訳をつける
8.活字組み(Typesetting/TS)
―ファンサブに出すための字幕の活字化
9.エンコード前のクオリティーチェック(Pre-encode Quality Check/Pre-QC)
―今までやったことのチェック
10.エンコード1(Encode1)
―いよいよビデオに字幕をつけ、「ファンサブ」になる。
11.クオリティーチェック(Quality Check/QC)
―エンコード1のチェック(字幕のタイミング、ビデオのクオリティー)
12.エンコード 2(Encode2)
―エンコード1の問題のところを直し、公開版のエンコードをする
13.公開版のチェック(Release Check/RC)
―エンコード2のチェック
14.エンコード3(Encode3)
―エンコード1と2に問題がなければ、エンコード3をする。本番だ。
15.公開(Release)
―完成したファンサブの公開
上述の過程は「理想の過程」というものである。あるファンサーバーの話によると、エンコー
ドの失敗率は高いそうで、10番から14番までのプロセスをやり直さなければならない場合が
多いそうだ。毎週の放送について行けるようにこの長い過程は理想的には一週間以内に終わらせ
る仕事なのだが、ファンサーバーの都合により三日間から一ヶ月以上もかかる場合がある。何し
ろ、ファンサブはファンサーバーたちの義務ではなく、むしろ彼らがボランティアでやっている
のだ。個人の生活がありながら暇な時間を犠牲にしてやっているため、自分の生活でやるべきこ
とを優先するのは当然彼らの権利なので、例え公開が遅れてもダウンロードをしている人たちは
文句を言えないわけなのだ。
ところで、先ほど、ファンサブを出すのに時間的な期限がないと言ったが、ファンサーバーた
ちはどう思うのだろう。今一番はやっている「ブリーチ」というアニメを例にして見てみよう。
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現在このアニメの英語のファンサブを出しているグループは六つで、各グループの公開時間は異
なっている。しかし、一番早い記録の持ち主は Lunar Anime というファンサブグループだ。こ
のグループは放送日からたった二日間でファンサブを出し、毎回2万人を越えた人にダウンロー
ドされている。
4.良いファンサブはどれか?!
人は何であれ、より良いものを求めるものだ。ファンサブに関しても例外ではない。良いファ
ンサブとはどのようなものだろう。そして、受容者いわゆるダウンローダー(downloader)はファ
ンサブに何を期待しているのか。日本語がわからない彼らは翻訳が正しいかどうか判断できない。
もし日本語がわかるとしても、正確な翻訳を手に入れるのは難しい。私個人について言えば、日
本語がわかるので、翻訳にも敏感になる。しかし、一般の人はそうではないので、翻訳の質以外
のものを求めているだろう。各ファンサブグループの HP にはフォーラム、そして IRC にチャ
ットルームがあって、それを見れば、答えがわかる。その答えをまとめると、「字幕」と「ビデ
オのクオリティー」という二つの評価方法がわかってくる。
まず、「字幕」というものを見てみよう。ここで、字幕とは翻訳の正確さや文の流れを示して
いる。良い文の流れを得ることは、編集をしている人の英語の上手さに加えて、納得できる翻訳
がそろえば、難しいことではないのである。問題は翻訳のほうにある。誰もが知っていることだ
と思うが、翻訳の面では「良い翻訳」と「正しい翻訳」の摩擦が存在している。しかも、日本語
はそう簡単に翻訳できる言語ではない。一つ注目しておきたいのは、翻訳者は脚本を持っていな
いこと。何度も科白を聴きながら翻訳することしかできないので、100パーセントの正確さを
得ることができるかどうかは曖昧である。そして、翻訳をするとき、ただ言葉を直訳するのでは
なくて、翻訳される言語の自然さも考えなければならない。つまり、同じ状況であっても言語に
よって言い方、そして使っている言葉が異なっていることを忘れてはいけない。この点において、
Lunar Anime と Conclave 二つのファンサブグループの「ブリーチ」
のファンサブを比べてみよう。
ブリーチは死神についてのアニメなので、言うまでもなくキーワードは「死神」だ。では、そ
の言葉の英訳はなんだろう。Lunar Anime は Death God(s)に訳したが、Conclave は訳すことがで
きなかったため Shinigami(s)のままにしている。もう1つ例をあげよう。アニメの中に「精霊廷」
という場所がある。Lunar Anime は Court of Pure Souls にしているが、Conclave はまたそのま
まで Seireitei と書いた。この場合は、「正しい翻訳」は Lunar Anime のほうにあると言ってい
いだろう。だが、Conclave の翻訳のほうが「良い翻訳」だと思われる。なぜかというと、そうい
う特別な言葉を訳さないで、その代わりに注という形でそれを説明したのはそのアニメの特徴を
守るためだからである。
