SCM のルーツから見た再定義

名城論叢
43
2010 年 11 月
SCM のルーツから見た再定義
寺
目
前
俊
孝
次
1.はじめに
2.SCM の定義に関する先行研究
2.1
先行研究レビュー
2.2
先行研究による定義の意義と問題点
3.SCM 誕生の背景
3.1
SCM のルーツ
3.2
SCM における垂直統合と水平統合における先行研究
3.3
垂直統合と水平統合のコラボレーション
3.4
小括
4.おわりに
4.1
SCM の本質
4.2
残された課題
1.はじめに
の研究の中でも一握りのものでしかない。ま
た,多くの先行研究では,SCM の確立には,サ
21 世紀に入り,サプライチェーン・マネジメ
プライチェーンにおけるリーダー企業とサプラ
ント(Supply Chain Management:以下,SCM
イヤーの間,あるいはサプライヤー間の合意形
とする)は,自動車業界,パーソナルコンピュー
成が求められると論じているが,合意形成がな
タ(以下,パソコンとする)業界,スーパーマー
されるための前提条件や,そのプロセスについ
ケットやコンビニエンスストア(以下,CVS と
て言及したものはほとんどないに等しい。
する)をはじめとする小売業界,アパレル業界
そこで,本稿では SCM のルーツを踏まえな
など多種多様な業界に拡大し,今や企業競争力
がら,その本質を検討すると共に SCM の定義
の源泉の1つと言っても過言でないところまで
について,もう一度考え,議論を展開すること
行き着いた。そして,SCM の研究も進み,その
を試みた。
仕組み故,ロジスティクス,知識・情報共有,
まず,SCM の定義に関するいくつかの先行
サプライヤーの水平統合,コストカット,新た
研究をサーベイし,そこから先行研究に見られ
な価値の創造,調整など,様々な視点から研究
る定義の共通点を探った。次に,それを踏まえ
(1)
がなされている 。
た上で,SCM のルーツや QR のルーツ,さらに
だ が,SCM の ル ー ツ と さ れ る Quick Re-
は SCM や QR が求められた業界構造や競争構
sponse(以下,QR とする)や,QR が求められ
造の変化,SCM における統合形態,および,企
た背景,さらには業界構造や競争構造の変化を
業の SCM に関する取り組みのケースを踏まえ
踏まえた上での研究は,数多く存在する SCM
ながら議論を展開した。そして,これらの議論
44
第 11 巻
第3号
を通して,筆者の SCM に関する定義の考察を
⑶
Christopher の定義
試み,合わせて今後,SCM の研究に携わってい
サプライチェーン全体として少ないコストで
く上で議論の必要性がある課題について考察し
優れた顧客価値を達成するために,サプライ
た。
ヤーと顧客達といった川上と川下の関係を調整
(管理)する(Christopher〔1998〕p. 18)
。
2.SCM の定義に関する先行研究
2.1
⑷ 藤野の定義
不確定性の高い市場変化にサプライチェーン
先行研究レビュー
SCM という言葉が誕生して間もなく 30 年が
全体をアジル(機敏)に対応させ,ダイナミッ
経過しようとしているが,その定義は論者によ
クに最適化を図ることである。具体的には,こ
り異なり,多種多様である。そこで,まず,数
れまで部門ごとの最適化,企業ごとの最適化に
多くある定義を紹介するために,いくつかの研
留まっていた情報,物流,キャッシュに関わる
究をサーベイした。
業務の流れを,サプライチェーン全体の視点か
ら見直し,情報の共有化とビジネス・プロセス
⑴
CSCMP( Council of Supply Chain Man-
の抜本的な変革を行うことにより,サプライ
agement Professionals:SCM プロフェッショ
チェーン全体のキャッシュフローの効率を向上
ナル協議会)による SCM の定義
させようとするマネジメント・コンセプトであ
SCM は,調達と供給,転換,さらにはすべて
る(藤野〔1999〕p. 5)
。
のロジスティクス・マネジメントを含むすべて
の活動における計画と管理を含んでいる。重要
⑸
松丸の定義
なことは,サプライヤー,中間業者,3PL 業者
これまで個別企業ごとに目指してきた業務
そして顧客などといった(流通)チャネル・パー
(ビジネス)プロセスの全体最適化を,サプラ
トナー達との組織調整とコラボレーション(協
イチェーン(供給連鎖)全体の最適化へとシフ
調)である。この本質は,SCM と横断的な企業
トさせるための経営手法である。また,すべて
(2)
間の供給と需要の管理の統合である 。
の工程の同期化と情報共有・知識共有がポイン
トとなる(松丸〔2003〕p. 3)。
⑵
Bowersox の定義
SCM は,
「戦略立場のテコ入れやオペレー
2.2
先行研究による定義の意義と問題点
ション効率改善を求めて協働する会社」から構
以上,ここでは数多くある SCM の定義の中
成される。参加各社にとって,サプライチェー
の一部を紹介した。本稿で紹介した定義は,ご
ン関係は戦略上の選択を反映する。サプライ
く一部に過ぎないが,これらの論者の定義には
チェーン戦略は,相互依存性と関係性のマネジ
次のような共通点が見られる。それは,SCM
メントに基づいたチャネル編成である。
を確立するにあたって,サプライチェーン内部
また,SCM におけるサプライチェーンはバ
でリーダーシップを発揮する企業(以下,リー
リューチェーンやデマンドチェーンと論じられ
ダー企業とする)とサプライヤーの間,あるい
ることがある(Bowersox,他〔2002〕p. 4(邦
はサプライヤー同士の間における組織間調整の
訳 p. 2)
)。
重要性である。確かに,SCM の定義の中に直
接「組織間調整」という言葉を用いているのは,
SCM のルーツから見た再定義(寺前)
45
CSCMP の定義だけである。しかし,Bower-
の問題が SCM の実現に潜む大きな課題であ
sox や Christopher の定義では,それぞれ「相
り,サプライチェーン改革による全体最適化へ
互依存性と関係性のマネジメントに基づいた
導くために,組織間調整が非常に大きな意味を
チャネル編成」
,
「サプライヤーと顧客達といっ
持つと考えられる。
た川上と川下の関係を調整(管理)
」といったよ
しかし,これらの先行研究は,あくまで 1990
うに組織間調整を意識した定義を行っているこ
年代の終盤からの研究によって議論の展開がな
とは明らかである。また,
藤野や松丸にしても,
されているに過ぎず,SCM のルーツとされる
「サプライチェーン・ビジネス・プロセスの全
QR 誕生の背景や,QR の仕組みなどを考慮し
体最適の実現を目指した抜本的な改革」を掲げ
た上で確立した主張ではない。つまり,SCM
ており,間接的には組織間調整を意識した定義
のルーツを踏まえることなく議論を展開して
を行っている。
も,決してそれが SCM の根本であることの証
これらの定義を踏まえて考えると,組織間調
明にはならないだろう。それは,あくまで現状
整は SCM の確立において大きな鍵を握ってい
のビジネス・プロセスを分析したに過ぎない。
る要素であることは間違いないだろう。実際
よって本稿では,まず SCM のルーツについて
に,組織間調整の他に,SCM を確立する上で求
の議論を展開し,それを踏まえながら SCM の
められる要素として,他の先行研究では,コラ
本質について議論を展開し,SCM の定義につ
ボレーション,情報・知識の共有,オペレーショ
いて考えていくことにする。
ンの効率化と柔軟化,ロジスティクスの最適化
(3)
など
も挙げられる。だが,これらは,サプラ
イヤーとの調整活動がなされたことによって実
現できるものである。すなわち,これらの根底
3.SCM 誕生の背景
3.1
SCM のルーツ
にあるサプライチェーン全体の調整活動が機能
上述した通り,ここでは SCM のルーツに触
することによって支えられていると主張しても
れながら,SCM の本質について議論を展開し
大げさではないだろう。事実,松丸が指摘した
ていくことにする。そこで,まず SCM とは,
ように SCM を確立するにあたり,サプライ
何であるかについて拙稿〔2009a〕を振り返って
チェーン全体のプロセスを最適化するために図
見よう。
られるサプライヤーと,リーダー企業との間の
拙稿〔2009a〕では,SCM のルーツについて
合意形成があっても,その後の全体最適化を目
紹介したが,それを端的に述べると,次の通り
指した組織間調整が容易に進行したケースは,
である。そもそも,SCM のルーツは,1980 年
稀である。また,仮に合意形成がなされても,
代初頭の米国アパレル業界にある。当時の米国
一般的にそれは「総論賛成,各論反対」でしか
アパレル業界は,海外製品に押され低迷の一途
なく,各サプライヤーは各々の最適化の実現に
を辿っていた。そこで,彼らはコンサルタント
向けた業務プロセスの改善活動が生まれるだけ
会社の協力の下,生産プロセスの見直しに取り
であり,結局サプライチェーン全体からすれば
組み(所謂,QR の導入)
,大きなコストカット
部分最適化でしかないと松丸は論じ,
これを
「合
と在庫削減,さらにはキャッシュフローの向上
意形成の脆弱性」の問題とした(松丸〔2003〕
を実現させた。そして,この取り組みが他の業
pp. 16-20)。
界へも波及し,中でも食品業界では,QR を模
