【グローバル金融市場論演習資料】 米国ハイテク企業の経営分析 ハイテク企業の国際競争力が米国株の強み マクロ経済の不振は続いているものの、米国企業の成長が株価を上昇させている。その理由として、ドル安、 原油価格上昇(エクソンモービルなどオイルメジャーの利益が大きい)、そして、ハイテク企業の好調が挙げら れる。 2011 年末時点で、世界の時価総額上位 100 銘柄のうち、米国企業は 42 銘柄も含まれる。これは、2 位英国 の 11 銘柄、3 位中国の 10 銘柄、4 位フランスの 5 銘柄、日本の 5 銘柄を大きく上回る。米国株式市場の特 徴として、アップルなどのハイテク企業や、コカ・コーラなどグローバルな消費者ブランド企業の構成比が大き い点が挙げられる。また、エクソンモービルやシェブロンなどのエネルギー企業、バークシャー・ハサウェーなど の金融など、伝統的産業も大きい。 リーマンショック発生後の米国経済成長率は、2009~2011 年の平均は 0.4%であった。しかし、前述のように、 リーマンショックの発生源であった米国の株価上昇率が、2009 年以降、相対的に高いというのは何とも皮肉 なことであるが、これも、米国のハイテク株の圧倒的な国際競争力に起因する。 過去 3 年間に米国株が大きく上昇した理由は、ハイテク株の上昇である。アップルの株価は 4 倍弱、IBM、グ ーグル、Visa は 2 倍前後に上昇した。米国自体の成長率が低くても、アップルや IBM は、中国やインドなど高 成長新興国で収益を稼ぐことができる。 図表 1. 2009~2011 年世界の株価上昇率上位 10 銘柄 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 銘柄 アップル サムスン電子 IBM グーグル Visa AT&T フィリップモリス・インターナショナル シェブロン ブリティッシュ・アメリカン・タバコ インテル 国 米国 韓国 米国 米国 米国 米国 米国 米国 英国 米国 セクター IT IT IT IT IT 通信サービス 消費安定 エネルギー 消費安定 IT 騰落率(%) 374.5 134.6 118.5 109.9 93.6 86.7 80.4 77.8 69.8 65.4 注: 2008 年末時価総額上位 200 銘柄対象。 出所: S&P Global Equity Indices、データストリーム、シティグループ証券 米国の特徴として、IT セクターの市場全体に占める時価総額構成比が 18%と、日本の 12%、欧州の 4%と比 較して大きい点にある。世界の時価総額構成比では、米国は、IT セクターでは世界の 68%、ヘルスケアでは 58%を占める。このように、米国は世界最大のハイテク大国なのである。 【グローバル金融市場論演習資料】 世界一のハイテク大国米国の象徴は、アップルである。アップルの時価総額は 3,764 億ドルであり、これは日 本最大のトヨタ自動車の 3.3 倍である。2011 年のアップルの純利益は 259 億ドルであったが、これは、日本 最大の三菱 UFJ フィナンシャル・グループの 3.8 倍である(2011 年 3 月期)。他にも、グーグル、アップル、ク アルコム、アマゾン・ドット・コムなど、世界的なハイテク企業が急成長した。つまり、イメージ以上に米国株が 上昇している最大の理由は、ハイテク産業の高い成長力と収益力にある。 かつては、日本はものづくりに強いと言われたものである。しかし、残念ながら、それは昔話である。医薬品、 コンピュータ、半導体、半導体製造装置、通信機器、航空宇宙などハイテク分野では、米国企業は、現在、圧 倒的に、ものづくりに強い。 ハイテク産業が育つ土壌 米国には、世界的なハイテク企業が続々と誕生する土壌がある。主な要因は、以下の通りである。 1. シリコンバレーなどのハイテク産業クラスターが数多く存在する。 米国では、地方に本社を置くハイテク企業が多い。IT 主要企業のうち、本社がニューヨークにあるのは IBM だ けである。ただし、IBM 本社は郊外にあるため、自然が多い。筆者は、仕事柄、多くの米国のハイテク企業を 訪問したが、全米に幅広く点在するため、網羅的に訪問するのがたいへんであった。米国は、大陸であり、と ても広い。ニューヨークとロサンゼルスの距離は、ロンドンとエジプトのカイロのそれとほぼ同じである。