国税が海外で稼ぐ企業を狙い撃ち

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優良企業にあいつぎ追徴課税
2006・ 7・10 490号 国税が海外で稼ぐ企業を狙い撃ち
財部誠一今週のひとりごと
今週のレポートでは武田薬品の武田國男会長について少しふれていま
す。武田薬品はいまや絶好調で、世界で戦える日本発の薬品メーカーと
なりつつあります。この武田会長とつい最近お目にかかりました。オフ
ィシャルホームページで展開している『経営者の輪』のインタビューで
す。掲載は今月末くらいになると思いますが、じつに面白いお話をして
いただいています。じつは武田國男会長を紹介してくださったのが松下
電器の中村邦夫会長でした。「『おちこぼれ タケダを変える』という
本を読み、これは会いにいかなければいけない」と中村さんが武田会長
のもとにとんでいったということでした。
この本を読んで、『経営者の輪』を読むと、武田薬品の自主、自立的
企業改革の全貌がより実感をもって理解することができると思います。
お勧めします。
(財部誠一)
※HARVEYROADWEEKLYは転載・転送はご遠慮いただいております。
6月28日、武田薬品工業に大阪国税局から突然、
570億円もの追徴課税を課すという通知が届きました。
武田薬品と米国のアボットラボラトリーズ社が
50:50の折半出資をしている合弁会社“TAPファ
ーマシューティカル・プロダクツ”(以後はTAP)と
の間で、2000年3月期から2005年3月期までの
6年間に行った製品供給取引において、武田薬品が不当
に安い価格でTAP社に商品供給しており、これは海外
への所得移転だと大阪国税局は認定をしたわけです。そ
こで大阪国税局は「移転価格税制」に基づき、武田薬品
に対して、6年間で1223億円の所得移転があったと
し、地方税なども含め合計で約570億円の追徴課税を
課したのでした。
じつはその直前の6月16日に、私は武田薬品の武田
國男会長とお目にかかったばかりでしたから、新聞各紙
が「武田に追徴課税570億円」の見出しを見て、少な
からず衝撃を受けました。
いまの武田薬品ほど真正直に生きている会社はありま
せん。あの武田が海外の関連会社に所得移転をするよう
な姑息なことをするかなあ、と疑問を感じました。まし
てや所得を移転したとされるのが、自社の100%子会
社ではなく、50:50の合弁会社です。いまひとつ、
説得力がありません。
その日の午後、武田薬品は大阪国税局の認定そのもの
に誤りがあり、断固として戦っていくという声明を発表
しました。内容はつぎの4点でした。
①当社にはTAP社に所得を移転する意図、動機が全く
存在しない。
②当該取引価格は、米国における合弁パートナーたる第
3者の同意なしには決定し得なかったもので、その実質
において独立企業間価格であり、移転価格税制が適用さ
れるべきものではない。
③当社およびTAP社間の利益配分は適正であり、当局
が算定した両社間の利益配分額は合理的とは考えられな
い。
④したがって、今回の更正処分は全く納得しがたいと考
えており、今後、法令に則り、この更正処分の取り消し
◆武田薬品工業業績推移(連結)
(百万円) 2003/03(実)
売上高
1 兆 0460 億 81
経常利益
4051 億 68
純利益
2717 億 62
2004/03(実)
売上高
1 兆 0864 億 31
経常利益
4460 億 83
純利益
2852 億 64
2005/03(実)
売上高
1 兆 1229 億 60
経常利益
4421 億 11
純利益
2774 億 38
2006/03(実)
売上高
1 兆 2122 億 07
経常利益
4853 億 54
純利益
3132 億 49
2007/03(予)
売上高
1 兆 2300 億 00
経常利益
4860 億 00
純利益
3200 億 00
データ日付:2006/05/11(会社発表)
◆武田國男氏プロフィール 昭和15年 兵庫県出身
昭和37年 甲南大学経済学部卒業
