【経営学論集第 86 集】自由論題 (41)地域金融機関と競争地位戦略 ――北九州市における 4 行庫の比較から―― 久留米大学 髙 橋 宏 幸 【キーワード】地域金融機関(regional financial institution),金融サービス(financial service),競争地位戦略 (competitive position) ,マーケティング(marketing),カスタマー・リレーションシップ(customer relationship) 【要約】Kotler, P.(2000)は,量的経営資源と質的経営資源の 2 つの側面から,業界内でのポジションに応じて企 業が採るべき戦略を類型化した。 「この市場地位による競争戦略の概念を用いれば,地域金融機関でも企業規模によ って戦略に差が出るのは当然である」という意見が学界内の一部に存在する。しかし,北九州地域に本社もしくは 地域本部機能を置く地域金融機関の分析から,競争地位戦略の示唆することが戦略の相違を生み出しているのでは なく,規模の制約の有無,従来企業と新規参入企業という位置が影響していることが明らかになった。つまり,企 業規模が大きければマスメディアや先端的な営業支援システムを利用した戦略,規模が小さければ営業職員による 個別展開に重点を置いた戦略に重点を置く戦略をとるといったように,戦略上の相違は見られるが,それは必ずし も競争地位戦略理論に即しているからではない。 1.は じ め に 福岡県北九州市は政令指定都市の中で最も高齢化が進み,人口も減少傾向にあるなど,新たな金融機関 が進出するうえで良好な市場環境とは言い難い。しかし,そうした経済状況の下で,また新規参入が珍し い地方銀行業界の中にあって,北九州市を本拠とする北九州銀行が新たな銀行として誕生した。北九州銀 行の誕生により,それまで人口が増加する福岡市へ事業の軸足を徐々に移そうとしていた福岡銀行と西日 本シティ銀行は,北九州地域での戦略を変更せざるを得なくなった。さらに,北九州銀行の新規参入によ り競争が激化した結果, 「北九州金利」と呼ばれるほど貸出金利水準が低下するなど,その動向は全国的 にも注目されるようになったのである。 銀行業界は従来,規制が厳しいために経営の自由度がほとんどなかった。しかし,1990 年代末から金 融自由化が進行する中で,各金融機関の経営の自由度が増し,経営戦略の差異が預貯金および貸出金の残 高シェアに影響を及ぼすようになってきた。このため,最近では経営戦略の一環としてマーケティング戦 略を積極的に導入する金融機関が増えているが,金融サービス業におけるマーケティング戦略はまさに北 九州のような競争の激しい地域でこそ,より重要になってきているのである。 そこで本稿では北九州市を経営地盤とする銀行・信用金庫を取り巻く地域経済環境の分析を踏まえ,競 争地位戦略(Kotler, P. 2000)が示唆する内容は地域金融機関の競争戦略においても成立するのかについて, 各金融機関のマーケティング戦略も踏まえながら比較分析を行う。 (41)-1 2.既存研究のレビュー 2-1.企業の成長戦略に関する研究 例えば,Ansoff, H. I.(1957)は,製品と市場という 2 つの軸を使い,新規か既存かによって,企業の 成長戦略を 4 つに分類する。具体的には, (1)既存市場で既存製品のマーケティング活動を強化する「市 場浸透戦略」 , (2)既存製品を新市場に投入する「市場開拓戦略」 , (3)既存市場を対象に新製品を投入す る「製品開発戦略」 , (4)製品も市場も当該企業にとって新しい「多角化戦略」である。 一方,Porter, M. E.(1980)は,業界での競争を激化させる要因を,買い手の交渉力,売り手の交渉力, 新規参入業者の脅威,代替品・サービスの脅威,業者間の敵対関係という 5 つの諸力(Five Force)として 抽出する産業組織論的アプローチの方法をとる。 