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第一回
2010 年 2 月 23 日開催
ゲストスピーカー:
川島蓉子
伊藤忠ファッションシステム
マーケティングマネージャー
「いまの日本からよみとる“伝統”と“革新”
〈川島蓉子
〜日本のブランド力〜」
プロフィール〉
かわしまようこ
伊藤忠ファッションシステム
マーケティングマネージャー。
ファッションという視点から、消費者や市場の動向を分析している。G マーク
審査員。主な著書に『伊勢丹な人々』
『ビームス戦略』
『ブランドのデザイン』
『虎
屋ブランド物語』『社長とランチ』『イッセイミヤケのルール』『ブランドは
NIPPON』など。日経 MJ、読売新聞、ブレーン誌などで連載を持つ。
文/猪飼尚司
ネクストマーケットを見る視点
週末に原宿にいくと、若作りをしているお母さんと背伸びをしているお嬢さ
んという母娘ペアの姿をよく目にします。あるお母さんに話を聞くと、正面か
ら見たら母娘かもしれないが、後ろ姿は姉妹に見えることが自慢で、ウェスト
の位置、ヒップのサイズなどの体型が同じといいます。つまり、彼女たちはす
べての服の共有が可能ということです。こうした母娘は、ファッション情報だ
けでなく、美容やスイーツなどの情報を共有している可能性あります。マーケ
ティングの一つとして、この親子をセットで狙うという切り口もあるのです。
それを実際にやっているのが、新宿伊勢丹の地下 2 階にある「イセタンガール」。
ここでは、kitson のカバンと一緒に、See by Chloé の 10 万円のドレスも置い
ています。新宿伊勢丹といえども、データを分析すると、10 代のおしゃれな女
の子の数は減っている。中長期的にみれば、そこをゲットしていかないと、先々
お客様は減ってしまうため、母娘で行くのを前提にした品揃えで、新たなマー
ケティングの手法を見いだしているのです。
一方、青山のネイルサロン、マーズ・ザ・サロンに私は通っているのですが、
ここ 2 年くらい隣の部屋から男性の声がするようになってきました。ネイリス
トに聞くと、顧客の 6 割は男性とか。甘皮を取ったり、爪を磨いたりというネ
イルケアが中心。特に外資系のエグゼクティブの方は、それがマナーの一つに
なっており、中にはフェイシャルパックをしている人もいるといいます。メタ
ボ症候群といわれた人の、お腹が引っ込むと見た目が格好よく若々しく見える
ように、健康と美容というのは表裏一体の関係にあると思います。男性の間で
も、ヘルシー&ビューティというのは、今後大きなマーケットになっていく可
能性があるのです。
トレンドを読むために大切にしていること。それはまず、使い手の視点が持
ち続けられるかということ。例えば、名刺入れを買うにも、その美しさだけで
なく、手の感触や使い勝手、名刺を渡す相手からから見てどんな風に見えるか。
自分のファッションと合っているか……と考えるのです。もう一つは、広い視
野を持つため、いろんな人に会って、いろんな話を聞くということ。インタビ
ュアーというのが私の仕事の一つ。建築の専門家から道行く人にいたるまで、
聞きたいことをきっちり聞くようにしています。
新しい視点、価値観の登場
羽田空港にある「TOKYO’S TOKYO」に注目してみましょう。かつてのキヨ
スクで、東京をはじめとした全国の土産物を売っているショップ。空港のブラ
ンド化に従い、ディレクションに BACH の幅允孝さん、MD プランナーに山田
遊さん。建築は中村拓志さん、グラフィックデザインは D-BROS の植原亮輔さ
んという若手チームに一任しています。ここの品揃えのコンセプトが「編集=
エディトリアル」であるという話を聞いて、面白いと思いました。そもそもエ
ディトリアルとはどういうものか。例えば、谷崎潤一郎が書いた『東西味くら
べ』という文庫本の隣に、寿司のかたちをしたチョロ Q「江戸前寿司チョロ Q」
が置いてある。すると、
『東西味くらべ』がちょっとカジュアルに見え、手を出
してみようかなと思う顔つきになってきて、
「江戸前寿司チョロ Q」が割合格好
良く見えてきます。意図して陳列することで、何かしらの物語が生まれ、それ
をお客様に提案する。ライブな空間で商品をどう列べ、見せるか?