つまり,松丸が指摘した「合意形成の脆弱性」
倣して業界独自の ECR(Efficient Consumer
46
第 11 巻
第3号
Response)と言われる手法を確立し,業績の改
はただの在庫として滞留し,やがて廃棄されて
善に努めた。このように,1980 年代初頭の米国
しまうからである。それでは,せっかく生産し
アパレル業界で誕生した QR は,その後,10 年
たものでも現金化することができないため,結
足らずの間に米国全土の多種多様な業界に拡大
果として赤字を出すことにつながってしまうか
し,1990 年代中頃に,CLM(現在の Council of
らである。そこで,トヨタでは量産効果を踏ま
Supply Chain Management Professional)が業
えた生産理念ではなく,ジャスト・イン・タイ
界の枠を超えて QR や ECR のような取り組み
ムを採用した。そして,トヨタ生産方式におけ
を総称して SCM と統一したのである(拙稿
るジャスト・イン・タイムを支えているのは,
〔2009a〕pp. 75-77)
。
7つのムダの排除と生産管理の道具として用い
以上が,一般的な SCM のルーツである。し
かし,なぜ SCM のルーツである QR が米国で
るカンバンや,シングル段取り化の推進である
(稲垣〔1998〕pp. 35-86)
。
誕生したのであろうか。その背景には,どのよ
うな要素があったのか。SCM のルーツとされ
3.1.2
QR
ている QR が登場した背景について明確に記し
では,次に QR について論じることにする。
たものは,多く見受けられない。だが,以下で
まず,上述した通り,1980 年代前半の米国アパ
論じるように SCM や QR のルーツは,日本の
レル業界を席巻していたのは海外製品であっ
トヨタ生産方式と密接に関わっていることが考
た。その一方で,当時の米国アパレル企業の売
えられる。そこで,まず QR 誕生の背景と関わ
上を支えていたのは,各企業が年に数回開催す
りのあるトヨタ生産方式について簡潔に論じ,
るバーゲンセールであった。だが,バーゲン
その上で,SCM のルーツとされている QR が
セールを繰り返す度に,米国の消費者達はバー
誕生した背景について少し紹介しよう。
ゲンセールに慣れてしまい,やがて,たとえ消
費者各人が欲する商品があっても,
「バーゲン
3.1.1
トヨタ生産方式
セールまで待てばもっと安く購入できる」とい
そもそも,QR も SCM もその基礎は,トヨタ
う心理が働くような状況に陥った。さらに,そ
生産方式と同様である。トヨタ生産方式は周知
れと合わせて,商品が倉庫から店舗に届くまで
の通り,カンバンを使って随時,前工程の人間
のリードタイムが長過ぎたことや,需要を細か
に必要な部材と必要とする量,必要とする時間
く把握できなかったことによって販売機会を十
(納期)を伝え,常に生産調整を実施するもの
分に生かせない業界の課題が浮き上がってき
だ。
た。そこに,高品質かつ低価格な海外製品が増
その内容は次の通りである。まず,トヨタ生
産方式は「徹底したムダの排除」を念頭に置い
えたため,米国アパレル業界は窮地に追い込ま
れた。
た生産システムであり,作り過ぎのムダ,手待
つまり,1980 年代の米国では,大量生産時代
ちのムダ,運搬のムダ,加工のムダ,在庫のム
の生産者主導の市場構造から,消費者主導型の
ダ,動作のムダ,不良のムダ,という7つのム
市場構造へといった変化がより鮮明となった。
ダを排除することを目標としている。トヨタで
また,それに伴って,特に流行の変化に左右さ
は,同じ製品を注文数以上生産することは,悪
れるアパレル業界では扱う商品点数が多いこと
とされている。なぜなら,注文数以上に生産し
から,それまでの大量生産のものづくりでは
た後,その製品が全く売れなかった場合,それ
ニーズに対応することが困難となり,販売機会
SCM のルーツから見た再定義(寺前)
の損失や過剰在庫を抱えるようになった。
47
う上で,時間スケールの短縮(例.1か月単位
この状況を重く受けとめた業界団体や政府
から1週間単位,1日単位,12 時間単位へと
が,1985 年にコンサルタント企業のカート・
いった管理する時間の単位を短縮する)は,き
サーモン・アソシエイツ(以下,KSA とする)
め細かい情報共有を実現するために求められ
に調査を依頼した。KSA の調査の結果,情報
る。
)である(井上・金沢〔1999〕pp. 58-60)
。
の流れを改善し,記録システムを標準化するな
つまり,トヨタ生産方式も QR も,根本的に
どで繊維原料から小売まで 66 週間かかってい
は生産者価値の最大化である。よって,QR を
る現状を 21 週間に削減することが可能である
生産者価値の最大化と見ることができるだろ
という報告がなされた(Dertouzos〔1989〕pp.
う。
101-102(訳書,p. 152)
,井上・金沢〔1999〕pp.
55-56)。これ以後,KSA の協力の下,トヨタ生
3.1.3
トヨタ生産方式と QR,SCM の違い
産方式のカンバンを応用して,コストカットを
ところで,日本のトヨタ生産方式と QR は,
実現しつつ,在庫削減と生産プロセスを平準化
何が異なるのか。上述したように,SCM の基
する QR を考案した。
礎とされる QR の仕組みは,業務のシステム化
QR の仕組みを簡潔に述べると,次の通りで
や業務の標準化,また生産の平準化や,小ロッ
ある。1.情報ネットワークの構築(市場の状
ト対応の生産手法,さらには進捗管理,という
況や関係者の情報が共有される必要性の表面
ような業務プロセスと生産プロセスの効率化に
化。何が,いつ,どれだけ必要なのかという調
関する取り組みにおいてトヨタ生産方式の模倣
達情報を事前に把握することで,調達・生産・
であると考えられる。だが一方で,情報ネット
販売の諸活動の最適化が実践可能となるため,
ワークの構築に関しては,当時のトヨタ生産方
常に情報を共有することと,それに伴ったネッ
式の概念では,あまり注目されることがなかっ
トワーク化が求められた。
)
,2.業務のシステ
た。それを考慮すると,情報ネットワークの構
ム化(意思決定を迅速に具現化するためには,
築においては,トヨタ生産方式にはない QR 独
意思決定に関わる人々に承知された組織行動が
自の特徴であったと考えられる。
必要となる。そこで,業務活動や意思決定に関
トヨタ生産方式と QR の間に,このような共
わる組織行動をシステム化する必要が生じ
通点や相違点か見られる理由には,次のような
る。),3.業務の標準化(システムの効率的運
背景がある。QR が登場する前の 1970 年代末
用を目指すため,業務の標準化と企業ごとで異
から 1980 年代初頭にかけて,米国などでは日
なった業務に関する用語の統一,さらには使用
本企業の高成長に注目が集まり,研究が進めら
するコンピュータソフトの統一を図ることが求
れていた。このような背景もあり,
「JAPAN
められた。),4.生産の平準化(メーカーの生
AS NO. 1」といったフレーズも世界で叫ばれ
産機能を一定に保つことで,一定の生産量が保
た。このような当時の状況の中で,米国では日
てるが,それができなければメーカーの生産機
本企業の研究が注目され,特に,日本的経営の
能が発揮されることはなく,やがてコスト競争
研究がなされ,トヨタ生産方式の研究も行われ
力を失うことになる。
)
,5.小ロット対応の生
るようになった。以上のことは,上述した QR
産手法(小ロット生産により,部材や製品の生
登場の背景でもあるが,例えば Fine〔1998〕や
産期間と在庫期間を短くすることが可能とな
稲垣公夫〔1998〕といった先行研究でも記され
る。)
,6.きめ細かい進捗管理(進捗管理を行
ている。
48
第 11 巻
第3号
では,日本のトヨタ生産方式と米国発祥とさ
結である(稲垣〔1998〕pp. 120-124)。また,垂
れる SCM の違いは何か。稲垣はそれを,1.
直統合による従来の関係から,水平統合によっ
BTO 革命,2.垂直統合から水平統合へのシ
て業務提携へとシフトすることのメリットは,
フトによる製造アウトソーシング企業の成長,
コア業務への集中化であろう。コア業務への集
3.TOC(制約条件の理論)という科学的改善
中化は,リソースの集中投資を可能とし,結果
手 法 の 導 入 と 論 じ て い る( 稲 垣〔 1998 〕pp.
として,自らが強みとする技術・サービスの質
27-28)。筆者は,この稲垣の主張における最も
の向上に寄与する。さらに,自らの強みに磨き
大きなポイントは,2.垂直統合から水平統合
をかけた企業同士が,戦略的パートナーとして
へのシフトと製造アウトソーシング企業の成長
業務提携を結んで,サプライチェーンを構築す
であると考えている。というのも,1.BTO
ることで,相乗効果も生じるであろう。
革命は,デルコンピュータ(以下,デルとする)
の創業当初のビジネス・モデルに見られるサプ
ライヤーの水平統合を駆使した受注生産方式で
3.2
SCM における垂直統合と水平統合にお
ける先行研究
あり,2つ目の要素が成立したことで初めて起
SCM における垂直統合と水平統合の関係に
こる要素である。また,3.TOC の導入は,カ
ついて,もう少し考えてみると,前節で挙げた
イゼン活動とカンバンの応用である。だが,
2.