Kotler, P.(2000)は,量的経営資源と質的経営資源の 2 つの側面から,業界内でのポジションに応じて 企業がとるべき戦略を 4 つに類型化している。すなわち,リーダー(フルライン戦略),チャレンジャー(差 別化戦略),フォロワー(模倣追随戦略),ニッチャー(ニッチ戦略)である。 2-2.サービス・マーケティングに関する研究 サーバクション・アプローチは,全体のサービス提供システムを可視的環境と不可視的環境に区分する (Langeard, et al. 1981)。このアプローチによると,顧客から見て金融サービスが提供されるカウンターや 接客を行う従業員は可視部分,後方支援を行う従業員やバックルームなどは不可視部分となる。 Booms and Bitner(1981)は,いわゆる製造業者が顧客に影響を及ぼすことができるマーケティング変 数(Product,Price,Place,Promotion)をサービス業に拡張したマーケティング・ミックス・アプローチ の手法を採用する。つまり,伝統的なマーケティング・ミックス(4P)に,デザインや視覚的効果などの 有形化(Physical Evidence),サービス提供の手順やスケジュールといったサービス提供過程(Process), 従業員のパフォーマンスやマナーなどを含む参加者(Participants)という 3 つの要素を追加する(7P)。 他方,サービスの構成要素を演劇作品の概念で用いられる役者,観客,舞台装置,表舞台,舞台裏など のアナロジーで説明するのが Grove and Fisk(1983)によるサービスの劇場アプローチである。サービス の提供プロセスを,あたかも演劇の上演のように進行するものととらえ,舞台装置(サービスの設備)は演 劇の上演(サービス行為・経験)が行われる場であり,役者(従業員)は観客(顧客)のために共同でサービ ス経験(演劇)を作り出す登場人物である。舞台装置の設計や表示(サービスの物的環境)は,役者(従業員) と観客(顧客)双方のサービス経験の良し悪しを決定づけるものとされる。 3.事例研究と調査方法 本研究では福岡県北九州市を分析対象とする。上述のように,北九州市は政令指定都市の中で高齢化と 人口減少が最も進んでおり,金融経済環境は極めて厳しい状況にある。そうした中,山口フィナンシャル・ グループの子会社として,山口銀行の九州内の支店を引き継ぐ形で,2011 年,北九州銀行が誕生した。 同行の誕生により,人口が減少する北九州市エリアから人口増が続く福岡市エリアに資源配分を移そうと する福岡銀行や西日本シティ銀行など他行の戦略に影響を与え,もともと北九州市エリアで事業展開を行 っていた福岡ひびき信用金庫などを含めた金融機関同士の競争を刺激することとなった。実際,競争激化 の影響は「北九州金利」と呼ばれる貸出金利水準の低下などに現れている。以上のように,北九州市は新 規参入企業の戦略や相対する従来企業の対応戦略が観察でき,大小の地域金融機関が存在するなど,さま ざまな側面からの考察が可能である。 調査の手法は,北九州市内に比較的に多くの店舗が存在し,本拠地域にしていると見られる福岡銀行, 西日本シティ銀行,北九州銀行,福岡ひびき信用金庫を選定し,各行庫の本部(経営企画または営業企画部 門の担当部長クラス)を訪問し,1~2 時間インタビュー形式で調査を行った。特に,新規に参入した北九 州銀行については,支店(ひびきの支店,直方支店)にも訪問し,支店長にヒアリング調査を行った。さら に,システム&コンサルティング会社である SAS Institute Japan を訪問し,イベント・ベースド・マー ケティング(EBM)の金融機関への導入実態についても調査した。なお,調査期間は 2013 年 8 月から 2014 (41)-2 年 3 月である。