パルスの処理と整形 繁山 和夫 平成 20 年 9 月 9 日 1 装置のインピーダンス 出力パルスを処理するにあたっては、信号処理回路を構成する装置のインピーダンス考える必要がある。入力回路と 出力回路には以下の成分が含まれている。 • 静電容量の成分 • 誘導性の成分 この章では単純化して、抵抗性のインピーダンスを持つものと仮定する。 入力インピーダンス 与えられた信号源に対してその装置が負荷になる程度。図では Zi が入力インピーダンスである。 出力インピーダンス 与えられた回路の出力段を表わす電圧発生器に直列に挿入された内部抵抗を出力インピーダンスという。図で Z0 は出 力インピーダンス、ZL は負荷インピーダンスである。負荷インピーダンス ZL の両端にかかる電圧 VL は電圧分割器の 関係式から、 VL = VS ZL Z0 + ZL となる。関係式から出力インピーダンスが小さくなるにつれて VL が VS に近づく。 図 理想化した入力、出力回路 1 (1) 同軸ケーブル 2 2.1 ケーブルの構造 放射線検出器のパルスを取り扱う信号回路の中で装置間相互の接続は図のような同軸ケーブルを使用する。ケーブル の外側のシールド は通常細い銅線の編組で作られる。低周波電場に対する耐雑音性はこの編組の緻密さに依存し 、高周 波電場は、シールド 用編組の表皮効果によって遮蔽される。表皮効果の及ぶ深さが編組の以下になる周波数 (h100Hz) で は遮蔽が完全に有効だが 、低周波では効果的でなくなる。 図 同軸ケーブルの構造 2.2 ケーブルの性質 伝搬速度の性質 • 同軸ケーブルを通過するパルスの伝搬速度は、中心導体と外側シールド 間の誘電体物質だけに依存し 、誘電率の 平方根の逆数に比例する • 誘電体として空気あるいは他のガスを用いたケーブルの伝搬速度は、真空中の光の速度に極めて近い • ほとんどの凡用信号ケーブルは誘電体としてポリエチレンのような固体を使用していて、この場合伝搬速度は光 の約 66 %である ケーブルの重要な仕様 • 特性インピーダンス • 単位長さ当たりの静電容量 • 最大定格電圧 (検出器にバイアス電圧を供給するためのケーブル ) 実際のケーブルは完全な伝送線ではない。誘電体の不完全さと中心導体の抵抗に起因する消費損失が必ずあり、伝送パ ルスの高周波成分に減衰と歪みをもたらす。しかし 、大半の測定では影響は小さく、数 10cm 程度よりも短いケーブルで はほとんど 無視される。立ち上がりの速いパルスを伝送する必要がある場合は、伝送パルスの高速特性の劣化を防ぐた めにケーブルの高周波減衰特性に留意する必要がある。 2.3 雑音の拾い込みと装置の接地法 同軸ケーブルの外部のシールド は各装置のシャーシを次の装置のシャーシと接続する役割を果たしている。装置を物 理的に切り離している場合にケーブルの外部シールド は全装置に共通の接地電位を確立するのに役立つ。各シャーシの 接地点が同一点に接地されていない場合には直流電流がシールド 内を流れて特定の共通接地電位が生じる。多くの定常 的な測定では接地電流は十分小さいので邪魔になることはない。しかし装置が遠く離れていて著しく異なった種々の条 件で内部で接地されている場合にはシールド を流れる電流が大きくなり、変動がケーブル内へ雑音へ導入する。このよ うなときには、全ての装置を装置全体の唯一の共通点で内部に接地して、グランド ループを除去する必要がある。 2 2.4 特性インピーダンスとケーブルの反射 速いパルスか遅いパルスを扱うかの区別は、立ち上がり時間の最も速いパルスとケーブルを通過するパルスの走行時 間のいずれが速いかに依存する。 遅いパルスを取り扱う場合 • 装置間を相互接続する単純な導体のように動作するので特性が直列抵抗と対地静電容量となる • 検出器と前置増幅器間の容量性負荷の増加を最小にすることが重要 • ケーブルの選択はあまり重要ではない 速いパルスを取り扱う場合 • 特性インピーダンスはケーブルの誘電体物質及び中心導体と外部シールド の直径に依存するが、ケーブル長には 無関係 • ケーブルが無限に長いとステップ電圧が無限に伝搬していき信号源から電流を引き出し続けるので電流の放出が 続く • ケーブルが有限である場合、ケーブルが電子装置に接続されている場合、終端抵抗が装置の入力インピーダンス になり、接続されていない場合は終端抵抗が無限大になる。 