第1回セミナー講演録 - 日本下水道施設業協会

「地球規模の気候変動と下水道」
講演:藤木
修氏
(国土交通省国土技術政策総合研究所
下水道研究部長)
建築やオフィスビルにも対策強化の動き
今後、排出量を 14%近くカットしなければ
本日は、「地球規模の気候変動と下水
道」のテーマでお話をさせていただきます。 ならない計算になります。
ま ず 、 昨 年 10 月 に 発 行 さ れ た
「 water21 」 ( International Water
Association 発行)の表紙(写真)をご覧く
ださい。同誌の見出しに踊っている
“climate change”の文字は、気候変動を
意味するもので、今、ヨーロッパではこの
問題がしきりに議論されております。新聞
報道によりますと、EU 環境相会議は先ごろ、
EU 加盟国における水不足の問題に対し、各
国が協力し合うことを確認したそうですが、
その伏線として、今春まとめられた climate
change の adaptation(対応策)を問題提起
したグリーンペーパーの存在があります。
この中では、とりわけ水問題がクローズア
ップされており、特に水不足(南ヨーロッ
パで深刻)と洪水への対応が急務とされて
おります。
日本が排出する温室効果ガスの中で最も
大きな伸びを示しているのがエネルギー起
源の二酸化炭素排出量であります。とりわ
け、民間企業等の業務やそれに関連する部
門、および、家庭部門で 40%前後の増加が
確認されており、一方、運輸部門も約 18%
の増加を示しております。このようなこと
から、国土交通省は運輸関連だけでなく、
建築、あるいはオフィスビルなどに対する
対策の強化についても検討し始めたところ
です。
こうした動きからも窺えるように、気候
変動はもはや国レベルの問題ではありませ
ん。地域レベル、地球レベルの問題として
捉えられております。そうした中、2008 年
にはいよいよ、京都議定書に対する世界各
国の取り組みの具体的な評価が始まります。
ご存知の方も多いかと思いますが、わが国
の温室効果ガスの排出量は減るどころか、
むしろ基準年に対して 7.8%も増加(2005
年度実績。CO2 換算)しており、京都議定書
で約束した6%の削減を達成するためには、
~3~
(社)日本下水道施設業協会
との根拠を示すことが大事で、省エネは
「地球環境のため」だけに行うのではなく、
さて、下水処理場における温室効果ガス
維持管理費を減らすことができる分、事業
の発生状況とその対策についてですが、ま
主体自らも楽になるのだというアプローチ
ず、メタン(CH4)と一酸化二窒素(N2O)は
が有効です。例えば、国土交通省「資源の
いずれも、基準年において国内全体の温室
みち委員会」がまとめた資料によりますと、
効果ガス排出量の 2.6%に相当する量を占め
約5万 m3/日の下水処理場に超微細気泡装
ており、これらのガスは、下水道からも排
置を導入してブロアの消費電力を 20%削減
出されております。このうち、メタンは水
した場合、電気代は年間約 1800 万円安くな
処理における排出特性の把握と対策技術の
るという試算が行われています。あるいは、
開発が削減のカギになるわけですが、今の
処理水量 8.6 万 m3/日の某下水処理場をモ
ところ、これといった決め手が見つかって
デルケースとした試算では、流動床焼却炉
いないのが実情です。
の燃焼温度の最適化などによって燃料消費
一方、一酸化二窒素のほうは、皆様もご
量を約 16%カットすると、燃料代は年間約
存知の通り、汚泥焼却炉のフリーボード温
600 万円削減できる計算になると報告されて
度を 800℃から 850℃に上げることによって、 います。
大幅な削減を見込むことができます。つま
このように、全国的に下水道事業者の経
り、有効な手法が明らかになっているわけ
営改善が課題となる中、温室効果ガスの抑
です。そのことに加え、下水汚泥焼却量が
