日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 30 No. 6(2016) 形成的アセスメントの構造と機能に関する研究 :因果関係のある問題に対する仮説検証型授業を事例として A Study on the Structure and Function of Formative Assessment : Analysis of the Case of Hypothesis Verification Type Teaching in a Causal Relationship Problem ○加藤誉之 ,栗原淳一 KATO, Takayuki KURIHARA, Jun-ichi 群馬大学教育学部 Faculty of Education, Gunma University [要約]中学校「金星の満ち欠け」の学習でモデル実験により仮説を検証する授業の発話プロトコルから,特 に仮説形成場面の形成的アセスメントの構造と機能を質的に分析した。分析カテゴリには,Shepard(2000) の形成的アセスメントの7つの要素(Dynamic Assessment, Transfer, Prior Knowledge, Feedback, Explicit Criteria, Self Assessment, Evaluation of Teaching)を用いた。分析の結果,以下の①~③の形成的アセ スメントによって,生徒は仮説を形成していった。①「評価規準の子どもと教師との共有」によって,考える 視点を明確にした。②「ダイナミックアセスメント」によって,明確にした視点に対して考えを深めさせ,関 連付けて新しい考えを構築させた。③「教授活動の評価」によって,構築した考えを正しく認識させた。 [キーワード] 形成的アセスメント,仮説形成,因果関係のある問題,独立変数,従属変数 1 のである。渡辺(2015)の研究により,形成的アセ はじめに 平成 24 年度全国学力学習状況調査から,現代の子 スメントを基軸とした授業デザインによる子どもの どもは科学的に探究する能力に課題があることが明 科学概念構築過程が明らかにされている。しかし, らかとなった(国立教育政策研究所, 2010) 。理科授 日々の教師の実践の中にある形成的アセスメントの 業において子どもの探究が深まらない原因の1つに, 要素と構造を抽出することも重要であると考える。 「観察や実験を通して検証するための変数が問題の 特に,因果関係のある問題に対する仮説形成場面に 中に含まれていない」ことが指摘されている(小林, おいて,変数への気付きが難しい,より妥当な変数 2012) 。また,理科授業における仮説は「探究活動を を吟味する必要がある,といった場合における形成 させる際に最も重視されなければならない段階」で 的アセスメントの要素と構造を明らかにすることは, あるという指摘がある(森, 2003) 。理科授業におい 子どもの学びの実態に即した指導と評価への示唆を て,仮説形成できるよう指導することや,問題に応 得る上で重要であると考える。 じて変数に着目させることが重要である。 小林・永益(2006)は,従属変数と独立変数に着 2 研究の目的 目させて仮説を形成させる指導法(4QS)を考案して 本研究では,「金星の満ち欠け」の学習の因果関 おり,その効果が実証されてきている(永益・小林, 係のある問題に対する仮説形成場面において,形成 2010)。しかし,変数の捉え方が難しい因果関係のあ 的アセスメントがどのように行われているか,その る問題の仮説形成場面で,教師がどのように子ども 構造と機能を明らかとすることを目的とする。 を評価し,支援を与えているのかは未検討である。 そのため,本研究では形成的アセスメントに着目 3 研究の方法 する。有本(2008)は,形成的アセスメントを「さ 1) まざまなデータ収集手段を取り入れ,普段行われて 平成 26 年 12 月に群馬県内公立中学校第 3 学年1 いる日常的な意味での良い実践」と説明している。 クラス(32 名)で行われた, 「金星の満ち欠け」の仮 これは,教師が子どもを学習目標に到達させるため, 説形成場面の授業を対象とした。