平成 21 年度産学官連携経営革新技術普及強化促進事業 施設野菜における総合的病害虫管理 はじめてみよう! IPM 社団法人 全国農業改良普及支援協会 1 IPM(総合的病害虫管理)とは 英語の Integrated Pest Management の頭文字をとって 「アイピーエム」といい、日本語で「総合的病害虫管理」 を意味します。 IPMは、病害虫の発生予察情報に基づき、化学農薬に よる防除と耕種的防除、生物的防除、物理的防除を適切 に組み合わせることで、化学農薬を低減しつつ、病害虫 の発生を抑制する管理技術です。 IPMは難しい? 「総合的病害虫管理」と聞くと難しいイメージを持ちが ちですが、IPMは決して難しい技術ではありません。 例えば、害虫を誘引する有色粘着板をハウス内に設置し て、発生予察(モニタリング)をしつつ、害虫防除をす る。これだけでも、立派なIPMと言えます。 自分のできる部分から、IPMの第一歩を踏み出しまし ょう。 2 抵抗性害虫への対策 施設野菜の栽培において問題となる、アザミウマ、コナ ジラミ、ハダニ、アブラムシ等の微小害虫は、世代交代 が早く、薬剤抵抗性が発達しやすいという特徴がありま す。これからは化学農薬のみに頼った防除体系ではなく、 様々な防除対策を総合的に組み合わせることで、薬剤偏 重による抵抗性の発達や、環境への悪影響を低減すると 共に、より効果的な病害虫防除を行う「総合的病害虫管 理」が必要とされています。 薬剤抵抗性害虫に対するIPMの解決策 ① 抵抗性害虫に対しても効果が期待できる ② 抵抗性の発達を遅らせることができる ③ 切り札としての化学農薬を温存できる IPMのメリット 安全・安心な農産物生産 省力・軽労的な農作業 「食の安全・安心」に対する消費者の関心が高まる中、 化学農薬の使用を減らした農産物を消費者に届けるこ とができます。 全国でIPMに取り組んでいる生産者の方々の声を集 めると、そのほとんどがIPM技術に対し、「省力的」 であるという見解を持っています。従来の薬剤散布は、 労力的にも肉体的にも負担が大きい作業です。 また、化学農薬散布を減らすということは、農薬危害リ スクを減らすことにもなり、生産者にとっての安全を確 保することもできます。 たとえば、天敵の放飼作業は 10a 当たり 10~15 分程度 で終了し、作業も非常に軽労的です。天敵は定着すると ともに増殖し、その効果は持続します。 3 病害虫の発生しにくい環境をつくる 雑草防除・周辺作物管理 ハウス周辺の作物や雑草に棲み付いている害虫を把握 し、その後の侵入にも気を配る必要があります。害虫の 発生源となっている雑草は除去しましょう。個人での取 り組みはもちろん、地域全体での取り組みも重要です。 適切な温湿度管理 暖房機や循環扇(ボルナドファン等)を使って、温度湿 度を最適にコントロールしましょう。 特に防虫ネットを展張すると、高温多湿になりやすいた め、循環扇を24時間稼働させることで、病害を抑制す ることができます。また、夏場の高温期の栽培において は遮光ネット(らーくらくスーパーホワイト等)をハウ ス内に展張することで、温度の上昇を抑制することがで きます。 ●循環扇(ボルナドファン)の設置 0.6mm 目合いの防虫ネットを 設置したハウス内に循環扇を設 置することにより、2mm 目合い と同等のハウス内温度になるこ とが確認されています。 健全苗の育成 ●遮光カーテンの設置 健全な親株を使用し、かん水、栽植密度、消毒等を適切 に行い、病害虫に強い苗を育成しましょう。また、本圃 への病害虫の持ち込みがないよう、育苗時に徹底防除を 行います。一度ハウス内に害虫を持ち込むと、その後の 駆除が難しくなります。なお、育苗期からのIPM導入 も有効です。 夏秋栽培の場合は、遮光カーテ ンの設置により、気温を降下さ せることができます。内張にす ると、天候に応じた開閉が容易 になり、耐久性も向上します。 適切な遮光カーテンを選択すれ ば、照度も十分確保できます。 残渣の処理 摘葉、摘果、栽培後の残渣等も病害虫の発生源になりま す。