土木工学科 3 年 平山 香織 はじめに 私が足利工業大学に入学し 3 年が経とうとしている今,そろそろ就職先を決める時期になってきま した。今までは,将来について不安を覚えても授業に忙しい日々の中少しずつ忘れたりなどして逃げて きました。しかし卒業も押し迫ってきている今,さすがに正面から見つめなおしていかなければいけな いと思いはじめました。 不安というのは,入学したときと今とでは卒業した後でのやりたいこと,つまり就職先が違ってき ていることに対しての心の揺らぎ方についてです。心が揺れているということは,自分の進む道に対し て自信を持てないということです。あるいは,自信がないという理由で進む前に就職試験に失敗して違 う道に進んでしまう可能性もあるなどの不安があります。そこで,今回の UIS 海外特別研修に参加し て自分を見つめ直してみようと思いました。日本の土地を離れ自分とは何か,本当は何をこれから先や ってゆきたいのか少しでも答えを出してみたいと思いました。ただし,1 ヶ月という短い期間の中,全 ての答えを出すというのは難しいと思います。ですから,自分を知るためのきっかけになればよい位の 気持ちで行くことにしました。初めての海外旅行ということもあり緊張していましたが色々な発見を期 待して参加してみました。 第1日 8 月 21 日(火) 晴れ 午後,日本を旅立ちイリノイ州スプリングフィールドに 4:00 位に到着。空港では,これからお世話 になる人達が出迎えてくれた。各自,車に乗り UIS へ向かう。私達がこれから住む所は UIS のリンカ ーンホールという建物で,今年建てたばかりの新設寮であった。だから,まだ誰も住んでいなくて私達 が一番はじめに住むので(1 階が私達の住む部屋)少し嬉しかった。部屋は 1 部屋につき 2 人住むシス テムなので私は柏瀬さんと同室。ベッドの下に机があるので,ベッドはとても高くこれから寝るのに苦 労すると思った。 第2日 8 月 22 日(水) 晴天 朝食の後,ID センターへ行き,ID カードを作るため写真を撮る。22 日の予定として,大学のバン でダウンタウンへ行きリンカーンの墓地を見学。墓地には,これまでリンカーンが残した業績などが石 版に刻まれていた。その後,移動をしてリンカーンが住んでいた家を見学。そのまま歩いて移動して, 旧議事堂近くまで歩き近くのレストランで昼食。また,古本屋に入ったりもする。 昼食の後,旧議事堂を見学。ここでは,リンカーンの議事堂での仕事の内容や,仕事に対する取り組 み方などを説明された。その後,イリノイ市長へ挨拶をしに訪問。これからのイリノイ市の都市計画な どの方針や,私達の質問などについて答えてくださったりしてくれた。そして,学校に戻り ID カード を受け取る。 この ID カードには,約 3 万円入っていて食事はこのカードですべてできるとのこと。数分後,夕食 を取りに町へ行く。夕食はルート 66 にあるコージードッグで take out 。電気屋にも行きパソコンに 接続するコードなどを買った。リンカーンホール(私達が今後寝泊りする学生寮)へ帰り,take out したものを皆で食べる。 今日の夜は,UIS 東チームがサッカーの対抗試合をしに来るというので学校にあるサッカー場に見 9 に行く。日本とは違って,観客席が設けられていて学校近くの人達が応援をしにたくさん来ていて凄く 熱気だった。ゴールデン夫妻(今後私達がホームステイする所の人達)も来ていて一緒に観覧。しかし, 強い風と雷が来たためリンカーンホールに戻る。ゴールデン夫妻と客間で談話する。のちに就寝。 第3日 8 月 23 日(木) 曇り 8:00 に朝食。CAFÉ (食堂)で BAT CAT 氏に会い,自慢のキャデラックを披露される。 10:00 からキャンパスツアー。ダーシャ(UIS の生徒)により案内される。初めに,政府,環境衛生 学部の施設で何を学ぶのかを説明された。ここの学部からは,環境保全,福祉関係,人事関係,警察官 や刑務官,弁護士,執行機関や州知事になり働く人達が居ると言う。 2 番目は,オーディトリアム。案内係はカーリーさんで,劇やミュージカルが催されているらしくス プリングフィールドで一番大きな劇場らしい。ブロードウエイの催し物もしている。3 番目は,図書館。 アイリーンさんが案内係で,4 階まである大きな建物だった。グループで話しながら勉強する階や,一 人で勉強する階など充実している図書館だった。最後は,情報科学センターのようなもの。ここでは, ネット,メール,授業など行っていて深夜 2:00 まで開いていると言う。学生にとってはとてもありが たいシステムだと思った。その後,皆で昼食。 午後は 3:00∼4:00 まで English Language なので,部屋でゆっくりしていた。時間になったので, 教室に行こうと思ったが English の先生の親が亡くなったので今日の授業は中止。よって,5:30 から のワシントンパークでのピクニックの時間まで部屋でゆっくりする。 ワシントンパークでのピクニックでは,CPV の人達や学校関係者の人達などが集まって食事。