JCSIによる顧客満足モデルの構築

Japan Marketing Academy
★
論文
JCSI による顧客満足モデルの構築
笊 ――― はじめに
笆 ――― 顧客満足の因果モデル
笳 ――― JCSI の方法論
笘 ――― JCSI データによる顧客満足モデルの実証
笙 ――― 考察と示唆
笞 ――― まとめと展望
小野 譲司
過去一定期間の経験をベースにした満足を取
● 明治学院大学 経済学部 教授
り上げることで,状況要因に左右されにくい,
安定した満足とその原因と結果の因果連鎖を
笊――― はじめに
解明しうるというのが,このアプローチの大
きな特徴である。この累積的満足のアプロー
顧客満足は,マーケティング研究者によっ
チでは,企業ごとに顧客満足度を集計し,市
て長年研究が行われ,消費者行動研究におい
場シェア,収益性,株価などの企業業績に顧
ては購買後評価の問題として,あるいはサー
客満足がどう寄与しているかを統計的に検証
ビス・マーケティング研究においては顧客維持
する研究も行われる(Anderson and Fornell
戦略や消費者によるサービス品質評価の問題
1994; Anderson et al., 1994, 1997; Fornell
と関連づけられ,様々な知見が積み上げられ
1992, 2007; Fornell et al., 1996, 2006)。
ている。顧客満足研究の多くは,個人消費者
本稿では,この累積的満足のアプローチに
が短期的に行う購買後評価を研究対象として
より収集された JCSI(Japanese Customer
おり,この満足概念は,取引特定的満足と呼
Satisfaction Index 日本版顧客満足度指数)デ
ばれる。今,利用したレストランでの食事体
ータを用いた顧客満足モデルを提示する。
験が満足できたかどうか,不満なら二度と来
JCSI とは,経済産業省の委託事業としてサー
ないのか,気に入ったら友人を誘って再来店
ビス産業生産協議会の中に設置された CSI 開
するかどうかを説明する,というのが主要な
発ワーキンググループが開発した診断システ
研究課題である。
ムの略称である 1)。日本のサービス産業の生
もう一つの顧客満足研究として,累積的満
産性向上を旗頭にしたこの取り組みは,サー
足と呼ばれる満足概念を使ったアプローチが
ビス企業の顧客満足を CSI という業界横断的
ある。特定のレストランに関する過去 1 年間
な共通のモノサシで数値化し,さらに,その
の利用経験を振り返ってその店に満足できた
原因と結果の因果関係をモデリングすること
かどうか,満足(不満)だとすればそれはな
に開発上の主目的が置かれている。これによ
ぜか,を説明するものである。今ではなく,
って,たんに企業のランキング情報を提供す
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ることではなく,なぜある企業の顧客満足が
をベースにした満足・不満足という状態である。
高い/低いかを構造的に読み解くことで,サ
第 2 に,消費者の商品・サービスに対する評
ービス企業のオペレーションやマーケティン
価は,それらの購買選択行動と実際の消費行
グへの戦略的示唆を導くことが目指される。
動とに分けて考えれば,購買選択で得られた
以降では,JCSI の背景となる顧客満足の概
交換価値(value in exchange)にかかわる満
念と理論を概観し,JCSI データを用いた顧客
足と,実際の消費によって自らの問題解決に
満足モデルの構成を説明する。次に,JCSI の
どれくらい役立ったかという使用価値(value
調査手法やモデルを開発する上での参照点と
in use) に か か わ る 満 足 と に 分 け ら れ る 2)。
なった ACSI(American Customer Satisfac-
JCSI モデルにおいては,前者を選択満足と,
tion Index)と比較しながら,JCSI の方法論
後者を生活満足と呼んでいる。
的特徴を示す。さらに,顧客満足を取り巻く
第 3 に,顧客満足研究においては,顧客の
因果連鎖を示した JCSI モデルの実証研究結果
歓喜ないし感動(delight)という,覚醒と驚
と,それが示唆するところを示す。
きを伴う強い感情を概念規定することによっ
て,安定的かつ持続的な感情的状態としての
笆――― 顧客満足の因果モデル
満足とは区別した満足概念を捉えることがで
きる(Oliver 2009; Oliver, Rust, and Varki
(1)顧客満足の概念規定
1997 ; Rust and Oliver 2000)
。そして,良い
目に見えない構成概念としての顧客満足を
意味での驚きや興奮,嬉しさ,快適さといっ
いかに概念化するかについては,いくつかの
たポジティブな感情としての感動とは反対に,
観点から整理できる。ここでは,全体と個別,
がっかり,イライラした,怒ったといったネ
時間軸,購買・消費のフェーズ,感情的状態の
ガティブな感情として失望(disappointment)
強さと持続力を取り上げる。
という概念化もできよう。
第 1 は,全体と個別である。全体的満足も
これらの概念区分に従えば,JCSI モデルは,
しくは総合的満足は,商品・サービスに対す
全体的,累積的,選択と生活という側面を持
る顧客の購買後評価を,一つの総体的な評価
っており,顧客の感動や失望はさし当たり,
とするのが全体的満足であるのに対して,商
モデルに含まれない。
品・サービスの個別属性ごと,もしくは抽象度
ところで,こうした時間軸にしたがった累
を上げた価値のレベルで満足を捉えるのが個
積的満足の概念化はなぜ必要なのだろうか。
別満足である。全体と個別という区分けは,
