社会を利する言葉の力はあるのか

朝日大学一般教育紀要
3
4, 6
7−0
0, 2
0
0
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6
7
社会を利する言葉の力はあるのか
田
口
知
弘
朝日大学、ドイツ語研究室
Gibt es eine der Gesellschaft nutzende
Kraft von Sprache?
¨
(Linguistik und Landeskunde)
Tomohiro TAGUCHI
¨
Asahi Universitat
Zusammenfassung
Diesmal stellt sich die Frage, wie Leute eines Gebietes, das Linguistik und Literatur
betrifft, durch Sprache mit der Gesellschaft ringen. Als Person, die zu Sprache ein
¨
Verhaltnis
hat, bin ich mir der Verantwortung bewusst.
¨
Was mochte
der Mensch auf das Zeitalter hingewendet ¨
ubermitteln?
¨
Hier wird das Wesen der Sprache aufgezahlt,
die Umwelt, der Naturschutz, die
¨
Beziehung von Arzt und Patient an medizinischen Orten. Was sind Sprache-Ausdrucke,
bei denen mittels Sprache der Mensch mit Menschen in Beziehung steht?
¨
¨
Seit Jahren erfasse ich den Zustand Deutschlands, wo fur
die globale Erwarmung
die
¨
Alarmglocken lauten
und ich betrachte die Situation beim deutschen Wortschatz und
¨
¨
bei Satzen,
die die gegenwartigen
Umweltprobleme zeigen.
In Deutschland wird besonders auf die Umweltpolitik groβes, spezifisches Gewicht gelegt,
¨
und die damit zusammenhangende
Zunahme des Wortschatzes ist bemerkenswert. Viele
¨
Umweltschutz-Worter,
die von den Aufgaben der EU-Umweltpolitik ausgegangen sind,
¨ die auf derselben Erde lebenden Menschen eine wichtige Bedeutung.
enthalten fur
¨
Leisten Menschen, die sich mit Linguistik beschaftigen,
einen Beitrag zur Gesellschaft?
¨
Ist das Nahrung zum Leben fur
den Menschen?
¨
Wenn ich daran zuruckdenke,
¨
¨
empfinde ich die geringe Hohe
meines eigenen personlichen
gesellschaftlichen Beitrages.
6
8
社会を利する言葉の力はあるのか
Warum greife ich hier solche Fragen auf ? Ich fing an zu fragen, ob es die Aufgabe
¨
des Menschen, der sich mit Sprache beschaftigt(des
Wissenschaftlers)sein soll, aus
dem Rahmen des linguistischen Gebietes heraus zu fallen?
Noch einmal habe ich ¨
uber-
legt, ob ich einen Schritt machen soll zum Ausgangspunkt der lebenden Menschen und
¨
¨
¨
vom Standpunkt der Lebenden die Wichtigkeit von Sprache sorgfaltig
uberprufen
soll.
¨
Auch in der Sprachforschung ist konsequente Forschung wichtig aber gegenwartig
¨
erhebt die Mehrheit der Menschen Geschrei um das alltagliche
Leben auszuhalten und
¨
zerbricht sich daruber
den Kopf.
Man muss der Wirklichkeit ins Auge sehen, und es ist sinnlos, in der Konfrontation mit
¨
¨
dem alltaglichen
Leben sich von der sozialen Erkenntnis vollig
zu entfernen. Wir
¨
¨
¨
mussen
fur
die im taglichen
Leben entstehende soziale Erkenntnis eintreten. Diesmal
¨
nehme ich erneut die Frage auf : Gibt es eine der Gesellschaft nutzende
Kraft von
”
Sprache?
“
¨
Ich mochte
diesmal das Wesen von Sprache, das von den verschiedenartigen
Wechselwirkungen von Sprache hervorgebracht wird sowie die Umweltprobleme und
¨
die medizinischen Erleichterungen herausziehen und erortern.
要
旨
今回は語学や文学に関わる分野の人々がどれほど言葉によって社会と格闘をしているか、言
語に関係してきた者の一人として責任を感じている。時代に向けて何を伝えたいか。ここに言
葉の本質、環境、自然保護、医療現場での医師と患者の関係などを列挙した。言葉を介して人
が人と関わって生きていく言語表現とは何か。
ここ数年、地球温暖化に警鐘を鳴らすドイツの現状を捉え、現在の環境問題に見られるドイ
ツ語彙と文章に視点を当ててみた。とくにドイツは環境政策に大きな比重を置いており、それ
に関連する語彙増大は顕著である。EU の環境政策課題から発信されている多くの環境語彙は
同じ地球上に住む人々にとって重大な意味が含まれている。語学に携わる者が社会貢献してい
るか、人々の生きる糧になっているか、思い当れば限りなく自分自身の社会的貢献度の低さを
感じている。
なぜここでこんな問題を取り上げるのか。言語に携わる者の使命として言語学分野の枠を越
えるべきと問い始めたからである。もう一度人間の生きる原点に一歩踏み込み、生活者の立場
からその言葉の重要性を吟味すべきと考えた。言語研究も一貫した研究が大切ではあるが、い
ま人類が悲鳴をあげ生き抜くために苦慮している。
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人は現実を直視し、日常生活に直面している社会認識から掛け離れてしまっては意味がない。
日常性の中で生まれる社会認識に入り込んでいかなければならない。あえて今回《社会を利す
る言葉の力があるのか》を取り上げた。様々な言語作用から生み出された言葉の本質、環境問
題、緩和医療を中心に文章と語彙を摘出し論及してみたい。
言葉の真実性と虚構
〈言葉に魂が入っていない〉とよく言われるが、言葉が滑らかで語彙が豊富で対話が上手で
あったとしても、言葉に自分の考え、思いそして願いや気持が入っていなければ単なる上辺の
コミュニケーション手段でしかない。言葉は言行(Worte und Taten)不一致な部分が多く、
話していることが必ずしも本音ではなく常にあやしいのである。お世辞(Komplimente)や
外交辞令(diplomatische Redensarten)などはその例である。対話の中で、心に響きあう話
ができ、内容が充実していることが本来の言葉の姿である。母語にしろ外国語にしろ会話の流
暢さ(Gabe flieβender Rede)より話の中身(Inhalt)が重要である。「われわれが生きてい
る操作性の時代においては、真実性と確実性、知ることと信ずることの隔たりはことのほか目
に映りやすい。科学的な言説の基礎をイデオロギー的と非難して、真実の言の組立てを可能な
らしめる、諸々の手続きを打ち壊し解明しようとした――多かれ少なかれ成功はしたが――批
判的努力が、その結果として得たものは、半ば純粋な状態における信に基礎づけられたユート
ピア的な言説の開花である。不信の社会は信じやすさの波に打ち沈められ、政治的・学術的・
宣伝的言説によって捉えられ知の罠にのって獲得された知は全く効果のない解毒剤である。中
世の奥深くからわれわれに届く苦しみの叫び、<不条理故に我信ず>は、苦悩がそこから欠落
していることを除けば、ぺてん師とだまされ役、超意識と無意識の遊戯によくあてはまる。
」
と、権力によって、圧倒的多数によって、物事が正当化されれば、非なる事、不条理なること
にも従わなければならない。言葉はある時には一人の人間を押し潰すほど強力に作用する。言
葉は増殖し、一人の人間の言説が大きな影響を及ぼすのである。
一方で、ささいな言動であっても場の雰囲気をぶち壊す繊細な感情面も含有し、ある時には
場の雰囲気を遮断してしまう。言葉を操れることができても、どんな姿勢で何を伝えるかが重
要になってくる。言葉以前の人間としての生き方(Lebensweise)の問題がまずは言葉の中で
問われている。
¨
コミュニケーションは人間性(Menschlichkeit)とか気持ち(Gefuhl)が含有していて、い
くら言語技術がすぐれていても話し手に偏見があったり、相手を傷つける発言をすれば逆に話
さない方がいいのである。対話をしていて耳ざわりで不快感を感じるようでは何のためのコ
『言語[A.J.グレマス(Gremas)
,嘘と真実の契約、邦訳、小松英輔]』、大修館書店、197
6、P.
