Cognitive Studies, 14(3), 236-252. (Sep 2007) ■特集 — 修辞の認知科学 招待論文 認知修辞学の構想と射程 内海 彰・金井 明人 Our research project of cognitive rhetoric aims at systematically exploring a cognitive mechanism underlying the relationship between stylistic techniques of rhetoric, interpretations or meanings and its effects, and also developing a computational methodology of artistic work generation. This paper introduces the project of cognitive rhetoric and discusses its purposes and goals, related disciplines, and methodology. This paper then reviews, as case studies of cognitive rhetoric, our ongoing studies on “the cognitive mechanism of metaphor comprehension and appreciation” and “non-story type film rhetoric and its composition system”. Keywords: rhetoric(レトリック,修辞), metaphor(比喩), appreciation (観賞), incongruity(ずれ), film(映像), non-story(ノンストーリー), composition (構成) 1. 認知修辞学とは何か であろうか」と問いかけることによって美しさを強 調して表現するなど,さまざまな表現方法が考えら 1.1 認知修辞学の目的 れる.さらに言語以外でも,例えば印象派画家のエ 人間のさまざまな活動には「表現」が関わってい ドゥアール・マネが女流画家のベルト・モリゾを描 る.一般的に言って,表現とは,情報・意味・心的 いたように,絵画を通じて女性美を表現することも 状態などの主観的な「もの」を客観的に認識できる できる.このような様々な形象による表現の仕方や 形象として表すことである.われわれが用いる表現 技法,さらには技法の組み合わせ方のことを,本論 形象の代表は言語であるが,それ以外にも,音楽, 文では修辞と呼ぶ. 映像,絵画,身振り,身体動作なども表現形象とし 表現における技法,すなわち修辞を選択するため て広く用いられている.さらに,表現には「もの」 には,何らかの基準が必要となる.その選択基準と を表す手段としての側面だけではなく,表現それ自 して考えられるのが,表現者の意図する「効果」で 体が目的となるという側面(例えば,前衛的な芸術 ある.表現者はある特定の効果を受容者(解釈者) 作品における表現)もある. に与えること,あるいは与えないことを意図して, 表現行為において,どのような仕方・技法で表現 それに適した修辞技法を選択して表現を行う.一 するかは本質的な問題となる.表現自体を目的と 方,受容者は,表現に用いられている修辞技法を認 する場合はもちろんであるが,何かを表現するため 識することによって, (多くの場合は無意識的に)意 にも表現方法は通常ひとつだけではないからであ 図された効果を享受することになる.先ほどの例だ る.例えば,ある女性の美しさを言葉で表現すると と, 「彼女は美しい」と言う代わりに彼女を牡丹に きに, 「彼女は美しい」とそのまま言う他に, 「彼女 喩える比喩を用いて表現したり絵画で表現すること はまさに牡丹のようである」と比喩を用いて表現し によって,彼女の美しさを単に伝えるだけではなく たり, 「彼女ほど美しい女性はこの世に存在するの (むしろ正確さという文字通りの表現の効果をなく すことによって),審美的快感を与えたり情緒的に The Concept and Scope of Cognitive Rhetoric, by Akira Utsumi (The University of ElectroCommunications) and Akihito Kanai (Hosei University). 心を動かすといった効果が期待できるのである. 以上のことから,修辞の研究において表現技法と Vol. 14 No. 3 認知修辞学の構想と射程 237 効果の関係を扱うことは不可欠であると言える.後 表現の技法と考えることができるので,本論文にお 述するように,修辞学やその周辺分野で技法と効果 ける修辞もこれらを含んでいる.さらに,弁論術と の関係に関する研究は多くあるものの,どのような しての意味の派生として,作文技法(composition 認知機構によって特定の修辞技法が特定の効果を喚 (修辞や skill)のこともレトリックと呼ばれている. 起するのかはほとんどわかっていないのが現状であ レトリックに関する歴史的変遷や現状については, る.同時に,多くの効果は表現を解釈した結果とし 小田 (2007) を参照されたい. ) て受容者の心に生じるものであるから,表現の解釈 このように修辞やレトリックの表す概念が限定さ 過程が効果に与える影響も考えなければいけない. れているため,修辞やレトリックに関する既存研究 さらに言語以外の表現においては,そもそもどのよ も本論文の認知修辞学を部分的に扱っているに過ぎ うな修辞技法があるかどうかもよくわかっていない ない.修辞学では,ことばのあやを主な研究対象と ことも多い. して,表現技法とその効果の関係の体系化が行わ したがって,認知科学における修辞研究の目的は, れている (e.g., 野内, 2002; 佐藤他, 2006) が,そ 言語に限らず様々な表現を対象として,その技法・解 れらの関係を成立される認知機構や解釈・効果間の 釈・効果の三者間にはどのような相互関係が存在し, 関係については扱われていない.また,認知科学・ それらの関係はどのような認知機構に立脚するの 認知心理学における修辞表現(比喩)の研究 (e.g., か,さらには,それらの関係が人間やコンピュータ Gibbs, 1994; Lakoff & Johnson, 1980) では,表現 による表現生成にどのように関わるのかを解明して 技法から解釈にいたるまでの認知機構に焦点があて いくことである.筆者らは,このような目的を持つ られており,表現と効果の関係までを含めた解明は 研究の総称として認知修辞学(cognitive rhetoric) あまりなされていない. を提唱し,認知修辞学研究の実践や普及を行ってい る (e.g., 金井, 2001b; 内海, 2004; Utsumi, 2006a). 一方,文学研究では,個々の修辞技法を含む文学 作品や物語における技法・解釈・効果間の関係の分析 本論文の以下では,筆者らが行っている認知修辞学 が行われている (Genette, 1972; 土田・神郡・伊藤, の実践研究の一部(2 章の内海による比喩の理解・ 1996).さらに近年になって,認知的視点を導入した 観賞過程の解明と 3 章の金井による非ストーリー 文学研究(例えば,認知物語論・文学論 (Bortolussi 的な映像修辞とその構成システム)を紹介すること & Dixon, 2002; Hogan, 2003; Herman, 2003),認 によって,認知修辞学の枠組と可能性を提示する. 知文体論 (Semino & Culpeper, 2002),認知詩学 (Stockwell, 2003; Gavins & Steen, 2003))が行わ 1.2 認知修辞学の位置づけ れ始めている.これらの研究は認知修辞学とは最も 1.1 節で述べたように,本論文においては修辞を 密接な関係を持つと思われる.しかし,これらの研 表現技法全般を指すことばとして用いているが,一 究の多くは認知言語学の影響を大きく受けており, 般的には,言葉に関係する表現技法(あや,figures 認知的概念を援用した個々の文学作品の記述的解釈 of speech)を指すものとして位置付けられている や,物語・文学の一般的性質や構造の解明が主目的 (佐藤・佐々木 ・松尾, 2006).