第20回木原記念財団学術賞 受賞研究紹介 植物におけるミネラルの輸送機構 岡山大学 資源植物科学研究所 ま 馬 植物は動物とは異なり、独立栄養生物であり、健 教授 けんぼう 建鋒 ネ酸類を分泌する。我々はオオムギから鉄―ムギネ 全な生育のために、土壌から必要なミネラル(14 種 酸錯体を輸送する HvYS1 を同定した(1) 。 HvYS1 類)を吸収し、体内の各器官に輸送する必要がある。 は根の表皮細胞で発現し、鉄-ムギネ酸錯体を特異 その一方、植物の生育環境(土壌)において、必須ミ 的に輸送する。また、鉄欠乏によって強く誘導され ネラルのほかに、生育に必要のないミネラルも多く る。 存在する。これらのミネラルが過剰に存在すると、 吸収された鉄を根から地上部に効率よく輸送する 植物に毒性を示す。したがって、植物は生存のため ために必要な輸送体 OsFRDL1 をイネから同定した に、環境中にある有害なミネラルを体内外で無毒化 (2) 。OsFRDL1 はクエン酸を輸送するタンパク質で、 する必要もある。さらに、食用植物によって吸収さ 根の内鞘細胞の細胞膜に局在している。破壊株では れた有害なミネラルは食物連鎖を経て我々の健康に 導管周辺に不溶性の三価鉄の沈着がみられ、野生型 悪影響を与えるため、植物のミネラル問題は作物の よりも容易に鉄欠乏症状を呈した。これらのことか 生産性だけではなく、人間の健康にもかかわる重要 ら鉄はクエン酸と錯体を形成することで地上部へ輸 なことである。 送される。 植物のミネラルの輸送や無毒化には生体膜を横切 るトランスポーター(輸送体)が必要であるが、長い 2.植物を丈夫にするケイ酸トランスポーター 間その実態が明らかではなかった。しかし、近年分 ケイ素は植物の様々なストレスを軽減する有用元 子生物学的な手法により、根によるミネラルの吸収、 素である。特に集積植物であるイネの安定多収に必 根から地上部への輸送、地上部での分配及び体内外 要不可欠である。ケイ素は土壌溶液中に電荷を持た の無毒化に関与するトランスポーターが一部同定さ ないケイ酸という形態で存在する。私どもはイネか れてきた。本稿では、我々が近年同定してきた必須 ら ケ イ 酸 の 吸 収や 分 配 に関 与 す る 三 種 の輸 送 体 及び有用ミネラルである鉄やケイ素の輸送体、有害 (Lsi1、Lsi2、Lsi6)を同定した。内向きケイ酸輸 ミネラルであるアルミニウム、カドミウムとヒ素の 送体 Lsi1 と外向きケイ酸輸送体 Lsi2 はともにイネ 輸送体についてその概要を紹介する。 の根の外皮細胞と内皮細胞に局在するが、Lsi1 は遠 心側、Lsi2 は向心側に偏在する(3、4、図1) 。 1.鉄の獲得と輸送に必要なトランスポーター イネの根では土壌溶液中のケイ酸はまず Lsi1 によ 鉄(Fe)は植物の生育に欠かせない必須ミネラル って外皮細胞内に輸送され、Lsi2 によって細胞の外 である。作物が鉄不足となると、新葉からクロロシ (アポプラストと呼ばれる細胞の間の空間)へと運 スが現れ、作物の生育と品質の低下を招く。イネ科 ばれる。根の内皮で再度 Lsi1 と Lsi2 の働きによっ 植物は鉄欠乏に応答して根から鉄キレート物質ムギ て中心柱へとケイ酸が運ばれ、最終的に導管を流れ 4 る蒸散流によって地上部へ輸送される。 ァミリーに属し、クエン酸を輸送するトランスポー 最近、イネ以外に他のイネ科植物であるオオムギ ターであり、根圏にクエン酸を分泌することでアル とトウモロコシからも Lsi1 と Lsi2 の相同遺伝子が ミニウムをキレートし、無毒化する(9-10) 。HvAACT1 同定された。オオムギとトウモロコシも、イネのよ は主に根で発現し、根端付近の表皮細胞の細胞膜に うに外向きと内向きのケイ酸トランスポーターを持 局在していた。またその発現はアルミニウムによっ っているが、その発現パターンと細胞局在性は異な て誘導されないが、オオムギ品種間でこの遺伝子の る(5、6)。 発現量とアルミニウムにより誘導されるクエン酸の 根によって吸収されたケイ酸が導管を介して地上 分泌量との間に強い正の相関が認められた。一方、 部へ輸送されたあと、葉や茎などの組織に配分され イネの OsFRDL4 はアルミニウムによって強く誘導さ るためには導管からのアンローディング(積み出し) れ、この遺伝子を破壊すると、アルミニウム耐性が が必要である。最近、この過程に関与するトランス 弱くなる。 ポーターLsi6 がイネから同定された(7、図1)。 またイネにおいてアルミニウム耐性に関与する非 Lsi6 は葉鞘と葉身の導管に隣接する木部柔組織に 常にユニークな微生物型 ABC 輸送体 STAR1/STAR2 を 発現し、導管に面して偏在している(7) 。Lsi6 遺 同 定 し た ( 1 1 )。 STAR1(sensitive to Al 伝子を破壊すると、葉端から排出される排水中のケ rhizotoxicity)と STAR2 はそれぞれ ABC トランスポ イ酸濃度が数倍に増加する。また、葉の組織特異的 ーターの ATP 結合ドメインと膜結合ドメインのみを なケイ素の沈積に乱れが生じ、ケイ化細胞、機動細 コードし、複合体として、UDP-グルコースを輸送し、 胞のケイ素密度が低下し、一方で背軸側の表皮細胞 細胞壁の成分を改変することによってアルミニウム が高頻度でケイ化する。 耐性に寄与する。 また生殖成長期において Lsi6 は出穂期以降の上 さらに、アルミニウム輸送体 Nrat1 を同定した(1 位の節で著しく発現が増大し、特に肥大維管束の周 2) 。Nrat1 は2価の金属の輸送体として知られてい 縁部の木部柔組織(木部転送細胞)において導管に面 る Nramp ファミリーに属しているが、他のメンバー した極性局在がみられる(8、図1)。