プレスリリース 2015 年 10 月 20 日 報道関係者各位 慶應義塾大学医学部 リンパ腫やアレルギー性接触皮膚炎に関係する 皮膚リンパ球の制御メカニズムを解明 皮膚には普段から多くの免疫細胞がスタンバイし、外敵の侵入等に備えています。特に T 細 胞と呼ばれるリンパ球(注 1)は、血中よりも皮膚の方が 2 倍多く存在しています。一方で、 皮膚のリンパ球は様々な皮膚疾患に関連し、特に皮膚のリンパ腫やアレルギー性皮膚疾患の患 者皮膚にはリンパ球が通常よりも多数存在していることが古くから知られています。しかし、 リンパ球がどのように皮膚で生存し続けられるのか、その基本的なメカニズムは現在まで解明 されていませんでした。 この度、慶應義塾大学医学部皮膚科学教室と米国 National Institutes of Health の永尾圭 介博士(元慶應義塾大学医学部専任講師)との研究グループは、毛を作る組織である毛嚢(注 2)の細胞がサイトカイン(注 3)の一種であるインターロイキン 7(IL-7)、インターロイキ ン 15(IL-15)と呼ばれるタンパク質を産生し皮膚の T 細胞の生存を制御していること、さら に T 細胞が悪性化してリンパ腫細胞となった後でも毛囊由来の IL-7 に依存し続けることをマ ウスを用いて解明し、実際に皮膚リンパ腫の患者皮膚でも、IL-7 およびその受容体が発現し、 マウスと同じメカニズムが働いている事が示唆されました。これらの知見は、皮膚の免疫シス テムの制御における重要なメカニズムを解明しただけでなく、皮膚リンパ腫や T 細胞によって 引き起こされる皮膚疾患の新たな治療開発につながることが期待されます。 本研究成果は 2015 年 10 月 19 日(米国東部時間)に米国科学雑誌「Nature Medicine」電子 版で発表されます。 1. 研究の背景・目的 毛嚢は哺乳動物の皮膚にのみ存在し、物理的バリア、体温調節等様々な役割を担います。本研 究チームは以前の研究で、毛嚢が外的刺激(ストレス)に反応してケモカイン(注 4)と呼ばれ るタンパク質を産生することで、皮膚の免疫細胞の一種である樹状細胞(注 5)の交通整理を行 うことを見いだしました。この研究により、毛嚢が免疫臓器として皮膚のリンパ球の恒常性制御 の中心的役割を有するのではないかと考えるようになりました。 そこで今回、本研究チームは毛嚢に焦点を当てて、皮膚の T 細胞の生存メカニズムの解析を行 うこととしました。 2. 研究の概要 マウスを用いて皮膚の T 細胞を解析したところ、CD4 陽性 T 細胞(注 6)、CD8 陽性 T 細胞(注 7)が主として毛嚢の内部および周囲に存在することが観察されました(図 A) 。以前の研究で、 毛嚢は部位によって異なる役割を担っていることが知られていたことから、毛嚢を 5 つの部位に 分離した上で、サイトカインの遺伝子発現解析を行ったところ、漏斗部(ろうとぶ)と峡部(き ょうぶ)という特定の部位で IL-7 と IL-15 という T 細胞の生存に関連したサイトカインが産生 されることが分かり、T 細胞が多く存在する部位と一致していました。遺伝子改変マウスを用い て追加解析を行い、毛嚢由来の IL-7 は CD4 陽性 T 細胞と CD8 陽性 T 細胞の両方の生存に、IL-15 1/4 は CD8 陽性 T 細胞の生存に重要であることが確認されました(図 B) 。 T 細胞が皮膚に入り込み、そこに在住する性質は、皮膚の T 細胞が悪性化した疾患である皮膚 T 細胞リンパ腫(注 8)のリンパ腫細胞に非常に類似していました。このため、皮膚 T 細胞リン パ腫があるマウスモデルを新たに作製し、解析を行ったところ、毛嚢由来の IL-7 がない状態で はリンパ腫細胞が減少し、皮膚リンパ腫の症状がなくなることが観察されました。 実際に、ヒトの皮膚 T 細胞リンパ腫を解析すると、 毛嚢が IL-7 を強く発現しており、その周 囲にリンパ腫細胞が多数集まっていました。また、これらリンパ腫細胞は IL-7 受容体を多く発 現していることが確認できました。以上のことから、 ヒトにおいても毛嚢由来のサイトカイン が皮膚 T 細胞リンパ腫の病態において重要な役割を担っていることを同定しました。 アレルギー性接触皮膚炎(いわゆる「かぶれ」 )も T 細胞によって引き起こされることが知ら れています。毛囊の IL-7 と IL-15 が無い状態ではアレルギー性接触皮膚炎が減弱するため、ア レルギー性皮膚疾患においても毛囊由来のサイトカインが重要な役割を果たしていることが分 かりました。 