認知修辞学における比喩の認知過程の解明

認知修辞学における比喩の認知過程の解明
内海 彰
1. はじめに
人類はなぜことばを用いるようになったのであろうか。いったい言語を用い
る目的は何なのであろうか。この問いに対する最も一般的な答えは、情報伝
達・コミュニケーションのためというものであろう。人類の祖先は、ことばを
用いて狩猟の際に必要な情報を交換したり、道具製作などの技能を世代間で
継承することによって、他の類人猿よりも生存上有利な立場に立ったとする
考え方である。しかし本当にそうであろうか。言語の起源や進化に関する最
近の研究ではこの見方に否定的な意見も少なくない。狩猟は静かに声を立て
ずに行うのが普通だし、技能の伝承をことばで行うことは大変な困難を伴う。
そこで情報伝達のための言語という説に代わり、社会的つながりを維持する
ために言語が誕生したという説が主張されている。例えば Dunbar (1996) は、
他人との社会的結び付きを効率よく維持するために、肉体的接触(猿の毛づ
くろい)に代わる手段としてことばを用いるようになったという説を展開し
ている。さらには、配偶者選択において、異性の気を引き情動的な共感を呼
び起こすための装飾として言語が誕生したという主張もなされている (Miller,
2000)。
以上の議論は、現在の言語の持つ機能が何かという問いに対しても、その
まま適用することができる。言語学などでは、ことばの最も重要な機能は情
報伝達や行動制御(言語行為)であると一般的に言われている。しかし、実
際には、日常的なことばの使用のうち情報伝達を目的としないものも少なく
ない。敬語の使用は対人的関係の維持のためであるし、比喩などの文彩を用
いた洒落た表現や詩は、読み手や聞き手に情動的共感を喚起するのが第一義
であろう。特に、比喩を代表とする修辞的文彩(rhetorical figure)表現の存在
意義はこれらの機能にあると言っても過言ではない。それにも関わらず、情
報伝達機能に比べて、どのような認知機構を通じてことばの使用が情動喚起
や対人関係の維持につながるのかはあまりよくわかっていない。
そこで、筆者は、ことばの持つ情動的・対人的機能がどのような認知機構を通
じて生じるのかを解明することを目的とする研究として認知修辞学(cognitive
1
内容と技法
認知機構A(理解)
解釈
認知機構B(鑑賞)
効果
修辞的文彩
説得・論証
文体的技法
図 1: 認知修辞学において解明すべき言語表現の三者間関係
rhetoric)を提唱し、認知修辞学の研究の実践および普及を行っている (Utsumi,
2002; 内海, 2004; Utsumi, 2006) 。本稿では、認知修辞学における研究とはど
のようなものかを概観した後に、情動的・詩的効果の喚起の基本原理として
の「ずれの解消」モデルについて紹介する。そして、本稿の主題であり、認
知修辞学の1つの実践研究として筆者が行っている比喩理解・鑑賞の認知過
程の研究について、ずれの解消モデルを出発点として論じていく。
2. 認知修辞学
認知修辞学の目的は、言語表現の技法・解釈・効果の三者間の相互関係を
人間(受け手)の認知過程のレベルで説明する統合的理論の構築である。こ
の関係を図 1 に示す。
ここで言う「技法」とはどのように表現するかということであり、認知修
辞学においては、修辞的文彩が表現技法の主な対象となる。なお「文体」は
「技法」よりも広義の概念であり、文体には、書記や統語の技法や詩における
韻律、小説における語りの構造や視点、話法なども含まれる。韻律や語りな
どによる表現効果については、認知的側面からの研究 (Tsur, 1992; Semino &
Culpeper, 2002) もなされている。一方、図 1 の「解釈」は言語表現の伝達内容
のことであり、言語表現そのものの意味である文意だけではなく、文意をも
とに語用論的推論を通じて得られる推意(話し手の意味)や発語内行為も含
んでいる。
言語表現の「効果」は、言語表現を解釈した結果として受け手に生じる心
理的・認知的変化(伝達内容の受容による信念・知識の変化は除く)のこと
