少し前、朝日新聞が一面トップ記事で またぞろ社保庁の年金不始末問題を取り 上げた。その記事は、消えた年金記録に 関して、申請者の「なりすまし」を防止 Vol.10 するために、社保庁が裏マニュアルを用 意していたことをすっぱ抜くものだった。 社保庁の裏マニュアル 裏マニュアルは年金記録について照会を 申し出てきた人に、過去の勤務経験など の記憶を取り戻させるための誘導質問を してはならない、などと記載されていた という。社保庁自身がずさんな管理をしていたのに、記録の訂正には国民自身が 立証責任を負わなくてはならない、これはもってのほかと記事は断じていた。ま さにその通り、この記事を読んで社保庁の人間は、骨の髄まで腐りきっていると 感じたのは、私だけではなかったろう。 ただ記事の内容には救いがあった。記憶を取り戻すような誘導質問をし、それ に乗じた申し出人がいたとしても、ちょいと引っ掛け質問をすれば、 「なりすまし」 かどうか、すぐに分かることだから、私は裏マニュアルを守っていません、と話 す社保庁職員の言葉を掲載していたことだ。裏マニュアルはごく少数の悪人をの さばらせないために、圧倒的多数の善良な人に不便をかけるものだ。 問題にどう対処するか。こうしたとき、日本人は時としてとんでもない不合理 な対応をすることがある。それを形容するなら「木を見て森を見ない」対応とで も言おうか。その一つの例がこれであり、また最近の金融庁の行動だ。 振り込め詐欺事件が頻発し、金融庁はその対応として、ATMによる現金振込 みの金額上限を十万円と定め、それ以上は窓口で振込を受け付けることとした。 そしてさらに振込み受付をした窓口銀行員に、本人確認義務を課した。この指導 に過剰反応したある銀行の支店では、写真の入っていない身分証明書は、受け付 けないとした。これでは、車を持たず、日頃、運転免許証を持ち歩かない筆者は、 10万円以上の現金振込みができないということになる。 こうしたルールが制定されて二つの問題が生じた。その一つは確かにATMを 経由した振り込め詐欺の被害は激減したが、銀行の窓口受付の振り込め詐欺が激 増したことである。臭いは元から絶たなければダメである。こんな木ばかり見て いる小手先の対応ではなく、振り込め詐欺に引っかからないように国民全体への 広報や啓蒙(森を見る)をしなければならない。銀行に対してコンピュータを使 い、不自然な動きをする口座を常時監視を義務付ける。そしてそれに引っかかれ ばすぐチェック、と言う監視網を作ることもできるはずだ。 ― 11 ― 銀行経験者として感じることは、官民癒着が厳しく批判される中で発足した金 融庁は、どうも現場を預かる銀行に何の話しかけもせず、机の上で考えているこ とが見え見えと言うことだ。 かつて問題になった金融検査マニュアルが、中小企業の貸し渋りを招いたこと もその一つだ。中小企業の体力は、会社の決算書だけで判断すれば大きな間違い が起こる。これは銀行マンなら誰も知っていることだ。それを無視した融資基準 を制定したのである、金融庁は。これも木を見て森を見ない行政の典型である。 もっともこのときはさすがに厳しい批判を浴びて修正されたが。 二つ目は、圧倒的多数の国民がこの新しいルール制定で、大変な不便を蒙った ことだ。ルールが適用されてすぐに、学校では新学期が始まった。多くの親たち が学費振込みに銀行窓口を訪れた。学費振込みでは依頼人が生徒、学生の名前、 そして振込み人はその親である。当然名前が違う。この振込みを本人確認が取れ ないから跳ね除ける、という銀行が続出したのである。しかたがないから、家に 戻って健康保険証を家に取りに帰った親たちがたくさんいたと言う。 学費振込み問題にはさらに深刻なケースがある。離婚して妻と子供は旧姓に戻 った。しかし離婚時の約束で子供の学費は夫が払う。こんなケースで銀行窓口で 学費振込みを認めてもらうとしたら、人に知られたくない事情を話さなくてはな らない。こんなことがあってよいのか。嫁に行った娘の子供(孫)の学費を、お じいちゃんが払うなどと言うケースもあるだろう。 この問題は企業経営にとり他山の石である。会社は不祥事を起こさないように、 と事細かに社内規則を定めることがある。これは、少数の不心得者のために、善 良な社員たちの行動を大きく規制するものである。企業経営者は森を見て物を決 める合理的決断が求められる人種だ。社保庁や金融庁の真似をしてはならない。 真似をしていたら企業の健全な発展は望めない。 善良な社員が発想豊かに、そしてはつらつとして働くことが出来る環境を用意 することが企業経営者の役割である。緩やかな規則が原因で不心得者が出たとし たら、そのときは情をはさまず警察に告発し、裁判で損害賠償を請求すればよい。 それには手間隙も金もかかると思うかもしれないが、善良な大多数の社員のパワ ーをそぐ大損害と比べれば、差し引き大きな得になる。 しおからトンボ 世の中の動きをトンボの目で観察し、その中からちょいと『しおからい』経営のヒ ントを見つけます。 ― 12 ―
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