さらに,これらオンサイト調査に加え,各行庫のディスクロージャー誌,各種統計からデ ータや情報を収集し,北九州市を取り巻く経済金融動向について文献調査を行った。 4.考 察 4-1.総資産規模・店舗数による比較 福岡県における競争環境は,預金では福岡銀行が 25%,西日本シティ銀行が 19%,北九州銀行が 2% 程度のシェアとなっている。貸出残高では福岡銀行が 31%,西日本シティ銀行が 25%,北九州銀行が 4% 程度である。福岡銀行と西日本シティ銀行が福岡県内では大きなシェアを持つ 2 強のように見られるが, 西日本銀行と福岡シティ銀行が 2004 年に合併する以前は,いわば福岡銀行が頭一つ抜け出した形で地位 を占めていた。西日本シティ銀行が合併し誕生したことで,トップの福岡銀行を西日本シティ銀行が僅差 で追い上げているというのが福岡県における銀行間競争のイメージである。その中で,2011 年,北九州 銀行が新たに北九州市に誕生したのである。 表1 分析対象とする 4 行庫の概要 福岡銀行 西日本シティ銀行 北九州銀行 福岡ひびき 信用金庫 本社 所在地 福岡市 中央区 福岡市 博多区 北九州市 小倉北区 北九州市 八幡東区 総資産額 11 兆 5,353 億円 8 兆 3,475 億円 1 兆 128 億円 7,019 億円 従業員数 3,622 名 3,834 名 384 名 611 名 設立年 1945 年 1944 年 2011 年 1924 年 備考 親会社はふくおか FG,傘 下に親和銀行(長崎),熊 本銀行などを有する。 2004 年に福岡シティ銀行 と合併。06 年豊和銀行(大 分)へ出資し業務提携。 親会社は山口 FG,傘下 に山口銀行,もみじ銀 行などを有する。 2001 年に北九州八幡信用金 庫と若松信用金庫が対等合 併して発足。 (出所)各行庫のホームページおよびディスクロージャー誌より筆者作成。 (注)総資産額,従業員数は 2015 年 3 月時点(単体ベース)。 表2 北九州市区別における 4 行庫の店舗展開 福岡銀行 西日本シティ銀行 北九州銀行 福岡ひびき信用金庫 小倉北区 7 9 3 4 小倉南区 5 4 3 3 戸畑区 1 1 1 3 門司区 2 2 2 4 若松区 4 3 2 6 八幡東区 2 3 1 6 八幡西区 5 6 3 10 合計 26 28 15 36 (出所)各行庫ホームページより筆者作成。 (注)店舗数は 2014 年 2 月時点。なお店舗数には出張所および代理店は含まれていない。 北九州市は政令指定都市であるため,他県から進出する金融機関も多い。3 大メガバンク(みずほ,三菱 東京 UFJ,三井住友),3 大信託銀行(みずほ信託,三菱 UFJ 信託,三井住友信託)も支店を構えるほか,広島 銀行,佐賀銀行,大分銀行なども支店を開設している。北九州地域に本社もしくは地域本部機能を置き, 福岡県を主な営業地盤とする 4 行庫(福岡銀行,西日本シティ銀行,北九州銀行,福岡ひびき信用金庫)は地元 であるため支店数も多く,福岡銀行 26 支店,西日本シティ銀行 28 支店,北九州銀行 15 支店,福岡ひび き信用金庫 36 店をそれぞれ設置している(表2参照)。 (41)-3 表3 各行庫における顧客セグメンテーション エリアセグメント 資産セグメント 福岡銀行 6 ブロック制 総資産残高で分類 西日本シティ銀行 5 ブロック制 預かり資産全体で分類 北九州銀行 「面」 .人口増加地域に注力 スコア換算により評価 福岡ひびき信用金庫 中小零細企業,個人事業者,個人顧客に分類 (出所)各行庫へのインタビューより筆者作成。 表4 各行庫におけるターゲティング戦略の特徴(概要) 戦略の特徴 福岡銀行 西日本シティ銀行 北九州銀行 福岡ひびき信用金庫 ・イベントを意識したキャンペーンの実施 ・低リスクの投信商品・証券子会社との連携 ・顧客層に応じた担当者の配置・チャネル選択 ・低リスクの投信商品 ・年金受給者向けサービス(金利上乗せ) ・高リスクの投信商品は証券会社に紹介 ・中小企業の若年層向けイベントの開催 ・後継者(次期オーナー)の囲い込み ・低リスク投信商品の品ぞろえ (出所)各行庫へのインタビューより筆者作成。 (注)特徴的と思われる点をピックアップしたもの。 これらの状況を競争地位戦略の枠組みに当てはめた場合,リーダーは総資産規模で見れば福岡銀行であ るが,店舗数で見れば西日本シティ銀行となる。また,Kotler, P.(2000)は,リーダーの特徴の 1 つとし て業界全体の利益が低下しないように,価格競争をしないこと(いわゆる「リーダーの非価格対応」)を挙げ ているが,北九州市における金融機関の間で,価格競争が起き,価格低下(すなわち金利低下)に歯止めを かけることはできなかった。つまり,どの金融機関もリーダーとしての要件を満たしていない可能性があ る。 4-2.セグメンテーション・ターゲティングによる比較 セグメンテーションに関し,4 行庫とも店舗立地と各支店の担当地域により,小倉(北・南),八幡,折 尾,黒崎といった北九州を 4 ないし 5 つ程度のエリアに分割して管理している(表3参照)。そして,この エリア設定を基盤として,個人顧客については投資信託や保険を含む総資産または残高ベースによって, ①5,000 万円以上,②1,000 万~5,000 万円,③1,000 万円以下,法人顧客については大企業・中小企業・ 個人事業者といったセグメンテーションを行っている。 セグメンテーションについて,4 行庫で特徴は異なるが,相違があると断定するには至らない。たしか に,規模の差異は存在するが,例えばリテール業務においては規模に関係なく金融サービスを提供してい る。もし,ニッチャーが存在するなら,自らの顧客ターゲットとなるセグメンテーションをより細かくセ グメント化する可能性が高いが,実際にはそうした傾向は見られない。 一方,ターゲティングに関し,全般的に,個人顧客のうち大部分を占めるマス層は決済や貯蓄が中心で 口座振替や引き落としに関する手数料収入が安定的な収益源となっている。収益性の高い投資信託は基本 的には自行で対応しているが,リスク性の高い商品については傘下あるいは提携先の証券会社に取り次い で対応している(表4参照)。 高齢化・人口減少とともに新規顧客の獲得が難しくなる中,既存顧客との関係性の向上(カスタマー・リ レーションシップ)が鍵を握ると考え,顧客満足度の向上,地域密着による差別化を模索している。具体的 には,個々の営業員(渉外担当を含む)が顧客と濃密な関係を構築することで,顧客情報の蓄積と個々の顧 客のニーズに合ったサービス提供を行っている。近年,効果的なターゲティング手法として,上述の EBM を取り入れる動きが見られる。EBM では顧客の取引状況や個人属性の変化に着目し,例えば,新入社員 の口座開設,住宅ローン・教育ローン,年金受給といったライフイベントや,住所変更手続き・クレジッ (41)-4 ト利用額の動向などライフスタイルの変化をとらえ,顧客に合った金融商品を適切なタイミングで勧める もので,上位の地方銀行の間で取り入れられてきている手法である。 4 行庫はいずれもセグメント化された顧客の中で,それぞれ商品・サービス提供の内容を変えて競争を 行っている。しかし,特定の顧客層を対象とした戦略はとられていない。つまり,ターゲティングにおい ても 4 行庫であまり違いはないと言える。ただし,北九州銀行は後述する ATM 戦略と組み合わせながら 新規顧客としての若年層にやや重点を置いた戦略をとっている。また,福岡銀行,西日本シティ銀行では EBM を活用し,適切なセールスタイミングを知らせるような営業支援が見られる。 4-3.ポジショニングによる比較 これまで見てきたように,北九州地域では金融機関同士の競争が激化しており,金利面でのポジショニ ングが困難な状況にある。