●第 48 回日本人工臓器学会大会 特別講演 迷走神経刺激による心不全治療 国立循環器病研究センター研究所循環動態制御部 杉町 勝 Masaru SUGIMACHI 1. 部,右上がり直線)ことが定量化された 1) 。また,動特性 はじめに 解析(図 1b)では,制御部は微分特性であり(速い頚動脈圧 人工臓器は喪失した生体機能を再建する治療法である。 変化に対し交感神経活動が大きく変化し),被制御部は低 人工臓器はアクチュエータと制御部より構成されるが,制 域通過特性である(速い交感神経活動変化に対し血圧はあ 御部を機能再建し生体調節系と一体化させたものを,我々 まり変化しない)ことを定量的に示した 2) 。 解析結果を用いて,血圧の制御部を人工の制御器により の研究グループは特に,バイオニック治療と呼んでいる。 バイオニック治療では,喪失機能の再建を合理的にかつ効 機能再建できるかどうかを検討した 3),4) 。まず,重篤な起 率よく進めることが可能であるが,疾患時に生体調節機能 立性体血圧を起こすラット圧反射不全モデルを作製し,そ が破綻している場合には,制御方法の手本がなく手探りで の起立耐性を頭部挙上試験にて測定した。圧反射不全ラッ の開発を余儀なくされる。 ト で は,血 圧 は 2 秒 後 に 34 ± 6 mmHg,10 秒 後 に 52 ± 5 多種多様な治療でも予後不良な慢性心不全(循環器疾患 mmHg 低下した。圧反射不全ラットに圧制御部を機能再 の終末像)は,そのような生体調節機能が破綻している典 建すると 2 秒,10 秒後の血圧低下はそれぞれ 21 ± 5 mmHg 型的な疾患である。そのため,慢性心不全での治療には生 および 15 ± 6 mmHg に改善された。同様の麻酔下では,正 体調節機能を修正する試行を重ねる必要がある。迷走神経 常ラットでも同程度の過渡的血圧低下は見られることか 刺激治療はこれを目指すものである。 ら,人工の制御器による圧制御部の機能再建は可能であっ 2. た。また,このことは我々の方法による制御部の機能解析 圧反射系の包括的解析と再構成 が包括的に行われたことを示す。 我々は圧反射系の病態における変化を検討するために, また動特性の解析は,特に圧反射のような負帰還系では その包括的解析方法を確立した。圧反射系は負帰還系を形 重要である。開ループ動特性の差異が,閉ループ時の圧安 成するので,正確な特性は開ループで解析する必要がある。 定化の過渡応答(起立などの外乱による影響からの圧回復 我々は動物を用い,両側の頚動脈洞を血管系から分離して の速度と安定性)に大きく影響するからである。そこで, (開ループ),圧反射系を中枢弓(制御部,頚動脈圧→交感 生体で得られた動特性を用い,起立時の圧回復の過渡応答 神経活動)と末梢弓(被制御部,交感神経活動→血圧)に分 を計算した。生体の動特性以外では,圧回復の速度か安定 け,それぞれの静特性と動特性を解析した。 性のいずれかが損なわれ,生体の動特性では,速度と安定 静特性解析(図 1a)では,頚動脈への入力圧を下げると 交感神経活動が増加し(制御部,右下がりシグモイド関 数) ,交感神経活動が増加すると血圧が上昇する(被制御 性がほぼ両立されていることが明らかになった 2) 。 3. 病態での圧反射系特性の変化 慢性心不全では交感神経の活動が過剰であり,迷走神経 ■著者連絡先 国立循環器病研究センター研究所循環動態制御部 (〒 565-8565 大阪府吹田市藤白台 5-7-1) E-mail. [email protected] の活動が減弱することはよく知られている。この変化は包 括的方法で解析した動脈圧反射系の特性によく反映され, 自律神経バランス異常には圧反射系の存在が前提となって 人工臓器 40 巻 1 号 2011 年 15 (a) (b) 図1 動物で実測した動脈圧反射系の制御部,被制御部,全体の静特性(a)および動特性(b) 文献 1),2) より引用改変。 おり,また圧反射系の異常が関与していると考えられる。 我々はすでに,ラットの高血圧モデル(SHR)において圧 の過剰な活動を抑えるβ遮断薬などの有効性とは対比的で ある。 反射の包括的解析を行い,その異常を検討した。電気的に そこで我々は,迷走神経を直接電気刺激することによる 測定した交感神経活動は定量化に技術的な問題があったた 心不全治療の可能性を検討した。慢性心不全ラットを用い, め,同じ動物で測定した血中カテコールアミン濃度を用い 迷走神経を長期に電気刺激するため無線制御可能な刺激装 て正規化する方法を用いた。