コラム Column 連載 名画で読む「骨」の物語 第 2 回 リチャード 3 世の骨 中野京子 作家・ドイツ文学者 薔薇戦争といえば,リチャード 3 世.リチャード 3 世といえば,シェークスピア.この天才劇作家がいなけ れば,500 年も昔にわずか 2 年王冠をかぶっただけの ぬけと言い寄り,わが物にできたろう.また急死した兄 王には王太子もいるのに,どうして多くの味方を集めて 末子の身で戴冠できたろう.彼は自分の欲しい物を知っ リチャードが,不朽の人間像として記憶されることはな かっただろう. エリザベス 1 世の庇護を受けたシェークスピアなの ており,得る術も知っている.だから邪魔者は情け容赦 なく排除してゆく.すぐ上の兄を酒樽で溺れさせ,用済 みの妻を毒殺し,悪事に加担させたスパイを騙し討ちに で,女王の祖父の仇敵だったリチャードを悪党に描くの は当然だが,その悪党ぶりがあまりに見事で,名調子に 次ぐ名調子の台詞と相俟って,彼の魅力は燦然たる輝き を放ってしまう. 『リチャード 3 世』において,シェー クスピアはいったい悪を糾弾したかったのか,はたまた する.まだ小さな 2 人の甥だとて例外ではない. 『ロンドン塔の王子たち』 (ドラローシュ画)は,リ チャードに言い含められ一時的な避難場所だとしてロン ドン塔へ入れられた,13 歳と 11 歳の王子に迫る危機 を描いた作品.大きなベッドの上で,兄弟は心細さに寄 讃美したかったのか……. リチャードは登場早々,己の身体をこう自嘲する. 「おためごかしの自然にだまされて,美しい五体の均整 などあったものか,寸足らずに切詰められ,ぶざまな不 出来のまま,この世に投げやりに放り出されたというわ けだ.歪んでいる,びっこだ,そばを通れば犬も吠え る. 」 肉体はそうでも,リチャードは自らの知略に自信たっ ぷりだ.でなければどうして自分が殺した男の妻にぬけ り添い,絵入りの聖書を読んでいた.突然飼い犬が吠え, 弟はハッと肩越しに振り返る(一方,王太子たる兄はま るで悲運を受け入れたような虚ろな眼つき) .扉の下に 蝋燭の赤い光と無気味な人影が見える.リチャードが差 し向けた暗殺者に違いない.吠える犬がそれを告げる ( 「そばを通れば犬も吠える」 ) .画家はシェークスピアを 読み込み,しっかり作品に反映させたのだった. 何が起こったかは今もって不明である.ただ少年たち がロンドン塔入りし,そのまま忽然と消えてしまったの 64 (206) O.li.v.e. ー骨代謝と生活習慣病の連関ー ■ Vol.5 No.3 2015–8 SAMPLE Copyright(c) Medical Review Co.,Ltd.
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