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ミュニケーションか、わからなくなってしまう「
〈場の空気を読め〉という言葉が使われると
きがある。あまりにも的はずれな発言をして、それまでの場の雰囲気をぶちこわしたときに使
われる言葉だ。場の空気というと曖昧なようだが、実際にその場にいれば、ある程度感じるこ
とのできるものだ。この雰囲気の感知力において、敏感な人と鈍い人がいる。−−−なぜ今こ
こでこの話をしているのか、それをわきまえなければ、空気を読んでいないことになる。とり
わけ緊張感が漂っているような場合には、文脈を外すような的外れなことを言うと、全員の集
中が乱れる。話がまじめな方にいっているのか、崩れる方にいっているのか、−−−空気のも
う一つの構成要素は、各人の身体だ。たとえば、誰かが個人的な理由でたまたま不機嫌だった
としよう。その不機嫌さが身体全体から発せられている。その場の空気を悪くさせる。発言の
内容以上に、言い方に気分があらわれる。
」、コミュニケーションをうまく取るということは
個人の範疇だけでなく全体の状況を把握しなければならない場合もある。文章伝達以上に口頭
によるコミュニケーションは繊細な感情が走っている。一度言ってしまった言葉を修正し直す
ことはできないからである。
さらに日本語には歴史的先入観(historisches Vorurteil)が入っている。例えば「<めくら>
ということばの使い方は目が見えないという事実に<劣ったもの>という意味を重ね合わせな
がら、盲人に対する先入観を形成させているということができる。−−−ことばが背負ってい
る歴史的なイメージに加えて、無神経にこのことばを使う人の意識が反映されているからでし
ょう。
」と言われているように、長い歴史的背景の中で生まれた数々の語彙に、思わぬ潜在的
差別用語(Diskriminierungswort)が入っていることを考慮しなければならない。
また対話の中には一つ一つの思いを比喩的に情緒を持って表現した珠玉の言葉、そして短い
会話の中でも情報が凝縮し、必要最低限の重要な一言に重みのある寡黙な言葉まで、言語社会
は様々である。
言 葉 に は 虚 構 と し て 現 実 か ら 離 れ た 非 現 実 の 創 作 活 動 が あ る。そ の 一 つ が 娯 楽
(Belustigung)としての演劇、芝居、映画、ドラマなど各種の興業である。そこに登場する
役者は芝居の山場としての場面を引き立たせる話術や表現方法を兼ね備えている。創作芸能は
あらかじめ主役(Hauptrolle)と脇役(Nebenrolle)が決まっていて、そこに登場する一人一
人の人物像を創り出し、それぞれの役目を担わせている。だから一人一人の個性と特徴ある表
現が生まれ、言葉の役割も自ずと決まってくる。
また作家も現実から遊離し空想や想像社会を文章化できる許容された活動範囲を持っている。
非現実社会を描写しようと、現実の事実を利用したフィクションを書いても、その文章に対し
て批評されることがあっても、内容責任を問われることはほとんどない。小説は多様な場面を
斎藤孝、
『コミュニケーション力』
、岩波新書、2
00
4、P.
12
6,
127
言語表現研究会、
『コミュニケーションのためのことば学』、ミネルヴァ書房、200
3、P.
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組入れ、登場人物の性格や経歴を利用して人物像を表現し、内容や言葉にめりはりをつけ文章
を創作している。筋書きがあるからこそ、それぞれの登場人物の言葉と役割がはっきりしてい
る。しかも主人公を中心に役割分担が明確であり、現実社会とは異なった表現が可能である。
想像であろうと現実であろうと創作活動の自由な表現がどこまでも許されている。小説は政治
や文化を越え、人物造形がなされ、生き方や社会的批判がストーリーの中で表現されている。
情感や思想信条を自由に書くことができ、内容の真実性(Wahrhaftigkeit der Inhaltes)は問
われないのである。
それに対して真実性が問われる分野として、ジャーナリスティク(journalistisch)な仕事に
携わっている人たちである。どこまでが事実(Tatsache)でどこまでが虚像(virtuelles Bild)
であるか、見極めなければならない。とくに新聞報道、週刊誌などの記事が真実であるかどう
か、その報道に対する判断能力が問われる。
「ジャーナリズムの世界では、ひと頃、<ことば
への不信>、<言語への断絶>と称される現象が盛んに論じられることがあった。これなども、
<ことば>あるいは<言語>という概念を、言葉を使う人間の表現、物の考え方、思想、さら
には行動様式までも含めたものを広くさして用いた例である。
」と、言葉の運用は漠然として
いて事実や真実性が問われない限り、曖昧さに線引きすることは難しい。そこには書く人の責
任と姿勢が問われ、類推解釈や拡大解釈もそれに含まれる。職業上、ジャーナリストは体制に
媚ず、事実を歪曲せず一貫して真実に基づいたジャーナリズム精神とその姿勢が問われている
のである。
文章を机上理論だけで考え、現場確認をしないジャーナリスト、文章力にまかせ、現場状況
を把握せず筋書きによって描写してしまう恐さがある。逆に、現場に近づき過ぎて感情面に
¨
多々遭遇し、全体像がつかめず客観性(Objektivitat)が失われても困るのである。しかし、
物 事 は 現 場 を 介 し て 事 実 確 認 し 理 解 す る こ と が で き る の で あ る。よ く<百 聞 不 如 一 見
(Erfahrung ist die beste Lehrmeisterin)>と言われるが、経験すること、見ることによっ
て、物事を知っている者と知らない者の差は、次のような例でわかる。
「野球に詳しい者には、
どのような出来事がどういう順序で生じたかはっきり理解することができる。しかし野球に無
知な者にとっては<《三塁の塁審》
《振った》>などの語句の意味は知っていても、何を述べ
ているか、見当もつかないと思われる。しかし、野球に無知な者も、球場で実際に生じた出来
事をつぶさに観察したのちにおそらく了解できるにちがいない。−−−ことばの理解における
枠組の重要性は、日常の経験からも、確かめることができる。自分が全く無知である分野につ
いての話は、いかに傾聴しても、その輪郭すらつかめないことが多い。話し手のことばにどれ
ほど乱れが少なくとも、いわんや話し手に<言語の異常>が全く見られない場合にも、このよ
『言語,神尾昭雄、
[言語理論からみた〈言語の異常〉],』大修館書店、197
6.
11月号、P.
51
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うなことは起こるのである。−−−結局、ことばの理解は、本来、言語以外の要因に大きく依
存するものであるといえよう。
」と、実際に事物を現場で確認してからでないと言葉だけでは
理解できない背景が多々あるのである。
また、世界には教育を受けず識字能力のない文盲(Analphabet)と言われる人々がまだ地
球上にいる。文字や新聞を読むことができなければ、世の中がどのような様子なのか。文字を
介 し て 伝 わ る 情 報 は 膨 大 で あ る。文 字 利 用 で き な い と い う こ と は、知 識 や 情 報 が 口 頭
¨
(mundliche
Sprache)だけに限られる。現代人は知識の伝達や多くの情報を口頭と文字情報
という手段によって両輪でうまく吸収している。
識字能力のない人たちは口頭により、しかもその地域の地域言語で伝達伝授していることが
多い。そこには限られた情報源しかなく、考え方や判断はその土地の慣習(Gewohnheit)を
主体にして生活している。とくにイスラム教徒の女性の一部には教育を受けずに識字能力を持
た な い 人 々 が 存 在 し て い る。女 性 に 教 育 を 施 す こ と を 否 定 し た 社 会 は 男 女 平 等
(Gleichberechtigung von Mann und Frau)はありえないし、男尊女卑(Bevorzugung der
¨
Manner
von den Frauen)社会はいつまでも続くのである。もちろん識字能力がある社会で
あっても文字による片寄った偏見はあるのだが−−−。
しかし、一般論として言語は口頭だけでなく文字を介さないと片寄った知識、片寄った考え
方になりバランスの取れた判断能力や感覚が生まれない。文字が人間の記憶にとっていかに重
要であるかは、<人間は物事を忘れる動物>だからである。口頭伝達は内容確認が時間の経過
とともに曖昧になり、人それぞれが自分の都合や立場によって解釈してしまうご都合主義的自
己解釈の恐さがある。口頭と文字という両面によってこそ真実性が高くなる。よく外交交渉な
どで外交官が必ず通訳 を 介 し て 話 し て い る の は 話 の 言 質 を 取 ら れ る(das Versprechen
abnehmen)からである。国際的な取り決めも、国情や慣習によって考え方や取扱い方法が異
なり、口頭での約束事は覆される可能性が常にあるからである。最低限の約束事項や確認事項
は〈口頭よりも文書〉でなされているのも一文字の重みと信用性が重視されるからである。
軽い言葉から重い言葉まで
言葉は重い言葉から軽い言葉まで様々である。職人気質の人たちは物の完成が終局目的であ
るので、概して寡黙(Schweigsamkeit)である。こうした職人気質の人々の一言一言には口
数が少ない反面、言葉の一言一言に重みと魂(Seele)が入っている。喋り方の問題よりも職
人としての技術や伝承という重要な役割があり、言葉の感情移入は二の次である。
Ibid, P.
