平成 14 年度研究報告 HDR 症候群患者で同定された変異 GATA3

平成 14 年度研究報告
研究テーマ
HDR 症候群患者で同定された変異 GATA3 遺伝子
の機能解析および GATA3 の性腺における発現
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GATA3 の機能解析と性腺における発現
旭川医科大学
研究生
向井 徳男
現所属:旭川医科大学
小児科学講座
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✻ サマリー ✻
副甲状腺機能低下症、感音性難聴、腎形成不全を三主徴とする常染色体優性遺伝形式の
稀な疾患である HDR 症候群の患者において原因遺伝子である GATA3 の遺伝子解析を行
ったところ、新規のミスセンス変異 (p.G260S) を同定した。これまでの報告例にミスセ
ンス変異は少なく、変異体の機能解析としてルシフェラーゼアッセイを用いて転写活性
化能について検討した。その結果、新規変異 G260S および既報告の W275R ともに転写活
性化能の低下を認めた。両変異ともに GATA3 に 2 カ所ある Zn finger のうち N 末端側の
Zn finger 内部における変異であることから、DNA 結合、もしくは相互作用因子として同
定されている FOG (Friend of GATA) との結合に影響している可能性が考えられた。
また、この症例に特徴的な点は原発性性腺機能低下症を合併していることであり、これ
までのところ HDR 症候群に性腺機能低下を合併するとの報告はなく、GATA3 遺伝子の変
異が性腺機能に及ぼす影響に関してもこれまでのところ報告はない。さらに性腺におけ
る GATA3 の発現に関する報告もない。そこで、成獣マウスの組織を用いて RT-PCR 法に
より性腺における Gata3 の発現について検討した。その結果、マウス性腺における Gata3
の発現量は雌雄ともにごく微量なものであった。ヒト性腺における GATA3 の発現に関す
る報告はないため推測の域を出ないが、少なくともマウス Gata3 の性腺における機能は限
定的なものと考えざるを得なかった。
✻ 研究報告 ✻
【緒
言】
HDR 症候群 (MIM146255) は副甲状腺機能低下症、感音性難聴、腎形成不全を三主徴とす
る常染色体優性遺伝形式の稀な疾患である 1)。2000 年に GATA3 遺伝子のハプロ不全が本症
候群を引き起こすことが報告された 2)。ヒト GATA3 遺伝子は 10p15 に位置し 3)、6 個のエ
クソンから構成され、約 17kb の DNA に 443 アミノ酸がコードされている 4)。GATA3 は (A/T)
GATA (A/G) のコンセンサス配列に結合する zinc finger タイプの転写因子 GATA ファミリー
の一員であり、血球系の細胞や腎臓、内耳、副甲状腺、中枢神経、胸腺などでの発現が報
告されている 5)。
これまでの GATA3 異常報告例においては、そのほとんどがナンセンス変異やフレームシフ
ト変異、欠失型変異であり、ミスセンス変異は 1 報告 (W275R) しか存在しない 6)。
Gata3 ノックアウトマウスの報告 7)では造血障害および中枢神経の形成異常を起こすために
胎生致死となってしまうことから、その他の臓器における Gata3 の機能に関しては未知の状
態である。
我々はこの HDR 症候群を呈する 2 家系 3 症例において GATA3 遺伝子解析を行い、遺伝子
変異を見出した。このうちの 1 症例に関してはこれまでに報告のない新規の変異であり、2
カ所ある zinc finger のうち N 末端側の 1st zinc finger 内のアミノ酸変異を引き起こすミスセン
ス変異 (p.G260S) であった (図 1)。両親には遺伝子変異は認めず、de novo の遺伝子変異
と考えられた。また、この症例に特徴的な点は原発性性腺機能低下症を合併していること
であり、これまでのところ HDR 症候群に性腺機能低下を合併するとの報告はなく、GATA3
遺伝子の変異が性腺機能に及ぼす影響に関してもこれまでのところ報告はない。性腺にお
ける GATA3 の発現に関する報告もない。
そこで、本研究においては同定した新規遺伝子変異の機能解析と、マウス性腺における
Gata3 の発現について検討した。
【方
法】
① 変異 GATA3 の機能について
COS-7 細胞を用いたルシフェラーゼアッセイを行い、転写活性化能について検討した。ル
シフェラーゼレポータープラスミドとして、GATA 結合配列の 3 回繰り返しを有するものを
用いた。GATA3 発現ベクター (pSSRα-hGATA3) については野生型を鋳型として、
site-directed mutagenesis によりミスセンス変異 2 種類 (G260S、W275R) を作製した。ヒト
正常 GATA3 ないしは変異 GATA3 の発現ベクターをリポフェクション法にてトランスフェ
クトして行った。
② マウス性腺における Gata3 の発現について
Mouse Gata3 に対する PCR プライマーを、GATA 因子間で比較的相同性の低い領域でイント
ロン 1 を挟み込むように設計した。このプライマーを用いて、10 週齢のマウスから摘出し
