1 資源獲得に伴う不確実性は他者のためのリスク選択に

資源獲得に伴う不確実性は他者のためのリスク選択にどのような影響を及ぼすか
上島淳史1
亀田達也2
要約
近年,他者のための意思決定と自己のための意思決定の認知基盤レベルの共通性が示され
ているがリスク下の意思決定について直接に自他を比較する研究は十分に行われていない.
本研究では自他それぞれのためのギャンブル課題における意思決定を比較した.その際,意
思決定に影響する媒介要因として,課題の元手となる資金を自他が確実に得る条件と,不確
実性を伴って得る条件を設け,資金の獲得方法が自他差へ及ぼす影響を検討した.結果,他
者のためのギャンブルで有意にリスク回避的な決定がなされることに加えて,資金を確実
に得た条件で,自他の意思決定を弁別する傾向がより顕著になることが示された.さらに,
この自他弁別の傾向は利己的な社会価値志向(Social Value Orientation)の参加者に特徴
的であることを示した.自他それぞれのためのリスク下の意思決定において,社会価値志向
性が重要な影響を及ぼすことを示唆している.
JEL 分類番号: D03, D80
キーワード:リスク, 他者のための意思決定, 利他性,棚ぼた的に得られた資源
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東京大学大学院人文社会系研究科社会文化専攻社会心理学専門分野
[email protected]
2 東京大学大学院人文社会系研究科社会文化専攻社会心理学専門分野
[email protected]
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1. イントロダクション
1.1. 背景: 自他それぞれのための意思決定を支える共通の認知基盤
他者のための意思決定は日常生活から政策決定まで幅広く存在するが,これらの意思決
定は多くの場合,結果に分散を伴うリスク下の意思決定である.本実験では,リスク下の意
思決定を,自己,あるいは他者のために行う場合の異同を行動実験により検討する.
近年,他者のための意思決定が自己のための経済的意思決定と共通する認知基盤に支え
られることが社会神経科学の研究において明らかにされている.Hsu et al. (2008)は,参
加者が第三者として他者へ資源を分配する課題において fMRI による脳活動計測を行い,資
源総量の計算に関係する脳部位として被殻(putamen),資源の平等さと関係する脳部位とし
て前島(anterior insular)を明らかにした.また,Shenhav and Greene (2010)は確実に1
人を助けるか,あるいはその1人を犠牲にしてより多くの人びとを助けるかを仮想的に意
思決定するモラルジレンマ課題を用いた実験を行い,被殻が助けることのできる人数の多
さと関係していること,右側の前島が選択肢の持つ確率的要素に対する参加者の感受性の
程度と相関することが明らかになった.
これら2つの実験は自己のためのリスク下の経済的意思決定において報酬量の処理過程
を担うとされる被殻(Tom et al., 2007)や,起こり得るアウトカム間の分散(ばらつき)の
処理に関係するとされる前島(Platt and Huettel, 2008)が,自己利益に関係しない他者へ
の分配(Hsu et al., 2008)や,道徳的意思決定(Shenhav and Greene, 2010)においても,
同様に重要な役割を果たすことを示唆する.言い換えれば,自他それぞれのための意思決定
には共通する認知基盤が存在するということである.しかしながら,リスク下の経済的意思
決定の文脈で自他それぞれのための意思決定の行動差を直接比較した社会神経科学的研究
は,これまでほとんど行われていない (例外として,Jung et al., 2013).
1.2. リスク下の意思決定において行動の自他差を生み出す要因
Jung et al. (2013) は,自他それぞれのためのギャンブル課題において,扁桃体
(amygdala)が共通して活動するが,自己のためのギャンブルで,より活動量が大きくなるこ
とを示した.心理学では,自他のリスク下の意思決定に生じた行動差を,情動の喚起される
度合の差から説明する仮説が存在する (risk as feelings 仮説; Hsee and Weber, 1997).
Jung et al. (2013)は自己のための意思決定において,情動喚起に関わるとされる扁桃体
がより活動することから,
risk as feelings 仮説と脳活動データの整合性を主張している.