5
1
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3
¨
こういう職人気質の人々にとって訛り(dialektale Farbung)やコミュニケーション能力
¨
(Kommunikationsfahigkeit)はとやかく言われる必要はなく、肝心な事だけを伝えればよい
のである。この人たちに対して言葉が短くて間がもたない、丁寧な感じが不足し冷たく聞こえ
るなどと言われるかもしれない。しかし、話すことが仕事でない職人にとって、持ち合わせて
いる手の職や専門性が生活手段の主体となっているのである。
重い言葉の例として、イスラム教の〈ジハード〉である。正確には大ジハードと小ジハード
に分けられている。「ジハードはよく〈聖戦〉と訳されて、自分を正当化して外敵と闘うこと
のようにイメージされているが、イスラム開祖・ムハンマドの教えはそうでない。敵といって
も自分の心のなかに住む敵、例えば怠惰、忘却、我執など、それこそが、その人をイスラムか
ら遠ざける敵であり、その敵と戦うことこそが困難な大ジハードだというのである。それに比
べて外敵によって信仰の自由が侵されたり生命や財産が危険にさらされたときの戦いは、意外
にも小さなジハードだという。ムハンマドは、軍事よりも、精神の修行のほうが次元が高いと
教えたのであった。」と、ジハードの意味を解釈している。一般的には〈ジハード〉は死を覚
悟した聖戦を意味し、自分の命を神に捧げる思い入れの言葉である。この言葉はイスラム教徒
にとって全身全霊が込められている。自分が信ずる宗教上の言葉であれば、これ以上の重みを
持つ言葉はないであろう。
立場や宗教が異なれば、イスラム教徒にとって重い言葉であっても、他宗教であるキリスト
教徒や仏教徒にとっては異質で異様な言語にしか聞こえない。言葉に魂が入っているかどうか。
人間の生き方や価値観が人によって様々であり、一つ一つの言葉の背景にはそれぞれの意味が
潜んでいる。また個々の集団によってその言葉の持つ重みが違ってくる。
スポーツ選手は記録や結果が重視され、競技前にあまり語らないのが常である。
「スポーツ
選手は朴訥で無口な人が多いということもあるだろう。質問されていきなり立て板に水のよう
にぺらぺら喋り捲る選手や力士というのは勝負の世界に生きる人々のイメージに合わない気が
する」と言われているように、スポーツ競技にあっては相手があり勝ち負けの未確定要素が
多々存在するから、不言実行(der Tat, nicht der Worte)型になるのであろう。競技選手の
描いている競技ストーリーはあくまでも自分の勝ちを想定した結果でしかないからである。結
果(Resultat)が物を言うスポーツ社会にあって、勝利した者の言葉は敗者の言葉に優先する
のである。
軽い言葉として、営業用マニュアルやレストランなどの接客対応マニュアルは過剰な敬語
¨
(Hoflichkeitsausdruck)が多く、語彙数の割には魂が入っていない。営業活動においてお客
に不快な思いをさせないことが前提であり、言葉をマニュアル化するのは仕方のないことであ
NHK、七沢潔、
『イスラムの潮流』
、NHK 出版、200
0、P.
35
梶原しげる、
『口のきき方』
、新潮新書、2
0
0
4、P.
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る。話された言葉が後になって記憶の中に残存しない。ここでは接客用伝達手段としての役目
しか果たしていないのである。
政治家による選挙演説(Wahlrede)など名言や名演説など多々感銘する演説もあるが、概
して政治家は現実から離れた未来志向を想定して話すことが多く、現実と掛け離れた立場で話
している場合が多々ある。その場に合わせた語り口や説得力ある言葉は現実から遊離している。
その場の聴衆の雰囲気を推し量り、自分の言葉をうまく聴衆に取込ませる方法を心得ている。
¨
理想論(Idealvorstellung)と誇張(Ubertreibung)が混同しているように思われる。人の言
葉に酔うとはこのことかもしれない。未来志向の話をすれば社会の光のあたる部分だけしか見
えず、陰の部分をおおい隠すことができるからである。そこには言葉のマジック(die Magie
des Wortes)が存在する。
時流を超えて最重要課題にされているエコ言語学的ドイツ語彙
前回※も地球温暖化に関わるエコ言語学的語彙を取り上げたが、ジャーナリスィックな言語
から環境語彙を中心に抽出した。
いま地球環境問題とエネルギー問題が、とくにドイツの最大関心事である。地球温暖化
¨
(globale Erwarmung)が人類存亡の危機に直面していることを警告している。そして温暖
化への警鐘(Alarmglocke)が鳴らされているにもかかわらず、生活スタイル(Lebensstil)
を変えることのできない人間の愚かな行為に対して、警鐘を発し続けているのがドイツである。
1
9
9
4年1
1月1
5日、環境保護を初めて国家の責務として明文化し基本法により効力を発すること
になった。
¨
In Deutschland ist der Schutz der naturlichen
Lebensgrundlagen als Staatsziel im
Grundgesetz verankert. Aufgabe des Staates ist es
¨
¨
auch in Verantwortung fur
kunftige
”
¨
¨
Generationen die naturlichen
Lebensgrundlagen(zu schutzen)
“
(Artikel 20a). Damit geht
der Umweltschutz weit ¨
uber die Abwehr konkreter Gesundheitsgefahren hinaus und
umfasst eine aktive Politik der Zukunftssicherung.
ここではっきりと国家の課題として、基本法第20条 a に「次世代のために自然を守る責任が
ある」と明記している。環境保護は健康に対する直接的な危険を防ぐだけでなく安定した将来
の積極的政策を意味している。現在から未来を見据えた自然保護と持続可能な自然利用に視点
が置かれている。
これまでの産業と学術進歩が人間の幸福につながってきたかどうか、ということを問えば、
※
田口知弘、
「戦後史から見るドイツ語語彙検証」
、朝日大学一般教育研究紀要3
3号、2
00
7.
1、P.
49∼5
4
¨
Informationsamt der Bundesregierung, Tatsachen ¨
uber Deutschland, Societats-Verlag.
Frankfurt/
Main, 7. 2000, S. 277
田
口
知
弘
7
5
産業技術の過度の進歩が人類存亡を揺るがしていると言っても過言でない。存亡に関わる温暖
化 に 拍 車 を か け て い る 要 因 が、ド イ ツ も 日 本 も<戦 後 か ら の 脱 却(Befreiung von der
Nachkriegszeit)
>であった。産業資本の強化策とともに急速な工業化、アメリカ的生活への
憧憬である。豊かな生活(wohlhabendes Leben)と便利さを至上価値として突っ走ったアメ
リカ的生活であった。各家庭が乗用車を持ち、消費文化を謳歌し、家庭冷暖房がふんだんに利
¨
用できる石油消費型社会(Olkonsumgesellschaft)の実現であった。戦後、先進諸国は豊かな
物 資 を 大 量 生 産 し、多 く の 人 々 の 活 発 な 消 費 を 主 軸 に 大 量 消 費 社 会(MassenkonsumGesellschaft)を生み出し便利な生活に変化していった。しかし自然環境は悪化の一途を辿っ
ていったのである。ドイツも日本も経済的物質的な豊かさを追い求め、産業活動に力を注いで
きた。この経済成長を突き動かし発展した社会は、逆に自らで首を締める結果となっている。
この石油消費社会から脱皮するには身近な市民の環境意識も必要であるが、環境政策をリー
ドする政治政策しかないであろう。ドイツのような<再生可能エネルギー法(Gesetz
uber
¨
den Vorrang Erneuerbarer Energien)
>によって電力会社に買い取りを義務づける制度が必
要である。
この現代文明への警鐘を含めて、ドイツでは基本法をはじめ、政令(Regierungsverordnung)
、規則(Regel)によって環境保護政策を運用している。
¨
ここでドイツでは大量生産・大量消費を抑制し、環境税制改革(Okologische
Steuerreform)
、
原子力利用からの撤退(Ausstieg aus der Nutzung der Kernenergie)
、CO2削減計画(CO2
Minderungsprogramm)、循環型経済の確立(Der Aufbau einer Kreislaufwirtschaft)
、気候
¨
変動枠組条約(Klimarahmenkonvention)
、砂漠化防止条約(Wustenkonvention)
、移動性野
¨ den Schutz wandernder wildlebender Arten)など
生動物保全条約(Der Konvention fur
によって、一方的な営利追求型の経済活動を抑制する役目を果たしている。
Ziel der Bundesregierung ist es, die Energiewende vom fossil-nuklearen zum solareffizienten Zeitalter einzuleiten. Neben einer effizienten Nutzung von Energie und dem
Ausbau der erneuerbaren Energiequellen ist der Ausstieg aus der kommerziellen
¨
Atomenergienutzung eine zentrale Saule
dieses Projektes.