また,この累積的満足は取引特定的満足の何
時間軸にそって考えることができる。すなわ
を「積み上げて」いるのだろうか。積み上げ
ち,先述した累積的満足(cumulative)と取
問題については,顧客満足研究では,集計化
引特定的満足(transaction specific)である。
の問題として検討することができる。すなわ
前者は過去の経験すべて,もしくは過去半年
ち,集計化とは異なる複数の時間,場面,個
や一年など一定期間での経験をベースにする
人,対象,尺度を集計し,一つにまとめるこ
のに対して,後者は直近もしくは特定の経験
とである。
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論文
個 人 i の特 定 ブ ラ ン ド x に 対 す る 満 足 は ,
算することが可能になる,というのが,累積
購買・消費時点 j 回分ずつ発生する。すなわち,
的満足のアプローチの基本的な考え方である。
取引特定的満足は,各回の満足度を表すのに
対して,累積的満足は j 回の経験すべてをふ
(2)顧客満足モデル
まえた評価としての代表値ということになる。
顧客満足モデルとは,顧客満足を中核とし
満足測定は,回答者の主観的評価によるため,
て,その先行要因と結果要因との因果関係の
その代表値が j 回分の満足度の平均値か,そ
連鎖構造を特定するものである。CSI(顧客
れとも中央値や最頻値かは分からない。しか
満足度指数)のスコアは結果にすぎず,それ
しながら,こうした時間の集計化を行うこと
だけでは当該企業の満足度がなぜ高いか/低
によって,各購買・消費場面における状況要
いかを説明できない。今後,どうすれば強化
因による満足度のブレが除去されると期待さ
しうるかの戦略的,戦術的な示唆を導くこと
れる。
もできない。また,CSI を継続的に測定する
企業単位もしくは事業単位やブランド単位
とともに,因果モデルのパラメータを継続的
で算出される CSI は,個人の満足度を積み上
に推定していくことで,顧客満足を規定する
げて集計して算出したものである。したがっ
要因の長期トレンドを把握することにもつな
て,100 点満点の CSI で測ったスコアが,70
がる。
点の企業であっても,当該企業について回答
一方,顧客満足モデルは,顧客満足が企業
した人々の満足度は実際には上下にばらつく
の収益性や成長性にどのような効果をもつか
ことになる。これが個人の集計化という CSI
という結果系の因果関係にも関わる。CSI デ
のもう一つの側面である。
ータを用いたマクロ・レベルの先行研究では,
また,企業単位で CSI を算出するというこ
企業レベルの CSI が,当該企業の ROI,株価,
とは,当該企業が市場に提供している複数の
株価収益率,企業価値などの財務指標に対し
商品・サービスやブランドに対する満足度が,
て正の影響を与えうることが示されている。
一つの指標に集計化されることを意味する。
また,ミクロ・レベルの先行研究においては,
これが対象の集計化である。
顧客満足の向上が,顧客の再購買,価格弾力
尺度の集計化とは,累積的満足が多項目の
性,クチコミ,他者紹介といった意図ないし
観測変数から推定される構成概念として測定
は行動に対して正の影響をもつかいなかの検
されることを意味する。「あなたは XYZ(ブ
証が繰り返されている。マクロ・レベルであれ,
ランド名)に対してどの程度満足しています
ミクロ・レベルであれ,顧客満足がもたらす効
か」という単一の質問項目だけでなく,累積
果をみる際,効果がどこにあるとみるべきか,
的満足を測定する複数の尺度を儲けることで,
それが焦点となる。
より信頼性と妥当性が高い尺度を用意するこ
累積的満足のアプローチをとる顧客満足モ
とが必要となる。
デルにおいては,取引特定的満足の形成メカ
以上のような集計化を施すことで,特定企
ニズムを説明するために提案された期待・不
業に対する,より安定した満足度の指数を計
一致(expectation-disconfirmation)理論をベ
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JCSI による顧客満足モデルの構築
ースにしている 3)。すなわち,満足・不満足は,
て捉えられる。
消費者が購買前に商品・サービスに対してもつ
知覚品質(perceived quality)とは,商品・
期待水準が,実際に知覚したパフォーマンス
サービスの品質や性能の卓越さに対する顧客
水準と比べて,一致しているか,それともそ
の主観的評価である。これに対して,知覚価
れを上回っているか,下回っているかという
値(perceived value)は,顧客が支払った金
不一致の程度によって規定される,というの
額に対して,品質や性能がどの程度見合って
がこの理論の基本的な考え方である。そして,
いるかを主観的に評価したものである 5)。卓
この理論においては,何が購買後評価におけ
越した品質や性能をもつ商品・サービスは高い
る参照点となるかについて諸説ある。例えば,
知覚品質として表すことができるが,それが
顧客期待には,予測的期待と規範的期待の他,
満足そのものを反映するとはかぎらない。な
理想期待,要求水準,最低許容水準などが挙
ぜなら,過剰品質や機能疲労(Thompson et
げられる。同様に,不一致の程度についても,
al. 2006)といった,顧客の期待や使用能力を
厳密なズレというよりは,ある程度の幅をも
上回るほど知覚品質の高さは,かえって満足
った許容範囲の中で不一致かどうかが決まる,
を下げかねないからである。同様に,優れた
という考え方もある 。
商品・サービスの品質や性能は,それを享受
4)
一方,顧客期待と知覚パフォーマンスは,
