Focus LSI微細化の行方 《LSIの微細化が止まった時のインパクト》 もし半導体の微細化が止まったら 世界市場にどんな影響が出るのか? ㈱オムニ研究所 オムニTLOイノベーション推進本部 湯之上 隆 昨年、米Texas Instrumentsやソニーなどが、相次いで45nm世代以降の微細化を行わないこと を発表した。また、最先端のArF液浸リソグラフィ装置が立ち上がりつつあるが、次世代の高 屈折率の液浸開発は頓挫し、EUVLの量産適用には、技術的にも経済的にも大きな困難が予想 されている。さらに、32nm世代以降を量産するためには、Cu配線抵抗の増大や微細トランジ スタのばらつき問題を解決しなくてはならない。果たして半導体の微細化はどこまで続くのだ ろうか? 微細化の限界は、いつ、どのように訪れるのだろうか? もし、半導体の微細化が止 まったとしたら、どのようなインパクトがあるのか、本稿では、世界人口予測などのマクロ的 視点から、微細化が止まった場合のインパクトを論じる。 ●新たなビジネス対象国はBRICsに 世界の人口は、2001年の60億人から2050年には 85億人に達すると予測されている。その人口増大 をもたらす主要地域は、アジアである(図1)。ま た21世紀後半からアフリカの人口が急増すること が予測されている。すなわち、21世紀前半はアジ アの時代であり、21世紀後半はアフリカの時代で あると言える。 この世界の人口分布において、米国、日本およ び欧州など先進国と呼ばれている国の総人口は約 10億人であり、21世紀以降もその数はあまり変わ らない(図2)。 半導体を含むエレクトロニクス産業について考 人口(100万人) 9,000 オセアニア 8,000 8,000 7,000 7,000 北米 6,000 6,000 南米 欧州 4,000 5,000 アジア 3,000 2,000 1,000 アフリカ 1960 1970 1980 1990 1995 2000 図1 21世紀前半はアジアの時代 70 4,000 21世紀以降 ビジネス対象が 30∼60億人に拡大 3,000 2,000 1950 ●21世紀以降の牽引車はアジアの半導体市場 世界の人口分布の状況を考慮しながら、世界半 導体市場の推移を見てみよう。図3に示したように、 世界半導体市場には1995年と2001年に変極点があ 人口(100万人) 9,000 5,000 えてみると、21世紀以前は、先進国10億人をビジ ネス対象にしていれば良かった。ところが、21世 紀以降、発展途上国における経済的富裕層が急拡 大し始めた。その結果、21世紀以降は、半導体を 含むエレクトロニクス産業のビジネス対象人口が、 2倍にも3倍にも膨れ上がりつつある。この新たな ビジネス対象国が、BRICsで有名になった中国やイ ンドであることは間違いない。 Electronic Journal 2008 年 7 月号 2010 2025 2050 1,000 1950 発展途上国 先進国 1960 1970 1980 1990 1995 2000 図2 21世紀以降にビジネス対象が急拡大 2010 2025 2050 Focus LSI微細化の行方 120 100 200 80 150 B$ 世界の半導体市場(B$) 250 60 アジア 米国 100 40 50 日本 20 0 1976 1979 1982 1985 1988 1991 1994 1997 2000 2003 2006 欧州 0 1975 1980 出所:プレスジャーナル「半導体年鑑」より著者作成 図3 世界の半導体市場の推移 ることがわかる。2001年以降は、平均成長率8%で 拡大している。また、図4に示した地域別半導体市 場の推移を見てみると、2001年以降、アジア市場 が急拡大している。 21世紀になり、世界人口分布においてアジアが 主役になった。そのアジアを中心にBRICsやVISTA 諸国が経済発展を遂げつつある。その結果、1995 年にいったんブレーキがかかった世界半導体市場 が、21世紀以降、新たな速度で成長し始めた。そ の成長を牽引しているのは、まさしくアジアの半 導体市場である。この潮流は今後も止まらないだ ろう。従って、世界半導体市場の成長は今後も続 くと予測できる。 ●半導体の微細化が止まった場合のインパクト このような状況の下、もし、半導体の微細化が 止まったとしたら、どのようなインパクトがある のだろうか? 品種別に見たインパクト、市場規模 から見たインパクト、アプリケーション別のイン パクトの順に考察する。 “品種別に見たインパクト”の場合は、品種別 の微細加工の線幅分布を見ると微細化の最先端を 突っ走っているのは、MPUとメモリおよび一部の ASICとASSPである(図5)。もし、微細化が止ま った場合、MPUとメモリには、大きなインパクト があると予想できる。すなわち、高速化、高集積 化、および、低コスト化を一挙に実現する手段が なくなってしまうからだ。 米Intelがマルチコア化したプロセッサを開発し、 韓国Samsung Electronics、東芝、エルピーダメモリ などが、メモリの積層化を手掛け、ザイキューブ が提唱した3次元実装技術が多方面で検討されてい る。