ドイツ政府の目標は化石燃料・原子力燃料から太陽光の効率的運用時代にエネルギー転換することであ
る。このエネルギーの効率的利用と再生可能エネルギー源の構築と並んで、商業主義的原子力エネルギー
利用からの撤退がこの計画の主軸である。
原子力発電・化石燃料発電時代から環境重視時代に転換を計るためには環境税によって、化石
燃料消費を抑制し、その税を再生可能エネルギー開発費にあてる決断が重要であった。すでに
ebd. S. 2
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1
2年前にドイツでは環境経済計算が提起され、
「さまざまな環境問題を経済活動のなかに合理
的に位置付ける手立てを探ろうという趣旨で続けられている−−−。環境を経済活動に取り込
むエコロジー経済は時代の流れであり先進国にとってこれこそが積極的にグローバル化すべき
課題である。
」として人間が住める環境があってこそ、経済発展がある、という発想に変わっ
ている。
¨
この地球温暖化要因は人間が便利さ(Bequemlichkeit)や経済的効率性(Okonomische
Effizienz)だけを追求したことは否めない。
「利便性を追求すればするほど汚染は拡大、浸透
してきた。世界がそれまで指摘を受けても対応してこなかった。環境汚染という<負の遺産>
の重大性と、深刻さに気が付いたのは、今世紀も終わろうとする19
9
0年代初めのころのことで
あった。−−−これ以上、汚染を拡大させずしかも経済成長を維持し、天然資源も保護してい
く<持続可能な発展>を目標とするものであった。
」、ドイツではいち早く生活基盤となる環
境に目が向けられた。
¨
日本では工業化(Industrialisierung)と都市化(Verstadterung)によって、地方から都市
へと人口流出が進み、地方分散型社会構造から都市集中型に変わり、食料供給の大部分を外国
から輸入する外国依存が一層強くなり、自給自足的な(autark)生活様式ができなくなった。
それによって農山村の空洞化と荒廃が進み農地や森林保全(Waldsicherung)がされないまま
の状態になっている。環境保全(Umweltschutz)として最も役立ってきた森林が荒廃し、木
材、竹材、燃料エネルギーとしての薪、木炭利用がなくなり、全てが外国依存の化石燃料・灯
油やプロパンガスに転換されていった。原材料輸入に伴って金属材料に変わってプラスチック
類が多くを占め、自然焼却できない廃棄物が増大していったのである。
一方、ドイツは工業・技術志向型社会でありながら地方分散型社会を維持し自然志向社会を
推し進め、自然エネルギー利用に本腰を入れている。化学物質の規制強化など人体に害となっ
ている農薬排除が進み自然の営みに回帰する有機農業(organische Landwirtschaft)への試
みが常になされてきた。
¨ Klimawandel)を
ここでドイツで訴え続けられている気候変動への警鐘(Alarmglocke fur
主点にして、環境問題、エネルギー問題について、これまで掲載された冊子、新聞から一部を
取り上げてみた。
¨
Von der Offentlichkeit
unbemerkt, tobt unter den Klimaforschern derzeit eine Art
Kulturkampf.
世間には知られていないが、気候研究者たちの間で現在一種の文化闘争が激しく起こっている。
この地球温暖化がこれからの文化闘争とみている。人間が生活していく上で地球温暖化による
足尾正敬、
『ドイツ再生と EU』
、勁草書房、1
9
9
9、P.
218
林哲裕、
『ドイツ企業の環境マネジメント戦略』
、三修社、200
0、P.
232
Der Spiegel, Nr.
1
9, 7.
5.
2
0
0
7 S.
1
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影響が自然界を変え、これまでの生活の仕方では対処できない限界にきているからである。
Erneuerbare
Energien : Windkraft,
Biomasse(elektrisch,
Kraftstoffe), Photovoltaik,
Geothermie, Solarthermie, Wasserkraft, Wellen-und Gezeitenkraftwerke.
再生可能エネルギーとは風力、バイオマス(電力利用、燃料)、太陽光電池、地熱、太陽熱、水力、波
力そして潮力発電である。
¨
¨
Der rasche Wandel des Klimas und das Schwinden der Ol-und
Gasvorrate
erzwingen
eine radikale Energiewende. Der Verfall des Wohlstands scheint unausweichlich, sollte
die Weltgemeinschaft keinen nachhaltigen Energiepfad einschlagen.
気候の急激な変化と石油・ガスの埋蔵量減少が急激なエネルギー変更を余儀なくさせている。豊かさの
衰退は回避できないように見える。世界共同体が持続できないエネルギー行路に取って進むにちがいない。
我々は現在あるエネルギーによって生かされている。現在依存している化石燃料から脱皮しな
ければ、生活できない限界がやがて来るであろう。多くの人々はエネルギー危機が遠い将来の
ことと考えているが現実は緊急事態になっていて、人間の生死に遭遇するかもしれない。現代
社会、産業界、経済界への厳しい警告である。地球上の化石燃料の膨大な消費とともに気候変
動を作り出し、生態系を破壊し、市場万能主義に呼応して、グローバルなエネルギー収奪を加
速させている。いま自然界から人間自身の生き方を問われている。
アメリカのタイム誌はドイツから学ぶ(Lessons from Germany)と題して、ドイツの環境
政策を高く評価している。
How to win the war on global warming.
Germans have slashed greenhouse-gas emissions without sacrificing profits. Their secret?
It’
s a telling story. Between 1990 and 2005, Germany’
s total greenhouse-gas emissions
declined 18% ; in the same period, those of the U.S. went up 16%. But Germany’
s impressive performance has been less about innovation than about implementation. The
government has left little to chance. An eco-tax on fuel discourages petroleum use.
Laws push waste reduction and recycling.
いかに地球温暖化戦争に勝つか。
ドイツは温室効果ガス排出を犠牲的負担なく大幅削減した。それらの秘訣は?
以下で、それははっきり物語っている。1
9
9
0年から200
5年の間に、ドイツでは全温室効果ガス削減は18%下
がった。同じ期間にアメリカは排出量が1
6%上がった。ドイツの卓越した出来ばえは実行手段が技術革新を勝
った。ドイツ政府は流れに任せなかった。燃料用環境税によって石油消費を抑制している。法律がゴミ削減と
ゴミ再利用を押し進めている。
Der Spiegel, Nr.
7,
7.
2.
2
0
0
7,
S.
8
6.
8
7
Time,“How to win the war on global warming”
, April.
28.
200
8,
P.
44
7
8
社会を利する言葉の力はあるのか
まさにアメリカの温室効果ガス排出はヨーロッパと逆行している。なぜヨーロッパが削減でき
アメリカができないのか。
『TIME(タイム)
』もその要因をドイツが再生エネルギー法(The
Renewable Energy Sources law)を導入したことを取り上げている。安い石油がふんだんに
使えるという前提にアメリカ社会が成り立っているから、石油依存から脱却できないのが現実
であろう。また、ドイツは寒くて太陽光も弱くアメリカの California や Arizona などの方が太
陽光利用には自然条件が整っている、と指摘している。
We are going to prove that climate-change action and economic prosperity are not
contradictions, but are mutually dependent.