するための支払金額との比としての知覚品質
不一致を介した間接的な効果だけでなく,直
で見た場合,同様に高い水準になるとは言え
接,満足を規定するモデルも提案されている。
ない。
ここでいう知覚パフォーマンスとは,商品・サ
このように,知覚品質と知覚価値を分ける
ービスを通して顧客が得るベネフィットない
ことで,顧客満足がどのような要因で変動す
しは,支払った金額などの犠牲に対して得ら
るかを分析できる。すなわち,知覚品質の影
れたベネフィットの比を指している。これら
響が強ければ品質駆動型として,知覚価値の
は知覚品質と知覚価値と呼ばれる。この点に
影響が強ければ価格駆動型ということになる。
ついては後述する。
一般に,価格訴求の強さが競争ルールを支配
する市場においては,価格駆動型の顧客満足
(3)先行要因に関する因果関係
モデルの説明力が高くなると予想される。ま
顧客満足度の水準を規定する原因としては,
た,知覚品質の効果は,満足に対する直接効
顧客期待,知覚品質,知覚価値という 3 つが
果だけでなく,知覚価値を媒介とした間接効
挙げられる。期待・不一致モデルでは,購買
果も存在すると考えられる。
前の予測的期待は,経験を経た後に知覚する
以上が顧客満足モデルにおける原因系の因
商品・サービスのパフォーマンス水準との比較
果関係についての仮説である(図表− 3 参照)。
プロセスを通して,間接的に顧客満足に影響
顧客期待は知覚品質と知覚価値を通した間接
を与える他,直接的にも満足に影響すると考
効果と,顧客満足に対する直接効果として影
えられている。一方,知覚パフォーマンスは,
響することが想定される。
知覚品質と知覚価値という 2 つの要因に分け
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(4)結果要因に関する因果関係
いていることを意味する。
顧客満足モデルのもう一つの仮説群は,満
再購買・利用とともに,既存客から発せら
足が後続の心理や行動といった結果要因にお
れる声(Voice of the Customer)も,満足の
よぼす効果にかかわる。満足が与える効果は,
結果の一つとして想定される。VOC をその内
心理,行動,そして金額といった局面におい
容がポジティブかネガティブか,企業に対し
て見い出せる(Bolton et al. 2004 ; Zeithaml
て発せられるか,企業以外の他の消費者や組
2000)。すなわち,心理局面とは,企業やブラ
織に対するものかで 4 つに分けると,ACSI
ンドに対するコミットメント,信頼感,再購
においては,企業に対するネガティブな声と
買意図,他者推奨意図といった心理的ロイヤ
しての苦情行動を想定する。それに対して,
ルティと呼ばれる概念である。一方,行動局
JCSI ではクチコミを意図レベルで捉えている。
面とは,実際の再購買,再利用,苦情や推奨
ここで言うクチコミとは,他の消費者に対し
といった行動が生起したかどうかという,行
て,その企業やブランドのことを肯定的に話
動的ロイヤルティやクチコミ行動といった概
すか,否定的な内容として話すかである。満
念である。これらの行動は客単価,顧客別収
足はポジティブなクチコミを誘発する正の効
益性,顧客生涯価値といった金銭的価値とし
果をもつと予想される。また,ポジティブな
て表される。
クチコミをするという意図が高ければ高いほ
このように,ロイヤルティを心理局面と行
ど,ロイヤルティに正の影響を与えると考え
動局面で分けて捉えることは,顧客満足モデ
られる。他人に当該企業やブランドのことを
ルを構築するうえでも重要な意味をもつ。す
勧める意思じたいが,自らの再購買・利用へ
なわち,見せかけのロイヤルティのように,
の意思を強化すると考えられる。クチコミか
満足ないしは不満足だけでは,実際の行動を
らロイヤルティにつながるパスはその効果を
説明しきれないケースである。スイッチング
。
意味する(図表− 3 参照)
障壁は,不満を感じた既存客であっても,ブ
笳――― JCSI の方法論
ランドを切り替える知覚されたコストが高け
れば,再購買や継続利用という行動が起こり
JCSI の方法論は,ACSI のそれをベースと
続けることを説明する際の重要な鍵概念とな
しながらも,調査方法,測定尺度,推定方法
る。
また,心理局面においても,ロイヤルティ
などの評価において「日本版」にローカライ
を再購買・再利用の意図レベルで捉えるか,
ズしている。以下で説明する( 図表− 1 を参
見込みないしは可能性として捉えるかでは,
照)
。
(1)調査方法
効果のあり方が異なる。後者の立場をとる
顧客満足度のデータは,例えば,5 段階評
ACSI に対して,JCSI では前者の行動意図レ
ベルでロイヤルティを捉えている。これは,
価のリカート尺度で測定した場合,4「満足し
満足がもたらす効果を,心理的ロイヤルティ
た」ないしは 5「非常に満足」といった高い
の高い顧客をどれくらい創造しているかに置
評価点にサンプルの多くが集まる,右偏向し
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た分布が生じるケースが多いことが,先行研
や 7 段階ではなく,10 段階評価によってデー
究で指摘されている(Fornell 1992)。こうし
タの分散を大きくする工夫が施されている。
た右偏向分布の顧客満足データは,正規分布
JCSI も同様に 10 段階のリカート尺度を用い
を仮定した分析手法には不向きであり,その
た。
問題を解決するための方法上の工夫を施す必
第 3 に調査方法に関して,一部の業界を除
要がある。
いて電話調査を実施する ACSI では,主要指
第 1 は,サンプリング方法である。購買頻