特に狭い意味では,比 であり,個々の表現技法の認知的解明はあまり行わ 喩などの特定の文彩表現(転義法,tropes)を表す れていない.また,近年になって(特にアメリカに 語として用いられる.一方,レトリック(rhetoric) おける)映画・映像研究でも,認知的アプローチが は必ずしもこのような意味に限定されない.アリ 多く用いられてきており,それを踏まえた上で,修 ストテレスやキケロらのレトリックはコミュニケー 辞に注目するアプローチ (Blakesley, 2003) も出現 ションや効果的な説得・論証のための弁論術であり, しているが,まだまだ不十分である. 修辞は弁論術を構成する五部門(修辞の他に,何を 日本において認知修辞学という用語を用いた 言うかを構想する発想,構想をどのような順番で述 研究は筆者らの知る限り皆無であるが,cognitive べていくかを検討する配置,記憶,身振りや表情な rhetoric はすでにいくつかの研究(分野)の名称と どの非言語的要素も交えてどのように語るかを決 して用いられている.本稿の認知修辞学と最も近い める発表)の一つとして位置づけられている.弁論 意味では,Dan Sperber が関連性理論を提唱する 術における「配置」や「発表」もある意味では言語 前に発表した修辞的文彩の認知理論に関する論文 238 Cognitive Studies Sep 2007 (Sperber, 1975) で用いた例がある.最近では,修 章では,比喩の観賞においてこのモデルが成立する 辞的文彩(特に詩的な文彩)を概念メタファーや概 かどうかを検討した研究を紹介する. 念融合から分析したり,物語や寓喩という概念と一 もうひとつのアプローチは,個別の表現形象や修 般的認知能力の関連性を論じる Turner らの一連の 辞に対して技法と解釈・効果の関係の背後にある認 研究 (e.g., Lakoff & Turner, 1989; Fauconnier & 知機構を解明していくことによって,修辞の認知モ Turner, 2002; Turner, 1996) が cognitive rhetoric デルの普遍性と個別性を明らかにしていくボトム と呼ばれている (Hamilton & Schneider, 2002).た アップ的アプローチである.例えば,比喩の観賞が だしこれらの認知言語学的研究では,身体性に依拠 ずれに基づくモデル以外の認知過程にしたがってい した一般的認知基盤によって詩的言語や文学を説明 るかどうか(つまり比喩に固有の鑑賞メカニズムが できる,もしくは一般的認知基盤がそもそも文学性・ 存在するかどうか)を調べるのがこのアプローチで 詩性を帯びていることを論述するのみであり,本論 ある. (この研究についても 2 章で紹介する. ) 文における認知修辞学の目指す技法・解釈・効果間 認知修辞学の研究手段としては,様々な認知科学 の認知的関係を解明しようとするものではない.な 的手法を用いることができるであろう.対象とす お,前述した作文技法という意味でのレトリックか る修辞の統制を取りやすい場合には,認知心理実 ら,文章作成における読み書きの認知過程の研究に 験による経験的手法を用いることができる.MEG cognitive rhetoric という名称も使われている (e.g. や fMRI 等の非侵襲的脳機能測定などのニューロイ Flower et al., 1990). メージング手法による研究 (e.g., Jacobsen et al., 2006) も今後増えていくであろう.また,芸術作品 1.3 認知修辞学の方法 の観賞や創作など条件を統制しにくい対象におい 本論文の認知修辞学における目的を達成するため ては,観察やインタビューなどの事例研究の積み重 には,以下の 2 つのアプローチによって研究を進め ねも重要な研究手法である.さらには,コンピュー ていくのが望ましい. タによる構成的手法(修辞技法に基づく試行錯誤的 ひとつは,普遍原理としての技法・解釈・効果間の な表現生成や認知モデルのシミュレーション実験な 相互関係の認知モデルを仮定し,そのモデルがさま ど)も認知修辞学においては重要な研究手段である. ざまな表現形象における修辞をどのくらい説明でき 3 章では,構成的手法の一例として,コンピュータ るのかを明らかにするトップダウン的アプローチで による映像修辞の構成法の研究を紹介する. ある.例えば,修辞における効果喚起の普遍原理の ひとつとして,ずれ(不調和,incongruity)に基づ 2. 比喩の理解・観賞過程の解明 くモデルが考えられる (Utsumi, 2005, 2006a).ず 本章では,認知修辞学の実践研究として著者(内 れ(とその解消)という概念は,元々,ユーモアや 海)が行っている比喩理解や比喩観賞の認知過程に ジョークにおいて可笑しさが生じるメカニズムとし 関する研究を概観する.なお,理解過程を追求する て提案されたものである (e.g., Attardo, 1997; 伊 こと自体は従来の修辞表現の認知科学研究の範囲内 藤, 2007) が,これと同様の/類似した概念はすで であるが,本章を通じて理解過程が観賞過程に関係 に様々な修辞において提唱されている.文学研究に していることを示唆する.その点において理解過程 おける文学性の核心概念として提案されている異化 を追求することも認知修辞学の研究と言える. (defamiliarization)(Shklovsky, 1965) は,主に形 式面に注目したずれとみなすことができるし,そも 2.1 比喩の理解過程 そも「あや」としての修辞(figures)は通常の言語 2.1.1 カテゴリー化過程と比較過程 からの偏差(deviation)を含むものと考えられる. Glucksberg ら (Glucksberg, 2001; Glucksberg さらに, 「ずらし」が現代美術の創作における重要な & Keysar, 1990) は,隠喩理解とは,喩辞を典型事 認知操作であることも明らかにされている (岡田・ 例とするようなアドホックカテゴリーに被喩辞を 横地・難波・石橋・植田, 2007).よって,ずれに基 分類するカテゴリー化(categorization)であると づくモデルがどのくらいの修辞に適用可能かを調べ するカテゴリー化理論を主張している.例えば「彼 ていくことは認知修辞学の大きな課題と言える.2 の仕事は刑務所だ」という隠喩は,喩辞である「刑 Vol. 14 No. 3 認知修辞学の構想と射程 務所」を典型事例とするようなカテゴリー(例えば 「不快で,制限を課すもの」)に被喩辞である「彼 の仕事」が属することを示す表現として理解され る.一方,Gentner ら (Gentner, 1983; Gentner, Bowdle, Wolff, & Boronat, 2001) は,喩辞・被喩 辞間の要素(特徴や構造)の対応付け(alignmnet) と対応付けされた要素の被喩辞への写像という 2 つ の過程から成る比較(comparison)過程を通じて 隠喩は理解されるとする.例えば「うわさはウイル 表1 239 隠喩選好度の実験結果 (Utsumi, in press) 隠喩選好度の平均 標準化 偏回帰係数 高 低 解釈多様性 3.10 2.41* .47** 喩辞慣習性 3.14 2.55* .38* 適切性 3.34 2.47* .26 注:各隠喩特性における高・低群は全 40 個の 隠喩から上位・下位 10 個の隠喩をそれぞれ選 択した.*p < .05.**p < .01. 隠喩特性 スだ」という隠喩では,うわさとウイルスの間に見 られる対応付け(例えば,伝染や感染に関する対応 形式が選好されると予想される. 付け)が発見され,そこから抽象化されて得られる 特徴や構造が被喩辞である「うわさ」に写像される 2.1.2 解釈多様性理論とその妥当性 と考える. 2.1.1 節で述べたような現状に対して,筆者 (Ut- 最近の研究では,これらのうちのどちらが隠喩の sumi, in press; Utsumi & Kuwabara, 2005) は比喩 理解過程として妥当かという二者択一ではなく,あ 的な意味の豊かさを表す解釈多様性(interpretive る隠喩特性に応じてどちらかの過程を経て理解され diversity)がどちらの過程で隠喩が理解されるかを るという統合的な見方が優勢である.Bowdle and 決定するという解釈多様性理論を提案している.