しかしながら,Jung et al. (2013)においては扁桃体の活動という脳活動レベルの自他
差は観察されたものの,行動レベルの自他差は明確には観察されなかった.このことは,情
動の喚起が必ずしも自他の意思決定における行動レベルの差に影響するとは限らないこと
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を示唆している.さらに,扁桃体の活動が情動の喚起を反映していると考えるならば,自己
のための意思決定でよりリスク回避的になることが予想されるが (De Martino et al.,
2010),これまでの心理学の研究において自他どちらのための意思決定においてよりリスク
回避的になるかについて,一貫した結果が得られていない (Jung et al., 2013).それゆ
え,risk as feelings 仮説はリスク下の意思決定において観察される行動差を説明する1
つの候補ではあるが,必ずしも頑健に様々な知見を説明できる仮説ではないことが示唆さ
れる.また,研究によって自他どちらのリスク下の意思決定においてリスク回避的 (あるい
は志向的) になるかが一貫しないことは,行動の自他差を引き起こす媒介要因が存在する
可能性を示唆しているものと思われる.
1.3. 媒介要因の探索: 資金獲得における不確実性
本研究では行動差が生まれるための媒介要因を探索的に検討した.先行研究では,
「棚ぼ
た」的にもたらされた資金は,確実に,得るべくして得た資金と比べてリスク下の意思決定
で投資されやすいことが示されている (Thaler and Johnson, 1990).このような,リスク
下の意思決定には元手となる資金の獲得方法が影響するという知見に基づき,本実験にお
いては,ギャンブル課題の元手となる資金を行為者が確実に獲得する条件と不確実性下で
(棚ぼた的に)獲得する条件を設けることで,資金の獲得方法が行動の自他差に媒介要因と
しておよぼす影響を探索的に検討した.
以上をまとめると,本研究の目的は2つ存在する.まず自他それぞれのためのリスク下の
経済的意思決定を同一実験内で実施することにより,自己のための意思決定と,他者のため
の意思決定を直接に比較することである.それに加えて,自他それぞれのための意思決定に
おいて行動差を生み出す媒介要因を検討するため,ギャンブル課題の元手となる資金の獲
得方法に,確実—不確実の区別を設けた.
2. 方法
2.1. 実験の概要
本実験は,ギャンブル課題の元手となる資金の獲得方法を操作することで,資金の獲得方
法の違いが自他それぞれのための意思決定に及ぼす影響を検討することを目的として行わ
れた.
2.2. 参加者
東京大学の学生 150 名 (男性 84 名,女性 66 名,平均年齢 20.75).
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2.3. ギャンブル課題
2.3.1. ギャンブル課題の内容
実験は Qualtrics (http://www.qualtrics.com)を用いてウェブ上で行われた.参加者は
指定されたウェブページへ個別にアクセスし,心理尺度のアンケートに回答した後に労働
対価として得た 500 円を元手にしてギャンブル課題を行った.ギャンブル課題では元手と
なる 500 円のうち任意の金額を投資することが可能であり,50%の確率で投資した金額が 3
倍になるという内容であった.従って,期待値を最大化するという観点からは 500 円全額を
投資することが最適行動であった.
2.3.2. ギャンブル課題の報酬の受け手
参加者は自己が報酬の受け手となるギャンブル課題 (以下,
「自己条件」)と,同じ実験に
参加している他者が報酬の受け手となるギャンブル課題 (「他者条件」)の両方に回答した.
自他のギャンブル課題の順序は参加者間でランダマイズされた.自己が報酬の受け手とな
るギャンブル課題は自己の獲得した 500 円を元手に,他者が報酬の受け手となるギャンブ
ル課題は他者の獲得した 500 円を元手に,いずれも参加者が投資額の決定を行った.