標についての質問を調査員が次々に投げ掛け,
度が高い,利用経験年数が長い,といった点
口頭で回答を得る。それに対して,JCSI では,
で特徴付けられるロイヤル・カスタマーの比率
全業種において,インターネット画面での回
が高いサンプルは,右偏向を生じさせやすい。
答を依頼する。JCSI データは,27 業界につい
来店客や顧客リストを対象にした調査では,
て,3 回に分けて実施された調査で得られた 6)。
この傾向が出やすいものと考えられる。JCSI
(2)JCSI の測定尺度
データは,インターネット調査会社が保有す
るモニターに対して,一定のスクリーニング
顧客満足モデルで用いられる構成概念は,
条件を業種ごとに設定し,年代と性別が日本
それぞれ複数の観測変数を用いて推定される。
の人口構成比に相当するようにサンプルを割
観測変数として測定された質問項目は,以下
り付けて回答依頼をする方法をとっている。
の通りである。
これによって,購買・利用頻度が著しく高い
顧客期待は,全体的期待,個人的ニーズ対
ユーザーのサンプルに偏らない工夫を施して
応への期待,信頼性に対する予想を,それぞ
いる。
れ回答者に購買前を振り返ってもらう。それ
ゆえ,正確な意味での購買前の予測的期待で
第 2 に尺度構成に関して,ACSI では 5 段階
■図表―― 1
JCSI と ACSI の方法論の比較 7)
構成概念
JCSI
ACSI
顧客期待、知覚品質、知覚価値、
顧客期待、知覚品質、知覚価値、顧客
顧客満足、クチコミ意図、再利用
満足、苦情行動、再利用見込み
意図
観測変数
10 段階のリカート尺度
10 段階のリカート尺度
指数の算出方法
100点方式
100点方式
業界毎の GDP による重み付けなし
業界毎の GDP による重み付けあり
調査会社モニターに対するインタ
電話調査(ネット・ビジネスなど一部
ーネット調査
のみインターネット調査)
推定法
最尤法による共分散構造分析
PLS(部分最小自乗法)
対象業種
サービス産業(第三次産業)
製造業、サービス産業、行政サービス
調査法
など全業種
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はない。この顧客期待の観測変数を購買後の
さに貢献しているか」という,購買と消費の
知覚として測定するのが知覚品質であり,全
フェーズに分けて累積満足を測定するもので
体的評価,個別ニーズへの対応,信頼性,そ
ある。
してバラツキの度合いといった項目で測定さ
満足の結果要因に関わる構成概念は,クチ
れた。
コミとロイヤルティに関わる多項目の質問に
知覚価値は,知覚された金銭的犠牲につい
よって測定された 9)。すなわち,知人や友人
ての質問項目で測定された。すなわち,品質
に当該企業のことを話題にするとしたら,そ
に対する価格の妥当性(「品質に見合った支払
の内容をポジティブなものとするか,ネガテ
金額か」)と,価格に対する品質(「支払金額
ィブなものとするか,という話題の好意度と
に見合った品質か」)の妥当性を両面から尋ね
して測定した(Swan and Oliver, 1989)。こ
るかたちがとられた。ここでいう価格とは,
れは,一つの会話や何らかのメディアへの記
個別商品・サービスの価格ではなく,回答者
述のなかでも,肯定的な要素と否定的な要素
本人が当該企業に対して支払った金額という
が共存するケースもあるため,結論として本
意味である。加えて,知覚価値を計るもう一
人がどの程度,そのクチコミを通して当該企
つの項目として,他社と比較した中での割安
業を好ましい/好ましくないものとして伝え
感(「お得感があるか」)が設定された。満足
ようとしたかに焦点を当てたからである。
の先行要因に関する 3 つの構成概念の質問項
心理レベルのロイヤルティは,先述したよ
目は,質問票上では満足を尋ねる質問項目よ
うに再購買・利用の意図か,それともその見
りも前に配置し,それぞれ購買頻度,購買金
込み(likelihood)として捉えるかが焦点であ
額,直近利用日など過去一定期間内での購買
り,それによってモデル自体の構成にも影響
履歴を振り返るなかで回答するかたちがとら
がおよぶ。JCSI では意図レベルでの再購買や
れた。
再利用への効果を測定する。再購買・利用は,
累積的満足の測定は,ACSI においては全
「継続して利用したい」「再び利用したい」と
体的満足,予測的期待との一致度,理想水準
いった反復や継続への意向を尋ねるだけでは
との一致度という 3 つの観測変数で行われる
不充分である。Bolton et al.(2004)が提案し
のに対して,JCSI では全体的満足,選択満足,
た顧客資産マネジメントの枠組みにおいて,
生活満足という 3 つを設けている 。全体的
一定期間内における購買行動履歴を,長さ
満足とは,各業界で調査範囲となっている一
(length),広さ(breadth),深さ(depth)と
定期間内の購買経験を振り返ってもらい,「こ
いった概念で捉え,指標化できることを示し
れまでの経験を振り返ってどれくらい満足し
ている。長期間にわたって再利用し続けたい
ているか」を総合的に回答してもらう。選択
かどうかという継続期間(duration)は長さ
満足と生活満足は,当該企業・ブランドにつ
に関する意図を表すのに対して,利用頻度は
いての購買選択という行為がどの程度,妥当
深さを表す。そして,当該企業から幅広く商
であったか,そして,実際の消費・使用段階
品・サービスを利用しいかという関連購入は
においてそれがどの程度自分の「生活の豊か
広さに関する意図を表す。次回以降の利用時
8)
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において当該企業・ブランドが第一候補にな