制効果と併せ、経済的に得られるメリット
今後とも増加する見込みであることや、さ
を分かりやすく示すことが国の役割として
らには、下水汚泥中の窒素含有率が他の廃
大きいのです。現在、すでに具体的な方策
棄物に比べて大きいなどの理由から、下水
の検討も進んでおり、例えば、処理場設備
道分野では同対策が温室効果ガスの削減を
を省エネタイプのものに換える場合、耐用
進める上で柱になると認識されつつあるよ
年数を迎えていなくてもこれを認める制度
うです。
や、あるいは各製品に対する省エネ性能を
二酸化炭素は、下水処理場における水処
評価し、広く公開する制度などが俎上に載
理・汚泥処理等の省エネルギー化の促進が
っております。
有効な手段と考えられますが、この場合、
事業主体に対して取り組みを要請するだけ
では着実な促進を図ることは難しいでしょ
う。やはり、「省エネを進めるほうが得」
経済的メリットの明示を
~4~
(社)日本下水道施設業協会
ODAにおけるCDM事業に注目
さて、このところ温室効果ガスの削減に
向けた日本政府や企業の動きが騒がしくな
ってまいりました。具体的な事例を挙げま
すと、ODA(政府開発援助)と ※1 CDM
(クリーン開発メカニズム)を組み合わせ
た事業(風力発電施設)がエジプトで始ま
ったことがその1つです。従来、CDMは
民間企業同士でクレジットをやり取りする
ことを想定したものであり、ODAに適用
できるものではありませんでした( ※2 マラ
ケシュ合意)。しかし、日本のようにOD
A事業に巨額を投じる国からの強い要望を
踏まえ、ルールが若干見直され(2004 年、
OECD開発援助委員会)、ODAを提供
する国がそのまま排出権を得るのではなく、
同国の企業が購入するとの条件付きでこれ
が認められたのです。エジプトの案件は、
ODA事業で発生したクレジットを、日本
企業が初めて手にするケースとなりそうで
す。また、8月 21 日には、日本が中国に対
し、「排出権獲得をめざした新たな環境協
力を提案する」との報道がなされました。
ご案内の通り、中国に対する新規のODA
事業は来年度で終わりますが、2000 年から
の累計で約3兆 3000 億円にのぼる同国向け
事業の中には、多くの温暖化対策事業が見
受けられます。そうしたことから、日本は
今後、環境協力の切り口から、CDM事業
となりうるプロジェクトの掘り起こしを始
めようとしているわけです。
もちろん、日本で普及した技術が開発途
上国でそのまま通用するとは限りません。
が、そもそも、下水道は環境案件の筆頭で
需要が多く、コストもそれなりにかかりま
す。したがって、中国のように「ODAは
もういらない」という国でさえ、環境案件
を続けるケースは見られるのです。今回、
エジプトや中国で日本がとった行動は、開
発途上国を経済的・技術的に援助するだけ
でなく、そのことが「日本のためにもな
る」という新しいスタイルを築く足掛かり
として、高く評価することができます。
一方、9月にはこんな報道もありました。
「日本企業による海外からの CO2 排出権の獲
得が進み、すでに必要削減量の半分の取得
が済んでいる」というものです。先述した
ように6%の削減が国内の努力だけでは難
しいとされる中、国内の主要企業は、その
社会的責務と将来的展望に基づき、独自の
戦略を進めているようです。
改めて公衆衛生問題の議論が必要
日本はこれまで、どちらかというと温室
効果ガスの削減(ミティゲーション)に比
重を置いてきました。しかし、これからは
ミティゲーションだけでなく、アダプテー
ションも大事になります。アダプテーショ
ンとは何かと申しますと、適用策をしっか
り準備するということです。つまり、温室
効果ガスを努力して削減しても、所詮、
「昔の気候に戻るわけではない」との見方
が支配的な中、如何様に気候が変わろうが、
それに順応する体力をつけておこうという
ものです。そして、日本において、それを
先導する役割を担うのが国土交通省だと言
