第10回セミナー講演録 - 日本下水道施設業協会

下水道循環のみち研究会
第 10 回セミナー講演録
講演日:平成22年3月30日
社団法人日本下水道施設業協会
「水輸送をベースとしたビジネスモデルの拡大」
講
師
神尾正彦氏
下水道循環のみち研究会にお招きいただきありがとうございます。本日は、私どもの地球
(野村證券株式会社 金融市場本部金融商品部次長)
宇都正哲氏
(株式会社野村総合研究所 社会システムコンサルティング部上級コンサルタント)
◇◇
神尾正彦氏の話
◇◇
日本 が持つ水とい う資源
このたびは下水道循環のみち研究会にお招きいただき、ありがとうございます。本日は水
の輸送を中心に、世界における水ビジネスの現状や課題、日本の可能性などについてお話し
させていただきたいと思います。
下水道循環のみち研究会 /㈳日本下水道施設業協会| 平成 22 年3月
私はもともと石油やベースメタルの取引を専門としてきましたが、一時赴任したシンガポ
ールでの経験を経て、トレーディングの対象としての水に深い関心を持つようになりました。
ご案内の通り、シンガポールは慢性的に水不足に悩む国です。現在は隣国マレーシアから水
を引っ張ってきて飲み水に充てているのですが、国家の安全保障上のリスクを考えると、私
にはこの政策が理解できませんでした。つまり、マレーシア側から水の供給を止められたら
どうするつもりなのかと、そんな疑問を持ったのです。そこで、現地の人たちにその疑問を
ぶつけて議論するうちに、自然と世界の水事情に目が向くようになったわけです。
日本と異なる海外の水事情に触れる中で、私は水に対する見方が変わりました。これまで
資源に恵まれないといわれてきた日本ですが、実は水という資源に恵まれているではないか
と気付かされたのです。そこで帰国後、真っ先に取り組んだのが「水の輸送」でした。水を
資源として世界に売り込もうと、野村グループをあげての研究がスタートしました。
一方、期を同じくして昨年 12 月 15 日、国土交通省と下水道グローバルセンターが中心と
なり「下水処理水のバラスト水活用検討会」が立ち上げ
られました。ここでは海上輸送に使われるバラスト水
(次頁解説参照)に着目し、下水処理水を船のバラスト
水として運ぶ議論がスタートしました。
水とひとくちに申しましても、日本における管理は複
雑です。例えば、空にある時は気象庁の管轄、雨になっ
て地上に降りると国土交通省の管轄になったり、経済産
業省の管轄になったりします。
神尾正彦氏
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ただ、水を資源としてグローバルに扱おうとする以上、こうした複雑さは足枷になる恐れ
があります。そこで、昨年1月に設立されたのが「水の安全保障戦略機構」です。ここでは
国や地方自治体に加え、私どもを含む民間企業が一体となって、水関連ビジネスや技術開発
の今後のあり方などを話し合っております。
今や、水ビジネスの市場規模は 100 兆円とも 200 兆円ともいわれております。そしてその
ほとんどがオペレーションとファイナンスであります。本日お集まりの皆さまに今さら申し
上げるまでもないのですが、日本には優れた技術がたくさんあります。これにファイナンス
を加えてパッケージ化すれば、ヴェオリアやスエズといった世界的企業とも対等に戦えるは
ずです。
その突破口として、まずは水そのものを海外に持っていってみようというのが、今日、我
が国で行われている議論です。野村證券、野村総研、三菱東京 UFJ 銀行では目下、水ファイ
ナンスチームをつくって検討を進めておりますが、その中では、水の技術をお持ちの企業と
我々ファイナンス専門集団との連携・融合により、技術とファイナンスのインターセクショ
ン、つまり数学でいうところの「交わり」をつくることを前提に話し合っているところです。
そして、優れた技術を持ち、かつファイナンスも分かるという、両方の知識を併せ持った人
材の育成なども見据えております。
海外でのビジネスを考えた場合、「ジャパンプレミアムをいかにつくるか」が重要です。
日本は現在、中東から石油、オーストラリアから石炭を買っていますが、これまでのように
ただ買うというだけでは、いつまでたっても良い条件で手に入るようにはなりません。反対
に、石油と引き換えになるくらいの資源を日本が持てば、取引の交渉も有利に運ぶことがで
きるはずです。その戦略物資として、我々は水に大きな可能性を見ているのです。
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バラスト水とは?
