2005 年反日デモと対日意識・愛国心 1

日中社会学会ワーキングペーパー集、2006 年 1 月、創刊号、1­10 頁
2005 年反日デモと対日意識・愛国心 1
石井健一(筑波大学)
要約
社会調査データによって中国人の対日意識、愛国心、反日デモの認知がどのように
関連しているのかを分析した。反日意識は、高齢者ほど高いこと、地域差が大きい
こと、学校教育と関係があることが分かった。仮説に反して、インターネット利用
は、愛国心・反日意識のいずれとも相関関係はなかった。また、愛国心と反日意識
の間にも有意な相関関係はなく、一部ジャーナリズムの言説は根拠がないことがわ
かった。ただし、インターネット利用者は、反日デモの認知度が高かった。
1.問題の背景
反日意識は、歴史的にも、そして現在も中国人の行動に大きな影響を与えている
[Gerth,2004; Klein & Etterson,1996]。最近、中国では反日的な騒動が繰り返し起
こっている。2003 年 10 月には西安で日本人留学生の寸劇に反発して反日暴動、
2004 年夏にはサッカーのアジア・カップで反日騒ぎが起こった。そして 2005 年四
月には主要都市で数万人規模の反日デモが起こり、日本大使館や総領事館が投石を
うけ、日系のレストランが破壊された。こうした行動の背景の要因として愛国主義
教育の強化とともに、インターネットの影響が指摘されている。たとえば、日本経
済新聞の 2005 年 4 月 24 日の社説には以下のように書かれている。
一連の過激デモの先頭には、江沢民政権が推進した愛国主義教育を受けて育
った若者が数多く見られた。インターネット世代の彼らはネット論壇で日本
非難を競い合い、日ごろの憂さ晴らしを行ってきた。観念の世界で反日意識
を増殖し、今回はそれを大々的に行動に移した形だ(日本経済新聞、2005 年
4 月 24 日)。
反日世論を左右しているのはインターネットのポータルサイトであるという指
摘もある[劉,2005]。しかし、インターネットが反日感情を促進していることについ
ては、必ずしも実証的な検証がない。そこで、本研究では以下の仮説を社会調査デ
ータで検証することにした。
1
日中社会学会ワーキングペーパー集、2006 年 1 月、創刊号、1­10 頁
仮説 1: インターネット利用者は、非利用者よりも、愛国心が強いであろう。
仮説 2: インターネット利用者は、非利用者よりも、反日感情が強いであろう。
仮説 3: 愛国心と反日意識には相関関係があろう。
さらに、本論文では分析を通して以下の問題に答えたい。
研究目的 1:
反日感情を説明する要因は何か?
研究目的 2:
反日デモの認知を説明する要因は何か?
2.方法
本論文では二種類の調査データを用いる。
(1) 2005 年 7 月に上海で 15-64 歳の男女 800 人を割り当て抽出法で選び街頭調
査を実施した。実施場所は、上海市の中心地である淮海路および瑞金南路である。
この調査は、筆者が科学研究費の補助を受けて実施したものである。
(2) もう一つは、日本リサーチが 2004 年に北京、上海、広州、沈陽、西安、成
都で 15­59 歳の男女を対象として実施した『中国オムニバス調査』(回答者 4000
人)である 2。この調査は、居民委員会を通して無作為抽出の後、面接法と留め置
き法を併用して実施された。
3.結果と考察
(1) 対日意識の規定要因
まず、対日意識と属性変数の関係を中心に分析を行う。以下では、日本への好感
度を「あなたは日本についてどのような感じをもっていますか。好きですか、嫌い
ですか」の質問への答えを、
「好き」=5 点、
「どちらかというと好き」=4 点、「ど
ちらとも言えない」=3、「少し嫌い」=2、「嫌い」=1 と得点化した変数を「日本好
感度」として用いる(中国オムニバス調査 2004)。
対日意識と関係が最も強い変数の一つが年齢である。図 3.1 は、日本好感度の年
齢カテゴリー別の平均点である。40 代を除いて、ほぼ一貫して高齢ほど日本に否
定的になる関係がある。反日デモの参加者は若者が多かったと言われるが、実は若
者の方が日本に対して好感をもっているのである。また、地域は年齢以上に大きな
差が見られた。上海、広州の好意度が高く、西安、北京、瀋陽の好意度は低い。地
域差は統計的にも高度に有意である(F=30.4, DF=4, p<0.001)。
2
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3.00
2.93
2.90
2.81
2.78
2.80
2.70
2.66
2.60
2.60
2.50
2.40
10代
20代
30代
40代
50代
