『“インドだより” 10ルピー紙幣の話』

『“インドだより” 10ルピー紙幣の話』
田中裕子
(5 組)
昨年 9 月 20 日、上田で開かれた還暦記念同期会ではほとんどの皆様に、卒業以来初めて
お会いし、大変楽しく過ごさせていただきました。中でも仕事上インドに関係ある方々が
何人かいらっしゃったのは、うれしい驚きでした。私の住んでいるのは、北インドの大都市
ニューデリーとカルカッタのほぼ中間、ヴァラナスィ(ベナレス Benares)という、ヒンド
ウー教徒と、仏教徒の聖地で、観光地ではありますが、日本人ビジネスマンにお目にかかる
ことなどまずありません。
インドのルピー紙幣には、額面 1 ルピーから 1000 ルピーまで 9 種と日本より多種類あり
ますが、このうち 1,2,5 ルピー札は急速に進むインフレにより絶滅危惧状態で、硬貨に取っ
て代わられつつあります。多量に流通しているなかでは、10 ルピー札が最も小額のもので
す。
お札の表はマハトマ
ガンディーの肖像画、左にはその透かしというのは日本のものと
大差ないのですが、偽札が多い様で、さらに縦に銀の破線の偽札防止マークが入っていま
す。私も、透かし部分のガンディーの丸い眼鏡を、サインペンで裏からなぞった稚拙な出
来の偽札を受け取ってしまったことがあります。
ガンディーの肖像画は他の額面の紙幣すべてにも使われています。対英独立運動の闘士、
偉大な非暴力主義者とあれば、他に対抗馬なしということでしょうか。
ここでお札を裏返し、最も特徴的なのは金額表記が 19 言語(表記は 17 言語)あること
です。日本では考えられないことですが、インド 1 国でヨーロッパと同じくらいの広さが
あると聞けば納得がいきます。これは度重なる異民族の侵入を受けてきたインドの歴史の
帰結といえます。インドの国土を逆三角形に見立てると、紀元前 1500 年頃、アーリア人が
西からやって来て、東へ、また斜めに南東へと定住と混血を繰り返しながら移動していき
ました。このアーリア人は現在に至るまで、特に北インドでは、政治的、社会的に支配的
な地位を保ち続けているため、彼らの系統の言語はお札中に 9 言語記されています。
アーリア人に追われた先住民のムンダ人たちは平野部や、山中に島状に残り、独自の社
会を形成していますが、ムンダ系の言語は、ヒマラヤ地方のチベット語(私の夫の母国語
でもありますが)など他の少数言語とともに、お札には表記されていません。
別の先住民、ドラヴィダ人たちは、三角形の南、半島部に移住し、古くから独立の王国を形
成し、独自の文化と社会を形成しており、言語人口も約 20%と多いため、お札には 4 言語エ
ントリーされています。
ずっと時代が下がってやってきたイスラーム教徒たちは統治政策上、イスラームに改宗
した者には人頭税を課さないという政策をとったため多くの改宗者たちが出て、アラビア
文字を使った彼らの言語が 2 つ記されています。
近年になってやって来たイギリス人の英語は植民地支配者の言語ではあるものの、実質
上、共通語の役割を果たすことになっており、準公用語として裏に単独で大きく印刷されて
います。
お札の場合は数字がわかれば問題はない(とはいえ、インドには数字も読めない人もい
る)のですが、母語だけしか話せない人が他言語の地域に一人で旅行した場合などは大変で
す。私が夫とニューデリー駅にいた時、大勢の人が騒いでいるのでどうしたのか聞くと、南
インドから来たらしいおばあさんの言葉が誰もわからず、どうしようもないというのです。
インドの女性はふつうあまり一人で旅行しないのですが、その後どうなったでしょうか。
さて、この日本円にして約 20 円の 10 ルピー札で、何が買えるかというと、じゃがいも
が 1 キロ、ほうれん草が大きなレジ袋に一杯ぐらいでしょうか。インドでは中流と言われ
る国家公務員の夫の給料で生活している私にとっては 100 円から 200 円といったところで
す。
ただ、超がつくほどの格差社会のインドでは、実際にはこのお札、もっと価値があるよ
うな気がします。今は亡くなってしまいましたが、3 年前まで家に毎日 2 時間ぐらいお掃除
に来ていたおじいさんにはお昼とこの 10 ルピーをあげていました。以前日本人に、20 円し
かあげていないという話をしたら ひでー、と言われてしまったことがありましたが、これ
が相場です。その他、2 ヶ月に一度位障害者のために集めに来る寄付金、日本からの手紙を
届けてくれる郵便屋さんへのチップ、官舎の空き地に作っている花の水やりに来る子供た
ちにあげるおこづかい 4 回分などです。いずれもこのごろはインフレでこの 2 倍位あげる
ことも多くなりましたが。
よくテレビの海外旅行番組で外国の現地の物価をそのまま日本円に換算して表示してい
ますが、インド(中国なども)の場合には日本との物価の差が大きいので何でも安いと感じ
てしまい、おみやげなど高くふっかけられてもわからないことにもなり、注意しなければい
けないと思います。現地の庶民にとってはとても高いものだったりするのです。
最後にまたお札の話に戻って、表の左下に小さく刷られている、2200 年以上前にアショー
カ王によって作られたインドの国章の実物が、私たちの官舎から 1 キロほどのサルナート
博物館に展示されています。ベナレスはガンジス川が直角に方向を変える聖地で、多くの
ヒンドゥー教徒が死後ここで火葬されることを望み、川べりでは毎日露天で火葬される煙
が立ち上っているのが見られます。ここを訪れて人生観が変わった人もいると聞きます。
インドを、ベナレスを、一度は是非訪れていただけたらと思います。
(2009 年 10 月記)
<参考>
☆10ルピー紙幣はこちらのページのマハトマ・ガンジー・シリーズ
☆裏面の金額表記が 19 言語(表記は 17 言語)はこちらの100ルピー紙幣と同じ