「ビデオのクオリティー」というのは、公開されているファンサブの全体即ち字幕、音声、サ
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イズ、そして一番重要なビデオがきれいに写っているかどうかである。やはりビデオに関して
我々はそういうことにこだわるものだ。例えば、外国のドラマや映画を見るとき、私たちは意識
下と潜在意識下でそれらを評価する場合が多いのではないか。このことは、ファンサブに関して
も例外ではない。その証拠に、ファンサブについてフォーラムに「品質があまりにも低くて我慢
できない」などとしばしば書き込んである。そこからダウンローダーたちの気持ちや意見などが
はっきりわかる上、ファンサーバーたちの意見や対策なども読むことができる。
ところで、評価方法はこの二つに限られていない。なぜかというと、人の好みによって評価方
法が変わる可能性が十分あるのだ。ちなみに、品質に構わずにファンサブを公開するのはファン
サーバーにとっても良いことではない。せっかくファンサーバーたちが努力したので、クオリテ
ィーが高いものを出さないともったいないのではないか。かろうじて、見えるだけの中途半端な
ものは誰も欲しくはない。しかも、ダウンローダーたちに嫌われ、ダウンロードされなくなった
とき、苦労しても無意味になるのみであろう。
5.ファンサブの合法性
ここ数年のうちにインターネットによって無許可で音楽などを配信するのは音楽家や制作者
に対して損害を与えているので、そういうホームページはだんだん法律によって終了させられた。
ファンサブは例外だろうか。答えは「いいえ」だ。音楽のように、ファンサブにも「著作権」と
「使用許可」があるのに、ファンサーバーは両方とも持っていない。そして、ファンサブは製作
者の収入に影響も与えている。だが、世界貿易機関(WTO)の TRIPS 協定の定義によると、著
作されたものの配信は貿易のためでなければ違反と認めない。つまり、ファンサーバーを著作権
の違反で起訴することは著作権を持つ人の意識次第だということだ。しかし、日本の製作者はフ
ァンサブの存在にあまり気付かなかったため、そういう行動を取らずにきた。よって、ファンサ
ーバーたちはあまり恐れなかったのだ。
だが、最近彼らもファンサブの存在に気付いたようだ。次の文章は「これが私のご主人様」の
オープニングに流されたものだ。
「最近インターネット上での不正な利用が多発しております。番組の画像や映像を
権利者の許諾なくインターネットを通じて配信、配布したりすることは法律で固く
禁じられておりますのでご注意ください。」
では、製作者はどのように彼らの行動を止めさせられるのだろう。インターネット上の法律は
曖昧な上、頼りにならないと思われる。だが、打つ手がないのではない。製作者は直接ファンサ
ブグループ、もしくはリンクサイトの管理人に忠告メールを送って、かかわっているアニメの配
信をやめるよう頼むのだ。これは効果が限定的なのではないかと思う人もいると思う。確かにそ
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れを認めるが、実際有効であることに変わりはない。リンクサイトの Animesuki に下記の文章
が載っていて、忠告メールの有効性を証明しているものだ。
「Unfortunately, it seems times have changed. On December 7, 2004 AnimeSuki
received an email from a Tokyo law firm who represents the interests of Media Factory
Inc. (a Japanese anime studio) requesting us to stop uploading "works" (anime series)
of MFI to our website and/or stop "inducing" our visitors to websites where their
"works" can be downloaded.」
「It now appears that both Lunar Anime and Wannabe Fansubs have also received the
same letter. Lunar Anime as well as Solar and Shining Fansubs have decided to drop
projects involving MFI anime series.」
やめさせる方法はもう一つある。それは、アメリカの会社に distribution license 即ち配信
許可を売ることである。そうすれば、ほとんどのファンサブグループはかかわっているアニメの
ファンサブを放棄するのだ。このことを不思議だと思うかもしれないが、理由は簡単に説明でき
る。ファンサーバーたち、特に英訳をしているファンサーバーは自ら課したルールが一つあって、
それはアメリカの会社があるアニメの配信許可を買ったとき、かかわっているアニメを放棄する
というルールだ。なぜかというと、日本のみで見られるアニメを世界で見られるようにすること