なお授業では,金 子どもの学習状況を見取り,適切かつ即時的なフィ 星の見かけの大きさの変化に対する仮説と,見かけ ードバックを与える指導と評価の一体化を図ったも の形の変化に対する仮説の二つが導出されたが,本 ― 29 ― 対象 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 30 No. 6(2016) これにより,生徒の思考を従属変数である「大きさ」 研究の分析対象は前者の仮説形成場面とした。 2) と「形」に焦点化させた(T4,T5:「評価規準の子ど 方法 授業の様子をデジタルビデオで録画し,その音声 もと教師との共有」) 。 から発話プロトコルを作成し,教授活動と子どもの 次に,教師は, 「月は満ち欠けするが見かけの大き 学びに存在する形成的アセスメントを質的に分析し さは変わらない」という生徒の既習知識と金星の特 た。分析視点は,Shepard(2000)の形成的アセスメン 徴を関連付けさせた(T5-T12:ダイナミックアセスメ トの要素と渡辺(2015)がこの要素に対応させた教 ント)。そして教師は,金星は見かけの形と大きさの 授活動のカテゴリを援用した。 両方が変化するという特徴をクラス全体で確認し, コンセンサスを形成した(T13:教授活動の評価)。さ 表1 らに金星の見かけの変化が起こる原因を尋ねること 形成的アセスメントの要素と形成的アセスメントによる教授活動 で, 「大きさ」に着目した問題が見出された(T13:ダ イナミックアセスメント) 。そして,金星の見かけの 「大きさ」の変化の要因に着目して問題解決してい くことが共有された(T18)。 教師は,写真から金星の満ち欠けの特徴を焦点化 し,月の既習知識と関連付けて金星の見かけの変化 が起こる原因を考えさせた。これにより,生徒は従 属変数の「大きさ」に着目した問題を認識した。 4 授業(仮説形成場面)の概要 T3:月って思った人はちょっと何で月だと思った? 本授業は,変数(問題の中の独立変数,従属変数) に着目させて仮説を形成させていった。その過程は, C3:形が。 T4:あぁ,欠けた月に見える。そうだよね。 (中略)形が違う他に,もっと 「問題を導出する場面」 , 「独立変数を考える場面」 , 違うものがある。なんだこれ。 「従属変数を考える場面」 , 「仮説を形成する場面」 C4:大きさ。 の四つであった。具体的には,まず,教師が金星の T5:そう。大きさも違うんだよね。 (中略)そう考えると,確か月って,大 写真を生徒に提示し, 「見かけの金星の大きさ」 ( 「大 きさは大きく変わるかな。 きさ」 )と「見かけの金星の形」 ( 「形」 )の変化に着 C5:変わんない。 目させた。次に教師は「大きさ」に着目させ,生徒 T6:うん。そうなんだよ。 (中略)これだから月じゃなくて,今言ってくれ との対話を通して「見かけの金星の大きさが大きく たね,金星なの。ね。(後略) なるのは地球と金星の関係がどのようになる時か」 T12:こういうのを,形が変わることを金星の,何だ?月と一緒。 という問題を設定した。そして, 「地球と金星との距 C12:満ち欠け。 離」 ( 「距離」 )が独立変数であると推論させ, 「金星 T13:そう,満ち欠けって言ったりするよね。 (中略)金星は見た目の大き を地球に近づけると見かけの直径(大きさ)が大き さも大きくなったり小さくなったり変わりますよ,えー,満ち欠けもし くなる」という仮説を形成させた。 ますよ。さぁ,何でこんなことが起こるの?何が原因?(後略) T18:大きくなる,小さくなるの2通りあるので,両方話をするとぐちゃぐ 5 結果と考察 1) ちゃになっちゃうから片方に統一して問題を出したいと思います。 問題を導出する場面 図1 問題を導出する場面のプロトコルの一部 問題を導出する場面のプロトコルの一部を図1に 示す。教師はまず,金星の満ち欠けの写真からその 2) 変化の特徴に気付いた C3 と C4 の発言を取り上げた。 独立変数を考える場面のプロトコルの一部を図2 ― 30 ― 独立変数を考える場面 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 30 No. 6(2016) に示す。