図-1 年齢別にみた日本への好感度 (N=3998,中国オムニバス調査 2004)
3.20
3.10
3.00
2.93
2.80
2.67
2.60
2.59
2.56
2.48
2.40
北京
上海
広州
成都
瀋陽
西安
図-2 地域別にみた日本への好感度 (N=3998, 中国オムニバス調査 2004)
ただし、地域差は地域の経済格差を反映したものなのかもしれない。そこで、属
性変数を加えた回帰分析を行った(表 3­1)。地域をダミー変数とし、6 つの都市(北
京、上海、広州、成都、瀋陽、西安)のうち北京を基準とした係数を求めた。つま
3
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り、ここでの回帰係数は、北京と比較した場合の差を意味するものである。結果は、
上海、広州は北京よりも親日的(0.1%水準で有意)、西安は北京よりも反日的であっ
た(5%)。地域差は年齢以上に大きいと言える。地域差の原因は、対日戦争等の歴史
的経験、地域性、対外開放の格差など、様々な可能性が考えられるが、この点は今
後の研究課題としたい。
なお、回帰分析の結果でも年齢が高くなるほど日本を嫌うという傾向が再確認で
きる。性別は 5%水準で有意であり、女性の方が男性よりも日本に好感をもってい
る。教育については、高学歴者ほど日本に否定的なイメージをもっている。これが
中国の愛国主義教育の影響なのかについては、今後の検討課題であろう。なお、収
入や暮らし向き、国営企業・政府での勤務、外資企業での勤務などは、いずれも日
本好感度と関係がみられなかった。
表-1 日本への好感度を目的変数とした回帰分析結果
標準化回帰係数
性別(女性=0,男性=1)
­0.036 *
年齢
­0.075 ***
教育年数
­0.038 *
学生 (ダミー変数)
0.014
世帯収入
­0.028
現在の暮らし向き
­0.025
国営企業勤務 (ダミー変数)
0.030
外資企業勤務 (ダミー変数)
0.020
上海 (ダミー変数)
0.175 ***
広州 (ダミー変数)
0.113 ***
成都 (ダミー変数)
0.019
瀋陽 (ダミー変数)
­0.013
西安 (ダミー変数)
­0.040 *
(中国オムニバス調査 2004 より筆者分析)
(2) 日本についての情報源と日本好感度
次に「日本についての情報をどこから得ているか」の質問への回答(複数選択)の
結果をまとめたものが表-2 である。この質問と日本好感度との関係を分析したと
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ころ、興味深いパターンが見出された。まず、興味深いのは情報源の中で「学校教
育」を挙げた人の日本好感度が著しく低い点である(図-3)。これに対して、ラジ
オや雑誌を情報源としてあげた者の好感度は高い。ただし、学校教育と答えた者の
好感度が低いのは年齢による擬似相関とは言えない。年齢と学校教育を情報源とし
た者の関係をみると、若者ほど学校教育を上げる者が多い(図-3)が、若者は高齢
者より日本への好感度が高い。
表-2 「日本についての情報をどこから得ているか」(% 複数回答)
新聞
75.5
ビデオ・DVD
6.0
雑誌
29.4
インターネット
25.3
書籍
17.4
学校での教育
11.0
テレビ
80.9
家庭
10.9
ラジオ
15.3
友人・知人・職場の同僚
25.4
劇場映画
15.6
その他
0.5
中国オムニバス調査
3
2.8
2.89
2.75
2.85
2.74
2.75
2.79
2.69
2.68
2.74
2.8
2.67
2.63
2.6
図-3
日本の情報源別にみた日本好感度の平均
5
他の そ
人 知 ・ 人友
庭家
育教 の で 校学
ト ッ ネ ータ ン イ
D V D ・ オ デビ
画映 場劇
オジ ラ
ビレ テ
籍書
誌雑
聞新
2.4
(中国オムニバス調査)
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0.0
5.0
10.0
15.0
20.0
10代
13.9
30代
50代
30.0
25.0
20代
40代
25.0
7.9
6.8
5.7
図-4 日本の情報源として「学校教育」を挙げた比率(%)
(中国オムニバス調査)
表-3 日本の好感度を目的変数とした回帰分析結果(標準化回帰係数)
年齢
-0.085 ***
性別(女性=0,男性=1)
-0.035 *
教育年数
-0.04 *
個人収入
0.006
日本の情報源(ダミー変数)
新聞
雑誌
-0.005
0.082 ***
書籍
-0.015
テレビ
0.009
ラジオ
0.034 *
劇場映画
-0.023