飛行時 間は、東京とシンガポールと同じくらいである。 インテル、グーグル、フェイスブックはシリコンバレー、マイクロソフト、アマゾン・ドット・コムはシアトル、デルは テキサス、クアルコムはサンディエゴ郊外に本社があるなど、米国の大企業は地方にあるものが多い。シアト ルといっても、マイクロソフトは北の郊外、アマゾン・ドット・コムは南の郊外にあって、街中に集中しているわけ でもない。 シリコンバレーは、名門スタンフォード大学に近接している。ヤフー、ヒューレットパッカード(HP)、シスコシステ ムズ、サンマイクロシステムズ、グーグルの創業者は、いずれもスタンフォード大学の卒業生である。しかも、 それらの経営幹部の多くもスタンフォード大学の卒業生である。つまり、シリコンバレーは、スタンフォード大学 を中核とする産業クラスターなのである。 シリコンバレーにあるアップルの広々とした本社ビルは、まるで大学のキャンパスのようである。気候は温暖で、 太陽がさんさんと輝いている。もちろんネクタイをしている人などいない。IT バブル時のヤフーの本社は、屋内 も屋外もすべて紫色(コーポレートカラー)に染められていた(現在は移転)。ヤフーの社長を訪ねたところ、紫 色の野球ボールをお土産にくれた。このように、シリコンバレーの企業は、どこにいっても、遊び感覚一杯の自 由闊達な雰囲気がある。こうでないと、アップルやグーグルのような画期的な発想を生む会社は出てこないの であろう。 【グローバル金融市場論演習資料】 日本でも、京都からユニークなハイテク企業が多く育った。任天堂、村田製作所、京セラ、ローム、日本電産、 ワコールホールディングス、堀場製作所、オムロンなどがその代表例である。伝統文化、進取の気風、京都大 学の科学技術の蓄積が融合した結果である。その意味では、シリコンバレーに近い。しかし、京都の企業は 例外であり、キヤノン、ソニー、日立製作所など大手ハイテク企業の多くは、東京にある。毎日、スーツとネク タイを着けて、満員電車に揺られて長時間通勤し、都心の高層ビルの中で、画期的な発想を生み出すのは容 易でない。 2. ベンチャーキャピタルが積極的に支援する。 米国では、ベンチャービジネスに積極的に投資し、財務的、あるいは経営的に支援するベンチャーキャピタル が数多く存在する。たとえば、グーグルは、創立者ラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンが学生の時に設立したが、 大手ベンチャーキャピタルであるセコイアキャピタルなどが、巨額の出資をした。 米国のハイテク企業の創業者は、必ずしも高学歴ではない。アップルの創業者であるスティーブ・ジョブズはリ ード大学中退、同じくスティーブ・ウォズニアックはカリフォルニア大学バークレー校中退である。マイクロソフト の創業者であるビル・ゲイツ、フェイスブック創業者マーク・ザッカーバーグはいずれもハーバード大学中退、 世界最大のデータベースソフトウェア会社オラクル創業者ラリー・エリソンはイリノイ大学中退である。 経営者の最終学歴は高校卒業であっても、あるいは、学生であっても、ベンチャーキャピタルなどが積極的に 支援してくれるのである。このため、豊富な資金を持ち合わせていなくても、世界的な企業を輩出することがで きる。 3. 政府が積極的に技術開発支援を行う。 歴史的に、米国政府は、米国企業の国際競争力強化のために、積極的な支援を実施してきた。産業政策と いえば、日本の専売特許であるような気がするが、米国でも活発に用いられている。実際、我々の生活の中 で、使われているものは、数多い。 米国の産業政策の中で、最も成功したのは、「情報スーパーハイウェー構想」である。1993 年のクリントン政 権時、ゴア副大統領が提唱した「情報スーパーハイウェー構想」によって、その後の IT 革命を促進した。また、 クリントン政権時代の大きな功績として、ヒトゲノムの解読に関する政府プロジェクトもある。薬品開発がスピ ードアップし、世界の医薬品業界は、ジョンソン・エンド・ジョンソン、ファイザーなど、米国企業が優位にある。 古くは、アポロ計画を通じて、様々な新商品が開発された。たとえば、スキーウェアに使われるゴアテックス(デ ュポン)は、宇宙飛行士の服の技術を応用して開発された。また、宇宙船が地球に帰還し、大気圏に突入する 際に、空気との摩擦で高温になる。