女訓書は女性の修身テキストとして、日本の近世に、全盛期を迎えた

研究結果
女訓書は女性の修身テキストとして、日本の近世に、全盛期を迎えた。近世日本の女訓
書は訓戒対象の違いによって、大体二種類に分けられている。第一種類は身分の高い女性
を対象とするものである。この中にまた具体的に考察すれば三種あり、まずは中国儒家の
女訓を直接に翻案、模枋したもので、北村季吟の『仮名列女伝』がその代表作である。次
は中国儒家の女訓書の内容を翻案するとともに、編撰の形式が独自であるもので、黒沢弘
忠の『本朝列女伝』がそれである。最後に中国儒家の『三従四徳』の倫理思想をまねてい
る同時に日本従来の神道思想なども取り入れられたものがあり、『女訓抄』、『女式目』
がその代表的例である。第二種類は身分の低い一般庶民の女性を対象とするものである。
これらのものは庶民女性の知力と対応して、内容が簡単で、且つ短いのだ。その中に「女
大学」、「女今川」、「女実語教」のように日本独特のスタイルが現れた。内容から見れ
ば、「三従四徳」、「男尊女卑」などの婦道倫理の他に、飲食住居・化粧・服装などの日
常生活に関する内容もある。総じて見れば、第一種類にしても、第二種類にしても、中国
儒家の女訓書から大きな影響が与えられていることは言うまでもない。具体的に言うと、
その影響は三つの面に現れている。
第一、しゅうと、又、しゅうとめへの親孝行が強く要請されること。『女誡』などの中
国女訓書であっても、『女大学』のような日本女訓書であっても、親孝行が最も主要な教
養として、女子に要求されている。でも比べてみれば、日本女訓書は、中国より、しゅう
と、又、しゅうとめへの親孝行が強く強調されている。
第二、貞節観を重視すること。中国と日本の女訓書は両方とも女性に貞節厳守の内容が
書かれている。でも中国の宋代以後はもっと極端な貞烈観が流行ったが日本には終始貞烈
観までにはならなかった。これは日本独自な家業意識が作用した結果である。
第三、天地蔭陽論を導入したこと。中国儒学者たちは男が陽であり天であり、女が蔭で
あり地であるという天地蔭陽説を説いているが、日本の女訓書もこういう論説を根拠にし
て、男尊女卑の婦道倫理を説いている。それだけでなく、日本女訓書の言説は、中国のと
比べて、もっとひどい言い方が取られている。これは日本女訓書の多くが男性の手によっ
て書かれたものだから。
研究成果の公表について(予定も含む)
口頭発表 (題名・発表者名・会議名・日時・場所等):
論文 (題名・発表者名・論文掲載誌・掲載時期等):
『論儒家思想対日本女訓的影响』、王慧栄、「解放軍外国語学院学報」、2007年第一期
書籍 (題名・著者名・出版社・発行時期等):