であり、前述した3つの言語機能である情報伝達、情動の喚起、対人関係の
維持にしたがって分類することができる。例えば、表 1 には隠喩の与える表
現効果が列挙されているが、これらのうち、
「明瞭さを与える」、
「概念の特徴
2
表 1: 隠喩の与える表現効果の例
• 比喩は、なによりも特に、明瞭さと快さと斬新さを文章に与える。(アリ
ストテレス, 1992)
• (語の転用法が)欠乏と困窮に迫られた必要性が生み出し、その後は快と
魅力とが普及させた(キケロ、(佐々木, 1995) より引用)。
• より大胆な装飾(愉悦を与える、情動的に動かすという働きをもった異化
効果の1つ)(Lausberg, 1963)
• 新たな視点の提示、概念の特徴群の強調、情緒的経験の表現、体面の保持
(Cacciari, 1998)
• 聞き手(読み手)に強い印象を与えること。[強調]
分かりにくいものを身近の例で具体的に説明すること。
[例示](野内, 2002)
群の強調」、
「具体的に説明する」などは情報伝達に関する効果である。一方、
「快さを与える」、
「快と魅力」、
「愉悦を与える」、
「情動的に動かす」などは情
動喚起に関する効果であり、
「体面の保持」は対人関係の維持に関する効果で
ある。認知修辞学では、これらの効果のうち情動的・詩的効果や対人的効果
を主な研究対象とする。
図 1 は、技法・解釈・効果が2つの認知機構を通じて関係する過程を示し
ている。ここでは理解と鑑賞(appreciation)の過程を区別して示しているが、
これらが異なる過程であるとか、独立に処理を行っているとか主張している
わけではない。認知修辞学ではこれらの過程の相互作用として解釈や効果が
生じるメカニズムを追求するのがねらいである。なお認知修辞学では主に解
釈過程が効果に与える影響を研究対象とするが、実際には、韻文がその意味
を規定したり、単語の音や並びのリズムが意味を支えるなどの鑑賞過程が解
釈に及ぼすことも考えられる (赤羽, 1998)。
以上で述べた認知修辞学の研究範囲は、従来の関連分野では部分的にしか
扱われていない。修辞的文彩を主な研究対象とする修辞学では、表現技法と
その効果の関係の体系化が行われている (e.g., Lausberg, 1963; 野内, 2002) が、
それらの関係を成立される認知機構や解釈・効果間の関係については扱われて
いない。一方、認知科学・認知心理学における修辞的文彩の研究 (e.g., Gibbs,
1994; Lakoff & Johnson, 1980) では、表現から解釈にいたるまでの認知機構
(図 1 の「内容→認知機構A→解釈」)に焦点があてられており、表現と効果
の関係までを含めた解明はあまりなされていない。
3
認知修辞学もしくは cognitive rhetoric という用語は、すでにいくつかの研
究(分野)の名称として用いられている。本稿の認知修辞学と最も近い意味
では、Sperber が関連性理論以前に発表した修辞的文彩の認知理論に関する論
文 (Sperber, 1975) で用いた例がある。最近では、修辞的文彩(特に詩的な文
彩)を概念メタファーや概念融合から分析したり、物語や寓喩という概念と一
般的認知能力の関連性を論じる Turner らの一連の研究 (Lakoff & Turner, 1989;
Turner, 1996; Fauconnier & Turner, 2002) が cognitive rhetoric と呼ばれている
(Hamilton & Schneider, 2002)。ただしこれらの認知言語学的研究では、身体性
に依拠した一般的認知基盤によって詩的言語や文学を説明できる、もしくは
一般的認知基盤がそもそも文学性・詩性を帯びていることを論述するのみで
あり、筆者の認知修辞学の目指す技法・解釈・効果間の認知的関係を解明しよ
うとするものではない。なお、作文技法という意味でのレトリックから、文
章作成における読み書きの認知過程の研究に cognitive rhetoric という名称も
