新しい食品機能性の情報理解と思考傾向との関連について

新しい食品機能性の情報理解と思考傾向との関連について
○井上紗奈 1・森数馬 1・本田秀仁 2・和田有史 1
(1 農研機構 食品総合研究所・2 東京大学)
キーワード:情報理解,思考傾向,Cognitive Reflection Test
Relationship between content understanding of food factor information and cognitive traits
Sana INOUE1, Kazuma MORI1, Hidehito HONDA2 and Yuji WADA1
(1
National Agriculture and Food Research Organization, 2 University of Tokyo)
Key Words: information understanding, cognitive trait, Cognitive Reflection Test
目 的
我々は、健康を維持するため、日々様々な食品を摂取して
いる。2015 年 4 月から新たな機能性表示制度(内閣府,
2015)が始まったことにより、今後、新しい機能を付加した
機能性食品が増加すると考えられるが、これらの食品から、
自分に必要な機能をもつ商品を選ぶためには、消費者自身が
内容を評価し、適切な情報判断をすることが欠かせない。
人の意思決定に関わる二重過程理論では、ほとんど無意識
に直感的に実行される過程(システム1)と、より時間をか
けて分析的に実行される過程(システム2)の2種の認知過
程があると考えられている(Stanovich & West, 2000)
。
Cognitive Reflection Test (CRT)は、これらの認知過程をも
とにした思考傾向(直感的、分析的)を測定する尺度である
(Frederick, 2005)
。
本研究では、この指標をもちいて、食品の新しい機能性情
報について個人特性である思考傾向が情報理解に影響を与え
るのか検討することとした。実際の研究報道(Kim et al.,
2012)を基に、新規の機能性成分(新成分)を紹介する架空
の記事を作成し、消費者の情報の受け取り方を調べた。ま
た、食品知識や文章内容を補完する図示が、正しい理解と関
連があるのか、合わせて検証した。
方 法
実験参加者 食品の専門知識のある職業 4 種(医師、薬剤
師、管理栄養士、調理師)
、各 84 名の計 336 名(専門群)
、
学生・調査業・広告代理業を除く 30 代から 50 代までの男女
292 名(一般群)
、合計 628 名を対象とした。
課題 <記事課題> 実際の研究成果に沿った形でまとめたも
の(正記事)
、正記事のうち、新成分の効果が確証的ではな
いように実験過程の記述を一部改変したもの(誤記事)
、そ
れぞれの記事の実験過程を説明する図を記事に添えたもの
(正記事+図、誤記事+図)の 4 種をもちいた。記事から想
起される 27 項目の設問に 6 段階評定で解答を求めた。最後
に、誤記群(誤記事、誤記事+図)において記事に含まれる
虚偽を正しく検出できたかどうか、4 択問題を1問おこなっ
た。
<個人特性課題> CRT3 問(数値入力形式)をおこなった。
手続き web 調査をおこなった。参加者を各群(専門群は各
職業)内の人数を均等に 4 群に分け、それぞれに 4 種の記事
画像のいずれかを呈示した。画像を表示したまま、1 問ずつ
選択肢をクリック、あるいは数値を入力してする形で解答を
求めた。すべての設問において、次へ進むボタンのクリック
で解答を確定し、前の設問に戻ることはできず、また、空欄
のまま次へ進むことができないようにした。
結 果
記事課題の回答結果について因子分析(主因子法・プロマ
ックス回転)をおこない、4 因子を抽出した。第1因子(成
分の肯定)
、第2因子(研究内容の理解)
、第3因子(流行の
予測)
、第4因子(新成分の安全性)について以下に述べ
る。
因子分析で求めた 4 因子の因子得点をそれぞれ従属変数と
し、CRT スコアを高低で2群に分け、記事の正誤、図の有
無、参加者群を要因とした 4 要因の分散分析をおこなった。
「成分の肯定」因子では、記事の正誤と参加者群の間に交
互作用がみられ(F(1, 612)=4.51, p<0.05)
、一般群において、
誤記群の評定が高く、正記群では低かった(p<0.05)
。ま
た、誤記群において一般群の評定が高く、専門群では低かっ
た(p<0.01)
。
「研究内容の理解」因子では、参加者群と CRT スコアの
間に交互作用がみられ(F(1, 612)= 3.93, p<0.05)
、CRT 高
(分析的思考傾向)群において、一般群の評定が高く専門群
では低かった(p<0.01)
。また、専門群において、CRT 低
(直感的思考傾向)群の評定が高く、高群では低かった
(p<0.01)
。
「流行の予測」因子では、有意な差はみられなかった
(Fs(1, 612)≦3.77, p≧0.05)
。
「新成分の安全性」因子では、図の有無と参加者群と CRT
スコアの 3 要因の間に交互作用がみられ(F(1, 612)=4.21,
p<0.05)
、一般群の CRT 高群および専門群の CRT 低群では、
記事群の評定が高く、図有群では低かった(ともに
p<0.05)
。
また、誤記群における虚偽の検出率を比較したところ、
CRT スコアにおいて有意差がみられ(χ2(1)=5.54, p<0.05)
、
CRT 高群の検出率が高く、低群では低かった。
考 察
以上のことから、情報の受け取りには思考傾向の違いで特
徴づけられる個人特性が大きく関わることが明らかになっ
た。特に、
「研究内容の理解」因子と虚偽検出の結果から,
内容を正しく理解するには、分析的な認知過程であるシステ
ム2の稼働が欠かせないことが強く示唆された。しかし、そ
れを働かせるためには認知的努力が必要であり、常に機能さ
せるのはきわめて難しい。また、
「成分の肯定」因子の結果
から,情報の正誤に関わらず、一般消費者は内容に肯定的、
専門家は否定的、と専門知識の有無によって、食品情報を捉
える姿勢そのものが異なる結果を得たことから、一般消費者
に、認知努力と専門知識の両方を求めるのは現実的ではない
といえるだろう。よって、情報コンテンツの作成時には、思
考傾向の違いに注目したうえで、システム2の稼働をしやす
くする工夫をし、また、システム1でおこりやすい認知バイ
アスを事前に把握し、それへの対応を図ることで、意図しな
いエラーや誤認を避け、スムーズな情報伝達の助けとなるこ
とが期待される。