教師は,太陽系惑星の並ぶ順番を尋ねる教 3) 従属変数を考える場面 授活動,金星の公転軌道を示す演示を含む教授活動 従属変数を考える場面のプロトコルの一部を図3 から,地球と太陽と金星の位置を関連付けさせた に示す。まず教師は, 「大きさ」の別の表し方を尋ね, (T18,T22,T24:ダイナミックアセスメント)。また, C32c の見かけの金星が「欠けている,欠けていない」 問題の従属変数が「大きく見える場合」であること という考えを取り上げた(T32,T33:評価規準の子ど を確認させた。次に教師は,独立変数の考えを尋ね, もと教師との共有) 。しかし,問題の「大きさ」は「見 C27a の「金星を地球に近づける」という考えと C28b かけの金星の直径(直径) 」であり, 「満ち欠け(形) 」 の「地球と金星の距離を小さくする」という考えを を問題としていない。そこで,教師は指で作った円 取り上げた(T23,T27,T28:評価規準の子どもと教師 の直径を変える演示を行った。この演示と対話活動 との共有) 。そして,この二つの考えが同じ意味であ (T33~C34)によって, 「大きさ」は「直径」で表せ り,独立変数の考えとして適していることをクラス ると考えを深化させた(T33,T34:ダイナミックアセ 全体で確認し,コンセンサスを形成した(T30:教授 スメント)。同時に C32c の考えも修正させた(「自己 活動の評価) 。 アセスメント」) 。そして, 「大きさ」は「直径」を測 教師は,地球と金星と太陽の位置関係を示す演示と ればよいことをクラス全体で共有し,コンセンサス 発問によって独立変数を考えさせ,構築した考えを を形成した(T35:教授活動の評価) 。 全体で確認させた。これにより,生徒は地球と金星 教師は,「大きさ」を円と関連付けることで, 「直 と太陽の位置関係を俯瞰的に捉え, 「距離」に着目し 径」で思考すればよいことを見出させた。特に,本 た考えを見出した。 授業において「大きさ」の変化と「形」の変化は別 の意味であるが,教師が「直径」を扱うことを示し T18:太陽を中心にして回ってるんだけども,な,内側から何番目だったか たことで,C32c も考えを修正して学習を進めた。 覚えてる? C18:2番目。 (後略) T32:これ大きい小さい以外の表現で何かある? T22:えー,2番目に金星が回ってますよ。(中略)ここで確認したいのは C32c:欠けてる,欠けてない。 えー,地球よりも内側を回ってるんだねってことだよね。(後略) T23:さぁ今日の問題は,見かけの金星の大きさが大きくなるのは,えー, T33:あー,欠けてる,欠けてないか。 T33:みなさんが覗いた時の金星が,大きかったですっていった時にはどう 地球と金星の関係が,あー,どのようになる時?何をどうすれば地球か する?指で表現すると。あぁなるほどね。じゃあ逆に小さかったら?金 ら眺めて金星が大きく見えるかな。(後略) 星。すげー小さかったら。はい何が変わった?それ。 T24:回してないとダメだ。 (中略) C33:幅。 はい,こういう風に動いているん T34:(前略)ちなみに金星は,真ん丸だから。真ん丸の幅っていうと。 だけども,どんな時に大きく見え C34:直径。 てるんだろう。(後略) 金星の公転軌道を示す演示 T35: (前略)直径って言い方すると表現できそうだよね。 (中略)見かけの 直径。はい,こんなもんでいいかなと思います。 T27:はい,あなたの書いてくれたのをどうぞ。 図3 C27a:えっと,金星を地球に近づけた時。 従属変数を考える場面のプロトコルの一部 T28:金星を,うん,地球に近づけた時,あ,近づけにしとこうか,ね。は 4) い,ちなみに b 君はなんて書いた? 仮説を形成する場面 仮説を形成する場面のプロトコルの一部を図4に C28b:地球と金星との距離を,小さくする。(後略) T30: 2人とも言っていることは同じだよね?意味はね。 (中略)みんな見 示す。まず教師は,本場面までに考えてきた独立変 てると,あ,同じこと言ってるなってたくさんありましたんで,自分が 数と従属変数を関連させると仮説ができることをヒ せっかく書いてくれたのはそのまま大切にとっといてください。 