使われている (Flower, Stein, Ackerman, Kantz, McCormick, & Peck, 1990)。
3. ずれの解消モデル
認知修辞学では、詩的・情動的効果の認知機構(図 1 の認知機構B)の一般
原理として、以下に示すずれの解消モデル(incongruity resolution model )を
考える。
1. 表現技法に基づいて生じる意図的なずれによって、受け手に認知的負荷
(処理労力、心理的緊張)が生じる。
2. 認知的負荷を軽減するような(部分的にずれを解消するような)豊かで
多様な解釈を得ることによって表現効果が生じる。
このモデルは、元々、ユーモアやジョークにおいて可笑しさが生じるメカニ
ズムとして提案されたものである (e.g., Attardo, 1997) が、ユーモア以外の関
連する言語現象にも同様の概念や理論が提案されている。例えば、文学研究
における文学性の核心概念として提案されている異化(defamiliarization)や
前景化(foregrounding)は主に形式面に注目したずれとみなすことができる。
また Miall & Kuiken (1999) は、異化とその再解釈が文学性を構成することを
実験的に示している。
4
関連性理論における詩的効果の考え方は、ずれの解消モデルと非常に近い。
関連性理論では、数多くの弱い推意群(a wide array of weak implicatures)を
得ることによって関連性が達成されるような発話の持つ効果として詩的効果
を説明する (Pilkington, 2000; Sperber & Wilson, 1995) 。数多くの弱い推意群の
導出が必要になるだけの処理労力を生じさせる原因が表現技法に基づく不調
和であるとすれば、関連性理論の考え方はずれの解消そのものになる。
さらに、ずれの解消モデルと関連する最近のモデルとして、Giora (2003) は
最適斬新さ仮説(optimal innovation hypothesis )を提唱している。最適な斬新
さとは、新奇な反応(解釈)と顕現的な通常の反応(解釈)の両方を引き起
すような刺激(表現)の持つ性質であり、最適斬新さ仮説では、このような
刺激が他の刺激(単に新奇な刺激や、逆に新奇さの足りない刺激)に比べて
最も心地好く(pleasing)面白いと主張する。Giora et al. (2004) は修辞を含む
言語表現や言語表現でない視覚刺激でこの仮説が成立することを実験的に示
している。映像認知においても、一貫した物語内容を表象しつつ時空間の不
連続性を与える映像が最も面白いという最適斬新さ仮説に一致する結果が得
られている (金井, 2001)。
認知修辞学では、このような一般原理としての詩的効果の認知モデルが個
別の修辞的文彩の持つ効果をどのくらい説明可能かを明らかにするというトッ
プダウン的アプローチと、修辞的文彩の種類に応じてどのような効果がある
かを分析し、その認知メカニズムを解明するボトムアップ的アプローチの両
面から研究を進めていくのが望ましい。そこで、本稿の以下では、これらの
両アプローチを用いて、比喩の詩的・情動的効果の認知過程の解明を行う。
4. 比喩の鑑賞過程の認知機構
4.1 先行研究
比喩の鑑賞過程に関する先行研究は、主に比喩の良さを指標として、比喩
の良さの認知にどのような比喩特性が関与し、どのような過程によって認知
されるのかを調べている。楠見 (1995) は比喩の良さが2つの処理過程により
認知されることを実験的に示した。1つは、喩辞と被喩辞のカテゴリ的距離
が大きいほど比喩の面白さが高まり、比喩の良さが増すプロセスで、もう1
つは、喩辞・被喩辞間の情緒・感覚的距離が近いほど比喩の理解容易性が高
まり、比喩の良さが増すプロセスである。Gerrig & Healy (1983) は、文内での
5
比喩の提示順を変える(例えば、“The night sky was filled with drops of molten