ハウス内はもちろん、周辺に放置せず、適切に処分 しましょう。 適切な肥培管理 必要に応じ土壌診断を受け、結果を参考に適切な肥培管 理を行うことで、病害虫に強い作物育成を心がけましょ う。 ハウス内の蒸し込み 収穫が終わったら、ハウス内を密閉して蒸し込み、温度 を高めることにより、ハウス内にいる害虫を死滅させ、 外に出さないようにします。 4 害虫の侵入を抑える 防虫ネットの設置 防虫ネット(サンサンネット等)は、侵入を防ぐ害虫の 種類と温湿度上昇の許容範囲を考慮して、地域や作物に 応じた適切な目合いを選択してください。 害虫の侵入をゼロにできなくても、防虫ネットで進入率 を下げることができれば、その他の資材での防除が楽に なります。 目合い(mm) 光反射シートの設置 光反射シート(タイベック等)をハウス周辺に敷設する ことで、アザミウマ類、コナジラミ類等の侵入を抑制す ることができます。 光反射シートによる太陽光の反射が虫の視覚に影響し、 ハウス内に進入する前に、害虫が地面に落下します。 侵入を防げる害虫の種類 オオタバコガ 1.0 ヨトウガ 0.8 アブラムシ類 0.6 ハモグリバエ類 アザミウマ類 オンシツコナジラミ タバココナジラミ 0.4 UV カットフィルムの設置 (シルバーリーフコナジラミ) ●防虫ネットの展張場所 展張場所は、側面(巻き上げ式 ビニールの内側)、妻面上部開口 部、天窓、谷部分の開口部など 理想的には全ての開口部に展張 するとともに、入り口にはカー テン式やファスナー式のネット を設置します。 ●スリムホワイトの設置 光反射シート「タイベック」を 素材としたネット「スリムホワ イト」をハウスサイドに展張し ます。目合いが荒いため風通し は良く、光反射によりアザミウ マ類、コナジラミ類の進入を抑 制することができます。 ハウス被覆資材としてUVカットフィルム(近紫外線除 去フィルム)を使用することで、アザミウマ類等の害虫 侵入を抑制することができます。 昆虫が視覚として感じる紫外線領域の光を除去するこ とで、害虫はハウス内の作物を認識できなくなります。 ただし、UVカットフィルムの使用により、訪花昆虫の 活動に影響が出たり、ナスの着色に影響がある等、導入 にあたっては注意が必要です。 5 病害虫を防除する 害虫の発生予察 昆虫の色に対する誘引反応を利用して、有色粘着板(ホ リバー等)を用いて害虫発生状況をモニタリングし、害 虫発生時期を容易に見極めることができます。 害虫発生地点には分かりやすいように目印を付けて、天 敵の放飼場所、化学農薬のスポット散布場所を決定しま す。 また、大量に設置することで、害虫の大量誘殺にも利用 します。 目的とする害虫によって誘引される色が異なりますの で、使い分けが必要です。 黄色 アブラムシ類 コナジラミ類 ●ミヤコカブリダニ剤(スパイカルEX) ハダニ以外に花粉などを食べて 増殖するため、ハダニ類の発生 前から放飼が可能で定着性も高 い天敵です。高温期にも活発に 活動します。 アザミウマ類 ハモグリバエ類 アザミウマ類の防除 ハダニ類の防除 ハダニ類は世代交代が早く、薬剤抵抗性を発達させる特 徴があり、化学農薬が効きにくくなっています。天敵製 剤と化学農薬を組み合わせて上手に活用することが効 果的です。 青色 作物の食害やウイルス病を媒介するため、施設野菜を栽 培する上で重要害虫です。防虫ネット等の物理的防除で 進入を抑制しつつ、進入したアザミウマ成虫や孵化した アザミウマ幼虫は、天敵を上手に使って防除します。 また、微生物殺虫剤(ボタニガードES等)も有効です。 ●スワルスキーカブリダニ剤(スワルスキー) アザミウマ類、コナジラミ類、 チャノホコリダニといった重 要病害虫を補食する多食性天 敵です。花粉やホコリダニを餌 として増殖し、高い定着性があ るため、予防的な放飼が可能で ●チリカブリダニ剤(スパイデックス等) ハダニの捕食能力に優れ、ハダ ニ発生時に利用することができ ます。低温条件での活動が活発 です。 す。 ●タイリクヒメハナカメムシ剤(タイリク等) アザミウマ捕食能力は非常に 高く、うまくハウス内に定着し たときの防除効果は強力です。 