妊産婦メンタルヘルスに関する合同会議 2015 報告書

2016年 1 月
129
報 告
妊産婦メンタルヘルスに関する合同会議 2015 報告書
「妊産婦メンタルヘルスに関する合同会議」
を 2015 年 4 月に日本産科婦人科学会,
日本産婦
人科医会,日本周産期メンタルヘルス学会の 3 学会で立ち上げ,検討した結果をご報告しま
す.
なお,この内容に関しましてはさらに産婦人科診療ガイドライン産科編作成委員会におい
て検討し,さらに会員の皆様のコンセンサスを得られた部分につきましては,
「産婦人科診療
ガイドライン 産科編 2017 年版」
に掲載の予定です.
平成 27 年 10 月 27 日
公益社団法人日本産科婦人科学会
周産期委員会委員長 竹田 省
妊産婦メンタルヘルスに関する合同会議 2015 について
【会議開催】
合同会議を平成 27 年 4 月 25 日,8 月 22 日に集合委員会として開催した.また,通信会議を多数行った.
【参加学会】
日本産科婦人科学会,日本産婦人科医会,日本周産期メンタルヘルス学会
【委員】
日本産科婦人科学会:竹田 省
(議長)
,杉山 隆,海老根真由美,牧野真太郎(記録)
日本産婦人科医会:岡井 崇,鈴木俊治
日本周産期メンタルヘルス学会:岡野禎治,鈴木利人,渡邉博幸,竹内 崇
【報告事項】
以下の項目につき検討した
(資料 1,2,3)
.
1)
「産後うつ等のハイリスク妊婦の抽出について」
2)
「精神障害のハイリスク妊婦を抽出するためには?」
3)
「産後うつ病のスクリーニングは?」
【今後の活動】
1)地域での周産期メンタルヘルス症例の相談,受診の現状を把握,分析する.
2)産科医・精神科医の診療ネットワーク作りを推進し,対象症例を早く受診,相談できるような体制を
作る.
130
報 告
日産婦誌68巻 1 号
CQ. 産後うつ等のハイリスク妊婦の抽出について
A.
1.妊娠初診時に,産後うつ病などの周産期精神疾患のハイリスク妊婦を抽出することが望ましい.
2.ハイリスク者には精神科医の受診を勧めて紹介する.
解説:
妊娠時に周産期精神疾患のハイリスク者をみつけることは重要である.なぜなら,無治療の周産期うつ
病や他の精神疾患は,本人のみならず,本人の養育能力低下や児への虐待,児の精神発達障害と関連する
ことが国内外において報告されているからである1).また周産期うつ病や気分障害を有する女性では,自殺
が多い.米国2)や英国3)において妊産婦死亡の主原因であることが報告されている.わが国においても妊産
婦死亡の原因として自殺が第 1 位である可能性が示唆されている4).欧米では,産褥期のみならず妊娠初期
において産後うつ病などの周産期精神疾患のハイリスク者を抽出することが推奨されており5)6),わが国に
おいても同様の対応を行うべきである.
以下に周産期精神疾患のハイリスク妊婦のリスク因子を示すので,これらを参考にして初診時に問診を
行い,リスク者を抽出する.リスク者には精神科医の受診を勧めて,紹介する5).
1.産後うつ病
うつ病の既往について尋ねる.また親密なパートナーからの暴力・性的虐待・暴行,自傷行為,不法
薬物の使用,社会的サポートの欠如などの準臨床的な問題について慎重に尋ねる
(5)~8),後述のレビュー
参照)
.このようなリスク因子を有する女性は,うつ病や妊娠期の自殺のリスクが高くなる.
2.精神科既往歴の確認
統合失調症や双極性障害,大うつ病の既往や過去,現在の治療歴について尋ねる.また現在治療中の
場合,その内容について尋ねる5)6).