(Environment Minister Gabriel)
我々は気候変動に対する行動と経済的繁栄が矛盾した言葉でなく、お互いに相互依存していることを証
明することになる。
(環境大臣ガブリェル)
気候温暖化に歯止めを掛けることは経済成長を抑制させるということではなく、経済と環境の
均衡のとれた政治政策をドイツは強調している。
¨
¨
Kein Land fordert
Windkraft und Sonnenenergie so wie Deutschland. Die Burger
¨
¨ das Klima bringt es wenig.
mussen
das teuer bezahlen. Fur
ドイツのように風力そして太陽エネルギーを促進している国はない。市民がそれに対して高い費用を補
填しなければならない。いま気候に対して、ほとんど効果をもたらしていない。
ドイツ一国だけの自然エネルギー対策に対してマスコミは懐疑的な意見を述べていた。とくに
一国だけで風力や太陽エネルギー利用しても、現状では採算が合わない。しかも捻出した高価
なエネルギーを電力会社が購入し、市民がその差額を負担しなければならないからである。市
民にとって、このエネルギー政策は負担が大きいのである。しかしドイツの英断と環境政策が
地球を救うという一貫した発想の下で行われている。<再生エネルギー法(EEG)
>※によっ
て、各家庭が太陽光発電によって生み出した電力を電力会社が通常より高い価格で買い取るこ
とを義務づけた。この法律が太陽光発電普及に貢献している。その意味で、ドイツは一時的な
採算を度外視し、太陽光発電移行に弾みをつけている。
¨
Stromquellen : Anteil der Energietrager
an
der
Stromerzeugung
in
Deutschland.
Braunkohle 25.6%, Kernenergie 27.8%, Regenerative 9.4%, Erdgas 10.4%, Steinkohle 22.3%,
Sonstige 4.5%. Verteilung der regenerativen Quellen : Wind 4.4%, Lauf-und Speicherwas¨
ser 3.7%, Biomasse 0.9%, Mull
0.4%, Photovoltaik 0.1%.
電力源:ドイツの電力源生産の電源構成比。
褐炭、原子力、再生可能エネルギー、天然ガス、石炭、その他から電力生産されている。そのうち再生
可能エネルギーの内訳は風力、水力、バイオマス、ゴミ、太陽光である。
Ibid, P.
4
5
Frankfurter Allgemeine, Sonntagszeitung,1
1.Sep.
200
5,
S.
35
※再生可能エネルギー法 Erneuerbare−Energien−Gesetz(EEG)2000年4月1日施行の法律。一般家庭
が再生可能エネルギーによって生み出した電力を電力会社が買取る、電力買い取り義務制度。電力買取り
保証がなされ電力料金を介して一般世帯や企業に買取り超過負担分を転嫁して徴収する。奨励対象は水力、
風力、太陽光発電、地熱、バイオマスなど各種再生可能エネルギー。ドイツでは太陽光による再生可能エ
ネルギーを電力会社が1キロワットあたり日本円で約70円で買い取らなければならない、という義務にな
っている。日本は1キロワットあたり2
4円で電力会社が買い取る。しかし任意であるので拒否も有り得る。
ebd. S.
3
5
田
口
知
弘
7
9
ドイツの場合、褐炭と石炭による電源供給が約半分を占めている。火力発電による電力供給率
が非常に高い。再生可能エネルギーとして9.
4%を占めている。いずれ枯渇するであろう石炭
・石油は再生可能エネルギーに代わらなければならない。
「再生可能エネルギーの全エネルギ
ー消費に占める比率が、わずか数年のうちに14%まで上昇し、いまドイツはこの比率を2
0年ま
でに2
5%ないし3
0%まで引き上げることを目標に掲げる。これまでに世界47カ国で、ドイツの
再生可能エネルギー法(EEG)を手本とする類似の法律が施行されたのは、この市場誘因型
プログラムが気候保全に役立つばかりでなく、大きな経済効果をもたらすからにほかならな
6%増加している。ドイツの場合に
い。
」、以上のようにここ3年間で再生可能エネルギーが4.
は省エネ対策、二酸化炭素排出削減、再生可能エネルギー発電などにより温室効果ガス排出削
減を実行に移している。
地球温暖化問題が重要視される中で、いまドイツ以外の多くの国が原子力発電に傾斜してい
る。その推進とともにプルサーマル※を含めた原子燃料サイクルとして原子力発電所で使用済
のウラン燃料を再処理し、そこから取り出したプルトニウムを再び原子力発電所で利用する方
針を打ち出している。これに対して、危険が伴うのでドイツは廃止の方向に進んでいる。国際
エネルギー機関(IEA)の予測では中国、インドをはじめとする世界各地の消費量は5
0年後に
2倍になると予測している。原発を造り続けても使用量が増加し続ければ
は CO2の排出量は2.
温暖化は防ぐことができないのである。
¨
Durch Energiesparmaβnahmen sowie die verstarkte
Nutzung von Wind-, Wasser-und
¨
Sonnenkraft konne
der Anstieg von Treibhausgasen bis 2050 halbiert werden. Dadurch
¨
stiege die Erwarmung
der Erde um weniger als zwei Grad−−−.
¨
Ohne Energiewende drohe eine Erwarmung
der Erde bis 2050 um bis zu 5,8 Grad,
¨
¨
rechnet der Uno-Ausschuss fur
Klimaveranderungen(IPCC)vor
ein Temperaturanstieg
mit katastrophalen Folgen.
エネルギー節約対策と並んで風力発電、水力発電そして太陽光発電によって205
0年までに温室効果ガス
の上昇を半分にすることができるであろうか。それによって温暖化上昇を2度までに押さえることができ
る。
もしエネルギー転換がなければ、2
0
5
0年までに地球温暖化はすくなくとも5.
8度上昇する恐れがある。
国連の気候変動委員会は被害を伴う気温上昇を予測計算している。
温暖化による気象状況の急激な変化は自然災害の危険性をはらんでいる。目標値をどのように
設定していくか各国利害が伴って大きな課題がのし掛かっている。
¨
Kraft der Scholle : Die Flussigkeit
in den Rohren, die sogenannte Sole, nimmt Erd-
※原子力発電所の使用済み燃料を再処理して回収した<プルトニウム>を、ウランにまぜて再び燃料として
<サーマルリアクター>既存の原子力発電所である軽水炉で利用する意味。
¨
Deutschland, No.
4,
Societats-Verlag,
Frankfurt/Main, 200
8.
8・9月号,P.
64
Der Spiegel, Nr.
4,
22.
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0
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S.
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0
¨
¨
temperatur an und stromt
schlieβlich, abhangig
von Bohrtiefe und Geologie, mit einer
Temperatur zwischen 5 und 12 Grad Celsius zur Heizung.
地層の熱利用:いわゆるパイプ管の中の液体、鉱泉が地中温度を吸収し、そしてボーリングした深さと
地中の5度から1
2度の温度を最終的に暖房として流す。
ヒートポンプ技術は熱エネルギーをパイプ管を通して、上下させることによって地熱エネルギ
ー(geothermische Energie)を利用し熱吸収する方法である。冬、地中は外気より温かく、
夏は冷えていて一年中比較的一定温度を保っていることに着目した地熱利用である。
Atomstrom ist zu riskant und Kohle zu dreckig. Wind und Sonne reichen nicht, und
¨
Gas macht uns zu abhangig
vom Ausland. Doch wie soll verhindert werden, dass
¨
Deutschland schon bald zeitweise der Strom ausgehen konnte
?
Eine provokante Idee
¨
¨
¨ Kernkraftwerke versteigern.
konnte
helfen. Der Staat sollte langere
Laufzeiten fur
原子力電源は危険すぎ、石炭は汚すぎる。風力と太陽では充分でなく、ガスは外国に依存し過ぎる。ド
イツはまもなく電力生産が減少していくであろう、それに対してどのように防御すべきであろうか。一つ
のひらめきが助けになるにちがいない。
国家は原子力発電所に対して長い運転期間を終わりに付すべきなのだが−−−.
これまでの対策や発想では地球温暖化に追い付かない情勢である。ここでひらめき
(provokante Idee)が期待されるのである。
¨
Wankelmut des Windes:Die launische Windkraft wird zur Gefahr fur
die
Strom-
leitungen. Forscher sinnen auf Abhilfe−mit Riesenbatterien, virtuellen Kraftwerken oder
¨
dem Bau eines europaischen
Gleichstromnetzes.