ケーブルを特性インピーダンスで終端した場合に起こること 特性インピーダンスで終端した同軸ケーブルは同じ インピーダンスをもつ無限長のケーブルのように動作する。 ケーブルを特性インピーダンスで終端しない場合に起こること ステップ電圧が伝搬する媒体の性質に不連続な変化が存在するのでケーブル端で反射が起こる。終端抵抗 Rt の値に よって反射ステップ電圧の大きさは変化する。 図 抵抗 Rt で終端した同軸ケーブルにステップ電圧 Vs を印加する状況 2.5 2.5.1 有用な同軸ケーブル用アクセサリ 終端抵抗 同軸ケーブルの一端で高い入力インピーダンスをケーブルの特性インピーダンスと整合するインピーダンスに変換し て反射を防止する場合に用いられる抵抗である。 3 2.5.2 パルス減衰器 パルス処理を行う場合、装置の入力条件に整合するようにパルス波高を減らす必要がある場合がある。 図 a の説明 分割器の不変倍率定数 R2 R1 +R2 を得るための条件として以下の点が挙げられる。 • 信号源インピーダンスが Z0 R1 である • 減衰したパルスを入力インピーダンス Zi R2 の回路に送る必要がある 図 b の説明 速いパルスの減衰器として最もよく用いいられる。利点は、対照的で等しい入力、出力インピーダンスをもち、同軸 ケーブルと整合するのに便利であることである。 図 2.5.3 (a) 簡単な電圧分割型減衰回路 (b) パルススプリッタ ある点で信号回路を二つに分岐する必要のある場合がある。 インピーダンスの整合が必要でないパルス 同軸型ティーコネクタを用いてもパルスは歪まない。 インピーダンスの整合が必要なパルス 図のようにインピーダンスレベルを保ちながら、二個の端子に分ける。 4 T 型減衰器の回路 図 整合インピーダンスレベルを保ちながら二つの負荷を駆動するのに使用する対称型パルススプリッタ 2.5.4 反転ト ランスフォーマ 特定装置の入力条件に合うように極性を反転させる必要が生じる。一般的には増幅器段を含む能動回路でパルスの極 性の反転を行うことが要求される。しかし 、数 10ns の立ち上がり時間をもつ速いパルスを扱う特殊な場合には、簡単で 小型の反転トランスフォーマを使用するとよい。 図 反転パルストランスフォーマーの基本回路 パルス波形 3 3.1 3.1.1 CR 整形と RC 整形 CR 微分回路または高域通過フィルタ コンデンサに蓄えられる電荷を Q とすると、入力電圧 Ein と出力電圧 Eout の間には、 Ein = (Q/C) + Eout (2) 1 dQ dEout dEin = + dt C dt dt (3) 1 dEout dEin = i+ dt C dt (4) という関係がある。次に時間微分を行うと、 となる。Eout=iR であり、RC = τ と置くと、 Eout + τ dEout dEin =τ dt dt (5) が得られる。ここで RC を十分を小さいものとして左辺の第二項を省略すると、 dEin Eout ∼ =τ dt (6) となり、時定数 τ が小さい場合、入力波形 Ein の時間微分に比例する出力波形 Eout を作るので微分回路という。微分回 路であるためには、微分するパルス幅に比べ、時定数を小さくする必要がある。逆に時定数が大きくなると (5) 式左辺の 第 1 項は無視できるので、 τ dEout ∼ dEin =τ dt dt 5 (7) が得られ 、積分定数を 0 とすると、 Eout = Ein (8) となる。これより、時定数 τ が小さいという微分の条件が満たされない場合、この回路網は波形を変えないで通過される。 図 微分回路とスッテプ関数に対する応答 任意の波形 Einに対して (5) 式を解いてみる。 (a) 正弦波形 Einに対して、 であり、 が得られる。ここで、 |A| = Ein = E sin 2πf t (9) Eout = |A| E sin(2πf t + θ) Ein (10) 1 {1 + (f1 2 /f ) }1/2 θ = tan−1 (f1 /f ) f1 ≡ 1 2πτ (11) である。高周波入力に対しては f f1 であり、|A|∼ =1 となる。従って高い周波数はほとんど 減衰なしに出力まで通過し 、 高域通過フィルタとなる。低周波入力では f f1 であり、|A|∼ =0 となるので減衰する。