社会福祉法人における人事管理の構築と運用 兵庫県社会福祉研修所 平成26年12月5日 笹山 周作 まずはじめに今回の題と直接関係ないのですが最近の国(財務省・厚生労働省) の動向を見ていますと、これから新たに社会福祉法人を作って特養を造ったり、 既存の社会福祉法人が新しく特養を造くるところが出てこないのではないかと私 は危惧しております。なぜなら来年の介護報酬は大幅に引き下げられます。但し、 介護職員の処遇改善交付金は新たに追加増額されますが、介護職員以外の看護師、 相談員、ケアマネジャー、事務員等の交付金はないので昇給・一時金の支給はど うするのか、そして介護職員との昇給のバランスをどう考えれば良いか等介護経 営は一段と難しくなります。その上法人の収益は益々低下し、介護職員はいくら 募集しても集まらない状況で介護経営者がこれから特養等の福祉施設を造ってい くモチベーションが高まるか甚だ疑問に感じています。国は、社会福祉法人から 新たに施設を造りたい希望者がいつもあるように思っていますが、それは間違い であります。社会福祉法人が新たに施設を造ろうとする動機付けが必要です。そ の動機付がなく、介護報酬の引き下げと規制の一段の強化では誰も造りません。 民間(株式会社)に特養を造ることを認めても特養は造らないでしょう。 この次の10年間に何が起こるか、介護保険が出来てからの10年あまりが経 過しましたが、それとは全く違った状況が生まれます。介護施設を利用したい人 や介護保険を使用したい人は、ものすごい勢いで増えますが、経営者にとっては 頭の痛い問題がたくさん起こります。以下に述べます。 ①収益の低下、又は赤字になる ②職員が集まらないから倒産(特に優秀な職員) ③古い施設を新しくできない(補助金が一層少なくなる) ④介護の質の低下(介護報酬が下がるから人員を少なくする ) ⑤国、市の規制が一段と強まる 上記①②③④⑤を解決するためにどうすれば良いか。国の規制はどうあるべき 1 かを考えないと、社会福祉法人の設立の寄附者又は経営者は、モチベーションが 高まりません。もし規制で雁字搦めにすれば、それは社会主義国家と同じように なります。昔(35年前)旧ソビエト社会主義国に行った時は、ドルショップが あり、そこでは外国人は外国通貨でいろいろなものが買えましたが、市民は配給 制でした。規制のあり方を考えないと介護の質を高めるために意欲を出し、地域 貢献をするために頑張り、法人の理念の達成のための使命感はなくなります。し かし現在の社会福祉法人経営者は、中小企業の経営者のように真剣に経営に取り 組んでいると言えるのでしょうか。給料をもらうために社会福祉法人を作り、何 もしない経営者や施設長を増やしていくだけになります。それが職員に伝染して、 施設全体が何もしないただお年寄りを寝かせておく施設となります。使命感のな い意識の低い社会福祉法人であってはいけません。そのために経営者は、経営に 真剣に取り組むことです。管理部門をできるだけシンプルに、そしてスリムにし て役職者ほど働くシステムを構築することです。そうしなければならない状況が 目前に迫っています。国は経営者にモチベーションを高める施策をすること、経 営者は職員にモチベーションを高めるシステムを作ることです。いくら職員、幹 部が色々な取り組みを行っていこうとしても経営者にその意識がない場合は出来 ません。これからは生き残りをかけた競争となりま す 。(以 下 は、 神 戸 学院 発 表し た内 容 を 一部 改 変し ております。) なぜ、職員教育・人財育成が介護施設において 「要」なのかと申しますと、介護現場はすべて人対 人です。機械化できるものはほとんどありません。 今 後 介護 ロボ ット等 の 機械化 が進ん だと しても、 そ れは介護する人の補助的役割を高めるだけだと考え られます。 そう考えますと、職員教育・人財育成をどのよう に行っていくのが良いのでしょうか。それには、新 入職員から経営幹部に至るまでの教育・研修システ ムの構築が必要です。以下当施設の職員教育・人財 2 育成システムを提示します。 木の幹の下から上に上がっていきます。どの 職種からも経営幹部になれるようになってい ま す 。新 入 職 員 か ら 経 営 幹 部 ま で 最 短 で 10 年 ぐらいを予定しています。 1.最初に新入職員並びに入社 3 年迄の職員について 新入職員の募集は、5月頃よりスタートして、9 月か 10 月頃に終わります。毎 年採用が決まった学生は、12 月の 20 日過ぎにサンライフ御立に一度集まり、御 立の前にレストランがありますので、そこで先輩職員も 2 名~3 名参加し食事を 行います。