これは、現時点ですでに、微細化の限界が見 1985 1990 1995 2000 2005 出所:プレスジャーナル「半導体年鑑」より著者作成 図4 地域別半導体市場の推移 65nm 90nm 130nm 180nm 250nm 350nm 500nm MPU Memory ASIC、ASSP MPU、汎用LOGIC、他 微細化を継続して いる品種 Analog Discrete 図5 品種別の線幅分布 え隠れし始めたことに原因があると言えるだろう。 一方、一部のASICやASSPを除けば、ロジック、 アナログ、および、ディスクリートには、微細化 が止まったことによるインパクトは、ほとんどな い。これらは、すでに、品種固有の理由から、微 細化する意味がなくなっているためだ。 このことは、図6に示したウェーハ消費の線幅分 布を見ても明らかである。微細化が500nm、350nm、 250nm…、65nmと伸展していっても、すべての半 導体が最先端の微細化技術を使って作られるわけ ではない。65nm の微細化技術が開発されても、 500nm以上のデバイス∼90nmのデバイスは、依然 として製造され続けている。まるで、地層を重ね るように、65nmデバイスが付加的に製造されるの である。ただし、150nmデバイスおよび110nmデバ イスのように、何らかの理由で、半導体市場から まったく姿を消してしまうものもある。 ●市場規模から見たインパクトは? 微細化が止まった場合、MPU、メモリ、一部の ロジックにインパクトがあることがわかった。で Electronic Journal 2008 年 7 月号 71 Focus Millions of Square Inches 9,000 8,000 65nm 7,000 6,000 90nm 150nm 5,000 ArF 110nm 130nm 4,000 KrF 180nm 3,000 250nm 2,000 350nm 1,000 i線 >500nm 0 2000 成長率%(2010年/2005年) LSI微細化の行方 20 15 NAND センサ STD-Linear 10 NOR LOGIC 5 DSP Discrete MCU 0 0 Analog 10 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 MPU DRAM 20 30 40 市場規模 (B$) 平均成長率 8% 50 60 出所:iSuppli 出所:iSuppli 図6 ウェーハ消費の線幅分布 Specific Logic 図8 品種別市場規模と成長率の予測 Memory $58.5B 半導体材料 DRAM $33.8B NAND $11.5B 他 $13.2B Memory 24% MOS/Micro 22% シリコンウェーハ フォトマスク フォトレジスト 材料ガス 洗浄液 CMPスラリ 3兆円 市場 Analog 15% Opto 7% Discrete 7% Sensor 2% MOS/LOGIC 23% 汎用 $21.1B $33.2B MPU $12.4B MCU $8.3B DSP 半導体製造装置 専用 $39.1B Logic $60.2B イオン注入装置 熱処理装置 製膜装置 露光装置 エッチング装置 洗浄装置 検査装置 PC 22兆円 市場 半導体デバイス マイクロプロセッサ メモリ(DRAM、Flash) 非メモリ(SoC) Analog Discrete センサ 28兆円 市場 5兆円 市場 携帯 14兆円 市場 デジタル家電 35兆円 市場 自動車 70兆円 市場 Micro $53.9B 出所:WSTS 出所:泉谷渉「日の丸半導体は死なず」光文社 図7 半導体の金額ベース市場規模(2006年) 図9 IT産業の規模(2006年) は、その市場規模はどれほどであろうか? 品種別 の売上高市場規模を見ると、微細化が止まったと したら(実際には止まっていないが)、DRAM 338 億ドル、NAND 型フラッシュメモリ 115 億ドル、 MPU 332億ドルに影響が出る(図7)。この総和は、 半導体市場全体2628億ドルの30%に相当する。こ れに最先端のロジックを加えて、半導体市場の約 1/3に影響があると言える。逆の言い方をすれば、 2/3には影響がないと言える。 ここまで、微細化が止まったと仮定した場合の 考察を行った。実際には、2010年以降、Cu配線の 問題により微細化のスローダウンが始まり、2013 年にトランジスタのばらつき問題およびEUVLの経 済的・技術的問題により微細化が止まる可能性が ある。 その時、最も大きなインパクトを受けるのは、 どの品種か? 品種別市場規模と成長率(2010年/ 2005年)の予測から、インパクトを受ける品種で、 最も大きな市場規模を持つものは MPU、次いで DRAMである(図8)。 一方、最も成長率の高い品種はNAND型フラッ シュメモリである。従って、微細化が止まったこ とにより成長が最も阻害されるのはNAND型フラ ッシュメモリであると言えるだろう。