Richard.B.Dasher

特集
(財)
大分県産業創造機構 産学官セミナー
シリコンバレーにおける技術の
パラダイム変革とビジネス機会
~テクノロジーの進化をビジネスチャンスとするためのヒント~
今月の特集は、当機構が実施しました産学官セミナーから、リチャード・B・
ダッシャー氏の講演の概要をご紹介します。
(平成23年7 月27 日 大分第2ソフィアプラザビル)
スタンフォード大学顧問教授
リチャード・B・ダッシャー
Richard.B.Dasher
<イノベーションとビジネス>
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なビジネスモデルです。
また、グル―ポンという会社はクーポンをオン
ビジネスの世界でのイノベーションは、既存の
ライン購入できる共同購入型クーポンサイトです
製品に要素を付け加えることによってインクリメ
が、何名集まったらいくらで販売、とルールが決
ンタル(増加、増加量)をもたらすものです。現
まった上で決済されるため、出展した企業はどれ
存の製品に新しい機能、新しい技術を付け加える
だけの人数が来店するか事前に知る事ができま
ことは典型的なイノベーションです。
す。このようなビジネスモデルイノベーションに
市場開拓のよい例として、ニンテンドーのDS
はよくある形です。
が挙げられます。今までのゲーム機はどちらかと
これらのように既存のサービスに要素を付け加
言えば若い男性が市場の大半でした。しかしDS
えるのではなく、空白から前例のないイノベー
を買っているのは案外女性が多く見受けられま
ションが発生する事もあります。しかし私の経験
す。高齢者のためのゲームソフトが次々と売り出
では20年に1度か2度あるかないかです。それ
されたため、親へのプレゼントに最適だと女性が
でも時々、すごいインパクトを与える画期的なイ
買っていくのです。このような新規市場の開拓も
ノベーションが発生します。こういうイノベー
ひとつのイノベーションであり、社内で行ってい
ションは「破壊的イノベーション」と呼ばれます。
た仕事を外の会社に外注する事もひとつのビジネ
なぜ破壊的と呼ばれているかと言うと、現存す
スイノベーションです。
る産業構造を破壊して新しい構造を持ってきた
今ソフトウェア産業は大きな革新のさなかです
り、新産業を創出したり、サプライチェーンに変
が、ここでもビジネスモデルイノベーションが見
革を起こしたりするからです。
受けられます。クラウドコンピューティングなど
様々な画期的イノベーションがありますが、具
により、ソフトウェアを単独製品として売るので
体例としては G o o g l e、F a c e b o o k も同じよ
はなく、サービス(スクリプション)を売るよう
うな革命の一環です。これらの発生により広告産
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S pecial Feature
業の構造は破壊され、広告はオンライン広告へと
ルがそのチームに任命したのはユーザーインター
移行していっています。先端経済になるほど、こ
フェイスと総合の設計です。他の技術は外部の会
のような画期的イノベーション、破壊的イノベー
社に任せ、自社の価値はスタイルおよびユーザー
ションは度々なければなりません。産業構造が出
インターフェイスからなっていると、それにこだ
来上がれば、その構造を変えないと新しいものの
わりました。
入る余地がないからです。
i T u n e s ソフトはアップルの職員のアイディ
このような流れの中で、破壊的イノベーション
アでしたが、アップルはそのアイディアを買いま
からもインクリメンタルイノベーションからもメ
せんでした。その職員は退社し、新規企業を発足
リットを得なければならないのが会社の経営者で
しました。実はこれは一番ベストな形であり、
す。それゆえイノベーション管理は以前よりもっと
アップルはその企業からサウンドジャンルのライ
重要なものになってきたと言ってもよいでしょう。
センスを購入したのです。
大手企業は、今まで社内で研究開発を行った成
この製品が生まれ、商品化し、市場に出るまで
果を市場に公表していました(クローズイノベー
の期間は約6ヶ月ほど。製品開発の世界では最短