そのときに来年 3 月 1 日からサンライフ御立に 出勤すること、それま でに読んでおかな け ればならな い本を 4 冊渡します。 今年度は『働く君に贈る 25 の言葉』、『もし高校野 球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」 を読んだら』、『新入職員の常識』、 長谷部誠著の 『心を 整える』を渡しました。『新入職員の常識』については 3月初めにテストを行います。他の3冊については感想 文の提出です。 また、3 月 1 日に 1 日間の私が講師を務める研修があ ります。 朝 10 時から夜 6 時までです。主な内容は新入職員研修 のために冊子にしております。それを解説していきます。 これの内容は、過去私が職員の給料明細の中に入れた私からのメッセージや、介 護に対する考え方並びに政治・経済あらゆる分野における私なりのコメント・解 説を書いたものをまとめたものです。昼食も新入職員と一緒に施設の食事を食べ ます。(自分の所で食事を作っています 。) そして午後から施設の就業規則を約2時間解説し、最後に映画 DVD を鑑賞(昨 年は「もしドラ」です)して終わりになります。 2日目以降は介護基本事項、リスクマネジメント、医療講習になります。私の 考えは、特に新入職員には礼儀作法と介護の基礎技術を勉強してもらう必要があ ります。4年制大学を卒業して社会福祉士の資格を取得した新入職員についても 、 3 現場での1からの研修となります。 新入職員は、現場から勉強して徐々に昇任・昇格していかなければならない、 との私の思いがあります。介護分野は特にほとんど全員が介護に携わり、現場か ら学ばなければなりません。そして現場で学ぶもの以外については、とにかく勉 強することです。 2.中堅職員(4 年~8 年)について 中堅職員は、相談員・主任・リーダークラスの人を言います。 中 堅 職員 の勉 強 会 は、 私 と幹 部職 員 で 行い ま す。 内部研修は月2回~3回程度で午後 2 時~3 時頃に 行います。 リーダーシップを発揮して、チームを率いて目標 に向かって進む能力を必要とします。そのために必 要なスキルが大切です。そして現場のことをよく知 っておかなければなりません。マネージメント能力については「ドラッカー マ ネジメント」。リーダーシップについては「これからのリーダーに贈る17の言葉」 「だから、あなたの部下は動かない」。リスクマネー ジメントについては「かんた ん!福祉施設のリスクマネジメント80ポイント」「介護現場の法律講座」。会計 については「はじめての人の決算書」。労働基準法については「人事・労務の仕事 ができる本」。マーケティングについては「コトラーのマーケティング理論が面白 いほどわかる本」等このような本を私と幹部職員で教えます。 3.幹部職員(9 年~13 年)について 私がテキストを選びそれを月2回~3回ぐらい、一回につき30分(午後 2 時 ~3 時)サンライフ御立会議室で勉強会を行います。 これは管理者として必要な資質を身につけるため です。 経営戦略については「経営戦略の教科書」。 マネージメントについては「ドラッカーのマネジメ ント 思 考 」。労 働 基 準法 Ⅱ につ いて は 「 社長 は 労働 4 法をこう使え」、「社長は『労務トラブル』をこう防げ」。 現在、ジム・C・コリンズ著の「ビジョナリーカンパニー4」を勉強しています。 良好な会社から偉大な会社になるにはどうすればよいかを書いた本です。読みや すくデータ分析もされているので信頼性が高いと思い、職員と一緒に読んでいま す。読んだ後に私の考え・感想などを話します。 幹部職員は、現在30才~35才ぐらいの年齢です。現在、デイサービスの管 理者、介護付有料の施設長、小規模特養の施設長等をしています。若くても権限 と責任を持たせて、その部署及び施設をまかせる方法を 取っています。 そして、各部署の責任者が集まっての 月1回の運営会 議があります。この運営会議は各部署の月次の報告書を 発表します。 内容は、苦情・事故・行事並びに収入・支出について も各責任者が書類を作り提出します。ですから、自分の 部署での出来事を他の部署の責任者にもわかるように なっています。約15人~16人集まって全員が報告書 を検討します。時間は1時間です。 次に月に1回、職員全員が集まって、全体会議を開催 します。外部研修へ行った研修報告書を皆で勉強します。 時間は1時間半です。