子得点,E は当該企業 i,Max は最大値,Min
るかどうかも含めて,再購買・利用の意図が
は最小値を表す。
多元的に測定された。
JCSI スコア=
(E[ξ]-min[ξ])
/
(Max[ξ]― Min[ξ])
×100
(3)JCSI スコア(主要 6 指標)の分布
観測変数から推定される 6 つの構成概念の
各スコアの平均値を業界ごとに算出し,折
スコアは,二つの方法で計算することができ
れ線グラフに示したのが 図表− 2 である。な
る。一つは,共分散構造分析そのものからス
お,他の 5 指標も同様の 100 点方式で計算し
コアを計算する方法であり,もう一つは,測
た。27 業種全体と同じように,スーパーマー
定方程式で用いられる観測変数を用いて,各
ケット,百貨店,コンビニエンスストアの小
構成概念について因子分析を行った上で,そ
売 3 業態における顧客評価の 6 指標は,なだ
れぞれ因子得点を計算する方法である。JCSI
らかな M 字型を描いている。すなわち,知覚
のスコア計算は,後者の因子得点を用いて,
品質と顧客満足のスコアの高さに対して,顧
100 点方式で算出している 。100 点方式の計
客期待と知覚価値のスコアが相対的に低い。
算方法は以下の通りである 。なお,ξは因
それに対して,ホームセンター,専門店,通
10)
11)
■図表―― 2
JCSI 6 指標の業界平均
全体
顧客期待
知覚品質
コンビニ
知覚価値
百貨店
顧客満足
スーパー
クチコミ
携帯電話
レジャーイベント
旅行
国内交通
国際航空
顧客期待
知覚品質
知覚価値
顧客満足
クチコミ
通販
飲食品
顧客期待
ロイヤルティ
27
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生活雑貨・家具
ドラッグストア
顧客期待
ロイヤルティ
宅配便
衣料品
知覚品質
カフェ
知覚品質
知覚価値
ホームセンター
顧客満足
ビジネスホテル
知覚価値
顧客満足
クチコミ
ロイヤルティ
シティホテル
クチコミ
ロイヤルティ
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信販売といった業態では,それとは違った傾
らの先行要因がどの程度,顧客満足に影響を
向が見てとれる。生活雑貨・家具専門店や通
およぼしているのか,先の仮説群をまとめた
信販売は,顧客期待から顧客満足に至るまで,
顧客満足モデルを用いて検証するのが,以降
なだらかな台地形となっているのに対して,
での実証研究の目的である。JCSI データを用
衣料品専門店とホームセンターは,顧客期待
いた顧客満足モデルは,顧客期待から顧客満
がそれほど高くないにも関わらず,知覚価値
足やロイヤルティに至るまでの因果連鎖を,
と顧客満足のスコアが高く,一定の品質に対
共分散構造分析を用いて推定する。ここでは
して高いコスト・パフォーマンスを訴求するそ
調査対象となった全業種のデータをプールし
れぞれの業態の特徴が現れている。
た全業種モデルの検証に加えて,業種ごとの
このような主要指標のスコアの傾向は,似
分析結果を示す。
たような業態間においても観察できる。シテ
笘――― JCSI データによる
顧客満足モデルの実証
ィホテルとビジネスホテルを比較した図では,
その点が明確に現れる。この図では,各業態
の企業毎の 6 指標のスコアが折れ線グラフで
(1)全業種モデル
表されている。シティホテルが先述した M 字
型がより鮮明に現れている。高い顧客期待に
2009 年度 3 回にわたって収集された 27 業種
対して,多くのシティホテルではそれに見合
のデータ(標本数 95,558)をプールし,調査
ったサービスが提供されており,顧客もそれ
対象となったサービス産業全体の顧客満足モ
を知覚品質の高さというかたちで評価してい
デルを共分散構造分析によって検証した。 図
ることが読み取れる。
表− 3 には,パス係数が示されている。適合
しかしながら,知覚価値のスコアは,それ
度を示す統計量にはさまざまあるが,ここで
とは裏腹にすべての企業において知覚品質を
は GFI,AGFI,RMSEA を示した。RMSEA
下回っており,支払った金額に見合ってはい
は良好な結果の目安とされる 0.05 以下ではな
ない,とユーザーから評価されている様子が
いグレーゾーンではあるが,GFI と AGFI と
読み取れる。それに対して,ビジネスホテル
もに 0.9 以上であり,顧客満足モデルは,お
は,低い顧客期待とは反対に,知覚品質や知
おむね良好な結果が得られている。
覚価値,そして顧客満足の高さがスコアに表
(2)業界別モデル
れる富士山型である。ビジネスホテルのなか
次に,業界別の顧客満足モデルについて,
でも,品質と価値の評価が際だって高い企業
2010 年 1-2 月期に行った 11 業種のデータを用
は,その特徴がより鮮明である。
顧客満足以外の 5 指標を含め,これらのス
いた分析結果を示す。 図表− 4 に,各業界モ
コアの高さは,日本人の国内サービス・ビジネ
デルの適合度指標とパス係数を示した。コン
スを多面的に評価するものである。しかしな
ビニエンスストア業界以外は GFI が 0.9 を上
がら,これら絶対値だけでは,顧客満足モデ
回っており,AGFI との差違が大きくはない
ルの一端を示したにすぎない。そこで,これ
ため,おおむね良好な結果と言えよう。
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JCSI による顧客満足モデルの構築
■図表―― 3
JCSI 顧客満足モデル(27 業界)
信頼性
個人的な要望に
応えた度合い
バラツキ
サービス全般
