白い煙と黒い煙

白い煙と黒い煙
なんぐすく
これは、桜の町として知られている名護市の名護城の中腹にある「白い煙と黒
ひぶん
い煙 」(大正7年3月31日)の碑文です。
合図の煙−親子の別れ−
か
汽船のデッキの上からは、彼の乙女が、涙で曇っ
した
た眼で、ふるさとの山を 慕 い、父母を恋いて、こ
の白い煙を見つめていることだろう。
−白い煙、黒い煙−
こうして若い乙女と年老いた親とが、山と海とで
し ぼ おんあい
たがいに切ない思慕恩愛の情を交わしているので
ある。
春の日は、静かに夕もやの中にうすれていく。
かく
やがて汽船は、本部半島にその影を 隠 した。つき
いちまつ
せぬ名残りを一 抹の黒煙にとどめて−。
(稲垣国三郎「白い煙、黒い煙」から)
今から70年ほど前のことです。
そのころの沖縄の生活は、農業を中心としていました。農業は、労多くして収
入が少なかったので、経済的には豊かではありませんでした。農家によっては、
税金をはらうこともできず、牛や馬、豚を税金のかわりに出したりして苦しい生
活をしていました。生活に困って、若い娘たちが、京浜や阪神の工業地帯の織物
工場へ出かせぎに行っていました。
ハル子もそのひとりでした。ハル子の両親は、働き者で、畑仕事に精を出して
いましたが、弟や妹が多いため、その日の生活をするのがやっとでした。その両
親を見て、ハル子は大阪に出て働き、給料をもらってその金を両親に送り、生活
を楽にさせようと考えていました。
春の早い沖縄では 、名護城のひかん桜が 、すっかり緑の葉をひろげていました 。
ハル子が大阪に発つ日がやってきました。出発の朝、アンマー(母親)は、娘に
話しました 。「ハル子、那覇まで見送りに行きたいが、那覇まで行くには遠すぎ
る。おまけに金もかかるので、オトウ(お父さん)とアンマーには、とても無理
なことだ 。」さびしいだろうが、ひとりで行っておくれ。そのかわり船が名護湾
をとおる頃は、名護城から煙をたいて見送りするからね。山に白い煙がのぼって
いたら、オトウとアンマーの見送りの合図だと思っておくれ 。」とさとすように
話しました。
「アンマー、名護城の山で火をたいて見送りするのですか?私のことは、心配し
ないでください。それよりも弟や妹のことをたのみます 。」
そう言って、ハル子は、不安とさびしさをこらえて、わが家を後にしました。
那覇についた4日目の午後、ハル子たちを乗せた船は、出発しました。港を出
た船は、まっ黒な煙をはきながら、ゆっくりゆっくり北へ北へと進みます。
ざんば
何時間たったのでしょうか。船が残波みさきあたりにきたとき、しだいに気分が
悪くなりだしました。はじめての船の旅で船よいがひどく、船室で苦しんでいる
ときです。
「名護の人は、いませんか。この中に名護の人は、いませんか。今、名護の町が
見えますよ 。」
という船員の声に 、「ハッ」と母の言葉を思い出しました。ハル子は、よろけな
がらも急いでデッキに出てみました。本部半島の連山は、遠くひろがり、美しい
森の中に名護の町が見えます。その深い緑色の山から白い煙が立ちのぼっている
のがみえます。オトウとアンマーの見送りの
煙です。
ハル子は、父や母が、名護城で、青い松の葉
をくべあい、船に向かって手をふっている姿
を想いうかべました。そうしているうちに、
か や
( うち わ)
小さいころ、夏の暑い蚊帳の中で、おおぎで
涼しい風を送ってくれたことや、夕方までの
畑仕事を手伝ったことなど、故郷で過ごした
数々の思い出が頭をよぎりました。
煙は、だんだん高くのぼり、その煙を目を
うるませてハル子はながめていました。
「ハル子、身体に気をつけてがんばるんだよ 。」
「さびしくなったら家のことを思い出しておくれ 。」
と白い煙が語りかけているようです。
いつの間にか大つぶの涙が一すじ二すじほおを流れていきました。ハル子は、
てぃーさじ
手 巾(手ぬぐい)をとり出し、山の方に向かってふり続けました。
( オトウ 、アンマー 、元気でねー )何度も何度も声にならない声でさけびました 。
船も、ハル子の声を山の上の両親に伝えるかのように、
「ボーッ。ボーッ 。」
と太い汽てきをならしました。
ハル子は、目にいっぱい涙をうかべながらい
つまでも、夕もやにかすむ故郷の山を見つめて
いきましたるまもなく、島も白い煙も、海のか
なたへ消えていきました。
※思慕恩愛・・・・・思い慕うこと。
※一抹・・・・・・・わずか。かすか。
道
徳
学
習
指
導
案
小学校5学年
1.主題名
父母を敬愛する心(家族愛)
2.資料名
白い煙と黒い煙
内容項目
4−(5)
3.主題設定の理由
親子の情愛は、円満な家庭生活の基盤であり、親子関係は、深い愛情で結ばれていなければな
らない。しかしながら、現実には、親子の断絶などという悲しい事実を耳にするようになった。
このようなひずみは、親の苦労や思いやりに対して感謝する心を見失い、温かい心の交流をうと
んじるとき生まれるものと考えられる。
この時期の子どもの中には、父母の働く姿に感謝する子もいるが、反面、自分の思いどおりに
ならなかったりすると、親に対して反抗したり、批判的になったりして、家族の温かい励ましや
