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印刷用PDF(A4版) - 日本キリスト教団 磐城教会

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受難第 5 主日<十字架の勝利>
礼拝説教抄録
2015 年 3 月 22 日
1
なにゆえ、独りで座っているのか 人に溢れていたこの都が。やもめとなってしまったのか 多
くの民の女王であったこの都が。奴隷となってしまったのか 国々の姫君であったこの都が。2
夜もすがら泣き、頬に涙が流れる。彼女を愛した人のだれも、今は慰めを与えない。友は皆、
彼女を欺き、ことごとく敵となった。3 貧苦と重い苦役の末にユダは捕囚となって行き 異国の
民の中に座り、憩いは得られず 苦難のはざまに追い詰められてしまった。4 シオンに上る道は
嘆く 祭りに集う人がもはやいないのを。シオンの城門はすべて荒廃し、祭司らは呻く。シオンの
苦しみを、おとめらは悲しむ。5 シオンの背きは甚だしかった。主は懲らしめようと、敵がはびこるこ
とを許し 苦しめる者らを頭とされた。彼女の子らはとりことなり 苦しめる者らの前を、引かれて
行った。6 栄光はことごとくおとめシオンを去り その君侯らは野の鹿となった。青草を求めたが
得られず 疲れ果ててなお、追い立てられてゆく。7 エルサレムは心に留める 貧しく放浪の旅
に出た日を いにしえから彼女のものであった 宝物のすべてを。苦しめる者らの手に落ちた彼
女の民を 助ける者はない。絶えゆくさまを見て、彼らは笑っている。8 エルサレムは罪に罪を重
ね 笑いものになった。恥があばかれたので 重んじてくれた者にも軽んじられる。彼女は呻き
つつ身を引く。9 衣の裾には汚れが付いている。彼女は行く末を心に留めなかったのだ。落ちぶ
れたさまは驚くばかり。慰める者はない。「御覧ください、主よ わたしの惨めさを、敵の驕りを。」
10
宝物のすべてに敵は手を伸ばした。彼女は見た、異国の民が聖所を侵すのを。聖なる集会
に連なることを 主に禁じられた者らが。11 彼女の民は皆、パンを求めて呻く。宝物を食べ物に
換えて命をつなごうとする。「御覧ください、主よ わたしのむさぼるさまを見てください。」12 道行く
人よ、心して 目を留めよ、よく見よ。これほどの痛みがあったろうか。わたしを責めるこの痛み
主がついに怒ってわたしを懲らす この痛みほどの。13 主は高い天から火を送り わたしの骨
に火を下し 足もとに網を投げてわたしを引き倒し 荒廃にまかせ、ひねもす病み衰えさせる。14
背いたわたしの罪は御手に束ねられ 軛とされ、わたしを圧する。主の軛を首に負わされ 力
尽きてわたしは倒れ 刃向かうこともできない敵の手に 引き渡されてしまった。
哀歌1章1~14節
9
イエスは民衆にこのたとえを話し始められた。「ある人がぶどう園を作り、これを農夫たちに貸し
て長い旅に出た。10 収穫の時になったので、ぶどう園の収穫を納めさせるために、僕を農夫たち
のところへ送った。ところが、農夫たちはこの僕を袋だたきにして、何も持たせないで追い返した。
11
そこでまた、ほかの僕を送ったが、農夫たちはこの僕をも袋だたきにし、侮辱して何も持たせな
いで追い返した。12 更に三人目の僕を送ったが、これにも傷を負わせてほうり出した。13 そこで、
ぶどう園の主人は言った。『どうしようか。わたしの愛する息子を送ってみよう。この子ならたぶん
敬ってくれるだろう。』14 農夫たちは息子を見て、互いに論じ合った。『これは跡取りだ。殺してし
まおう。そうすれば、相続財産は我々のものになる。』15 そして、息子をぶどう園の外にほうり出
して、殺してしまった。さて、ぶどう園の主人は農夫たちをどうするだろうか。16 戻って来て、この農
夫たちを殺し、ぶどう園をほかの人たちに与えるにちがいない。」彼らはこれを聞いて、「そんなこ
とがあってはなりません」と言った。17 イエスは彼らを見つめて言われた。「それでは、こう書いて
あるのは、何の意味か。『家を建てる者の捨てた石、これが隅の親石となった。』18 その石の上
に落ちる者はだれでも打ち砕かれ、その石がだれかの上に落ちれば、その人は押しつぶされて
しまう。」19 そのとき、律法学者たちや祭司長たちは、イエスが自分たちに当てつけてこのたとえ
を話されたと気づいたので、イエスに手を下そうとしたが、民衆を恐れた。
ルカによる福音書 20 章 9~19 節
1.十字架のない場所
昨日は、福島教会の献堂式でした。
福島教会は、2011 年の震災によって
103 年の歴史を持つ会堂が解体されま
した。ヴォーリスという建築家による日本
で最初の教会建築で、登録文化財に
もなっていた建物でした。わたしたちの教
会のメンバーも、あの会堂で信仰生活
をされた方が何人もいらっしゃいますが
(わたしの母教会でもあります)、あの町
に 100 年以上もの間立ち続け、多くの
人たちを迎え、送り出してきた会堂です。
建物が壊れれば、また新しく建て
ればよいということではありません。建物を
失う痛みは、想像していた以上に大きな
ものでした。昨日の献堂式でも、旧会堂