サッ カーチーム選抜の子供達もいたので,サッカーボールが乗ったケーキがあった。ダーシャの子供(3 歳) も来ていて,一緒に食事をした。他の人達ともいろいろな話をして楽しみ,子供達とフリスビーもした。 ワシントンパークにはリスがいたので捕まえようとしたが無理だった。 その後,リンカーンホールに帰ると今日は新 1 年生が引っ越して来る日なので大変盛り上がっていた。 談話室で明日の予定の説明を聞いた後,就寝。 第4日 8 月 24 日(金) 晴天 7:00 起床。8:00 朝食。今日は,特に午前中は予定がないのでゆっくりしようとしたが新聞記者にイ ンタビューされて少し緊張した。その後,部屋の中も見学されて終了。 昼食が終わったら,1:00∼2:30 にスプリングフィールドのパワープラントを見学。ここのパワープ ラントではイリノイ州全ての電気を補っているそうだ。建物の中はとても暑く機械の音が大きく響いて いた。三重にもして排ガスをきれいにしておもてに出していたが,出ている煙は白くはなかった。今度, 湖を拡大するらしい。湖には,淡水魚がいるらしくそんなに汚染は進んでいなさそうだ。案内係の女性 が言うには,ここ 15 年の間には従業員が足を切断,鉄鉱石の中に人が入ってしまい圧死などの事故が あったそうだ。ちなみに従業員は 1 つの建物に 4,5 人しかいないそうだ。お土産をもらって帰ったあ と,Welcome Party があり(ジョナサン主催),教授,先生方がたくさんいらっしゃられた。いろいろ な話をしたり,写真を撮ったりして楽しい時間を過ごした。その後,柏瀬さんと CAFÉ で夕食を take out して談話室で食事。その時,インタビューの写真係が来てばしばし撮られた。他の人達も撮られた らしい。 今日の夜は,ピクニックをした時にいた,少年サッカーチームが試合だというので見に行く。リンカ 10 ーンホールに帰った後,佐藤さん(情報科学センター)が明日帰ってしまうので,機内でもらったワイ ンを開けて乾杯! 第5日 8 月 25 日(土) 晴天 今日は,休日なので午前中は他の人達は新 1 年生たちのミーテイング(Party)へ参加。 2:00 にシャトルバスが出てショッピングモールへ連れて行ってくれるらしいので参加。そこでは, 生活用品や足りないもの,靴などを買う(両方のサイズが違っていた)。日本のダイソー(1$)のよう な店がありそこで洗剤を買ったりもした。 リンカーンホールへ帰った後,CAFÉ で take out をして食事。少し寝て,9:00 からミュージカルコ メディグループが来ていたので皆で見学。UIS の館内はクーラーをがんがんつけているのでトレーナ ーをとりに部屋に戻ると,新 1 年生の男の子が「カラオケしようぜ」と呼びに来てくれて,行ってみると 盛り上がっていたが疲れていたので帰る。 AIT の人がビリヤードをしたいので,台がある部屋へ行った。しかし,その部屋では‘ハンニバル’ を見ていて出来なかった。仕方ないので一緒に少し見てリンカーンホールに帰る。談話室で皆と少し話 して就寝。 第6日 8 月 26 日(日) 晴天 今日は,ゴールデン夫妻が 11:00 に来て柏瀬さんと加藤君と私をドライブに連れていってくれるとい うので談話室で待つ。ドライブはルート 125 を走って Beards Town へ向かう。ルート 125 は,辺り一 面とうもろこし畑と大豆畑で一杯だった。 昼食は,スパニッシュでタコス(自分で巻くものとあらかじめ巻いてあるもの)だった。食べている 途中,3 人の歌い手(?)が来てスペインの歌を歌いながらギターを弾いていた。タコスは一つ一つが ボリューム満天でとてもおいしかった。デザートにプリンも食べた。 次に,125 沿いのスイカ屋さんで,スイカを 6 個購入した後スイカ畑を見学。とても広いスイカ畑だ った。そこのスイカは,とても甘く皮の近くまでおいしかった。その後,ミシシッピ川に流れる川(イ リノイの川?)に架かっている橋を見学。その橋は可動橋で,ちょうど貨物船が通りかかったので開い たところを見た。貨物船は,押すタイプで荷物を運んでいた。 見学の後,ゴールデンさんの友達にスイカを届けに行く。本屋にも行き,ケンタッキーフライドチキ ンにも寄る。そして,ゴールデンさんの家で夕食。その時に,お米を炊いてくれた。皆にもお土産とし て,ご飯を持ち帰る。また,スイカ 2 個も頂いた。それは,リンカーンホームの人達に大変喜ばれた。 皆,お茶づけにして食べる。のちに就寝。 第7日 8 月 27 日(月) 快晴 今日から,授業を受け始める。ジョナサンの部屋(CPV)に行き自分の受ける授業日程を報告しに 行く。各自それぞれ教室に行くが,私は午前中には授業はないので,ジョナサンが新 1 年生のガイダン スを見せてくれるというのでスタジオシアターに行き見学。その後,皆で昼食を取る。リンカーンホー ルに帰ると,ゴールデンさんが私達の話題が載っている新聞を持ってきてくれた。 3:00∼4:00 は ELEMENTARY JAPANESE なので授業に行く。