風の気まぐれ:気の変わりやすい風力は電力送電に対して危険に陥る。研究者は巨大な蓄電池、仮の発
電所あるいはヨーロッパ統一サイクル電流網の建設という救済策を企てている。
風はいつも吹いているわけでなく、ある時には強く、ある時には無風になる。この変化しやす
い風に対して、電力安定供給するにはいかに対応するか、全ヨーロッパ電力の貸借の必要性と
一時的な過剰電力の運用には巨大蓄電池(Riesenbatterie)の改良が望まれるところである。
Nur SPD-Umweltminister Gabriel triumphiert : Die Atomkraft sei eine
Risikotechnolo”
¨
gie“. −−−Die Atomkraft musse
als klimafreundliche Energiequelle eine Zukunft
¨
¨
bekommen, sagte Gunther
Oettinger(CDU)
. −−−Im Sudwesten
der Republik kommt
¨
mehr als die Halfte
des Stroms aus Kernkraftwerken−das ist fast doppelt so viel wie
in ganz Deutschland.
ドイツ社会民主党・環境大臣ガブリエルだけが自信を持って語っている。原子力は<危険技術>である
ebd. S.
1
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1
と−−−、一方、ギュンター・オェティンガー(キリスト教民主同盟)は、将来、原子力は気候にやさし
いエネルギー源として受け入れなければならない、と言っている。ドイツ南西部では、原子力発電所から
電力の半分以上が流れている。それは全ドイツの二倍である。
ドイツは原子力発電廃止を決定している。しかし、エネルギー論争の中で原子力発電推進派と
廃止論者の軋轢がいまだ続いている。理想と現実のギャップが浮き彫りにされ、双方の論争点
となっている。現実には原子力エネルギー依存度が高いからである。
Kommt es weltweit zu einer Renaissance der Atomkraft?
Nur mit ihrer Hilfe, sagen
¨
die Befurworter,
lasse sich der rasant wachsende Energiehunger stillen, ohne das Klima
¨
weiter zu belasten. Kritiker halten die neue Nuklear-Euphorie fur
Zweckoptimismus
¨
¨
¨
einer Branche in Bedrangnis.
Angesichts schwindender Uranvorrate
und ungeloster
¨
Sicherheitsprobleme gilt ihnen die Technik nicht als zukunftsfahig.
¨
Die Kernenergie soll das Klima retten−ein Vabanquespiel mit einer gefahrlichen
Technik.
世界的に原子力ルネサンスが来るだろうか。推進論者は、原子力の助けによってのみ、これ以上気候に
負荷をかけずに、急速に拡大していくエネルギー飢餓を落ち着かせることになる、と言っている。批判論
者は苦境の中で、この原子力分野の合目的楽天主義に対して新たな原子力楽観神話と見なしている。減少
するウラン埋蔵量と未解決の安全性問題に直面して、この原子力技術に将来見通しはない。原子力エネル
ギーは気候を救うにちがいない。だが危険な技術を伴った一か八かの賭である。
一時的に原子力発電が CO2抑制、地球温暖化抑止、エネルギーの安全保障に寄与したとしても、
将来、ドイツでは核廃棄物処理は技術的に解決できないとみている。アメリカ、日本など世界
的に原子力発電プラント建設の動きが高まっているが、核廃棄物の具体的処分の目処が立って
いないままである。従って次世代への莫大な量の放射能蓄積と巨大な負の遺産の引き継ぎにな
ると想定している。
¨
Solarhauser,
Windkraftanlagen:Mit ihrem ehrgeizigen Klimaprogramm will Kanzlerin
Merkel Deutschland zum weltweiten Vorbild beim Kampf gegen den Treibhauseffekt
herausputzen.
Wer zahlt die Rechnung?
¨
Wahrend
sich Kanzlerin Angela Merkel als Retterin des
¨
¨
Weltklimas feiern lasst,
verstrickt sich ihr Kabinett in einen zahen
Kleinkrieg um das
geplante Programm gegen den Treibhauseffekt.
太陽光家屋、風力発電施設:それらの思い切った気候保全計画によって、メルケル首相はドイツの温室
効果ガス結果に対する闘いについて、全世界へお手本を提示したいのである。
Der Spiegel, Nr.
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2
だれが費用負担するのか。アンゲラ・メルケル首相が世界の気候保全の救世主として賛美されている間、
彼女の内閣は温室効果ガスに対する計画プログラムについて、妥協なき小戦争に陥っている。
環境保全計画を遂行するには市民の膨大な費用負担がかかる。超過費用分担を恐れる庶民の二
分した意見が浮き彫りにされている。
¨
¨
Kur fur
Erdoljunkies
: Saubere Kohlekraftwerke, Fusionsreaktoren, Supersolarzellen,
¨
Biokraftstoffe der nachsten
Generation − weltweit suchen Wissenschaftler und Inge¨
nieure nach den Energien der Zukunft. Jahrzehntelang wurde die Forschung vernachlas¨
sigt. Fuhrt
die aktuelle Energiekrise zur Wende?
石油消費常習者に対する治療:科学者や技術者はきれいな石炭発電所、核融合原子炉、スパー太陽電池、
次世代のバイオ燃料を将来エネルギーとして模索している。その研究は1
0年間そのままになっていた。差
し迫ったエネルギー危機が変化をもたらすであろうか。
私たちは石油エネルギーを当り前のように使用している。麻薬常習者が薬物依存を断ち切るこ
とが難しいように、石油常習者も石油依存を断ち切ることが難しいのである。人間は一度身に
ついてしまった薬物依存をやめるには強い意志が必要である。それと同じように、石油からの
脱却はスーパー太陽電池(Supersolarzellen)の拡大利用が次世代の最有力エネルギーとして
注目されている。
¨
¨
¨
Mehr Forschungsgeld garantiert naturlich
nicht automatisch Durchbruche
. Hochst
¨
leistungen aber von zu wenigen unterbezahlten Forschern mit veralteten Geraten
zu
¨
erwarten ist hochst
vermessen.
もちろん多くの研究費は継続的助成を保証するものではない。時代遅れの機器で低賃金で働いている研
究者に期待される最高の業績は最も厳密な測定である。
研究者の技術開発費はどこの研究者も同じで最小費用で最大成果が望まれている。技術開発に
は多額の研究費が投入されないとなかなか技術進歩が難しいことを示唆している。
¨
¨
Viel Geld fur
wenig Strom : Die hohe Forderung
von Solarstrom ist Paradoxerweise
¨
zum Hemmschuh fur
die weitere Entwicklung der Boom-Branche geworden. Jetzt will
die Politik gegensteuern.
わずかの電力創出のための多額のお金:太陽電力への巨額助成がこの太陽光・ブームの継続的発展を抑
制するという理屈に合わない結果となった。いま政治は反対方向に流れようとしている。
ドイツのエネルギー政策は自然環境に配慮した再生可能エネルギー利用で世界的に評価されて
いる。しかし、<費用がかかり過ぎる>と、いつも政治論争の槍玉になっている。
Naturschutz
¨
: Die Rettung von Waldern,
Walen und Korallen soll zum neuen
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3
¨
Milliardengeschaft
werden−und so das dramatische Artensterben stoppen.
自然保護:森林の保全、鯨、珊瑚礁の救済が新しい巨大事業になるべきであり、そして急激な種の絶滅
を食い止めるべきである。
自然環境に敏感な森、鯨、珊瑚礁などは自然環境のバロメーターである。これらの生物種の絶
滅は多様な生物と関係していて自然界の指針となっている。
¨
Die Biosprit-Euphorie ist verflogen, denn die massenhafte Produktion von Pflanzenol,
¨
schadigt
die Umwelt.
バイオアルコール楽観気分は消えてしまった。なぜなら植物油の大量生産が環境を損なっているからで
ある。
石油が底をつき、石油代替となる油がバイオ燃料だと言われ、車使用者は一時的に安心した。
しかし、現実には人間の食料犠牲による石油代替であった。食料と穀物価格が高騰する結果と
なった。アメリカの穀物生産者は穀物高騰で大きな利益をもたらした。さらに穀物が投機の対
象となって、貧しい国々の食料供給は限界に達した。バイオ燃料への急激なエネルギー政策変
更が人間の生存に関わる食料問題に波及した。
¨
¨
¨
Die notigen
Mengen Bioethanol hatten
nicht aus europaischer
Produktion stammen
¨
¨
konnen.
