国際的な研究開発協定の必要性~医療の不均衡をなくすために~

国際的な研究開発協定の必要性~医療の不均衡をなくすために~
途上国の医療ニーズにあわない研究開発モデル
医療の研究開発は、公衆衛生の必要性からではなく市場原理に基づいて行われている。研
究開発費を回収するために薬や医療ツールの特許に依拠するシステムで、それらの製品は
高額で流通している。これにより、2 つの重要な問題が生まれている。
1.途上国の病気の多くが見過ごされている
経済力のある先進国のニーズが優先されている。先進国のニーズが医療革新につながって
いる側面はある。しかし、新薬が途上国で販売されても、途上国のニーズに適しているケ
ースはほとんどない。例えば、途上国に多い子どもの HIV 患者用の薬の開発が遅れている。
途上国には医療人材の不足、交通インフラの未整備、電力不足の地域も多いが、注射針や
低温輸送システム(コールド・チェーン)が不要なワクチンの開発も進んでいない。
2.先進国と途上国で同じ病気が流行した場合、薬価は高額に設定されることが多い。
<問題の解決>
経済格差が医療格差につながっている事態を打開する官民連携の取り組みも見られる。し
かし、こうした取り組みは限定的なものにとどまっている。
そのため、途上国の人びとのための医療革新に投資する持続可能なシステムを早急に作り
上げる必要がある。それにより、医療ニーズに対応したワクチン、診断ツール、薬などの
開発が進み、毎年数百万人の命を救うことができるようになる。
解決策を調査していた世界保健機関(WHO)の専門家グループは、2012 年 4 月、
「研究開
発とその資金調達および調整のための諮問専門家作業部会(CEWG)」で最終報告を行った。
報告では、
「研究開発における決定的な不均衡を克服するために、各国政府が拘束力のある
協定を作り、その中で開発の優先事項、確実な投資、医療の普及につながる革新を進める
ことなどを定める必要がある」とした。
この実現に向け、CEWG はすべての国の政府が協力して、途上国の公衆衛生ニーズに対応
した研究開発を行うために、拘束力のある国際協定を定めることを促している。
国際協定がもたらす成果とは?
国際協定には WHO 加盟国が参画する。途上国のニーズに対応した医薬品を開発するため
に、適切かつ計画的に資金調達を行い、持続可能な医療革新システムを作り上げることに
役立つ。また、新しい医療技術や医薬品を入手しやすいものとする原則を打ち立てられる。
さらに、CEWG は協定によって以下のことが可能となると報告している。
・優先事項を証拠に基づき総合的に決められる
WHO などはすでに複数の病気について研究開発計画を定めている。協定を通じ、すべての
医療ニーズに対応したより広範囲な取り組みへと発展する。
・研究開発の優先事項と、適切かつ持続可能な資金投資を結び付けられる
協定批准国が GNP(国内総生産)の 0.01%を研究開発に投資し、そのうち少なくとも 20%
をプール方式で使うことを推奨している。
・資金が確実に、最も効果的な方法で研究開発に使われる
資金調達は、限られた資金で持続可能な技術革新モデルを維持することを念頭に行われる
べきだ。懸賞金制度などの研究開発モデルを採用することや、新興国の低コストを活用す
ることなどの方法も検討事項となり得る。
・研究開発の成果を確実に享受できる原則を確立できる
現行では特許で高い薬価が守られ、途上国の人びとが購入できないことも多い。研究開発
コストと、その成果としての医薬品の価格を分けて考えることが求められる。
協定では、医薬品が確実に入手できる重要性を開発の初期段階から考慮し、安価な医薬品
を生み出す助けとすることができる。例えば、協定に基づいて投資を受けた開発者は、新
技術や医薬品を入手しやすい価格に設定しなければならないと定める。あるいは、価格協
定やライセンス方針など価格を下げる方法を協定に盛り込んでおくこともできる。
国際協定が必要な理由とは?
適切な医療ツールが存在しないために、
MSF は活動地で日々、難しい状況に直面している。
医療ツールが存在している場合でも、ほとんどの場合は先進国向けに開発されたもので、
途上国の環境には不適切である。世界の医療事情には多くの不均衡が存在しているのだ。
<2 つの例>
結核:1960 年代以降、結核の新薬は市場に出てきていない。現在の開発・供給ラインでは、
結核撲滅のために必要な種類・数量の新薬を製造するには不十分だ。
結核診断ツールも見過ごされている。最も一般的な診断方法は顕微鏡検査だが、この検査
では実際の感染症例数の半数しか確認することができない。新しい診断検査方法である
Xpert MTB/RIF 検査は、安定した電力供給と低温保存が必要で、途上国のように限られ
た条件下では導入が困難である。また、喀痰検査の場合、HIV/エイズと結核の二重感染患
者や子どもの診断は難しい。
さらに、薬剤耐性結核に感染している子どもが増えているにも関わらず、小児用に製剤さ
れた薬は存在していない。
MSF の結核アドバイザーであるバーン=トーマス・ニャングワ医師によると、活動地では
臨床診察によって診断しなければならないことがほとんどだという。治療を始めるべきか
否かの決断が患者の命を左右する。そのため、
「どの活動地でも使えて、15 分で結果がわか
るポイント・オブ・ケア検査(POCT)があれば、より多くの命を救うことができるように
なるでしょう」と指摘する。
ワクチン:ワクチンの多くは、途上国の環境に対応していない。
注射でのワクチン接種には、訓練された医療従事者が必要となる。また、ワクチンは熱に
弱いため、運搬には低温輸送システム(コールド・チェーン)が必要となる。途上国の疫
学状況に対応していないワクチンも多い。また、免疫を獲得するために複数回の接種が必
要なワクチンもあり、乳児は 1 歳までに 5 回の予防接種が必要だ。
研究開発協定があれば、途上国の各地の事情に適したワクチン開発を促し、基本的な予防
接種さえ受けていない 1930 万人の子どもたちに、ワクチンを届けることができる。
ニジェール、チャド、コンゴ民主共和国で活動する MSF の医療アドバイザー、ミシェル・
ケレ医師は「気温が 45 度もある環境でワクチンを低温に保つことは大きな課題です。農村
地域では冷蔵庫を使うことも難しく、十分な氷を作っておかなければなりません。どれほ
どの氷が必要か想像できるでしょうか。ワクチンを村に送り届けるだけでも大変な苦労な
のです」と説明し、協力を呼びかけている。