2008 年 3 月 23 日 社会教育法改正に対する社全協アピール 住民の学習の権利と自由を阻害し、社会教育行政を後退させる社会教育法改正案の問題点 社会教育推進全国協議会 政府は、さる 2 月 29 日に社会教育法等の一部を改正する法律案を閣議決定し、同日国会に上程 した。社会教育推進全国協議会は、この間、社全協ブックレット№ 2『学習の自由と教育の権利を 発展させるためにー2006 年教育基本法をどう読むか』を刊行し、06 年教育基本法に対する社会教 育の視点からのトータルな批判的検討文書を公にしてきた。さらに、2007 年 11 月には、「社会教 育法改正に対する社会教育推進全国協議会の意見と要望(たたき台)」を明らかにして、それをもと に 2008 年 1 月 9 日に文部科学省生涯学習政策局社会教育課と懇談を持ち、2 月 3 日には、1 月 23 日に明らかにされた中央教育審議会答申素案に対するパブリックコメントとして「答申素案への意 見」(2008 年)を文部科学省生涯学習振興課生涯学習分科会担当に送付をした。 中央教育審議会は、 「パブリックコメント」を受けて 2 月 19 日に「新しい時代を切り拓く生涯学 習の振興方策について~知の循環型社会の構築を目指して~」(答申)(以下「答申」という)をま とめ、同答申に基づいて今回の法改正案がまとめられた。 まず、今回の「答申」の基本的な性格として、まず、第一に、現代社会をグローバル化の中での 「競争と技術革新」に対応し得る「総合的な「知」が求められる時代」と捉え、そのためにはどの ような力が国民に必要なのか、という課題意識を軸にしている点である。 今日の貧困化や格差社会などの社会的な現実に対して教育施策としての展望をどのように描くの かという問題意識はほとんど欠落しているといわざるをえない。 第二に、2006 年教育基本法の具体化を図るという点があげられる。「答申」は、「はじめに」で、 第 2 条(教育の目標)を「学校教育のみならず、生涯学習・社会教育関係の規定の充実」と捉え、 さらに上述したように「国民が必要とする力」にまで言及している。これは「第 2 条の教育目標は、 ・・ 家庭教育や社会教育については、教育を行う者に具体的な教育内容がゆだねられている」 (小坂国務 大臣 教育基本法に関する特別委員会議録第 12 号 2006 年 6 月 8 日)とした国会答弁とも大きく 矛盾する内容である。 第三に、「個人の要望と社会の要請」(06 年教育基本法第 12 条)を援用しつつ、「社会の要請」 を前面に出して、今後の社会教育行政を学校教育支援に特化し、さらに社会教育行政の規制緩和を すすめる内容になっている点である。公民館職員、とくに公民館主事については「専門性のある職 員としての資質の向上を図ることが望まれる」としながら、他の社会教育職員に比して極めて低い 位置づけになっている点も特徴的である。 このまま改正案が成立するならば、以下に指摘するように、自治体社会教育行政は、一般行政と 学校支援行政に併呑させられていく危惧を抱かざるを得ない。 なお、国会提出への法形式として、社会教育法・図書館法・博物館法に係る改正案を一括法とし て提出しているが、それぞれの法に固有な問題がある中では、国会において十分な審議がなされる のか、疑問を持たざるを得ない。 以下、改正条文を論点に沿って問題点を指摘してみたい。 1,学習の「需要」と「生涯学習の振興」を社会教育法に登場させた第 3 条第 2 項 06 年教育基本法第 3 条(生涯学習の理念)をうけて、第 3 条第 2 項に「国及び地方公共団体は、 前項の任務を行うに当たつては、国民の学習に対する多様な需要を踏まえ、これに適切に対応する ために必要な学習の機会の提供及びその奨励を行うことにより、生涯学習の振興に寄与することと なるよう努めるものとする。」という条文が新設された。 ここでは、人々の学習の営みを「教育を受ける権利」(日本国憲法第 26 条)として捉えるのでは なく、需要・供給の市場メカニズムで捉えることを宣言したもので、このような学習観は、ユネス コ学習権宣言など国際的な学習権思想からも逸脱している。学習の商品化は有料化と受益者負担論 に結びつき、社会教育の市場化・民営化をもおしすすめることになろう。 