ア ナ リ ス ト の 眼 子供の貧困問題 【ポイント】 1. 子供の貧困は一時期の問題ではなく、生涯にわたって影響する可能性がある。 2. 子供の貧困は継承されることで、二極化を固定する。 3. 少子高齢化の前に子供の貧困を解消することも社会保障の安定を図る上で重要。 1.貧困率の定義と日本の子供の貧困率の現状 2006 年 に 発 表 さ れ た OECD( 経 済 協 力 開 発 機 構 )の「 対 日 経 済 審 査 報 告 書 」で 、 わ が 国 の 相 対 的 貧 困 率( 再 分 配 後 )は 先 進 国 中 米 国 に 次 い で 2 番 目 に 高 い 14.9% だというショッキングな数字が報告された。永らく「1 億総中流」といわれてき た中、日本において「貧困」という概念は「稀なもの、遠い昔のもの」という感 覚があっただけに俄に理解しがたいと感じた人も多いはずである。ここにおける 貧 困 と は 、「 相 対 的 貧 困 」 を 指 し て お り 、「 絶 対 的 貧 困 」 で は な い 。「 相 対 的 貧 困 」 と は 、 OECD の 定 義 に 従 え ば 、「 等 価 可 処 分 所 得 ( 世 帯 の 可 処 分 所 得 を 世 帯 員 数 の平方根で割った値)が、全国民の等価可処分所得の中央値の半分に満たない国 民の割合」とされ、その実情は国によって異なる。大半の日本人が「貧困」と聞 い て 想 像 す る の は 、「 食 う に も 困 る 」状 態 で あ り 、こ れ は「 絶 対 的 貧 困 」に カ テ ゴ ラ イ ズ さ れ る も の で あ る 。そ し て 、「 子 供 の 貧 困 」に 限 っ て 再 定 義 す る と 、経 済 的 困難の影響で生涯にわたって受けるほどの不利を被ることといえるであろうし、 人生の初期において、他の大半の子供に与えられている環境や機会が著しく制限 されており、この影響で将来に対する希望や夢などが現実的に持てない状態とも いえよう。 また、子供の貧困率につ 25 (%) 図 表 1.子 供 の貧 困 率 (再 分 配 前 後 ) い て も 同 じ く OECD か ら 2004 年 の デ ー タ が 公 表 さ れ て い る( 図 表 1)。こ れ に 再分配前 20 再分配後 15 よると日本の子供の貧困率 は 13.7%と 順 位 と し て は 中 位であるものの決して低く はなく、とりわけ問題なの スウ ェー デ ン デ ン マー ク ノ ルウ ェー フ ィ ンラ ン ド フラ ン ス ベ ルギ ー スイ ス チ ェコ 英国 オ ラ ンダ (資料)OECDデータより富国生命作成 オ ー ス トラ リ ア O E C D平 均 日本 ニ ュー ジ ー ラ ン ド カ ナダ イタ リア ア イ ルラ ン ド ポ ル トガ ル 0 ドイ ツ おいて再分配後の効果がマ 5 米国 は 子 供 の 世 代( 0-17 歳 )に 10 アナリストの眼 イナスに作用している事である。再分配後とは、公租公課の負担を差し引き、社 会保障給付などを足した可処分所得のことであるが、この逆転現象が起きている の は OECD 加 盟 国 中 、日 本 だ け で あ る 。日 本 の 社 会 保 障 政 策 が 高 齢 者 に 傾 斜 し て いることを考慮しても、再分配の効果がマイナスになるのは政策立案段階におい て 、「 子 供 の 貧 困 」 と い う 観 点 が す っ ぽ り 抜 け 落 ち て い る 可 能 性 が 示 唆 さ れ る 。 2.世代間で継承される貧困とその影響 残念ながら日本において、公的機関等による「子供期における貧困が、その後 の人生においてどのような影響を及ぼすか」という直接的な観点での調査は行わ れ て い な い が 、 平 成 21 年 度 文 部 科 学 白 書 に お い て 、 世 帯 年 収 と 学 力 調 査 で の 正 答 率 に お い て 明 確 な 正 の 相 関 が あ る こ と や 、親 の 年 収 が 高 い ほ ど 4 年 制 大 学 へ の 進学割合が高まることが報告されている。また別の調査において、内閣府が平成 17 年 に 行 っ た「 青 少 年 の 就 労 に 関 す る 研 究 調 査 」で 若 年 無 業 者 に 関 す る 数 字 が 報 告 さ れ て い る 。こ の 調 査 に よ る と 若 年 無 業 者 の う ち 60%以 上 が 高 卒 以 下 の 学 歴 で あ る こ と が 示 さ れ て い る ( 図 表 2)。 な お 、 平 成 17 年 図 表 2.若 年 無 業 者 タイプ別 学 歴 別 占 率 時点での短大を含む 大学への進学率は 中卒 高卒以下 短大・ 高専卒 専門学校 大学以上 中退・卒 中退・卒 その他 不明等 合計 51.5% ( 文 部 科 学 省 求職型 2.5% 23.6% 3.2% 8.3% 4.5% 0.6% 42.7% 「 学 校 基 本 調 査 」)で 非求職型 1.9% 17.8% 3.2% 6.4% 7.0% 0.6% 36.9% ある。