ションシステム)。しかしそれだけでは全ての技
スピードです。
術発展についていけないため、ここ10年ほど、
この例の重要なポイントは、外部の人から持ち
社外からの知識、アイディア、機械、リソースを
込まれたアイディアを自社の戦略に必要なアイ
社内の研究開発リソース活動と統合して最高水準
ディアだと気付き、一番ベストな場所から必要な
を目指すようになりました(オープンイノベー
技術・必要なライセンスを購入し、製品を早く開
ション)。
発した事です。
オープンイノベーションとは外からの技術ライ
センスを購入し、そのアイディアを自社のために
<研究と投資・今後の課題>
使うことを指します。共同研究や、他社の新しい
これを踏まえたうえで数字をみてみますと、基
アイディアを買収する事もオープンイノベーショ
礎研究に充てられる支出は20%以下ですが、大
ンの方法です。現在所有している使わない技術を
過半数は応用研究・開発に充てられます。大学で
ライセンス売却して他社から印税料をもらって新
は研究開発支出の4分の3くらいは基礎研究、製
規企業の株を少し買えば、その会社の成功によっ
品開発活動は予算の4%なので正反対です。大学
て自分も収入を獲得します。
は基礎研究をよくやっているので、少し探検的研
具体例ですが、i P o d のアイディアを発明した
究を任せると低コストで幅広い分野に結果を出す
のはアップルコンピュータの社員ではなく、アッ
ことができます。投資活動の面もありますが、ラ
プルと仕事をしていた他社の社員でした。これは
M P3の最盛期に生まれたアイディアで、様々な
企業に売り込みを行いましたが上手くいきません
でした。そこでアップルにアイディアを提案した
ところ具体的な企画書を提出するように言われ、
8週間後 i P o d と i T u n e の両アイディアの企画
書を提案し、アップルの契約者として採用されま
した。契約後30人程度のチームのリーダーに配
置されましたが、このチーム全員アップルの職員
でなく、他社7社で構成されていました。アップ
講演に熱が入るダッシャー氏
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イセンスを買い、成功すれば自社の価値が上が
り、利益を手に入れることができます。
<起業家の変遷>
このオープンイノベーションのよい例が
アメリカの統計からみると、起業家の役割は急
Google です。Google の社内研究開発予算は、
に大きくなりました。全米の中小企業の研究・開
総 合 収 入 と の 比 率 で 見 た 場 合、 一 般 の ソ フ ト
発投資の割合は1981年には4%しかなかった
ウェア企業の平均より高く設定されています。
ものが、2005年には24%ほどに増えました。
G o o g l e が行ってきた買収は市場の獲得のため
アメリカの特許件数新規出願の特許件数を見ても
でもありますが、それ以外にもベンチャービジネ
1972年の新規特許は5%、2000年には30%
ントを持っている企業を買収することで開発の援
まで増えています。これは大きな変遷であり、起
助も受けています。
業家は破壊的イノベーションを目指していると考
企業の今後の方向性を決めるのはCEO(業務
えられます。なぜならば破壊的イノベーションを
上最高責任者)ですが、G o o g l e のように大企
行うのは新規企業であり、新しいアイディアを考
業になると、技術を担当しているCTO(技術部
えて新しい市場開拓します。これは守るべきもの
門総責任者)の明白な方向性のセンスもなければ
が多い大手企業の弱いところです。ですから新規
なりません。新しいオプテュニティを早期に発見
企業は大手企業がなかなか入れないターゲットを
することは新しいシステムの中でとても重要で
獲得できます。実行のリスクも高く市場のリスク
す。また、研究・開発に携わる職員も自分の開発
も高いところは、ベンチャービジネスの強いとこ
活動だけでなく外を見ないといけません。外のア
ろだからです。
イディアが会社のために必要であれば購入する事
実行のリスクは技術リスクと時々呼びます。実
も必要です。他社のアイディアを購入する事は抵
行のリスクが高く、技術リスクも高い。しかしそ