f=0 では信号に直列に入ってい るコンデンサのために信号は伝達されず、回路は直流電圧を遮断する。 (b) ステップ電圧入力 { Ein = E (t ≥ 0) 0 (t < 0) (12) に対して、出力は Eout = Ee−t/τ となる。 6 (13) 3.1.2 RC 積分回路または低域通過フィルタ 入力電圧 Ein と出力電圧 Eout の間には、 Ein = iR + Eout (14) という関係がある。i はコンデンサを充電あるいは放電させる率を表す。 i= dQ dVc =C dt dt (15) または、 dEout dt となる。式 (14) と式 (16) を組み合わせ、RC = τ と置くと、 i=C Ein = τ (16) dEout + Eout dt (17) 整理すると、 dEout 1 1 + Eout = Ein dt τ τ が得られる。ここで RC を十分を大きいものとして左辺の第二項を省略すると、 (18) dEout ∼ 1 = Ein dt τ あるいは 1 Eout ∼ = τ (19) ∫ Ein dt (20) が得られ 、これを積分回路という。入力パルスの時間幅に比べて時定数。逆に時定数が小さくなると (18) 式左辺の第 1 項は無視できるので、 1 ∼ 1 Ein Eout = τ τ (21) Eout = Ein (22) あるいは、 となる。これより、時定数 τ が大きいという積分の条件が満たされない場合、この回路網は波形を変えないで通過され る。任意の波形 Einに対して (18) 式を解いてみる。 (a) 正弦波形 Einに対して、 であり、 が得られる。ここで、 |A| = Ein = E sin 2πf t (23) Eout = |A| E sin(2πf t + θ) Ein (24) 1 {1 + (f /f2 2 ) }1/2 θ = − tan−1 (f /f2 ) f2 ≡ 1 2πτ (25) である。高周波入力に対しては f f2 であり、|A|∼ =0 となる。低周波入力に対しては f f2 であり、|A|∼ =1 となる。 7 (b) ステップ電圧入力 { Ein = E (t ≥ 0) 0 (t < 0) (26) に対して、出力は ( ) Eout = E 1 − e−t/τ (27) となる。 図 積分回路とスッテプ関数に対する応答 3.1.3 CR-RC 整形 微分回路網の出力がパルス波高分析装置に適していない理由 • パルスの波高の最大値が極めて短時間しか保持されないのでパルス波高分析が困難 • 信号に混入している雑音の高周波成分を全て通過させるので、信号対雑音特性が極めて悪くなる これらの欠点を改善するため微分回路の後に一段の積分回路を加えたものが以下の図のような回路である。CR と RC の 回路網の間に利得 1 の演算増幅器 (無限大の入力インピーダンスとゼロの出力インピーダンス) が入っていて、両回路網 とも互いの動作に影響を与えないようにインピーダンスの隔離をしている。t=0 における波高 E のステップ電圧に対す る出力応答は、 Eout = Eτ (e−t/τ1 − e−t/τ2 ) τ1 − τ2 となる。τ1 と τ2 はそれぞれ微分および積分回路の時定数である。 8 (28) 図 CR-RC 回路図 3.1.4 ガウス型または CR-(RC)n 整形 一段の CR 微分回路の後に数段の RC 積分回路を組み合わせた場合には、ガウス分布の形状をもつパルス波形が実現 出来る。仮に微分回路の時定数と n 段の積分回路の時定数が全て同じ値 τ であれば 、出力応答の特殊解は、 t Eout = E( )n e−t/τ τ (29) となる。 3.1.5 能動フィルタ整形 最近の比例増幅器の波形回路設計では、RC 回路のような受動的なものから能動フィルタに置換するようになった。最も よく使用されるのは一段の高域通過フィルタ (微分回路) の後に数段の能動低域通過フィルタを組み合わせたものである。 3.1.6 3 角整形 比例増幅器の微分型パルス整形の信号対雑音特性の議論から対象的な三角波の方がガウス分布よりも優れている。し かし 、受動素子のみでは作れないので、能動フィルタ整形素子を用いてつくる。 3.1.7 台形整形 放射線が相互作用を起こす位置によって電荷収集時間が変化する検出器では弾道欠損の問題に対して、上端が平坦な 形に整形したパルスが発生するようなパルス整形法を用いるのがよい。 