武田薬品工業株式会社入社
昭和62年 取締役就任
平成 元年 常務取締役就任
平成 3年 専務取締役就任
平成 4年 代表取締役副社長就任
平成 5年 代表取締役社長就任(現)
< 団体・公職 >
平成 9年 日本製薬工業協会常任理事
平成11年 (社)関西経済連合会副会長
平成12年 (社)日本経済団体連合会
常任理事
社会貢献推進委員長
平成13年 大阪日米協会会長
平成14年 日本放送協会経営委員会委員
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を求めていく。
武田薬品の怒りっぷりは尋常ではありません
でした。相手が大阪国税局ですから、とりあえ
ず指摘された追徴課税は納めるものの、「過去
の決算の修正は行わない」と明言したのです。
要するに、異議申し立てが必ず通るから、過去
の決算を書き換える必要などない、という強硬
姿勢をみせたのでした。
武田國男会長らしい、闘う経営だという印象
をあらためていだいていました。するとその
翌々日の6月30日に、今度はソニー、三菱商
事、三井物産、マツダの4社にも国税局から追
徴課税が課されたことがわかりました。
ソニーの場合も海外の子会社への所得移転が
問題とされました。たとえばソニー・コンピュ
ータエンタテイメント(SCEI)の場合は、
1999年から2004年にかけて、米国子会
社のゲーム機事業に関する取引などを通じて、
744億円の所得が海外に移転されたと認定さ
れ、法人税その他を含めて約279億円の追徴
課税がおこなわれましたが、じつはソニーもま
た「今後速やかに当局に対して異議申し立てを
行う」ことを表明しました。
三菱商事は、豪州エネルギー事業グループ関
係会社群との取引に関し、2000年3月期か
ら2005年3月期について「移転価格税制」
に基づく法人税等234億円を見積もり計上し
たが、このうち2000年3月期について東京
国税局から更正通知を受け取りました。更正通
知に基づく法人税等は約22億円と試算されて
います。
また三井物産は、2000年3月期から
2005年3月期について、西豪州LNG事業
に関して、東京国税局に移転価格税制に基づき
調査を受け、2000年3月期について更正通
知を受領。更正による所得増差額は約49億円、
追徴課税額は、法人税、事業税、住民税(本税
および付帯税を含む)合計で約25億円でした。
マツダは、海外子会社との間の2004年3
月期の製品取引等に関して、広島国税局から更
正通知を受領。更正された所得金額は約181
億円、追徴税額は地方税等を含め約76億円と
されています。
おかしいと思いませんか?いずれおとらぬ優
良企業ばかりが、海外への不当な所得移転を理
由に次々と追徴課税されているのです。国税局
の狙いはいったいどこにあるのでしょうか。じ
つはその疑問に答えるためのヒントが、7月
12日付の日経新聞の一面トップ『上場企業、
海外営業益21%増』という見出しの記事に掲
載されていました。
「日本企業の海外での収益拡大に拍車がかかっ
てきた。上場企業が2005年度に稼いだ地域
別営業損益(連結ベース)を日本経済新聞社が
集計したところ、海外であげた営業利益は5兆
677億円と前の年度に比べ21%増え、過去
最高を更新した。海外比率は29.5%と1.4
ポイント上昇し最高となった。企業は米国やア
ジアの成長余地が大きいと判断、経営資源の海
外シフトを進めている」
国税の目は節穴ではなかった
4年5ヶ月連続で景気が拡大していると聞い
ても、上場企業の利益が5年連続増益となり、
さらに直近の3年は連続で史上最高利益を更新
しているという厳然たる事実をつきつけられて
も、日本国内にはいぜんとしてこの“景気拡
大”を実感できない人や地域が圧倒的多数をし
めていますが、じつはその理由はまさにここに
あります。今回の景気回復―景気拡大は大企業
が猛烈に拡大する海外市場をしっかりと取り込
んだことによって実現されているからです。世
界経済は過去3年間、4%以上というものすご
い経済成長をつづけています。IMFの数字に