2つ目の特徴である「垂直統合から水平統合へ
垂直統合から水平統合へのシフトと製造アウト
のシフトと製造アウトソーシング企業の成長」
ソーシング企業の成長は,トヨタをはじめとす
は,実は,もっと複雑な意味を持っていると解
る日本企業のビジネス・モデルとは全く異なる。
釈できる。それは,ある程度の規模にまで成長
確かに近年では,日本企業の中でも東芝の液晶
したサプライチェーンの場合,サプライヤーと
TV 事業が液晶パネルの生産を中止し,シャー
水平統合という形で関係性を構築した後で,再
プから調達する(
「液晶パネル,シャープから調
び垂直統合のような関係を築き上げるケースが
達,東芝は半導体供給拡大。
」
,日本経済新聞
見られるということだ。この動きについて,
2007 年 12 月 21 日夕刊 p. 1)ように,業務提携
Fine は,サプライチェーンが垂直統合の構造
を試みることはあるが,米国で見られるような
になると,水平統合の構造へと分解する方向性
製造アウトソーシング企業の躍進は,日本企業
が生まれ,反対に,水平統合の構造になると,
の中ではあまり見られない。日本企業の間で
次に垂直統合へと揺り戻しが起こると指摘して
は,垂直統合によるビジネス・モデルが顕著で
いる(Fine〔1998〕pp. 48-50(邦訳,pp. 72-75)
)。
ある。
それを説明するために Fine は,自動車業界や,
垂直統合は,日本の自動車業界に見られる系
欧米の自転車業界,さらにはコンピュータ業界
列のように,トップに立つ企業やコア事業部の
のケースを紹介した。その上で,このような動
号令に従って,サプライチェーンの方向性が確
きを業界 / 製品構造における二重螺旋の循環構
定する。しかしながら,米国では,コンピュー
造(図1)と論じた。
タ業界や自動車業界などを中心に 1980 年代よ
つまり,稲垣は,SCM におけるサプライヤー
り垂直統合的なビジネス・モデルから脱却する
の統合構造を垂直統合から水平統合への脱却で
動きが生まれた。この流れは,それまでの親会
あると主張したのに対し,Fine は,垂直統合と
社子会社の関係で成り立っていた時期とは異な
水平統合の循環構造であると主張した。そこ
り,企業と企業の戦略的パートナーシップの締
で,次に稲垣と Fine による先行研究を簡単に
SCM のルーツから見た再定義(寺前)
図1
49
業界/製品構造における二重螺旋の循環構造
出所:Fine〔2000〕p. 216を筆者翻訳。
紹介しよう。
れている。稲垣は,その代表的な企業としてこ
の時代に創業し,1990 年代にはパソコンの世界
3.2.1 稲垣の研究
稲垣は,1970 年代から 1990 年代までの米国
シェアトップにまで躍進したデルのケースを下
に議論を展開している。
における製造業の衰退と復活の変遷の研究を試
周知の通り,デルは,顧客からの注文を受け
み,米国における製造業の復活の影に米国での
てから,パソコンの部品サプライヤー各社に,
トヨタ生産方式の研究があることを論じた(稲
必要な部品を必要な数だけ発注し,自社工場で
垣〔1998〕pp. 25-89)
。本稿では,稲垣の研究に
組み立て,顧客に届ける BTO を確立し,競合
おける垂直統合と水平統合(特に水平統合の本
他社よりも安価に販売するビジネス・モデルを
質)に焦点をあてることにした。
構築した。このデルの成功モデルが,米国にお
稲垣の研究で興味深いのは,米国の製造業の
復活と SCM 確立の背景には,製造アウトソー
ける製造業の復活の証を物語る代表的なケース
だ。
シング企業の躍進による水平統合(分業)があ
このデルのケースから,米国の製造業におけ
る,と指摘している点である(稲垣〔1998〕pp.
る 1980 年代,1990 年代の復活劇をもたらした
117-148)。製造アウトソーシング企業の躍進の
要素の1つに水平統合化の進展があったことが
要因は,まず製造業に携わる企業に対して,
「選
示されたが,では,水平統合は米国のものづく
択と集中」というリソースの再配置が起こり,
りに何をもたらしたのであろうか。稲垣の研究
その上で,企業同士の連携強化が図られたとさ
によれば,次の通りである。まず,一見すると
50
第 11 巻
第3号
製造活動のアウトソーシングは,単なるコスト
する企業は,将来必要となる能力を手放すこと
カットの実現でしかないように思われる。とこ
で,結果的にそれが裏目に出るのではないか」
,
ろが,実際はそうではない。製造活動を製造ア
という疑問を持ったことから始まった。そこ
ウトソーシング企業にアウトソースすること
で,Fine はサプライチェーン・デザインの背景
は,製造アウトソーシング企業がその道のプロ
にある経営戦略について調査を開始した。具体
として自立することを促し,製造業に携わる技
的には,技術支援や原材料調達から最終消費者
術者とその関係者を育成することに寄与する。
に至る一貫したサプライチェーンの流れを分析
また,アウトソーシングを依頼する企業は,製
するために,自動車業界,工作機械業界,半導
造に関わる投資を抑えることが可能となり,リ
体業界といった重工業を調査対象としたが,こ
ソースを有効活用することが可能となる。さら
れらの企業は進化する速度が遅いため研究は進
に,垂直統合とは異なり,生産調整(需給変動
まなかった。
への対応力の強化)や,設備稼働率の向上と調
だが,ショウジョウバエの研究記事を読んだ
整が従来よりも容易となる。そして,製品の製
ことで,進化の遅い企業を調査するよりも速い
造にあたって,常に先端技術を比較的容易に利
企業のサプライチェーンを研究する方が有効で
用 す る こ と が 可 能 と な る( 稲 垣〔 1998 〕pp.
あると推察し,半導体業界の調査で取り上げて
126-133)
。
いたインテルを見直したところ,同社のサプラ
つまり,製造アウトソーシング企業の躍進と
イチェーンを間違った観点から調査していたこ
合わせて,従来の垂直統合から水平統合へと業
とがわかった。それまでは,インテルのサプラ
界構造がシフトした結果,分業のメリットを最
イチェーンにおいてクロックスピード
大限に発揮し,米国のものづくりは,復活する
いのは,素材や機械をインテルに提供していた
ことができたのであろう。だが,水平統合の要
サプライヤーであると考えていた。だが,実は
は,取引関係を持っている製造アウトソーシン
インテルの顧客であるデルやヒューレット・
グ企業との戦略的パートナーとして,持続的か
パッカード(以下,HP とする)
,さらにはコン
つ良好な信頼関係を築き上げることだ。サプラ
パック・コンピュータ(以下,コンパックとす
イヤーとの信頼関係の構築は,Barney が主張
る。また,コンパックは 2002 年に HP へ吸収
するように,間接的には競争優位の獲得に向け
合併され現在に至っている)などといったコン
た一手となるだろう(Barney〔2001a〕p. 392(邦
ピュータメーカーだった。なぜなら,パソコン
訳,
[下]p. 41)
)。
は発売後わずか数カ月で旧式化し,メーカーの
(4)
が速
大半は日常的に危機に直面しているように見え
3.2.2 Fine の研究 ―業界 / 製品構造におけ
る。だが,自動車業界では4年から8年にサイ
る二重螺旋の循環構造を中心に―
クルで新商品が開発される。そして,デルやコ
では,なぜ Fine はこの研究において以下で
ンパックなどのように「急速に成長した企業の
紹介するような,米国の自動車業界と欧米の自
教訓は,他の業界でも適応する」という仮説を
転車業界,さらにはコンピュータ業界を取り上
立て,他の業界の調査に着手した(Fine〔1998〕
げたのか。それは,次のような背景があったた
pp. 3-7(邦訳,pp. 14-19)
)。
めである。そもそも Fine のこの研究の発端
その結果,上述したように,サプライチェー
は,1990 年代初頭のリエンジニアリングブーム
ンの垂直統合化が進むと,水平統合の構造へと
の際に,Fine 自身が「アウトソーシングに依存
分解し,反対に,水平統合化が進むと,垂直統
SCM のルーツから見た再定義(寺前)
合へと揺り戻しが起こることを指摘するに至っ
51
ケースについてサーベイした。
た(Fine〔1998〕pp. 48-50(邦訳,pp. 72-75)
)。
Fine の研究で注目すべきところは,この業
・米国の自動車業界のケース
界構造の変化が循環するという主張である。そ
自動車業界の前身にあたる四輪馬車業界は,
れは,図1で示した通りである。では,Fine が
19 世紀末から 20 世紀初頭にかけて「馬なし乗
示したこの業界 / 製品構造における二重螺旋の
合バス」のメーカーが玉石混交とした水平統合
循環構造が起こる条件は何か。Fine によれば,
型 の 業 界 だ っ た。や が て,20 世 紀 に 入 り,
垂直統合の状態から水平統合にシフトするため
フォード・モーターズ(以下,フォードとする)
の条件は,1.ニッチ市場への新規参入に伴う
や,ゼネラル・モーターズ(以下,GM とする)
競争激化,2.統合に必要な様々な分野の技術
が誕生し,両社による急速な垂直統合化が自動
開発と市場競争で優位性を保つための努力(多
車業界を急速に成長させた。フォードは,部材
次元的複雑性),3.組織の硬直化(大企業病の
の調達,生産,販売に至るすべての過程を自前
蔓延),である。反対に,水平統合の状態から垂
で賄うために,生産の大規模化と分業による効
直統合にシフトするための条件は,1.サブシ
率化によるコストカット戦略に注力した。一方
ステム(サプライチェーンを構成する部品)が
GM は,業界の競合達を持ち株会社化し,彼ら
技術的に傑出することに伴った,製品の貴重性
に自動車の各パーツを製造する多彩な製造施設
の向上と市場支配力の強化,2.市場支配力が
を設置し,分業相手と効率化を図ることによる
強いサブシステムが他のサブシステムを統括
コストカットを実現した(Chandler〔1962〕pp.
し,支配力をより強化しようする動きの発生,
114-162(邦訳,pp. 141-204))。この二大巨頭
3.サブシステムの1つによる市場支配が,他
による業界支配の流れは,1980 年代終盤まで続
のサブシステムとの技術的統合による独占構造
いた。
を促進させるような動きの発生,である(Fine
〔1998〕pp. 43-50(邦訳,pp. 64-74)
)
。
だが,1990 年代に入ると,3番手のクライス
ラー(以下,クライスラーとする)が水平統合
このような Fine の業界 / 製品構造における
戦略を進めた。クライスラーは,従来の部品サ
二重螺旋の循環構造の理論は,様々な業界に見
プライヤーに細かな指示を与えて部品供給を依
られるが,その循環速度は業界ごとに異なる。
頼する手法から,部品の R&D から生産に至る
なぜなら,業界ごとにクロックスピードの速度
までをアウトソーシングするという,当時の米
が異なるためである。例えば,詳細は以下で紹
国では前代未聞の提案をした。その結果,クラ
介するが,コンピュータ業界では他の業界と比
イスラーはコストカットを実現しつつも,製品
べ,クロックスピードが非常に速いこともあり,
の品質向上とサプライヤーとの関係性強化を実
二重螺旋の循環速度も速いものである(Fine
現し業績を向上させた。その後,このような業
〔1998〕pp. 44-48(邦訳,pp. 65-71)
)
。だが自
務のアウトソーシングは,GM やフォードでも
動車業界などでは,クロックスピードが遅いこ
導入された。つまり,自動車業界は約 100 年か
とから二重螺旋の循環速度もゆっくり進むとい
けて,業界 / 製品構造の二重螺旋を一巡したの
う特徴が見られる(Fine〔1998〕pp. 60-67(邦
で あ る( Fine〔 1998 〕pp. 60-67( 邦 訳,pp.
