母と娘のあやとり続くを見ておりぬ 母と娘のあやとり続くを見ておりぬ 「川

教職員からのメッセージ
保健看護学部 石井敦子
母
の 日 に
この春、社会人となった卒業生たちは、それぞれの職場での研修期間を終え、まだまだ
不安を抱えながらもチームの一員として日々奮闘しているようです。そんな卒業生たちか
ら、初めて手にしたお給料で母の日に感謝を込めて贈り物をしたという話を聞くと、社会
人となった我が子の成長を喜ばれている親御さんのお顔が目に浮かびます。一方で、卒業
して 5 年を経た一期生たちの中には、結婚して母となる人も増えてきています。人は、自
分が社会人になって初めて親が働いて流した汗水の重みを知り、また、自分が出産して、
子育てすることの大変さを身にしみて感じてこそ、母親の偉大さがわかったりします。
俵万智さんの自伝エッセイ集『りんごの涙』に、そんな母親の偉大さを感じるエッセイ
「母と私と台所」があります。小学校の家庭科で上手く目玉焼きを作れず、笑われ傷つい
た著者に、台所で「ほら、やってごらん」とフライパンを出した母。またもや卵は上手く
割れませんでしたが、それは、ほわほわのとても美味しい炒り卵になり、さらにお茶碗に
卵を割る練習では「もしここで失敗したらオムレツにしちゃえばいいの」と、
“卵 1 個で母
がみせてくれた魔法”のおかげで、料理に興味を持つきっかけになったというエピソード
です。自信をなくした娘の失敗を成功に変える母親の懐の深さと愛情を感じます。自信を
持って社会に出ていく、子育てをしていく…自分の人生を歩きだす力は、こうした台所の
湯気の立つお鍋の前で育まれているのではないでしょうか。
最近では、競うように子どもが喜ぶファミリーレストランの人気メニューを家庭で作る
ような時代になり、どの家庭にもあった“お母さんの味”が薄れているように思います。
台所にはその国々の文化があると言われますが、それぞれの家族の歴史や文化がつまった
“お母さんの味”を母から子へ、子から孫へと、台所に並んで受け継いでいく豊かな時間
を大切にしたいものです。大学進学を機に 1 人暮らしが始まって、慣れない料理をする学
生も多いと思いますが、自分を育ててくれたお母さんの味を目標に料理をしてみてくださ
い。きっと改めて、母親の偉大さを感じることでしょう。
最後に、同じく俵万智さんの短歌をご紹介したいと思います。
新緑の陽だまりに包まれるような心地よさを感じる歌です。
母と娘のあやとり続くを見ておりぬ
「川」から「川」へめぐるやさしさ
(所収:
『かぜのてのひら』河出書房新社 1991)