シリコンバレーで プラグ・アンド・プレイ サンフランシスコ事務所 仲谷 隆造 はじめに 「日本は気力をくじくほどの経済大国だっ た」。スタンフォード大学の学位授与式(6 月) におけるライス国連大使のスピーチの一言。 卒業した 1986 年当時には予測できなかった 激変の一つに日本の経済力の減退をとりあげ た。式典では同大学の多国籍化の進展が強調 され、中国をはじめとするアジア出身の学生 が多数見られる中、日本人の姿はごくわずか だった。 スタンフォード周辺にシリコンバレーが発展 世界的な経済危機やカリフォルニア州の財政危機によりビジネス環境は万全 では無いが、シリコンバレーは、Apple、Google、Facebook、Tesla Motors 等、 未だに絶え間なく新しいビジネスを創出し続ける世界のイノベーションの中心 である。 スタンフォードをはじめとする優れた「研究」、豊富な「投資資金」、そして 世界中から集まる「起業家」。Google 創業者のセルゲイ・ブリン氏は旧ソ連、 Yahoo!創業者のジェリー・ヤン氏は台湾、Tesla Motors 会長のイーロン・マス ク氏は南アフリカ出身であり、海外からの移住一世の活躍が目覚ましい。近年 は中国とインドの存在感が高まり、両国ではシリコンバレーに残る人と母国に 戻って活躍する人のネットワークも生まれている。 当事務所が今春から入居している「プラグ・アンド・プレイ・テック・セン ター(Plug and Play Tech Center、以下「PnP」)」は、スタートアップ企業(新 事業を開始した精力的な企業)の支援施設である。各国の首相や大臣、大物企 業家をはじめ、いまや年間来訪者が 1 万人を超えるシリコンバレーの名所とな った。 企業の 高齢化 が進む日本に、このシリコンバレーを凝縮したかのような 起業促進施設を紹介することで、福岡からシリコンバレー・世界への挑戦を促 すとともに、福岡における起業支援の参考としたい。 1.半数が外国生まれのシリコンバレー シリコンバレーとは、サンフランシスコ・ベイエリアの南部一帯の通称であ る。以下は、Joint Venture Silicon Valley Network*1が発表した“Index of Silicon Valley 2010”からの抜粋であるが、資金面でも人材面でも一層のグローバル化が 進展していることが伺える。 全米のベンチャーキャピタル(主に未上場企業に対するハイリターンを狙 った投資会社、以下「VC」)投資の 3 割はシリコンバレーに。投資対象は 「ソフトウェア」や「半導体」から、 「バイオ」、 「エネルギー」、 「医療」、 「メ ディア」へ。 シリコンバレーと海外との間の投資額は拡大基調。シリコンバレーからの 投資先は中国が圧倒的な 1 位。 シリコンバレーに対する日本からの投資は、 かつての 3 位から現在は 9 位に低迷している。 一方で、増加傾向のシリコンバレーと海外との共同特許では、日本が未だ 首位を維持している。 英語以外の言語を話す家庭は全体の約 5 割に及び、従業員の約半数は外国 生まれである。特に外国出身の理工系人材の 3 割はインド出身である。以 下、中国、ベトナム、台湾、フィリピンと続く。 2.シリコンバレーの縮図「プラグ・アンド・プレイ・テック・センター」 エストニアの大統領やチェコの首相、オバマ大統領も就任前に訪れた PnP。 「プラグ・アンド・プレイ」という名称は、パソコンに周辺機器等をつないだ ら(プラグ) 、即座に実行(プレイ)できるという言葉に因む。 *1 シリコンバレー地域の経済や生活の質に影響をおよぼす可能性のある諸問題の分析や対策を行う機関。 2006 年の開設以来、経済危機の影響が色濃く残る中で、入居する 200 社以上 のスタートアップ企業の調達した投資額が 7 億ドル(700 億円以上)を超えた ことで話題になった。 受付周辺では絶えず人が交流している 自己投資部門を中心に連携機関を掲示 最大の特徴は、PnP 社長が経験豊富な事業家で、PnP がオフィス賃貸の不動 産部門と企業への投資部門を併せ持つこと。VC や大手企業、全米の名門大学、 法律・会計事務所等との関係も強い。また年間 100 回以上ものイベント開催に より、ネットワーク形成の機会が豊富にある。大学や外国政府との連携による 起業家育成にも積極的。これらが 1 カ所に凝縮されている点で、PnP はシリコ ンバレーの縮図といえる。 (1)投資家を重視 シリコンバレーの投資家は事業経験も人脈も豊かで、必要があ れば投資先企業のトップを変える程の行動力を持つ。起業家とし ては、投資家から助言や資金を得ながら事業展開することが欠か せない。 PnP 正面玄関の左側には、来客用とは別に投資家専用の駐車 場まで用意されている。受付横の最も目立つところには PnP に 来訪する投資家のスケジュールが大型ディスプレーにびっしり と表示されている。PnP は 60 以上の VC との関係を築き、入 居者には投資家との豊富な接点を用意している ことを誇示している。 (2)オープンネスとチームワーク PnP には世界中から毎日のように視察者が訪 れているが、施設内のほとんどのブースには扉が オープンな iPhone アプリのパビリオン 投資家専用の駐車場 無く、仕切りも低く背伸びをすれば中が見える。音は当然、周囲にもれる。 iPhone 用アプリケーションを開発する企業を集めた一角があり、競争環境に ある同業他社が半ば机を並べている。人に隠れて閉じこもって仕事をするので はなく、積極的に同業他社とも意見交換し、協力し合って事業を練り上げてい る。 また、入居者が弁護士や会計士の相談を受け られるのは勿論のこと、PnP ではエグゼクテ ィブ・イン・レジデンスという一角が特徴的で ある。既に事業で成功を収めた人や専門家がブ ースを借りて入居し、入居企業に助言や指導を 行っている。彼らが入居企業の CEO として雇 われた事例もある。新技術を持った人が全てを 自己完結するのではなく、共同経営者、助言者、 エグゼクティブの入室状況を掲示 チームメンバー、投資家等とのチームワークに よって成功に導こうとしている。 (3)スタートアップ企業を尊重 最先端のビジネスは、既存の大企業よりもむしろスタートアップ企業から生 み出されている。 決済サービス大手の PayPal は、自ら PnP 内にスタートアップ企業を入居させて支援し ている。シリコンバレーでは大企業とスター トアップ企業との関係がよりフラットであり、 いわゆる「大企業」と「中小企業」の関係と は異なっている。 PayPal のパビリオン 買収されたことを祝う PnP 内メール ニアメール ちなみに、誰もが Google のようにはなれな いため、起業家が自分の企業を大企業に売る ことは、株式公開と同じく大きな成功を意味 する。例えば Apple に自分の事業を売れば、 大変な成功者とみなされる。企業とは自分の 人生の中で事業を具現化するための器という 考え方である。 自分で興した企業を世襲する文化も尊重す べきだが、次々とイノベーションが起きるシ リコンバレーでの主流にはなり得ない。 (4)世界中から受け入れ世界中へとつながる PnP は、カナダ、スペイン、チェコ、オース トリア、フィンランド等の政府系機関の起業促 進も支援している。PnP 内には各国のパビリオ ンが設けられており、各国や地域から選ばれた スタートアップ企業が 3 ヶ月ずつ滞在し、PnP による濃密なサポートを受けながら短期間で 鍛えられている。 ここでは投資家に出会えるだけでなく、世界 カナダのパビリオン 展開したいと考えた場合、世界中の人脈を形 成しやすいことも大きな利点である。 何十もの投資家と何百人もの観衆の前で、わ ずか数分の持ち時間でビジネスプレゼンテー ションを競い合う「エレベータピッチ」と呼ば れるイベントがシリコンバレーの各地で開催 されている。 数多くの PnP のイベントの中でも“EXPO” と呼ぶ年 4 回のピッチ大会は、各国パビリオン の企業を含め、世界中から資金獲得を狙ったス PnP EXPO の様子 タートアップ企業が参加する。ピッチに立てば 勿論のこと、聴衆として参加するだけでもそのダイナミズムを体感することが できる。 3.最後に “iEXPO”は PnP のピッチ大会の中でも、特に海外企業に焦点を当てたものだ が、実に 2 年連続で最優秀 3 社のうちの 2 社を日本勢が占めた。PnP で「ジャ パンパビリオン」を運営している VC の SunBridge Partners が、三菱地所の「東 京 21c クラブ」と組んで東京で予選会を行い、勝ち抜いた企業を徹底的に指導 した成果である。 SunBridge のジャパンパビリオン 日本の政府系で唯一の当事務所 SunBridge は元オラクルジャパン代表のアレン・マイナー氏が率いる VC で、 これまで Salesforce.com などの海外企業の日本進出で大きな実績を上げてきた。 今度は PnP で日本企業の海外進出を手がけており、日本勢の躍進は彼らの強力 なサポートがあっての賜物だが、少数ながら日本企業もやればできるという事 例として心強い。 SunBridge は、11 月に東京、12 月には大阪と、相次いでスタートアップ企業 を支援する施設を立ち上げ、海外進出を後押しする仕組みをつくっている。ま た、他にも民間の新たな支援施設の計画が日本国内で進行しているようだ。 福岡県サンフランシスコ事務所は PnP 内で唯一の日本の政府系事務所であり、 九州大学や福岡工業大学の学生ツアー、Ruby ミッション等の視察を受け入れて きた。視察者の反応には手応えを感じているが、福岡の企業が海外市場で益々 躍進するために、「福岡パビリオン」として、福岡の企業が PnP に滞在しなが ら支援を受けられる仕組みを持つことを展望したい。
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