情報提供
.72
.90
顧客接点
.78
.88
知覚品質
クチコミ
.53
.82
全般的な質
への期待
.74
.74
.86
全般的な品質評価
.79
商品魅力
.19
.68
関連購買
.75
.76
.75
.80
個人的な要望
に応える期待
.90
顧客期待
.60
顧客満足
.00
ロイヤルティ
次回
第一候補
.71
利用頻度
.75
.48
信頼性
.05
.94
知覚価値
全体的
満足
.91
支払額に対する
品質評価
.77
.91
.79
選択満足
生活満足
適合度指標
GFI=.935
AGFI=.916
RMSEA=.061
.93
.80
品質に対する
価格評価
継続期間
お得感
(注)図中のパス係数は標準化係数を表す。
■図表―― 4
業界別の顧客満足モデル
パス係数(標準化係数)
業種
期待
↓
品質
期待
↓
価値
期待
↓
満足
品質
↓
価値
品質
↓
満足
価値
↓
満足
適合度指標
満足
↓
WOM
満足
↓
意図
WOM
↓
意図
GFI
AGFI
RMSEA
0.07
百貨店
0.89
0.21
0.63
0.52
0.44
0.67
0.43
0.29
0.92
0.89
通信販売
0.84
0.10
0.75
0.42
0.60
0.59
0.47
0.31
0.92
0.90
0.07
旅行会社
0.83
0.81
0.55
0.50
0.60
0.53
0.28
0.93
0.91
0.06
国内交通
0.84
0.77
0.45
0.55
0.58
0.56
0.19
0.92
0.89
0.07
国際航空
0.83
0.84
0.56
0.44
0.63
0.54
0.25
0.93
0.91
0.06
銀行
0.88
0.24
0.64
0.39
0.61
0.60
0.61
0.18
0.91
0.88
0.07
生命保険
0.71
0.07
0.81
0.44
0.58
0.69
0.59
0.25
0.93
0.91
0.06
損害保険
0.72
0.09
0.73
0.42
0.60
0.65
0.68
0.17
0.93
0.91
0.06
証券
0.87
0.13
0.73
0.39
0.61
0.53
0.65
0.16
0.92
0.90
0.07
オフィス通販
0.88
0.21
0.68
0.34
0.62
0.58
0.59
0.20
0.92
0.89
0.07
コンビニ
0.83
0.70
0.46
0.44
0.53
0.57
0.22
0.89
0.86
0.08
-0.06
(注)パス係数が空欄の箇所は 5%水準で有意ではないことを表す。
表頭の WOM とはクチコミ,意図とはロイヤルティ(再購買意図)を意味する。
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論文
業界ごとの違いが鮮明に出やすいのは,顧
接効果の大きさから推察できる。しかしなが
客満足に対する知覚品質と知覚価値のパス係
ら,このことは,知覚価値の直接効果が大き
数の大きさである。直接効果だけで見た場合,
い業界において,知覚品質の相対的重要性が
知覚品質のほうが知覚価値よりも高い品質駆
著しく劣ることを示唆しているわけではない。
動型に近いのは,百貨店,旅行会社,国際線
知覚品質から知覚価値を媒介して満足に至る
航空,そしてコンビニエンスストアである。
間接効果によるものである。間接効果は,優
それに対して,知覚品質のほうが知覚価値よ
れた品質そのものが満足を作りだすというよ
りも高い価格駆動型に近いのは,通信販売
りは,優れた品質とそれに対する支払金額の
(カタログ,テレビ,インターネット),国内
割安感や妥当性が伴ってはじめて優れた品質
長距離交通(国内線航空,新幹線などの長距
の真価が満足を作り出すことを示唆している。
離鉄道),銀行,生命保険,損害保険,証券,
JCSI モデルは,すべてのサービス産業に適
オフィス通販である(多母集団同時分析の結
応可能な形で設計された測定方法とモデリン
果はここでは割愛する)
。
グによって成り立っているが,業界ごとのモ
デルで見た場合,適合度はおおむね良好であ
笙――― 考察と示唆
り,不適解も見られない。しかしながら,企
業単位でのモデルを組んだ場合,ごく少数で
(1)考察
はあるが負の誤差分散が発生するケースもあ
調査対象となった全業種においても,個別
る。例えば,それは会員登録したネット通販
業界においても,JCSI 顧客満足モデルは,お
サイトにおいて,頻繁に購入を繰り返す購買
おむね良好な結果が得られた。しかしながら,
行動が想定される企業である。習慣的な購買
顧客期待がおよぼす効果については限定的で
パターンに入りやすい企業については,異な
あった。顧客期待が知覚価値と顧客満足にお
ったモデルを想定する余地があるかもしれな
よぼす直接効果は,全業種モデルにおいては
い。
支持されなかった。業界によっては弱いなが
らも効果が認められるケースもあり,この仮
(2)示唆
説が業界特性や市場特性などの何らかの要因
JCSI モデルで明らかになった顧客満足の因
によって制約されうることも考えられる。
果連鎖からは,どのような実践的示唆が導き
顧客期待と知覚品質を測定する観測変数は,
うるか。ここでは,顧客満足の研究と実践に
事前と事後における期待と知覚を質問してい
おいてよく知られているインパクト・パフォー
ながら,質問文じたいが似通っていることが,
マンス・マップ 12) を用いて考察してみよう。
期待から知覚品質への直接効果が大きい原因
このマップは,縦軸に顧客満足に影響を与え
とも考えられる。
るパフォーマンスのスコア(ここでは知覚品
各業界において,顧客満足が品質と価格の
質と知覚価値)を,縦軸には顧客満足におよ