そこで,各金融機関が差別化を図るうえでどのような工夫をしているのかにつ いて,チャネル戦略とプロモーション戦略から分析する。 4-3-1.チャネル戦略による比較 店舗戦略では,新規出店戦略として将来的に人口増などの面で有望な営業地盤での出店が相次いでいる (例えば,若松区のひびきの地区など)。人口減少が進む北九州市であるが,新興住宅地開発が行われている 八幡西区では人口が微増ながらも増加するといった見方もあり,出店戦略・競争戦略では重要な地域とな りつつある。また 4 行庫の店舗環境の改善も進められており,ミドル・ローカウンターを増やし,相談業 務に重点を置いた配置に転換することや,キッズコーナーや多目的トイレの新設,ロビーの拡充,駐車場 の緑化など店舗環境に合わせたレイアウトの変更も行われている(表5参照)。 表5 各行庫のチャネル戦略の特徴 戦略の特徴 福岡銀行 西日本シティ銀行 北九州銀行 福岡ひびき信用金庫 ・ポテンシャルの高い地域への出店/既存店舗の地位の確立 ・北九州市内に 4 か所のローンセンター/ローンプラザ ・顧客層に応じた担当者の配置・チャネル選択 ・休日対応(支店,インストア・ブランチ) ・店舗はほとんどがローカウンター,あるいはミドルカウンター ・人口増加地域での出店 ・ATM 戦略 ・北九州市内で最大の店舗数を持つ地域金融機関 ・自前の ATM の多さ (出所)各行庫へのインタビューより筆者作成。 (注)特徴的と思われる点をピックアップしたもの。 個別に見ると,福岡銀行では,市内にすでに多くの店舗を抱えていることから,新規出店もあるが,既 存の店舗機能をさらに充実させることやローンセンター/ローンプラザを開設し,平日の時間外や休日の 対応を行っている。西日本シティ銀行の特徴としては,インストア・ブランチを展開していることであろ う。平日のみならず休日も営業することで顧客の利便性を高めている。北九州銀行は既存店舗が少ないこ とを逆手にとり,出店の際には従来からある店舗配置にとらわれない新しい立地選択ができている。例え ば,北九州市内の店舗ではないが,直方支店はショッピングセンターに隣接して開設されている。従来な ら金融機関の直方支店といえば,直方駅前にあることが通例であったが,人の流れが時代とともに変化し たことを鑑みた結果,直方駅から離れた当地を選定した。福岡ひびき信用金庫は表2にあるように,市内 の金融機関で最大の店舗数を誇る。他行庫と比較して顧客の利便性は高く,地域密着の拠点としても機能 している。 他方,ATM 戦略として,いわゆるコンビニ ATM との提携が挙げられる。2002 年 3 月に福岡銀行がセ ブン銀行と提携を開始(同行は 2005 年 7 月にイーネットとも提携)し,2003 年 7 月に福岡ひびき信用金庫が セブン銀行,2004 年 2 月に西日本シティ銀行がローソン・エーティーエム・ネットワークス(以下,ロー ソン ATM と略す)とそれぞれ提携を行った。その後,2011 年 10 月に北九州銀行がセブン銀行,イーネッ トと相次いで提携したのに伴い, 福岡銀行(2012 年 3 月,ローソン ATM と提携)および西日本シティ銀行(2012 年 5 月にセブン銀行,2013 年 9 月にイーネットと提携)も提携先を拡大した。中でも,新規参入行の北九州銀 (41)-5 行は既存店舗が少ないことを逆手にとり,ATM 利用手数料を無料にするなどコンビニ ATM を積極的に 活用している。コンビニ ATM は銀行の店舗をあまり利用しない若年層の顧客を開拓するうえでも有利な ツールとなっている。福岡銀行では,2013 年度下期に ATM 全台を新型へ入れ替える一方,2014 年 4 月 には同グループの熊本銀行,親和銀行 3 行の通帳を相互に利用できるようにするなど,グループ戦略を生 かした ATM チャネル強化を図っている。福岡ひびき信用金庫は自前の ATM が市内で最も多い。