こ Gentner (2005) は喩辞の慣習性(vehicle conven- の理論では,基本的に隠喩はカテゴリー化過程を通 tionality)がどちらの過程で隠喩が理解されるかを じて理解されるが,解釈多様性の低い隠喩ではカテ 決定するという隠喩の履歴(career of metaphor) ゴリー化過程による理解に失敗して,比較過程によ 理論を主張している.この理論では,隠喩は基本的 る再理解が行われると考える. に比較過程を通じて理解されるが,比喩的な意味が この理論における解釈多様性は, 「解釈を構成す 喩辞の持つ意味として慣習化されるとカテゴリー る個々の意味特徴の個数」と「特徴の顕現度分布の 化過程として理解されると考える.これに対して, 一様さ(均一さ)」から定義される.特徴の個数が 最新のカテゴリー化理論 (e.g., Glucksberg, 2003; 多いほど,または顕現度分布が一様なほど,解釈多 Glucksberg &Haught, 2006; Jones &Estes, 2006) 様性は高くなる.よって,解釈多様性は Shannon では,適切性の高い隠喩ほどカテゴリー化過程を通 エントロピーの概念を用いて定式化することができ じて理解されるが,適切性の低い隠喩では比較過程 る.つまり,ある比喩表現の解釈 X に含まれるそ で理解されると主張している. れぞれの意味 xi (i = 1, · · · , n) の相対的顕現度(X 隠喩がどちらの過程で理解されるかを調べる代表 における顕現度の総和に対する xi の顕現度の割合) 的な方法のひとつに,喩辞と被喩辞のペアに対して を p(xi ) とすると,次式の H(X) は X の解釈多様 隠喩表現と直喩表現のどちらが好ましいかを判断さ 性を示す適切な値となる1) . せるという方法がある.隠喩の表現形式である「X はYだ」は文字通りにはカテゴリー化を表す表現 (XがYというカテゴリーのメンバであることを述 H(X) = − n � p(xi ) log2 p(xi ) (1) i=1 べる表現)であるのに対し, 「XはYのようだ」とい Utsumi (in press) は,2.1.1 節で述べた隠喩・直 う直喩表現は文字通りには 2 つの概念を比較する表 喩形式の選好を評定させる課題(5 件法,5:隠喩を 現である (Bowdle & Gentner, 2005).したがって, 選好,1:直喩を選好)を用いて,解釈多様性理論 隠喩がカテゴリー化過程で理解される(かつ直喩が の妥当性や他の理論に対する優位性を調べた.その 比較過程で理解される)場合にはどちらの形式も同 結果,表 1 に示すように,解釈多様性の高い隠喩群 じ程度に選好されるが,隠喩が比較過程で理解され る場合には,形式によって誘導されたカテゴリー化 過程が失敗して比較過程で再理解されるので,直喩 1) 式 (1) で示されるエントロピーは,生態系の生物多様 性(biodiversity)を測る指標のひとつとして用いられて いる (Magurran, 1988).このことは,解釈多様性を数量 化する指標として適切であることを示している. 240 Cognitive Studies Sep 2007 における隠喩選好度の平均値は中間値 3 に近い値 けるような場合である.例えば,色彩形容詞と名詞 であった(つまり予想どおりにどちらの形式も強く の組み合わせによる色彩形容詞メタファーの意味 選好されなかった).一方,解釈多様性の低い隠喩 は,喩辞である色彩形容詞から連想されるプロトタ 群では 3 より有意に低い値となった(つまり予想ど イプ的な意味から予想できない否定的なイメージを おりに直喩形式が選好された).しかし,喩辞の慣 多く含む傾向にある (坂本・内海, 2007).したがっ 習性 (Bowdle & Gentner, 2005) や適切性 (Jones て,このような隠喩はカテゴリー化過程を通じて理 & Estes, 2006) に対してもそれらを支持する同様 解されているわけではないと考えられる. の結果が得られたので,この 3 つの隠喩特性のど 創発特徴を多く含むこのような隠喩の理解過程と れが隠喩選好度に最も影響を与えているかを重回帰 して,Utsumi and Sakamoto (2007a, 2007b) は二 分析によって調べた.表 1 の 4 列目に示した標準 段階カテゴリー化(two-stage categorization)を 化偏回帰係数を見ると,解釈多様性が最も隠喩選好 提案している.通常のカテゴリー化過程では喩辞が 度の説明に寄与していることがわかる.これらの結 アドホックカテゴリーを直接喚起するのに対して, 果は解釈多様性理論の妥当性および他の理論に対す 二段階カテゴリー化過程では喩辞が何らかの仲介カ る優位性を示す証拠と考えることができる2) .さら テゴリーを介して間接的に比喩カテゴリーを喚起す に,Utsumi (2006b) は潜在意味分析(LSA, latent ると考える.すなわち喩辞から仲介カテゴリーが想 semantic analysis)(Landauer et al., 2007) を用 起され,このカテゴリー(の部分的な事例)から被 いた隠喩理解のコンピュータシミュレーションを通 喩辞が属するべき最終的なカテゴリーが想起される じて,解釈多様性理論が喩辞の慣習性や適切性に基 という二段階過程である. づく理論よりも上記の実験で得られた人間の隠喩解 釈をより良く模倣することを示している. 以上のように複数の証拠によって解釈多様性理論 の優位性が示されている.しかし,これは必ずしも Utsumi and Sakamoto (2007a, 2007b) は,LSA による隠喩理解のシミュレーション実験により,以 下のことを明らかにした. (1) 形容詞や動詞が比喩性を持つ隠喩では,二段 解釈多様性だけで隠喩理解の全てが説明できること 階カテゴリー化過程の方が,カテゴリー化過 を意味しない.解釈多様性と他の隠喩特性との相互 程や比較過程よりも,人間による解釈結果を 関係3) の解明やそれに基づく隠喩理解の統合理論 の構築が必要であろう. より良く模倣した. (2) 「XはYだ」という形式の名詞による隠喩で は,二段階カテゴリー化の模倣性能は悪く, 2.1.3 新たな隠喩理解過程の可能性 依然として解釈多様性理論が成立した. カテゴリー化による隠喩理解では,喩辞を典型事 これらは二段階カテゴリー化の詳細を特定しないア 例とするようなカテゴリーが想起される.よって, ルゴリズムによるシミュレーションによる結果なの 隠喩解釈が喩辞の持つ顕現的な特徴やプロトタイプ で頑健な証拠とは言えないが,少なくともある種の 的な意味によって特徴づけられることが多くなる. 隠喩の理解過程として有望な理論であると言える. 言い換えると,喩辞の顕現的な特徴が解釈に含まれ 今後は,どのような種類の隠喩で二段階カテゴリー る可能性が高いことになる. 化が成立するのか,解釈多様性などの隠喩特性との しかし,ある種の隠喩では,隠喩の解釈におけ 関係はどうなのか4) などを,二段階カテゴリー化の る意味特徴と喩辞の顕現特徴がほとんど一致しな 詳細(仲介カテゴリーや最終カテゴリーの想起メカ い.いわゆる創発特徴(emergent feature)(内海, ニズム)とともにを検討していく必要がある. 2001; Utsumi, 2005) が隠喩の解釈を大きく特徴づ 2) Utsumi (in press) は,隠喩形式の選好による実験の 他に,隠喩形式と直喩形式の理解容易度の差や解釈の一 致度を測定することによっても,解釈多様性理論の妥当 性や優位性を示している. 3) Utsumi (in press) の実験では,解釈多様性と適切性や 親近性の間に有意な正の相関が得られている.また,平・ 中本・楠見 (2007) も解釈多様性と比喩の親近性の間に関 係があることを実験的に示している. 4) 実際に Utsumi and Sakamoto (2007b) では,適切性 の低い動詞隠喩に対しては二段階カテゴリー化過程より も比較過程のほうが高い模倣性能を示すというシミュレー ション結果も得られている. Vol. 14 No. 3 認知修辞学の構想と射程 241 2.2 比喩の観賞過程 表2 2.2.1 普遍原理としてのずれの解消モデルと最 理解容易 理解困難 多様性 多様性 多様性 多様性 高 低 高 低 詩的度 4.62 3.78 4.72 4.84 面白さ 4.84 4.40 4.15 4.08 注:理解容易度が総平均以上で理解容易な隠 喩,それ以外を理解困難な隠喩とした.