また,産後うつのリスク因子は,初診時のみならず,以下に示すような妊娠中,産褥期のライフイベント
にも関連することが報告されており,これらについても留意する.産後うつと強く関連する因子として,妊
娠中のうつ・不安,
かけがいのない人の死や離婚,
配偶者や家族・親友などの支援の欠如等があげられる7)8).
参考文献
1)‌子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について.社会保障審議会児童部会児童虐待等要保護事例の
検証に関する専門委員会
(第 10 次報告)
.厚生労働省,2014
2)‌Palladino CL, Singh V, Campbell J, Flynn H, Gold KJ. Homicide and suicide during the perinatal period: findings from the National Violent Death Reportong System. Obstet Gynecol 2011; 118:
1056―1063
3)
‌Lewis G, editor. The confidential enquiry into maternal and child health
(CEMACH). Saving mothers’
lives 2003-2005. The seventh report on confidential enquiries into maternal deaths in the United Kingdom. London: CEMACH; 2007
4)‌大阪大学法医学 松本博志らの報告
「わが国の妊産婦自殺数の推測レポート」
5)‌Royal College of Obstet Gynecol: Management of women with mental health issues during pregnancy
and the postnatal period. Good Practice. 2011; No. 14
6)
‌American College of Obstet Gynecol: Screening for perinatal depression. Committee Opinion 2015; No.
630
7)‌Robertson E, Grace S, Wallington T, Stewart. Antenatal risk factors for postpartum depression: a syn-
2016年 1 月
報 告
131
これは婦人科・標準用の雛形です
【版面】W:
152.96mmHospital
(片段 71.48mm)
H:207.85mm 【本文】41 行 13Q 20.49H
thesis of recent literature.
General
Psychiatry
2004;【本文】
26: 289―295
【図】●図番号:11Q リュウミン M ●図タイトル・説明:11Q 16H リュウミン M ●タイトル・説明折り返し:1 字下げ 折り返し以後の行頭 1 字下げ ●図説の幅 片段:固定
8)‌Lancaster CA,(段幅の左右全角下げ)
Gold KJ, Flynn 全段:固定
HA, Yoo H, Marcus SM, Davis MM. Risk factors for depressive symp【表】●表番号:11Q リュウミン M ●表タイトル・説明:11Q 16H リュウミン M ●タイトル・説明の折り返し:1 字下げ ●表説の幅 表幅より左右 1
字下げ ●表中:
10Q 11H
または 15H リュウミン
M ●脚注:
10Q リュウミン
M 11H または
15H 2010; 202: 5―14
toms during
pregnancy:
a systematic
review.
Am J Obstet
Gynecol
【統一事項】●図表とタイトルのアキ 2.5 mm ●文献・出典 10Q リュウミン R
産後うつの危険因子に関する systemic review
エビデンスレベル
I:RCT を systematic review.II:少なくとも 1 つの RCT に基づく III:前向きコントロールスタディに基づく.IV:症例研究に基づく
国
ポピュレー
ション
症例数
産褥の判定法
前向き
コホート
米国
白人 98%
99
SADS
(9w, 6m)
前向き
コホート
米国
Hapgood 1988
前向き
コホート
ニュージー
ランド
Gotlib 1991
前向き
コホート
カナダ
Whiffen 1989
前向き
コホート
前向き
コホート
カナダ
O’Hara 1991
前向き
コホート
米国
白人 76%
初妊婦
初妊婦 57%
Cooper 1993
前向き
コホート
英国
初妊婦
Pop 1992
前向き
コホート
前向き
コホート
前向き
コホート
オランダ
Hickey 1997
前向き
コホート
オースト
ラリア
Brugha 1998
前向き
コホート
Singer 1999
前向き
コホート
前向き
コホート
論文
O’Hara 1984
O’Hara 1986
Hopkins 1987
Affonso 1990
Mallet 1995
Merchant 1995
Milgrom 2008
研究
デザイン
初妊婦 50%
英国
白人
初妊婦
白人 71%
白人 90%
初妊婦 50%
初妊婦 45%
英国
米国
うつの既往
エビデンス
レベル
III
悲しい出来事
育児ストレス
産科合併症
49
BDI(6w)
新生児気質
66
SADS
(12w)
SPI(4m, 14m)
50
BDI(4w)
SADS
(4w)
SADS
(2m)
新生児合併症
前回うつ
産褥 2 週間の気分不安定
妊娠中のうつ
