ジカウイルスはなぜ怖いのか 東京医科大学病院 渡航者医療センター 教授 濱田篤郎 Atsuo Hamada 2月に WHO が緊急事態を宣言 分離したのである。この森の名前が「ジカ」だっ たので、ジカウイルスと命名された。それから 2015年10月のこと、ブラジル北東部の保健関係 約 60 年以上にわたり、このウイルスに感染し 者が異常事態を察知した。この地域で生まれる た患者はアフリカやアジアで 10 人ほどしかお 新生児の中に、小頭症という先天奇形を持つ子 らず、いずれも軽症だった。 どもが例年の数倍以上に増えていたのである。 ところが、2007 年に南太平洋のヤップ島で この奇形はそれまでにも感染症にかかった妊婦 住民の7割が感染するという大流行が発生す から生まれる子どもにみられたが、今回のケー る。その後、南太平洋各地で流行を繰り返しな スは既知の感染症にはかかっていなかった。 がら、15 年に南米のブラジルに上陸を果たし 時を同じくし、ブラジルでは 15 年春からジ たのである。WHO の公式な発表では、15 年か カウイルスの流行が拡大していた。小頭症の子 ら 16 年8月までに中南米で発生した患者数は どもを産んだ母親の多くも妊娠中、ジカウイル 約 46 万人に上っている。 スに感染していたのである。11 月にブラジル ジカウイルスは蚊に媒介されるが、蚊の種類 の保健担当者は、小頭症の原因として妊婦のジ はデングウイルスと同様にネッタイシマカやヒ カウイルス感染を強く疑う旨の発表を行った。 トスジシマカである。後者は日本にも常在して これ以降、中南米諸国ではブラジル以外にも おり、14 年のデング熱の国内流行で媒介蚊に ジカウイルスの流行が拡大し、小頭症の新生児 なっていた。ジカウイルスに感染しても症状が は増加していった。そして 16 年2月、世界保 出るのは2割以下で、ほとんどは無症状である。 健機関(WHO)はジカウイルスの流行が「国際 皮膚の発疹が最も多く、患者の多くはまず皮膚 的な公衆衛生上の緊急事態」であることを宣言 科にかかるそうだ。発熱がみられるのは3割程 する。この宣言は 14 年夏に、西アフリカでエ 度で、それもほとんどが 38℃以下の微熱であ ボラ熱が流行した際にも出されたものだった。 る。これらの症状は約1週間で改善し、命に関 アフリカで発見されたウイルス ほっしん わる状態になることはほとんどない。 しかしこの病気の本当の怖さは妊娠中の女性 ジカウイルスはデングウイルスに近縁のウイ が感染した場合で、胎児にも感染が起こり、脳 ルスで、発見されたのは 1940 年代のことだっ や目などに多くの障害を生ずるのである。こう た。患者から発見されたのではなく、米国の研 した症状は出生後にも後遺症として残るため、 究機関がウガンダに所有する森にすむサルから 何十年も先の未来に影響を及ぼす感染症と言っ 32 2016年10月号
© Copyright 2024 Paperzz