た組織より抽出した total RNA をテンプレートとして RT-PCR を行った。
【結
果】
① COS-7 細胞を用いて行ったルシフェラーゼアッセイにより、G260S、W275R ともに野生型
GATA3 に比して転写活性の量依存的活性化能が著しく損なわれていた (図 2)。
② 精巣と卵巣での Gata3 の発現はほぼ同程度の、ごく微量な発現しか検出することができなか
った (図 3)。
【考
察】
転写活性化能については検討した 2 種類のミスセンス変異ともに著しい機能低下を示した。
両変異ともに N 末端側の Zn finger 内部における変異であることから、DNA 結合、もしくは
相互作用因子として同定されている FOG (Friend of GATA) との結合に影響している可能性
が考えられた。今後は FOG との結合能について yeast two-hybrid 法などを用いて検討を加え
ていきたいと考えている。
また、マウス性腺における Gata3 の発現量は雌雄ともにごく微量であった。ヒト性腺におけ
る GATA3 の発現に関する報告はないため推測の域を出ないが、少なくとも Gata3 の性腺に
おける機能は限定的なものと考えざるを得なかった。
(図 1) 新規 GATA3 遺伝子変異:codon260 のヘテロ変異 GGC (Gly)->AGC (Ser)
(図 2) ルシフェラーゼアッセイ
6
Fold activation
5
4
3
2
1
0
mock
WT-GATA3
G260S
W275R
(図 3) RT-PCR
Primer
ZF1
ZF2
E 3
E 4
mouse Gata3
N-
-C
E 1
E 2
E 5
Mouse
Gata3
4.0e-2
ng / µg total RNA
E 6
2.0e-2
0.0e-0
Testis
Ovary
Male
Female Female
Adrenal Adrenal Liver
Female
(10wk-old)
Kidney
2.0e-3
1.0e-3
0.0e-0
Mouse
Gapdh
<参考文献>
1. Bilous RW, Murty G, Parkinson DB, Thakker RV, Coulthard MG, Burn J, Mathias D,
Kendall-Taylor P: Autosomal dominant familial hypoparathyroidism, sensorineural deafness,
and renal dysplasia. New Eng. J. Med. 327: 1069-1074, 1992
2. Van Esch H, Groenen P, Nesbit MA, Schuffenhauer S, Lichtner P, Vanderlinden G, Harding B,
Beetz R, Bilous RW, Holdaway I, Shaw NJ, Fryns JP, Van de Ven W, Thakker RV, Devriendt
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3. Joulin V, Bories D, Eleout JF, Labastie MC, Chretien S, Mattei MG, Romeo PH: A T-cell
specific TCR delta DNA binding protein is a member of the human GATA family. EMBO J.
10: 1809-1816, 1991
4. Labastie MC, Bories D, Chabret C, Gregoire JM, Chretien S, Romeo PH: Structure and
expression of the human GATA3 gene. Genomics 21: 1-6, 1994
5. Debacker C, Catala M, Labastie MC: Embryonic expression of the human GATA-3 gene. Mech.
Dev. 85:183–187, 1999
6. Muroya K, Hasegawa T, Ito Y, Nagai T, Isotani H, Iwata Y, Yamamoto K, Fujimoto S, Seishu S,
Fukushima Y, Hasegawa Y, Ogata T: GATA3 abnormalities and the phenotypic spectrum of
HDR syndrome. J. Med. Genet. 38: 374-380, 2001
7. Pandolfi PP, Roth ME, Karis A, Leonard MW, Dzierzak E, Grosveld FG, Engel JD,
Lindenbaum MH: Targeted disruption of the GATA3 gene causes severe abnormalities in the
nervous system and in fetal liver haematopoiesis. Nature Genet. 11: 40-44, 1995