訳,pp. 88-96)
)
。そこで,まずそれを再確認す
88-96)
)。
るために,Fine が提示した米国の自動車業界,
欧米の自転車業界,コンピュータ業界などの
52
第 11 巻
第3号
・欧米の自転車業界のケース
合わせ,部材の大量調達戦略により,部品メー
自転車業界は 19 世紀半ばに,小規模で創造
カー同士を競わせ要求通りの品質を維持し,配
性の高い一貫生産型企業が集積した業界として
送と販売にも尽力し(例.販売業者とのチェー
欧州と米国で発展した。1890 年代にアドルフ・
ン店契約など)
,キャデラックと並ぶブランド
アーノルドとイグナーツ・シュウィンがドイツ
力を獲得した。
で共同出資をして設立したシュウィン(以下,
しかし,1980 年代半ばから,マウンテンバイ
シュウィンとする)は,1890 年代に米国の好景
クの登場により,
再び自転車業界の二重螺旋は,
気に目をつけ,ドイツから米国に渡り事業を展
垂直統合型の業界へシフトした。マウンテンバ
開し,米国の自転車業界の発展に大きく貢献し
イクは,瞬く間に市場を席巻したが,シュウィ
た。それに伴いやがて,デザイン性の高い製品
ンはこれを一過性のブームと考え,マウンテン
の定着と,1890 年代の米国好況による自転車需
バイクの開発に出遅れ,大打撃を被った。その
要の激増により,1899 年のピークを迎えるまで
結果,シュウィンは 1992 年に米国破産法第 11
(5)
劇的に成長した 。
だが,これを境に自転車業界の二重螺旋は,
条を申請するまで低迷した(Fine〔1998〕pp.
50-60(邦訳,pp. 75-87)
)
。
垂直統合型から水平統合型へとシフトした。そ
れ以前は,BTO による生産方式を採用してい
・コンピュータ業界のケース
た自転車メーカーが,米国だけで 300 社以上あ
1970 年 代 か ら 1980 年 代 初 頭 ま で,コ ン
り,シアーズ・ローバックなどを介した,激し
ピ ュ ー タ 業 界 の 構 造 は 垂 直 統 合 型 だ っ た。
い販売競争により 1905 年までに 12 社にまで減
IBM,HP,ユニバックなどの企業は高度な統合
少し,年間総生産台数もピーク時の 100 万台か
化を達成し,サブシステム(半導体,回路基板,
ら 25 万台にまで低下した。その後,顧客層が
ソフト,周辺機器など)をモジュール化し,す
大人から子供に代わり,販売店から厳しい値下
べて系列会社で調達していた。同時に,製品と
げの要望が挙がった。さらに,自分達よりも大
組織の統合化が進み,各企業の製品には互換性
きな部品サプライヤー達が部品開発への投資を
がなかった。その中で IBM は,コンピュータ
やめ,品質改善をしなくなった。やがて,世界
システムとサービスのパッケージ化による商品
大恐慌により,この悪循環に拍車がかかった。
価値を強調し,性能の良いシステム部品を提供
この状況を打開すべく,シュウィンは,R&D
する可能性のある競合他社を排除した。
を含む品質の向上に取り組む活動を拒否し続け
だが,1970 年代末にアップル・コンピュータ
ていた米国サプライヤーに対して,欧州から高
(現在のアップル)が,パソコンを開発したこ
品質部品を輸入するという脅しをかけ,米国部
とで,パソコンという新たな市場ができた。無
品サプライヤーに対して「R&D を含む品質の
論,IBM もこれに対抗すべく,新しくパソコン
向上に向けた活動に取り組んでもらう」という
開発事業を起こした。この事業部門で IBM は,
要求を飲ませた。その後,シュウィンは画期的
垂直統合型の構造を捨て,マイクロプロセッサ
な製品開発と特許を次々に取得し,約 10 年に
をインテル,OS をマイクロソフト(以下,MS
渡り全盛期を迎え,1970 年代まで繁栄した。ま
とする)にアウトソーシングする水平統合型の
た,業界全体としても 1940 年には総売上台数
構造を作り上げた。IBM の戦略は,コンピュー
が 130 万台と販売台数記録を更新した。シュ
タ業界全体を震撼させ,それまでの企業間の縦
ウィンは,独自技術と巧みなコスト管理を組み
関係を崩壊させ,横のつながりへ変え,最も有
SCM のルーツから見た再定義(寺前)
53
力な1社が支配するサプライチェーン構造が崩
さらに,上述した稲垣の研究と同様に,Fine
壊した。これを境に,大企業も中小企業も競っ
の業界 / 製品構造における二重螺旋の循環構造
てパソコンのサブシステムを提供するように
も,サプライヤーとの関係の問題であるように
なった。そして,求められる商品は IBM の製
捉えることができる。
品ではなく,IBM の互換機となった。
本稿では,米国の自動車業界のケース,自転
ところが,新時代のけん引者の1つだったコ
車業界のケース,コンピュータ業界のケースを
ンパックは,IBM のサプライヤーと提携し,
サーベイしたが,これらのケースからは次のこ
1985 年にインテルの新型マイクロプロセッサ
とが考えられる。まず,水平統合から垂直統合
と,MS の Windows の初期バージョンを導入
に構造がシフトするには,次の2つの傾向があ
して IBM に勝利した。
る。1つは,その企業もしくは業界全体として
水平統合型の業界構造でも,他のケースと同
中長期的な成長が起こりうる可能性が大きいこ
様に,サプライヤー間の競争が激化しやすく,
とがある。上述したように,(1900 年代初頭か
不安定感が否めない。そのため,淘汰される企
ら 1920 年代の)米国自動車業界のケースや,他
業と生き残る企業がはっきりする。コンピュー
の2つのケースは,それを物語っている。もう
タ業界の場合は,OS 市場で MS が勝利し,ソ
1つは,アップルが起こした音楽業界の構造破
フトの開発・配信などの分野にまで進出し,マ
壊と創造のケースや,カメラ業界で起こったデ
イクロプロセッサ市場で勝利したインテルも,
ジタルカメラが登場したことによって業界構造
マザーボード・モジュールの設計・組立へ進出
を劇的に変貌させたケースなどのように,既存
し,デルやコンパック,IBM などの完成品メー
の業界に存在するいくつかの事業を統合した
カーが支配する市場にまで踏み込む等,業界の
り,あるいは既存の事業と他の業界の事業を結
勢力図が作られた(Fine〔1998〕pp. 44-48(邦
びつけてしまったり,といったような事業の統
訳,pp. 65-71)
)
。
合によって新しい業界構造を作り上げ,ビジネ
ス・プロセスを根本的に変えてしまうような
以上の3つのケースから,次の2つのことが
ケース
(6)
には,水平統合から垂直統合へと業界
確認できた。1つは,米国の自動車業界のケー
構造をシフトさせてしまうケースが多いと考え
スで約 90 年,欧米の自転車業界のケースで約
られる。
50 年,コンピュータ業界のケースで約 20 年,
一方,垂直統合から水平統合に構造がシフト
と業界によって,二重螺旋を一巡するのに要す
する場合は,次のことが考えられる。それは,
る時間差はあるものの,Fine が主張した業界 /
業界全体に,ルールの整備や取引慣習が確立さ
製品構造における二重螺旋の循環構造の理論は
れたり,技術レベルが向上したり,価格が最終
成立するだろう。もう1つは,コンピュータ業
顧客の手に渡りやすいような比較的安い価格に
界のケースは,他の2つのケースよりも二重螺
まで低下したり,などといったように,ある程
旋の循環速度が著しく速いことから,クロック
度の規模にまで業界全体が成長した後で,その
スピードの速い業界ほど,二重螺旋を一巡する
業界へ新規参入をする企業が既存の業界構造と
速度が速いことが示された。また,Fine が立
は根本的に異なった戦略を創造し実践するか,
てた「成長が著しく速い企業の教訓が,他の業
あるいは,業界内の追撃者が既存の業界構造を
界の企業にも適用する」という仮説が,少なく
覆すような大胆な戦略を策定し実践することに
ともこの3つのケースでは裏付けられた。
よって起こる傾向があると考えられる。例え
54
第 11 巻
第3号
ば,上述した,クライスラーの戦略や,デルの
らない。Barney は,希少で模倣困難な独自の
創業と同時に採った戦略がこれにあたる。
ケイパビリティを育むには,1.自社独自の経
つまり,Fine が指摘したこの業界 / 製品構
験,2.サプライヤーとの関係性,3.顧客と
造における二重螺旋の循環構造とは,サプライ
の関係性,4.従業員との関係性,といった4
ヤーとの関係性の変わり方,業界の置かれてい
つの要素があると指摘した(Barney〔2001b〕
る状況(中長期的な成長可能性の有無,業界構
(邦訳,pp. 83-86)
)
。また,Barney は,リソー
造,他の業界との関係など)に応じた業界全体
スとケイパビリティの強み弱みを分析するため
あるいは製品開発の方向性を決定しうる戦略の
に VRIO というフレームワーク域を確立した。
転換が求められる状況を示したと考えられる。
VRIO のフレームワークに従えば,一時的な競
争優位を確立するためのリソースもしくはケイ
3.2.3
垂直統合と水平統合の戦略的意義
パビリティの条件は,それらに価値があり,か
以上,稲垣と Fine の研究について紹介した。
つ希少性が高く,模倣コストが比較的大きくな
両者の研究における共通点は,垂直統合による
いものであり,持続的な競争優位となりうるリ
統合構造を採っている業界あるいは企業は,
ソースケイパビリティの条件は,一時的な競争
ニーズの多様化と個別化が進行すると,あっと
優位を確立するための条件とさほど変わらない
いう間に縦方向の統合形態(垂直統合)から横
が,唯一異なる点は,模倣コストが比較的大き
方向の統合形態(水平統合)へとシフトするこ
なものであるという点である(Barney〔2001a〕