また、 「答申」では、社会教育行政(学校教育として行われる教育活動を除いた組織的な教育活動 を対象とする行政)と生涯学習振興行政(生涯学習の理念に則って、その理念を実現するための施 策を推進する行政)を区別し、生涯学習振興行政の固有の領域を、首長部局も含めて「その全体を 総合的に調和・統合させるための行政」(答申)としている。 したがって、自治体における社会教育行政と生涯学習行政の切り分けが課題となるが、 「生涯学習 の振興」の明示は、総合行政の指向をもつ生涯学習振興行政を梃子にして、社会教育行政が一般行 政に包摂されていく可能性がある。 なお、「生涯学習の振興」にかかわって第 5 条(市町村教育委員会の事務)の十五に「社会教育 における学習の機会を利用して行った学習の成果を活用して学校、社会教育施設その他地域におい て行う教育活動その他の活動の機会を提供する事業の実施及びその奨励に関すること」が新設され た。これは、06 年教育基本法第 3 条(生涯学習の理念)の「その成果を適切に生かすことのできる 社会の実現」を受け、具体的には文部科学省が 2008 年度予算案に 50 億 4000 万円を盛り込んだ中 学校区ごとに設置される学校支援地域本部の事業などが想定されている。 「 学習の成果の活用」論は、 たとえば、ボランティア活動や学習の地域還元論と結びつくと、 「成果の活用」に力点が置かれて動 員主義に陥り、住民の学習の自己決定性(self-directed learning)や自発性、そして学びの自由が 阻害される可能性がある。 2,社会教育委員制度を後退させる第 13 条改正 社会教育関係団体に対する補助金交付の際の社会教育委員の会議への意見聴取については、 「 社会 教育委員が置かれていない場合には、条例で定めるところにより社会教育に係る補助金の交付に関 する事項を調査審議する審議会その他の合議制の機関」が挿入された。 他の「審議会その他の合議制の機関」でも意見聴取は可能であるとした今回の「規制緩和」は、 社会教育委員会議が任意設置であることを踏まえるならば、自治体行財政改革のもとでは社会教育 委員の会議が廃止されていく可能性がある。それは同時に、社会教育における住民自治を担保し、 地域社会教育計画立案権(社会教育法第 17 条)を付与されている社会教育委員の会議の制度的後 退につながり、また、教育基本法第 17 条に基づき、政府が定める教育振興基本計画を「参酌」し て定められる自治体教育振興基本計画における社会教育計画策定における住民参加の法的根拠をも 危うくするものである。 3,自治体「行財政改革」と結びつくおそれのある第 32 条(運営の状況に関する評価等)第 32 条 の二(運営に関する情報の提供)の新設 「公民館・図書館・博物館等の社会教育施設について、それぞれが実施する教育活動等の運営状 況に関する自己評価、それに基づく改善を図る努力義務及び地域住民等の関係者に対し情報提供の 努力義務を課すこと」(答申)に基づき、このように法文化された。 この点については、すでに地方教育行政法改正で教育委員会の「活動の点検・評価」が加えられ、 また、2003 年に改定された「公民館の設置及び運営に関する基準」第 10 条(事業の自己評価等) において「公民館は、事業の水準の向上を図り、当該公民館の目的を達成するため、各年度の事業 の状況について、公民館運営審議会等の協力を得つつ、自ら点検及び評価を行い、その結果を地域 住民に対して公表するよう努めるものとする。」と規定されている。今回の法改正案は、公民館「事 業」から「運営の状況」にまで評価の範囲を拡大しており、量的な数値評価になじまない公民館に あっては、数値「評価」によって、行財政的な効率化に利用される恐れが高い。 「答申」は、 「公民館においては、各地域の実情やニーズに応じて、民間等では提供されにくい分 野の講座開設や子育ての拠点となる活動を積極的に行うなど、 「社会の要請」に応じた学習活動の機 会の量的・質的な充実に努め、その成果を地域の教育力の向上に生かすことが求められる。また、 関係機関・団体と連携・協力しつつ、地域の課題解決に向けた支援を行い、地域における「公共」 を形成するための拠点となることが求められる。」と指摘している。だとするならば、「評価」の前 に、このような課題を遂行しうる職員体制などの公民館の諸条件整備こそ力をいれるべきである。 