その結果,SHR では末梢弓に 置と無線テレメトリを植え込んで,ラット右頚部迷走神経 は変化がなく,中枢弓の性質に変化があり(ほぼ平行に上 を 6 週間にわたって刺激した。刺激条件として,心拍数が 方シフト),同じ圧入力に対する交感神経活動が亢進して 10%程度低下する刺激強度,1 分間のうち 10 秒間の間欠刺 いることが明らかになった。予備的に行われたラットの慢 激を行った。 性心不全モデルの検討においても,ほぼ同様の中枢弓変化 このような迷走神経刺激を 6 週間にわたり継続した結 が示唆された(末梢弓の傾きは低下し,同じ交感神経活動 果,心不全の重症度(血中 B 型ナトリウム利尿ペプチド, に対する血圧の低下を示唆)。 BNP)は有意に低下し,神経体液性因子賦活化の程度(ノル 4. エピネフリン濃度,NE)も有意に大きく低下した。心臓リ 迷走神経刺激治療の効果 モデリングの程度(体重当たり心臓重量,HW/BW)も有意 迷走神経の活動の減弱を改善することは,理論的には心 に抑制された。左室収縮性(左室圧微分最大値,dP/dt max) 不全治療に有益であると考えられるが,これまでに予後改 が軽度ながら有意に改善し,左室充満圧(左室拡張末期圧, 善が実証された薬物治療法はない。このことは,交感神経 LVEDP)が有意に低下した(図 2) 。 16 人工臓器 40 巻 1 号 2011 年 (a) (d) (b) (c) (e) 図 2 広範心筋梗塞後の心不全ラットに対する 6 週間の 迷走神経刺激の影響評価 (a)血中 B 型ナトリウム利尿ペプチド(BNP) (b)ノルエピネフリン濃度(NE) (c)体重当たり心臓重量(HW/BW) (d)左室圧微分最大値(dP/dtmax) (e)左室拡張末期圧(LVEDP) *:P < 0.05, **:P < 0.01 文献 5) より引用改変。 5. 迷走神経刺激治療:今後の展開 迷走神経刺激装置や電極は,心臓ペースメーカやてんか ん治療装置の改変により容易に実現できる。すでにこのよ うな装置を用いた欧州での臨床試験が開始されている。ま た,我々はコリンエステラーゼ阻害薬による同様の効果を 認めており,今後の展開が期待される。 文 献 図 3 6 週間の迷走神経刺激後,140 日間までの生存率 迷走神経刺激治療は 140 日における生存率を大きく改善した。 文献 5) より引用改変。 6 週間の迷走神経刺激治療後,140 日間まで生存率を検 討した。迷走神経刺激により生存率は無治療群(50%)に 比し,劇的に改善した(86%)(図 3)。 1) Sato T, Kawada T, Inagaki M, et al: New analytic framework for understanding sympathetic baroreflex control of arterial pressure. Am J Physiol 276: H2251-61, 1999 2) Ikeda Y, Kawada T, Sugimachi M, et al: Neural arc of baroreflex optimizes dynamic pressure regulation in achieving both stability and quickness. Am J Physiol 271: H882-90, 1996 3) Sato T, Kawada T, Shishido T, et al: Novel therapeutic strategy against central baroreflex failure: a bionic baroreflex system. Circulation 100: 299-304, 1999 4) Sato T, Kawada T, Sugimachi M, et al: Bionic technology revitalizes native baroreflex function in rats with baroreflex failure. Circulation 106: 730-4, 2002 5) Li M, Zheng C, Sato T, et al: Vagal ner ve stimulation markedly improves long-term survival after chronic heart failure in rats. Circulation 109: 120-4, 2004 人工臓器 40 巻 1 号 2011 年 17
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