どちらの要素が強く働いて規定されるかとい
ぼすインパクト(直接効果のパス係数)をと
う問題については,知覚品質と知覚価値の直
り,当該企業の相対的な強みと弱みを示し,
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JCSI による顧客満足モデルの構築
顧客満足を強化するための戦略指針を考察す
図中では,A,B,C の国内線航空 3 社をピ
るものである。 図表− 5 では,一例として国
ックアップして,それぞれの知覚品質と知覚
内長距離交通を示している。
価値が,顧客にどう評価され,満足にどの程
このマップにおいて,右上方のエリアに知
度影響しているかをプロットした。知覚品質
覚品質か知覚価値があれば,満足を効果的に
に関してみれば,A 社は C 社と B 社よりも品
高める要因を顧客が高く評価しており,当該
質が高く評価されているものの,3 社の差は
企業が競争優位にあることを示唆する。それ
わずかである。しかしながら,同じ程度の品
に対して,右下方のエリアにあれば,満足に
質水準にあると思われていながらも,顧客満
強く影響する要因を顧客が低く評価しており
足に対する効果でみると,0.2 もの差が開いて
競争劣位にあるため,今後,重点的な強化策
いる。
を検討すべきことが示唆される。
一方,知覚価値を見ると,右上方エリアに
一方,左側のエリアは,満足への効果が小
いる C 社が際立っていることが,Cv のパス
さいことを意味し,左上方のエリアにあれば,
係数の大きさから読み取れる。B 社は二つの
顧客から高く評価はされているものの,それ
意味で苦境に立っている。一つは,サービス
が満足に効果的に結びついていないことを意
品質の良さはある程度認められていながらも,
味する。満足に結びつけるための期待のマネ
それが満足につながっていない点であり,も
ジメント,現状維持もしくは追加投資を控え
う一つは満足を効果的に高めうる知覚価値 Bv
て浪費を回避すべきことが示唆される。
が低いスコアしか得られていない点である。
■図表―― 5
インパクト・パフォーマンス・マトリクス(国内長距離交通)
(注)図中のマーカーは,企業ごとの知覚品質(○)と知覚価値(△)を表す。
なお,マーカーの横についている記号は A 社,B 社,C 社を,添え字は
知覚品質(q)と知覚価値(v)をそれぞれ意味している。
特に明記していないマーカーはそれ以外の企業の知覚品質と知覚価値である。
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論文
このように,JCSI データから算出された指
という点にフォーカスを絞っている。
標は,同じ業界でも企業ごとにスコアとイン
第 2 に,サービス産業において妥当性が確
パクトの大きさが異なり,各社にとって効果
認されつつある JCSI モデルは,第 3 次産業以
的に顧客満足を高めるための戦略指針を示唆
外にも拡張できるか,という点が期待される。
するものである。
その際,食品,自動車,電機,アパレルとい
った製造企業が提供する商品やブランドをど
笞――― まとめと展望
のレベルで集計すればよいか,という点が明
確にされなければならない。
ACSI をベースとして開発された JCSI モデ
第 3 は,顧客満足マネジメントに対する実
ルは,構成概念やモデルの構造こそ似通って
践的示唆に関わる。本稿で示した 6 指標と因
いるものの,その調査方法,測定尺度,推定
果モデルは,業界横断的比較によって巨視的
方法など詳細において違いがある。最後に主
に当該企業に対する顧客評価を示したにすぎ
要な相違点を整理したうえで,今後の課題と
ない。具体的な問題発見と解決策に関しては,
展望を示す。
主要指標以外に測定された約 80 項目におよぶ
第 1 に,JCSI モデルでは,因果連鎖の終着
購買経験も含めた個人プロフィール,サービ
点に心理的なロイヤルティ,つまり,再購
ス品質やスイッチング障壁に関する詳細な評
買・利用の意図をおいている。ACSI データ
価データを活用しうる。また,概念的には累
を用いた先行研究では,顧客満足度が市場シ
積的満足とは対極に位置する極端な満足に相
ェア,収益性,あるいは株価や企業価値とい
当する顧客の感動(delight)と失望(disap-
った,財務的指標といかに関係しているかに
pointment),商品・サービスに何らかの問題
ついて様々な論点と知見が出されている。CS
を感じた顧客が企業に申し出た場合の企業対
活動は企業に利益をもたらすかという問題は,
応についてのリカバリー(回復)品質といっ
古くから疑問視され,関心を集めてきた。し
た指標群と組み合わせることでも,より豊富
かしながら,顧客の意図の次に来る再購買見
な示唆が期待される。
込みや実際の行動,さらにはその先の金額価
JCSI データによる顧客満足研究は,ようや
値にまで踏み込めば,顧客満足だけでは説明
く立ち上がったばかりである。モデルじたい
しきれない要因が増えるだろう。その場合,
の安定性の確保はもとより,継続的に調査を
スイッチング障壁やブランド・エクイティとい
実施することによって蓄積されるであろう
った他の構成概念も含めた,より包括的なモ
CSI データは,これまで我が国には存在しな
デルへと拡張を図る必要性も出てこよう
かった 13)。企業の財務業績などの客観的指標
との関連性についての研究発展は,このデー
(Rust, Zeithaml, and Lemon 2000; 小野 2006)
。
タベースの整備に掛かっている。
JCSI モデルではその可能性を視野に入れつつ
も,現段階においては,いかに再購買・利用の
注
1)JCSI に関する説明資料は,『マーケティング・ジャ
ーナル』本号,サービス産業生産性協議会ホーム