高熱から宇宙船を守る素材を応用してテフロンのフライパンが作られた。 そして、偵察写真の精度を上げるために写真フィルム(コダック)の感度を向上させた。アポロ計画から開発さ れた衛星技術を応用して、衛星放送、カーナビが生まれた。 【グローバル金融市場論演習資料】 携帯電話サービスで使われている通信技術 CDMA(符号分割多元接続)は、1960 年代に米国の軍事技術を 民間に転用した技術である。それをクアルコムが実用化したのである。携帯端末のほとんどには、クアルコム の特許を使った技術が使われているはずである。 1987 年に、セマテックが半官半民組織として、半導体技術開発のために設立され、その成功はインテルなど の米国ハイテク企業の成功の原動力となった。現在、実施中の産業政策として、再生・再投資法による次世 代電気自動車支援(リチウムイオン電池、ハイブリッド電気システム、電気モータ)がある。 アップルに見る米国ハイテク産業の復活の要因 こうしたハイテク産業が育ちやすい環境の中、米国では、数多くの世界的なハイテク企業が育った。世界の IT・家電セクター時価総額上位 10 社は、5 位のサムスン電子を除いて、全て米国企業である。 図表 2. 世界の IT・家電時価総額上位 10 銘柄(2011 年末) 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 2011 年末 国 アップル マイクロソフト IBM グーグル サムスン電子 オラクル インテル シスコシステムズ クアルコム Visa 米国 米国 米国 米国 韓国 米国 米国 米国 米国 米国 時価総額 (百万ドル) 376,411 218,380 216,724 209,199 135,280 129,394 123,481 97,196 91,947 69,778 過去 10 年 株価騰落率 3,598.6% -21.6% 52.0% 279.2% 85.7% -22.9% -0.2% 116.6% - 出所: S&P Global Equity Indices、データストリーム、シティグループ証券 その中でも最大の成功例がアップルである。以下、日本企業との比較を交えた上で、アップルの成功の要因 を説明する。その中で、米国のハイテク産業の復活の要因を分析し、米国株上昇の本質に迫りたい。 スティーブ・ジョブズは、1976 年に共同設立者スティーブ・ウォズニアックとともにアップルを創業した。アップル は、パーソナル・コンピューター市場を切り開き、高成長を遂げた。しかし、IBM やマイクロソフトとの競合が強 まり、アップルは長期の低迷期に入った。 ジョブズはいったん退社したが、復帰し、2000 年に最高経営責任者(CEO)に返り咲いた。復帰後、再度、ア ップルの急成長が始まっている。2001 年に発売した iPod、2003 年に開設したオンライン・ミュージックストア の i Tunes、2007 年発売の i Phone、2010 年発売の iPad の成功により、急成長した。 米国企業の場合、過去の主力商品であっても、落ち目になれば、さっさと切り捨てることが多い。たとえば、パ ソコンを開発し、世に送り出した IBM は、パソコン事業を中国のレノボに売却した。そして、アップルも、現在で は、パソコンは主力商品ではない。もちろん、世界最大の写真フィルムメーカーであったコダックのように、それ 【グローバル金融市場論演習資料】 ができずに生き残れない会社もある。しかし、環境の変化に対応できた会社だけが生き残るのが、現在のグ ローバル市場である。割り切りが苦手な日本企業に、是非、見習ってもらいたい戦略である。 アップルの成功は、①高収益を追求するビジネスモデル、②ブルー・オーシャン戦略、③コーポレートブランド 戦略、によるところが大きい(詳細は後述)。これは、他の米国ハイテク企業の多くに共通するものであり、日 本企業にとっても、学ぶべきものが多い。 アップルなどの米国のハイテク企業は、技術力があるだけではなく、金儲けがうまい。アップルやシスコシステ ムズなど、米国製造業の国際競争力は高い。その理由は、米国でものづくりをしていないからである。自らの 得意分野にのみ特化し、不得手な分野については、それが得意な会社に、思い切って丸投げしている。