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バラスト(ballast)とは、底荷の意味。荷を積んでいない船の航行を安定させるため、荷
の代わりになるものとして、おもに海水を積み込む。これをバラスト水という。荷を降ろ
すと同時にバラスト水を積み、荷を載せる際に捨てられる。国際海事機構(IMO)の調べ
によると、世界中で使われるバラスト水の量は年間約百億トンに達するとのこと。ただ、
出航時に積んだ海水が目的地の港で捨てられるため、環境上、様々な問題が生じている。
具体的には、汲み上げた海水中の生物が本来の生息地でない環境に放り出されるため、外
来種による生態系撹乱の問題がある。また、養殖魚類への影響、細菌のまん延、有害プラ
ンクトンによる貝毒の発生等も指摘されている。このような背景から、バラスト水を必要
としない新たな船舶の開発のほか、バラスト水中の生物処理技術の開発、バラスト水に対
する規制導入等の動きが世界各地で強まり、2004 年 2 月には「船舶のバラスト水及び沈
殿物の規制及び管理のための国際条約」(バラスト水規制条約)が採択されるに至った。
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水を 戦略物資とし て利用する
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特に、世界では今後ますます水を必要とする国が出てまいります。例えば中国やインドの
ように、国民の所得が上がればより良い生活をしたいと思うのは当然のことでして、車を持
ちたい、家を持ちたいということになります。車を持てば当然、洗車をしなければなりませ
んし、庭付きの家を購入すれば庭の手入れに水を使うといった具合に、水の使用量そのもの
が増えていくわけです。それに加え、人口増加の問題もありますので、世界的に見ると水不
足の問題は一層拡大していくものと予測されます。
他方、人口の減少に歯止めがかからないのが今の日本です。その対応が近年の国策の柱に
もなっているわけですが、ただ、水の量の観点からすると、国内での需要の減少が海外に持
ち出せる水の量を大きくする側面があります。つまり、皮肉なことではありますが、人口減
少が進めば進むほど、水の戦略物資としての融通性は拡大するといえるのです。
ただしその場合でも、単に水を売るというだけではビジネスとしての魅力はあまりありま
せん。ではどうすればよいかということですが、例えば農業ビジネスや排出権取引ビジネス
にリンクさせること、あるいはインデックス・ビジネスとして金融市場で取り扱うことなど
が考えられます(図1参照)。
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ここでは上記3つのビジネス形態について少し詳しくお話ししたいと思います。まず、農
業ビジネスについてですが、例えば中東での展開をイメージしてみましょう。中東ではこれ
まで、水を地下から汲み上げて農業利用してきた経緯があります。ところが地下水もこのと
ころ枯渇気味であり、農業にまで回らなくなってきています。そこで、日本から処理水を持
っていくのですが、ただ水だけを売るのではなく、現地に農作物の生産プラント(工場)を
建て、同時に日本の農業技術や種の技術を移転させてはどうかと思うのです。もちろん、種
の技術は自治体の管理下に置かれていますので、勝手に持ち出すことはできません。そこで、
種の知的財産部分を自治体に還流させる仕組みを構築したらどうかと考えています。具体的
には、地方債を利用する方法が良いのではないでしょうか。この場合、債券を海外の人たち
に買ってもらうのですが、今の地方債のように1%程度の利回りではおそらく納得してもら
えないでしょう。そこで、栽培した農作物の売れ行きによって利回りが変動する「変動型商
品」にするのが1つの方法です。これならば、投資家にとっても魅力があり、注目されるの
ではないかと思います。実際、長野県のシナノゴールド(りんごの品種)のように、債券と
いう形ではないものの、生産・販売許可を海外(フランス、イタリア、ベルギー)の法人に
与え、ライセンスフィーを得ているケースもあります。こうした仕組みを実現することで自
治体の財政にも貢献できますし、また、地元農産品のブランド力の向上も期待できるのです。
私自身、実際にこうしたプラントを視察したことがありますが、大きなメリットは、屋内
での農作業のため、雨風が防げるというこ