解釈多 様性の高低も平均以上か未満かを基準とした. 適斬新さ仮説 1.3 節で述べたように,修辞における効果喚起の 普遍原理のひとつとして,以下に示すずれの解消 (incongruity resolution)モデルが考えられる. (1) 表現技法に基づいて生じる意図的なずれに よって,解釈者に認知的負荷(処理労力,心 理的緊張)が生じる. (2) 認知的負荷を軽減するような(部分的にずれ (2) 隠喩の詩的度と面白さ (Utsumi, 2006a) 理解容易でない(困難な)隠喩では,非類似 を解消するような)豊かで多様な解釈を得る 度や解釈多様性に関わらず詩的度は一定であ ことによって表現効果が生じる. り,理解容易な隠喩に比べて詩的度が低い. このモデルの考え方は,関連性理論における詩的効 一方,最適斬新さ仮説によると,斬新な解釈と顕 果の考え方と非常に近い.関連性理論では、数多く 現的な解釈の両方が生起する隠喩が他の隠喩に比べ の弱い推意群(a wide array of weak implicatures) て面白いことになる.喩辞と被喩辞の非類似度が高 を得ることによって関連性が達成されるような発話 い(したがって解釈多様性が高い)ほうが斬新であ の持つ効果として詩的効果を説明する (Pilkington, り,かつ理解容易であると顕現的な解釈も生成され 2000; Sperber & Wilson, 1995).数多くの弱い推 ると仮定すると,最適斬新さ仮説は以下を予測する. 意群の導出が必要になるだけの処理労力を生じさせ (3) る原因が表現技法に基づくずれであるとすれば,関 連性理論の考え方はずれの解消そのものになる. 理解容易で解釈多様性の高い隠喩は,その他 の隠喩に比べて面白い. Utsumi (2006a) は,隠喩の詩的度や面白さ(いず さらに,Giora (2003) の最適斬新さ仮説(optimal れも 1 から 7 の 7 段階)の評定実験を行い,これらの innovation hypothesis)では,ずれによって生じる 予測が成立するかどうかを調べた.表 2 に示される 新奇な解釈とともに顕現的な(salient)解釈も生起 結果を見ると,理解容易な隠喩においては,解釈多 するような表現が最も心地好く(pleasing)面白い 様性が高い隠喩が低い隠喩よりも詩的度が高いこと と主張する.Giora et al. (2004) は言語表現や視覚 がわかる.また,非類似度が高いほど解釈多様性が 刺激においてこの仮説が成立することを実験的に示 高くなるという関係も成立した(r = .57, p = .01). している.映像認知においても,一貫した物語内容 これらの結果は上述の予測 ( 1 ) と合致する.一方, を表象しつつ時空間の不連続性を与える映像が最も 理解困難な隠喩では,解釈多様性の高・低群間で詩 面白いという最適斬新さ仮説に一致する結果が得ら 的度にほとんど差がなく,この結果は予測 ( 2 ) に れている (金井, 2001b). 合致している.さらに,理解容易でかつ解釈多様性 の高い隠喩の面白さの評定値(4.84)は他の隠喩よ 2.2.2 隠喩において普遍原理は成立するか りも高くなっており,この結果は予測 ( 3 ) と整合 2.2.1 節で示したずれの解消モデルによると,隠 する. (なお,これらの結果は理解容易度と解釈多 喩の詩的効果を「喩辞と被喩辞の非類似に基づくず 様性を要因とする2元配置分散分析により統計的に れによって生じる認知負荷を軽減するような豊かで 有意であった. ) 多様な隠喩解釈の生成」の結果と考えることができ しかし予測に反した結果もひとつだけ得られた. る.ここで,認知負荷が軽減されたかどうか(つま それは,理解容易な隠喩の詩的度(M=4.23)に比 りずれが部分的に解消されたかどうか)の基準とし べて理解困難な隠喩の詩的度(M=4.78)のほうが て理解容易度,詩的効果の度合として詩的度を考え 高いという結果であり,予測 ( 2 ) と矛盾する.し ると,ずれの解消モデルは以下を予測する. たがって,理解容易な隠喩では,ずれの解消モデル (1) 理解容易な隠喩では,非類似度が高いほど は成立しているが, (ずれが解消できないような)理 解釈多様性も高く,その結果,詩的度も高く 解が困難な隠喩の詩的効果の認知は異なる原理・機 なる. 構に従っている可能性があると言える. 242 表3 Cognitive Studies 隠喩の詩的度に関係する隠喩特性の 標準化偏回帰係数 (Utsumi, 2005) 多様性 適切性 感情価 全て .29** –.58*** .46*** 理解容易 .31* –.58** .23 理解困難 .15 –.12 .78*** *p < .05.**p < .01.***p < .001. 非形式性 –.22* –.27 –.21 2.2.3 比喩観賞における意味処理と審美処理 では,理解容易な隠喩と理解容易でない隠喩では 鑑賞過程がどのように異なるのであろうか. この問いに答えるために,Utsumi (2005) は主成 分分析で得られた 4 つの隠喩特性(感情価,概念的 表4 Sep 2007 隠喩と直喩の詩的度に関係する 比喩特性の標準化偏回帰係数 (内海, 2007) 隠喩 理解可能 多様性・高 多様性・低 理解不可能 多様性 理解容易度 美しさ .34 .27 .19 –.57* –.69** –.38 .32 .41* .63* 直喩 多様性 理解容易度 理解可能 –.59** 多様性・高 .07 多様性・低 .22 –.64** 理解不可能 .26 –.26 *p < .05.**p < .01.***p < .001. 美しさ .64** .42* .84** 適切性,非形式性,解釈多様性)を説明変数,詩的 係を見るために,理解可能な隠喩(理解容易度が中 度を目的変数とする重回帰分析を行った.これらの 間値以上の隠喩)を解釈多様性の高低で「理解可能 結果を表 3 に示す.表 3 を見ると,全ての隠喩を解 かつ多様性・高」と「理解可能かつ多様性・低」の 析対象とした場合には 4 つの隠喩特性全てが詩的 2 群に分けて, 「理解不可能」を含めた 3 群それぞれ 度と関係していることがわかる.しかし,理解容易 に対して重回帰分析を行った.その結果,表 4 に示 な隠喩や理解困難な隠喩だけを解析対象とすると, すように,理解可能な隠喩では,解釈多様性が高い 詩的度に関係しない隠喩特性が現れ,さらに,関係 と美しさが詩的度に影響を与えないが,多様性が低 する特性が理解容易な隠喩と理解困難な隠喩で異な いと美しさが影響を与えた.一方,理解可能な直喩 る結果となった.理解容易な隠喩では詩的度を説明 の詩的度にはいずれの場合にも美しさが関与した. する(有意な)特性は概念的適切性と解釈多様性で なお,理解不可能な場合には,表 3 の結果と同様 あるのに対して,理解困難な隠喩では感情価のみが に,隠喩・直喩ともに美しさのみが詩的度に影響す 詩的度を説明する特性となった. るという結果となった. この結果は以下のように解釈できる.理解容易な 解釈多様性理論によると,解釈多様性の高い隠喩 隠喩の詩的効果は主に意味的な処理を通じて認知さ はカテゴリー化過程で理解されるが,解釈多様性の れるのに対し,理解困難な隠喩では意味的な処理が 低い隠喩は比較過程で理解される.さらに直喩はい 困難であることから審美的な処理を通じて詩的効果 ずれの場合も比較過程を通じて理解される (Bowdle が認知される.このような解釈は,理解容易な隠喩 & Gentner, 2005) ことを考えると,表 4 の結果と で解消モデルが成立するという 2.2.2 節の結果と一 理解過程の間には,比較過程で理解されるときには 致するし,直感的にも自然である.特に興味深いの 美しさが関与し,カテゴリー化過程で理解されると は,美しさなどを示す感情価が理解容易な隠喩の詩 きには美しさが関与しないという関係が浮かび上 的度認知に影響を及ぼさないという結果である.こ がってくる.