3.2 ポールゼロ消去 今まではパルス波形に関する議論では 、前置増幅器からの入力信号はスッテプ状電圧パルスであると仮定していた。 通常は前置増幅器パルスの減衰時間は長いが無限大ではなく、有限の減衰時定数を示し 、出力応答にかなりの影響を与 える。 3.2.1 (a),(b) の説明 (a) に示したような減衰では、(b) のように厳密にはユニポーラの出力応答を示さなくなる。その代わりに、パルスは ゼロ点と交わりアンダーシュートを示し 、その後、前置増幅器の減衰時間に従ってゼロに戻る。 ステップ入力に対する CR 微分回路の出力応答の解析結果では出力信号がアンダーシュートのない単純な指数関数で減 衰することを示した。 9 3.2.2 (c) の説明 抵抗 Rpz を加えると、伝達関数は、 τ1 (1 + sRpz C1 ) (1 + sτ2 )(Rpz C1 sτ1 + Rpz C1 + τ1 ) となり、Rpz = τ2 C1 (30) とすると、伝達関数は簡略化でき、 1 τ2 (s + k) k≡ τ1 + τ2 τ1 τ2 (31) この結果は、分母に一個のポールがあることであり、ステップ入力に対して再び単純な指数関数で減衰するようになる。 図 (a) 入力パルス (b)CR-RC によって生じるアンダーシュート (c) 微分段に抵抗 Rpz を加えた回路図から得られるアンダーシュートのない波形 3.3 3.3.1 ベースラインのシフト 問題の発生源 ベースラインのシフトが起こる仕組み 図は、CR-RC 回路網の出力応答を指し 、微分回路部分のコンデンサの右側の任意の点の平均直流電圧はゼロであるは ずである。直流電圧がゼロでなければ 、一定の電流が抵抗を通って大地に流れるはずである。しかし 、電流はコンデンサ を通らなければならず、これは物理的に不可能である。したがって、これらのかな型パルスがその上に乗るはずのベー スラインは実際のゼロレベルよりも下に下がり、ゼロ軸から上の出力波形の面積とゼロ軸から下の面積は等しくなる。 10 (a) 規則正しい周期をもつパルスの場合には、ベースラインシフトは一定であり、適当な補正を行える。 (b) ベースラインのシフトは一定でなくなり、適正に補正することは不可能である。 図 交流結合回路によって生じるベースラインシフト ベースラインのシフト を除く方法 • モノポーラ (図を参照) は計数率が低いときによりよい信号対雑音特性を得るのに有効 • バイポーラ (図を参照) は計数率が高いときにベースライン再生の性能が必要な場合に有効 図 種々の波形のモノポーラ信号パルスとバイポーラ信号パルスの違いを示す図 11 3.3.2 ベースライン再生 ベースラインのシフトを防ぐ 方法としてバイポーラパルスを出力する整形回路を用いる。以下に目的を示す。 • 短時間にパルス間のベースラインを真のゼロの電位に戻す • 信号に重畳する電源からのハムや振動に起因する雑音の影響を減らす 3.4 3.4.1 その他のパルス整形法 2 段微分 1 段積分整形, または ,CR-RC-CR 整形 CR-RC-CR 回路では、バイポーラパルス波形を得られる。この場合三つの回路の時定数は全てほぼ同じ値にする。以 下に長所、短所を挙げる。 長所 • バイポーラ形状ではベースラインのシフトが小さくなる • 高計数率で最も有用 短所 • パルスの正側と負側の面積は正確には等しくならないので、若干のベースラインのシフトが残る • 低計数率では信号雑音特性が一段の微分積分回路に比べて劣る 3.4.2 1 段遅延線 (SDL) 整形 条件 • ケーブルの全長に対する伝搬時間が、回路の入力に印加されるステップ電圧の立ち上がり時間に比べ十分に長い • ケーブルの遠隔端は短絡すなわち抵抗ゼロで終端されている パルスの特徴 • 回路の出力端子で観測した電圧は最初の波形と反射した波形の単純な代数和であり、形パルスである • パルスの時間幅はパルスが整形に使用したケーブルの全長を往復する伝搬時間となる 3.4.3 2 段遅延線 (DDL) 整形 条件 二本の遅延線は等しい伝搬時間をもつ必要がある パルスの特徴 • 波高および幅が等しい正と負の突起部分をもつ • ベースラインシフトがほとんど 起こらない 12
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