成虫もよく食べるため、スワル スキーカブリダニ剤のサポー ●ハダニ防除でカブリダニに影響の少ない薬剤 トが可能です。 ●アザミウマ防除でカブリダニに影響の少ない薬剤 主な薬剤名 主な適用作物 オサダン水和剤25 イチゴ、キュウリ、ナス等 主な薬剤名 主な適用作物 カスケード乳剤 ナス アタブロン乳剤 イチゴ、ナス、ピーマン等 カネマイトフロアブル イチゴ、キュウリ、ナス等 カスケード乳剤 イチゴ、キュウリ、ナス、トマト等 ダニサラバフロアブル イチゴ、ナス等 マッチ乳剤 イチゴ、トマト等 ニッソラン水和剤 イチゴ、キュウリ、ナス、ピーマン等 プレオフロアブル ナス、ピーマン等 マイトコーネフロアブル イチゴ、キュウリ、ナス、ピーマン等 ボタニガードES(微生物農薬) 野菜類 ※2010 年 2 月現在 薬剤の登録状況を確認の上散布してください ※2010 年 2 月現在 薬剤の登録状況を確認の上散布してください コナジラミ類の防除 アブラムシ類の防除 コナジラミ類も重要なウイルス媒介害虫です。 黄色粘着板でモニタリングをしつつ、天敵、微生物殺虫 剤(マイコタール等)、天敵に影響のない化学農薬によ る総合防除が必要です。 抵抗性が発達したコナジラミ類やアザミウマ類には、微 生物農薬と化学農薬を混用散布することで、髙い効果が 期待できます。 アブラムシ類は短時間で高密度に増殖するので、発生が 予測される時期より前に、天敵を増殖させておくことが 必要です。予め、天敵が増殖するために必要な昆虫(作 物の害虫とはならないムギクビレアブラムシ等)を、棲 まいとなる植物(オオムギ等)とともにハウス内に放飼 し、天敵の維持・増殖を行います。このような目的で使 う植物は「バンカー植物」と呼ばれています。 ●スワルスキーカブリダニ剤(スワルスキー) ●コレマンアブラバチ剤(アフィパール等) コナジラミ類の幼虫を旺盛に補 ワタアブラムシ、モモアカアブラ 食します。 ムシに寄生して殺傷します。年間 低温には弱いため、冬期は夜温 を通じて活動できるので、アブラ 15℃以上を保つ必要がありま ムシ類を長期間にわたって低密 す。 度に抑えることができます。 ●オンシツツヤコバチ剤(エンストリップ等) ●アブラムシ防除で天敵に影響の少ない薬剤 主な薬剤名 主な適用作物 び体液搾取して殺傷します。特 ウララDF イチゴ、キュウリ、トマト、ナス等 にオンシツコナジラミに高い効 オレート液剤 野菜類 果を示します。タバココナジラ サンヨール イチゴ、キュウリ、トマト、ピーマン等 ミに対しては「サバクツヤコバ チェス水和剤 イチゴ、キュウリ、トマト、ナス、ピーマン等 チ剤」を使用します。 バータレック(微生物農薬) 野菜類(施設栽培) コナジラミ類の幼虫に寄生およ ※2010 年 2 月現在 薬剤の登録状況を確認の上散布してください ●コナジラミ防除でカブリダニに影響の少ない薬剤 主な薬剤名 主な適用作物 アプロード水和剤 キュウリ、トマト、ナス等 オレート液剤 野菜類 カウンター乳剤 トマト、ナス等 チェス水和剤 イチゴ、キュウリ、トマト、ナス等 ボタニガードES(微生物農薬) 野菜類 マイコタール(微生物農薬) 野菜類(施設栽培) ※2010 年 2 月現在 病害の防除 病害の発生しにくい環境を整えつつ、微生物農薬(イン プレッション水和剤等)や天敵に影響の少ない薬剤のロ ーテーション散布により、病害を防除します。 薬剤の登録状況を確認の上散布してください これまでのIPM技術への取組は、化学農薬の代替剤としての天敵利用を主としたものが多く、本来目指すと ころの、様々な手法を総合的に活用した体系的な技術になっていませんでした。本書で紹介したように様々な 技術や資材を総合的に組み合わせた、地域毎のIPM技術体系(IPMプログラム)の確立と普及が求められ ています。本書を各地域でのIPM導入のきっかけとして、IPM技術普及推進に役立てていただければ幸い です。 平成22年3月 社団法人全国農業改良普及支援協会
© Copyright 2024 Paperzz