ういうストーリーを作るか?
そこにど
これがネット販売に対抗するための、ライブ販
売ならではの手法になってくるのではないかと思います。そう考えると、エデ
ィトリアルというのが意味のある考え方になってくるのです。
今年で創業して 20 周年になるユナイテッド・アローズも、ご多分に漏れず景
気は良くない。そこで企業理念である「ジャパニーズ・スタンダード」にもう
一度立ち返り、4 月からジャパニーズ・スタンダードプロジェクトを始めます。
京都開花堂の茶筒や白山陶器のしょうゆ差しなど、日本の良いモノを集めてき
て、ユナイテッド・アローズの編集の目を通して、店頭で販売していくもの。
それを友だちに話すと、面白がってくれて、手伝いたいと手を挙げる人が多く
います。ここに来て、日本の良いものの価値をどう伝えるかということに興味
を持つ人が出てきているような気がします。ジャパニーズ・スタンダード・プ
ロジェクトには、サン・アドさんがデザインした豪華な函入りのカタログブッ
クがありますが、これは実は結婚式の引き出物需要が多いため。ホテルオーク
ラでも帝国ホテルでもない、パークハイアットでも三越でも高島屋でもない、
ユナイテッド・アローズの包装紙で引き出物を送ることで、自分たちの個性を
表現したい。穿った見方をすれば、ジャパニーズ・スタンダードって自分たち
の表現にピッタリくるのではないかというカップルが、戦後第二世代のなかに
は出てきているとも考えられます。
未知の分野から得る感覚
私が使っているパソコンはパナソニックの「let’s note」です。880g 程度と軽
量で 9 時間バッテリーのハイスペック。しかし、デザインに文句を付けたこと
がきっかけとなり、天板カラーのラインナップを女性にどう訴求したらよいか
を考える仕事をいただきました。
モバイルパソコンはあらゆるところで開くもの。その見えがかりとして、天
面の色と私は一体化おり、人が見たときに似合っているかどうかという視点が
あることに気付きました。スペックにこだわるメーカーに対して、私が提案し
たのは、シーンとしてのパソコンであり、使う気分のパソコン。こういう格好
をした私がこれを持ったら似合うかどうか?
そういう考えでパソコンを選ぶ
女性も世の中にいるというストーリーを提案したいと説明しました。紆余曲折
ありましたが、つくづく思ったのは、一貫して伝えることの難しさです。let’s
note というブランドは、テレビ CM では、水がかかっても大丈夫とか、この高
さから落としても大丈夫というようにタフさを謳っている。これは私が提案し
たおしゃれな顔つきとは全く違うもの。このように二重人格になってしまうと、
ブランドとして強くなっていきません。
一方、G マークの審査員として、3 年前に車ユニットに配属されました。こ
のユニットでは女性初の審査員でしたが、その年に鳴り物入りで登場したレク
サスを見て、男性審査員が「このうねる曲面がたまらないんだよな」と言うん
です。板金職人が打ち出した、ものすごいワザが込められているというところ
を評価していらっしゃった。しかし、私が知りたかったのは、世界最高峰のブ
ランドの車内に自分が身を置いたとき、どんな気分になるのかということ。も
っと言えば、私がレクサスと似合っているかどうかを見たかった。その年に審
査に通過した 50 台くらいのどれ一つとして、乗ったときの人の視点、感覚を提
案した車はありませんでした。
このことを話していたところ、ある日、マーチがきれいなチャイナブルーを
出したとのことで日産に呼ばれました。そのときの内装が、変なブルーグレイ
のシートで、しかも私が嫌いなモアレ柄になっていて……。またこんな感じで
すかと話したら、担当のインテリアデザイナーが「ブルーグレイは、実は女性
の肌の色がもっとも美しくみえるんです」と教えてくれたんです。日産がそこ
