〔平成 28 年 刑法〕受験生再現答案 1 第一 乙の罪責について 2 1.V 方への立ち入り 3 乙は、住居権者たる V の自宅に、V の意思に反し立ち入って 4 おり、住居侵入罪(刑法130条)が成立する。 5 2.強盗罪の成否について 6 乙は、V にナイフを突きつけて、金庫のありかを聞き出し、 7 500万円を持ち出しているところ、乙に強盗罪(刑法236 8 条1項)が成立しないかが問題となる。 9 強盗罪が成立するためには、①暴行又は脅迫を用いて、②他 10 人の財物を、③強取した、といえる必要がある。 11 ①暴行又は脅迫の程度について、犯行を抑圧するに足りる程 12 度であることが必要であるところ、本件では、23歳と若い乙 13 が、40歳の乙に対し、一人暮らしの自宅において、ナイフを 14 突きつけているのであって、このような暴行・脅迫があれば、 15 一般人は犯行を抑圧されるに足る程度のものであるということ 16 ができる。 17 そして、②Z の財産である現金500万円を、③暴行及び脅 18 迫により犯行抑圧状態にあるのに乗じて強取しており、強盗罪 19 が成立すると考えられる。 20 強盗致死罪(刑法240条)について 21 本件では、乙の暴行を原因として死亡しており、強盗致傷罪 22 (刑法240条)の成否が問題となる。 23 当該死亡の結果たる暴行は強盗の機会に行われることが必要 1 1 であると考えられるところ、本件では、強盗の手段たる暴行か 2 ら生じており、強盗の機会に行われたといえる。そして、結果 3 的加重犯として、結果の予見可能性は不要であり、乙に強盗致 4 死罪が成立する。 5 3.罪数 6 強盗致傷罪に強盗罪は吸収される。そして、住居侵入罪と強 7 盗罪は、牽連犯(刑法54条1項後段)の関係にある。 8 第二 丙の罪責 9 1.V 方への立ち入り 10 丙 は 、住 居 権 者 た る V の 意 思 に 反 し V の 自 宅 に 立 ち 入 っ て お 11 り、住居侵入罪(刑法130条後段)が認められる。 12 2.共同正犯(刑法60条)について 13 本件では、乙は丙を誘った上で、V 宅で500万円を奪って 14 いるところ、強盗罪の共同正犯が成立しないかが問題となる。 15 共同正犯が認められるためには、①共同実行の意思、及び②① 16 にも基づく共同実行、が認められる必要があるところ、本件で 17 は、V は別の用事があるとして、依頼を断っており、①共同実 18 行の意思があったとはいえず、共同正犯は否定される。 19 3.承継的共同正犯 20 もっとも、本件では、丙は、現場で乙と改めて共謀し、強盗 21 の実行行為の一部たる奪取行為を行っているところ、先行行為 22 についても罪責を負うのではないか、いわゆる承継的共同正犯 23 が問題となる。 2 1 共同正犯が、一部の実行しかしていない者に全部の責任を負 2 わせる(刑法60条)の根拠は、他者に対し因果性を及ぼした 3 ことに求められるべきところ、承継的共同正犯においては、先 4 行行為については何ら因果性を及ぼすことができない以上、承 5 継的共同正犯として、先行行為につき罪責を負うことはないと 6 解すべきである。 7 したがって、本件では、丙の罪責としては、窃盗罪(刑法2 8 35条)の共同正犯(刑法60条)にとどまる。 9 4.罪数 10 住居侵入罪と窃盗罪は牽連犯(刑法54条後段)の関係にあ 11 る。 12 第三 甲の罪責 13 1.強盗罪の共謀共同正犯の成否 14 本件では、甲は実行行為を直接に行っていないものの、暴力 15 団組織である某組において組長に次ぐ立場にある者として、丙 16 に指示を出し、犯罪の実行を行わせており、共謀共同正犯の成 17 否が問題となる。 18 共謀共同正犯について、これを否定すべきとする見解もあり 19 うるが、正犯の処罰根拠が行為支配に求めるべきところ、犯罪 20 実行について重要な寄与を果たした者については、実行行為を 21 直接に行っていない者であっても、これを共謀共同正犯として 22 処罰することが許容される。 23 これを本件についてみると、一般に、上意下達の組織である 3 1 暴力団組織において、組長に次ぐ立場にある甲の地位は、23 2 歳と若い乙にとって支配的立場にあるといえる。そして、分け 3 前についても、乙に支払うのは3割にとどまり、残りの7割は 4 一旦は甲の手元を経由するのであり、甲が主導的な役割を果た 5 していたといいうる。さらに、甲の金で、実際に犯行に用いる 6 凶器を購入させるなど、因果の起動点を把持するとともに、適 7 適時乙に連絡を求めるなどして、犯罪の実行に至るまでの過程 8 を支配しているといえ、極めて重要な寄与を果たしているとい 9 うことができる。 10 そして、①X は具体的に乙に指示を出すなどして、犯罪実行 11 についての共同意思を形成し、②①に基づき乙は実際に実行行 12 為を行っているのであるから、共謀共同正犯が成立する。 13 さらに、共謀の射程について検討を加えるに、甲は某組から 14 金 を 要 求 さ れ て お り 、本 件 で は 、某 組 の 組 員 A の 情 報 に よ っ て 、 15 方から金を盗むことになったのであり、本件共謀は「V 方から 16 金を盗む」ということがその中心にあるのであって、具体的な 17 共同実行者の存在などについても、強盗を可能にする程度で広 18 く合意されていたと解される。 