silver.” を “Drops of molten silver filled the night sky.” にする)と、読解時間(つ
まり比喩理解)に有意差が生じるが、比喩の良さの評定(つまり比喩鑑賞)に
差は見られないことを示した。彼らは、この結果から比喩の理解過程と鑑賞
過程は独立した異なるプロセスであると結論づけている。
詩的比喩(poetic metaphor)に関しては、Gibbs (2002) の実験が興味深い。
彼は、詩に含まれる隠喩を意識的に同定させるほうが同定させないよりもそ
の詩の審美的鑑賞の度合いが高まることを示した。隠喩を同定することによ
り、隠喩に含まれるずれを意識し、そのずれに見合うような豊かな解釈を導出
したために審美的効果をより感じたと考えれば、Gibbs (2002) の実験結果はず
れの解消モデルと整合する。Steen (1994) は文学的な隠喩(literary metaphor)
と報道的な隠喩(journalistic metaphor)を区別する比喩特性として、主成分分
析を通じて得られた「概念的な難しさ」、
「否定的価値」、
「無礼さ」、
「公平さ」
の4因子があることを示した。特に、最初の2因子が重要であり、文学的な
隠喩のほうが適切さが低くて美しいことを明らかにした。
4.2 隠喩におけるずれの解消と最適な斬新さ
隠喩認知においてずれの解消モデルおよび最適斬新さ仮説が成立するかど
うかを実験を通じて検討した。
ずれの解消モデルによると、隠喩の詩的効果を「喩辞と被喩辞の非類似に
基づくずれによって生じる認知負荷を軽減するような豊かで多様な隠喩解釈
の生成」の結果と考えることができる。一方、最適斬新さ仮説によると、喩
辞と被喩辞の非類似度が高いほうが斬新であり、かつ理解容易であると顕現
的な解釈もなされるので、このような隠喩が最も面白いことになる。そこで
実験では、ずれの程度を測る尺度として喩辞と被喩辞の非類似度、ずれが解
消されたか(または解釈が顕現的か)の基準として隠喩の理解容易度、得ら
れた解釈の豊かさの尺度として解釈多様性(interpretive diversity)、詩的効果
の尺度として隠喩の詩的度(poeticality)をそれぞれ用いた。ずれの解消モデ
ルと最適斬新さ仮説から、詩的度と面白さに関して以下の予測が成り立つ。
1. 理解容易な隠喩では、非類似度の高い隠喩ほど解釈多様性も高い。その
結果、詩的度も面白さも高くなる。
2. 理解容易でない隠喩では、非類似度や解釈多様性に関わらず詩的度や面
6
白さは一定であり、理解容易な隠喩に比べて詩的度や面白さが低い。
実験は隠喩理解と隠喩鑑賞から構成された。実験には「XはYだ」形式の
40 個の隠喩表現を用いた。隠喩理解に関する実験では、80 名の大学生が特徴
列挙課題(与えられた隠喩の意味を表す3個以上の特徴の記述)、自由記述課
題(隠喩の意味の自由記述)、理解容易度評定課題(隠喩の理解容易度の7段
階評定、1:理解しにくい、7:理解しやすい)をこの順番で行った。また、
別の 72 名の大学生が各隠喩の喩辞・被喩辞間の類似度の7段階評定(1:似
ていない、7:似ている)を行った。一方、隠喩鑑賞に関する実験では、42
名の大学生が各隠喩の詩的度(1:日常的である、7:詩的・文学的である)
および6個の尺度(自然さ、美しさ、形式度、政治的発言での使用頻度、趣味
の良さ、厳密さ)の7段階評定を行った。さらに、別の 42 名の大学生が各隠
喩の面白さの7段階評定を行った。以上の手続きで得られた評定値について
は、すべて隠喩ごとの平均値を算出し、それを以下の分析に用いた。解釈多
様性については、特徴列挙課題や自由記述課題で得られた解釈をもとに、各
隠喩の意味のばらつき具合いをエントロピーとして算出した (Utsumi, 2005)。
具体的には、隠喩 M の解釈として記述された特徴 x の相対顕現度(総和が1
になるように標準化した顕現度)を p(x) とすると、その解釈多様性 H(M) は
次式で計算される。
H(M) = −
p(x) log2 p(x)
x∈M