妊娠中の悲しい出来事
新生児の行動
202
SADS
(2w)
特に関連なし
III
191
RDC, BDI
(9w)
III
646/702
GHQ(3m)
PSE(3m)
EPDS RDC
RDC
(4/8w, 10m)
RDC
(8, 12, 20, 28w)
SADS
(2w)
マタニティブルーズ
うつの家族歴,ストレスイベント
母乳の中断は関連なし
重度マタニティブルーズ
III
認知障害
III
貧困状態での結婚
III
早期退院,貧困状態結婚
妊娠中の不幸な出来事
前回のうつ既往
支援不足
VLBW
III
妊娠中の EPDS>12
前回に精神疾患の既往あり
妊娠中の気分障害
配偶者支援なし
III
420
293
242
初妊婦
白人 76%
初妊婦 43%
425/749
英国
初妊婦
163/507
米国
VLBW 母親
68%
オースト
ラリア
危険因子
71
326
35,374/3,144
EPDS
(6, 12, 18, 24w)
GHQ(3m)
SCAN
(3m)
BSI, PSI
EPDS
III
III
III
III
III
III
III
文献
O’Hara MW, Neunaber DJ, Zekoski EM. Prospective study of postpartum depression: prevalence, course,
and predictive factors. Journal of Abnormal Psychology 1984; 93: 158―171
O’Hara MW. Social support, life events, and depression during pregnancy and the puerperium. ArchGen
Psychiatry 1986; 43: 569―573
Hopkins J, Campbell SB, Marcus M. Role of infant-related stressors in postpartum depression. Journal of
132
報 告
日産婦誌68巻 1 号
Abnormal Psychology 1987; 96: 237―241
Hapgood CC, Elkind GS, Wright JJ. Maternity blues: phenomena and relationship to later post partum
depression. Australian and New Zealand Journal of Psychiatry 1988; 22: 299―306
Gotlib IH, Whiffen VE, Wallace PM, Mount JH. Prospective investigation of postpartum depression: factors involved in onset and recovery. J Abnorm Psychol 1991; 100: 122―132
Whiffen VE, Gotlib IH. Infants of postpartum depressed mothers: temperament and cognitive status. J
Abnorm Psychol 1989; 98: 274―279
Affonso DD, Lovett S, Paul SM, Sheptak S. A standardized interview that differentiates pregnancy and
postpartum symptoms from perinatal clinical depression. Birth 1990; 17: 121―130
O’Hara MW, Schlechte JA, Lewis DA, Wright EJ. Prospective study of postpartum blues. Biologic and
psychosocial factors. Arch Gen Psychiatry 1991; 48, 801―806
Cooper PJ, Murray L, Stein A. Psychosocial factors associated with the early termination of breastfeeding. J Psychosom Res 1993; 37: 171―176
Pop VJ, Komproe IH, van Son MJ. Characteristics of the Edinburgh Post Natal Depression Scale in The
Netherlands. J Affect Disord 1992; 26: 105―110
Mallett P, Andrew M, Hunter C, Smith J, Richards C, Othman S, Lazarus J, Harris B. Cognitive function,
thyroid status and postpartum depression. Acta Psychiatr Scand 1995; 91: 243―246
Merchant DC, Affonso DD, Mayberry LJ. Influence of marital relationship and child-care stress on maternal depression symptoms in the postpartum. J Psychosom Obstet Gynaecol 1995; 16: 193―200
Hickey AR, Boyce PM, Ellwood D, Morris-Yates AD. Early discharge and risk for postnatal depression.