ちなみに、全国の公民館数は 17143 館で、公民館主事数は 1 館あたり 0.999 人、専任公民館主事 となると 0.34 人(文部科学省『平成 17 年度社会教育調査報告書』より)という極めて貧困な状 況にある。 4,学校支援と学校・家庭・地域の連携にシフトする社会教育行政の問題点 現行社会教育法第 3 条第 2 項に「・・学校、家庭及び地域住民その他の関係者相互間の連携及び 協力の促進に資することとなるよう努める」が挿入され、第 5 条(市町村教育委員会の事務)の十 三に「主として学齢児童及び学齢生徒(それぞれ学校教育法第十八条に規定する学齢児童及び学齢 生徒をいう。)に対し、学校の授業の終了後又は休業日において学校、社会教育施設その他適切な施 設を利用して行う学習その他の活動の機会を提供する事業の実施並びにその奨励に関すること」が 新設され、第 9 条の三が新設されて「2 社会教育主事は、学校が社会教育関係団体、地域住民そ の他の関係者の協力を得て教育活動を行う場合には、その求めに応じて、必要な助言を行うことが できる」とされた。第 5 条の十三は、2007 年度より開始された「放課後子どもプラン」(文部科学 省の「放課後子ども教室推進事業」と厚生労働省の「放課後児童健全育成事業」を一体的あるいは 連携して実施するもの)などの法的根拠を定めたものである。 学校教育支援や学校・家庭・地域との連携は、今日の教育をめぐる課題からいって重要である。 しかし、06 年教育基本法に規定された学校教育は、愛国心などを定めた第 2 条の「教育の目標」を 達成するよう求められており、「連携」が水路となって第 2 条の教育目標が社会教育に求められる 恐れがある。このような「連携」の名による管理統制が強まることになれば、地域住民の自主的、自 治的な学校教育支援への参画が阻害される恐れがある。 社会教育行政の本来の役割は、 「すべての国民があらゆる機会、あらゆる場所を利用して、自ら実 際生活に即する文化的教養を高め得るような環境を醸成するように努めなければならない」 ( 社会教 育法第 3 条)のであって、このような学校教育支援や「連携」に社会教育を特化させることは、福 祉、環境、地域経済などさまざまな課題がうずまく現代の地域社会にあって、地域住民とくに成人 の学びと自治の力を貧しくする恐れがあり、かえって学校教育支援のための基盤を弱め、社会教育 行政の貧困化を招きかねないのではないかと危惧する。 なお、第 5 条の十三のように、教育委員会の事務に「事業の実施」を盛り込むのは、本来、教育 事業は、学校・公民館・図書館・博物館のような教育機関において実施すべきであって、教育委員 会の事務は諸条件整備に徹すべきである。 5,社会教育主事講習の受講資格を「規制緩和」した第 9 条の四について 第 9 条の四の一のロが「官公署、学校、社会教育施設又は社会教育関係団体における職で司書、 学芸員その他の社会教育主事補の職と同等以上の職として文部科学大臣の指定するものにあつた期 間」のように改正された。これは、従来の社会教育主事講習の受講間口を広げただけであり、明ら かに規制緩和の一環である。採用や任用の制度的改善については放置されたまま、社会教育主事・ 司書・学芸員のそれぞれの専門性を後退させることになる恐れがある。 6,情報提供など、情報化社会に対応した法改正について 第 5 条の七に「家庭教育に関する情報の提供」が加えられ、第 5 条の十「情報化の進展に対応し て情報の収集及び利用を円滑かつ適正に行うために必要な知識又は技能に関する学習の機会を提供 するための講座の開設及び集会の開催並びにこれらの奨励に関すること」が新設され、第 5 条の十 六「社会教育に関する情報の収集、整理及び提供に関すること」が新設された。メディアリテラシ ーやデジタルデバイド(情報格差)などを解決していくうえで重要な改正であるが、たとえば家庭 教育に関する情報提供がある特定の考え方を一方的に流すことにつながったり、特定の企業や団体 と結びついた情報提供にならないようなチェックが必要である。 以上、社会教育法改正案の問題点を指摘した。社会教育推進全国協議会は、社会教育関係者に今 次社会教育法改正案の問題点をひろく明らかにしていく活動を呼びかけるとともに、国会において は徹底した審議を求めるものである。
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