とだ。一方,水平統合から垂直統合へとシフト
p. 173(邦訳,
[上]p. 272))
。
する際の特徴としては,業界全体としての成熟
Barney の見解を踏まえて考えると,フォー
度が低く,中長期的な成長の可能性が極めて高
ドや GM といった企業の 1900 年代初頭から
いケース(例.1920 年代の米国自動車業界)が
1920 年代にかけての大規模な成長の歴史や,
考えられる。
IBM の 1970 年代から 1980 年代中旬にかけて
水平統合のメリットは,事業へのリソースの
の躍進は,両社に VRIO で示されている持続的
集中化によるコア事業の強化と,サプライヤー
な競争優位を獲得するための条件が整っていた
の独立性の確保であり,サプライヤーとの戦略
ことが見受けられる。しかしながら,上述した
的パートナーシップの確立は,競争優位の獲得
3つのケースで示されている通り,持続的な競
に結びつく。確かに,Fine が指摘するように
争優位は永久的なものではない。IBM もコン
クロックスピードが速い業界において,既存の
パックの躍進に伴って市場利益を失い,シュ
競争優位は一時的なものでしかない。だが,一
ウィンもマウンテンバイクの登場とその後の普
時的であるにしろ,競争優位を築き上げること
及を予測できなかったがために転落した。ま
は,競争構造ががらりと変化してしまうような
た,内田も,既存の競争構造を一新してしまう
ケースを除けば,次代に必要な進化の過程にお
ような企業戦略を策定し行動を起こすケース
けるアドバンテージの1つとなる可能性を持っ
(アップルによる音楽業界の再編,デジタルカ
ていることもあろう。
メラの登場によるカメラ業界の構造転換,小売
そして,先行者優位は,一時的か持続的であ
業による銀行業への新規参入など)のような場
るかないに関わらず,競争優位の源泉である。
合,たとえ既存の企業がそれまでに持続的な競
また,競争優位を生み出すためには希少で模倣
争優位を獲得していてもそれが通じなくなるこ
困難な独自のケイパビリティを育まなければな
とを指摘している(内田〔2009〕pp. 17-36)
。ま
SCM のルーツから見た再定義(寺前)
55
た,Barney も,このような業界構造の大変革
クスピードの速度は速いと主張しているが,こ
を「Schumpeter 的変革」という言葉を用いて
れは,実のところどうであろうか。果たして,
論じている(Barney〔2001a〕p. 173(邦訳,
[上]
Fine が指摘するような循環構造が見られるの
p. 287))
。
であろうか。それを把握するために,次に,コ
つまり,新たな市場を作り上げる企業,ある
ンピュータ業界や自動車業界よりも,もっと川
いは既存の市場の業界構造を劇的に変えて成功
下との距離が短い小売業の企業として CVS の
を収める企業とは,Ansoff が初めて指摘したよ
セブンイレブン・ジャパン(以下,セブンイレ
うに,市場あるいは業界の先見性を見抜く能力
ブンとする)の取り組みを紹介することにしよ
を持ち,組織として素早く行動し,ダイナミッ
う。
クでなければならない(Ansoff〔1965〕p. 170
(邦訳,p. 100)
)
。だが,Barney の RBV 理論
3.3
垂直統合と水平統合のコラボレーション
では,岡田が指摘したように,戦略を策定した
セブンイレブンでは,商品開発においてチー
後のプロセスにおける成功要因でしかなく,戦
ム MD と い う 独 自 の 手 法 を 導 入 し て い る。
略策定に関する方法論には言及されていない
チーム MD とは,商品ごとにセブンイレブンの
(岡田〔2001〕pp. 91-92)
。さらに,Barney は,
社員と協力先の各専門メーカーの社員が共同で
ダイナミックな業界構造の変化について上述し
商品開発を進める手法である。一見すると一般
たように「Schumpeter 的変革」という言葉を
的な取り組みだが,セブンイレブンのチーム
用いて説いているものの,その変革への対応手
MD が競合他社と異なる点は,商品の製造工場
法については,ほとんど触れていない。また,
における品質管理や商品開発,さらには原材料
河合や髙木も,同様のことを言及し,Barney
の調達から地域ごとの商品格差の排除を目的と
の RBV 理論の限界を示した(河合〔2001〕pp.
して,独自に設立した日本デリカフーズ協同組
45-53,髙木〔2010〕
)
。ダイナミックな企業戦略,
合(以下,NDF とする)に加盟する専門メーカー
および,サプライチェーン戦略を策定し,迅速
が,セブンイレブンにだけ供給する商品を共同
に実務に適応し成果を上げることが求められる
開発するシステムであること,また,ベンダー
タイミングをどのように導き出すか。また,サ
の大半は,NDF に加盟すると共に,企業のセブ
プライチェーン戦略の場合,Burgelman が指摘
ンイレブン向けの商品のみ生産すること,さら
(7)
した共進化ロックイン
や組織の硬直化を防
に,それと合わせて,1つの商品を開発する際
ぎながら,サプライヤーとの信頼関係を維持向
に,
複数のメーカーを巻き込むところである
(野
上させつつ,全体最適を確立するためにサプラ
村総合研究所〔2007〕pp. 100-101,緒方〔2006〕
イチェーンにおけるリーダー企業は,どのよう
pp. 179-187,吉岡〔2007〕pp. 12-14)。その象
な取り組みを行っているのか。稲垣と Fine の
徴的なケースとして,おでんがある。おでんと
研究では,そのあたりの言及がなされていない
いう食べ物は,地域によって,だしの味から入
ため,大きな課題として残ってしまっていると
れる具材まで,すべて異なる。そこで,セブン
考えられる。
イレブンでは,全国の協力メーカーへ協力を求
ところで,稲垣と Fine の両者は共に製造業
め,日本全国を6つのブロックに分けて,各地
のサプライチェーンを中心に研究した結果とし
域でそれぞれ,味の違うおでんを開発した。さ
て論じているが,他の業界では果たしてどうで
らに,おでんに入れる具材へのこだわりから,
あろうか。Fine は,川下に近い企業ほどクロッ
具材ごとにそれぞれ専門チームを作り,それぞ
56
第 11 巻
第3号
れチームで各具材の開発に取り組み,適宜,各
ままを,自分を変えることによって合理的に受
具材とだしの味を調整しながら,現在のおでん
け入れるようにすること」)で行動を起こすこ
の開発に取り組んだ(吉岡〔2007〕pp. 90-115)
。
とに努めたこと,例えば,上述したおでんの開
また,セブンイレブンの商品開発システムは,
発のように,多岐に渡って行われている価格訴
NDF に加盟するほとんどの企業が「セブンイ
求の製品開発ではなく価値訴求の製品開発の実
レブン専業」であり,このことが,セブンイレ
施による新しい価値の創造 ,商品の単品管理
ブンが独自に設ける品質管理を実現するための
による需給バランスの調整,データ(天気予報
情報共有や商品開発に関する知識共有と,原材
や,前年・月次・週次ごとの売上情報,近隣地
料の共同調達,商品の共同配送が可能となるこ
域における催事の有無などといった情報)を元
(8)
とによる物流のムダを削減することにも寄与し
にして立てた仮説と,それの検証による売上と
ている。具体的には,創業当初(第1号店開店
売れ筋商品の分析,立地特性を考慮した品揃え
当時),まだ 24 時間営業ではなかったが,商品
や店舗設計,顧客の情報収集と蓄積などといっ
を配送するトラックが1日に 70 台も納入に訪
た取り組みを実践したことが挙げられる(緒方
れていた(当時の営業時間で考えると,14 分に
〔2004〕pp. 15-28,pp. 123-124,pp. 139-142,
1台の割合で配送業者が納品に来ていたことに
pp. 153-156)
。
なる)。それを,メーカー各社の協力による共
セブンイレブンは,このように徹底したムダ
同配送の実現や,
冷蔵技術の向上などによって,
の排除を進めながら,新しい価値の創造に向け
2005 年には1店舗あたり1日に9台のトラッ
NDF に加盟するメーカーとの協働や,セブン
クで配送を行えるまでに改善した(田中〔2006〕
イレブン独自の理念に基づいて様々な取り組み
pp. 121-139)
。
を実施してきた。だが,このような取り組みが
しかし,セブンイレブンのこれまでの発展を
円滑になされるために,組織コミュニケーショ
支えてきた要素は,NDF との協働や物流の改
ンに関わるコストを惜しむことなく投資し,競
善だけではない。いくら,マーチャンダイジン
合他社をリードする情報システムの構築(時間
グやそこから得た情報を元に NDF との協働に
的・空間的・距離的なコミュニケーションの確
取りかかるとしても,顧客から支持される商品
保による情報の収集・蓄積・共有(伝達)の確
開発ができなければ意味はない。また,良い商
立と,ロジスティクス・システムの確立)に取
品開発をしても,顧客が手に取らなければ意味
り組んでいた側面があったことも考慮しなけれ
はない。そこで,セブンイレブンでは NDF と
ばならない(緒方〔2006〕pp. 136-202)。
の協働や,マーチャンダイジング部門との情報
つまり,セブンイレブンの組織構造は,情報・
交換を踏まえた上での商品開発の実現と,それ
知識の共有に基づいた組織コミュニケーション
を販売する店舗での心配りに注力した面もこれ
を軸として,生産(NDF に加盟しているメー
までの躍進を支えてきた大きな要素であろう。
カー)
・ロジスティクス・販売が連動しつつ,そ
具体的には,まず,販売店で商品を陳列する際
の裏で商品開発も NDF に加盟しているメー
に消費期限が新しいものを陳列棚の前方に陳列
カーと協働するという,いわば垂直統合と水平