とです。つまり生産計画を妨げる不安定な
要因を排除でき、労働環境が安定し、工程
管理がやりやすくなるのです。また、いわ
ゆる“力仕事”がほとんどなく、女性だけ
でも十分に操業できる点も魅力です。今ま
では担い手になり得なかった人たちを取り
込み、雇用機会を一気に拡大できるメリッ
トもあります。
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ちなみに、参考までに申し上げますと、さきほども少し触れましたように、日本の種業に
おいては種の技術は自治体の管理下にあり、県外に持ち出すことが禁じられております。な
ぜなら他県で同じものを生産されれば単価の下落が懸念されるからです。ではなぜ、シナノ
ゴールドはヨーロッパに技術提供されたのでしょうか。それは、さすがに提供先がヨーロッ
パならば日本の市場を汚さずに済むだろうという判断があったのだと思います。つまり、海
外との取引であれば、種業の技術移転も十分可能性があるということです。
水の 技術で排出権 を得る
一方、水輸送を排出権ビジネスに絡ませるのがもう1つのアイデアです。ご案内の通り、
日本政府は CO2 の 25%カットという高い目標を打ち出しており、この達成に向けて国や自治
体、企業、国民それぞれに対し、削減努力を求めております。そうした中、例えば大手電力
会社などは何をしているかというと、巨額を投じて排出権を海外から購入しているケースが
多いわけです。これはなにも民間に限ったことではなく国も同様でして、記憶に新しいとこ
ろでは昨年3月、京都議定書に定められた温室効果ガス削減目標の達成のため、ウクライナ
から 3000 万トンの排出枠を購入する契約を結んでおります。それも非常に高い金額を積ん
でいるはずですが、それは本をただせば、我々が納めた税金です。
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こうしたお金で排出権を買う行為が今後も続くようですと、毎年2兆円もの税金が排出権
購入のために使われる計算になります。これは現在の国の台所事情を考えると到底続けられ
るものではありませんので、今後はお金ではなく、技術を海外に持っていって排出権に換え
るやり方に転換していかなければなりません。その有力な候補に水技術を挙げることができ
るのです。
ここで1つ参考になる話がありますのでご紹介しておきますと、中東では現在、海水淡水
化プラント(以下、海淡プラント)が水資源を生み出す施設として欠かせない存在になって
おります。ところが、この海淡プラントはかなりのエネルギーを消費し、その代わりに多量
の CO2 を排出します。その問題が取り沙汰される中で、実はアブダビは地球温暖化に配慮し、
ゼロエミッション都市をつくる「マスダール計画」なる構想を発表しています。これは、都
市のすべての機能を再生エネルギーで賄うという壮大な計画で、2006 年にスタートしまし
た。
こうした中東の動きを背景に、我々はバラストタンクで処理水を中東に運び、それを使っ
てもらうことで海淡プラントの稼動を抑制し、それによる CO2 の削減分を排出権として得る
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スキーム(図2参照)を考え、実際、中東のある国と交渉をスタートさせております。
また、水の輸送に併せて技術を同時に持ち込む方向で検討を進めております。例えば、野
村グループはウクライナからAAU(国連気候変動枠組条約の附属書I国に対する排出枠の
初期割当量)の優先販売権を3億トンほど取得しているのですが、その運用に当たり、日本
の優れた技術をウクライナに移転することを検討中です。そのスキームはといいますと、ま
ず、我々が持っている優先販売権を利用してAAUを日本の電力会社などに販売します。従
来ですと、その販売で得たお金をそのままウクライナに還流させてしまうのですが、そうで
はなく、お金はいったん国内の高い技術を有する企業にお預けし、その見返りとしてプラン
トや設備等の技術をウクライナにお返しするというものです。日本には世界でもトップレベ
ルの技術がたくさんありますので、必ず同国でも受け入れられると思いますし、それが実現
すれば関連施設のオペレーションにも日本の企業が入っていけるなど、ビジネス機会も増え
るのではないかと考えております。
◇◇
宇都正哲氏の話
◇◇
リス クヘッジに応 える水インデ ックス
次に、3つ目の切り口として挙げたインデックス・ビジネスですが、そもそも水ビジネス