図 2 は、隠喩を理解容易度や(特徴列挙課題の結果から算出した)解釈多様
性の高低で分類したときの詩的度と面白さの平均評定値を示している。理解
容易度や解釈多様性の高低は、総平均以上か未満かを基準とした。図 2 を見
ると、理解容易な隠喩では、解釈多様性の高いほうが低いよりも詩的度、面
白さともに高くなっており、上述の予測1に合致する。また、非類似度が高い
ほど解釈多様性が高くなるという関係も成立した (r = .57, p = .01)。一方、理
解困難な(容易でない)隠喩では、詩的度、面白さともに解釈多様性の高低
間でほとんど差がなく、この点は予測2に合致している。以上の結果は、理
解容易度と解釈多様性を要因とする2元配置分散分析により統計的に有意で
ある。つまり、2要因の交互作用が有意であり(詩的度:Fi (1, 36) = 6.46 (p <
.05), Fs (1, 41) = 39.17 (p < .001)、面白さ:Fi (1, 36) = 1.24 (p = .27), Fs (1, 41) =
4.90 (p < .05))、理解容易な隠喩のみ解釈多様性の単純主効果が有意である(詩
7
5.0
詩的度
平 4.5
均
評 4.0
定
値 3.5
面白さ
非類似度
3.0
2.5
理解容易度・高(理解容易)
多様性・低
多様性・高
理解容易度・低(理解困難)
多様性・低
多様性・高
図 2: 理解容易度と解釈多様性の高低による隠喩の詩的度と面白さ
的度:Fi (1, 36) = 9.91 (p < .01), Fs (1, 82) = 56.07 (p < .001)、面白さ:Fi (1, 36) =
3.01 (p = .09), Fs (1, 82) = 10.77 (p < .01))。
しかし1つだけ予測に反した点がある。それは、理解容易な隠喩に比べ
て理解困難な隠喩の詩的度のほうが高いという結果(Fi (1, 36) = 9.27 (p <
.01), Fs (1, 41) = 20.64 (p < .001))であり、これはずれの解消モデルによる
予測2と矛盾する。したがって、理解容易な隠喩ではずれの解消モデルは成
立していると言えるが、ずれが解消できないような理解困難な隠喩の詩的効
果の認知は異なる原理・機構で行われている可能性がある。
なお、面白さについては、理解容易な隠喩のほうが理解困難な隠喩より
も高いという予測2に合致する結果が得られている(Fi (1, 36) = 8.84 (p <
.01), Fs (1, 41) = 16.42 (p < .001))。つまり、最も面白い隠喩は理解容易で
かつ非類似度が高い隠喩であるという最適斬新さ仮説に完全に合致する。
4.3 理解容易度による隠喩の鑑賞過程の違い
では、理解容易な隠喩と理解困難な隠喩では鑑賞過程がどのように異なる
のであろうか。この問いに答えるために、前節の隠喩鑑賞実験の際に評定した
6つの尺度に自由記述の結果から算出した解釈多様性を含めた7尺度を用い
て、詩的度を説明する重回帰分析を行った。なお、この6尺度は Steen (1994)
によって示された文学的な隠喩の区別に重要な役割を果たす比喩特性である。
(なお、本節の内容は Utsumi (2005) に基づいている。)
まずはこの7尺度に対して主成分分析を行い固有値が1以上となる4主成
分を得た。(4主成分により全変動の 94.1%が説明された。)図 3(a) にこれら
の4主成分と7尺度の関係(因子負荷量の絶対値が 0.5 以上のもの)を示す。
8
感情価
.46***
.97
.93
美しさ
趣味の良さ
.50
.91
–.58*** 概念的適切性
詩的度
–.22*
.29**
非形式性
解釈多様性
自然さ
.90
–.81
.50
厳密さ
政治的
–.76
.99
形式的
解釈多様性
(a) 全隠喩に対する重回帰分析(および主成分分析)の結果
–.58**
詩的度
概念的適切性
.31*
解釈多様性
(b) 理解容易な隠喩
詩的度
.78***
感情価
(c) 理解困難な隠喩
(*p < .05. **p < .01. ***p < .001.)