し,古いものを後ろに陳列する後入れ先出し法
統合を組み合わせた組織構造であるように見え
を採用したことが挙げられる。また,「店はお
る。
客のためにある」ではなく「お客の立場で考え
セブンイレブンのケースを簡単にまとめると
る」という精神(イノベーション=
「お客のわが
次のようになる。セブンイレブンのケースに
SCM のルーツから見た再定義(寺前)
57
は,サプライヤー各社の水平統合の中で,商品
の地位を獲得することに寄与していると捉える
開発は NDF を介した垂直統合の動きがある。
ことができる。だが,セブンイレブンが CVS
上述したように,元来 SCM の目的は,サプラ
業界で現在の地位を獲得するに至った要因に
イヤーを水平統合によって,戦略的パートナー
は,少なからず次の背景があることも事実だ。
関係を構築し,互いの強みを強化し,弱みを補
それは,セブンイレブンが,CVS 業界の競合
完し合うことで流通コストと在庫を削減するこ
他社よりも早くに創業したことや,創業当初か
とだと考えられていた。だが,セブンイレブン
ら常に流通改革や商品改革に取り組んでいたと
の事例は,弱みを補完し合いながら,流通コス
いう歴史的経緯がある。また,現在の一部の競
トと在庫の削減に重点を置きつつも,サプライ
合他社における SCM への取り組みには,セブ
ヤーと共に強みを強化し,サプライヤーと協働
ンイレブンのシステムを後追いして確立したシ
で商品開発に取り組むことによって,新しい付
ステムであると捉えることができるケースもあ
加価値を創造する(本稿では,このような新し
る。例 え ば,2004 年 に フ ァ ミ リ ー マ ー ト が
い消費者価値の創造を付加価値の創造とする)
SCM 改革によって導入した DCM(Demand
ことに注力している側面もある。さらに,サプ
Chain Management)というシステムは,セブ
ライヤーを巻き込み,一見すると水平統合のよ
ンイレブンの第5次情報システム改革(1998
うであるが,NDF という独自の組織を立ち上
年)の際に導入したシステムと類似点
げ,その NDF を介してサプライヤーとセブン
れる。
(有馬・清嶋〔2006〕pp. 54-55,国友〔1998〕
イレブンの社員が協働で商品開発に取り組み,
pp. 164-196,野 村 総 合 研 究 所〔 2007 〕pp.
新たな付加価値を創造する手法は,垂直統合の
100-101)。このような状況を考慮しても,セブ
ように捉えることもできる。だが,一般的な主
ンイレブンの取り組みは非常に意義深いもので
張や,Fine の二重螺旋の循環構造における,垂
あろう。
(9)
が見ら
直統合と水平統合の理論においては,垂直統合
と水平統合は相反する性格を持っているため,
3.4
小括
組織構造としては,どちらか一方の性格を有し
以上のように,セブンイレブンのケースから
た組織体となることが多い。それにも関わら
は,Fine が主張するような循環構造とは,少し
ず,セブンイレブンのケースでは,同じ組織に
異なった特徴がうかがえた。しかしながら,セ
おいて,商品開発は NDF を活用した垂直統合
ブンイレブンのケースからは,サプライチェー
であるが,ロジスティクスや生産・販売はアウ
ン上に水平統合と垂直統合の2つの要素が見ら
トソーシングだったり,フランチャイズだった
れる。つまり,垂直統合から水平統合への脱却
りといったように水平統合の形態である。
と,それによるサプライヤー各社との戦略的
つまり,セブンイレブンでは,Fine が主張す
パートナーシップの締結といった強みの強化と
る二重螺旋の循環構造とは全く異なり,セブン
流通コストの削減(生産者価値の創造を重視)
イレブンというサプライチェーン組織の中で,
が,本来の SCM の目的であった。だが,セブ
垂直統合と水平統合の両方の要素を備えている
ンイレブンとサプライヤーの関係は,生産者価
ように見られることから,ユニークな組織シス
値の創造から,サプライヤーと協力し合い,複
テムであると考えられる。
数の企業がまるで,1つの企業であるかのよう
このような,セブンイレブンの取り組みはユ
な研究開発を展開し,新たな消費者価値の創造
ニークなものであり,CVS 業界における現在
による持続的な競争優位を獲得するための戦略
58
第 11 巻
第3号
的パートナー関係へと少しずつ変化した。この
るとも考えている。Fine の業界 / 製品構造の
ように,SCM の祖先にあたる QR やトヨタ生
二重螺旋の循環構造のように,業界構造に劇的
産方式の特徴とされる,情報ネットワークの構
な変化を起こすには,上述したサプライヤーと
築,業務のシステム化,業務の標準化,生産の
の関係性の問題が1つの要素となる。しかしな
平準化,小ロット対応の生産手法,きめ細かい
がら,Fine の二重螺旋の循環構造は常に起こっ
進捗管理,などといった業務プロセスの管理シ
ているのではなく,
(一昔前,シュウィンが部品
ステムや意思決定支援システムは残しつつも,
サプライヤーに品質の向上と R&D に取り組む
SCM においてサプライヤーとの関係を見直す
ように迫ったことで,その後,大きく躍進した
動きは様々なところで起きている。実際に,
ように)ある日のある出来事,もしくは,企業
Bowersox らも,欧米企業の間でもサプライ
の躍進などといったような何らかの要因によっ
ヤーとの信頼関係の確立を重要視する動きが見
て循環構造が激しく起こることを考慮しなけれ
られると論じている。これに Bowersox らによ
ばならない。それを踏まえると,サプライヤー
れば,特に完成品メーカーにその傾向が見られ
との関係の見直し(例.親会社子会社の関係か
るとのことである。完成品の品質は,部材の調
ら戦略的パートナーの関係の構築,サプライ
達先の違いで時には大きな差が生じることがあ
ヤーとの事業統合などによる従属関係の構築)
ると主張している。また Bowersox らは,掃除
や,取引サプライヤーの絞り込み,などといっ
機メーカーの Tennant のケースを元に,品質
た取り組みは,サプライチェーン全体で考えた
の維持・向上を図るために欧米企業の間では,
場合,共にサプライチェーンを構築している企
取引サプライヤーの数を絞り,絞り込まれたサ
業同士の関係,あるいはリーダー企業とサプラ
プライヤーと信頼関係を形成し,より品質の高
イヤーとの関係を変える行為となり,Fine の
い部材の提供を求める傾向が見られることも指
二重螺旋の循環構造を引き起こす要素であると
摘している(Bowersox,他〔2002〕p. 136(邦
考えられる。すなわち,統合にせよ,取引サプ
訳 p. 131))。Bowersox らの主張は,水平統合
ライヤーの絞り込みにせよ,アウトソーシング
によって戦略的パートナーシップを築いていた
にせよ,サプライチェーン上で見られるこれら
サプライヤーを選定し,サプライヤーを垂直統
すべての諸活動が適切に実現されるためには,
合に近い形で再統合し,信頼関係を強化するこ
サプライチェーン組織における「組織間調整」
とでシナジー効果を高めることを狙ったものだ
が必要となる。そして,それらの諸活動を実現
ろう。
するための組織間調整の過程で Fine が指摘し
つまり,Fine の主張する循環構造は,限定的
な傾向であろう。しかしながら,Fine の研究
た二重螺旋の循環活動が生じ,業界構造そのも
のを根本的に変えてしまうのだろう。
には,サプライチェーンの行動様式や水平統合
つまり,SCM における組織間調整が,SCM
と垂直統合の循環が持っている意味を示してい
の活動様式とサプライヤーの水平統合と垂直統
ることには変わりはない。
合の循環を起こす源泉であると考えられる。
では,SCM の行動様式や水平統合と垂直統
合の循環をサプライチェーン全体で起こすため
に求められる最も重要な要素は何か。筆者は,
4.おわりに
それこそが SCM を確立するために最も重要な
以上のことから,先行研究で言及されたこと
要素でありかつ,SCM を定義づけるものであ
と同様に,SCM における組織間調整の重要性
SCM のルーツから見た再定義(寺前)
59
を見ることができた。だが,本稿は先行研究と
ン組織の形態が変化していくことを示してい
は異なり,SCM のルーツから SCM における組
る。
織間調整の重要性を議論してきたことにおいて
つまり,
組織間調整とは,
サプライヤーとリー
意義深いものであると考えられる。確かに,本
ダー企業がサプライチェーン戦略の遂行と,そ
稿は先行研究と同様に,SCM の本質において
こから創造される新たな価値を生み出すための
組織間調整との関わりが非常に強いことを確認
源泉となるサプライチェーン・ケイパビリティ
するに留まっているものの,先行研究のように
を獲得・醸成するために必要なサプライチェー
現 代 企 業 の ビ ジ ネ ス・プ ロ セ ス の 傾 向 か ら
ン・ビジネス・プロセスの再編活動である。事
SCM の本質を探るのではなく,SCM のルーツ
実,クライスラーやデルといった企業が採った
から議論を展開し,その上で SCM の本質が組
戦略は,自らの躍進だけでなく,業界構造その
織間調整であることを提示できた点において,
ものをダイナミックに変えてしまった。クライ
有意義なものであると考えられる。また,本稿
スラーやデルのケース,および,シュウィンの
の議論を通じて,SCM と組織間調整について,
ケースは,サプライヤーとの関係を一新させた
以下のことを言及できた点でも本稿には,大き
ことは言うまでもない。さらに,近年ではアッ
な意味があると考えられる。
プルによる音楽業界の構造転換にしても,既存
の音楽レーベルが持っていた圧倒的な権力関係
4.1
SCM の本質
を破壊し,サプライヤーとの関係を根本的に変