これ が、アウトソーシングであり、すべての生産工程をアウトソーシングすると、それはファブレスとなる。 たとえば、アップルは工場を持たず、iPod や iPhone などを、すべて外部に委託している。ハードウェアの設計 やソフトウェアや付随サービス(音楽配信)が、主たる収益源であって、製造や生産そのものは必ずしも大きな 収益源ではない。 ファブレスとは、日本でいうと、任天堂やユニクロ(ファーストリテイリング)のようなイメージである。一般には名 前をあまり知られていないが、工場で使われるセンサーのトップメーカーであるキーエンスも、典型的なファブ レスメーカーである。キャラクターが世界的に人気のサンリオやセブン&アイ・ホールディングスのプライベート ブランド(セブンプレミアム)も、広義では、この範疇に入る。 さらに、米国企業は、技術の国際標準化戦略に優れている。インテルやマイクロソフトは、その分野で圧倒的 なシェアを持ち、事実上の国際標準(デファクトスタンダード)を形成している。最も付加価値の高い部分はブ ラックボックス化するが、それ以外は可能な限りオープン化し、多くのパートナーを獲得している。インテルやマ イクロソフトは、ウィンテルと言われるほど、緊密な関係にあり、同時に、デルや HP など有力メーカーとも協調 関係にある。 スマホの登場前は、モトローラ、そしてノキアが携帯端末市場において高い市場シェアを維持していた。しかし、 現在では、成長分野のスマホにおいて、アップルとサムスン電子が激しい競争を繰り広げている。その中で、 日本の移動体通信の携帯端末機器市場は、これまでガラパゴス市場といわれて、外国企業が参入できない と言われてきた。しかし、アップルの市場シェアが、日本で大きく上昇しており、2011 年第 4 四半期の出荷台 数ベースで、1 位の 27%を獲得した(出所: IDC ジャパン)。 アップルのブルー・オーシャン戦略 1 アップルは、画期的な新商品を次々に生み出すブルー・オーシャン戦略 の勝者である。ブルー・オーシャン戦 略とは、競争により他社に打ち勝つことではなく、戦いを避け、模倣困難な市場を開拓し、持続的に収益を上 1 ブルー・オーシャン戦略については、W・チャン・キム、レネ・モボルニュ著、有賀裕子訳『ブルー・オーシャン戦略』 (Harvard Business School Press、ランダムハウス講談社、2005 年)参照。 【グローバル金融市場論演習資料】 げていく戦略である。ブルー・オーシャン戦略とは、フランスのビジネススクールINSEADのW・チャン・キム教 授、レネ・モボルニュ教授によって提唱された。 過当競争状態の業界では、製品やサービスのコモディティ化、価格競争、利益率の縮小が加速し、体力勝負 の価格競争に陥っている。ブルー・オーシャン戦略では、この状況をレッド・オーシャンと呼ぶ。つまり、血で血 を洗うような厳しい競争が存在する赤い海なのである。 日本では、液晶テレビ事業が、レッド・オーシャンの典型例である。液晶テレビ事業では、製品の差別化が難 しい。ソニーのテレビも、シャープのテレビも、サムスン電子のテレビも、圧倒的に性能が優れるものはない。と なれば、必然的に価格競争となり、通常、規模の経済のメリットを受けてシェアの高いものが勝つ。製品のコ モディティ化が進み、競争が激しさを増すため、レッド・オーシャンは一段と赤い血潮に染まっていく。 図表 3. ソニー、NTT ドコモ、アップルの時価総額の推移 (10億ドル) 700 アップル 600 ソニー NTT ドコモ 500 400 300 200 100 0 1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002 2004 2006 2008 2010 2012 注:2012 年 11 月末時点。 出所: データストリーム、シティグループ証券 レッド・オーシャンの逆が、競争が存在しない、澄み切った青い海、つまりブルー・オーシャンなのである。ブル ー・オーシャン戦略の特徴は、①競争のない市場空間を開拓する、②競争を避ける、あるいは、競争しない、 ③新しい需要を掘り起こす、ことである。 ブルー・オーシャン戦略は、イノベーション理論を一歩押し進め、バリュー・イノベーションによる新市場開拓を 提唱している。単なる技術のイノベーションと、ブルー・オーシャン戦略におけるバリュー・イノベーションは異な る。