Med J Aust 1997; 167: 244―247
Brugha TS, Sharp HM, Cooper SA, Weisender C, Britto D, Shinkwin R, Sherrif T, Kirwan PH. he Leicester 500 Project. Social support and the development of postnatal depressive symptoms, a prospective
cohort survey. Psychol Med 1998; 28: 63―79
Singer LT, Salvator A, Guo S, Collin M, Lilien L, Baley J. Maternal psychological distress and parenting
stress after the birth of a very low-birth-weight infant. JAMA 1999; 281: 799―805
Milgrom J, Gemmill AW, Bilszta JL, Hayes B, Barnett B, Brooks J, Ericksen J, Ellwood D, Buist A. Antenatal risk factors for postnatal depression: a large prospective study. J Affect Disord 2008; 108:
147―157
産後うつのリスク因子:systemic review7)
1990 年から 2002 年の論文を用いた review
強い関連因子:
‌妊娠中のうつ・不安,かけがいのない人の死や離婚,失職,引っ越しなどのイベント,家族や親
友などの支援の欠如,うつの既往歴
中等度関連因子:
神経質,妊娠中の婚姻関係
2016年 1 月
報 告
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軽度関連因子:
産科的因子:妊娠高血圧症候群,早産,帝王切開,吸引(鉗子)分娩,分娩時大量出血
妊娠中のうつに関するリスク因子:systemic review8)
不安
Life stress
うつの既往
Social support
これは婦人科・標準用の雛形です
【版面】W:152.96mm(片段 71.48mm) H:207.85mm 【本文】
【本文】41 行 13Q 20.49H
虐待を受けた経験
【図】●図番号:11Q リュウミン M ●図タイトル・説明:11Q 16H リュウミン M ●タイトル・説明折り返し:1 字下げ 折り返し以後の行頭 1 字下げ ●図説の幅 片段:固定
(段幅の左右全角下げ)
全段:固定
予期せぬ妊娠
【表】●表番号:11Q リュウミン M ●表タイトル・説明:11Q 16H リュウミン M ●タイトル・説明の折り返し:1 字下げ ●表説の幅 表幅より左右 1
字下げ ●表中:
10Q 11H または 15H リュウミン M ●脚注:10Q リュウミン M 11H または 15H 低収入,処方,社会経済状態,無職,教育水準が低い,結婚年齢,人種,アルコール常習者,不法薬物利
【統一事項】●図表とタイトルのアキ 2.5 mm ●文献・出典 10Q リュウミン R
用,初妊婦,産科合併症の既往
危険因子
研究数
症例数(合計)
関連性(単変量解析)
関連性(多変量解析)
不安
Life stress
うつの既往
配偶者の支援欠如
家庭内暴力
予期せぬ妊娠
別居
公的保険未加入
低収入
低教育水準
喫煙
アルコール摂取
薬物使用
初妊婦
産科合併症歴
11
18
 6
 9
 7
 6
11
 6
11
20
11
10
 8
18
10
  4,696
  9,973
  3,566
  7,139
  3,738
11,470
  4,005
  2,008
  6,285
11,529
  6,641
10,621
  3,010
  9,786
  6,888
++++
+++
+++
++++
+
+++
++
+++
+
+
+
inconstant
c
c
c
b
+++
b
++++
++
b
c
b
b
c
c
c
inconstant
inconstant
c
+~++++:Cohen’s definitions に基づく
+:small association,++:small to moderate association,+++:medium association,++++:
medium to large association
a:結果は,メタ解析には至らず全体的な動向解析に基づく
b:対象者数が少ないため結論に至らない
c:効果はない
134
報 告
日産婦誌68巻 1 号
CQ.精神障害のハイリスク妊婦を抽出するためには?
A.