2.4. 資金の獲得方法
2.4.1. 不確実条件
ギャンブル課題の元手となる 500 円をくじ引きで獲得する不確実条件 (80 名: うち男性
45 名)では,参加者は心理尺度に回答した後に労働対価としてくじを引き,その当たりとし
て 500 円を獲得した.くじ引きは10分の1の確率でハズレが出るように設定した.ハズレ
を引いた(ギャンブルの元手を得られなかった)6 名(男性 2 名,女性 4 名)の参加者は以下
の分析から除外した.
2.4.2. 確実条件
元手となる 500 円を心理尺度への回答の対価として獲得する確実条件 (70 名: うち男性
43 名)では,
参加者は心理尺度に回答した後に労働対価として,固定報酬 500 円を獲得した.
なお,不確実条件,確実条件の双方において,回答に要する努力量(心理尺度の内容と量)
そのものは同一であり,500 円を獲得する際の不確実性の有無のみが両条件の違いである.
また,実験参加者募集の際には,謝金として 150 名の参加者のうち1名に3万円が抽選で支
払われるという情報のみを掲示した.そのため,いずれの条件においても,参加者は 500 円
をギャンブル課題の資金として獲得することを実験前には知らされていなかった.
3. 結果
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3.1. 資金獲得方法と報酬の受け手が投資額に与える影響
自己条件,他者条件において投資された金額の分布を図1に示した.投資額の分布が歪ん
でいたため,中央値分割した上でロジステ
ィック回帰 (従属変数の分布: 二項分布,
リンク関数: ロジット)による解析を行っ
た.資金の獲得方法 (確実/不確実),報酬の
受け手 (自己/他者),両変数の交互作用を
固定効果として,参加者を切片の変量効果
としてモデルに投入した.結果,他者条件で
は,自己条件と比べてギャンブルへの投資金額
図1 投資額のヒストグラム
が有意に低くなることが分かった (β=-1.57, z=-2.36, p<.05).資金獲得方法の主効果は
有意ではなく (β=0.86, z=0.83, p=.40),報酬の受け手と資金獲得方法の交互作用も有意
ではなかった (β=-1.26, z=-1.46, p=.14).リスク態度,性別,自他のそれぞれのギャン
ブルを行う順序,の3つを固定効果としてモデルに追加したが,このモデルにおいても報酬
の受け手の主効果は有意であった (β=-1.62, z=-2.30, p<.05).以上から,期待値の観点
からは投資することが望ましいギャンブルにも関わらず,他者のための意思決定ではより
リスク回避的になることが示された.
3.2. 自他のそれぞれのギャンブル課題における投資額の相関
資金の獲得方法が投資額そのものではなく,投資という意思決定に至るプロセスに対し
て影響した可能性を考慮し次の分析
を行った.本研究では意思決定プロセ
スを直接には計測していないが,1つ
の可能性として,参加者が他者のため
のギャンブル課題において,
「自分だ
ったらどうするか」をアンカーにして
意思決定した可能性が考えられる
(imagine-self; Batson et al.,
1997).また,仮に自己をアンカー
図2 投資額の散布図
投資額には有意な相関がみられた.直線 y=x 上の参
にして他者のための意思決定を行
加者は,自他のギャンブル課題で同額を投資した参
った参加者が多数存在すれば,
自他
加者である(なお,重なる点が多かったため,図で
の投資額間には有意な相関がみら
はジッターして表示している)
.
れるはずと推論した.
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実際のデータを見てみると,自他のギャンブル課題で同額を投資した参加者は 89 名
(62%)にのぼり,自己条件と他者条件の投資額には有意な正の相関が見られた (N=144,
ρ=0.63, p<.01,以下,相関係数ρはスピアマンの順位相関係数.散布図は図2を参照).
このことから,参加者が自己をアンカーにして他者のための意思決定を行ったことが示唆
される.しかし,投資額の相関を資金の獲得方法別に算出すると,不確実条件で ρ=0.72
(N=74, p<.01), 確実条件で ρ=0.54 (N=70, p<.01)であり,確実条件の方が不確実条件よ
りもギャンブル投資額の相関が低い傾向が見られた (z=1.78, p<.10).このことは,
「他者
のための意思決定に自分自身をアンカーとして使う」程度が,不確実条件と比べて,確実条
件では低いことを示唆している.