つまり,比喩の理解過程と観賞過程の の結果は,感情価と概念的適切性の両要因が Steen 関係に関して以下の仮説を導くことができる. (1994) が示したような加法的な影響を詩的度に与 えるのではなく,相補的な役割を果たすことを示唆 する.さらに,これらの結果は理解過程(意味処理) が鑑賞過程に影響を与えることも示唆する. • カテゴリー化過程では審美処理が抑制されるの に対し,比較過程では意味処理と並行して審美 処理も行われる. この仮説は現時点ではあくまでも推測にすぎず,実 内海 (2007) は,隠喩の詩的度だけではなく,直 験的な検証は今後の課題である.しかし,2 つの概 喩の詩的度が解釈多様性,理解容易度(概念的適切 念を比べて類似性を認知するという比較過程はある 性の代表値),美しさ(感情価の代表値)の 3 つの 意味で創造的であり,文学や詩の観賞に必要な過程 比喩特性とどのように関係するかを重回帰分析に であるので,審美処理も同時に行われるが,カテゴ よって検討した.この際に,隠喩の理解過程との関 リー化過程にはそのような性質はないので審美処理 Vol. 14 No. 3 認知修辞学の構想と射程 243 は抑制される(行われない)と考えれば,我々の直 Balázs (1949) が, 「内容のドラマツルギー的表現と 観とも一致する.よって,理解過程が鑑賞過程に影 はほとんど無関係な編集もまた,映画の中では重要 響を与える現象は少なくとも生じていそうである. な芸術的役割をはたす」としているように,映画な 3. 非ストーリー的な映像修辞と構成シス テム どにおいて映像自体の芸術性が強く現れているのは これらの部分である.さらに,Pasolini (1965) は 「異常なほど執拗なモンタージュのリズム」や「同 本章では,構成に焦点をあてた認知修辞学の実践 一の対象の繰り返し」により顕在化する「一つの映 研究として,映像の非ストーリー性に着目した著者 画の底にひそみ,陽の目を見ることのない,もう一 (金井) の研究の概略とその意義について概観する. つの映画の存在」に注目しているが,これも,映像 映像には時間的側面による修辞と空間的側面によ における非ストーリー的側面に注目しているとい る修辞が存在する.本章では特に時間的側面に関す えるだろう.広告や音楽ビデオ,ビデオアート作品 る修辞を「物語」的観点から扱い,その中でも非ス などにおいても,この種の映像は多く用いられてい トーリー的側面に関する修辞の特性と,コンピュー る.青山 (2007) は映画における「身振り」が何か タシステムによる構成法を探求する. を論じているが,これはストーリー的側面が重視さ れている作品においても,非ストーリー的側面とし 3.1 映像の修辞 ての「身振り」が重要であることを示唆していると 「物語」は,物語内容 (ストーリー) 的な側面と いえよう. そうでない側面 (非ストーリー的側面) の双方から 本章では,映像の修辞を,Chatman (1990) を基 成る.ここでは,物語内容を「顕在的または潜在的 に,映像の送り手のある目的に基づく映像技法の組 な,物語上の出来事の全て」として定義する.一方, み合わせとして定義する.映像の送り手は,ある認 非ストーリー的側面とは,例えば小説では,言葉使 知的効果を達成するために映像の修辞を構築してい いや,リズム・字の配置など,映像では,編集・撮 る.また Plantinga (1997) も,同様の意味で,ノ 影・演出・音や音楽・役者の身振りなどの技法やそ ンフィクション映像の修辞を取り上げている.一般 の組み合わせなどである.つまり,映像の非ストー に,単に映像という場合では,画面についてのみを リー的側面とは,物語内容に還元されない映像の修 指し,音は除外される場合が多いが, 「映像の修辞」 辞のことである,といいかえることができる. を扱うことで,本章では,画面と音との関係も含め 認知科学的アプローチに基づく映像の物語研究 は,アメリカを中心に,近年においては多くなさ て論じる. 修辞学は,Lanham (1991) が触れているように, れているが,物語スキーマや,それに相当する概念 人の注意の構造についての科学であるともいえ,人 を前提としている場合が多く,非ストーリー的側面 の認知との関連性が高い.本章では映像の修辞と を強調する映像の修辞は,規範から逸脱する例外 その効果の関係に認知科学の視点から注目するが, 的なものとして分析されている (Bordwell, 1985). これは,もともとのアリストテレス的な修辞の概念 これは,Bordwell の分析が主に,物語内容が優先 と,近年の修辞研究の成果を融合・発展させたもの される古典的ハリウッド映画 (Bordwell, Staiger & だといえる.また,特に Barthes (1970) が「第三 Thompson, 1985) を規範として想定しているから の意味」として捉えようとした事項を中心に扱う. であろう. 「第三の意味」は反=物語内容とされ,文字芸術と 一方,Bordwell and Carroll (1996) などにおい は異なる,映画的な特性であるとされている.つま ては,物語内容理解の観点だけでは不十分な映像 り,映像の非ストーリー的側面である.古典修辞学 の存在も指摘されている.映像の送り手側の立場で が扱おうとしたのは,それが文字中心であったこと は必ずしも物語内容を重視しない場合もあるのであ から,第一の意味 (記号の意味するもの) や,第二 る.例えば,物語内容の表象を目的とせず, 「視覚的・ の意味 (象徴作用) が中心である.しかし,映像は 音響的な状況」の構築が目指されている映像も存在 記号が確定しにくいこともあり,この種の意味だけ し,ショット間の関係性を奪うための様々な技法を では映像固有の特性を捉えることはできない.認知 用いた修辞がなされている (金井, 2001a, 2001b). 科学が扱ってきた修辞も,第一,第二の側面が中心 244 Cognitive Studies である.これは,映像では,多くは物語内容に関連 するものであるので,それだけでは,映像に対して は十分ではない. Sep 2007 3.2.1 認知的観点から 従来のメディアに関する認知科学的研究では,受 け手の制約の観点からのみ論じられる傾向が強かっ 映像の修辞は,一貫した物語内容の表象を目的と た.映像では,物語内容理解の制約である.これ する映像の修辞 (S タイプの映像の修辞) で構築され は,受け手が映像のショットの連鎖を一貫した物語 ている場合が多い.それに対し,前述のように,物 内容として心的に再構築しようとする性質をさす 語内容の表象を目的とせず,映像の非ストーリー的 (金井, 2001a; 金井・加藤, 2001).また,認知とイ 側面を強調し, 「視覚的・音響的な状況」の構築が目 ンタフェースについての議論では,メディアのイン 指されている映像の修辞も存在する (金井, 2001a, タフェースを人間の認知プロセスの制約にスムーズ 2001b).本章ではこの,一貫した物語内容の表象を に適合させ,受け手にとって理解しやすく・覚えや 目的としない映像の修辞を,NS(ノンストーリー) すく・負担が少なく,また間違えを少なくさせるこ タイプの映像の修辞とよび,特に注目する.NS タ とが良しとされ,その逆の,理解しにくいもの・覚 イプの映像の修辞では,一貫した物語内容の構築を えにくいもの・負担が多いもの・間違いの多いもの 重視せず,ショット間の出来事の関係性を奪うため は,悪い例として扱われる傾向がある.これは,物 の様々な技法が用いられている.ただし,NS タイ 語スキーマに適応させた,S タイプの映像の修辞に プの映像の修辞でも,完全に物語内容が存在しない, ついての議論に重なる.実際,Reeves (1996) は, ということはあまりない.NS タイプの映像の修辞 S タイプの映像の修辞の構築の代表的理論であるエ では,物語内容は存在するものの,出来事のショッ イゼンシュテインのモンタージュ理論と関連させて ト間での連続性が重視されていない場合が多いので メディアについても論じている. ある.また,多くの映像は,この二種類の映像の種 類は混合して用いられている. 映像に関する先行研究においては,映像の撮影・ 確かに,映像を見るにあたって物語内容理解に関 する制約が存在し,それに従って,人は映像に接す る場合が多い.しかし,映像自体の可能性は物語内 編集の方法の修辞的意味は,例えば,土屋 (1981) 容以外にも開かれている.