よれば2005年の世界経済の成長率はじつに
4.8%です。日本の大企業の多くは、自らの
ビジネスモデルを抜本的に変えながら、世界の
景気拡大を見事に収益とつなげることに成功し
てきたのです。
その意味では国税局の時代認識はきわめて正
確です。そのやり方は、追徴課税された各社が
一様に猛反発していることからもわかるとおり、
かなり強引で、いかがなものかという印象をぬ
ぐいきれませんが、日本企業の力強い収益アッ
プの原動力がじつは海外市場にあったという正
◆今年に入って国税局から指摘された
確な認識を国税局がもっていたことだけは間違
主な企業 いありません。
しかし、国税局の態度はあまりにも底が浅す ・シャープが、2005 年 3 月期までの 3 年間
ぎます。日本企業がバブル崩壊後のデフレスパ
で約 8 億円の申告漏れを指摘された。
イラルのなかで、どれほどの苦しみ、血のにじ
むような合理化や事業構造の見直しを通じて、 ・ソニーと子会社のソニー・コンピュータ
エンタテインメント(SCEI)は 競争の激しい海外で収益をあげられるようにな
2004 年 3 月期までの 6 年間で総額約 744
億円の申告漏れを指摘された。追徴税額
ったか。そのプロセスに対する理解があまりに
も乏しいのではないか、と言いたくなります。 は総額約 279 億円。
ことに武田薬品の場合は、93年に現会長であ ・セイコーエプソンが 2005 年 3 月期まで
る武田國男氏が社長に就任してからの10年は
の 3 年間で約 28 億円の申告漏れを指摘
された。
「日本発の世界企業」を目指し、壮絶な改革ド
ラマを展開してきたことで知られています。
・ P&Gグループの日本法人が、2004 年 6
93年といえば、日本国内にはまだバブル経
月期までの数年間に約 190 億円の申告漏
済の余韻が残っていた当時です。多少株と土地
れを指摘された。追徴税額は過少申告加
算税を含め約 60 億円。国税局の指摘に
は下がっていましたが、その後日本中が不良債
従い納税した。
権問題やデフレスパイラルのなかでもがき苦し
むことなど想像すらできなかったその時期に、 ・ 食肉卸「フジチク」 グループ 2 社と、
協同組合の計 3 法人が税務調査を受け、
武田國男社長(当時)は、食品事業など医薬以
2005 年までの 7 年間で計約 29 億円の申
外の事業をすべて清算し、武田薬品を文字通り
告漏れを指摘された。追徴課税は、重加
医薬専門メーカーへとドラスチックに改革して
算税を含め約 4 億 6000 万円。
いきました。能力主義、実績主義が世の中のブ
ームになるはるかいぜんにそれらを取り入れた ・三菱商事と三井物産は、関連会社などが
オーストラリアで進めるエネルギー開発
のも武田薬品でした。武田國男氏の10年にお
事業で 00 年 3 月期の法人所得について
よぶ社長在任期間中に、武田薬品の営業利益は
それぞれ約 50 億円、約 49 億円を関連会
社に移したと指摘された。各 20 数億円
3.4倍、時価総額は3倍強となり、国内製薬
を追徴課税。
最大手の地位を盤石にしたことはもちろんです
が、米国の医薬品メジャーと本気で戦える体制 ・ マツダは 04 年 3 月期の 181 億円が子会
が構築されたのでした。武田國男氏は社長就任
社への寄付金に当たると広島国税局から
指摘された。追徴税額は約 76 億円。課
前に、米国の合弁会社に駐在し、そこで日本と
税処分を不服として異議を申し立てる方
米国の製薬メーカーの利益率が天地ほどにも違
針。
う事実を目の当たりにし、それが社長就任後の
ドラスチックな改革へとつながったのですが、 ・武田薬品工業は、大阪国税局から米合弁
その原点となった米国の合弁会社というのが、 会社に対する 1200 億円余の所得移転を
指摘されている。課税処分を不服として
じつは今回、大阪国税局が問題にしたTAP社
異議を申し立てる方針。
だったのです。国税の見立てが正しいのか、武
田薬品の言い分が正しいのか。武田薬品には徹
底的に争ってほしいものです。(財部誠一)