顧客の 多くを占める高齢者の中には,コンビニ内の ATM 利用に抵抗感がある顧客も少なくないために,自前の ATM は安心感や信頼性につながっている。 これらチャネル戦略に関連して戦略的提携がある。まず IC 乗車券や電子マネーとの連携が挙げられる。 例えば,福岡銀行や西日本シティ銀行は JR 九州系の SUGOCA,西日本鉄道系の nimoca といった IC 乗 車券にキャッシュ・クレジット・ローンカードとしての機能を付加したカードを発行し,顧客の利便性を 高めている。また,北九州銀行は山口フィナンシャル・グループ傘下である強みを活かし,貸出先に山口 県や広島県の顧客を紹介したり,リスク性の高い金融商品を求める顧客はワイエム証券に引き継いだりな ど,系列の山口銀行,もみじ銀行と連携したサービスを展開している。 チャネル戦略を競争地位戦略に当てはめた場合,ATM など金融サービスとして差別化が困難なチャネ ルについては,コンビニとの提携も含め,各行庫とも横並びの状態と言える。ただし,北九州銀行や福岡 ひびき信用金庫のように,自行庫の顧客層を踏まえた対応をとっているところもある。店舗戦略について も,新たなレイアウトが各店舗の更新時に順次投入されているが,各行庫で明確な相違は見られない。そ の一方で,出店エリアについて,例えば北九州銀行は駅前ではなくショッピングセンターの隣に開店する など,多少違いが見られる。 4-3-2.プロモーション戦略による比較 プロモーション戦略では各行庫とも個人顧客へのアピール,ブランドイメージの浸透と新規顧客の勧誘 を企図している。マス戦略としてのテレビ CM は福岡銀行と西日本シティ銀行が注力しており,福岡県全 域を対象として放映されている。従来から福岡県内全域をカバーする地方銀行である 2 行は,県内全般に プロモーションできる CM は有効な手段である。他方,現在のところ北九州市に集中して店舗が展開して いる北九州銀行と福岡ひびき信用金庫は,北九州市に集中して効果を発揮できるより絞り込んだ広告戦略 をとっている。特に,交通広告(例えば,西鉄バス,北九州市営バス,北九州都市モノレールや筑豊電鉄などにお けるラッピング広告,駅での大規模ポスター,階段展示など;北九州銀行)や新聞の折り込みチラシ(両行庫)に 力点を置いているのが特徴的である。 こうした多額の広告費を投入した大型の広告・宣伝が施行される一方,4 行庫とも顧客への信頼感・親 近感をアピールし,顧客のニーズに合わせ必要な金融サービスを適時提供するといった従来型の渉外活動 による地道な営業展開の重要性も認識しており,Face to Face の顧客関係構築に注力する傾向も見られる。 北九州銀行や福岡ひびき信用金庫では,いわゆるローラー作戦,すなわち家宅訪問を行うことも多い。ま た,各行庫とも地域密着重視の姿勢は崩さず,地域イベント(祭りやマラソン大会)への協賛,商店街活動 への参加,地元スポーツチームとのスポンサー契約,各種セミナー・マナー教室の開催などで地域貢献に 注力している。 プロモーション戦略を競争地位戦略の枠組みに当てはめた場合,福岡銀行・西日本シティ銀行と,北九 州銀行・福岡ひびき信用金庫で,特徴に相違が見られる。ただし,それは前者の総資産規模が大きく宣伝・ 広告に多額の費用を投じることができるため,マスコミを利用したり大規模なブランド戦略を展開できる ということに過ぎない。後者は,前者に比べて少ない宣伝・広告費を補うために,地道な対面営業活動に 力点を置いている。 5.理論の検証 競争地位戦略の理論において,リーダーとチャレンジャーを分けるのは質的経営資源の高低である。チ ャレンジャーは製品や流通体系などをリーダーと差別化させることによって市場へのアピールを行う。仮 に福岡銀行をリーダー,西日本シティ銀行をチャレンジャーとした場合,西日本シティ銀行はインスト ア・ブランチなど「流通体系」での工夫があると言える。