本稿を通じて,SCM の本質は組織間調整で
えてしまった。また同時に,Fine が指摘した
あることを言及したが,その中には次のような
二重螺旋の循環構造における循環メカニズムが
要 素 が あ る と 考 え ら れ る。ま ず,サ プ ラ イ
働いたことによって,業界構造や製品構造まで
チェーンの統合形態として,垂直統合と水平統
も変貌させてしまった。
合という形態があり,両者を環境に応じて使い
ところで,ここまで議論してきた SCM にお
分けるか,もしくは,セブンイレブンのように
ける組織間調整の議論(特に,Fine の二重螺旋
両者を組み合わせたサプライチェーン組織を構
の循環構造とサプライヤーとの関係性について
築するかである。だが,いずれにしても結局,
の議論)と拙稿〔2009a〕で論じた,コストカッ
その目的は,サプライチェーン組織(サプライ
ト型 SCM と付加価値創造型 SCM といった
チェーン全体)としての組織能力(サプライ
SCM の二面性の議論を結びつけると次のこと
チェーン・ケイパビリティ)の構築であろう。
が考えられる。まず,コストカット型 SCM が
また,サプライチェーン組織として,競争優位
浸透する要素としては,業務プロセスや生産管
を獲得しうる能力構築に取り組むために必要な
理の見直し(標準化)によるモジュール化の浸
合意形成と,サプライチェーン・プロセスの見
透と,サプライヤーの垂直統合化であろう。モ
直し,改善・組み換え・プロセスの細分化と統
ジュール化が浸透することで生産効率は向上
合化が組織間調整であろう。それは,上述した
し,業務プロセスの見直しと合わせることで在
ように,GM やフォードにしても,また,トヨ
庫削減に寄与するであろう。そして,コスト
タ,デル,セブンイレブンにしても,
「組織は戦
カット型 SCM から付加価値創造型 SCM へ移
略に従う」というように,業界構造や市場動向
行する過程には,業界構造が変化する作用が働
の変化,業界を取り巻く環境の変化などといっ
くのであろう(付加価値創造型 SCM からコス
た,環境・条件(状況)に応じて,サプライチェー
トカット型 SCM へ変化する場合も同様であ
60
第 11 巻
第3号
る)。さらに,付加価値創造型 SCM が浸透する
創造型 SCM(もしくは,付加価値創造型 SCM
要素には,サプライヤーとの関係性の変貌(戦
からコストカット型 SCM)へシフトする力が
略的パートナー関係の構築)
,アウトソーシン
働いた際には,各サプライヤー内のビジネス・
グを含めた事業の「選択と集中」によるリソー
プロセス,あるいは,サプライヤー同士を結び
スの効率的な活用が考えられる。
つけているビジネス・プロセスを見直し,状況
つまり,拙稿〔2009a〕で論じた SCM の二面
に合わせて最適化を図る必要が生じる。その際
性についても,Fine が論じた二重螺旋の循環
に,最適化を図るために求められるのは,サプ
構造も,サプライヤーとリーダー企業の間の関
ライヤーの協力の下でなされる,それぞれのビ
係性の問題であり,それが変化する際に組織間
ジネス・プロセス改革であり,それを実現する
調整が機能することで,組織構造と業界構造が
ために組織間調整が必要となるのであろう。
ダイナミックに変貌していくのであろう。とい
また,Fine の二重螺旋の循環構造にしても,
うのも,拙稿〔2009a〕で筆者が示した2つの
上述した3つのケースで示された通り,次のこ
SCM も,Fine の表現方法に従うなら,循環し
とが考えられる。まず,垂直統合から水平統合
ていると考えられる。なぜなら,拙稿〔2009a〕
にシフトする場合,基本的にはそれまでと同様
では,SCM を構築する際,まずコストカット型
にリーダー企業とサプライヤーの関係は密接な
SCM の構築に尽力し,サプライチェーン・ビジ
ものであるが,親会社と子会社の関係から戦略
ネス・プロセスの最適化による業務の効率化と
的パートナーという関係へと変化する。その際
コストカットを促しながら,サプライチェーン
に従来,子会社という立場にあったサプライ
組織の体制を整えることを論じた。そして次
ヤーは,自立型の企業として R&D から生産活
に,外部環境に働きかける戦略を策定・実行し
動に至るまでの大半の諸活動を自前で展開し,
なくては組織の硬直化を招くことになりかねな
技術,
製品の品質向上に努めていくこととなる。
いため,次に付加価値創造型 SCM へシフトす
さらに,技術面・品質面などで優れていること
る傾向があることを論じた。付加価値創造型
が認められれば,例外を除いて従来では考えら
SCM を構築する場合,まず多角化を含めた中
れなかった他社との取引関係を構築することに
長期に渡る持続可能な競争優位を育てていくた
も寄与するだろう。一方,水平統合から垂直統
めに必要なサプライチェーン・ケイパビリティ
合へシフトする場合,Bowersox が指摘したよ
の創造・醸成に重点を置きつつ,顧客を含めた
うに一度,水平統合によって戦略的パートナー
トータル・サプライチェーンとして顧客満足の
シップを築いたサプライヤーを選定し,その上
向上や,さらなる業務の見直しによる持続可能
でサプライヤーを垂直統合の形態で結集させ,
な競争優位の獲得を目指した戦略を策定・実行
サプライチェーンを再構築することによって,
する傾向にあることを論じた(拙稿〔2009a〕
より深い信頼関係を構築すると共に,互いの強
pp. 88-89)。つまり,コストカット型 SCM か
みを合わせることで大きなシナジーを得ること
ら付加価値創造型 SCM へシフトする要素に
ができる。だが,垂直統合にしても水平統合に
は,組織の硬直化を避けつつ,組織変革を引き
しても,サプライチェーン組織を束ねる両者の
起こす意味もある。この点において,Fine の
統合形態には,必ずサプライチェーン組織全体
二重螺旋の循環構造における循環プロセスと極
としてビジネス・プロセスが最適化され機能す
めて類似している。
るように,各サプライヤー内のビジネス・プロ
そして,コストカット型 SCM から付加価値
セス,あるいはサプライヤー同士を結びつけて
SCM のルーツから見た再定義(寺前)
61
いるビジネス・プロセスを調整する必要が生じ
発生,事業の見直しなど)が考えられる。これ
る。例えば,上述したシュウィンは業界構造が
に該当するのが,上述したシュウィンのケース
水平統合の形態へ変化した後,不振から脱却す
や,Bowersox が 論 じ た 掃 除 機 メ ー カ ー の
るために,それまで機能しなかったシュウィン
Tennant のケースや,トヨタの主要サプライ
を取り巻く環境を覆すために,サプライヤーや
ヤーの1つであったアイシンで 1997 年に発生
販売店に粘り強く働きかけ,状況を打開し大き
した工場火災によって,工場が一時的に操業を
く躍進するに至った。
停止し一部のトヨタ製品の生産が停止したケー
これらを踏まえると,組織間調整が求められ
スが挙げられる(
「アイシン精機工場火災,トヨ
る環境としては,次の2つが考えられるだろう。
タの生産に打撃―一部ライン停止の公算。」
,日
まず1つは,サプライヤーとの関係が希薄であ
本経済新聞 1997 年2月2日朝刊 p. 7,
「トヨタ
るような環境が考えられる。これは,上述した
九州,操業停止,アイシン火災余波。
」
,日本経
コンピュータ業界のように,IBM や HP などと
済新聞 1997 年2月3日夕刊 p. 1)。
いった各メーカーは,それぞれ自社でサプライ
このような環境下において,SCM の存続を
チェーンを確立しているが,各メーカーは OS
決定づける最も重要な要素は柔軟な組織間調整
を MS から調達し,マイクロプロセッサをイン
であると主張することができるだろう。また,
テルから調達する形を採っていた。だが,これ
松丸が指摘した通り,リーダー企業あるいはサ
らのサブシステムを供給する企業の力が強く
プライヤーが全体最適に努めるのではなく,自
なっていく中で,他のサブシステムの生産を手
社の最適化を追求するような行動を取るような
掛けるようになり,それが業界構造までも変え
ことを避けるためにも,リーダー企業とサプラ
てしまい,結果的に後発だったデルが急速に成
イヤーあるいはサプライヤー間で全体最適のた
長することを促し,先行する IBM や HP に大
めの「合意形成」をきっちりとしておかなけれ
きな影響を与えた。
ば SCM は機能することがないだろう(松丸
もう1つは,一度確立したサプライチェーン
〔2003〕pp. 16-20)。
の形態(もしくは構造)の見直しが必要な環境
以上のことから,筆者は,SCM を「サプライ
(例.組織もしくは業界の硬直化,取引サプラ
ヤーとの合意形成に基づいたサプライチェー
イヤーとの関係強化を目的とした取引サプライ
ン・ビジネス・プロセスの最適化を伴った組織
ヤーの絞り込み,想定外のトラブルや不祥事の
間調整と,情報・知識の共有による新たな能力
図2
出所:筆者作成
SCMの定義(SCMにおける組織間調整と競争優位)
62
第 11 巻
第3号
(サプライチェーン・ケイパビリティ)構築に
つまり,上述したように Barney が論じた,希
よる競争優位を獲得するための企業連合組織の
少で模倣困難な独自のケイパビリティを育む条
マネジメント手法」と定義づける。また,この
件と競争優位を獲得するために求められる組織
定義を図解したものが図2である。なお,SCM
能力,製品・サービス能力といった能力構築と
における情報・知識共有の重要性に関する議論
の関係が深いことが見受けられる。また藤本
(10)
は拙稿〔2009b〕で議論した通りである 。
は,組織能力の定義を,1.ある経済主体が持
つ経営資源・知識・組織ルーチンなどの体系で
4.2
残された課題
あり,2.その企業独自のものであり,3.優