を失ったことに対する複雑な思いを抱え
続けている人が少なくないことを思わされ
ました。東北教区の震災復興建築とし
ては、福島教会が最後の建築となった
のですが、この面で、他の教会の手放し
の歓喜とは異なる思いも感じました。紆
余曲折を経ましたが、主のあわれみによ
って新しい会堂が与えられ、福島教会
の長い歴史の中で、新しい時代が始ま
りました。
ところで、教会のもっともポピュラー
なシンボルといえば<十字架>ですが、
福島教会の新会堂を訪ねたある方が
質問されました。「十字架はどこにあるの
ですか?」と。牧師はこう答えられました。
「この会堂の一番高いところにあります」
と。会堂の尖塔に立っているので、会堂
の外からは十字架がよく見えるのですが、
会堂の中には十字架は見えません。福
島教会の旧い会堂もそうでしたが、特に
改革派の伝統にある教会は、十字架も
ないシンプルな礼拝堂であることが多い
のです。
わたしたちの磐城教会も、改革派
の伝道者によって創設された教会です
が、礼拝堂正面に大きな十字架のステ
ンドグラスを持っています。わたしたちはこ
の十字架を見つめて祈り、讃美をささげ
ています。礼拝堂に十字架のあることに
慣れてしまうと、十字架のない礼拝堂に
座ると、「おや?」、何か足りない、と感
じることがあるかもしれません。十字架は、
わたしたちにとって、もっとも身近で重要
なものです。
野口英世の出身教会として知られ
る若松栄町教会(会津若松市)は、福
島教会と同じヴォーリスの建築であるこ
とが 2000 年代になって認められた教会
です。ちなみに、野口英世の映画(「遠
き落日」)がつくられたとき、その撮影に
福島教会の会堂が使われたことはよく
知られています。若松栄町教会の礼拝
堂の中に入ると、ヴォーリスの建築の会
堂で育ったわたしのような者は、懐かしい
雰囲気に胸が打たれます。ところが、ひ
とつ「おや?」と感じるところがあります。
聖壇の正面背後に、大きな十字架が
立っているのです。おそらく、この十字架
は後から造られて設置されたものなのだ
ろうと思います。
教会暦では、主イエス・キリストの
十字架への道行をおぼえるレント(受難
節)の期節を歩んでいます。レントは 6 週
間続きますが、わたしたちはすでに 5 回
目の日曜日を迎えており、来週には<
棕櫚の主日>を迎えて受難週に入りま
す。受難節第 5 主日は、「Judica ユデ
ィカ」(あなたの裁きをあらわし)という名の
日曜日です。教会の古い規定によれば、
この日―復活日前の 2 週間―が受難
節の始まる日曜日であったそうです。こ
の 2 週間は<断食節>とも呼ばれ、悔
い改めと克己の祈りによって守られまし
た。教会の中では、今も、この 2 週間の
節目を大切に継承している教会もありま
す。これらの教会では、受難節第 5 主
日のこの日、聖壇の十字架や画像は、
布で覆い隠されます。このことによって、
「目の断食」をするのです。
教会の三要文のひとつである<十
戒>に、「あなたはいかなる像も造っては
ならない」(出 20:4)という戒めがあります。
神のイメージを刻んではいけないと言わ
れています。神は、生きておられます。わ
たしたちの固定化された偏狭なイメージ
の中におられるのではなく、生きて、御自
らを現されるのです。わたしたちは、思い
思いに神のイメージを口にします。「神は
こういうお方である」、「こういうお方である
はずだ」と。あるいは、神のイメージを確
立しようともがいているかもしれません。
「神はどういうお方であるのか」イメージを
求め続けます。しばしば、神のイメージに
とらわれます。
2.神のイメージの否
真に十字架に目を向けようとする
人は、十字架と自分との間に、何らかの
妨げのあることを感じ取るのではないでし
ょうか? 十字架には「親しみ」よりも
「深淵」があります。十字架を見つめる
のではなく、十字架の前に目を閉じるとき、
わたしたちは、この十字架の深淵を知る
のです。十字架には、神の自己抑制が
示されています。全能の永遠なるお方で
あるにもかかわらず、神は、限りある歴史
の時間の中に、地上の空間の中に来ら
れます。2 千年前、ユダヤのベツレヘム
に大工の子として来られたキリストは、エ
ルサレムで罪人のために、犯罪人と共に
十字架におかかりになります。
レントの期節を歩むわたしたちにとっ
て、「目の断食」をすることは、何かの意
味を持つものでしょうか? わたしたちの
礼拝堂で、十字架を覆い隠す必要があ
るとすれば、どのような理由があると思い
ますか? 実際にわたしたちは今、いつ
ものステンドグラスの十字架を前にして
礼拝をささげていますが、わたし自身は、
「十字架を覆い隠すこと」(目を閉じるこ
と)も、意味深いことだと思っています。
十字架を身につける人もいます。
手で十字を切る習慣を持つ人もいます。
それがうらやましい、あこがれるという人
もいます。これらの道具や習慣は信仰の
杖となるものかもしれません。けれどもわ
たしたちが目を向けようとしている十字架
は、アクセサリーではなく、「お守り」では
ありません。わたしたちは、十字架そのも
のを愛し、礼拝しているのではありませ
ん。
3.