はファンサブの目的だが、もしある会社がそれの配信許可を取って、市場に配信し始めたら、フ
ァンサブの役目はもう果たされたことになるからである。配信許可を取ったことを大勢のアニメ
ファンに知らせるために、アメリカの会社は毎年アメリカに行うアニメエキスポ(ANIME EXPO)
などで発表する形になっている。そういうエキスポはアニメファンの注目を引くから、いい方法
だ。
6.ファンサブの将来
どんなものであろうと、始まりのともに終わりがある。終わりが訪れるかどうかはファンサブ
にとっても大きな問題だ。前に述べたように、ファンサブは世界で日本のアニメを見られるよう
にすることに存在価値がある。だが、最近状況は変わってきている。昔日本のアニメが売れない
ものだと思い込んでいだ外国の会社はアニメファンの存在に気付き、ここ数年でその考え方を直
し、現在では日本の最新のアニメの配信許可をすぐに取るようになってきた。そして、アメリカ
は今世界で最も大きな日本アニメの市場を持っている。日本の最新アニメをファンサブにさせな
いように、ほとんどの会社はそのアニメが日本でまだ放送され始めないうちに配信許可を手に入
れ、すぐに発表する。これによって、ファンサブが手かけるアニメの数はだんだん減ってきて、
ファンは自分の国の放送、それとも DVD を待つことしかできないようになった。
こういう状態でファンサブの将来は暗いと思う人もいると思う。しかし、果たしてそうなるか。
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個人の意見としては、ファンサブはそう簡単に無くなるものではない。確かにアメリカの会社は
配信許可を得たことでやめさせる力があるが、彼らの範囲は限られている。なぜかというと、そ
の配信許可は英語圏に限られているから、彼らは英訳を持つファンサブを止まらせることしかで
きない。つまり、ほかの地域、例えば、フランス、ブラジルなどには影響を及ぼさないので、同
じアニメであっても英語以外のファンサブならまだ続けることができる。よって、ファンサブの
将来がなくなることはまだまだ先のことだと思う。
7.終わりに
前述したように、ファンサブは複雑で、色々なことに関わっているものである。そして、そう
いうものを生み出したファンサーバーたちにも頭を下がる。多様な妨げを乗り越えることで彼ら
は彼らの情熱を伝えてくれる。その上、ファンサブのおかげで、世界中で日本のアニメが好きな
人を増加しただけではなく、彼らに日本に対する興味も待たせている。正確な数字は持っていな
いが、日本語、日本語の歌、日本文化などについて知りたい人たちは確実に増えたそうだ。アニ
メ自体も言語的にも社会的にもいい教材だと思う。私個人も、教室で学んでいない、学べないも
のがアニメによってわかるようになったのだ。何しろ、勉強には「見る」ことも大事だからだ。
このようにアニメファンの情熱が作り出したファンサブは日本以外の人々に新たな情熱を与え
る意味でも貢献していると言えるのではないか。
このテーマについて研究していた間に、ファンサーバーたちは非合法な行動を支えているので
はないかと質問されたことがある。確かにその質問の通りのことも起こっていて、どんなきれい
な言い訳をしても無駄だと思う。ファンサブは良い影響を与えているとはいえ、法律を犯してい
ることを否定しないし、この点をファンサーバーたちも承知している。ファンサブの公開をやめ
ることがそれに伴う問題も解決できる簡単な方法なのではないかという人もいると思うが、実際
にそう単純なものではない。アニメファンの情熱を冷やすことができる日が来ることは、期待す
ることさえ難しいだろう。
参考文献
アニメ まっつー、椿あす「これが私のご主人様」 2005
アニメ 久保帯人「ブリーチ」 2004‐2005
BitTorrent @ AnimeSuki.com http://www.animesuki.com/ (2005.06.13)
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Anime-Supreme - The Last Stronghold of All Anime http://www.anime-supreme.com/
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AnimeYume – Anime for Yu and Me (BitTorrent/ED2K community) http://www.animeyume.org/
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WTO|intellectual property – overview of TRIPS Agreement
http://www.wto.org/english/tratop_e/trips_e/intel2_e.htm (2005.06.20)
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