映像を,多くの先行研究 や,Kraft (1991) などで取り上げられている.近年 のように,物語内容の観点からのみ分析すること では,Bordwell and Carroll (1996) の議論を受け, は,映像のそれ以外の可能性を閉ざしてしまう.ま 心理学や記号論などの映像理論における様々なアプ た,NS タイプの映像の修辞を通して,違和感を受 ローチを繋ぐものとして,映像への修辞的アプロー け手に生じさせること・緊張感を高めることで,受 チが位置づけられてきている (Blakesley, 2003).し け手に対し,新たな認知体験をさせることができる かし,ここでも,映像の非ストーリー的側面に関す のであるが,この側面を捉えることができない. る修辞研究は,まだ十分に行われていない.本章で スキーマのような受け手側中心の理論に基づかな は主に編集の観点から,映像全体における修辞と い,前田 (1994) のいうような,非中枢的側面を基 物語内容の関係について,一貫した物語内容の表象 にした修辞とその認知に関する理論は未だ不十分 を目的としない場合も含め,注目する.なお,映像 である.そのため,映像メディアの可能性に対応し の歴史においては,モンタージュ(編集) 的側面を た認知の理論を構築する上では,この不十分な部分 撮影が担い,パンフォーカスやカメラの長廻しが多 に関する理論を構築していく必要がある.人は物語 様された作品の流れも存在するが,本章では,コン スキーマや,物語内容理解に関する制約によって, ピュータによる編集も考慮し,ショットを分析の単 映像の物語の多くの部分を処理できるのであるが, 位とするため,この側面は,大きくは扱わない. 映像の物語には物語スキーマだけでは処理できない 側面もある.その結果,不自然な認知が生じること 3.2 物語と映像の非ストーリー的側面の意義 にもなるのだが,それは同時に,既存の方法論に抵 次に,幾つかの観点から,物語と映像の非ストー 抗し,新たな創造を産み出すことに繋がる可能性も リー的側面を修辞的観点から探求する意義について 論じてみよう. ある. Vol. 14 No. 3 認知修辞学の構想と射程 245 3.2.2 文化・芸術的観点から り見られない.本章で後に論じるシステムでは,あ 物語と映像の非ストーリー的側面が重視されてい らゆる素材映像を用いて,異化効果をもちうる映像 て,受け手が自然に接することができず,違和感や を新たに作り出すことが可能である.アーティスト 緊張感を残すような映像に関する議論を行なうこと の作品による異化効果は,それ自体が見慣れたもの は,文化・芸術的観点からも重要である.これは, になってしまう可能性がある.多くの作家が作品毎 社会活動においては,違和感や齟齬が新たな意味の に作風を少しずつ変えていく場合が多いのも,その 創造に繋がると蓮實 (1999) が論じていることにも ためであろう.また,ブレヒトの異化効果自体も, 通じる. 漫画などへの導入などを通して,あたりまえのもの 受け手には前述のように,通常は映像に対し,物 になってしまっているという側面も見られる.演劇 語内容を理解しようとして認知処理する傾向があ だけでなく,映像に関しても,同様な状況にある. る.その場合,途中に経由する修辞やメディアの存 しかし,本章のシステムでは,常に複数の可能性を 在などは透明化される.作品の世界に「引き込まれ 持った構成を行なうことができる.これにより,異 る・ 感情移入する・ 親近感を感じる」のは,この場 化効果自体を新たな文脈に置くことができる. 合である.しかし,映像のショット間を関連付ける 視点は複数存在し,映像認知中に,大きな変化が生 3.2.3 コンピュータ的観点から じる場合がある.これは例えば,映像認知において, 次節で論じる,機械的に,異化効果やそれに類す 物語内容から,それ以外へ視点の推移がなされた瞬 る効果をもたらすような映像の修辞をコンピュータ 間である.受け手の存在自体や,映像の非中枢性が により構成することの意義についても,考えてみ 顕在化することによって,没入によるリアリティと たい. は異なる,作品の修辞自体の生々しさや強度に関す 映像の修辞には,前述のように, 「S タイプの映 るリアリティ,及びそれに基づく芸術的効果が生じ 像の修辞」と「NS タイプの映像の修辞」の,大き る (金井・田中・堀・松橋, 2006). く二つの形式がある.これはまた,同一の素材映像 この種の議論は,文学研究においては主に,異化 であっても,編集方法を変えることなどによって, 効果として扱われてきた.異化効果はロシアフォル 修辞形式の変更を行なうことができることを意味 マリズムの Shklovsky (1965) により導入された概 する.本章では,コンピュータを用いて,編集に基 念である.これは,小説の技法として主に考えられ づき,素材映像から修辞の変更を行なうことを意図 ていて,非日常化の方法が例示されている.異化と する.物語内容は, その定義上,ショットを省略し いう概念は,ブレヒト (1962) によっても導入され ない場合, 修辞の形式を変更しても原則としては変 ている.これは,演劇の方法として導入されたもの わらない.しかし,修辞の形式を変更することで, で,日常見慣れているものを,見慣れないものとし 物語言説や認知的効果は変化する.このように,素 て表すことにより,受け手の自明性を崩すことが意 材映像から複数の映像の修辞を生成することによ 図された.ブレヒトは,アリストテレス的な感情移 り,その素材映像の見られ方の可能性を多数示すこ 入に基づく演劇ではないものを求めた.これは,S とができる.通常は物語内容などとの関連により, タイプの映像の修辞と,それに対する認知及び,物 ある一つのショットは,制限された見方をされがち 語内容理解の制約に関する批判に通じるものであ であるが,その制約を解き放つことができる.これ る.NS タイプの映像の修辞や,その結果としての は,Bolz (1993) が論じているようなコンピュータ 違和感の擁護は,異化効果やその結果としてのリア によるハイパーメディアの可能性,つまり,一方向 リティの追求としての意味もある.例えば,ゴダー だけでなく他方向に進行する物語の方法論の,映 ルはブレヒトの影響の基で,要素内や要素間に差異 像への拡張としても捉えることができよう.一つの や非合理化をもたせた映像を作成している.次節で 物語内容を基に一方向だけでなく,様々な連鎖の可 提唱するシステムは,映像のこの種の映画の歴史に 能性の提示をシステムが行なっている例としては, おいても重要な役割を担ってきた側面を強調するこ Schiffer (2002) などがある.ただ,ここではまだラ とができる. ンダムに映像の提示を行なっているのみである.本 異化効果を多数,システム的に探求した例はあま 章のシステムでは,NS タイプの映像の修辞を,戦 246 Cognitive Studies 略的に構成することが可能となる.また,送り手が Sep 2007 3.3.2 要素間の非合理化のための切断技法 試みにくい,実験的な映像の構成も同時に行なうこ 連続するショットの要素間に非連続性が一切見ら とができる.これにより,映像修辞の可能性を最大 れない場合でも,同一ショット内の要素間の関係を 限に顕在化することもできる. 非合理化することが積極的に行なわれている映像も 存在する.これも,一貫した物語内容の表象ではな 3.3 切断技法 く,NS タイプの修辞の構成が目指されているとみ ここで,前節までで論じてきた,物語と映像の非 なすことができる.例えば,色を極端に強調させた ストーリー的側面を強調する NS タイプの映像の り,反復を用いること,再生スピードを変えること 修辞を構成システムによってコンピュータ構成する などで物語内容を強調しない演出や編集が適用され ために,その技法についてまとめてみよう.素材映 ている場合や,音声・視覚相互間の関連性が消失し 像を含んだデータベースから多数の修辞のバリエー ている場合である.前者は鈴木清順の映画などが代 ションを構成可能な機構とする. 表的な例で,原色を多用したり,舞台装置の仕組み NS タイプの映像の修辞は,何らかの非連続性や を意図的に明らかにすることが反復的になされてい 非合理性 (素材映像で前提とされていた映像のショッ る.後者はデュラスの映画などが代表的な例で,一 ト内の要素の関係を崩すこと) を映像の中の要素に つの場面に別の場面の音が被せられている.