その時に私の考え方・並びに職員 の感想を聞きます。 そして、毎年 3 月に昇格テストを行い昇格するか否か 決めます。 4.資格取得について ささゆり会の資格取得サポートシステムについての 説明をします。私は資格は、介護・医療分野においては、 絶対に必要と考えております。これから介護分野で生活 していくために、資格を取得しなければなりません。 ケアマネジャーについて 施設独自のテキストを作りました。介護支援 5 分野と医療分野です。これを 1 月初めに配布します。 10月の試験まで毎週問題20問を出しサポートし ます。職員からも好評を得ています。今年の合格者は 4名で、現在取得者58名です。 介護福祉士について 4 月より市販のテキストを配布し、 毎週問題を20 問出し1月末までサポートします。1 月の終わりの筆 記試験の後の実技は 、私とベテラン職員 2人 で仕 事 が終わった夜 7 時から9時まで、施設で実技練習を します。 今年の合格 者は26名で、 現在 取得者 1 1 9名です。 社会福祉士 について 市販のテキストを配布 と毎週問題20問を出してい ます。現在取得者17名です。 このたび看護師貸付金規定を作り、正職員又はパート職員より看護学校へ行く ための授業料・教材費を法人で負担し職員を休職扱いにし、法人で社会保険料等 の負担をする規定を作りました。これは、介護職の経験者を看護師にすることに よって、よりチームワークのとれた介護を進めたいと考えたからです。 5.モチベーションを高めるシステムについて 私たちささゆり会では、外部の競技大会への参加を 積極的に進めています。 QCサークルの大会ですが、これは今から約 60 年 前にアメリカから導入され、工場の現場において品質 管理活動としてスタートしました。現在はサービス業 等においても多くの企業が参加しています。 オールケアジャパンコンテストは、介護技術に関し ての全国大会です。今年米子で開催され5名参加しま した。全国社会福祉協議会主催の福祉 QC サークル大 会にも参加しました。 毎年12月のクリスマス会で、ボランティアに感謝 状贈呈と年間の優秀な正職員・パート職員の表彰を行 6 っています。これは、正職員・パート職員からの投票によって決めています。被 表彰者は施設入り口のロビーに掲示しています。 一法人一施設ではなく一法人複数施設を展開することによって、モチベーショ ンは高まると考えます。その場合、注意しておかなければならないことは借金を 極力減らすことです。借金まみれの経営は破綻の第一歩です。後に出てくる介護 の質についての数値化にも取り組んでいます。そして出来るだけ、お金は掛かり ますが外部研修に職員を行かせます。それを職員の全体会議で発表させます。毎 回20人~30人の研修内容の発表となります。年に1度、全職員による基本理 念、身体拘束、感染症のテストがあります。これは、必ず覚えておかなければな らないことをテストします。上位10人には3,000円の商品券がもらえます。 私も試験を受けます。このようなことをすることによって、モチベーションがよ り一層高まると思います。 6.人財育成について どのような管理者になるか・あるいはリーダー職員になるかというものが明確 に示されていなければなりません。 管理者については、現場での経験を最低 3 年~5 年経験してもらって、そして 労働基準法・会計・マネージメント・マーケティング等、管理職として必要なス し ん し キルを取得することです。管理者として必要な資質は、 「何事にも真摯 であれ」と いうことです。そして、自分の役割は何であるか、 「誰」が正しいかではなく「何」 が正しいかをいつも考えて実行してもらわなければなりません。組織に成果を上 げさせるために、たえず自分で考え抜いて決断し責任を持って行動しなければな りません。 以上がささゆり会の職員教育及び人材育成の概要です。 なぜ、このように一朝一夕には成果が目に見えて表れず、時間とお金がかかる 職員教育・人財育成に力を入れるのか。それは、法人が生き残っていくための絶 対条件であります。法人は利用者・家族・地域から支持され、そして地域と連携 がとれていないと存続することができません。そのためには利用者・家族から「是 非利用したい」と思っていただく施設になることです。 次に、これから利用者・家族に選ばれる特別養護老人ホームとはどのような施 7 設なのか、私なりに考えました。 1つは介護の質の数値化、並びに地域福祉への貢献です。そしてもう1つは財 務内容です。