この夏は全国各地で局地的集中豪雨の 被害が頻発している。気象庁は今年から 「今までに経験したことのないような…」 という言い回しで警戒警報を発している が、この言葉は今年の流行語大賞にノミ Vol.32 経験に頼るということ ネートされるかもしれない。 人間心理は危機に直面しても「たいし たことはないだろう」と楽観的な言葉を 発するものだ。人間意は常に安心願望が あって、大変だと考えたくない心理が働 くからだと心理学者は言う。人間たるも の心すべきだ。 ところで経営判断は経験(K)と勘(K)と度胸(D)、 「KKD」で決まるとはし ばしば言われる。勘は経験の積み重ねから生まれるものだから、経営判断は「経験 と度胸」あるいは「勘と度胸」で決まるということもできる。 かつて日米の大企業経営者に、 「経営判断において何を重視するか」とのアン ケートを取ったところ、両者一致して「勘」と答えた、そんな調査報告を経営の本 で読んだことがある。 アメリカの企業はデータ重視経営であるという印象を覆す記述にいささか驚い た。しかし考えてみれば、経営判断というものは常に時々刻々と変化する経営環 境、つまり明日何が起こるか分からない事態の中で次の一手を考えることであり、 過去の記録でしかないデータだけで判断するのは危険だ、勘を研ぎ澄ませて判断す るほかない、というのも分かる気がしないでもない。 経営データをもとにした経営判断は、あくまで過去の延長線上で考えるものでし かない。経験に基づく判断には確かに危うい要素がほかにも多々ある。 「経験」が邪 魔をすることが多いのである。 株式投資の格言に「高値覚え、安値覚え」がある。あの株はかつてここまで高値 を付けたのだから、今の水準は買いだとか、あそこまで安値を付けたことがあるの だから、その安値になるまで買うのを待とう、などと考えることは愚かなことだと いう警句で、いずれも過去に引きずられてする投資判断を戒める言葉だ。株式投資 はいつも明日の相場を読んでするものなのだ。 ところで「経験」あるいは「学習」が間違った判断を招くことを明らかにするク イズがある。それを紹介しよう。以下の質問に15秒以内に答えられるだろうか、 試していただきたい。 ある時お年寄りが川で洗濯をしていました。そのそばで小さな女の子が遊んでい ました。女の子に聞きました。 「お洗濯をしているのはお嬢ちゃんのおばあさんですか」 女子は答えました。 「違います」 ― 13 ― では洗濯をしている人はお嬢ちゃんの何なのでしょうか。 15 秒という短い時間内に答えられただろうか。じっくり考えれば分かること、答 えはお嬢ちゃんの「お爺さん」である。 なぜこんな簡単なクイズの答えを得るのに時間がかかるのか。それは「経験」と か「学習」が邪魔をしているからである。日本人は子供のころから桃太郎の童話に 親しんでいるから、川で洗濯するのはおばあさんに決まっているという思い込みが ある。洗濯する人=女の人という既成観念もある。だからこの単純なクイズに即答 できないのだ。 しかしこの結果は経営者にとって、かなりショッキングなことではないだろう か。経営者だけでなく人は、自分の経験や学習の範囲で物事を判断するものだ。だ がその経験や学習が、時にこのクイズに即答できないという、判断の混乱を招くと いうことを示しているのだ。 もう一つ「思考の檻」と呼ばれる問題もある。人間は得てして自分で思考の範囲 を制約してしまうということだ。次のクイズに挑戦していただきたい。 次の 9 つの点をすべて通る 4 本の直線を、一筆書きで書きなさい。 ・・・ ・・・ ・・・ はてで一筆書きは完成しただろうか。正解はこの最終ページの一番下に示した。 その答えを見てできなかった人はこう反省していただきたい。 この9点を見たとき、一筆書きの線が外にはみ出してもよいとは考えもしなかっ たと。問題では「線は外にはみ出してはならない」とは言っていない。にもかかわ らず人は勝手に自分の思考の範囲を限定してしまう、というのがこのクイズの意味 するところである。 2つのクイズから導かれる経営者の心得は、経営決断では自分一人で判断しては ならない、必ず人に意見を求め、その意見を尊重すること。独りよがりの判断は、 経験や学習が邪魔をする、思考の檻から抜けられないということだ。 (寺田欣司) しおからトンボ 世の中の動きをトンボの目で観察し、その中からちょいと『しおからい』経営の ヒントを見つけます。 ― 14 ―
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