教室には,生徒が 4,5 人くらい。 他は,AIT の生徒なので先生は‘緊張してしまう’と言っていた。今週は‘あ’から‘さ’まで勉強す 11 るらしい。‘なかま’という教科書を使って勉強するのだが,とても易しいものであった。先生(りか 先生)は増田先生の知り合いらしくリンカーンホールに一緒に帰った(先生のお子さん ‘マリーナ’ も一緒)。りか先生のお子さんは,5 歳からアメリカに来て英語も日本語も上手だ。 その後,ウェルバック パーティー(在校生が新学期に戻るパーティー・約 1 週間続く)があるので 皆で食事をしに行く。食事中,日本人の女の子(高校生)がいて,いまはホームステイをしているなど 話をした。 6:00∼9:30 は WRITING FROM FAMIRIYMATERIAL。ヨシミさん(ゴールデンさんの奥さん)も とっているというので一緒に教室まで行く。今日は自己紹介と自分の名前の由来など生徒一人一人話し た。私達は少し自己紹介をした。このとき,クッキーと牛乳を食べながら授業をした。授業が長いので 途中抜けてもよいとジョナサンが言っていたので途中退出。ヨシミさんに借りた鍋を返すためまた教室 に行ったのだが,ヨシミさんが増田先生に会いたいというのでリンカーンホールに一緒に帰る。そして, 今日の授業の内容を話したりして,のちに就寝。 第8日 8 月 28 日(火) 快晴 8:00 に朝食。今日は午前中なにもないので,談話室でゲーム話について盛り上がった。 12:00∼12:50 に COMPLIT の授業なので教室に行ったのだが,誰も来ないので受け付けの人に聞く。 すると,今日は中止とのこと。また,連絡があるので 2:00 に受け付けに来てくださいと言われる。2:00 に受け付けに行くとプリントをもらった。増田先生に解読してもらった。 3:00∼5:00 まで English Language なのだが,やはり先生は今日も来ないので急遽ジョナサンが先 生になることになる。今日は,自己紹介をして,そのあとはアメリカについての質問をするものだった。 宿題が出て,それは英語で UIS の生徒に好きな食べ物と好きなミュージシャンを質問することだった。 ウェルバック パーティーで日本人の生徒と一緒に食事。彼は,りょう君といって 25 歳。大阪の出 身で,高校卒業後こちらの大学を卒業,のちに UIS 大学院に入学したとのこと。 6:00∼9:30 に LIFE DRAWING なのだが,たびたびの脂っこい食事のせいか胃をおかしくしてベッ ドで横になる。23:22 位まで寝ていて,今日の就寝は遅かった。 第9日 8 月 29 日(水) 快晴 今日の予定は 10:00 に州議事堂に行く。州議事堂は旧議事堂と違いとても広かった。内装が素晴らし く,最近補修したばかりだという。所々に,昔議事堂で活躍した人々のブロンズ像や,肖像画があった。 皆で写真を撮った。その後,MEIJER というスーパーへ寄り,うどんやカップメン,果物を買う。 3:00∼4:00 は,ELEMENTARY JAPANESE があり,今日は‘あ’行を勉強。公文式のカードを使 って勉強をした。他に,‘こんにちは’や‘さようなら’のあいさつや,∼さん,くん,∼ちゃん,∼ 先生,の使い方も勉強した。授業が終わった後,ネットをやりに行き日本の情勢を見に行った。その後, 疲れてベッドで横になったらそのまま朝まで寝てしまった。疲れがたまっていたのかもしれない。 第 10 日 8 月 30 日(木) 快晴 今日は,午前中授業がないので談話室にいた。 3:00∼4:00 English Language 。宿題を発表して,英語で会話をするという内容だった。胃の調子 がまだ悪いのでウェルバック パーティーには行かないで,CAFÉ で野菜のみを頼み take out して談 12 話室で食べる。1 時間後に授業なので急いで授業に行こうとしたら私達のトイレがつまって大変だった。 どうやら他人が使って,つまらせたらしい。リンカーンホールのフロントにバキュームを貸してもらい 急いで直す。道に迷いながら授業の教室を探し,授業を受ける。しかし,説明が多い授業だったので, 分けがわからず退出。 (MUSIC SYMBOLIC MUVEMT)時間が余ったので,図書館に行って少しの時 間本を読んで帰る。 明日は,田中さんが帰るのでパーティーを開く。すると,ゴールデンさんがご飯を持ってきてくれて (私が胃が痛いと言っていたので。 )お茶漬けを食べる。皆,田中さんに別れの言葉を言って乾杯! 第 11 日 8 月 31 日(金) 快晴 今日の予定は,1:00∼2:30 に HANSON PROFESSIONAL SERVICES(大きな建設会社)。なので, 授業もないので朝からラーメンとご飯を食べる。 HANSON には,デザイン部門,機械工学・電気工学部門,建設工学・土木工学部門,交通関係の建 設を受け持つところがありとても大きな会社であった。UIS の建物も HANSON が建設したらしい。 