特集 - 株式会社 東美

「世界」を相手にビジネス展開!
「世界
「世界」を相手にビジネス展開!
特集
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─グローバルな視野でチャンスをつかめ
印刷会社の海外事業を考える
─グローバルな視野でチャンスをつかめ
印刷会社の海外事業を考える
シンガポールへ進出し現地需要開拓
─ ノウハウ活かし日本企業の海外展開支援へ
㈱ 東美
製版会社としてスタート
国系が74%,マレー系が13%,インド系が9%を占める
し,市場環境の変化の中で
多民族・多言語国家を形成している。
印刷物全般にわたる提案か
同国をアジア進出の足掛かりとした背景について長妻
らデザイン・Web制作まで
専務は,
「国内市場の低迷やビジネスのグローバル化も
手掛けるようになった株式
海外進出を決めた背景にあるが,シンガポールに注目し
会社東美(堀内哲社長,東京
たのは,同国があらゆる産業分野の競争力強化と多国籍
都新宿区)では,2012年8
月からシンガポールへ進出
堀内社長
企業の誘致を推進しており,これから世界で人の集まる
場所として期待できるためだ。当初はドバイやベトナム
し,
「TOUBI SINGAPORE PTE LTD.」を設立して
も候補に考えていたが,シンガポールはアジアの入口で
現地需要の開拓に着手。デザインを武器に,印刷はロー
もあり,タイやインド,マレーシアなど周辺諸国のハブ
カルのパートナー企業と協力関係を結び,チラシ・パン
としても機能できると考えた」と語る。
フレットをはじめ,のぼり,カッティングシートから展
2012年10月,シンガポール進出にあたって現地に赴
示会ブースの設営まで,多岐にわたるメディア製作の実
いたのは,堀内社長と小嶋氏の2人。もともと,堀内社長
績を残してきた。同社ではこのほど,こうした海外事業
は日本からアジア各国の活性化を支援する一般社団法人
展開のノウハウを基に,日本企業のシンガポール進出サ
「日本アジアビジネス協会」の文化交流委員会で委員長を
ポート事業を開始。PRの第一弾として,今年1月28
務めており,同協会会員との交流を通じてアジア経済の
日・29日に東京ビッグサイトで開催された「イベント
リサーチを進め,海外進出の心得を学んでいた。対して,
JAPAN2014」に出展した。近年,中国に続く世界の工
小嶋氏は米国でデザイナーとして働いていた経験を活か
場として注目の集まる東南アジアで,日本の印刷会社は
どのような強みを発揮できるのか,長妻民康専務取締役
と現地法人でデザイナーとして働く小嶋陽氏に話を聞い
た。
アジアのハブを拠点に
デザイン力を売り込む
シンガポールは,マレー半島の最南端に位置し,東京
23区と同程度の約716平方キロメートルの面積を持つ共
和国である。日本の輸出相手国としては,2012年の財務
省貿易統計で7番目に位置する。人口540万人のうち中
26 印刷情報・2014・3
長妻専務(左)と小嶋デザイナー
シンガポールへ進出し現地需要開拓
─ ノウハウ活かし日本企業の海外展開支援へ
現在はマンションの居間をオフィスとして利用しながら、常駐 2 名と日本からの研修社員で業務を行っている
し,デザイナー兼渉外役として堀内社長をサポートする
ことになったのである。
異業種交流会を足掛かりに顧客開拓
印刷会社が海外進出する際には,顧客である日本企業
現地法人設立から約1年半を迎え,現地の仕事は徐々
の海外進出に伴って現地法人を立ち上げ,日系企業との
に安定して利益が得られるようになってきたという。し
仕事を起点に事業を拡大させていく例が多い。しかし,
かし,現在に至るまでには,日本との商習慣の違いに悩
東美がターゲットとしたのは現地に根付くネイティブ企
まされることも多かった。
業で,目指したのは独自のネットワークを築き顧客開拓
「まず,現地の人はとにかく時間にルーズな方が多い。
していくこと。その際に提案の主軸としたのは,日本品
打ち合わせの時間に遅れてくることもあれば,頼んだ印
質のデザイン力とサポート体制である。自社で設備を持
刷物が納期ギリギリまで刷り上がらず,タクシーで工場
つのではなく,印刷はローカルの印刷会社と提携し,自
まで引き取りに行ったこともあった。また,デザインの
らは企画・デザインに特化してフットワーク軽く動ける
見積もりの際には,1000シンガポールドルを提示した
体制作りに専念した。