ントとして伝えた(T35:ダイナミックアセスメント)。 図2 独立変数を考える場面のプロトコルの一部 次に,教師は C37e の「金星を地球に近づけると見か ― 31 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 30 No. 6(2016) けの直径が大きくなる」という仮説と,C41f の「地 せる。まず, 「評価規準の子どもと教師との共有」に 球と金星の距離を小さくすると,見かけの直径が大 より,考える視点を明確にする。次に「ダイナミッ きくなる」という仮説を取り上げた(T38-T41:評価 クアセスメント」により,明確にした視点に対して 規準の子どもと教師との共有) 。そして教師は,これ 考えを深め,関連付けて新しい考えを構築する。そ らをクラス全体で共有し,コンセンサスを形成した して「教授活動の評価」により,構築した考えを正 (T43:「教授活動の評価」 ) 。 しく認識する。本構造により,生徒は因果関係のあ 教師はヒントを与えながら生徒に考えさせ,構築 した考えを全体で確認した。これにより,生徒は変 る問題に対して変数に着目して仮説を形成すること ができると考えられる。 今後は,複数の独立変数が挙がった際に仮説を吟 数同士を関連付けた仮説を形成した。 味する場面での形成的アセスメントの構造と機能を 検討する必要がある。 T35:関連させると仮説ができるんだよ。つまり合体させるんだよ。 (中略) おし,じゃあ e 君いい?(後略) 引用文献 C37e:えっと,金星を地球に近づけると。 有本昌弘(2008)『形成的アセスメントと学力 人格 T38:待って待って。金星を,地球に近づける。 形成のための対話型学習を目指して』明石書店, C39e:見かけの直径が,大きく。 272-279. T40:見かけの直径が。 小林辰至・永益泰彦(2006)「社会的ニーズとしての C40e:大きくなる。 科学的素養のある小学校教員養成のための課題と T41:大きくなる。なるほど。(中略)ちなみに f 君はあなたの文章でいく 展望―小学校教員志望学生の子どもの頃の理科学 とどうなった? 習に関する実態に基づく仮説設定のための指導法 C41f:地球と金星との距離を小さくすると,見かけの直径が大きくなる。 の開発と評価」 『科学教育研究』第 30 巻,第 3 号, T43:うん。 (中略)見かけの大きさについては仮説まで立てられたね。 185-193. 図4 仮説を形成する場面のプロトコルの一部 小林辰至(2012)『問題解決能力を育てる理科教育 原体験から仮説設定まで -』梓出版,92-99. 6 本研究のまとめと今後の課題 本事例から明らかになった仮説形成場面における形 国立教育政策研究所(2010)『学力向上に関するこれ までの施策 PISA2009 の結果』Retrieved from 成的アセスメントの構造と機能は,図5のように示 http://www.mext.go.jp/component/a_menu/educa tion/detail/__icsFiles/afieldfile/2010/12/07 /1284443_06.pdf (accessed2016.3.5). 森一夫(2003)『21 世紀の理科教育』 学文社,36. 永益泰彦・小林辰至(2007)「高校生の仮説設定能力 に関わる要因の構造―生物Ⅰ選択者における質問 紙調査の分析から―」 『理科教育学研究』第 48 巻, 第 2 号,63-70. Shepard, L. A.(2000)「The Role of Assessment in a Learning Culture」『Educational Researcher』 29(7),11. 渡辺理文(2015)『形成的アセスメントを基軸とした 図5 理科授業デザインとその学力形成への関与に関す 仮説設定の際に中心となる形成的アセスメントの構造とその機能 る研究』東京学芸大学博士論文,200-235. ― 32 ―
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