が成り立つ源泉は何かというと、地球規模の人口爆発にあります。世界中で人口が急激に増
え、経済が発展していく中で起こる問題の1つとして水不足があるわけで、そうした背景に
よる水需要の高まりが今の水ビジネスの機会を生んでいるともいえます。
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そう考えるともはや水は資源であり、世界中で石油や金などと同じようにナチュラルリソ
ースとして捉えられ、今後、コモディティ化(商品ごとの品質の差をなくすこと)も進んで
いくものと考えられます。また、そこにインデックス(市場動向を表す指標)、つまりは金
融商品としてのマーケットが形成されつつあるのが今の世界の流れでございます。
例えば石油や鋼材などはすでに取引の場が立っていますが、そこでは日々、プライスの変
動が見られます。プライスが変動するということは、金融機関のトレーディングに携わる立
場の人間からすると、金融商品として非常に魅力があるということでございます。今朝も鋼
材の値上げ交渉の記事が出ていましたが、鋼材が高くなれば当然自動車の価格も上がるとい
ったように、ナチュラルリソースの高騰は、最終的には一般市民の生活に強く影響を及ぼし
ます。当然、そこにはリスクをヘッジしたいというニーズが出てまいりますので、そうした
場合にデリバティブという商品が利用されます。
デリバティブは簡単にいいますと、ドル・ユーロ・円
の中での先物取引によって、この先、確率的に発生する
リスクを分散させる仕組みです。市場規模は実物の取引
の数百倍、数千倍ともいわれており、兆円規模を超えて、
京(けい)の単位になるといわれます。
このような金融市場の観点から水を捉えてインデック
スを作り、リスクヘッジのための商品にしようというの
が私たちの考え方です。この場合、水インデックスは、
宇都正哲氏
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必ずしも現実に取引される水を指すというものではありません。取引に必要な水質基準を提
供して換算の根拠にするというやり方で、水を先物取引する際の決算への利用、あるいは、
水の現物取引の価格変動をヘッジするための金融商品の開発などに利用します。
水の取引は海外の一部ではすでに始まっており、その本格的な市場を日本に創設したいと
いう思いがあります。ちなみに現在、コモディティに関するインデックスは数多く出ており
ますが、その中でやはりデファクト・スタンダード(市場の事実上の標準)を握ることがと
ても重要です。例えば皆さま方もよくご存じの日経 225 というインデックスがあります。こ
のインデックスも当初、数あるインデックスうちの1つに過ぎませんでした。それが徐々に
影響力を発揮し、現在では日本経済のベンチマークとして機能しているわけです。そのよう
な存在にならなければなりません。
世界の動きを追いかけ、世界の基準に従うのが従来の日本の姿でしたが、そうではなく、
デファクト・スタンダードを握るために日本が先陣を切って動き、日本国内に世界的な水取
引市場を創設することが重要になってくるのです。
以上、具体的なビジネスモデルを3つお話ししましたが、これらを実現できるか否か、ポ
イントは水輸送の実現にあるといえます。そのためのインフラができなければビジネスは始
まりません。逆に、世界に先駆けて水輸送の具体的なモデルを示すことができれば、農業利
用や排出権取引に限らず、様々な掛け算によってビジネスのチャンスは拡がっていくはずで
す。
最後に、水取引および水輸送の事例をいくつかご紹介しておきたいと思います。
1つは、イスラエルのケースです。同国はトルコから水を輸入していますが、よくよく調
べてみると、実は自国に海淡プラントを保有していまして、その稼動にかかるコストよりも
高いお金をわざわざ水の輸入に支払っています。普通に考えますと、国家安全保障上、水を
他国から持ち込むことについては非常に高いリスクが付いてまわります。それなのになぜト
ルコから買っているのでしょうか。それは、新冷戦ともいわれる政治的緊張感を背景にした
両国の思惑があるからです。つまり、イスラエルにとってトルコはイスラム大国であり、ま
た、NATOの加盟国でもあります。イスラエルの国家安全保障を考えた場合、トルコとの
長期的かつ安定的な関係を築くことが重要との政治的判断があったのだと思われます。そう
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政治 的・戦略的に 行われる世界 の水取引