図 3: 理解容易な隠喩と理解困難な隠喩における詩的度を説明する因子
第1主成分は美しさや趣味の良さと強い相関があるので「感情価」を表す因
子、第2主成分は表現の自然さや厳密さと強い相関があるので「概念的適切
性」を表す因子と考えられる。なお解釈多様性は第4主成分にのみ強い相関
を示しており、逆に第4主成分は解釈多様性以外の尺度との因子負荷量が小
さいので、解釈多様性は他の尺度とは独立した因子であることがわかる。
これらの4因子を説明変数、詩的度を目的変数とする重回帰分析を行った。
重回帰分析は、全部の隠喩に対してと、理解容易な隠喩と理解困難な隠喩の
2グループに対して行った。これらの結果を図 3 に示す。リンクといっしょに
示されている数値は有意な標準化偏回帰係数であり、隠喩全体では4因子す
べてが詩的度に関係していることがわかる。解釈多様性が高いほど詩的度が
高くなるという関係はずれの解消モデルを支持する結果であるが、それ以上
に概念的適切性や感情価が詩的度を決定するという結果は、隠喩の鑑賞過程
にはずれの解消以外のメカニズムが関与していることを示している。
9
理解容易な隠喩
理解容易な隠喩
意味処理
意味処理
審美処理
審美処理
理解困難な隠喩
理解困難な隠喩
意味処理
意味処理
審美処理
審美処理
(a) 逐次モデル
(b) 並列モデル
図 4: 隠喩の鑑賞モデルの2つの可能性
さらに、図 3 は、理解容易な隠喩と理解困難な隠喩では詩的効果の認知過程
が異なることを示唆している。理解容易な隠喩では、詩的度を説明する(有
意な)変数は概念的適切性と解釈多様性であるのに対して、理解困難な隠喩
では感情価のみが詩的度を説明する変数となった。つまり、理解容易な隠喩の
詩的度は主に意味的な処理を通じて認知されるということであり、ずれの解
消モデルとも整合する。一方、理解困難な隠喩の結果は、意味的な処理が困
難であることから審美的な処理を通じて詩的度が認知されると考えれば、直
感的にも自然である。興味深いのは、美しさなどの感情価が理解容易な隠喩
の詩的度認知に影響を及ぼさないという結果であり、このことは、感情価と
概念的適切性の2要因が Steen (1994) が示したような加法的な影響を詩的度
に与えるのではなく、相補的な役割を果たすことを示唆する。さらに、本研
究の結果は理解過程(意味処理)が鑑賞過程に影響を与えることも示唆して
おり、この点で Gerrig & Healy (1983) らの結論と矛盾する。
以上から、理解容易な隠喩と理解困難な隠喩では異なる過程(意味処理と
審美処理)を通じて詩的度の認知が行われていることが明らかになった。こ
れらの2つの処理による隠喩鑑賞のモデルとして、図 4 に示す以下の2つの
可能性が少なくとも考えられる。
逐次モデル 意味処理が最初に行われ、それがうまくいかなかった(つまり理
解可能でない)場合に審美処理が行われる。
並列モデル 意味処理と審美処理は並行して行われるが、意味処理が問題なく
行われる(つまり理解容易である)場合には、審美処理が抑制される。
10
表 2: 詩的度の認知過程に関する隠喩と直喩の違い(標準化偏回帰係数)
直喩
美しさ
隠喩
R2
理解度 多様性
全部
.64*** –.64***
理解容易
.55*** –.53***
理解困難
–.15
美しさ
理解度 多様性
R2
.73***
.57*** –.63*** .23*
.56***
.29*
.79***
.38*
.34*
.64**
.81*** –.21
.12
.63***
.81*** –.20
.03
.57**
多様性・高
.64**
–.59**
.07
.75**
.32
–.57*
.34
.67**
多様性・低
.42*
–.64**
.22
.75***
.41*
–.69**
.27
.77**
.84**
–.26
.26
.87**
.63*
–.38
.19
.60*
–.56**
理解可能
理解不可能
注)網掛けの部分はその標準化偏回帰係数が有意(p < .05)であることを示し
ている。*p < .05. **p < .01. ***p < .001.