色々な,部門を見学して紅茶やコーヒー,ケーキをご馳走になってお土産までもらって帰る事にした。 お土産は,HANSON のくまのぬいぐるみ,ボルトやハンマーの形の鉛筆,財布(?),メモ帳,蛍光 ペンをもらった。 次は,3:00∼4:00 に DANA−THOMAS の家を見学。ここはカメラ禁止なので写真はなし。日本的 要素が含まれており,内装がどこか懐かしい感じを思い出させる家だった。変な所に壷が置いてあった り,手すりにカーテンがついていたりなど不思議な空間でもあった。しかも,個人の家なのに地下にボ ーリング場,ビリヤード,図書館があったりと,かなりの資産家だったらしい。 リンカーンホールに帰ると,田中さんのホームステイ先の車があり(BAT CAT さんのキャデラック) すぐに出発してしまった。そのあと,軽く夕食を済ませてしまって談話室で過ごす。明日は,8:00 出 発なのではやく就寝。 第 12 日 9 月 1 日(土) 快晴 今日は 8:00ST.LOUIS BOTANICAL GARDEN で JAPANESE FESTIVAL があるので,バスに乗り 出発。今日のツアーは新 1 年生も一緒に行った。約 2 時間かかったのだが,途中都市がありスプリン グフィールドは田舎なのだなと思った。11:00 位に着いて,さっそく見学。折り紙教室,飴細工,漫画 屋さん陶芸屋さんがあり,神輿を担いでいる人達(外国の人達)がいた。辺り一面鯉のぼりがつってあ ったり,商店街にある提灯(?)もあった。セレモニーは日本人達の太鼓で始まり,日本人(太鼓をた たいている人達の家族,イリノイと提携を結んでいる団体)でいっぱいだった。 昼食は,日本人が模擬店を出していて,やきそばを食べた。その他にも,お好み焼き,牛丼,かき氷 があり,シシカバブもあった。その後,合気道ショーを見て,観葉植物園に行った。そして,CAFÉ で時間まで,お茶をしてゆっくりした。3:00 に出発をして,リンカーンホールに帰るが,ゴールデン さん達に‘今日ホームステイしないか?’と言われ用意をして,出発。 まず,授業で使う画材(ビジュアルアート)を買いにいく。その後,‘オリーブガーデン’に行きス パゲッティを食べる。こちらの人達はバイトにしても気を抜かず,自信を持って働いていた。その後, モールに行きカヌーのための水着を買う。31 アイスクリームにも行って,皆が明日ゴールデンさんの 家に来るのでアイスケーキを買う。ケーキには,ウェルカムと描いてもらった。その後,うたた寝をし 13 てしまい,ヨシミさんに起こされて就寝。 第 13 日 9 月 2 日(日) 快晴 9:30 位に起きて,朝食。ラリーさんの手作りで,パンと卵焼き,果物,ジュースなど。今日は,3:00 に AIT の皆が来るのでゆっくり起きた。それまで,時間が空いているので昨日買い残した帽子(カヌ ーのための)を買いに行く。マリナーズ CAP を買って(鈴木くんに),次にキャンディー屋さんに行 く。そこでは,ポップコーンをたくさん買ってくれ,ついでにリンカーンロッグを買ってくれた。家に 帰り,ゴールデンさん達は皆を迎えに行く。その間,私達はストレッチなどをした。皆が来たら,5:30 までワシントンパークを散歩。先生達は,ラリーさん達とテニス。そこで,フリスビーをしつつ公園を 一周(公園には,リスやアヒル,鴨がいた)。あっという間に 5:30 になり,家に帰り用意をする。メニ ューは,シシカバブや,チキン,ご飯,とうもろこし,ステーキ。最後の締めとして,アイスケーキを 食べた。 今日も泊まるので,皆は帰り私達は‘Shall we ダンス?’を見る。英語字幕だった。そのうち,就 寝。 *アメリカの庭には,リスやウサギが居ることにびっくりした。 第 14 日 9 月 3 日(月) 快晴 今日は,11:00 にカヌーをするミズーリ州中部に行くので,7:00 に起きて朝食を取る。(ラリーさん 作)そして,リンカーンホールに帰り,用意をする。新 1 年生も含めて 100 人位でバスで出発。現地 に着くのに 5 時間位かかるのでその間にビデオ(カヌーの仕方)を見る。 昼食は,ファーストフードの店に寄り 30 分で済ます。現地に着いたのは,5:30 位で夕食。ポークス テーキやハンバーガーを食べる。8:00 まで自由時間なのでフリスビー,散歩をする。8:00 にロッジに 行き皆(日本人)で 1 つの部屋に入る。12:00 ごろ就寝。 今日は,とにかく移動時間に疲れた。 第 15 日 9 月 4 日(火) 快晴 7:30 にバスに乗り,昨日夕食を取ったところで朝食。朝食は,オレンジジュース,マフィン,ヨー グルトといたって質素だった。カヌーは 10:00∼2:30 とミズーリ川を約 20Km 下る。その間の昼食は 自分で朝のうちにサンドイッチを作った。そして,カヌーイング。私は初心者なので,ラリーさんと一 緒に下ることになった。 初めは,上手くパドルが漕げなくて全く進めなかった。ラリーさんが後ろで漕いでいて進んでいる。 私は船の付属品のようであった。そのうちようやく漕げるようになってきて,ラリーさんにも誉められ る位上達した(なんとかさまになっているくらい)。