えます。
気候変動の影響を具体的にシミュレーシ
ョンしますと、自然環境への影響として生
態系の破壊や海面上昇に伴う沿岸域の水没、
そして降雨量の増大等が考えられます。そ
れを踏まえて人間社会への影響を見ていき
ますと、農業、林業、漁獲量等への影響の
ほか、エネルギー需要の増大、国土の安全
性の揺らぎ、健康被害への懸念などが考え
られます。この中で、世界的にとりわけ大
きな関心が寄せられているのが健康被害で
して、例えば感染症や熱波といった問題が
取り沙汰されています。例えば、西ナイル
熱は蚊によって媒介されますが、近年は、
日本の蚊もその媒介力を持つことが分かっ
~5~
(社)日本下水道施設業協会
てきました。つまり、日本も決して安心し
てはいられないのです。
質疑応答
近年、下水道の普及率が上がり、市民の
生活環境が劇的に改善された反面、そのこ
とによって公衆衛生問題が忘れ去られかね
ない事態に、私は強い懸念を感じずにはい
られません。先に述べたような理由から、
私たちはここでもう一度、公衆衛生問題と
向き合い、真摯に議論し直さなければなら
ないと考えています。そして、例えば病原
性微生物の分析や新たな対策に関する研究
開発とそれに基づく政策研究を進め、結果
として民間の仕事が増えるような施策展開
について、国は具体的な支援を検討する時
期に来ています。そうした議論はすでに始
まっていて、来年度くらいには本格的な研
究開発プロジェクトが立ち上がるかもしれ
ません。
Q.基準年に比べて2005年度実績で7%以
上、温室効果ガスの排出量が増えていると
いうご説明でしたが、そうした状況を踏ま
え、今後はどのようなエネルギーを開発し、
利用していくべきだとお考えですか。また、
下水処理場は電気をたくさん消費しますが、
これを軽減する技術(あるいはシステム)
としてどのようなものが出てくると予測さ
れますか。
本日はご清聴いただき、ありがとうござ
いました。
ションが重要とのお話がありましたが、そ
の具体的なアダプテーションの例を教えて
ください。
A.はじめの質問については、国総研だけ
でなく、財界や政府にも良いアイデアは無
いようです。もちろん、間接的な対応(経
済措置)として環境税の導入といった議論
もありますが、理屈で考えることと現実問
題とでは、得てして開きがあるものです。
さきほど、国内主要企業が海外から排出権
を買い進めていることを申しましたが、こ
れは、言わば企業の自己防衛策であり、も
アダプテーションの議論が急がれる
はや国のリーダーシップなど、どこも期待
最後に余談ですが、2005 年8月にハリケ
していないのではないかとさえ感じられま
ーン・カトリーナがアメリカを直撃した際、
す。
あれだけの水害があったにも関わらず、そ
それから、下水道の分野についてですが、
の後、大きな感染症等の報告はありません
消費電力量をさらに軽減する新しいシステ
でした。どのような対策がとられたのか正
ムについて何か良いアイデアがあるかとい
確には分かりませんが、ただ、あの時、水
うと、国総研でも研究を進めてはいるもの
に浸かった地域を軍用機がまわり、一面に
の、現時点でこれといった決め手はござい
殺虫剤を散布していたことを今でも記憶し
ません。この点については、むしろ施設業
ております。もしかしたら、それが功を奏
協会の会員の皆さまのほうからご提案をい
したのかもしれません。
ただければ、と考えています。一方で、国
いずれにしましても、アメリカが行った
としては、そうした新しい技術が考案され、
ようなソフト対策を、日本もまた日本の状
実現されようとしていることが報われるよ
況に照らして導入していかなければなりま
うな制度設計を実現できるよう、努めてま
せん。そして、あらゆるケースを想定した
いりたいと存じます。
公衆衛生維持のための施策展開を、気候変
動の予測等を踏まえ、議論していきたいも
のです。
Q.ミティゲーションに加えてアダプテー
~6~
(社)日本下水道施設業協会