1.初診時に精神疾患の既往等について,アナムネを聴取する
2.‌妊娠初期,中期,末期の 3 回,包括的質問
(表 1,2)によってうつ病と不安障害発症のリスクを有する
かのスクリーニングテストを施行する
3.2 の質問にひとつでも
「はい」
との答えがあった場合は精神科専門医の受診を勧める
(解説)
妊娠期はうつ病および不安障害の予知と検出を行うことで診断と治療につなげることができる時期であ
る.
本邦で妊娠期に発症する精神疾患についての大規模な地域疫学的調査は行われていないが,施設調査に
よるとうつ病および不安障害が多いと指摘されている1)2).
精神疾患の既往者や社会心理学的な要因をもっている妊婦は,これらの精神疾患発症のハイリスク群で
あることに留意する.
これらの精神疾患の予知と検出のためには,妊婦健康診査における妊婦保健相談等で包括的な質問を用
いたスクリーニングを実施し,診断および治療につなげることが推奨される3)~6).英国の王立精神科医学会
(Royal College of Psychiatrists)
の
「妊娠中のこころの健康」に関するリーフレット3)によると,担当医は,
スクリーニング陽性者に対して,精神科専門医,臨床心理士,必要時には児童福祉に関するソーシャルワー
カー等を紹介・連携し,その後の治療プランは精神科専門医の臨床的評価に従って治療に関わるすべての
スタッフで妊娠期に検討すること,治療プランに従った育児に関する助言等を health visitor
(日本では保
健師にあたる)
が担当することが推奨されている.
うつ病のスクリーニング法としては,英国の国立医療技術評価機構(NICE;National Institute of Health
and Clinical Excellence)
の産前産後のメンタルヘルスのガイドライン(CG192,2014 年,表 1)に提唱され
た包括的 2 項目質問法が,費用対効果が高いことから推奨されている4).質問は,妊娠初期,中期,末期の
妊婦健康診査での妊婦保健相談時に,妊婦保健相談の一般的な質問のひとつとして実施する.いずれかの
質問項目に該当する場合は 94%の sensitivity,63%の specificity でうつ病が検出されるという報告があ
「はい」
という答えがあった場合あるいはうつ病を疑わせるような懸念があった場
る5).そのため,一つでも
合は,2 次評価による診断および治療方針の決定のために,妊娠期に精神科専門医の受診を勧める.
一方,不安障害のスクリーニング法も,うつ病と同様に NICE の産前産後のメンタルヘルスのガイドラ
インに提唱された簡単な 2 項目の質問票
(表 2)
を用いて不安について尋ねることを考慮する4).質問の時期
や対応についてはうつ病と同様で,一つでも
「はい」
という答えがあった場合あるいは不安障害を疑わせる
ような懸念があった場合は,精神科専門医による臨床的評価を受けられるように受診を勧める.
表 1.NICE
(英国国立医療技術評価機構)
のガイドラインで推奨されるうつ病に関する 2 項目質問票
1.‌過去 1 か月の間に,気分が落ち込んだり,元気がなくなる,あるいは絶望的になって,しばしば悩ま
されたことがありますか?
2.‌過去 1 か月の間に,物事をすることに興味あるいは楽しみをほとんどなくして,しばしば悩まされた
ことがありますか?
2016年 1 月
報 告
135
表 2.‌NICE
(英国国立医療技術評価機構)
のガイドラインで推奨される全般性不安障害を評価するための簡
単な質問例
(GAD-2)
1.‌過去 1 か月の間に,ほとんど毎日緊張感,不安感また神経過敏を感じることがありましたか?
2.‌過去 1 か月の間に,ほとんど毎日心配することを止められない,または心配をコントロールできない
ようなことがありましたか?
(注意)
表 2 の翻訳は村松公美子ら7)による.
文献
1.岡野禎冶:妊娠・出産と精神科臨床.精神科治療学 2013; 28(5):545―551
1994 年 4 月~2011 年 3 月までの 12 年間に三重大学「母子精神保健外来」を妊娠期に初診となった妊婦
の精神科診断病名は,不安障害が 43.2%,気分障害が 35.8%であった.そのうち 62.7%に精神科既往歴
があった.