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した国家の安全・安心を、水の取引を通して手に入れているというわけです。
このように、世界では資源バーターは当たり前のように行われております。この考え方は
日本も見習わなければなりません。よく「日本にはバーター資源がない」といわれるのです
が、それは誤りです。水は世界が欲しがる資源ですから、それを戦略物資として活用する手
立てを考えればよいのです。
それから、米国アラスカ州発の取り組みとして、同国西海岸・東海岸、中近東、アジア圏
への水供給計画というものがあります。アラスカ州のシトカは推定人口 9000 人ほどの市郡
ですが、製紙工場の移転に伴い、大量の余剰水を抱えることになりました。そこで、余った
水を「S2C Global System」という会社が購入し、湾岸諸国に送水する計画が立てられたの
です。その輸送方法は明かされていませんが、おそらく水輸送の専用船か、あるいはパック
詰めによるコンテナ船での輸送になるのではないかと推測されます。このように大掛かりな
水輸送計画がアラスカで進行しております。
一方、カリフォルニア州では 1991 年に発生した大規模な渇水の経験から、水リスクを軽
減する対策としてカリフォルニア渇水銀行による水の取引制度が確立されています。これは、
州政府が水利用に余裕のある個人や団体などから水を買い取り、重要度の高い主体に賃貸借
あるいは売却するというものです。州政府はニーズの中でも危急の需要を優先するとしてお
り、具体的には必要量の 75%に届かない工業用水・生活用水、水が不足している高価格農
産物向けの農業用水、動植物保護用水などに優先的に割り当てているようです。また、価格
は買い取りが 1000 ㎥当たり 100 ドル、売却価格が同 140 ドルで、水の輸送にはSWP
(State Water Project:州政府管理下の給水システム)が利用されております。
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もう1つ有名なところでは、オーストラリアで行われている灌漑用水取引があります。こ
れは、同国最大の流域、マレー・ダーリング流域の用水取引にマーケットメカニズムを組み
込んだものです。同国では水資源の管理や利用は州政府に委ねられており、各州の法律で規
制されてきましたが、水使用の効率化や環境保護のためには国で統一されたアプローチが必
要 と の 認 識 が 広 ま り 、 2004 年 、 国 家 水 イ ニ シ ア テ ィ ブ ( N W I : National Water
Initiative)が策定されました。この中で、水利権が改めて整理され、水市場における取引
の障壁の排除などが進められたのです。もちろん、水をすべて市場で取引できるわけではあ
りません。農業利用を中心とした水利権に基づく固定配分を除き、流域全体量の約1割の水
がマーケットにのせられています。
取引形態には大きく2種類があります。1つは、水利権そのものを取引するもの。もう1
つが、一時的に水を融通し合うものです。水利権
の取引は、耕作から牧羊、牧羊から酪農へといっ
た具合に、異なる事業(主体)間で行われるのが
一般的でして、一方の水割当取引は同一の灌漑系
の農家間で行われるケースが多いのが特徴です。
価格は、水利権取引が 1000 ㎥当たり 371.67~
427.75 オーストラリア・ドルで推移し、水割当取
引のケースでは同 15.33~37.68 オーストラリ
ア・ドルの範囲での変動が見られます。ちなみに、
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価格は旱魃(渇水)年に上昇する傾向が顕著ですが、取引する水の量については、必ずしも
旱魃時に増えるわけではなさそうです。ただし、水利権の取引は旱魃年のほうが活発になる
傾向がありまして、用水需要が逼迫するほど取引価格の幅が開く傾向も窺えます。
以上が、世界における水取引および水輸送の事例です。いずれのケースも各国の事情を反
映させ、水を単に移動させるだけでなく、政治や経済の安定のために戦略物資として使って
いる状況が見て取れます。
意識 改革と掛け算 の発想
本日は水輸送をベースとしたビジネスモデルの拡大についてお話をさせていただきました。
すべては水を資源として捉える意識改革から始まります。そして、その水資源を海外に輸送