ビデオ・DVD
-0.022
インターネット
0.005
学校での教育
家庭
友人
その他
-0.048 **
-0.003
0.034 *
-0.005
* p<0.05, ** p<0.01 , *** p<0.001 (中国オムニバス調査より分析)
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属性変数の影響を除いた情報源の効果をみるため、回帰分析を行った。表-3 は
目的変数を日本への好感度とし、説明変数に各情報源(挙げた者=1、その他=0 とす
るダミー変数)に加えて、主要な属性変数(性別、年齢、収入等)を用いた結果である。
表-3 の回帰係数はプラスは好感度を高める方向に、マイナスであることは好感度
を低下する方向に寄与していることを示している。つまり、雑誌、ラジオ、友人は、
日本への好感度を高める方向に、学校教育は好感度を低める方向に有意に働いてい
ることが結果から読み取れる。ただし、注意しなければならないのは因果関係の方
向である。学校教育が日本好感度を低くしているのではなく、反日的な回答者ほど
学校教育をよく記憶しているという逆方向の因果関係の可能性もある。ただし、反
日的な傾向と学校教育は何らかの関係があることは言えよう。
(3) 仮説の検証
最後に、上海で 2005 年 4 月に発生した反日デモに関する調査結果を紹介する。
まず、反日デモの認知についてみると、反日デモを今まで(アンケートまで)知らな
かった人が 15%、発生前から知っていた 32%、現場で知った約 5%、事件後に知
った人が 48%であった(デモへの参加は、質問に入れなかった)。反日デモをどの
ような情報経路で知ったのかを質問した結果が表-5 である(複数選択)。発生前
に知ったという人について見ると、携帯電話の SMS(ショートメッセージ)やイ
ンターネットで知った人が多いことが分かる。一方、「後で知った」人は、テレビ
で知った人が多い。
これらの結果は、日本での報道されているように、インターネットや携帯電話な
ど新しいメディアがデモの認知を広める効果を持っていたことを示している。実際、
「普段ニュースを何のメディアから得ているか」の質問との関係を見てみると、イ
ンターネットからニュースを得ている人の間で事前に反日デモを知った人が 65%
ときわめて多いことがわかる(表-6)。つまり、インターネットや携帯のショート
メッセージがデモの認知を高めた効果は確かに認められる。
一方、中国のインターネットの利用者は「愛国主義的」で「反日意識」が高いと
言えるのだろうか。表-7 はこの点を検証するため、愛国心と日本嫌悪感 3 を従属
変数として、回帰分析を行った結果である。
· 日本嫌悪感については、高年齢ほど、また女性ほど強い傾向がある。しかし、
インターネット利用と日本憎悪感には有意な関係はみられない。
· 愛国心については、全ての回帰係数が統計的に有意ではなかった。インターネ
ット利用も愛国心とは有意な関係はない。
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日中社会学会ワーキングペーパー集、2006 年 1 月、創刊号、1­10 頁
これらの結果は、仮説 1(インターネットが愛国意識を高めている)、仮説 2(イ
ンターネットが反日意識を高めている)は、どちらも支持されないことを示してい
る。インターネット上の反日サイトは一部の若者の反日意識を高めているだろうが、
インターネット全体でみれば反日・親日の両方の影響が混在しているのであろう。
インターネットは反日デモの認知(おそらく参加も)に影響したことは確かである
が、反日意識や愛国心を高めるという点での効果は必ずしもみられないのである。
表-4
上海の 4 月の反日デモの認知時期
年齢
反日デモについて
%
人数
男性比率
知らなかった
15.2
91
45.1%
42.3
発生前から知っていた
31.8
191
50.3%
34.8
現場で知った
5.3
32
56.3%
36.3
発生後に知った
47.7
286
50.0%
39.9
平均
上海 2005 年 7 月調査
表-5
反日デモを知った時期とその情報経路(縦%)
発生前に知った
現場で知った
後で知った
自分で見た
1.0
87.5
2.4
人から聞いた
39.3
21.9
42.9
職場の通知
25.7
3.1
3.1
携帯の SMS
24.1
6.3
2.1
携帯電話通話
7.9
0.0
1.7
インターネット
38.7
0.0
19.2
新聞
11.5
3.1
22.7
テレビ
15.7
6.3
64.3
ラジオ
7.9
3.1
6.3
雑誌
1.6
0.0
1.7
外国のメディア