バリュー・イノベーションの中核は、無駄なものを省いてコストを下げ、その分、顧客に価値の高いサービ スを提供する点にある。ソニーのウォークマンの場合、録音機能をばっさりなくすことで、軽量化し、かつ価格 が下がる。そして、再生専用に特化することによって、まったく新しい市場を創造したのである。 【グローバル金融市場論演習資料】 アップルは、まったく画期的な商品を開発したわけではない。iPod は、基本コンセプトはウォークマンと同じで あり、テープやディスクを半導体に置き換えたに過ぎない。iPhone の原型は、NTT ドコモが世界に先駆けて開 発したモバイルインターネット「i モード」であり、iPad は、小型のノートブックパソコン(タブレット PC)である。 ただし、アップルの製品の共通点は操作方法がユニークであり、機能性が高いことである。そして、アップルは、 他社が追いつけないスピードで、次々と製品をバージョンアップしている。iPod はウォークマンの進化版である ように、アップルの商品自体は、決して革命的に斬新なものではない。よほど、携帯電話を商用化することに 成功したモトローラや、i モードを開発した NTT ドコモの方が、i Phone よりも大きなイノベーションをつくり出し たと言えよう。しかし、それらはアップルと異なり、次々に商品をバージョンアップすることができなかった。 10 年以上前にブルー・オーシャン戦略の勝者であったソニーと NTT ドコモは、今やレッド・オーシャンの真只 中にいる。一方で、10 年前にパソコンという典型的なレッド・オーシャンで赤字に喘いでいたアップルが、今で は、ブルー・オーシャン戦略の勝者となった。 アップルのコーポレートブランド戦略 アップルは、世界でもトップクラスのコーポレートブランドである。高いブランドイメージを持つことは、差別化の 有力な戦略である。続々と画期的な新商品を出し続けるブルー・オーシャン戦略の成功が、アップルがコーポ レートブランド戦略において成功する重要な要因となっている。 コーポレートブランドとは、何であろうか。たとえば、マクドナルドの店に行って、「マクドナルドをください」と言っ ても、怪訝な顔をされるだけだ。つまり、マクドナルドというのは、商品のブランドではなく、コーポレートブランド である。同様に、カローラやクラウンというプロダクトブランドは存在するが、トヨタ自動車というブランドの乗用 車は存在しない。また、三菱商事という商品は存在しない。 コーポレートブランドは、消費者のみならず、取引先、地域や国家、従業員、そして株主や銀行などの資本提 供者に対して、一定の価値や信頼などを約束するものである。コーポレートブランドを構成する要素として、① 2 ビジョン、②企業文化、③イメージが挙げられる 。一方、プロダクトブランドは消費者に対して一定の価値を約 束するものである。 アップルの場合、iPhone や iPad がプロダクトブランドであり、アップルはコーポレートブランドである。アップル の商品といえば、かつてはマック、現在では、iPod、 iPhone、iPad がすぐに思い浮かぶ。 アップルのブランドイメージは高い。iPhone の新しいバージョンが発売されたら、売り出す前から、客が列を作 るほど人気である。それは、iPod や iPad でも同じである。つまり、中身を見なくても、誰よりも先に買いたくな るようなブランドイメージをアップルは、つくり上げているのである。そのくらい訴求力があるため、アップルが儲 かるのは当然である。 2 メアリー・ジョー・ハッチ、マイケン・シュルツ「コーポレート・ブランドの戦略的価値」、DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビ ュー編集部編・訳『「ブランディング」は組織力である』(ダイヤモンド社、2005 年) 4~5 ページ参照。 【グローバル金融市場論演習資料】 このように、コーポレートブランド戦略において成功すると、顧客のロイヤリティが高まり、価格競争に巻き込ま れにくい。そして、レッド・オーシャンに喘ぐことなく、悠々と青い海を泳げるのである。つまり、ブルー・オーシャ ン戦略とコーポレートブランド戦略は、車の両輪なのである。 コーポレートブランドの尺度として、フォーチュン誌の選ぶ「世界で最も賞賛される会社」ランキングがある。 