やっと落ち着いて漕いでいると,今まで見えてい なかった周囲の景色,川の色合,鳥の鳴き声がだんだん私の中に入ってきた。川の中には,小さな魚や ザリガニ,分けのわからない魚がいた。辺りはとても静寂で大自然の宝庫だった。ミズーリ川をどんど ん下ってゆくと川のほとりに蝶や亀,鳥がいたり,蛇が川を泳いでいたりなど自然動物がたくさんいた。 途中,休憩のため小さな岸にカヌーを停めるとアライグマが寄ってきた。あまり警戒しておらず,少し 離れた所で私達を見ていた。近寄ろうとすると,ラリーさんに止められた。そして,ラリーさんは,石 をアライグマの近くに投げて追い払った。川を下る 2/3 くらいで昼食を取り休憩。 14 休憩の最中川に皆入っていたので,入ってみると小魚やかさご(?)らしきもの,ザリガニ,貝がい た。この川は本当に汚染されていない綺麗な川なのだなと,清清しい空気の中,日本の実家の川を思い 出した。時折,大木が折れたものや岩があり,カヌーがぶつかりそうになったがラリーさんの見事なカ ヌーさばきにより大事には至らなかった。私達は,他の生徒にハプニングが起きても対処できるように 後尾に尽きゆっくり下っていった。途中途中,空き缶やペットボトル,その他のごみを拾いながら漕い でいった。大きな洞窟があり,入っていったりもした。洞窟の中は,ひんやりと空気が湿り気持ちがよ かった。 最後に残っていた生徒たちとゴールを競って到着。そして,バスに乗り着替えて,また 5 時間もの道 のりを帰ることになった。夕食は,マックかチャイニーズ。私はマックを食べた。 9:00 位にリンカーンホールに着く。談話室で今日のカヌーの様子を皆話す。増田先生達は私達より 早くカヌーを出たのでもっと動物をみたらしい。ほかの生徒は大きな声で歌を歌っていたので動物は一 匹も見なかったという。とにかく,カヌーの漕ぎすぎで腕が痛いので,洗濯をして就寝。 第 16 日 9 月 5 日(水) 晴天 今日は,午前中には特に予定がないので朝食を取ったらまた寝てしまった。カヌーイングの疲れが取 れなかった。 昼食を取ってから,3:00∼4:00 に JAPANESE なので,それまでパソコン室で YAHOO!を見ていた。 JAPANESE では,あいさつを勉強。 ‘はじめまして’・‘さようなら’などを勉強。その後,CAFÉ で 夕食を take out。談話室で食べた後,6:00∼9:30 のパソコン教室に山崎くんと行くことにする。その 途中,BAT CAT さんの奥さんに会って‘マックに行ってアイスクリームを食べないか?’と誘われて 授業が終わり次第行くことになった。 授業は簡単なもので,7:00 位に終わったので,マックに行く。キャデラックで,BAT CAT さんのラ ジオ番組を聞きながら出発。マックに着くと,私達がガムの自販機に見入っていたので,奥さんはガム を買ってくれた。アイスクリームを食べながらいろいろ話をしてリンカーンホールに帰る。談話室で皆 と話をして,のちに就寝。 第 17 日 9 月 6 日(木) 晴天 午前中の予定はなく,風邪をひいてしまったので寝ていた。そのうち,日本にハガキを書いた。金額 は,驚くことに一枚 50 セント。本当に届くのか心配になった。 3:00∼4:00 に English Language なので,それまでに昼食を済ませておく。今日の English Language では,宿題を発表し,ジョナサンにまたアメリカについての質問。授業中,雷と大雨が来 て建物中響いていた。大雨でリンカーンホールに帰れないので CAFÉ で夕食を取ってしまう。そのと きに,BOOK STORE の前で本を売っていた人が居て人だかりができていた。皆,サインをたのんで いたり写真を撮っていたりしていた。 部屋に着くと,風邪で弱っているので少し寝る。起きて談話室に行くと,皆居ないので先生に聞くと 今日はミュージシャンが玄関に来ていて歌っているらしくそこに行ってしまったのこと。‘服’という 文字のついた服を着ていたらしい。明日早いので,寝ようとしたが寝付けず洗濯をして談話室でテレビ を見ていた。 15 第 18 日 9 月 7 日(金) 晴天 今日は,8:30∼10:00 に MUNICIPAL BUILDING(市の建設会社)に行く。主に土木関係の見学。 スプリングフィールドの工事現場を見てきた。道路の拡大工事,地下にケーブルを埋め込める工事,エ ンセキを作っている建設機械,下水道のパイプの設置工事などで,日本とは工事の仕方が少し違うのを 感じた(このことについてはレポート)。 学校に一度戻り,昼食。その後,1:00∼2:30 に WEIGHT STATION に行くのだが,ガソリンスタン ドで案内をしてくれる方と待ち合わせ。WEIGHT STATION は,トラックの積載重量を測るところで 重量を超えているトラックはレーダーで教えられて入ってくるところだ。このシステムのお陰で,轍が できにくくなるので,日本もこのようなシステムを取り入れると良いと考えた。 