Sie waren
nach Angaben der Kraftstoffindustrie maβgeblich aus Brasilien im-
portiert worden. Dort hat im vergangenen Jahr die Entwaldung neue Rekordwerte
¨
erreicht, weil die Nachfrage nach Soja und Zuckerrohr fur
Fleisch und Pflanzenenergie
stark gewachsen ist.
必要とされる大量バイオエタノールがヨーロッパ生産できなかっただろうか。バイオエタノールが燃料
業界の指示によって主にブラジルから輸入されてきたであろうか。(ほとんど輸入されていなかった)
昨年、ブラジルでは森林伐採が新最高値に達した、なぜなら肉や植物油エネルギー生産のため、大豆や
砂糖きび需要が急激に伸びたからである。
長年にわたる地球上の食料の供給と需要バランスは、地域や国によって格差はあったが、何と
か生き延びる程度の供給量は維持されていた。しかし、食料を石油代替することで穀物需要が
増大し、穀物が投機対象となりグローバルな食料危機をつくり出している。投機が危機を解決
するより、その穀物需要の増大を利用し金儲け手段に投機業者が走っている。生産者と消費者
のバランスの取れた流通がなくなり公正なメカニズムの欠如と多国籍企業を利する経済システ
ムがいま世界の貧困層にしわ寄せを及ぼしている。
¨
¨
Die steigende Nachfrage nach Biokraftstoffen gefahrdet
Tropenwalder.
−−−Weil
¨
kunftig
erhebliche Teile des deutschen Autokraftstoffs aus Pflanzen stammen sollen,
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¨
¨
¨
konnten
Regenwaldflachen
etwa in Indonesien und Brasilien zerstort
und dabei gigan-
tische Mengen an Treibhausgasen freigesetzt werden.
バイオ燃料の増大する需要が熱帯林を破壊している。−−−なぜなら、これからドイツの自動車燃料の
大部分が植物油依存になれば、インドネシアやブラジルの熱帯雨林が損なわれ、それによって、巨大な量
の温室効果ガスを発生させることになるのではないか。
バイオ燃料が自動車燃料に転換されると、さらにいま現存する原生林の伐採が始まり穀物栽培
が拡大されるであろう。CO2を吸収する原生林の破壊は地球の砂漠化と破壊に繋がっている。
¨
¨
Herkommlicher
Biosprit wie Rapsol
oder Ethanol ist ¨
okologisch bedenklich und
¨
gefahrdet
die Versorgung mit Nahrungsmitteln. Pflanzliche Kraftstoffe der zweiten
Generation schneiden weit besser ab. In Sachsen geht die erste Raffinerie in Betrieb,
¨
die Holzabfalle
in hochreinen Diesel verwandelt.
ナタネ油あるいはエタノールというような伝来のバイオ燃料は生態系上都合が悪く、食用原料供給を損
なう。いま、次世代の植物燃料がうまく切り開かれようとしている。ザクセン州では木くずから高純度の
デーゼル油に変える最初の精製工場が可動している。
ナタネ栽培は広大な土地を必要とし、ほかの食料生産物栽培と競合する。今ある他の植物を石
油代用する試作がなされている。その一つが木くず利用である。<窮すれば通ず(Not macht
erfinderisch)>を信じたい。
人間の生きる糧となる食料を石油代替するのではなく、他の植物、あるいは物質からの抽出
を期待したい。
3
9 Prozent wollen aufs Fahrrad umsteigen. −−−Die Autoindustrie sieht durch die
Explosion der Benzinpreise die Politik gefordert.
¨
Fur
die Autofahrer ist das nicht nur
”
¨
ein groβer, rund vier Milliarden Euro schwerer Kaufkraftentzug, sondern schrankt
ihre
¨ schmerzhaft ein
¨
Mobilitat
“, sagte der Prasident
des Verbandes der Automobilindustrie,
Bernd Gottschalk, dieser Zeitung.
(車利用者の)3
9%が自転車に変えたいのである。−−−自動車産業界はガソリン価格暴騰によってエ
ネルギー政策が必要とみている。車利用者にとって約40億ユーロの購買力消失だけでなく、彼らの活動を
ひどく制限している、と自動車産業連盟会長ベルント・ゴットシャルクはこの新聞に語った。
ガソリン価格暴騰が経済活動そして車利用者の日常生活に大きな影響を及ぼしている。この地
球上は石油依存によって経済成長が可能になっている。もし石油が枯渇すれば、生産性向上も
日常生活も全てが不可能になる。石油依存から脱却しない限り、石油獲得戦争がますます勃発
するであろう。いま車のために人間の食料に手が着け始められた。石油依存からの脱却はガソ
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1
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1.Sep.
200
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5
リン車を電気自動車(elektrisches Auto)に移行することが課題となっている。石油エネル
ギーを再生可能エネルギーに方向転換すべき節目に来ている。
以上のドイツ語語彙は私たちに地球環境を守り地球を維持していくことの大切さを示唆して
いる。これからどのように環境への技術革新をし、どのように自然と対処をしていくか。これ
までの環境語彙から一歩踏み出た語彙や日常生活の中で関心を持たなかった語彙がドイツの新
聞や雑誌 Spiegel の中で取り上げられている。これまでの人間優位主義で考えられた言語の役
割に一つの警鐘を鳴らしている。生活の便利さや経済的な豊かさだけでなく、人間は多様な生
物種の一部であり、水や空気によってこの地球で生かされていることをドイツ語語彙の中から
思い知らされるのである。
精神的ケア運用としての医療言語
これまで医療現場では、とくに難病と言われる病気に関して、医師は患者本人(Patient)
に詳しいことを言わない対応がとられてきた。医療分野では、個々の病気についての研究は集
中的になされ、細分化した専門領域の科学的治療研究は進んでいる。しかし患者の立場に立っ
た精神ケアは進まず患者自身がたいへんな精神的負担を負ってきた。しかし、ここ数年、患者
が納得し同意するインフォームドコンセント(informed consent)が浸透し、患者自身が理解
し納得する診断説明がなされつつある。インフォームドコンセントが、本来の趣旨とは異なっ
て、医療者側が患者の医療過誤訴訟の防波堤に、医療過誤の言い訳に、利用しているような場
合もあり、ここでは患者への<良き理解・納得>と解釈したい。
「病いをどのようなことばで
語るかは、時代や社会によって異なっている。たしかに、どの時代・社会にも病むひとは存在
したし、病いにたおれるのは個々の人間である。しかし、ひとが病いをどのように経験し、そ
れをどのように表現するかは、それぞれの時代や社会の医療水準や医療技術に依存している。
−−−〈病い〉を見るまなざしが、症状や兆候といった身体の表面に表れた現象を突き抜け、
目に見えない内部に注がれるようになったことを意味する。−−−病いは痛みや苦しみなどの
自覚症状の〈経験〉のレベルで語られるのではなく、身体の内部を透視する技術や、生理的、
生化学的変化によって語られるようになったのである。−−−医学は疾患の治療と予防には大
きな貢献をしてきた。だが、私達が<病いをどう生きるか>という問いに対して、医学はまだ
答えを用意していない。近代の臨床医学が不透明な身体を透明にし、病いをどんなに精密な
<ことば>によって語るようになっても<病いとのつきあい、病いをいきる>という病いの経
験は<数値>で語られる病いの世界をはみだすに違いない。」 として病いによる肉体的身体的
『言語、山口恒夫、
[内在化する病い]
』
、大修館書店、200
6.
7月号、P.