2012 年のランキングでは、アップルは、2008 年以降 5 年連続 1 位である。各項目の評価の中で、イノベーシ ョンの項目の評価が最も高い。この高いブランドイメージと高い技術が結びつけば、差別化の要因となり、そ の分、価格競争に巻き込まれにくくなる。ちなみに、2 位がグーグル、3 位がアマゾン・ドット・コムである。 このランキングでも、日本企業の凋落が顕著である。トヨタ自動車は、2006 年に、世界 9 位であったが、2012 年には 33 位に下落した(他、ホンダ 50 位)。どこまで、このランキングがビジネスに影響しているのかは定か ではないが、世界最大市場の米国を中心とする評価の一として、認識する必要がある。 社名はたいへん重要 コーポレートブランド戦略の一環として、社名はたいへん重要である。社名には、その会社の理念、哲学、そし て経営者の意思が表れるものである。さて、ここでクイズである。 第1問 ①エイチ・ツー・オーリテイリング、②J.フロントリテイリング、③ファーストリテイリングは、いずれも日本を代表 する小売業である。これらのうち、大丸を傘下に持つ会社はどれか。 第2問 これらのうち百貨店事業が主要事業でない会社はどれか。 第3問 MS&AD、NKSJ は、いずれも日本を代表する会社(持株会社)の名前である。アルファベットの次には、ホー ルディングスなどの名前がつく。ちなみに、NKSJ は業界トップ企業である。MS&AD、NKSJ は何の事業を行 っているのか。 第4問 以下の会社の現在の社名は何か。 東京通信工業、福音商会電機製作所、精機光学工業、東京電気化学工業、日本光学工業 第 1 問の正解は②、第 2 問の正解は③である。 【グローバル金融市場論演習資料】 第 3 問の正解は、損害保険である。NKSJ ホールディングスは、損害保険ジャパンと日本興亜損害保険など が経営統合し、設立した共同持株会社である。MS&AD インシュアランスグループホールディングスは、三井 住友海上火災保険とあいおい同和損害保険などが経営統合したものである。 社名のクイズは、難しい。 “SONY”は、小さいながらも世界に羽ばたくために、誰にでも発音できる世界共通 の商標をと、1955 年に作られた。1958 年に、「ソニーブランドの東通工」と呼ばれた東京通信工業は、社名そ のものをソニーに変更した。福音商会電機製作所は、パイオニアの創業時の社名である。同様に、キヤノンが 精機光学工業、TDK が東京電気化学工業、ニコンが日本光学工業であった。「福音商会電機製作所のカー ナビです」と言われてもぴんと来ない。やはり、パイオニアのカーナビの方が、何となく買いたくなる。このように、 日本では、社名変更で成功した企業は多い。 社名に関して、いくつかの素朴な疑問が湧いてくる。百貨店の顧客層は、立地や百貨店によって異なる面も あるが、一般に、年配の女性客が多い。第 1 問、第 2 問を巣鴨地蔵にお参りに行く年配の女性 100 人に聞い たら、何名が正解できるであろうか。果たして、顧客の立場に立って、ベストであると考えた上で、こうした社名 を決定したのであろうか。そして、一体、どのようなコーポレートブランド戦略に基づいて、社名を決定したので あろうか。 その会社の主力事業の変化に対応して、世界的に著名な企業であっても、社名を変更することがある。最大 の成功例は、アップルである。短くて、覚えやすい。そして、アップルと聞けば、そのロゴが思い浮かび、そして ワクワクする画期的な商品が思い浮かぶ。 アップルは、かつての社名をアップルコンピュータと言った。それは、発祥が、パソコンの開発製造であったか らである。しかし、マイクロソフトとの競争に敗れ、アップルはパソコンの盟主の座を失い、経営危機に陥った。 そこで、主力事業であったパソコンを大きく縮小し、主力事業を iPod、iPhone、iPad にシフトした。アップルに 社名を変え、主力事業をモバイルインターネットにシフトするという決断をしたのが、かつてのアップルコンピュ ータという社名を決め、かつパソコンを主力事業とした創業者スティーブ・ジョブズである。 アップルの成功に関して最も強調したい点は、単に技術が優れるだけではなく、総合的な金儲けの戦略に優 れることである。
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