また,北九州銀行の ATM 提携戦略も,一部は (41)-6 当てはまると言えるかもしれない。他方で,リーダーはコスト優位を利用して,ポジショニングを生み出 すとされるが,銀行業では預金(原材料の仕入れ),資金管理(製造),貸出(販売)は一貫しており,預金 金利水準は金融自由化が進む現在でも,各行庫ともほぼ同じ状況である。金融業では,仕入れ段階(つま り預金)でコスト優位性を出すのは困難であり,リーダーやチャレンジャーに分類することはできない。 さらに,本稿で比較対象とした北九州銀行や福岡ひびき信用金庫について,規模が小さいという理由で フォロワーやニッチャーと言えるのであろうか。競争地位戦略の理論において,フォロワーは上位企業か らの報復を招かないように事業展開し,市場で生き残るための利潤を確保することが目標であり,ニッチ ャーは大企業との競争を回避し,特定市場のニーズに適した製品を提供する。しかし,両行庫は必ずしも そのような行動をとっているようには見えない。北九州銀行は新規に市場参入してきたのであり,競争を 回避したり,報復を招かない行動をとったわけではない。福岡ひびき信用金庫も大企業である福岡銀行や 西日本シティ銀行との競争を回避しているわけではない。だからこそ北九州地域で金融機関同士の競争が 激化しているのである。 以上の検証から,4 行庫で戦略上の相違は見られるが,それは必ずしも競争地位戦略理論に即している からではないことは明らかである。つまり,地方金融機関の競争戦略を分析するうえで,競争地位戦略の 枠組みを用いることは適当ではないと考えられる。 6.お わ り に 本稿で明らかになった点は以下の通りである。まず,地域金融機関においては必ずしも競争地位戦略の 理論がそのまま当てはまるとは言えない。ただし,チャネル戦略やプロモーション戦略においては,企業 規模により多少の相違が見られる。他方,マーケティング戦略では,金融業という特質を反映し,各行の 特徴を踏まえ企業規模や営業エリアの状況に応じた戦略を展開している。こうした戦略の相違を生み出し ているのは,企業規模による資金的な制約の有無,既存企業と新規参入企業という業界内でのポジション の違いと考えられる。つまり,競争地位戦略の理論が示唆することが戦略の相違を生み出しているのでは なく,金融サービスという特性から顧客との長期的な信頼関係が重要であり,他行との差異化を図ること が困難な中で, 企業規模が大きければ EBM の導入やマスメディア利用による広告効果を付加した戦略を, 規模が小さければ営業職員による個別展開に重点を置いた戦略を志向する傾向にある。 [謝辞] 本研究は北九州市の「平成 25 年度北九州市学術・研究振興事業調査研究助成事業」より助成を受けた(課題名: 「北 九州市における金融機関のマーケティング戦略」。研究代表者:森祐司氏・九州共立大学)。また,本研究では福岡銀行, 西日本シティ銀行,北九州銀行,福岡ひびき信用金庫,SAS Institute Japan 社(順不同)の各担当者に取材協力と情 報提供をしていただいた。ここに謝意を記したい。さらに,本稿の土台となった「日本経営学会九州部会」での報告(「北 九州市の地域金融機関の経営分析―マーケティング戦略からみた 4 行庫の比較―」 (共同報告者:森祐司氏・九州共立 大学。2014 年 12 月 20 日。於:北九州市立大学))および『日本経営学会第 89 回大会』での報告「地域金融機関の競 争戦略―北九州市における事例から―」 (2015 年 9 月 4 日。於:熊本学園大学)では,司会やコメンテータをはじめ 参加者の方々から数多くの有益なコメントを頂いた。記して深く感謝したい。なお本稿に含まれうるすべての責任は筆 者に帰するものである。 <参考文献> Ansoff, H. 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