リンカーンホールに着くと,すぐにホームステイなので用意をする。今日の夕食は,教授関係の新学 期パーティーでラリーさんが教授(法律)なので一緒に参加。色々な人達と話をしながら食事をする。 その後,女性シンガーのフォークソングを聞きに市のホールに行く。歌詞の内容はわからなかったが, 感動したので,CD を購入。家に着くとすぐに就寝。 第 19 日 9 月 8 日(土) 曇り 11:00 位に起きて,ゆっくり朝食。ラリーさんの手作りでオムレツとパンとご飯。食後にコーヒーを 少々。 5:00 の知り合いの結婚式に連れていってくれるという。それまで,柏瀬さんとエクササイズ。腹筋 や足の運動,スカイウォーカーなどをした。4:00 位に用意をしてジョナサンの家にホームステイして いる増田先生を迎えに行きながら出発。教会に着くと,静まり返っていて厳粛な雰囲気だった。新郎は 前田としおさんという方で,足利出身の人であった。とても素晴らしい式で,私は聖書を落としてしま いあせってしまった。その後のパーティーには呼ばれていないので,ラリーさんの生徒のドミトリーに 預けられた。ラリーさんの生徒の名前はメイガンさんで,いま 4 年生だという。他にも,友達の恵子さ んや黒人の女の人が来て,ピザを頼んで皆で写真を見たりビデオを見たりして楽しんだ。 9:30 ごろ,ヨシミさんが迎えに来てくれて帰る。家に着くと,ラリーさんはまだ帰っていないらし い。お腹がすいたので,スープとパンとサラダをヨシミさんが出してくれて食べた。すると,ラリーさ んと先生が楽しそうに帰って来た。どうやら,ダンスをしたらしくそれについて盛り上がっていた。先 生をジョナサンの家に一緒に送っていって,明日の朝食の材料を買いにお店にも寄りドライブ。そして, 家に帰り就寝。 第 20 日 9 月 9 日(日) 雨のち曇り 朝は 10:30 位に起床。そして,ラリーさんの手料理のブルーベリーパンケーキやオムレツ,トースト, ブルーベリー,スイカ,オレンジジュース,コーヒーなどを食べてゆっくりしていた。 1:30 ごろ,ストアーやモールに行きカメラフィルムや洋服,コスメ,ぬいぐるみを買った。その後, 車などを洗っていたラリーさんを迎えに行きチャイニーズレストランで夕食。こちらの,チャイニーズ の料金はすごく安くびっくりした。そして,リンカーンホールに戻り,皆のホームステイの話を聞いた りして,のちに就寝。 第 21 日 9 月 10 日(月) 晴天 16 今日から少し寒くなり秋空になってきた(雲一つない空)。いきなり天候が変わるので不思議な感じ がした。 今日は,10:00∼11:30 に DUBOIS GRADE SCHOOL へ行き,小学 5 年生達と交流をしてきた。折 り紙でかぶとや飛行機などを折り,カタカナで名前を教えてあげたりもした。子供達は,折り紙にかな り興味をもってくれて鶴の折り方まで教えてほしいといってきた。 昼食は CAFÉ で取り,風邪が治らないので少し寝ました。 3:00∼4:00 に ELEMENTALY JAPANESE で,あいさつやカードで文字を覚えたりした。6:00∼9:30 は WRITING FROM FAMIRIY MATERIALS なのでその間に夕食。そこで,私はサンドウィッチとポ テトを頼んだのになぜかサンドウィッチの中にポテトを入れられるというアクシデントがあった。言葉 の壁がとても厚く感じた今日この頃だった。WRITING の教室に行くと,知らない人達が使っていてう ろうろしていた。すると,親切な人があちこち聞きまわってくれて結果‘今日は先生の家で授業らしい’ とのこと。どうしようもないので,おとなしくインターネットをした。そして,この日記の紙がなくな りそうなので 10 セントでコピー。サイズが日本と違い少し小さかった。談話室で映画を見たり話をし たりして就寝。 第 22 日 9 月 11 日(火) 晴天 今日は午前中何もないので,11:00 まで寝ていようとしたら‘大変だ!’と仲間が走ってきた。何事 かと思い談話室に行くと,テレビでツインタワーから煙があがっていた。どうやら,飛行機が追突した みたいだ。そのまま見ていたら 2 機目がまた追突。そして,ツインタワーが 1 つ崩れていき,もう 1 つも崩れていった。先生が言うにはテロリストの行いらしい。アナウンサーはいかにも今現地に来たよ うな服装で現状を説明していた。今,飛んでいる飛行機は,全てカナダへ行けと指令が出たらしい。私 達は日本に帰れるのかと心配になった。日本に国際電話をしてみたらぜんぜん通じず,10 時間くらい 待ってまたかけようとしたが結局かからなかった。テレビをそのまま見ていたら鳥肌がたった。CAFÉ や BOOK STORE ではテレビを持ち込んで状況を見ながら営業しているらしい。 2:00 位に遅い昼食を取り English Language に行った。今日から新しい先生なので緊張した。宿題 が出て,明日 NEW SALEM に行くので,感想もしくは質問を 5 つ英文で作ってくることだった。次は, LIFE DRAWING のはずなのだが,教室に行ってみたら‘次の火曜日’と張り紙がしてあった。