ただし、東 芝などは、NAND型フラッシュメモリの3次元化や ナノインプリントの導入などを検討しており、こ 72 Electronic Journal 2008 年 7 月号 Focus LSI微細化の行方 人の VIZIO が、50 型の HD PDP-TV と、42 型 HD LCD-TVを、999ドル(約11万円)で発売し、シェ アトップに立った。この結果、大手メーカーには、 撤退や企業再編の波が押し寄せている。 ●アプリケーションから見たインパクトは? 金のかかる最先端の微細化を追求したデジタル 最後に、半導体の微細化が止まった場合、PC、 家電用LSIを、今後も開発できるのか、疑問である。 携帯電話、デジタル家電、自動車には、どんなイ 従って、微細化が止まっても、あまり影響はない ンパクトがあるのかを論じる(図9)。 のではないか? “PC”の場合は、22兆円市場になっており、微 “自動車”の場合は、原価に占める半導体の割 細化が止まることによって大きなインパクトを受 合は、今後増大することが予測される。2000年時 けるプロセッサとDRAMが搭載されている。従っ て、微細化が止まれば、高速化、低消費電力化、 点で16%程度であったが、2010年には40%以上に なるとの予測もある。トヨタ、日産、デンソー、 高集積化、および、低価格化を一挙に実現する最 ダイハツなどの設計者にヒアリングを行ったが、 も有力な手法が失われることになる。 しかし、Windows Vistaが発売されても、PCの買 「車載用LSIは信頼性とコストが重要である。最先 い換え需要には、あまり大きな影響がなかった。 端の微細化は必要ない」という回答が多かった 。 ユーザーが、PC性能に飽和感を抱いているのでは ●生き残るためには微細化神話からの脱却が必要 ないかと推測される。 以上を総括する。世界の人口は増加傾向にある。 一方、2006年11月に、100ドルPCが発売された。 これをきっかけに、堰を切ったように、次々と、 その主役はアジアである。BRICsおよびVISTA諸国 数百ドルPCが、台湾ASUSTeK、米Everex Systems、 を中心に経済発展が進み、富裕層が拡大している。 世界半導体市場は、これらに牽引され、今後もア 米Hewlett-Packard、台湾Acerなどから発売された。 ジア市場を中心に年平均成長率7∼8%で成長を続 世界の趨勢は、最先端の微細化による高性能化 けていくだろう。たとえ半導体の微細化が止まっ よりも、安価な半導体を用いた安価なPCビジネス ても、この成長に大きな影響はないと考えられる。 が主流になりつつあるのではないか? その理由は、半導体の微細化が止まることによ “携帯電話”の場合は、2006年時点で14兆円市 ってインパクトを受ける品種は、MPU、メモリ、 場であるが、今後、最も大きな成長が期待できる および一部のロジックであり、半導体全体の1/3程 アプリケーションであろう。携帯電話の設計者へ 度である。その1/3についても、マルチコア化、積 のヒアリングによれば、「半導体の微細化は、携帯 電話の高性能化の有力なツールである。従って、 層化、3次元化、他の手法による微細化などが検討 されている。また、アプリケーションから見ても、 半導体の微細化が止まるのは大変深刻な問題であ PCの性能に飽和感があり、世界の趨勢は低価格PC る」という。 一方、「もし、半導体の微細化が止まるのなら、 に移行しつつある。携帯電話の演算処理は基地局 で行われるようになる可能性が高い。さらに、価 今まで携帯電話の内部で処理していた機能を、基 格下落が激しいデジタル家電、最先端の微細化を 地局で処理するようになるだろう。その場合、基 地局と携帯電話の“土管”を太くする必要がある。 必要としない車載用半導体の事情を考慮すると、 “土管”を太くする開発は着実に進んでいるから、 微細化が止まっても、深刻な影響はないと言える。 このように考えると、今後、半導体メーカーおよ 微細化が止まるのならそれでも構わない」という び半導体製造装置メーカーが生き延びていくため 意見もあった。従って、微細化が止まるとある程 には、微細化神話からの脱却が求められるのでは 度のインパクトが予想できるが、その回避手段も ないだろうか? つまり、投資リスクの高い最先端 検討されている。 の微細化から、パイの大きな市場および品種へ、 次は、“デジタル家電”について述べる。スーパ ー半導体Cellを搭載した「プレイステーション3」 上手に舵を切ったメーカーが勝者となると、筆者 は予想する。 と、MEMS で形成した加速度センサを搭載した 次号では、微細化の限界に関する調査研究結果 「Wii」の対決は、Wiiが勝利した。また、薄型TV を明らかにする。 などデジタル家電は、価格下落が激しい。そのよ うな中、2007年8月、北米のTV市場で、たった90 れらのブレークスルーが成功すれば、さらなる高 成長が期待できると言える。 Electronic Journal 2008 年 7 月号 73
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