根におけるケイ素吸収・輸送モデルの開発と イネがケイ素を多く吸収

平成 26 年度主要成果
根におけるケイ素吸収・輸送モデルの開発と
イネがケイ素を多く吸収できるメカニズムの解明
[要約]
イネにおいて重要なミネラルであるケイ素が根から吸収・輸送される過程を計算するモ
デルを開発しました。イネ特有の二重のカスパリー線構造が、ケイ素の輸送体の働きを
促進していることが分かりました。
[背景と目的]
植物において土壌からのミネラル吸収は生長に必須であり、より精度の高い作物生長モ
デルを構築するためには、その詳細な数理モデル化が望まれています。近年、分子生物
学的な研究の進展により、植物体内におけるミネラルの輸送体の働きが明らかになりつ
つあります。そこで、本研究では病害や倒伏を防ぐ上で重要な役割を果たすケイ素の輸
送体に関する分子生物学的な知見の進歩をもとに、イネの根における吸収過程の数理モ
デルを開発し、イネの高いケイ素吸収・輸送能力を解析しました。
[成果の内容]
イネの根には Lsi1 と Lsi2 というケイ素輸送体が存在していることが分かっています。
また、それらはカスパリー線(植物の根に、一重または二重に存在する帯状の構造で植物
体への物質の侵入をブロックする役割を持つ)の細胞にしか存在しておらず、極性を持っ
て存在していることが近年の研究で分かっています(図 1)。本研究では、これらの分子生
物学的な知見をもとに数理モデルを作成しました。このモデルでは、根から吸収されたケ
イ素は、根を拡散しつつ、細胞壁に存在するケイ素輸送体によって、根の中央部の導管ま
で運ばれます(図 1)。また、岡山大学資源植物科学研究所によって測定された、イネにお
けるケイ素の吸収実験のデータを用いて、Lsi1 や Lsi2 の輸送活性を推定し、イネにおけ
るケイ素の吸収・輸送を定量的に再現することができました(図 2)。
このモデルを用いて、なぜイネでは高いケイ素吸収が実現されているのかを解析しまし
た。他の植物と異なりイネではカスパリー線が内皮と外皮の両方に存在しているため、内
皮と外皮の間に輸送されたケイ素の濃度を高く保つことができ、ケイ素の輸送能力が大き
く増大していると推定されました(図 3)。この発見は、カスパリー線の役割の新しい側面
を示唆するものです。今後は他のミネラル吸収モデルを開発することにより、精度の高い
作物生長モデルの構築が期待されます。
本研究は、JSPS 科研費 (25119723) による成果です。
リサーチプロジェクト名: 食料生産変動予測リサーチプロジェクト
研究担当者:生態系計測研究領域
櫻井玄、佐竹暁子(北海道大学)、山地直樹(岡山大学)、横沢
正幸(静岡大学)、FEUGIER François Gabriel(北海道大学)、三谷奈見季(岡山大
学)、馬建鋒(岡山大学)
発表論文等:1) Sakurai et al., Plant Cell Physiol. doi:10.1093/pcp/pcv017 (2015)
図 1 根のケイ素吸収のモデル化
イネの根において重要な役割を果たす 2 種類のケイ素の輸送体 (Lsi1 と Lsi2)の配
置 (a)。2 つの輸送体は、内皮と外皮の両方のカスパリー線に、極性を持って配置さ
れています。モデルでは、根を円柱として扱い、細胞壁によって細胞の内側と外側
のコンパートメントを持つ格子で模式し、拡散方程式を解きます (b)。内皮と外皮
のカスパリー線にある輸送体がケイ素を根の中心方向にすばやく輸送し、根の中心
に高いケイ素濃度を作り出します (c)。図(c)は数理モデルの計算によるケイ素の濃
度の変化についての定性的なイメージです。
図 2 シミュレーション予測値と観測値の比較
イネの根を 1mM のケイ素溶液に浸し、60 分後までの
導管中のケイ素濃度を測定したデータとシミュレ
ーションによる推定値の比較。縦軸は導管中のケイ
素濃度 (mM) 、横軸は時間 (分)。灰色と実線は推
定値を点線と折れ線(●)は観測値を示しています。
灰色及び点線内の領域は 95%信頼区間。観測値を定
量的に再現することができていることが分かりま
す。
図 3 シミュレーション実験によるカスパリー線の
意義の解明
イネの根を 1mM のケイ素溶液に浸して 60 分後まで
の導管中のケイ素濃度のシミュレーション実験結
果。内皮と外皮のカスパリー線を除去した場合の影
響を解析しています。輸送体を野生型と同様の位置
に配置したしたとしても、カスパリー線を除去する
とケイ素濃度が大幅に減少することが分かります。