この2つがきちんと行われることによって、利用者・家族に選ばれ る施設としていつまでも地域の方から支持を得るのではないでしょうか。 ① 介護の質の数値化と申しますと平成 25 年 1 月現 在 、 常 食 へ の取り組み 61% 、日中 おむつ使用2 %、 個浴入浴24%、リフト付き個浴40%、特浴36% 等を数字で表して、あきらめることなく強い意志を持 って一歩一歩前進させることです。 そしてそれと同時に、地域福祉への貢献事業を行う ことです。社会福祉法人は、地域に貢献しなければ生きていけません。地域貢献 事業の発表大会等を開く機会がたくさんあれば良いと思います。 ② 財務内容については、社会福祉法人が経営する老人ホームの場合、いかに節 約するかを施設長を始めとする経営幹部並びに相談員・主任等が毎日取り組んで いると思います。それはとても大切なことですが、別の角度から見ますと、収入 増を考えての事業展開をして行かなければなりません。例えばデイサービスを新 しく作ったり特養を新しく作らなければ収入増につながりません。節約は大事で すが、それと同時に収入増につながる事業展開をすることによって職員の生きが い・ポストと昇給ができモチベーションが高まるのではと考えています。 8 例えば、車を買ったとしましょう。燃料(ガソリン)がなければ車を走らせる こともできないし、保険の加入・車の整備等が必要となります。まさにこれが財 務内容を良くすることです。この内容を良くすることで施設を新しく造ったり利 用者に必要なものを買ったり職員の給料も上げることができます。この①と②の 土台になるものが職員教育・人財育成です。 基本理念を中心に、その回りに人材育成・職員教育を。そしてその外に介護の 質に関するもの地域福祉に関するもの財務内容に関するものがあり、最後に利用 者・家族・地域の人・その他関係者となります。中心から外に輪が広がっていき ます。 ユニット型の施設においての研修は、なかなか時間がとれず、そして職員の人 数が少ないために外部研修に行くことができなくて困っています。それでも内部 研修はできるので実施しています。 外部研修に行くのが難しいユニット型の特養は、内部で研修を積み重ねていく 方法が望ましいと思います。 最後に、新入職員から経営幹部までの研修システムをどのように充実させてい くか、私なりの考えを述べたいと思います。 私は当施設においても、人財育成・研修制度はまだまだ充実したものではない と思っています。現在多量の時間と費用をかけて外部研修・内部研修を行ってい ますが、職員が研修に参加する時間がなかなかとれません。この研修に割く時間 を確保するシステムを考えること、そのためには一ヶ月に6~7時間、又は、月 3 回内部研修・外部研修を受けること、そして年間のスケジュールを立てることが 必要となります。 経営幹部においては、現場職員以上に勉強しなければなりません。介護の勉強 から経営の勉強まですべての領域での勉強が必要となります。そして、管理者・ 経営幹部はその結果に責任を負わなければなりません。そのためには「基本理念 をしっかり堅持し、社会の変化に対応し、規律を保ち、強い意志を持って一歩一 歩前進すること」です。 最後に私が推薦する本を2冊紹介します。 1冊は「世界でいちばん大切にしたい会社」 9 株式会社翔泳社発行、ジョン・マッキー、ラジェンドラ・シソーディア著 ジョン・マッキーはアメリカの自然食品の小売をしている会社(ホールフーズ・ マーケット)の共同経営者で、この本の内容は意識の高い会社について書かれて います。そしてホールフーズ・マーケットは、株主に配当を行い、税金を支払っ た後の収益の10%を毎年寄付しています。 もう1冊は、「現場論」 東洋経済新報社発行、遠藤 功著 遠藤氏については、彼が書かれた「未来のスケッチ」旭山動物園奇跡の現場力 という本を読んだ時に知りましたが、今回の現場論を読んでいかに現場が大切で あるかを改めて知ることができました。日本の会社の強い所、良い所は現場がし っかりしているところです。今まではそれが製造業で示されてきましたが、これ からはサービス業においても現場の強さが示されなければなりません。そのため に経営幹部がしっかりしなければなりません。 今日は経営者に耳の痛い話をしました。しかし利用者、職員、法人を幸せにす ることができる最も大切なことは、経営者がどれだけ経営に真剣に取り組み、日々 努力をするかということに尽きると思います。これからの益々の活躍を祈ってお ります。 10
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