「ぶどう園と農夫」のたとえ
今日、ご一緒に聞いていますルカ
による福音書 20 章の中で、主イエスは、
あるたとえを語られます。
ぶどう園の主人が、園を農夫たち
に任せて旅に出ます。主人は、ぶどうの
収穫の時が来ると、ご自分の僕を農夫
たちのもとに送るのですが、「袋だたきにし
て、何も持たせないで追い返した」(10
節)。主人は、すぐに農夫を断罪される
ことなく忍耐強く別の使者を送ります。し
かし、送られた別の僕は「袋だたき」にす
るばかりか「侮辱」され、「何も持たせな
いで返」(11 節)されます。さらに 3 人目
には、ひどい「傷を負わせてほうり出し」
(12 節)ました。それでも主人は、農夫
たちが立ち帰ることを望み、別の方法を
考えます。「どうしようか。わたしの愛する
息子を送ってみよう。この子ならたぶん
敬ってくれるだろう」(13 節)。しかし、主
人の期待に反して、傍若無人の農夫た
ちは、主人の最愛の息子を、ぶどう園の
外にほうり出して、殺してしまうのです。
「ぶどう園と農夫」のたとえは、主イ
エスのお話を聞いていた人々にも、すぐ
に理解できました。「律法学者たちや祭
司長たちは、イエスが自分たちに当てつ
けてこのたとえを話されたと気づいた」
(19 節)のだ、とあります。自分たちがぶ
どう園の悪い農夫にたとえられたことを悟
り、このことに躓いたのです。主イエスは、
このたとえで語られると、旧約聖書の言
葉(詩 118:22)を引いてこう言われました。
「家を建てる者の捨てた石、これが隅の
親石となった」(17 節)。
「ぶどう園と農夫」のたとえは、主の
十字架の受難の予告に留まらない、十
字架の勝利の言葉です。躓きの石であ
る主の十字架こそが、旧約の使者たち
が告げた「隅の親石」であるのです。
4.隅の親石
この主イエスの言葉をだれよりも近
くで聞いていた弟子のペトロは、後世に
証しました。「(イエス・キリスト)この方こ
そ、『あなたがた家を建てる者に捨てられ
たが、隅の親石となった石』です。ほか
のだれによっても、救いは得られません。
わたしたちが救われるべき名は、天下に
この名のほか、人間には与えられていな
いのです」(使 4:11~12)。
わたしたちは、レントの歩みの中で、
今、十字架を見つめています。何度も
何度も繰り返し十字架を見つめます。し
かし、わたしたちは容易にこの十字架を、
単なるかざりものとしてしまいます。十字
架を何の役にも立たないものとして、ほう
り出してしまいます。自覚なく忘れ去って
しまいます。十字架よりも、わたしたちが
日々、目を皿のようにして見ていることの
方が、よりリアルで重要なことのように思
えるからです。この十字架に何の力があ
るのかと疑うとき、十字架に躓きます。
わたしたちは一度、十字架の前に
目を閉じたいのです。目を閉じると、自ら
の姿が見えます。自身が何に依り頼ん
で生きているのか、その要石が見えてき
ます。主は、わたしたちの迷い、ごまかし、
忘却、躓きのすべてをご存知の上で、こ
のたとえをお語りになりました。わたしたち
が一度躓いたこの石に、依り頼んでいく
ことができるように。立ち帰り、この石を要
石に据えて、しっかりと建て上げていくこ
とができるように。このとき十字架が、わた
したちに真に親しいものとなるのです。
(祈り)
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