結局 1 回も出ずに終わってしまった。その代わりに,パソコン室で日本の情報を見た。テロリストについて, 結構詳しい情報が載っていた。リンカーンホールに帰って,談話室でテロリストなどについて話して部 屋に戻る。そのうち就寝。 第 23 日 9 月 12 日(水) 快晴 今日は 10:00∼11:30 にリンカーンの青年時代に過ごしていた NEW SALEM を見学。ここはリンカ ーンの青年時代は,商業の街として発展していたという。建物のほとんどは,丸太で作ってある小さな 家がほとんどだった。この小さな街には,ホテルや病院,雑貨屋など生活に必要なものはほとんどあっ た。 昼食は,セイラムにあったマックで take out して帰る。帰るとき,街の途中途中にほとんどの店が 半旗にしているのを見た。アメリカ中が喪に服しているらしい。 午後は,3:00∼4:00 の JAPANESE に出る。 ‘やゆよ’ ・ ‘わをん’を勉強した。6:00∼9:30 はパソコ 17 ン教室だが途中難解になりエスケープ。談話室に行くと,誰もいなかった。居る人に聞いてみると,ヨ シミさんと‘31 アイスクリーム’に行っていたり,授業とのこと。 9:30 からラリーさんが来て昨日起こった事件について話してくれるので談話室に集まった。彼の今, 分かっている情報をできるかぎり教えてくれるという。また,質問も受け付けてくれるという。私達の 不安を取り除くため,わざわざ来て話してくれるらしい。テロリストのほか,宗教の話も少しした。11:00 位まで話をして各自就寝。 第 24 日 9 月 13 日(木) 快晴 今日は久しぶりに朝から Cafe で朝食。そのあと,先生からお話がありそれは,予定通りには進まず, ワシントンには行かなくなると考えていてほしいとのこと。そして,午前中は何もないので今日の English Language の宿題をした。 午後 1:00 ごろCAFEで昼食。そして English Language に行く。宿題を発表して,マリリンに会 いたいというプリントをする。先生はこれで最後なのでもし時間があったら週末うちに来てプールに入 りましょうと言ってくれた。私は,アメリカの家にあるプールを一度見て見たかったので行きたかった。 Cafe で夕食を take out。談話室で食べて今日は部屋の片付けに専念しようと思っていたら,加茂君 がドアをノックした。 ‘増田先生はどこにおられますか’なんのことかと思って聞いてみると,BAT CAT さんの奥さん側の父親が危篤らしい。父親が住んでいる所は車で 17 時間かかるらしいので,私達がア メリカを発つ時見送りが出来ないので今日言いにきたらしい。増田先生はすぐ戻ってこられ,最後の別 れの言葉を言う。最後に,皆と抱き合って見送った。談話室には,BAT CAT さんと奥さんのメモがあ った。それには, ‘キャシーの父親が危篤。フロリダに 17 時間で行かなければいけない。それなので, 見送りが出来ない。今までありがとう。(一部日本語で)さようなら,またあいましょう。BAT うなら,元気で。キャシー さよ ’これは,増田先生に会えなかったときのためのものだった。皆は言葉も 出ず,その後部屋に戻った。のちに就寝。 第 25 日 9 月 14 日(金) 晴天 今日は 8:00 から CATERPILLAR PLANT を見学。それなので,かなり早起きをした。朝焼けがと てもきれいだった。2 時間位で行けるそうなので,バスで移動。そのバスは,たった 2 時間しかの乗ら ないのにとても豪華なつくりだった。トイレ,キッチン,ポット(コーヒー入り),冷蔵庫(ジュース, 水,ビールなど),ドーナツ……。 今日見学するのは支部で,本部から案内してくれる人が来るらしい。工場では,CAT 帽子,保護眼 鏡,先生の説明を聞くヘッドホンを渡された。工場はとても広く,自転車,小型の車で移動していた。 見学するのは,キャタピラーの製作段階の説明で少しずつ出来ていくのを見ながら歩いた。キャタピラ ーの大きさは D6R,D7R,D8R,D9R,D10R,D11R というように 6 つあって,色は黄色が殆どだっ た。世界のキャタピラーはここから殆ど発送しているらしい。確かに,日本でもここのイニシャルの入 ったキャタピラーをよく見かけた。 午後は,CLOSING CEREMONY がありスーツに正装。ゲストルームで副学長に会い,ジョナサン, ラリーさんたちと昼食を取った(コース料理)。色々話をした後,終了証書を一人一人もらって副学長 と別れる。その後,ジョナサンの部屋(CPV)でパーティーをする。関係者やりょう君,家族などが 来て話したり写真を撮ったりする。 18 ラリーさんがこの後,‘ユダヤ教の教会に一緒に行かないか?’と誘ってくれたのでそのまま出発。 まず,チャイニーズでご飯を食べてから教会へ行く。本を読み,歌を歌い参加。たぶん,一昨日にユダ ヤ教について熱心に聞いていたから連れてきたのだと思う。その後は,31 アイスクリームでアイスを 食べる。