どちらの仮説が正しいかは明らかではないが、以下の節では、隠喩とともに
一般的に用いられる比喩である直喩の鑑賞過程の探求を通じて、この問題を
考えてみたい。
4.4 隠喩と直喩の鑑賞過程の違い
直喩における理解・鑑賞過程および隠喩との違いを調べるために、4.2 節で
述べた隠喩実験と同様の実験を直喩に対して行った。実験では、隠喩実験と
同じ喩辞・被喩辞を用いて作成した「XはYのようだ」形式の 40 個の直喩表
現を用いた。直喩理解に関する実験では、42 名の大学生が隠喩理解実験と同
じ課題(特徴列挙、自由記述、理解容易度評定)を行った。直喩鑑賞に関す
る実験では、別の 42 名の大学生が詩的度および美しさの7段階評定(1:醜
い、7:美しい)を行った。なお、これ以降の議論では、因子「感情価」の代
表値として美しさの評定値、因子「概念的適切性」の代表値として理解容易
度の評定値を用いる。理解容易度は概念的適切性の主成分得点と相関が非常
に高い(r = .89, p < .0001)ことから、代表値として適切である。
前節と同様に、詩的度を目的変数、美しさ・理解容易度・解釈多様性を説明
変数とする重回帰分析を行った結果を表 2 の前半に示す。隠喩と直喩の間で
大きく異なるのは、前述したように、理解容易な隠喩の詩的度は美しさ(感
情価)に依存しない(表 2 では偏回帰係数は有意になっているが、理解容易
度の偏回帰係数に比べて小さい)のに対して、直喩では理解容易かどうかに
11
関係なく、美しさが最も詩的度を説明する変数であるという点である。この
結果は、意味処理の失敗が審美処理を起動するという逐次モデル(図 4(a))に
直喩の鑑賞過程が従っていないことをおそらく示唆している。
筆者らは、解釈多様性が直喩と隠喩の理解過程の違いを説明する上で重要
であることを主張している (Utsumi & Kuwabara, 2005)。実際に実験を通じて、
喩辞と被喩辞のペアから構成される比喩的な意味の多様性が高いほど、隠喩
のほうが直喩よりも理解が容易であり、かつ好まれる表現であることを示し
てきた。したがって解釈多様性の高低により、隠喩と直喩の鑑賞過程にも違
いが生じている可能性がある。そこで、理解容易度が4以上の隠喩/直喩を
理解可能な比喩とした上で、隠喩/直喩を「理解可能かつ多様性・高」、「理
解可能かつ多様性・低」、「理解不可能」の3グループに分けて、それぞれに
対して重回帰分析を行った。その結果を表 2 の後半に示す。興味深いことに、
隠喩では3グループすべてで異なる結果となった。特に、理解可能で多様性
の低い隠喩では、理解容易度と美しさの両方が詩的度に影響を与えるという
図 3 とは異なるパターンの結果が得られた。したがって、隠喩の鑑賞過程に
おいても、図 4(a) の逐次モデルが成立する可能性は低いと推測できる。一方、
直喩については、すべての場合において美しさが関与し、解釈多様性の高低
に関わらず理解可能な直喩では理解容易度も詩的度に影響を与えるという表
2 の前半と一貫した結果となった。
以上の結果をまとめると、隠喩と直喩で鑑賞過程が異なるのは理解可能か
つ多様性の高い場合のみであり、隠喩では審美処理が関係しないが、直喩で
は審美処理が関係するという違いが生じている。ではこの違いはどこから生
じるのであろうか。次節では、1つの可能性として、隠喩と直喩の理解過程
の違いに着目する。
4.5 理解過程と鑑賞過程の関係
隠喩と直喩の表現形式の違いがそれらの処理過程の違いを反映していると
一般的に言われている (Bowdle & Gentner, 2005)。この考え方によると、隠喩
の表現形式である「XはYだ」は、文字通りにはカテゴリ化(categorization)
を表す表現(XがYというカテゴリーのメンバであることを述べる表現)な