また, ついて導入することにより構成される.このための 両者ともゴダールの映画では強調され,用いられ 技法を,切断技法と名付ける (金井, 2005). ている.これをまとめると,次のような非合理化に なお,データベースからのバリエーションという 方法は東 (2001) が論じる,データベース消費や, 「大きな非物語」とも関連するが,切断技法を導入 するため,データベースから構築される「物語」に ついても,物語内容的側面に収まらないところが東 とは異なる. 映像の修辞の要素として Chatman (1990) は以 下のものを挙げている. 事象 時間,空間,役者 (外見、演技),物 イメージ 編集,撮影 (照明,色, カメラ (距離、 アングル、動き)、演出) 音 声,音楽,ノイズ なる. (1) 事象とイメージの関係を非合理化 (2) 音とイメージの関連性をなくすことで非合 理化 前者を NS タイプの映像の修辞構成のためのアプ ローチ 2,後者をアプローチ 3 とする. また,本章のシステムでは,要素間の非合理化の 代表的なものとして,特に以下のものを扱う. • 映像を反復 (事象とイメージの関係の非合 理化) • 画面と音をずらす (音とイメージの関係の非 合理化) 本章の構成システムでは,この映像の修辞の要素 実際の映像では,演出によって,事象とイメージ 内の非連続性と要素間の非合理化 (素材映像で前提 の関係を非合理化することができる.だが,本シス とされていた映像のショット内の要素の関係を崩す テムでは,素材映像があることを想定するので,こ こと) をアプローチ 1∼3 の切断技法を用い,行う. の部分については強調しない. 3.3.1 要素内の非連続性のための切断技法 3.4 映像修辞構成システム NS タイプの修辞は,連続するショット間の要素 以上で提示した方法論を実装し,多様な効果を及 の間に差異 (非連続性) を設けることにより構成す ぼす映像の,コンピュータによるシステム的な構成 ることができる.これを NS タイプの映像の修辞構 を行なった.何か,素材映像がある場合を想定し, 成のためのアプローチ 1 とする.ただ,同時に,全 編集方法に関連する修辞技法を変えることにより, ての要素に関して,ショット間に差異を設けるわけ 受け手の認知的効果を変更させる.特に,前節で論 にはいかないので,NS タイプの修辞とはいえ,何 じた 3 アプローチの「切断技法」を用い,映像の修 らかの一貫性が必要になる.ここで,Event(事象) 辞の構成を行うシステムを実装した.なお,このシ についての一貫性を強くもたせると,S タイプの修 ステムは,金井・小方・篠原 (2003) を改良したも 辞になる. のでもある.金井・小方・篠原 (2003) で取り上げ Vol. 14 No. 3 認知修辞学の構想と射程 247 ていたのは,前節で取り上げた切断技法のアプロー 逆に,連続するショットの要素間の一貫性を,事 チ 1 のみであり,本節ではアプローチ 2 と 3,さら 象ではなく,物や登場人物などにより強調する場合 に,後の節で扱う,構成の制御や,S タイプの修辞 がある.この方法は,広告において,多く用いられ との連携についてを新たに導入した. ている手法でもある.なお,これについての詳細は, システムは,Common Lisp によって映像ショッ トのデータベースにアクセスする TVML ファイル を生成することで実装されている.ユーザが希望す 金井・小方・篠原 (2003) で論じている. また,音楽ビデオなどのように,音の一貫性に よっても,制約緩和と視点の再設定はなされる. る修辞と映像ジャンルを入力すると,対応する映像 を,素材映像のデータベースから自動構成を行い出 3.5.2 文学理論・映像理論による制御 力する.また,映像自体を指定し,希望する修辞を 二つ目の方法論として,文学理論や映像理論で導 適用することもできる.切断技法としてアプローチ 入されている事項を導入する.前節では,認知の観 1 を適用する場合は,複数のショット間のデータの 点から映像修辞構成の制御について論じた.しかし, 類似性に基づき,共通性と差異を映像に導入する. この観点からの制御は,受け手側の観点に立ったも アプローチ 2 を適用する場合は,例えば,映像を反 のであり,送り手の立場や,映像自体の立場からは 復させることにより,事象とイメージの関係の非合 必要ないものである可能性もある.映像のメディア 理化を行なう.色と再生速度についても,部分的に としての性質や,芸術的側面と受け手側の立場は, は実装している.アプローチ 3 を適用する場合は, 相容れない可能性もあるからである.そのため,こ 例えば, 画面と音をずらすことによって,音声視 こでは別の観点からの映像修辞構成の制御について 覚相互間の非合理化を行なう. 考察する.ここでは,Genette (1972) の物語言説 論を応用する. 3.5 映像の修辞の構成の制御 NS タイプの映像の修辞の構成法について論じた. Genette は,叙法に関する議論の中で,変調につ いて論じ,全体を支配する焦点化のコードからの逸 しかし,映像の場合は要素の量が多すぎるため,全 脱の多少を基に,冗説法と黙節法について説明して ての組み合わせを考慮した場合,極めて多くの数 いる.これは,物語情報の多少に関する事項である の映像が生成されてしまう.そのため,NS タイプ ため,映像にも拡張した形式で応用可能である. においても,要素間・要素内の差異や非合理化を制 その方法として,以下の二つが挙げられる. 御する戦略が必要になる.ここでは,受け手の側か らの制御を考える場合,及び,要素の組み合わせに 一定の法則を持たせる場合の両者のケースを考察 する. • 素材映像より多くする (冗説法) • 素材映像より少なくする (黙説法) これは,Bordwell (1985) がパラメトリックの話 法を論じるにあたって提起した,過多と禁欲という 概念とも類似する.Bordwell (1985) では,規範と 3.5.1 制約緩和と視点の再設定の理論に基づく 制御 一つ目の方法論として,制約緩和と視点の再設定 の理論に基づく制御を挙げることができる.NS タ なる話法からのずれを基準にして過多と禁欲が論じ られている.だが,本章では,素材映像からの差異 を基にする.これは,Group µ (1970) の一般修辞 学の捉え方に近い. イプの映像の修辞に対しては,受け手は物語内容理 システムにおいて,編集時に素材映像からの逸脱 解に関する制約の緩和と視点の再設定を行なう必要 の多少を操作可能な要素としては,色・明るさ・速 がある (金井, 2001a).そのための方法を,映像中 度・頻度・音の種数・画面数・画面サイズ (固定画 にあらかじめ内包させることにより,映像構成の受 面内に縮小して提示する場合も含む),がある. け手側からの制御が可能になる. 本章においては,素材の映像がある場合を想定 制約緩和と視点の再設定をさせるために,視点を し,それに対して操作を加えることを主に考察して 字幕やテロップ,台詞や,事象を利用して,誘導す いるが,これを拡張し,撮影時における要素も考慮 ることができる.これは,通常のテレビの様々な番 した場合は,演技・演出・カメラワーク・カメラア 組で取り入れられている手法でもある. ングル・カメラの距離,の項目についても,黙説法 248 Cognitive Studies Sep 2007 ストーリー型で,修辞の切断・変遷の場所が後半 や冗説法を用いることができる. Resolution のみを欠損させる. 3.6 物語文法とその欠損の適用によるストー リーと非ストーリーの連携 ストーリー型で,修辞の切断・変遷の場所が中間 Plot の要素を中間までに必要十分に提供する 3.6.1 構成への適用 が,中間以降は進展させない. 最初にも触れたように,多くの映像では,S タイ NS 型で,修辞の切断・変遷の場所が中間 Plot の プと NS タイプの映像の修辞は,単独で用いられて 要素は含有させるが,中間以降は進展させない. いるというより,混合されて用いられている場合が NS 型で,修辞の切断・変遷の場所が前半 Setting 多い.