思いやりを素直に受け入れない子もいる。そのような行為は、親の普段の心遣いは当然のことと
して受け止め、親の大きな愛情に支えられて毎日を過ごしているという意識が薄いためであろう。
そこで、この期の子どもたちに、父母の深い愛情や行動について改めて考えさせることは、人間
の成長過程において、大切なことである。
資料「白い煙と黒い煙」は、桜の名所として知られている名護城にまつわる親子の美しい話で、
その昔、本土(大阪)へ出稼ぎに行く娘を松の葉をたき、その白い煙で船おくりしたという話で
ある。展開にあっては、主人公が山の上に立ちのぼる白い煙を見て涙を流したときの気持ちを、
深く考えさせることによって、親に対する感謝の念を深め、家族の立場を理解し、楽しい家庭に
しようとする気持ちを目覚めさせたい。
4.本時のねらい
父母を敬愛し、家族の幸せのために進んで役に立とうとする態度を養う。
5.展開
区分
導入
学習活動(主な発問と予想される児童の反応)
1
名護城の写真を見て発表しあう。
・名護城について知っていることは何か。
桜の名所
指導上の留意点
・名護城の写真を提示
し、本資料の背景に
ついての関心をもた
せる。
展開
2
資料「白い煙と黒い煙」を読んで話し合う。
(1)父母が見送りにいけないといったとき、ハル子は、どん
・見送りにきてもらえ
なことを考えたか。
ないハルの気持ちを
・淋しい
共感的に受け止めら
・貧しい家に生まれたからしょうがない。
れるようにする。
・自分のことは心配しないでほしい。
・弟や妹のことを頼みます。
(2)山の上に立ち上る白い煙を見たとき、ハル子はどんなこ
・親がどれほど子ども
とを思ったか。
のことを思ってくれ
・家を出たとき言ったことを忘れてなかった。
ていたかを知り、親
・お父さん、お母さん、ありがとう。
に対して感謝の気持
・自分のことをこんなにまで思ってくれていたのか。
ちを持ったことを考
えさせる。
(3)いつまでもいつまでも故郷の山を見つめながらハル子は、 ・父母の深い愛情に感
どんなことを考えたか。
謝し、自分も家族の
・今まで大切に育ててくれた父母のことを考えた。
ために役立とううと
・苦労させた分、親孝行したい。
する主人公の気持ち
を理解させる。
終末
3
両親の愛情について話し合う。
(1)父や母が、陰で自分のことを思ってくれたことはないか。 ・親の無償の愛に支え
・寝ないで看病してくれた。
られて自分は、成長
・自分のために貯金してくれた。
してきたのだという
ことに気づかせる。
4
教師の説話を聞く。
・教師の体験を語って
まとめる 。(格言を
紹介してもよい)
<資料「白い煙と黒い煙」を活用して>
1
児童の感想
(1)いつまでも、いつまでも故郷の山を見つめながらハル子は、どんなことを考えていましたか。
・家族と一緒にしたことや故郷での思い出を思い出したと思う。
・いつもありがとう。頑張ってきます。体を気をつけて、さようなら。
・大阪の大手株式会社に入ってお金を送って、今に生活を楽にしてあげるからねっと思った。
・いつまでも、オトウ、アンマーが元気でいられますようにとか、いつか、生活を楽にしてあ
げるから弟や妹のことを頼みます。
・また、いつかもどってきます。
・いつまでも元気でいてください。
(2)あなたは、どんな親孝行をしたいですか。
・がっぽりもうけて、お父さん達に大きい家を建ててあげたい。
・夏休みなどは、家の掃除や家の仕事などをしたいと思います。
・温泉旅行に連れて行きたい。
・お父さんお母さんを外国に連れて行く。
(3)今日の授業の感想
・1人で旅に出るなんてすごいなーと思った。僕だったら1人で大阪まで行けないと思う。
・ハル子は、家が貧しいので出稼ぎをしにいったので、私は、
「寂しくないのかな」と思った。
出発して名護の町が見えたとき、名護城が見えそこから白い煙が見え、ハル子はオトウとア
ンマーが「いってらっしゃい」といっているように見えたのかな。
・私がもし大阪や東京に1人で行くとしたら、私には絶対に無理だなぁと思います。だからハ
ル子さんは、「勇気があるな」と思いました。でも、私も親のため、妹のためだったらたぶ
んできるとおもいました。昔はそんなに貧しかったんだと分かりとても勉強になりました。
2
授業にむけての留意事項
(1)資料について
・碑文の写真を添付した。
・船上から名護城にた立ち上る煙を見つめるハル子の挿し絵を挿入。
・名護城から見える名護湾の写真(現在)を挿入。
(2)発問の工夫
中心発問
○いつまでも、いつまでも故郷の山を見ながらハル子は、どんなことを考えたと
思いますか。
補助発問
○ハル子は、故郷の山々がどんどん遠ざかっていくのをいつまでも見ています。
どんな気持ちで故郷の山々を見ていたと思いますか。
中心発問
○あなたは、どんな親孝行をしたいですか。
補助発問
○お父さんお母さんに大切に育ててもらっている皆さんですから、小さいことで
もいいので、何かお父さんお母さんにやってあげたいと思うことを考えてくだ
さい。
(3)その他
・名護城の写真を提示。
・時代背景を児童に把握。
・当時の交通状況を児童に理解させ名護、那覇、大阪の地理を把握させる。