意図が高いロイヤル・カスタマーを創造できる
か,そしてそれに顧客満足がどう寄与するか,
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JCSI による顧客満足モデルの構築
ページ http://www.service-js.jp/jcsi/(公益財団法
人日本生産性本部内),小野(2010)などを参照さ
れたい。
2)顧客が享受する価値を交換価値と使用価値に分け,
それらが顧客と企業の価値共創プロセスから生ま
れるという論理は,サービス・ドミナント(S-D)・
ロジックによるものである。S-D ロジックについて
は,Lusch and Vargo(2006),藤川(2008)を参
照。
3)期待不一致理論についての詳細なレビューと解説
は,Oliver(2009)を参照。
4)加えて,期待水準と知覚水準を測定する困難さも
指摘されると同時に,不一致の程度を,期待水準
と知覚水準のスコアの客観的差異として表すのか,
主観的にどれくらいギャップがあると感じたかを
主観的差異として測定するのか,といった点も議
論がなされている。
5)知覚価値は,当該商品・サービスから得られるベネ
フィットとそれを得るために消費者が費やした
様々な犠牲の大きさとの比で捉えられる。概念的
には,そうした知覚された犠牲には,金銭価値と
して表せる犠牲としての入手価格や入手費用の他,
手間暇や心理的コストといった非金銭的な犠牲も
含めて捉える概念化も提案されている(Zeithaml
1988)。
6)指数化対象企業は,(1)売上高を基準として,国
内に一定数以上の利用者が存在する企業を選定す
る。(2)選定した候補企業を一覧化し,一定のス
クリーニング条件を満たしたインターネット調査
モニターに対して,利用経験を確認する。(3)利
用経験者が多い企業から順に指数化対象企業とし,
当該企業のサービス利用経験に関する質問票調査
(約 110 項目)を実施した。実査は,第 1 回(2009
年 6-7 月)8 業界 64 社(コンビニエンスストア,衣
料品専門店,生活雑貨・家具専門店,ビジネスホ
テル,シティホテル,宅配便,携帯電話キャリア,
レジャー・イベント),第 2 回(2009 年 10-11 月)9
業界 108 社(百貨店,通信販売,旅行,国内長距
離交通,国際航空,銀行,生命保険,損害保険,
証券),第 3 回(2010 年 1-2 月)12 業界 119 社(ス
ーパーマーケット,家電量販店,ホームセンター,
ドラッグストア,飲料,カフェ,近郊鉄道,病院,
介護サービス,フィットネスクラブ,学習塾・通
信教育,クレジットカード,その他小売)に実施
された。総回答数の合計は 105,127 人。
7)ACSI の方法論については,American Customer
Satisfaction Index(ACSI): Methodology Report,
University of Michigan, April, 2005 が詳しい。
8)予測的期待や理想期待との一致ないし不一致は ,
概念的および理論的に見て満足そのものではなく,
むしろ先行要因として位置づけられるべきである。
9)ACSI においては,クチコミではなく,企業に対す
る苦情行動の有無が,満足の結果要因として焦点
となる。しかしながら,JCSI における予備調査で
は,日本人消費者の苦情の発生率はきわめて低く,
当該項目を欠損値として処理するか,平均値など
を代入するなどの処理を行わざるを得ない。クチ
コミであれ,苦情であれ,それら顧客の声の発生
率は業界によって大きく異なる他,フェイス・ト
ゥ・フェイスの口伝のコミュニケーションだけでな
く,掲示板,電子メール,ブログなどへの書き込
みも含めて,そのメディアも多岐にわたるため,
クチコミを操作化する場合,何人に伝えたかを特
定するのも困難である。
10)6 つの構成概念に関する信頼性係数(Cronbach の
α係数)は,顧客期待.848,知覚価値.900,知覚価
値.906,顧客満足.916,クチコミ.849,ロイヤルテ
ィ.844 である。
11)前出 ACSI Methodological Report。
12)四象限に分けて戦略指針を導くことからインパク
ト・パフォーマンス・マトリクスとも呼ばれる。例
えば,Johnson and Gustafsson(2000),小野
(2010)を参照。
13)例えば,ACSI10 年史では,1994 年∼ 2004 年まで
の CSI の動向を詳細に分析されている(Fornell et
al. 2005)
。
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マーケティングジャーナル Vol.30 No.1(2010)
小野 譲司(おの じょうじ)
明治学院大学 経済学部 教授
専攻:マーケティング,サービス・マネジメント。
主な著訳書:『顧客満足[CS]の知識』(日経文庫),
『消費者・コミュニケーション戦略:現代のマーケテ
ィング戦略④』(共著,有斐閣),『仕組み革新の時
代』(共著,有斐閣),『顧客資産のマネジメント:
カスタマー・エクイティの構築』(監訳,ダイヤモン
ド社),『バリュー・プロフィット・チェーン:顧客・
従業員満足を「利益」と連鎖させる』(共訳,日本
経済新聞出版社)など。
略歴:慶應義塾大学大学院経営管理研究科博士課程
単位取得,2000 年,博士(経営学)を取得。明治学
院大学経済学部専任講師,助教授,准教授などを経
て,2010 年より現職。サービス産業生産性協議会
CSI 開発ワーキングループ主査。
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