以上のことから,本稿において SCM の構成
位性が中長期的に維持され他者が容易に模倣で
を根幹から支える要素が組織間調整であること
きないものであり,4.結果としてその組織の
を確認することができた。だが,Fine の二重
競争力・生存能力を高めるもの,としており,
螺旋の循環構造にせよ,拙稿〔2009a〕で筆者が
Barney の 定 義 と 共 通 す る 点 が 多 い( 藤 本
論じた SCM の二面性にせよ,次のような課題
〔2003〕p. 28)
。だが,Barney の研究にせよ藤
が表面化したと推察できる。それは,競争優位
本の研究にせよ,サプライチェーンといった視
となりうる組織の能力構築に必要なプロセスや
点から考察されたものではないため,サプライ
条件・環境の構築に関する検証にまで研究が
ヤーとの組織間調整という観点での議論がなさ
至っていないということである。本稿では,あ
れていない。
くまでサプライチェーンにおけるサプライヤー
また,上述した河合の指摘の通り,Barney
とリーダー企業との関係性の形態(垂直統合と
はダイナミック戦略における議論には触れてい
水平統合の形態のサイクル)と,サプライヤー
ないため,サプライチェーン全体としてダイナ
とリーダー企業との関係性が変化する際に求め
ミックな戦略転換やサプライヤーとの関係性の
られる組織間調整がサプライチェーンの土台で
変貌などといったダイナミックな戦略転換が
あること,および,拙稿〔2009a〕で論じた SCM
迫った際の組織間調整や能力構築戦略について
の二面性との関連を示したに過ぎない。つま
Barney の理論で考えるには限界があるだろ
り,垂直統合と水平統合といった組織構造(業
う。
界構造)の循環サイクルの作用が働いた時にな
さらに,中野らも指摘するように,そもそも
される組織間調整において,近い将来を見越し
サプライヤー同士,あるいはサプライヤーと
た競争優位を獲得するための能力構築がどのよ
リーダー企業との間でなされる組織間調整にお
うになされるのかについて,考察を導き出すと
ける合意形成を確保すること以前に,社内にお
ころには至っていない。確かに,本稿で挙げた
ける合意形成を確保することも容易ではないだ
米国の自動車業界や欧米の自転車業界やコン
ろう(中野,他〔2010〕pp. 350-351)。
ピュータ業界,さらにはセブンイレブンのケー
つまり,社内における合意形成とサプライ
スから,次のことは推察できる。競争優位とな
チェーン上における合意形成を確保する際に生
る能力構築を実現する条件は,1.サプライ
じる諸問題,組織間調整と競争優位となる組織
ヤーとの交渉力,2.従業員との交渉力,3.
能力構築の関係,組織間調整とダイナミック戦
顧客との関係性の獲得(製品・サービスの PR
略の構築などといったサプライチェーン全体に
などによる企業・製品・サービスのブランド構
おける(持続的な競争優位を含む)競争優位の
築といったマーケティング戦略の浸透)
である。
獲 得 に 関 連 す る 諸 事 象 や,さ ら に は 筆 者 の
SCM のルーツから見た再定義(寺前)
63
SCM に関する定義の整合性の検証は今後の検
保有台数が 1000 万台を越えた(当時の米国の人口
討課題である。
が約 7600 万人とされている)。参考:Fine. Charles.
H〔1998〕pp. 51-52(邦訳,p. 76)。
注)
⑴
⑹
このような業界構造の変貌と既存のビジネス・モ
デルの崩壊に関する議論の詳細は,内田〔2009〕を
例えば,今岡は,SCM におけるビジネス・プロセ
スの見直しや,ボトルネックの問題,スループット
経営の視点から SCM の確立におけるビジネス・プ
参照。
⑺
ロセス改革の在り方ついて論じている。また,諸上
略)と探索(現場主導戦略)の2つのプロセスのバ
らは,事例を踏まえながら,戦略的 SCM に求めら
ランスを保つことが困難となる事象のこと。参考:
れることについて論じている。
なお,一般的に,垂直統合の対抗軸に存在するの
は,水平分散である。だが,本稿で論じるように,
垂直統合の対抗軸が水平統合であるケースもある。
水平統合には,M&A などによって,従来,内部化
していた業務を外部委託し,委託先各社で業務を統
合化することによって強みを強化するメリットがあ
る。例えば,OEM や EMS,共同配送などがある。
参考:今岡〔1998〕,諸上,他〔2007〕
⑵
CSCMP(Council of Supply Chain Management
Professionals)のサイトに記載されている定義を筆
者邦訳。参考:“Council of Supply Chain Management Professionals”,CSCMP-Supply Chain Management Definitions,http : //cscmp.org/aboutcscmp/
definitions.asp(最終アクセス日:2010 年7月5日)。
⑶
例えば,Copacino は,SCM を効果的に機能させ
るか否かは,ロジスティクス・システムによって決
まると主張している。また,西村はサプライチェー
ン・ビジネス・プロセスを原材料業者から小売業者
に至るまで継ぎ目なくつなぎ,情報の共有とビジネ
ス・プロセスを最適化することで,SCM が機能する
と主張している。参考:Copacino〔1997〕pp. 7-8,
西村〔1998〕p. 209。
⑷
クロックスピードとは,生物が進化する速度のこ
とである。ショウジョウバエのライフサイクルは,
卵から成虫になって死ぬまで2週間であり,遺伝子
構造が複雑であるにも関わらず進化の速度が非常に
速いことから,遺伝科学の分野の研究で多種多様な
研究をする際に用いられる。そこから Fine は,進
化の速い業界(例.コンピュータ業界,情報エンター
テイメント業界など)をショウジョウバエ型業界と
位置づけている。参考:Fine. Charles. H〔1998〕pp.
3-7(邦訳,pp. 14-19)。
⑸
1899 年のピーク時には,米国国内だけで自転車の
狭い事業戦略から極めて成功することで生じる組
織の硬直化により,組織学習の活用(トップ主導戦
Burgelman〔2002〕pp. 369-370(邦訳,pp. 516-517)。
⑻
セ ブ ン イ レ ブ ン の 商 品 開 発 に つ い て は,吉 岡
〔2007〕を参照。
⑼
ファミリーマートが 2003 年に確立した DCM の
目的は,販売情報の分析機能の向上(新たに天候情
報,周辺地域での催事情報,曜日情報などの追加と,
情報の更新速度の迅速化によって,より複雑な情報
分析)と在庫日数の短縮化を実現することであった。
この結果,メーカーへの発注業務のスピード化を実
現し,メーカーに自社のプライベート・ブランド商
品の開発と生産の同意を得ることに寄与した。
一方,1997 年から運用されたセブンイレブンの第
5次情報システムの開発において念頭に置かれてい
た3つ考えは,1.わかりやすさ,2.仮説・検証
をしやすい,3.マニュアルなしで操作できる,で
あった。このうちの2.仮説・検証をしやすい,に
だけ議論を限定すると,そのシステムの詳細は次の
通りである。1.本部が推奨する商品の案内などの
様 々 な 情 報 を マ ル チ メ デ ィ ア( 例.ス ト ア コ ン
ピュータなど)を介して,より迅速に提供する,2.
従来周辺地域に限られていた天候情報を各商圏に限
定しないで,他商圏の天候情報や台風情報などをア
ウトプットできるようにした,3.催事やキャン
ペーン,CM などの情報をカラー動画や画像でビ
ジュアルに提供する,4.発注・品揃えの考え方,
販売方法,先行情報の共有化によって,単品管理や
オペレーションの改善計画をより立てやすくした,
5.検証した結果の記録を音声や手書き文字で蓄積
できるようにした,6.発注端末をカラー化し,発
注時や売り切れ時刻や陳列方法などの情報をビジュ
アルでみせることを実現した。
このように,ファミリーマートの DCM と,セブ
ンイレブンの第5次情報システムには,類似点が見
64
第 11 巻
第3号
られる。参考:有馬,他〔2006〕pp. 54-55,国友〔1998〕
pp. 165-166,pp. 170-171。
⑽
拙 稿〔 2009b 〕で は,先 行 研 究 を 下 に サ プ ラ イ
チェーン全体を通した知識・情報の共有によるコア
Massachusetts Institute of Technology (邦訳,依
田直也〔1990〕
『Made in America アメリカ再生の
ための米日欧産業比較』,草思社).
〔10〕Fine. Charles. H〔1998〕CLOCKSPEED, Inter-
コンピタンスの獲得や可能性について事例を踏まえ
national Literary Agents (邦訳,小幡照雄〔1999〕
ながら言及した。参考:拙稿〔2009b〕
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〔11〕Fine. Charles. H〔2000〕“CLOCKSPEED―BASED
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ヤモンド社,pp. 207-226.
〔28〕野村総合研究所〔2007〕
『2010 年の流通』,東洋経
上茂登・村田潔(編著)
『グローバル SCM』,有斐
閣,pp. 3-20.
〔32〕諸上茂登・Kotabe. M・大石芳裕・小林一(編著)
〔2007〕『戦略的 SCM ケイパビリティ』,同文舘
出版.
〔33〕吉岡秀子〔2007〕『セブン―イレブンおでん部会
ヒット商品開発の裏側』,朝日新書.