0.5
0.0
0.0
上海 2005 年 7 月調査
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表-6
ニュースにふだん使うメディアとデモの認知の関係
「デモを発生前に知った」
ニュースを知るのに最もよく使うメディア
人数
新聞
86
39.5
テレビ
397
24.9
ラジオ
25
20.0
雑誌
7
42.9
インターネット
76
64.5
他の人の話
9
11.1
比率(%)
上海 2005 年 7 月調査
表-7 愛国心・日本嫌悪感を目的変数とする回帰分析の結果
愛国心
日本嫌悪感
説明変数
標準化回帰係数
t値
標準化回帰係数
t値
性別
0.019
0.446
0.218
3.8 ***
年齢
0.010
0.212
0.156
2.4 *
学歴
­0.070
­1.588
­0.074
­1.2
インターネット利用時間
0.050
1.046
0.102
1.5
* p<0.05, ** p<0.01 , *** p<0.001 上海 2005 年 7 月調査
さらに、反日デモの認知時期と愛国心、反日意識の関係を分析した。その結果、
反日デモの認知時期と日本憎悪感の間には統計的な差は見られなかった。愛国心に
ついては認知時期での差が見られたが、予想に反して反日デモを「発生後に知った」
か「知らなかった」人の方が「発生前に知った」人より愛国心は高かった(前者の
平均値=10.8; 後者の平均値=10.4; t=­2.09, df=566, p<0.05)。つまり、反日デモを
事前に知った人たちの反日意識が強いとか、愛国心が強いとは言えないのである。
最後に、仮説 3 の愛国心と反日意識の関係についてみよう。愛国心と日本嫌悪感
の相関は、­0.079 とほぼ無相関であった。つまり、愛国心と反日意識の間には相関
関係がなく、仮説 3 は支持されなかった。
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4.結論
本分析結果は、新聞等で報道されている解釈(若者のインターネット利用者にお
ける愛国主義の高まりとそれに伴う反日デモ活動)が調査データからは支持できな
いことを示している。むしろ若者は高齢者に比べて日本に好感度が強い。インター
ネット利用は愛国心や対日意識とは関係はみられない。一方、教育は因果関係の方
向は不明だが反日意識と関係があるようである。ただし、本調査で用いた愛国心の
質問項目は日本で実施した質問項目をそのまま翻訳したものであり、再検討の余地
があろう。この点は、対日意識の地域差や教育の効果の問題とともに、今後の研究
課題としたい。
注
1 本論文は、2005 年度日中社会学会研究集会(2005 年 11 月 26 日筑波大学東京キ
ャンパス)の口頭発表『中国における日本ブランド志向と対日意識』から関連部分
を抜き出し、まとめたものである。なお、本研究は、平成 17 年度科学研究費補助
金(B(2) 16402007)の補助を受けた。
2 本データは、日本リサーチより許可を得て、筆者が再分析したものである。
3 愛国主義は「私は中国という国が好きだ」「生まれ変わっても中国人に生まれた
い」の2問、日本嫌悪感は、Klein(1996)と同じ 8 問を各々7 点尺度で測定して合
計した(「日本はある程度は中国を経済的に支配しようとしている」
「日本は中国を
利用しようとしている」
「日本の中国への経済的影響力は大きすぎる」
「私は日本人
を恨む」
「南京大虐殺のため私は永遠に日本人を許すことはない」
「日本は南京占領
時の行為に対して被害補償をすべきである」
「私は日本人が嫌いである」
「日本は中
国と不公正な貿易をしている」)。
参考文献
池田美智子, 1992, 『対日経済封鎖 : 日本を追いつめた 12 年』
、日本経済新聞社.
石井健一, 2001,『東アジアの日本大衆文化』(編著)、蒼蒼社.
Gerth,K.,
2004, China Made, Harvard University Press.
Klein,J.G. & Etterson,R. 1996, “The animosity model of foreign product purchase”,
Journal of Marketing, 62, 89­100.
劉志明, 2005,「日中コミュニケーションギャップと情報発信」, 高井潔司・日中コミュニケ
ーション研究会編『日中相互理解のための中国ナショナリズム分析とメディア』, 明石書店,
106­131.
(Kenichi ISHII/筑波大学)
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