抗があると思います。しかしインセンティブに
の市場に大きな波がやってくると分かれば、大手
よって会社のためになれば、自分たちの利益にも
企業は数百人、数千人の開発者、エンジニアをあ
つながります。
てることができます。また技術のリスクが低く、
このような流れの中で、今後の研究開発グルー
実行のリスクも低い、新しい市場開拓に多額の投
プに必要になってくるのは知識統合です。ライセ
資をすることもできます。しかし時々、未来の流
ンスは購入しただけでは使えません。やはり発明
れが分からない段階で大企業になる新規企業が現
した人の知識もある程度学ばなければ使い物にな
れてきます。例えば f a c e b o o k。創立された時
らないものが多いため、知識統合が新しい課題と
はこんなものがビジネスになるのかと疑問に思っ
なるのです。
た人が多く、投資しなかった会社も多くみられま
した。しかし今は大企業です。
<シリコンバレーの歴史>
シリコンバレーの歴史を見ますと、このような
波ばかりです。シリコンバレーという言葉が最初
に使用されたのは1971年で、シリコンウェハー
製造している会社がそこに集中しているため、こ
の名称が用いられました。開拓当時から在所する
ウェハー製造工場は地代の安いところに流れ、現
ダッシャー氏の講話に真剣に耳を傾ける参加者
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在は一社も残っていません。その後新規企業とし
S pecial Feature
て半導体企業も中心となりましたが、標準化して
しまい、その後地代の安い所に工場が流れていき
ました。80年代、シリコンバレーで次に中心に
なったのはコンピュータシステムズです。その後
ソフトウェア産業、その後にはインターネット産
業、それから90年の終わりにはドットコムブー
ムがきましたが、大きくなった会社の大過半数が
現在では営業していません。2003年ごろにはウ
エブ2.0の波が訪れ、g o o g l e が大きくなりま
講演終了後参加者となごやかに名刺交換
した。
このようなシーズはどこにでもありますが、ポ
また、シリコンバレーの文化ではあまり「NO」
イントは新規企業が巨大な会社に成長したことで
と言いません。自分のアイディアを買ってくれない
す。これがシリコンバレーの特徴であり、有名に
大手企業、勤めている企業があれば、企業を辞め
なった所以です。
て自分で起業する。これはあまり良くない事です。
しかし、大手企業に成長しても経営する器を
新規企業を立ち上げた後、その企業の成長には
持っていないケースがあります。シリコンバレー
四つの段階があると考えられます。創出段階、イ
ではその場合、投資家によって追い出されていき
ンキュベーション段階、最初の顧客の獲得の段
ます。起業家全てが大手企業を経営するだけの能
階、それから出口の段階。
力を持ってなくてよいですが、適材適所を考えた
まず会社を創出するには、人、アイディア、お
場所で起業した方がよいと思います。
金、その3点セットがないと会社にならないた
2000年頃、シリコンバレーに関するある分析
め、創立チームを作らねばなりません。新規企業
が発表されました。分析の結果、どのような地域
には最低2人、3人~5人のチームで会社を作り
経済の様相があるかというと、まず第一に人材で
ます。このチームでアイディアは出ると思います
す。現存の大手企業から新規企業へと移り、そこ
が、最初の資金も用意しなければなりません。
の柱となることが度々見られます。
起業する多くの場合、その根底には挫折があり
今のシリコンバレーにはサービスプロバイダー
ます。その他には金儲けしたい、というものもあ
専門家、投資家などが集まっていますが、これは
りますが、よいヴィジョンを持ち、世を変えたい
成功を収めた企業がいるから集まってくるので
という気持ちが大切です。本当に世を変えるよう
す。その他にも自治団体、起業の手伝いをするグ
なアイディアがなければ起業家になるべきではな
ループなども存在します。
いです。また、企業の中に在籍し、他社から新し
<起業すると言うこと>
いアイディアが出てきたり、今の会社による十分
なリソースがない場合、会社を辞めて起業しなけ
起業文化というものがシリコンバレーにはあり
