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連作小説
ナコの木
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記 者 の ロ ウ ド は 、『 幻 の 国 』 を 目 指
し て い た。 通 貨 も 法 律 も な く、 そ
こ で は、 人 々 が ひ と つ の 家 族 の よ
う に 暮 ら し て い る と い う。 皆 が 幸
せそうに生きているかに見えたが。
中島たい子
広げたところで意味がないとわかりながら、ロウドは車のボンネットの上に地図を広げた。かき
あつめた情報や証言によれば、この辺りにある可能性が高い。しかし、その国は地図に形を表して
載ってはいない。まさに「幻の国」だ。
地上の楽園、世界で一番幸せな国、人間が原点に立ち戻り自然と共存して暮らしている理想郷、
等々、まことしやかに噂では聞くが、その実態を知る人間はあまりいない。F国の記者であるロウ
ドは、そんな絵に描いたような国が本当に存在するのか、見つけ出して取材し、真偽を世界に向け
て伝えたいと、以前から意欲を燃やしていた。が、
「ここまできて幻で終わるか……」
あと少しというところで見つからず、森に沿って永遠に続いているように思われる道の途中で、
ジー
ため息をついた。とはいえ探し出すのが難しいのはしかたがない。国というよりは、それは一つの
自治体に近いようだ。ロウドが今いるのは、東の果てにあるZ国という島国で、「幻の国」はその
Z国の本土の中に存在すると、これも噂だが言われている。Z国はそれを公式に認めてはいないが、
あいまい
自治権を持った小国があるという噂を否定はせず、「私たちはそれを完全に把握はしていない」と
曖昧にしている。
ひと
ご
「ミステリアスな噂を流して、観光客でも呼ぶ魂胆かもな」
独り言ちて、存在自体に疑いを感じ始めながら、引き返そうと車のドアを開けかけたロウドは、
その手を止めた。空耳ではなく、エンジン音らしきものが響いてくる。一台の車が森の陰から現れ、
ジー
久々に見る対向車に、ロウドが興味を持って見つめていると、ブルーの車は静かに速度を落として
止まった。
「故障ですか?」
運転席のウィンドウが下りて、若い男がロウドに声をかけてきた。
「いえ、違います」
ロウドは耳と首に装着している超小型の言語変換機を使い、相手の話すZ語に対応した。
「異国の方ですね。道に迷われたんですか?」
助手席から、連れの女が聞いた。
「まあ、そんな感じです」
ロウドが苦笑すると、男はエンジンを止め、二人は車から降りてきた。自分に負けず背の高いカ
い
ップルを見て、ロウドは目を見張った。美男美女という形容だけでは足りない。健康的で均整がと
れた顔と肢体は、完璧な人間を描いたようで、ダビデ像とビーナス像が手をつないで現れ出でたの
かと思ったほどだ。
「どちらに行かれるのですか?」
本人たちはその美しさを意識している様子もなく、物腰はやわらかで、友人にでも会ったように
無防備な表情で話しかけてくる。
「知ってる場所なら、送って差し上げますが?」
ロウドは何と説明しようかためらったが、地元の人間なら何か知っているかもしれないと、笑わ
れるのを覚悟で話してみることにした。
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