19 そして、実行行為の一部である V への暴行行為から、V が死 20 亡しているのであり、本件では、強盗致死罪(刑法240条) 21 について、共謀共同正犯(刑法60条)が成立すると考えられ 22 る。 23 2.離脱の成否 4 1 本 件 で は 、甲 は 、乙 に 対 し 、電 話 に よ り V 方 で の 強 盗 を や め 2 るように伝えており、共同正犯からの離脱が認められるのでは 3 ないかが問題となる。 4 実行行為に入る前の段階における離脱が問題となっている点 5 で、一般には、離脱の意思を表示させるだけで足りると解され 6 る。しかしながら、共同正犯が、共犯者への因果性をその処罰 7 の 根 拠 と す る 以 上 、本 質 は 因 果 性 の 除 去 に あ る と い え る と こ ろ 、 8 実 行 の 着 手 前 に お い て も 、因 果 性 を 強 く 支 配 し て い た 場 合 に は 、 9 離脱の意思表示では足りず、具体的行為が求められる。 10 これを本件についてみると、甲がいなければ本件強盗は行わ 11 れなかったいうべきであり、V が現金を有しているなどの犯行 12 への誘引となる情報を与えているのも甲によるものである。そ 13 して、上記のように強い因果力を有していたのであり、積極的 14 な行為をしていない以上、甲は乙の犯罪への因果的寄与を果た 15 していたということができ、離脱は認められない。 16 したがって、本件では、共謀共同正犯が成立するという結論 17 に変わりはない。 18 3.中止の成否について 19 本件では、上述のように、強盗の共同正犯の既遂が成立する 20 以上、中止未遂が成立する余地はない。そして仮に中心犯の根 21 拠を責任減少に求めるとして、既遂結果が生じた場合にも、刑 22 法43条但書きが類推適用されうるとしても、本件では、某組 23 の組長から犯行をやめるようように命令にしたがったものであ 5 1 るところ、上意下達・縦社会の暴力団においては、組長の命令 2 は絶対的なものであり、甲による犯行中止命令には任意性が認 3 められない。 4 したがって、本件では、中止犯が成立することはない。 5 第四 丁の罪責について 6 1.住居侵入罪について 7 本件では、V の意思に反し、V の住居に侵入しており、住居 8 侵入罪(刑法130条)が成立する。 9 2. 窃盗罪の成否 10 本件では、キャッシュカードを窃取しており、窃盗罪(刑法 11 235条)が成立すると考えられる。 12 3.強盗罪の成否 13 強盗罪(刑法240条)が成立するためには、①暴行又は脅 14 迫を用いて、②他人の財物を、③強取した、といえる必要があ 15 る。 16 ① 本 件 で は 、丁 は 横 た わ っ て い る 乙 に 対 し 、睨 み つ け な が ら 、 17 強い口調で脅かしをしている。X はすでに犯行抑圧状態にある 18 ところ、新たな暴行・脅迫が必要かについて争いがあるが、強 19 盗罪が。暴行・脅迫を手段として財物を奪取する罪であること 20 か ら す れ ば 、新 た な 暴 行・脅 迫 が 必 要 で あ る と 解 す べ き で あ る 。 21 もっとも、厳密な意味で、犯行を抑圧することを要するとすれ 22 ば、一度犯行抑圧状態を解消したことが要求されることになり 23 不当であることから、暴行脅迫の程度としては、犯行抑圧状況 6 1 を継続させるに足る程度で足りると解すべきである。これを本 2 件についてみると、V はすでに流血するなどして、身動きが取 3 れない状況にあり、このような状況にある者に対し、顔を覗き 4 ながら強い口調で暗証番号を聞き出そうとする行為は、犯行抑 5 圧状態を継続するに足りる暴行・脅迫であるということができ 6 る。 7 ②③に関し、本件では、キャッシュカードの暗唱番号を聞き 8 出すという行為が問題となる。米子事件最高裁判決によれば、 9 財物の占有を取得した後であっても、これを確保するために暴 10 行・脅 迫 に よ る 場 合 、な お 1 項 強 盗 が 成 立 す る と 判 示 し て い る 。 11 この理解を前提とすると、確かにキャッシュカードはそこにあ 12 る預金が化体したものとして財物性を有するものであるが、そ 13 の暗唱番号を知らない段階では占有を確保したということはで 14 きず、暗唱番号を聞き出すことは、占有を確保するものである 15 といえる。したがって、本件では、暴行脅迫によって、キャッ 16 シュカードの暗唱番号を聞き出し、財物奪取を確保するものと 17 して、刑法236条1項の強盗罪が成立すると考えられる。 18 4.住居侵入罪の成否 19 本件では、X 銀行 Y 支店に立ち入っているところ、他人名義 20 のキャッシュカードによる引き出し目的を管理権者たる X銀行 21 が知ればこれを拒否したものと解されることから、管理権者の 22 意思に反した立ち入りとして、建造物侵入罪(刑法130条前 23 段)が成立する。 7 1 5.窃盗罪の成否 2 本件では、他人名義のキャッシュカードを用いて預金を引き 3 出しているところ、X 銀行に対する窃盗罪(刑法235条)が 4 成立する。 5 6.罪数 6 住居侵入罪と1項強盗罪の牽連犯、建造物侵入罪と窃盗罪の 7 牽連犯が成立するとともに、1項強盗罪と窃盗罪は被侵害法益 8 の主体が異なることから、併合罪(刑法45条)となる。 8
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