2.‌中野仁雄,北村俊則,金沢浩二,他:妊産褥婦および乳幼児のメンタルヘルスシステム作りに関する研
究;多施設共同産後うつ病研究.平成 12 年度厚生科学研究報告書.2001
助産師による非構造化面接を施行した結果において,精神診断学的に妊娠中発症の大うつ病,特定不
能のうつ病,全般性不安障害および広場恐怖が,対象妊婦全体のうち 6%,4%,3%および 1%に認め
られた.
(いずれかの精神疾患が 12%に認められた.)
3.‌Royal College of Psychiatrists: Mental health in pregnancy. http://www.rcpsych.ac.uk/healthadvice/
problemsdisorders/mentalhealthinpregnancy.aspx.(2015 年 6 月 29 日)
英国の王立精神科医学会
(Royal College of Psychiatrists)
の
「妊娠中のこころの健康」
におけるリーフ
レットにおいて,うつ病と不安障害は妊娠中に最も多くみられるこころの健康の問題で,100 人中 10~
15 人が患っているとまとめられている.既往歴の確認,治療の継続,ストレスや妊娠に対する反応な
どがリスク因子として重要視されている.
また,
「妊娠中のこころの健康」に関する産科サービスとして,助産師が,定期妊婦健康診査や妊婦保
健相談等で精神疾患スクリーニングに関する
(包括的)質問や相談等を実施し,
(産科)担当医が,スク
リーニング陽性者に対して,精神科専門医や臨床心理士,さらに,必要時は児童福祉に関するソーシャ
ルワーカー等を紹介することが推奨されている.治療プランは,精神科専門医の臨床的評価に従って,
治療に関わるすべてのスタッフで検討する.保健師は,治療プランに従って,児の健康,授乳,栄養,
睡眠等について助言する.深刻な精神疾患が疑われる妊婦の場合は,妊婦および妊婦のサポーターであ
る配偶者
(パートナー)
や家族とともに,出産前に治療プランを協議することが重要である.
4.‌Howard LM, Megnin-Viggars O, Symington I, Pilling S; Guideline Development Group. Antenatal and
postnatal mental health: summary of updated NICE guidance. BMJ. 2014 Dec 18; 349: g7394. PMID:
25523903
英国の国立医療技術評価機構
(NICE)
の産前産後のメンタルヘルスのガイドライン(2014 年改訂版).
妊娠中の精神衛生上の問題を把握するために,うつ病と全般性不安障害に関して包括的質問によってス
クリーニングすることを推奨している.スクリーニングは,初診時あるいは予約のあった時(および産
褥早期)で,精神面に関する一般的な質問のひとつとして実施し,4 つの包括的質問
(本文参照)で一つ
でも
「はい」
という答えがあった場合あるいは精神疾患を疑わせるような懸念があった場合は,精神科専
門医への紹介
(または PHQ-9,EPDS あるいは GAD-7 などを用いた 2 次評価)が必要である.
5.‌Bosanquet K, Mitchell N, Gabe R, Lewis H, McMillan D, Ekers D, Bailey D, Gilbody S: Diagnostic
136
報 告
日産婦誌68巻 1 号
accuracy of the Whooley depression tool in older adults in UK primary care. J Affect Disord. 2015
Aug 15; 182: 39―43. PMID: 25969415
NICE のガイドラインで推奨されている 2 つの質問(the Whooley questions)を用いた高齢者に対す
る大うつ病性障害の診断精度をヨーク大学
(英国)で検討したところ,sensitivity は 94.3%(95% confidence interval, 80.8~99.3%)
,specificity は 62.7%(95% confidence interval, 59.0~66.2%)であった.