そのため,混合の方法についても論じる. または Theme のいずれか,または両者を示す S タイプと NS タイプの映像の修辞の連携におけ る物語文法の欠損を本章では,映像のストーリーに 対する構成戦略として仮に採用する.Thorndyke が,Plot としては進展させない.Resolution は欠損させても,させなくても良い. NS 型 物語文法の全ての要素を満たさせない. (1977) や,その基になった Rumelhart (1975) に この仕組みは,システム上で,エイゼンシュテイ よる,Setting,Theme,Plot,Resolution からな ンの「戦艦ポチョムキン」のオデッサの階段のシー る物語文法は,その,要素を充足することを前提 ンを基に,物語文法により操作を行えるように実装 に,人工知能への適用がなされている.この場合 している.物語文法の要素となるファイルをあらか の Setting は,場所,時間,人物の状態を,Theme じめシステム上に用意すると同時に,切断技法を既 は,登場人物が行動において目指すゴールの状態 存の映像ファイルに対して用いることにより,様々 を,Plot は事象の連鎖を,Resolution は最終的な な修辞タイプによる映像の出力を可能にしている. なお,小方・堀・大須賀 (1996) などでは,物語 状態を指す. 本システムでは,逆に,以上の要素を欠損させる 文法を拡張し,新たに定義することで,ストーリー ことを導入した.例えば,Resolution を欠損させ の構成を行っている.本章では,仮に Thorndyke た場合は,最終的な状態が不明になる.また,Plot (1977) の物語文法を用いたが,拡張物語文法を用 が欠損する場合は,事象以外の,NS 的要素を基に いれば,時間順序を入れ替えるなど,異なる形での ショットを連鎖させることを指す.Setting は,実際 ストーリーと非ストーリーの連携を行なうこともで の映像においては,エスタブリッシングショットに きる. よって実現することができ,これは,ロングショッ トや超ロングショットによる状況説明が対応する. また,Theme は,せりふや字幕などによって示す 3.6.2 認知の理論への適用 前述の物語文法の欠損は,構成についてのモデル だけでなく,認知のモデルとしても適用可能である. ことによって,映像で実現することができる. 近年でも,物語文法は Lang (2002) などで,注 受け手は,NS タイプの映像の修辞の認知におい 目されているが,一貫性や連続性を重視しているた て,その場その場での視覚・音声とのインタラク め,その全ての要素を満たすために用いられている ションを行なった結果,物語文法で想定されるよう ことに変わりはない.しかし,実際の,音楽ビデオ な事項を探索することをやめ,非ストーリー的側面 や広告,アートフィルムにおいても,NS タイプの から映像に接するようになる.映像のストーリー的 映像の修辞が部分的に用いられている場合は,物語 側面と,非ストーリー的側面のそれぞれの役割とそ 文法の要素に欠損が見られる.物語文法とその欠損 の相互作用を探求するうえで,欠損をも前提として を戦略的に用いているのである. 物語文法を考察することは有意義であろう. 以下では,修辞の切断・変遷の場所に対応させた さらには,従来のストーリー的側面に関する物語 物語文法の欠損戦略について,ストーリーとそれ以 文法とは異なる,非ストーリー的側面に関する物語 外 (NS) のどちらをより重視するかを基に,個別に 文法も存在するであろう.それは,撮影や編集の時 触れる. 間的・空間的規則性に依存するものになろうが,そ ストーリー型で,修辞の切断・変遷を行わない 物語文法の全ての要素を満たさせる. の探求は今後の課題である.この探求は,システム により,パラメータを微妙に変えた映像を複数構成 Vol. 14 No. 3 認知修辞学の構想と射程 249 させ,その映像を用いた映像を用いて実験を行なう 果が残る.本章では,それを映像の非ストーリー的 ことにより可能になると想定している. 側面とし,映像の修辞の構成の観点から,集中的に 論じた. 3.7 システムの応用可能性とまとめ 映像のメディアとしての性質は,人間の視点とは 本章の構成システムによって,同じ素材映像から 異なる非中枢的側面も強く,それは物語内容以外の 複数の修辞を生成することで,送り手の目的とする 観点に基づいている. 「物語」における非ストーリー 認知的効果に近い映像の生成が可能になる.この応 的側面から,本章でとりあげた切断技法に基づく 用例としては,スポーツ中継やドラマ,映画の予告 映像の構成法を探ることは,物語内容的観点からで 編などの映像要約を挙げることができる.本章のシ は触れられにくい,非中枢性を高めた映像を探求す ステムを応用すれば,映像の修辞の NS 的な側面を ることにも相当し,受け手に,新たな視点設定を即 重視するため,従来の映像要約の観点とは異なる側 し,物語内容に基づくものとは別種のリアリティを 面からの映像要約が可能になる. 生じさせる.このような観点から修辞を捉えていく 受け手に認知プロセス自体を意識させ,変容させ ようという意図の基に作成される映像が映画史上 ことは,認知科学や人工知能だけでなく,物語論や メディア論の拡張にも通じる. には存在するが,同様の役割をコンピュータにより 構成された映像も担うことができる可能性もあるだ 謝 辞 ろう.送り手側の違和感が映像構成の制約になって 本論文(1 章,2 章)で述べた内容は,第一著者に いる場合が有りえるが,コンピュータはそのような 対する文部科学省科学研究費補助金(No.17500171 制約を一切無視した構成,いわば,非中枢的な構成 および No.14780263)の研究成果の一部である. を行なうことができるためである.受け手に対し, 新たなリアリティを持つ認知体験をさせることが, NS タイプの映像の修辞によって,違和感を受け手 に生じさせること・緊張感を高めること・視点を転 換させること,などを通じて可能になるが,これら はコンピュータによる構成を通じて,より,徹底さ せることができるのである. 構築したシステムをメディアリテラシーと関連 付けて論じることも,重要な応用領域となるであ ろう.システムによって,素材映像から,編集方法 などを様々に変更し,複数の映像を構成することに よって,受け手が気づくことの少ない,映像の技法 の,認知的効果への影響を,強く認識させることが 可能になる.そのことの重要性は,CG や,さらに そのヴァーチャルリアリティなどの応用,映像のイ ンターネットおよびユビキタスでの利用が,一層進 展されると想定される今後の時代において,より高 まっていくであろう. 従来の認知科学や人工知能の修辞に関するモデル では,Barthes の言う「第三の意味」につながるよ うなものは無視されてきた.しかし,映像では,ス トーリー的な内容や象徴するもの,つまり第一の意 味,第二の意味が欠損していたとしても,撮影や編 集さらにはそれと音との関係で「視覚的・音響的状 況」が構築されている限り,受け手には何らかの効 文 献 青山 真治 (2007). 映画にとって身振りとは何か. 佐々木 正人 (編), 『包まれるヒト <環境>の存 在論』. 岩波書店, 167–183. 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(Received 28 June 2007) (Accepted 9 July 2007) 彰 (正会員) 1965 年生.1993 年東京大学大 学院工学系研究科情報工学専攻博 士課程修了.博士(工学).東京工 業大学大学院総合理工学研究科シ ステム科学専攻助手,同研究科知 能システム科学専攻専任講師,電 気通信大学電気通信学部システム工学科助教授を経 て,2007 年 4 月より同学科准教授.言語やその周 辺を対象とした認知科学や言語情報処理の研究に従 事.最近の個人的な関心は認知修辞学.人工知能学 会,情報処理学会,言語処理学会,日本語用論学会, Cognitive Science Society 等各会員. 内海 明人 (正会員) 1972 年生.東京大学大学院総合 文化研究科博士課程,日本学術振 興会特別研究員 (PD),法政大学 社会学部専任講師,助教授を経て, 2007 年 4 月より,法政大学社会学 部准教授.博士 (工学). 映像に関 する認知科学・修辞学・物語論・人工知能などの研 究に従事. 金井
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