A: 毛の垂直面を観察した図。点線が毛嚢を縁取る。赤色の細胞が CD4 陽性 T 細胞。緑色の細胞 が CD8 陽性 T 細胞。 B: 毛嚢による皮膚の T 細胞の生存メカニズムの図式。毛嚢の漏斗部、峡部が産生する IL-7 と IL-15 が CD4 陽性 T 細胞、CD8 陽性 T 細胞の生存を担う。 2/4 3. 研究の意義 本研究では、これまで知られていなかった免疫臓器としての毛嚢の役割を明らかにしました。 本研究チームが以前報告した樹状細胞の交通整理の役割だけでなく、皮膚の T 細胞の生存もコン トロールする毛嚢は、外界との最外層のバリアである皮膚の免疫を調節する中心的な役割を担っ ていると言えます。 また、T 細胞による皮膚疾患である、皮膚 T 細胞リンパ腫やアレルギー性接触皮膚炎において、 毛嚢や皮膚由来のサイトカインが重要な役割を担うことも明らかになりました。これらの皮膚疾 患だけでなく、広く皮膚の免疫を理解する上で基盤となる重要な知見が得られたと考えられます。 4. 今後の発展 本研究では、毛嚢由来のサイトカインの働きに着目して解析しましたが、サイトカインの産生 がどのように制御されているのかはまだ分かっていません。サイトカインの量を減らすことがで きれば、病気を引き起こす皮膚の T 細胞の減少を通じて、炎症やリンパ腫の症状を抑えることが 可能となります。一方で、サイトカインの量を増やすことができれば、感染症などを予防する上 で望ましい T 細胞の増加等によって、新しいワクチンの開発にもつながる可能性があります。 5.特記事項 本研究は、主に以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。 ■MEXT/JSPS 科研費(21229014,21689032,24390227) ■かなえ医薬振興財団 研究助成金 ■JSID's Fellowship Shiseido Award ■National Institutes of Health (NIH) NCI Intramural Research Programs 6.論文について タイトル(和訳): Hair follicle-derived IL-7 and IL-15 mediate skin-resident memory T cell homeostasis and lymphoma (皮膚在住型メモリーT 細胞の恒常性及びリンパ腫を毛嚢由来の IL-7 と IL-15 が制御する) 著者名:足立剛也、小林哲郎、杉原英志、山田健人、生田宏一、Stefania Pittaluga、佐谷秀行、 天谷雅行、永尾圭介 掲載誌:「Nature Medicine」電子版 【用語解説】 (注 1)リンパ球 特定の抗原に対する強力な免疫反応である獲得免疫を担う、免疫細胞の主役。 (注 2)毛嚢 毛を産生する皮膚の付属器。哺乳動物の定義の一つである。 (注 3)サイトカイン 免疫・炎症に関与するタンパク質の総称。 (注 4)ケモカイン サイトカインの一群で、白血球を呼び寄せ炎症を起こす。 (注 5)樹状細胞 獲得した抗原を T 細胞などの他の免疫細胞に提示する、免疫細胞の中心的な細胞。 3/4 (注 6)CD4 陽性 T 細胞 様々な種類のサイトカインを産生し、他のリンパ球の機能・活性を制御したり、リンパ球以外 の免疫細胞の活性化を手助けしたりする。またの名をヘルパーT 細胞。 (注 7)CD8 陽性 T 細胞 活性化すると、ウィルス感染細胞やがん細胞など異物になる細胞を認識して破壊する。またの 名をキラーT 細胞。 (注 8)皮膚 T 細胞リンパ腫 皮膚に生じる悪性リンパ腫の一群で、リンパ球のうち T 細胞由来の細胞が腫瘍化する。 ※ご取材の際には、事前に下記までご一報くださいますようお願い申し上げます。 ※本リリースは文部科学記者会、科学記者会、厚生労働記者会、厚生日比谷クラブ、各社科学部 等に送信しております。 【本発表資料の発信元・お問い合わせ先】 慶應義塾大学信濃町キャンパス総務課:吉岡、三舩 〒160-8582 東京都新宿区信濃町35 TEL 03-5363-3611 FAX 03-5363-3612 E-mail:[email protected] http://www.med.keio.ac.jp/ 4/4
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