確実条件において不確実条件よりも自他の投資額の相関が低減した背景には,自己をア
ンカーにする度合を確実条件で下げた参加者が生じたことを意味している.この点を詳し
く検討するために,次の分析を行った.Kameda et al. (2002)は,資金の獲得方法の影響
が,資源分配に関するイデオロギーによって異なる可能性を考慮して,参加者を分配に関す
るイデオロギーによって分類した分析を行っている.
「他者のための意思決定に自分自身を
アンカーとして使う」という可能性について,このようなイデオロギー的要因がどのように
関与するかを検討するため,社会的価値志向性の尺度を用いて(Van Lange, 1999),参加者
を「自己志向的」(N=68)と「他者志向的」(N=54)の2つの志向性に分類して上記の投資額相
関の分析を行った.すると,他者志向的な参加者の間では自他が資金を獲得する方法によら
ず投資額間に有意な正の相関が認められる (不確実条件:N=33, ρ=0.67, p<.01,確実条件:
N=35, ρ=0.66, p<.01)一方で,自己志向的な参加者の間では自他が不確実に資金を獲得し
た条件においては投資額間に有意な正の相関がみられる(N=30, ρ=0.64, p<.01)が,自他
が確実に資金を獲得した条件においては投資額間に有意な相関が認められなかった (N=24,
ρ=0.27, p=.19) .この結果から,確実条件において他者のための意思決定で自分をアンカ
ーにする度合を下げたのは,とくに自己志向的な参加者であることが明らかになった.
4. 考察
4.1. 実験結果の解釈
本論文では,自他それぞれのためのリスク下の経済的意思決定において,元手となる資金
の獲得方法が行動の自他差に与える影響を探索的に検討した.
まず自他の意思決定の異同については,他者のための意思決定で有意にリスク回避的と
なる傾向が見られた.これは,同一実験内で自他それぞれのための意思決定を直接に比較す
ることや,心理尺度への回答から労働の対価として自他が獲得した報酬をギャンブル課題
の元手に用いるなど,方法論的な改善を試みたうえで得られた結果である.過去の研究にお
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いて自他どちらのためのリスク下の意思決定でリスク志向的 (回避的) となるかについて
一貫した結果が得られておらず,ロバストな観察結果と言い切ることには慎重を期す必要
があると思われるが,期待値の観点からは明らかに全額投資することが望ましいにも関わ
らず他者のための意思決定でリスク回避的な傾向が観察されたことは注目に値する.
次に,他者のための意思決定において自己のための意思決定をアンカーにする度合につ
いては,自己志向的な参加者に限って,確実条件で自他の投資額間の相関が低い傾向が観察
された.不確実条件において,社会的価値志向性によらず自己をアンカーにする度合が高か
ったことは,不確実性の下で得られた資源に関しては分配に対する態度によらず所有権が
曖昧になるという,先行研究の知見と整合的であると言えるだろう (Kameda et al., 2002;
2003).つまり,自己志向的,他者志向的によらず,不確実条件では他者の資金を自己の資
金と明確に区別せずに意思決定したことが,自己をアンカーにする度合を高めた可能性が
考えられる.興味深いことに,確実条件では自己志向的な参加者のみ自己をアンカーにする
度合が低い傾向が観察された.このような結果が得られた原因に,自己志向的な参加者は他
者志向的な参加者と比較して,自他それぞれの報酬を処理する脳領域が分離していること
が関係している可能性も考えられる(Sul et al., 2015).つまり自己志向的な参加者は「自
分だったらこのようにしたいから相手もこうしてほしいだろう」という形式では思考せず,
このことが自己をアンカーにしない意思決定の原因となったのではないかと推測される.
社会的意思決定において,社会価値志向性の違いがもたらす効果については,近年ますま
す関心が集まっている (Fermin et al., 2016).今後は,社会的価値志向性が他者のための
意思決定において自己をアンカーと用いる程度に与える影響をより詳細に理解するために,
脳活動計測や視線計測などを行う必要がある.
引用文献
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