ればならないこともあるでしょう。
ますが、誰でも起業しなければならないというも
起業する創立段階の最大の失敗は人間関係です。
のではなく、この根底には、まず新しいアイディ
馬が合わなければ同じ目標に向かって仕事を始め
アに対する関心をもっているかどうかということ
ることはできません。また、技術のライセンスを
があります。人が集まる会合の場では「次に来る
買わなければならないこともあります。資本金そ
ものは、そして追うものは何なのか」ということ
のものは個人で出すとしても、割と早い段階で個
を話し合う、これが本当のシリコンバレーです。
人投資家に株を買って貰った方がよいでしょう。
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投資家に株を売ると自分の株ではなくなりま
ルに関わる人間はハイリスクに投資した場合、確
す。この段階で会社の株の25%ほどを売却する
実にハイリターンを求めています。
ことはよくあることです。しかし「売却」という
こういうベンチャーキャピタリストは毎年数千
のは間違った言葉であり、この個人投資家は株を
枚もの企画書を見ます。その中の数十枚にしか投
購入することによりチームメンバーになり、実際
資しません。また、投資した企業の取締役会に社
に会社に勤めるわけではないですが、頻繁に会社
外取締役として人を送ります。新規の企画書にも
に訪れます。
目を通さなければならず、こういう状況の投資案
事業が上手くいきだすと社員をどんどん雇わな
件が何件もあればもちろん時間がありません。
くてはなりません。開発チームがいります。プロ
最後の教訓は循環の重要性です。循環がなけれ
トタイプを作るのはかなりのお金がかかり、人を
ばバリュークリエーション(付加価値を創造)す
雇うために、当初の創立チームは無料で働いてい
る事はできません。企業活動を親子という見方で
る事が多いです。
例えるなら、子供が大きくなれば(一人前になれ
資金繰りで厳しくなった場合、買収されるか、
ば)家を出ることは普通の事です。ですからこの
上場するかという出口があります。買収される会
ように考えシステムの循環に参加すれば、とても
社は1000社中499社、上場するのは1社。あ
よいプロセスと言えるでしょう。シリコンバレー
と500社はダウで終わってしまい、完全に営業
ではこの3つの教訓を教えてくれています。
を停止します。しかしこれはよいことであり、地
これまでの話は大分県にどういう役割、関係が
域の経済にとっても重要なポイントです。この時
あるでしょう。ここはシリコンバレーのような流
点で自社株を売りお金を貰えば、ある意味「成功」
れではないかもしれません。しかしイノベーショ
なのです。その資金を元に次世代の投資家になっ
ンは普遍的な問題です。
たり、次世代の会社の新規ベンチャーに自分の起
私達の周りには色々な機会が広がっています。
業家としていわゆるシリアルアントレプレナー
それを捕まえるのには色々な人を納得させなけれ
(連続起業家)になることもできます。
ばならない場面もあります。これはシリコンバ
上場した後でもその会社の経営者として残るこ
レーも大分県も同じです。シリコンバレーのプロ
とも可能です。自社の経営者ではありませんが、
セスを見て、どうやってベンチャービジネスが成
財務管理者として残れます。
長しているか考えてください。よいアイディアが
<シリコンバレーの教訓>
あればぜひ捕まえて起業してください。
どんなアイディアでも実現の方法・成長させる
また、新規企業は現存の大手企業にとっても大
方法があります。是非そこを皆さんに考えていた
きな役割を果たします。アップルみたいに新規企
だきたいです。
業の生み出した有効なアイディアのライセンスを
買うか会社ごと買収するかすれば、一番合理的で
す。会社を買収することもありえますから、各段
階において大手企業はベンチャービジネスに好意
的な目を向けなければなりません。これはシリコ
ンバレーの一番大きな教訓です。
その次の教訓は投資家の期待です。シリコンバ
レーではローリスク・ミリオンリターンは投資家
にとって面白くありません。ベンチャーキャピタ
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活発な質疑応答