ら『40シンガポールドルでできないか』と無理な注文を
小嶋氏はシンガポールで営業展開してきた手ごたえに
され断らざるを得ないこともあった。1シンガポールド
ついて「シンガポールは生産国ではないため,国内で販
ルが80円前後なので,当然そのような仕事を請けていた
売する商品を輸入に頼ってきた。だからこそ,Made in
ら仕事として成り立たなくなる」
(小嶋氏)
Japan品質に商業的価値が残っている。たとえば,シン
こうした状況下で,手当り次第に飛び込み営業を繰り
ガポールの公用語は英語や中国語なのに,スーパーに並
返しても優良顧客とは出会えない。東美が新規開拓の切
ぶ製品は,日本製であることをアピールするため,包装
り口としたのは,日本でも参加していた世界規模の異業
にわざと日本語が残されている。多民族・多国籍国家で
種交流会「BNI」のシンガポールグループであった。
外部の人・物を受け入れやすい環境にあることだけでな
BNIは,1985年に米国で設立され,現在世界で約55
く,市場における日本品質への期待が大きいからこそ,
ヶ国に6500以上のチャプターと呼ばれる20人から60人
丁寧に仕事をしていくことで信頼関係が生まれやすい」
ほどのグループを組織している。チャプターには各専門
と述べた。
分野から1名が参加できる条件になっており,参加者は
定例会で互いのビジネスに役立つ仕事や人脈を紹介し合
い,相互のビジネス拡大を目指す仕組みになっている。
東美が所属したシンガポールのBNIグループでは,日
印刷情報・2014・3 27
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「世界 を相手にビジネス展開!
「世界」
─グローバルな視野でチャンスをつかめ
印刷会社の海外事業を考える
ガポール国民が居住していると言われる。購入時に国か
ら補助金が出る制度もあり,一般にはシンガポール国民
でなければ入居できないと思われがちだが,特定の条件
が揃えば外国人も賃貸で入居でき,最近は設備の整った
建物も増えていることから,ビジネスパーソンの利用に
も耐える環境が整備されているという。現在は受注を順
調に増やし,オフィススペースを広く使えるマンション
へと移転したが,こうした人と人とのつながりが現地法
個性派揃いのシンガポール BNI メンバー
人の立ち上がりを円滑に進められた背景にあったことは
想像に難くない。
一番の障害となったのは,BNIのネットワークから外
本人は堀内社長と小嶋氏の2人のみ。当初はアウェイの
に出た時に,新しい顧客からどのようにして信頼を得て
環境にあったが,日本におけるBNIでの活動実績も手伝
いくか。当然,過去の実績が重視されるほか,一つひと
い,定例会に参加を続けるなかで他者との信頼関係を深
つ顧客の要望を聞いて,できるだけ期待に応えていく努
めていった。
力を惜しんでは次に繋がらない。日本企業であることは
また,シンガポール進出後の初仕事が,BNIグループ
アドバンテージになる一方で,やはり現地企業にとって
内で紹介されたコンサルタントの手伝いだったことも,
外資系として捉えられるのはもちろん,発注するからに
その後のビジネスに大きな影響を与えることになったと
は相応のクオリティを求めてくるためだ。
いう。小嶋氏は「先方は企業に対してコーチングの指導
特に「口コミによる評価の拡がりが事業展開に欠かせ
を行っている方で,依頼されたデザインを形にする過程
ないのは日本と同様だ」と小嶋氏は語る。最近では,噂を
で,われわれにもシンガポールで仕事をするうえでのポ
聞きつけた日系企業からの依頼も増えた。現地の商工会
イントを教えてくれた。英語と中国語が飛び交う現地の
議所で取引先の裾野を広げている成果でもあるが,
「シ
異業種交流会でも少しずつビジネスライクな話ができる
ンガポールにはデザインに特化して現地法人を立ち上げ
ようになり,一つひとつの仕事を丁寧にこなしていくこ
る日本企業は少なく,日本語でコミュニケーションの取
とで,紹介の輪に加われる機会も増えていった」と振り
れるデザイン会社がほしいというニーズを強く感じる」
返る。
(小嶋氏)
現地のオフィスも,BNIのネットワークで知り合った
不動産屋を介して契約したものだ。通常,シンガポール
に企業が進出する場合,まずは市街地に近いレンタルオ
展示会出展サポートの経験を国内へ逆輸入
フィスを借りて拠点にすることが多いが,実際に見学し
デザインを軸に提案を続けていると,印刷物以外の仕