Lsi6 が破壊さ とは異なり、2価の金属を輸送せず、3価のアルミ れると、穂(籾、穂軸、穂首)のケイ素蓄積量が低 ニウムを特異的に輸送する。Nrat1 は根のすべての 下し、逆に止め葉の葉身には多くのケイ素の蓄積が 細胞の細胞膜に局在し、アルミニウムによって発現 見られた。すなわち、蒸散流に伴って根から地上部 がすばやく誘導される。Nrat1 遺伝子を破壊すると、 へ と 吸 い 上 げ られ た ケ イ酸 は 節 に 強 く 発現 す る イネのアルミニウム耐性が低下したことから、イネ Lsi6 によってアンローディングされる。その後ケイ は一部のアルミニウムを取り込んで細胞内で解毒す 酸は節から穂へと連絡する維管束(分散維管束)へと ることによってアルミニウム耐性を向上させている 積み替えられ、穂に優先的に蓄積すると考えられる と推測された。 3.植物の生育を阻害するアルミニウム関連トラン 4.カドミウムトランスポーター スポーター カドミウム(Cd)は動植物にとって毒性の強い重 アルミニウムイオンは低濃度で素早く根の伸長阻 金属である。特に、環境中のカドミウムは食物連鎖 害を引き起こし、世界の耕地面積の3~4割を占め を経て、人体に悪影響を与える。公害病の一つであ る酸性土壌での主な作物生育阻害因子となっている。 るイタイイタイ病はカドミウムを含むコメを摂取し 私どもは、アルミニウム耐性に関与するいくつかの たことが主な原因である。我々が摂取するカドミウ 輸送体を同定した。オオムギから同定した HvAACT1 ムの半分近くは主食のコメに由来する。したがって、 や イ ネ か ら 同 定 し た OsFRDL4 は と も に コメ中のカドミウムを低下させることは健康上非常 MATE(multidrug and toxic compound extrusion)フ に重要なことである。 5 私どもはイネのカドミウム集積の品種間差を利用 して、カドミウムの集積に関わる遺伝子 OsHMA3 を同 参考文献 定した(13) 。OsHMA3 タンパク質は根のすべての 1. 細胞の液胞膜に局在し、細胞内に入ったカドミウム 563-572. を液胞に隔離するために働く。この遺伝子の機能が 2. Yokosho, K. et al. (2009) Plant Physiol. 149: 失われると、地上部へのカドミウムの転流が増えコ 297-305. メのカドミウムが増加する。逆にこの遺伝子をより 3. Ma, J. F. et al. (2006) Nature 440: 688-691. 強く発現させると、コメ中のカドミウム濃度を著し 4. Ma, J. F. et al. (2007) Nature 448: 209-211. く低下させる効果がる。今後これらの遺伝子を応用 5. Chiba, Y. et al. (2009) Plant J. 57: 810-818. することで、カドミウムのない安全なコメ作りに貢 6. 献できる。またごく最近、カドミウムの吸収の主要 21:2133-2142. 輸送体 OsNramp5 も同定した(14) 。 7. Murata, Y. et al. (2006) Plant J. 46: Mitani, N. et al. (2009) Plant Cell Yamaji, N. et al. (2008) Plant Cell 20: 1381-1389. 8. Yamaji, N. and Ma, J. F. (2009) Plant Cell 5.亜ヒ酸を運ぶトランスポーター 21:2878-2883 ヒ素は急性毒性だけでなく、低濃度でも発がん性 や慢性毒性を持つ猛毒の元素である。ヒ素による健 9. Furukawa, J. et al. (2007) Plant Cell 康被害は世界各地で 4000 万人に及ぶと言われてい Physiol. 48:1081-1091 る。特にバングラデシュやインド西ベンガル地方な 10. どの地域で健康被害が深刻化し、大きな社会問題に 1061-1069 なっている。イネは他の作物より高いヒ素集積能を 11. Huang, C. F. et al. (2009) Plant Cell 21: 持つが、我々はイネの亜ヒ酸吸収はケイ酸の内向き 655–667. と外向きトランスポーターLsi1 と Lsi2 を介して行 12. Xia, J. X. et al. (2010) Proc Natl Acad Sci われることを突き止めた(15)。 USA 107:18381-18385. Yokosho, K. et al. (2011) Plant J. 68: 13. Ueno, D. et al. (2010) Proc Natl Acad Sci USA 107:16500-16505. 以上のように、植物は必要なミネラルの輸送、有 害ミネラルの無毒化のために、様々なトランスポー 14. ターを備えて、巧みに使い分けている。今後さらに 2155–2167. 未知なミネラル関連のトランスポーターを同定し、 15. Ma, J. F. et al. (2008) Proc Natl Acad Sci 制御することによって作物生産及び品質の向上に寄 USA 105: 9931-9935. 与できる。 6 Sasaki et al. (2012) Plant Cell 24: 図 1 イネのケイ酸輸送に関わるトランスポーター Lsi1 と Lsi2 は根のケイ酸吸収に関与し、Lsi6 は導管からの排出と節での維管束間輸送に関わ っている。 7
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