6.‌Committee opinion no. 630: screening for perinatal depression. Obstet Gynecol. 2015 May; 125(5):
1268―1271. PMID: 25932866
ACOG は,臨床医はうつ病や不安障害のためのスクリーニングを周産期で少なくとも 1 回行うこと
を推奨する.また,産婦人科臨床医の役割として,スクリーニングだけでは不十分であり,周産期うつ
病がスクリーニングされたときは,適切な
(共同ケアでの)フォローアップおよび治療につなげる必要が
ある.
(その他)
Spitzer RL, Kroenke K, Williams JB, Löwe B: A brief measure for assessing generalized anxiety disorder: the GAD-7. Arch Intern Med. 2006 May 22; 166(10):1092―1097. PMID: 16717171
全般性不安障害を特定するための簡単な自己質問調査票の有効性について,米国で 2004 年 11 月~
2005 年 6 月に 15 の診療所で検討した.2,740 人にスクリーニングを実施して,965 人が 1 週間以内にメ
ンタルヘルス専門医と電話インタビューにつながった.7 項目の不安スケール(GAD-7)は,うつ病と独
立した全般性不安障害の評価のために,89%の感度と 82%の特異度で有効かつ効率的なツールである
と推定された.
Melville JL, Reed SD, Russo J, Croicu CA, Ludman E, LaRocco-Cockburn A, Katon W. Improving care
for depression in obstetrics and gynecology: a randomized controlled trial. Obstet Gynecol. 2014 Jun;
123
(6)
: 1237―1246. doi:10.1097/AOG.
周産期うつ病が Patient Health Questionnaire-9 score of at least 10 でスクリーニングされた妊婦を,
精神科専門医との共同ケアを通常ケアの 2 群にわけて検討した結果,前者のほうが 12 か月後および 18
か月後にうつ症状が有意に軽減していた.産婦人科医は,スクリーニング後に精神科専門医と連携する
ことが重要である.
7.‌村松公美子,宮岡等,上島国利,他.GAD-7 日本語版の妥当性・有用性の検討.心身医,Vol, 50(No.6)
p166, 2010.
2016年 1 月
報 告
137
CQ.産後うつ病のスクリーニングは?
Answer
1.‌産褥婦に対し,産後 2 週と 4 週に精神に関するスクリーニングが必要である.その際,訓練を受け,知
識・経験豊富な産婦人科医師,心理士,保健師,助産師,看護師がスクリーニングを行う.
2.‌スクリーニングにより,
精神面への支援が必要と判断された場合には,
精神科医による診断・治療へとつなぐ.
3.‌なお,スクリーニングに際しては,母親
(産褥婦)
と新生児は同席とし,母子関係の観察を通してリスク
の発見に努める.可能であれば,質問票を記載する際には,同室の中でスタッフが赤ちゃんを抱っこし
て,母親が落ち着いて記載できるように配慮する.
▷解 説
1.‌産褥期には,
「産褥精神障害」
あるいは
「産褥精神病」と総称される特有の精神障害が出現することが少な
くない.産褥婦が精神的に不安定な状態が続くと,本人のみではなく,パートナーや子どもにネガティ
ブな影響を与えることもあり,早めの診断・介入が重要であることが指摘されている1)2).特に授乳や子
育て生活のペースが比較的安定するまでの産後 1 か月間は育児不安,負担,睡眠不足などが重なり,精
神的に特に不安定になりやすい時期であり,この時期に産後うつ病に罹患する母親も多い3)4).そのた
め,産後 2 週と 4 週に母親のメンタルチェックとしてのスクリーニングが必要である.
産褥期特有の精神的問題であるため,スクリーニングは,産婦人科領域の知識と経験を十分有した,
産婦人科医,心理士,保健師,助産師,看護師などの専門家が実施することが望ましい.
スクリーニングのツールは,以下の 2 つの尺度を使用する.