A.下水道で言えば、下水処理水の再利用
が挙げられます。アメリカでは下水再生水
の活用がかなり進んでいて、2006 年に 6.76
億ドルの市場規模だったものが、2013 年に
は 13 億ドルに急成長するだろうと予測され
ています。つまり、完全にビジネスの世界
に入っているわけです。日本がそういうス
テージに至るかどうかは分かりませんが、
世界的(特にアメリカやヨーロッパ)には
下水処理水への関心は高まる傾向にありま
す。
ないと思います。あえて割り切った考え方
をすれば、例えば、先述した MBR はエネル
ギー消費量を増大させるけれども、その増
加分は全体の中で見ると微々たるもので、
むしろアダプテーションのためにそれだけ
のエネルギーをかけるほうが得策と考える
こともできるわけです。先ほども申しまし
たように、私は MBR がヨーロッパでなぜ普
及しているのか分かりませんが、しかし、
どのような分野においても、ニーズがあっ
て売れる現象とは別に、国が政策的に導入
を進めるケースがあるわけです。ですから、
それから、個人的には、メンブレン・バ
日本ももっと政策的な意図を持って、MBR の
イオリアクター(膜分離活性汚泥法。以下、
ような技術を普及させるべきだという意見
MBR)のヨーロッパでの普及が進んでいるこ
が一方ではあるようです。それも、至極当
とに深く関心を持っております。普及して
然なことと感じております。
いる理由についてはよく分からないのです
が、同技術のヨーロッパ基準をつくる動き
いずれにしましても、今後の技術政策が
が出ていることも確かなようです。今後、
どうあるべきかという議論を、国は早いう
南フランスを中心に水不足が深刻化すると
ちに行わなければなりません。その際には、
の見通しがありますので、それを踏まえ、
施設業協会の会員の皆さまのご意見も伺い
将来的なビジネスの展開を考えているのか
たいと考えております。
もしれません。
Q.より高度な処理水質を求めようとする
と、必然的に電力消費量が増え、それに伴
ってCO2排出量も増加するはずです。処理水
質とCO2排出量のバランスについて、どのよ
うにお考えですか。
A.地域ごとに置かれた状況や求めるもの
が異なりますので、一緒くたには議論でき
Q.下水道施設を使ってバイオマスを集め
る仕組みとして、ディスポーザーが有用だ
という声があります。これについて、お考
えをお聞かせください。
A.ディスポーザーに関しては、技術的な
問題のほかに、例えば、どのような手続き
を経て導入を進めていくべきかといったこ
とや、実際に現在の社会システムの中に組
~7~
(社)日本下水道施設業協会
み入れる場合、どのような点に留意すべき
なのかといった問題の整理などについて、
さらに突っ込んだ議論が必要になります。
近く、国土交通省が検討委員会を設置する
予定です。この場においても、貴協会のお
力添えをいただけますよう、お願い申し上
げます。
※1:先進国と途上国が共同で温室効果ガス削減プロジェクトを途上国において実施し、そこで生じた削減分の
一部を先進国がクレジットとして得て、自国の削減に充当できる仕組み。京都議定書に規定される柔軟性措置の
1つ。
※2:2001 年、モロッコ・マラケシュで開催された国連気候変動枠組み条約第 7 回締約国会議(COP7)において
採択された京都議定書の運用ルール。
(このセミナーは、平成 19 年9月 20 日に馬事畜産会館で行われました)
講師プロフィール
藤木 修(ふじき おさむ)。昭和 54 年3月、京都大学工学研究科修士課程修了。同年4月
に建設省(現・国土交通省)入省。同省下水道部流域下水道課建設専門官、大阪府土木部下
水道課参事兼リサイクル推進室長、建設省(在任中に国土交通省に再編)下水道部下水道企
画課下水道事業調整官、国土交通省下水道部流域管理官、(財)下水道新技術推進機構研究
審議役兼研究第一部長などを歴任。平成 19 年4月より現職。
~8~
(社)日本下水道施設業協会