たところ,机2脚を置ければ精一杯のスペースでも家賃
事も舞い込むようになる。その一つが展示会でのブース
20万円ほどがかかる。現地で安定した売上が得られない
設営だった。顧客の要望をヒアリングして,ブースを押
うちは,固定費をできるだけ抑えたいと考えるのは自然
さえる所から請け負い,会場で使うパンフレットやパネ
なことだろう。
ル,のぼりの製作はもとより,集客用のWebサイト構築
さまざまな候補地を検討した結果,最初の拠点とした
まで引き受けた。時には素材の撮影から依頼されること
のは住宅開発局(Housing & Development Board,
もある。これが,新たに提案を開始した日本企業のシン
通称HDB)が運営する日本の公団住宅に近い建物だっ
ガポール進出サポート事業へと結びつく。
た。HDB住宅は,シンガポール政府が国民への持ち家
扱う商材が増えれば,ローカルの製造業とパートナー
購入奨励のために建設している住宅で,その8割にシン
シップを結び,商品提供を確実なものにしていかなくて
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シンガポールへ進出し現地需要開拓
─ ノウハウ活かし日本企業の海外展開支援へ
現地印刷会社への発注は,印刷に立ち会い品質を確認
日本企業のシンガポール進出サポート事業では,展示会に必要なバナー
やパンフレット・チラシのほか,説明員の派遣などトータルなサポート
体制を実現
はならない。このパートナー企業についても,BNIのネ
は日本でも制作しているが,現地の人が持つ感覚は,実
ットワークに「良い会社を紹介してくれないか」と投げ
際に足を運ばないと身につかない。デザイン部署の社員
かけて開拓していった。現地の印刷物は,オフセット印
に全員一度は研修に参加してもらいたいと考えているほ
刷だけでなくパネルの製作やオンデマンド出力にも対応
か,他の部署の者でも希望者は積極的に送り出していき
する総合印刷会社に発注しているが,品質面で問題にな
たい」と語る。
ることはないという。
今後の展開については,
「英語が堪能でなくても,共通
東美のシンガポール進出サポート事業は,現地の展示
語である印刷用語がわかれば,現地での印刷手配も可能
会への出展を通じて市場の反応を探り,販路開拓へ進む
だ。現地でのデザイン業務を今以上に拡大させていくこ
道筋をつけるまでが対象範囲となる。具体的には,市場
とはもとより,日本の通販会社の海外販路開拓を支援し
の事前リサーチから出展すべき展示会の選定,ブースデ
ていきたい。2年間は先行投資として社内的にも考えて
ザイン,販促ツールの作成,会期中のアテンド,商談に
いたので,3年目から現地の仕事でしっかり利益を確保
発展しそうな来場者へのアプローチまでをワンストップ
しながら事業を拡大していけるよう,ニーズの把握と社
で提供する。要望に応じて展示会終了後もアンケートの
内のグローバルな人材の育成に努めたい」と展望した。
集計や来場者から来た問合せの翻訳,現地代理店候補と
なお,編集部に届いた現地で営業活動を進める堀内社
の交渉,輸入代行からECサイトの構築までフォローし
長のコメントでは,
「日本の印刷会社が持つコンテンツ
ていく。昨年3月に日本の飲料メーカーの展示会出展を
の売り込みを強化しており,たとえば日本でメニューカ
支援した際には,ブース設営からブースの販売員の派遣,
バーを作っている会社と協力して,シンガポールの日本
サンプル商品の管理などを受け持ち,
『真剣に日本製品
食レストランに中身のメニューデザインを一緒に提案す
の取り扱いを検討している』という来場者からの好意的
るなど,日本ならではの印刷関連技術を東南アジアに売
な意見を引き出した。
り込んでいきたい」という方針が語られた。
長妻専務はこうした成果について「現在,シンガポー
アジアのハブであるシンガポールを起点に,東美が橋
ルでも一定の利益を得られるようになったので,日本か
渡し役となり日本のものづくりの力を発信していく試み
ら月に1人のペースで社員をシンガポールに送り出し研
が,どのようなビジネスを産み出していくのか注目され
修を行っている。堀内が営業活動を進め,小嶋が営業サ
る。
ポートやデザインの実務を担当するにしても,2人だけ
では限界がある。シンガポールで受注したデザイン業務
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