1)Whooley Depression Screen
(表 1)
イギリスで開発されたうつ病のスクリーニングであり,2 項目の短い質問であるが,陽性であった場
合のうつ病の検出率は 90% 以上という報告もあり5)6),産後うつ病のスクリーニングのために推奨され
“いいえ”であった場合は,陰性と判断する.両項目あるいは,いずれかの項目
ている7).2 項目両方が
が“はい”
であった場合は陽性とする.
表 1.Whooley Depression Screen
以下の質問にお答え下さい
(当てはまる方に○をつけてください).
―この 1 か月間,気分が沈んだり,憂うつな気持ちになったりすることがよくありましたか.
はい ・ いいえ
―この 1 か月間,どうも物事に対して興味がわかない,あるいは心から楽しめない感じがよくありまし
たか.
はい ・ いいえ
2)Edinburgh Postnatal Depression Scale
(EPDS)
世界的に産後うつ病のスクリーニングとして使用されている尺度であり,わが国においては 9 点以上
の場合は産後うつ病の疑いと判断する8)9).
以上,2 つの尺度において,両方,あるいは片方のみであっても,陽性と判断された場合には,産後の
報 告
138
日産婦誌68巻 1 号
様子や心理的状態についてよく話を聞き,精神疾患に豊富な知識・経験のある医師への紹介が必要かどう
かを検討する.
2.‌スクリーニングの結果,
精神的問題や精神面への支援が必要と判断された場合には,
「産後健康管理シー
ト
(表 2)
」に必要事項を記載して,精神医学を専門とする医師に紹介する.ただし,その際,周産期領
域に関する知識および経験を持つ医師であることが望ましい.具体的には,産後 1 年間に起こる心理的
変化
(健常な変化と病的な変化)
や,マタニティ・ブルース,産後うつ病などについての知識を持つ医師
へ紹介するよう心がける.
表
表 22
表 2:患者情報提供の見本として,当合同委員会がオリジナルで作成いたしました.
2016年 1 月
報 告
139
3.‌産後 2 週と 4 週に行う母親のメンタルチェックに関しては,基本的には,母親(産褥婦)と新生児は同席
とする.はじめに母子の様子を見ながら,産後の生活について簡単に聴取し,その後,Whooley Depression Screen と,EPDS 産後うつ質問票に回答してもらう.できれば,診察室内で,新生児のお世話が
できる補助員を配置し,赤ちゃんを預かって,母親が落ち着いて回答できるように配慮する.
文献
1)‌Boath EH et al.: Postnatal depression: the impact on the family. J Reprod Infant Psychol 1998; 16:
199―203
2)‌Sockol et al.: Preventing postpartum depression: a meta-analytic review. Clin Psychol Rev 2013; 33:
1205―1217. PMID: 24211712
3)
‌Cox JL et al.: A controlled study of the onset, duration and prevalence of postnatal depression. Br J
Psychiatry 1993; 163: 27―31. PMID: 8353695
4)‌American Psychological Association. Diagnostic and statistical manual of mental disorders. 4th edn.
Washington, DC: American Psychiatric Press; 2000.
5)‌Whooley MA et al.: Case-finding instruments for depression. Two questions are as good as many. J
Gen Intern Med 1997; 12: 439―45. PMID: 9229283
6)
‌Bosanquet K et al. Diagnostic accuracy of the Whooley depression tool in older adults in UK primary
care. J Affect Disord. 2015; 15: 182: 39―43. PMID: 25969415
7)‌The NICE Guideline on Clinical Management and Service Guidance: Antenatal and postnatal mental
health: clinical management and service guidance. NICE Clinical Guideline 45. 2007; National Institute
for Clinical Excellence: London
8)‌岡野禎治,村田真理子,増地聡子,玉木領司,野村純一,宮岡等,北村俊則:日本版エジンバラ産後う
つ病調査票
(EPDS)
の信頼性と妥当性.精神科診断学 1996; 7: 523―533
9)‌Cox JL,Holden JM 著,岡野禎治,宗田聡監修.産後うつ病ガイドブック―EPDS を活用するために―.
2006;南山堂:東京