し、農業利用や排出権取引などと掛け算をしてビジネスの価値を上げるという発想ですが、
本日お話ししたプラン以外にも様々な掛け算のアイデアがあろうかと思います。私は最近い
ろんな方に水輸送の話をさせていただくのですが、日本にはまだまだアイデアキラーの方も
多く、すんなりと受け入れていただけない向きがあります。けれど、現状のままでは、やが
て日本が世界経済から取り残されていく日もそう遠くはありません。そうならないよう、新
たな道を切り拓くチャレンジの精神が必要ではないでしょうか。
本日のセミナーにお声掛けいただいたご縁を大切にし、今後、皆さまからご意見やご指導
を賜りながら、微力ではありますが水ビジネスの発展に尽くしてまいりたいと思います。
講師プロフィール
神尾正彦(かみお・まさひこ)。株式会社野村総合研究所入社後、組織改正により野村證券に転籍。コモデ
ィティ・デリバティブ、排出権、自然災害の証券化等を担当し、現在に至る。
宇都正哲(うと・まさあき)。博士(工学)。株式会社野村総合研究所入社後、都市政策、不動産開発事
業、不動産金融、インフラ関連事業、水ビジネスなどに関する調査研究やコンサルティングを担当。
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本日はご清聴いただきありがとうございました。
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【質疑応答】
Q 現状はバラスト水としての輸送を検討中とのことでしたが、一度に輸送できる量を考え
た場合、バラストタンクに収まる量だけでビジネスとして成り立つのでしょうか。また、製
造コストや品質等を踏まえまして、運ぶ水は水道水のほうが良いのか、再生水のほうがよい
のかについてもお考えをお聞かせください。
A バラストタンクで輸送する発想の原点には2つのポイントがあります。1つは、水を輸
送するために新たなCO2を排出しないこと。もう1つは、船賃をできるだけ安価に抑える
ということです。以上2つの視点から、まずはバラスト水を実際に輸送してみようというこ
とになったのです。もちろん、今後の相手国の求め次第ではエンドプライスが高くなります
ので、そうした場合には専用船で運ぶといった選択肢も出てこようかと思います。要は、水
の加工度合いによって大きく変動するプライスに応じ、輸送手段を変えることが大切です。
また、2点目のご質問ですが、飲み水の場合には、国と国との安全保障上の問題が立ちは
だかります。例えば、お隣の中国に水の輸送を持ちかけると仮定した場合、それを中国が受
け入れるか否は、単に水質の問題だけではありません。むしろ、中国が日本という国を信頼
するかという問題ですので、そういう意味では、二国間協定を結べるか否かがまず重要なポ
イントです。当然、工業用水として使う場合などでも、「輸送が途絶えることなく安定的に
運べるのか」ということが厳しく問われることになろうかと思います。
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農業用水として使う場合には、エンドプライスが安いので、水道水を持っていったのでは
まず採算を取ることは難しいでしょう。ですから再生水を輸送することになりますが、それ
でも問題は残っていて、例えば中東のケースでは大腸菌類はゼロであることが要求されます。
これが 1 点と、さらにバクテリアや抗生剤なども確実に除去することが求められます。これ
らの点をクリアしなければなりません。
Q さきほど水のエンドプライスは変動するというお話がありましたが、どうせ売るのなら
付加価値が高い水のほうがよいのではないかと率直に思うのですが、いかがでしょうか。
A 私もその通りだと思います。ただ、段階的な準備も必要です。実は、2007 年に工業用
水を輸送しようとして某国と交渉を進めていた折、同国のメディアにすっぱ抜かれて破談に
なった苦い経験があります。その際に私どもが感じたのは、現地では「日本の水がそんなに
きれいだとは思われていない」ということでした。ですから、付加価値の高い水を持ってい
くというのは確かに最終目標ではありますけれども、その前に、日本の水のことを正しく理
解してもらうことが先決です。その意識変化を促す期間が必要だと考えております。
(この講演は平成 22 年3月 30 日、馬事畜産会館の会議室で行われました)
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