リンカーンホールに帰ったら,ゴールデンさんたちが‘ホームステイしないか?’と言ってき たのでそのようにする。最後の週末を過ごすのに,せめてリンカーンホールではないところに…という 考えからかもしれない。 第 26 日 9 月 15 日(土) 晴天 今日は何処へ行きたいのかと,聞かれ動物園と提案。イリノイの動物園に行く。そこは,ごく一般の 動物園で変わっていると言えば,からすがいたことくらいだ。アメリカにはからすは見かけないらしく 珍しいらしい。 柏瀬さんが,お土産にベビー服がほしいというのでモールに行く。他に,今日の夕食は手作りピザだ というので材料を買いにスーパーに行く。ついでにかわいいハロウィンのクッキーがあったので買った。 また明日は,AIT の皆が来るので朝食の材料も買う。 ピザは生地から練って,具をたくさんのせた。ピーマンがとても大きく,小さく切ってのせた。2 枚 作ったので,4 人で食べるには少し量が多かった。食後,かたづけてクッキーを焼く。焼くと二倍に膨 らむのを考えず敷き詰めてやいたので,形がゆがんでしまった。失敗クッキーを食べて就寝。 第 27 日 9 月 16 日(日) 晴天 今日は,AIT の皆を呼んで朝食。卵を割ったり,スイカを切ったりして用意。ラリーさんの手作り卵 焼きを食べたりしてくつろぐ。先生達は,飛行機のチケットの予約をしに空港へ行った。その後,皆ス ーツケースに荷物がはいりきらないというのでキャリーバッグを買いに行く。私達二人は買いそびれた ので,ヨシミさんに連れって行ってもらった。帰りに,アイスクリームを買ってもらい食べながらリン カーンホールに帰った。その時のヨシミさんはどことなくさびしげで私も泣きそうになった。 リンカーンホールにかえると,すぐに荷物の整理をして,スーツケースに詰める。やっぱり私もスー ツケースだけでは納まらず上に乗りながらスーツケースを閉める。 今晩は最後の晩なので,仲良し 5 人でカップメンを食べる。談話室には色々食べ物もあったので処理 に困った。のちに就寝。 第 28 日 9 月 17 日(月) 晴天 朝玄関に 5:30 に集合。すると,BAT CAT さん達が見送りに来てくれた。皆にハロウィンのお菓子 をくれた。みんなそれぞれの車に乗り空港へ向かう。途中虹を見ることが出来た。そして,ヨシミさん は‘今日の出発が無事になりますように’と願ってくれた。空港に着くと,別れの言葉を言ってゲート をくぐった。 おわりに アメリカに行ってからと言うもの,視野が広がりました。それは,米国人との交流により米国人の心 の広さもしくは考え方に感激し,今までの私達の考え方について K さんと討論してきたからです。討 論といっても今までの日常会話と変わりないのですが,細かく語り合ってきました。 19 例えば,米国人はバイトでも自分のしている事なのだから自信をもって仕事をしているなどです。と にかく自分がやることに誇りを持っているのです。そして,失敗を恐れない,これが自信につながるの だと考えました。 私が今まで不安だといってきたものは何だったのだろうとここから考えてみました。それは,自分の 考え方での心の揺れに対してではなくて自分に対しての自信のなさに対してなのではないのかと思い ました。だから,今までなにをやるにしても先に起こる良くないこと考えてしまい手につかなかったの ではないのかと振り返ってみました。確かに,失敗を恐れてしまい今までやりたいことに手をつけなか ったことがたくさんあります。そして,何をしても最後まで到達するものがなかったかのように思いま す。私は,失敗は失敗でありそこから生まれてくるものはなにもないと思っている節がありました。な ので,今まで不安という先が見えない考えにとり付かれていたのだと理解しました。 実際,自信がない人は世の中では自分の思い通りの将来を歩めていない人がたくさんいると思います。 そしてそのまま人に左右され,自問している人がたくさんいると思います。しかし全く逆の人生を歩ん でいる人は,借金があったとしても自分を信じているゆえに毎日自分のやりたい仕事をこなしてあきら めない,絶対無理などという考えは出てこない生き方をしているという事例もありました。このような 人は,自信のない人の生き方には納得していないのだと言っていました。 私は今,自分がやりたいことをしています。それは,入学したころに考えていたものではないけれど 自信を持って今なら言えます。また,就職しても日本にとどまらず海外などでも働ける会社に行きたい です。そこで海外の仕事での考え方を勉強して日本の仕事内容を発表しに行きたいです。 このような考えになったのは,米国であまり困らず暮らしてきたというのもあります。しかし,やは り日本人と米国人の考え方の違いに触れてきたことが一番だと思います。重要なことは深く考え,一般 生活,遊びはおおらかに考えること。そして,自分に自信を持ち失敗を恐れないこと・・それは成功に つながるのだからと・・。 20
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