まで女性の視点に自覚的であることに、私はちょっと心が動きました。ディー
ラーで言われたら、落ちる女性は絶対いるはずです。このように、使い手の視
点ということと、女性としても視点が多様化しているということは、マーケテ
ィングの視点として、今後重要なのではないかと思います。
革新の上に立つ伝統
最後にとらやのお話をしたいと思います。480 年の歴史を持つとらやの企業
理念は、
「伝統は革新の連続である」ということ。17 代目の黒川光博社長は、5
世紀に渡る実績があるため、常に革新の連続を行っていかないと企業はやって
いけないという危機感を持っていらっしゃった。そこで立ち上げたのが、
「虎屋
菓寮 東京ミッドタウン店」
「トラヤカフェ」
「とらや工房」の三つプロジェクト
です。
虎屋菓寮 東京ミッドタウン店は、社長が「第二の本店」と呼ぶくらい力を入
れたプロジェクト。立ち上げるにあたり、役職は問わず、全社員に向けての社
内公募を行いました。一等賞を取ったのは、25 歳の女性による「気軽に友だち
においでよ、と言える店がつくりたい」という企画。彼女を軸に 30 代を中心と
した 5 名のプロジェクトメンバーが組まれ、経営陣と提案を何十回と重ねるう
ちに、役員たちも若いプロジェクトメンバーも、いろいろと心が揺れたようで
す。全社員がとらやについて考え、それが形になったことで、最終的に皆が会
社の未来像を共有することができた。製作にあたり最高のクリエイターを配し
たというのは、社長の慧眼だと思います。建築は内藤廣さん、グラフィックデ
ザインは葛西薫さん。お菓子のデザインは長尾智子さんという一流のクリエイ
ターを布陣しています。
二番目のプロジェクトはトラヤカフェ。洋風カフェを作ることが目的ではな
く、社長が考えていたのは「これからも人々は羊羹を食べ続けてくれるのだろ
うか」ということ。羊羹は私たちの生活のどこに位置づけられ、それを食する
気分やシーンはどこにあるのか……。そして生まれたコンセプトが「とらやが
作るもう一つのお菓子」です。将来に向けてとらやが生きていくもう一つの道
を示します。結果、とらやが三日かけて練り上げるというあんこに着目し、あ
んこを使った焼き菓子やあんペーストなどを開発しました。
最後に御殿場にあるとらや工房です。これはブランドの根っこというものを
きちんと見せようというプロジェクト。こちらも内藤廣さんによる建築ですが、
ガラス張りになった工房から、あんこを練っている様子、職人さんがおまんじ
ゅうを作っている様子を見学でき、最後に庭を見ながらお茶とお菓子をいただ
くスペースが用意されています。
とらやの素晴らしいところは、ブランドの革新を行いながらも、根っこの部
分もきちんとしているところ。企業はその両方を明確に支える必要があるよう
に思います。
これからのブランドに必要な三つのキーワードがあります。一つめは「技」。
伝統の技をきちんと見直すことに加え、ハイテク技術などの現代の技を捉える
ことでもあり、両方をどうミックスさせるかという考えもあると思います。二
つめが「デザイン」です。スペックを語ることが多いのですが、そこには美し
さ、使うシーンや気分という要素も入ってくると思います。そして、三つめに、
これがもっともできていないのですが「伝えること」。私は取材先でものすごく
面白い話を聞きます。そのストーリーをエンドユーザーも聞くことができれば、
それだけで商品が売れるのではないかと思います。ときに組織は伝わっている
と勘違いしていて、意外にお客様には伝わっていないこともある。だからとい
って、マス広告をうった方がいいという話ではありません。どんな志で作り上
げたのかとか、どんな物語性があるのかということを、伝えるべき人にどう的
確に伝えれば最適なのか。これからのマーケティングにもっとも重要なのでは
と思います。