6,
7
社会を利する言葉の力はあるのか
8
6
苦痛はもちろん患者にとって辛いことであるが、それ以上に精神的苦痛の克服が難しいのであ
る。その精神的苦痛を乗り越えるため医師、医療関係者、介護者による緩和ケアが考えられて
きたのである。
一方で、これまでの医師中心の説明がいまも伝統的診療手法として行われていることも事実
である。医療現場はある種の権威主義的な傾向が存在している。医療には与える立場と受ける
立場があり、専門性を背にした権威に基づく上下関係が存在している。医療分野で長年培って
きた経験と実績が物を言う社会である。これまで患者が自分の病気を理解し、医師に質問する
ことはなかなか容易なことではなかった。
「本来素人である患者は大なり小なり不安を抱いて
病院という慣れぬ大国に入る異邦人である。医者相互の間で、病院で飛び交うことばは患者に
とっては外国語のように見知らぬ専門的な術語であり、しかも個々の患者の病気や症状などは
すべてそのような医学の専門的な術語に翻訳されて、分類され、カルテ化される、と。このよ
うな事情のもとで、文章や文書によるものを含めて、医者と患者との間で交わされることばの
重要性はまことに大きい。」 として、コミュニケーションによって患者の立場で疎通をはかる
ことの難しさが推察される。さらに検査技術進歩で科学的証拠に基づいた治療法の標準化がな
され、検査結果以上の専門的なことはなかなか患者の口から聞き出せないのが現状であろう。
医師の立場から、患者にどのように病状を伝えるか。医師と患者の信頼関係が重要になり、患
者の立場で対応する患者参加型医療が注目されている。
¨
癌の告知(Verkundigung)やその他の難病(unheilbare
Krankheit)と言われる病気に対
して、患者の言葉は科学的根拠がないから、医師の立場から説明することになると言われてき
た。しかし治療法(Behandlung)は様々に研究され治療方法も多様になっている。患者自身
が医師から病名を知り、病気と闘う治療法が必要である。<なぜこの治療法が必要なのか>を
理解することの覚悟は、患者にとって知らない不安より知っている不安の方が対応しやすいの
ではないかと思われる。
¨
¨
¨
Haufig
benotigen
kranke Menschen und ihre Angehorigen
Hilfe, die ¨
uber die mediz-
inische Versorgung durch Arzt oder Krankenhaus hinausgeht.
Im Vordergrund stehen dabei eine umfassende Beratung und der Erfahrungsaustausch mit Menschen, die unter derselben Krankheit leiden. Dies leisten zahlreiche
¨
Selbsthilfegruppen, die sich als freiwillige Zusammenschlusse
chronisch Kranker und
Behiderter gebildet haben.
しばしば、病人やその回りの人たちは医師や病院による治療以外にも助けを必要としている。同じ病気
で苦しんできた人たちとの体験情報交換やそれに関する様々な相談に重きが置かれている。慢性病そして
中村雄二郎、『臨床の知とは何か』
、岩波新書、200
1、P.
208
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Informationsamt der Bundesregierung, Tatsachen ¨
uber Deutschland, Societat−Verlag.
Frankfurt/
Main, 7.
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0
0
0,
S.
3
7
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田
口
知
弘
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7
障害者が集まって自主的連係組織を作り、多くの自助活動グループが活動している。
ドイツでは同じ病気で苦しんだ人たちによる体験情報交換(Erfahrungsaustausch)が利用
されている。日本にも患者参加型医療として、以前から<日本緩和医療学会>が設立され、終
末期医療も含めて問診による傾聴が重視され患者の話すことを否定せず、また批判せず肯定的
に受け止め、患者の思いを支持する方法が取り入れられている。受容と共感によるこれまでの
患者体験を生かす考え方が取り入れられている。
¨
ドイツの事例から、「患者にとって癌(Krebs〔boseartige
Geschwulst〕
)であることは癌不
安(Krebsangst〔Karzinophobie〕
)をよび起こし精神的に気持ちを沈ませてしまう。ドイツ
では医師は患者に対して日常用語(Alltagssprache)による診断(Diagnose)に心がけている。
とくに回復の見込みのある(positiv)事例を患者に説明している。家族にとっても患者にとっ
¨
ても癌恐怖(Krebsfurcht〔Krankophobie〕
)にならない配慮と分かり易い説明(genugende
¨
Erklarung,
Beratung)をしている。医師は専門用語(medizinische Fachsprache)よりはご
く自然の日常言語を使用している。例えば腎臓癌(Nierenkrebs〔Nierenkarzinom〕
)と言う
より患者に直接恐怖を与えない緩衝的言語として腎臓病〔Nierenkrankheit〕
)と説明するであ
¨
ろう。患者が絶望的境地に陥らない配慮である。悪性の boseartig,
¨ という言葉から
pernizios
¨
¨
死への恐怖が働くからである。
(Krebs, boseartig,
pernizios,
Karzinom, maligne)などは患
者にとって、現在の医療で克服することのできない一種の絶望感を与え否定的に受け取られる
からである。これに対してだれもが良性の腫瘍(eine gutartige Geschwulst)であって欲し
いと期待するからである。gutartige,
benigne,などは患者に生きる力と勇気を与えるからで
ある。
ドイツでは医師と患者の間に上意下達的な考え方がなく、お互いに人間としての立場に立っ
て対応している。専門性や職業上の立場から、上から下に告げる<告知>ではなく面会時間
(Sprechstunde)
の中でお互いに相談する人間味ある温かい気持ち<menschlich>が前提にあ
る」 精神的苦痛を取り除く方法やその病気と闘うコツなど患者の心の不安を取り除く精神的
ケアが大きな比重を占めている。ただ患者の苦痛を聞き入れるだけでなく、言葉の中に存在す
る科学的根拠、同じケースの患者証言からの対応方法など、同じ事例を体系的にデータベース
化し、患者経験者でないと理解できない体験談と証言をデータ蓄積している。
ここでは体験データの科学的根拠と検証が必要になってくる。それによって患者自身もこれ
までの患者データを確認でき、医療従事者も、このデータを利用し、現在の患者に科学的根拠
を含めて、精神的対処法や生き方を示唆できる。
患者が質問するという行為は簡単なようで、実は高度なコミュニケーション技術が必要であ
瀧田、塚口、田口、
「用語癌〈告知〉について−ドイツ語圏における用法と比較」、日本緩和医療学会、
発表抄録 2
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3、6.
2
8、P.
9
9
社会を利する言葉の力はあるのか
8
8
る。短いコミュニケーションの中に思わぬ情報が凝縮しているからである。言葉を介して患者
の声に耳を傾けるカウンセリングとしての心理的サポート対応策が言語の中に多々存在してい
る。
ドイツではその役割を担っているのが、掛かり付け医師(Hausarzt)である。掛かり付け
医師のところに行けば、医師が患者本人のこれまでの病歴(Krankenblatt)や体調などの全デ
ータを把握している。医師と患者の距離がきわめて近い信頼関係が築かれ、対話の中で、精神
的な悩み(Leid)や不安(Unruhe)を掛かり付け医師(Hausarzt)に相談している。
ところが日本の病院は医師が患者の様子をゆっくりと聞く時間的余裕がないのである。これ
まで日本では医療従事者という立場から、一方通行的に医師が患者に説明し、患者の相談や悩
みに医療従事者が過去の様子や精神的面でのデータ活用していなかった。対話を介して相談
(Beratung)することが医師と患者との信頼関係につながり、言葉による患者への関与が精
神的ケアの鍵を握っている。言葉の使用方法によって、人が日々健やかに過ごすことができれ
ば、人間の尊厳や人間理解にも関与できるのである。医師、医療関係者そして介護者も言葉を
接点にして精神的ケア運用に利用できる部分もあると思われる。
軟弱な心理が見え隠れする患者にとって、言葉が心の悩みや不安を排除する作用を持ってい
る。
「患者の熱い期待に応えるべきは、医者の人間性(人柄)と技能(アート)であると言い、
また医者患者関係も、人間同士の関係である限り、パトス(受苦、痛み)を帯びた者同士の相
互関係である。−−−このように医者と患者の関係を捉えなおしてみるとき、その趣旨にもっ
ともよく沿った医療形態として、大きく浮かび上がってくるのは<プライマリーケア>である。
プライマリー・ケア(primary
care)つまりホームドクターによる医療が正当に位置づけら
れていないことも、今日の医療のさらにもう一つの大きな落とし穴である。−−−中国語訳で
使われている〈全科医療〉というのが内容を直載によく表している。」 と言われるように、患
部治療だけでなく全科医療としての身体的精神的な全体治療が欠けているのである。医療技術
も含めて病人の精神ケアがいま以上に求められている。
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9受理)
中村雄二郎、
『臨床の知とは何か』
、岩波新書、2
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