若年無業者に 非希望型 1.3% 14.0% 0.0% 0.6% 2.5% 1.9% 20.4% 対する意識調査の中 学歴別計 5.7% 55.4% 6.4% 15.3% 14.0% 3.2% 100.0% で、全ての若年無業 (資料)内閣府データより富国生命作成 者 が 暮 ら し 向 き の ゆ と り の 無 さ を 訴 え て い る わ け で は な い が 、「 求 職 型 」以 外 の 若 者は自発的に就職活動をしていない、若しくは就労意欲さえ持っていないのが現 状である。また、若年無業者の中でも特に不活発な「純粋無業者」の中には低学 歴や親との離死別、中退など「不利」な経験をしている者が他と比較して特に高 いという結果が報告されている。これら各種調査から子供の貧困が、成長過程で の環境に強い影響を与えていることが推察される。子供の成長経路において、非 自発的な「不利」がその後の人生においても小さくない影響を及ぼし、次世代の 人生における初期条件を低下させるのであれば由々しき問題である。 子供の貧困が社会全体に与える影響で最も具体的で喫緊なのは、今後人口が減 少 し て い く 中 で 危 惧 さ れ る 社 会 保 障 の ス タ ビ リ テ ィ で あ ろ う 。 平 成 21 年 財 政 検 証 結 果 レ ポ ー ト ( 厚 生 労 働 省 ) に よ る と 、 厚 生 年 金 は 平 成 117 年 度 ( 2105 年 度 ) ま で の 期 間 に お い て 、出 生・ 経 済 が 中 位 の ケ ー ス( い わ ゆ る「 基 本 ケ ー ス 」)で 所 得 代 替 率 ( 平 均 的 な 手 取 り 賃 金 に 対 す る 年 金 額 の 割 合 ) が 50.1%に な る と さ れ て い る 。 但 し 、 国 民 年 金 第 1 号 被 保 険 者 に お け る 全 額 免 除 者 ( 前 年 所 得 が 、「 ( 扶 アナリストの眼 養 親 族 等 の 数 +1)×35 万 円 +22 万 円 」の 範 囲 内 で あ る 者 )の う ち 学 生 納 付 特 例 者 ( 20 歳 以 上 の 学 生 で 一 定 の 所 得 以 下 の 者 に 適 用 さ れ る 納 付 猶 予 制 度 。そ の 後 の 追 納に関しては割高な保険料となる)と若年納付猶予者(世帯主の所得要件により 前記の「全額免除制度」が利 図 表 3.20-29歳 人 口 に占 める 用できない所得の低い若年 国民年金保険料若年全額免除者占率 者)が若年者納付対象者人口 ( 20-29 歳 ) に 占 め る 割 合 は 年 々 上 昇 し て い る ( 図 表 3)。 若年層全体では公的年金への 不信感に起因する低納付率が 問題視されているが、一方で 子供期の貧困がその後の人生 に悪い影響を与えるのであれ 14.0 (%) 13.8 13.6 13.4 13.2 13.0 2005 2006 2007 2008 (年度) (資料)社会保険庁 国立社会保障・人口問題研究所データより富国生命作成 ば、当然の結果としてそれは将来の現役世代の物理的な保険料負担能力の低下に 直結し、基本ケースにおける試算が画餅になる可能性にも留意すべきであろう。 先 進 国 の 中 で は 既 に 子 供 の 貧 困 に 対 し て 策 を 講 じ て い る 国 が あ る 。英 国 は 1999 年 に 子 供 の 貧 困 の 撲 滅 を 宣 言 し て お り 、2020 年 ま で に 子 供 の 貧 困 を 半 減 さ せ る 計 画を立て種々の政策を打ち出している。現在の日本では少子高齢化を意識し、と りわけ「子育て」にフォーカスした政策がメニュー立てられており、ワーク・ラ イフバランスの確立等、評価できるものはあるが、子供の貧困という観点では依 然として隔靴掻痒の感がある。 3.むすび 戦後の復興を経て経済的な豊かさを達成し、エンジョイしてきたわが国である が、その過程で合理性の追求とともに「二極化」という事態を招いてしまった。 労働集約型から知識集約型へその経済構造を変遷させる中で二極化はどの国でも 起 き 得 る こ と で あ る が 、子 供 の 貧 困 問 題 を 放 置 す る こ と で そ の 二 極 化 は 固 定 さ れ 、 拡大してしまう危険性がある。二極化の固定は言い換えれば「頑張っても仕方が 無 い 」「 ど う せ 幸 せ に な ん か な れ な い 」「 諦 め が 肝 心 」 と い う ネ ガ テ ィ ブ な 観 念 の 存在を助長する行為でもある。 筆者はここで「今後は福祉国家に転ぜよ」などと主張するつもりは毛頭ない。 しかし人口減少・少子高齢化に対して有効な手立てがない中、不安の解消は当然 として、人がその刹那において全力を尽くせる大前提である「最低限の将来への 希望や安心」を確保することは国家の責務であろう。 先述の通り現在の社会保障制度は子供の貧困に関してはむしろ加速させる作 用を及ぼしている可能性が高い。この点を最低でも中立化することが望まれる。 (審査グループ 川崎 一真)
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