ので、隠喩もカテゴリ化過程によって理解される。一方、「XはYのようだ」
という表現は文字通りには2つの概念を比較(comparison)する表現なので、
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直喩も比較過程によって理解される。
最近の研究では、これに加えて、隠喩はカテゴリ化過程だけでなく、比較
過程でも理解される場合があると考えられている。例えば Bowdle & Gentner
(2005) の隠喩の履歴仮説では、比喩的な意味が喩辞の語義として慣習化され
ていない新奇な意味であれば、その隠喩は比較過程によって理解されると主
張する。また、比喩的な意味の適切性が低い場合には比較表現として理解さ
れるという仮説も提唱されている (Jones & Estes, 2005)。
この問題に関して、筆者は解釈多様性による説明を試みている (Utsumi &
Kuwabara, 2005)。XがYのメンバであることを表すカテゴリ化表現の理解で
は、カテゴリYの持つ多くの特徴や属性がXでも成立する(属性継承される)
ことが期待できるので、その表現の解釈多様性は高いと考えられる。一方、2
つの概念を比較する場合には、得られる解釈の多様性に関してそのような傾
向はないと思われる。したがって、比喩的な意味の多様性が高い場合には隠喩
はそのままカテゴリ化として理解されるが、多様性が低い場合には、文法形
式が促すカテゴリ化過程による理解に失敗して、比較過程による再理解が行
われる。一方、比較過程は解釈多様性の高低による処理のしやすさの違いは
ないので、直喩はいずれの場合にも比較過程を通じて理解されることになる。
以上の解釈多様性による議論が成り立つとすると、隠喩と直喩の理解過程
の違いと観賞過程の違いを統一的に説明するための1つの仮説として、
「カテ
ゴリ化過程(つまり理解可能かつ多様性が高い隠喩の理解過程)では審美処理
が抑制されるのに対し、比較過程では意味処理と並行して審美処理も行われ
る」という仮説を導くことができる。この仮説はあくまでも推測にすぎない
が、2つの概念を比べて類似性を導き出すという比較過程は非常に創造的で
あり、文学や詩の観賞に必要な過程であるので審美処理も同時に行われるが、
カテゴリ化過程にはそのような性質はないので審美処理は抑制される(もし
くは行われない)と考えれば、我々の直観とも一致する。少なくとも図 1 に
示すような、理解のための認知機構が鑑賞のための認知機構に影響を与える
という現象は生じていそうである。
5. おわりに
本稿では、筆者の提案している認知修辞学の考え方について述べ、その1
つの実践研究として、比喩の鑑賞過程に関する実験的研究を紹介した。これ
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らの研究を通じて、隠喩の鑑賞過程では、ずれの解消モデルや最適斬新さ仮
説といった表現効果認知の一般原理が成立するとともに、意味処理(理解容
易性)や審美処理(美しさ)を通じた詩的効果の認知過程が明らかになった。
しかしながら、本研究で用いた実験手法は評定によるオフライン実験であ
るため、鑑賞過程を直接観察しているわけではない。その意味で隠喩や直喩
の鑑賞モデルの議論はかなり思弁的になっている。今後は、比喩の鑑賞過程
をより直接的に観察できる実験(詩的度認知に関する反応時間の測定、プロ
トコルデータの収集など)を用いるとともに、計算モデルによるシミュレー
ションや MEG、fMRI 等の非侵襲的脳機能測定など広範な手法を用いた比喩
観賞に関する認知機構の解明を行っていきたい。
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